第八十四話 危険な香り
「僕に協力して、英雄になってよ」
ポキパキと指を鳴らしながらお願いすると、コボルトはゆっくりとうなずいた。何度も何度も何度もうなずいてくれた。僕のお願いを素直に聞いてくれたのは、もともとこのコボルトが悪事を働くような魔族ではなかったからに違いない。
若干、目が死んでいる気もするが貴方の気持ちは受け取った。
受け取ったから、もう頭を上下に振らなくていいんだよ。僕がそう伝えても、繰り返し何度もうなずくので、頭にガッと、優しく手を置いてあげたらビクッとして動かなくなった。
伯爵は地下室から出て行ったきり、戻ってくる様子はない。この屋敷は伯爵の別邸だと灰色コボルトは言った。
行動を起こすなら今が絶好の機会だろう。それには、まず現状を把握しておかなくてはならない。
ほかに捕まっている連中を確認するため、僕は固まったまま動かないコボルトをその場に残し、牢をひとつずつ確認することにした。
『執事ランタン』で牢を照らしながら覗いていくと、いくつかの牢でコボルトの仲間と思われる者たちが見つかった。その数は五人だ。誰もが皆、長い毛が顔にかかり、おじいちゃんにしか見えない。
全員眠らされており、声をかけても反応はない。牢には鍵穴があり、鍵がかけられていた。少し揺らしてみたが、かなり丈夫な造りになっているようだ。
最後に、ビザー伯爵が覗き込んでいた牢を確認する。ここには高位魔族の女の子がいるはずだ。
執事ランタンで牢を照らすと、牢には粗末なベッドの上で女の子が眠っていた。年齢は五、六歳くらいだろうか。緑がかったショートヘアに、少し日に焼けた健康的な肌をしている。白黒コボルトが言ってたとおり、上等な生地で仕立てられた服を着ており、少なくても庶民が着るような安物の服ではなさそうだ。
この子にも声をかけてみたが、起きる様子はなかった。この牢にも鍵穴があり、鍵がかけられていて開くことはなかった。
「怪我はさせてませんでゴザイマスですよ」
後ろから壊れた敬語でぎこちなく話しかけてきたのは、じっとしたまま動かなかった灰色コボルトだった。この短い間に、どことなくやつれたような感じがするのは、覚悟を決めた男のなせる気迫にほかならない。少しばかり精神と正気度を削られちゃったように見えなくもないが、たぶん気のせいだろう。
「伯爵と話しているときより、丁寧な口調になってない? ようございやしたとか、へい! とか言ってたじゃない」
「何をおっしゃっているのデショウカです。おぼっちゃま」
「いやいや、普通に話してよ。普通に」
「……ワタシを食べマセンですか?」
「伯爵かよっ! って、食べたりしないってば」
「ふうぅぅぅ~」
コボルトはホッとしたかのように溜め込んでいた息を吐き出した。その勢いは魂まで吐き出してしまいそうな勢いだった。なぜそんなに緊張しているのだろうか。
「協力はしよう。俺が頼める筋合いじゃないが、せめて仲間の命だけは助けてやってほしい」
ようやく元に戻った口調から飛び出した、協力するという言葉と、仲間の命を助けてほしいという言葉。表情も真剣そのものだ。クリクリっとしたつぶらな瞳で、僕を見つめている。
そんな彼を見ていると借金してまで犬を飼おうとする、ペット飼育者として最低の選択をしてしまいそうな気持ちになる。どこからか音楽が流れ、「どうする?」と問いかける声が聞こえてきそうだ。だが、どうするもこうするもなく相手は年上の、「おじいちゃん風お兄ちゃん」である。心の底からご遠慮させていただきたい。
「仲間のためにも、まずは伯爵をどうにかしないとね」
その言葉に、灰色コボルトは顔をしかめてしまった。
「そ、それは無理だ。無理に決まってる! 相手は高位魔族の貴族だぞ! 俺らが束になっても勝てる相手じゃねぇ。殺すなんて絶対に無理だ!」
「殺すなんて言ってないんだけど」
「じゃあ、どうするってんだ! コボルトの弱さは最強だぞ」
何を言ってるのかわからないが、そこまで自分を卑下しなくてもいいと思う。そもそも、「弱さは最強」からして矛盾している。
「一応言っておくけど、僕も高位魔族だからね」
「何言ってやがる。お前は俺たちより弱かったじゃねぇか。あっさり捕まったくせに……くせに……あれ?」
灰色コボルトは、僕がひん曲げた鉄格子と僕の顔を交互に見比べ、「あれ? なんで誘拐できたん?」とつぶやきながら首をかしげた。僕の顔を見ながら首をかしげるその仕草はまさに犬。思わず、わしゃわしゃしたくなる。しかし、背の高さが同じくらいとはいえ、何度も言うように彼は年上だ。
そんな彼に向かって、僕は生暖かい笑みを浮かべながらこう言った。
「捕まったのは、ワ・ザ・と」
「うえぇりょぇぇ!」
「自分の弱さを改めて宣告されたような驚き方だね」
「わ……わ、ざと……だと」
あ、落ち込んだ。
僕の一言に呆然とした表情の彼は、膝を落とすとしっぽをだらりと下げ、膝をついたまま四つん這いの姿勢でぷるぷると身体を震わせはじめた。
ここはお約束として感想を聞くべきだろうか。
「ねぇねぇ。今、どんな気――あっ、自己紹介が遅れたね。僕はアルク」
「……お、おれはグレイだ」
感想を聞く前に、自己紹介していないことに気がついた。自己紹介は交流の基本である。突然の自己紹介にも関わらず、彼はなんとかして立ち上がると、片手を差し出しながら名を名乗った。思った以上に立ち直るのが早いようだ。
ところで、その手は……『お手』じゃないよね。
僕はその手を握り返し、「改めてよろしく」と挨拶をする。プニョンとした肉球のような感触に癒やされつつ、彼に聞く。
「ところで、グレイさん。どういう経緯で脅されているのさ?」
「グレイでいい。話す前にほかの二人も呼んでいいか?」
「もちろんだよ」
このまま僕が牢の外に出たままでは、事情を知らない二人が騒ぐかもしれない。彼が事情を説明してから出て行ったほうがいい。そう考えた僕は、再び牢の中に戻り、薄暗い闇の中に身を隠した。一応、裏切られてもいいように警戒はしておく。
「ワォーン! おう、お前たち! 例のガキを処分した。捨てに行くから手伝え」
一声吠えてから大きな声で仲間を呼ぶグレイ。
なるほど。この屋敷にいるだろうビザー伯爵に怪しまれないよう、ごく自然に二人を呼ぶことのできる、なかなか考えられたセリフである。
その声が聞こえたようだ。
しばらくすると慌てたように地下室に降りてきた茶と白黒ブチのコボルト二人が、グレイのそばに勢いよく駆け寄ってくる。そしてそのまま飛びかかるようにしてグレイの服を掴み、声を上げた。
「あ、兄貴ヨゥ! 子供に手をかけるなんてヨゥ。なんてことをヨゥ」
「ヘッ……ヘヘ。兄貴……なぜだっ」
「い、いや。待て、お前たち。話したいことが――」
「子供好きの兄貴がヨゥ。伯爵のとこに子供連れて行くってだけで死にそうな顔をしてたのにヨゥ」
「兄貴まで伯爵みたいに……ヘッ……俺たちが不甲斐ないせいで」
「いや、だから。待てってば。お、おまえら、俺の話を聞け!」
子供を処分したという言葉に対し、抗議の声を上げる二人。ある意味、彼らも伯爵に脅されていた被害者なのだ。そんな二人に話をしようとするグレイだが、彼を責める勢いに押されっぱなしだ。このままでは埒が明かない。
一向に話が進まないコボルトたちに呆れながら、僕は牢の中から彼らを一瞥すると、『執事ゲート』を発動させた。小声で放った『開け』というキーワードに反応して、目の前には執事ゲートの入り口が現れる。
(うん。問題ない)
この地下室で執事魔法が使えるかどうか、確認する意味もあったのだが、問題なく発動することができた。どうやらゲートなどの魔法に対する対策はしていないらしい。これなら皆を脱出させることも簡単だ。
「さてと……」
僕はゲートの中に足を進める。
ゲートの出口は、茶と白黒ブチ二人のコボルトの真後ろだ。
「なぜだヨゥ! なぜ兄貴が殺らなくちゃならなかったんだ――ヨグェ」
「ヘッヘッヘ。オレタチノせいで――へぐっ」
ゲートから出た僕は、肩を組むようにして彼らの首に腕を回し、体重をかけて、お辞儀のように頭を下げさせる。そしてそのまま力を入れ、声が出せないよう喉を締め上げた。片手スリーパーホールド状態である。もちろん失神されても困るので多少手加減はしてある。締め上げたとき、顔を覆っていた毛の隙間から見えた彼らの目は、困惑と驚愕の感情が入り混じっていた。この二人の目もまたグレイと同じ、ぬいぐるみ感たっぷりなつぶらな瞳だった。
油断していたため、完全に押さえつけられている状態の二人だが、誰の仕業なのか気になるのだろう。首を回そうとしているので、少しだけ力を緩めてやった。なんとか横目で僕の顔が見えるところまで顔を回した二人は、突然、見てはならないものを見たかのように身体をビクッと震わせ、僕を凝視したまま動きを止めた。
これではまるで、僕自身が見てはならないもののようではないか。なんとも失礼な連中である。
その彼らだが、じっとしたまま動きを止めたのはわずかな時間だった。しばらくすると、今度は突如として暴れ始めた。「成仏してくれぇヨゥ」と言いながら、僕の腕から首を引き抜こうと必死になってもがく。だが、ガッチリと首を抱えられているため逃げることはできなかったし、させなかった。
首を締めているのが片手なので簡単に抜け出せそうなものだが、やはり魔族である以上、高位魔族と下位魔族の力の差は歴然である。
今の彼らの顔は、首輪から頭を抜こうとする犬のようであった。ややたるみのある首周りの皮が顔に寄ってしわとなり、愛嬌のある変顔を作り出している。顔だけみればパグのようだ。
そんなしわくちゃ顔のコボルトたちを見下ろすようにして、声を震わせ小声でつぶやく。
「こぉの~うらみぃ、晴らさでおぉくべきぃかぁ」
「「キャィ――グッ! ん! んん!」」
腕に力を入れ、悲鳴を上げようとした彼らの首を少し締めてやれば、声を出すことはできない。声も出せないコボルトたちは、僕から逃れようと今まで以上に激しく暴れだした。しかし、いくら力を入れようと僕の身体はピクリとも動かない。
激しく抵抗したせいで呼吸も荒く、徐々に体力を消耗した彼らは逃げられないことを悟ったようだ。二人とも尻尾を足の間に挟みながら震えはじめる。恐怖に震え、怯えるコボルト。この怯えっぷりこそ、コボルトらしさと言えるだろう。そんな彼らを見ていると何かに目覚めてしまいそうだ。
無言で様子を見ていたグレイは、二人の後ろに突如として現れた僕の姿に最初は驚いていた。今も、まばたきを繰り返しながら、僕の両腕でぐったりとしている仲間を憐れむように見ている。そして大きくため息をついた。
「アルクが高位魔族なのはわかった。だが、それくらいにしてやってくれ」
「わかったよ、グレイ」
僕が返事をすると、ぐったりしていた二人が同時にピクリと反応する。互いに名前を呼び合ったことで察したようだ。捕まえている二人に、「静かにしてね」と優しく声をかけると、彼らは黙ったままうなずいた。
二人から腕を離し、拘束状態から解放する。
彼らは大きく深呼吸すると、力が抜けたようにその場に座り込んだ。その脱力ぶりは縁側に座るおじいちゃんを見ているようだ。
しばらくして落ち着いたのだろう。
茶のコボルトがこちらをうかがうように目を向けながら、何かの匂いを嗅ぐように鼻を動かしている。僕のことが気になるのだろうか。そんな彼に微笑みかけると、なぜか身体を揺らして震えだした。白黒のほうも僕の笑みに気づいたのか、鼻をくんっと動かしたあと、茶色コボルトのように震えだしてしまった。
……なぜか、解放したあとのほうが怯えているかのようだ。
そんな二人の肩に、グレイはそっと手を置いて声をかける。
「大丈夫だ。あれでも俺たちの仲間だ」
僕とグレイを見比べたコボルトたちは跳ねるようにして立ち上がると、声を大にしてグレイへと詰め寄った。「あれでも」という言葉に引っ掛かりを覚えたが、今は気にしないでおこう。
「ヨゥヨゥ、兄貴ヨゥ。どういうことだってばヨゥ!」
「ヘッヘッヘ。説明してほしいですね!」
「ええい! うるせぇ! おまえら、聞く耳持たなかったじゃねぇか!」
うーむ……どうしてまたこうなるのだろうか。
先ほどと同じ光景が巻き戻したかのように目の前で再生されている。ただでさえ声の響く地下室で、犬のように取っ組み合い、犬のようにキャンキャンと騒ぐ、犬のようなコボルトたち。
このままではビザー伯爵が気づくのも時間の問題だ。
僕は『執事ランタン』を使って辺りを照らし、一番声が大きかったグレイに近寄ると、その顔を思いっきり掴む。「うごごっ」と何かが潰れちゃいそうな声を出すグレイの顔に指を食い込ませながら、残る二人を睨みつけ、小さな声で提案する。
「……少し黙るのと、ずっと黙ったままなのと、どっちがいい?」
「「「さ、さ、さ、さーせん」」」
さて、三人が落ち着いたところでまずは自己紹介だ。茶色のコボルトはブラウン、白黒のブチはブッチと名乗った。わかりやすいといえばわかりやすいのだが、いいのかコボルト、そんな名で。
今は名前のことは置いておくとして、二人にここから脱出する計画があることを告げる。すると案の定、ブラウンとブッチが騒ぎ出した。彼らも高位魔族である伯爵からは逃げられない、と言う。だが、僕は高位魔族であるし、逃げる算段もついている。先ほど使った執事魔法『執事ゲート』を使って外とゲート繋げればいいだけの話だ。そのことを説明すると二人はようやく納得したのか、ホッとした顔を見せた。
そして、改めてグレイに聞く。
仲間の命を盾に、誘拐に手を染めたことはわかっている。だが、どうしてそんなことをしたのかがわからない。そんな僕の疑問に答えるように、グレイは、ぽつりぽつりとこれまでのことを話しだした。
これは一週間ほど前の話だ。
貧民街に住むグレイたちは、貧民街に住む住人の例に漏れず、貧しい生活をしていた。仲間と共同で住む家はボロ屋ではあったが、それでも賑やかで笑い声の絶えない家であり、仲間は家族だった。
日が暮れて間もないある日の夜、グレイ、ブラウン、ブッチの三人は少し浮かれた気分で家路を急いでいた。ちょうどこの日は運良く王都からほど近い場所で割のいい日雇いの仕事にありつけ、わずかながらも金が手に入った。
これで数日は食っていける。たまには少し贅沢をしてもいいかもしれない。そんなことを思いながら、三人は少しでも早く帰って仲間を喜ばせてやるため、近道をしようと王都のほど近い場所にある共同墓地を横切ることにした。
ここは比較的、貧しい者が利用している墓地だ。特に何かと治安が悪く、日々の食事にも苦労する貧民街に住む住人たちは、今も昔も将来的にも、ここでお世話になる者が多い。
今日、グレイたちが仕事に向かう途中も、貧民街に住む住人が亡くなっており、有志による簡素な葬式が行われていたところだった。
暗闇の中、共同墓地を横切っていると、どこからともなく血の臭いが漂ってくる。しかもその臭いは、生半可な量の血ではないことを知らせていた。
墓場という場所だけに多少の臭いならまだしも、大量に流れる血の臭いというのは不自然である。思わず三人は顔を見合わせる。
いつもなら、巻き込まれないよう我関せずと無視して終わりなのだが、今回は少しばかり様子が違う。大量に流れる血のほかに、貧しい者が利用する共同墓地とは相容れない匂いがあったのだ。それは上等な服の匂いでもあり、嗅いだことしかない金貨の匂いでもあった。
そしてわずかながら危険を感じさせる臭いでもあった。
だが、グレイたち三人はその臭いを無視した。
もしかしたら迷いこんだ金持ちが怪我でもしたのか。助けたら謝礼金がもらえるかもしれない。金が増えれば、もっと楽ができる。
金が入ったことで浮かれていたのは間違いない。普段なら荒事を避けるのが貧民街に住む彼らの常識だった。しかし、その日の三人はしばしの間相談したあと、今までの常識を捨て、臭いのするほうへと向かったのだ。
そこで三人が見たのは、上等な服を着た貴族風の男がギラついた目で比較的新しい死体に歯を立て、血をすする姿だった。そこは今朝、葬式が行われていた場所だ。
そのときの三人は知らなかったが、その男こそビザー伯爵だった。口のまわりを血だらけにし、一心不乱に死体に歯を立て、血をすする男の顔に、三人は恐怖のあまり声も出せなかった。
見てはいけないものを見てしまった。
このままではまずい。
相手に気づかれたら、自分たちもどうなるかわからない。
三人はなけなしの勇気を振り絞り、飛び出そうになる声を飲みこみ、震える足でその場を離れ、仲間の待つ家へと一目散に駆け込んだ。慌てて帰ってきた三人に、「何かあったのか」と仲間たちが心配して声をかける。しかし、彼らは何も言わず黙ったままだった。
そんな彼らの家に、上等な服を着た男が訪ねてきたのは、三人が帰ってから数分も経たないうちの出来事だった。
その後、圧倒的な力の差で捕まったコボルトたちは、この屋敷に閉じ込められた。そしてビザー伯爵と名乗った彼から、仲間の命を救うことを条件にある条件が出された。
「貧民街で魔族をさらってきなさい」
最初、コボルトたちは断った。
さらった相手がどうなるか想像できたからだ。
隙をみて、王都の衛兵に訴えても信じてくれるかわからない。なにせ相手は高位魔族の貴族だ。それに自分たちが貧民街出身と聞けば、相手にすらされない可能性が高い。仮に訴えることができても、貴族ともなれば訴えをもみ消すこともできるのではないか。それに相手は高位魔族。力の差がありすぎて、どうあがいても逆らうことはできない。
そう悩むコボルトたちに、伯爵は決定的な一言を投げかけたのだ。
「ならばお前たちでかまわない」と。
今週中に一人はさらってこいという伯爵の命令に従ったのは、リーダーであるグレイをはじめ、取り巻きのブラウン、ブッチの三人だ。手が汚れるのは自分たちだけでいいと名乗り出たそうだ。貧民街でめぼしい者を物色し、そして昨日初めて一人の女の子を誘拐した。
「誘拐始めましたって看板出したの、まだ一週間くらいなんだ」
「そんな看板出しちゃいねぇよ!」
「毎日じゃなくて今週のうちというのも気になるね」
「毎日は必要としないそうだ。胸くそ悪い話だが、それだけ魔力の量が多いんだろうな、魔族ってのは。まあ、魔力の量は魔族によって違うだろうが」
「魔力の高い魔族ほど、腹持ちがいいってことね」
年齢や個人差によって変わるが、高位な魔族ほどその身に宿す魔力は大きくなる場合が多い。悪食にしてみれば高位魔族は高価な食材以上に見えるというわけだ。
「誘拐したのは、あの女の子と僕だけ?」
「そうだ」
「その前はどうしてたんだろう。墓地で同じことしてたのかな?」
「それはわからない。ただ伯爵に言わせると、死んでいるより生きていたほうが魔力が多いらしい」
ブルっと身体を震わせながらグレイが吐き捨てるように言った。
「新鮮なほうがいいってことか。悪食というのは本当にとんでもないな。そういえば、その悪食伯爵は今どこに?」
「食事をしたあと、魔力温存とか言って部屋に引きこもってるヨゥ」とブラウンが言う。
「身の毛もよだつ話をしながら、腹持ちとか新鮮とか言ってるアルクもどうかと思うぞ」
「こんなにおとなしい子供に対して失礼な」
「……今は、普通の食事で済んでるが、さっきの様子を見る限り、すでに禁断症状が出ている」
僕の子供アピールを無視したグレイが神妙な面持ちで言った。
「確かに様子がおかしかった。禁断症状ってわかるもんなの?」
「墓場で会ったときの伯爵と同じ臭いがするんだよ。あのときは気にしなかったが、今を思えば尋常じゃないほど危険な臭いってやつだ」
「ヘッヘッヘッ……。あの日の夜も欲を出さなきゃ巻き込まれずに済んだのにね」とブッチが言う。
「そうだな。……アルク。恐らく今日にもあの女の子が犠牲になるだろう」
自責の念を感じているのだろう。脅されていたとはいえ、彼女をさらったのはグレイたちだ。もともと悪い魔族でなかったとしても、犯罪は犯罪である。
「グレイ。僕なら彼女もほかのコボルトたちも助けることができる。だけど王都に帰ったら……」
「わかってる。犯罪に手を染めた俺たちは法の裁きを受ける覚悟はできている」
「そう……」
魔王国の法では、誘拐は死刑だ。
それでも覚悟ができているとグレイは言った。
「それにしてもすごいもんだね、コボルト族の鼻は。どのコボルトもそれくらいすごいのかい?」
「ほとんどのコボルトはそうだ。しかし、俺たち三人はほかの仲間に比べても、鼻には自信がある。特にブッチは俺たちの中でも一番だ」
「へぇ。そりゃすごい。だから伯爵の危険な匂いとやらもわかるんだ」
「まあな。……だが、今は伯爵よりもアルク、お前のほうが危険な匂いがする」
そう言ってニヤリと笑った。
グレイの言葉に、ブラウンとブッチも同時にうなずいた。特にブッチは何度もうなずいている。
「またまたぁ。面白くないよ、その冗談」
「「「……え?」」」
「……え?」
地下室に身も凍るような静寂が訪れる中、コボルトたちの冷めた目が僕に注がれている。なんだろう。僕は何も悪いことしていないのに。
「そ、そういえばさ、伯爵の食事って誰が用意したの?」
「自分で用意してたヨゥ」とブラウン。
「伯爵、自ら? 使用人たちじゃなくて?」
「そういや、この屋敷で使用人らしいヤツを見たことないな」とグレイ。
(おいおい、まさか)
嫌な予感がした僕は、念話でインプに声をかける。すでにヨヨさんたちと合流しているはずだ。
(インプ、聞こえるかい?)
(はっ。アルク様、ご無事で)
(ヨヨさんと合流できた?)
(はい。ただほかにも――)
(悪いんだけど、急ぎでいくつかお願いしたいことがあるんだ)
インプの話を途中で遮り、矢継ぎ早にいくつか指示を出す。なるべく急ぐように伝えてから、僕はインプとの念話を切った。
僕がインプとの念話を終了すると、グレイがポケットから何かを取り出した。それは小さなビンだ。ビンの中には透明の液体が入っている。
「伯爵から渡された睡眠薬だ。女の子も仲間もこれで眠らされている。毒に強い高位魔族でも数滴であっという間に眠らせることができる特別製らしい。……犯罪の証拠品になるだろう」
グレイは言った。犯罪の証拠品、と。
グレイはビンを片手に、ほかの二人に目配せをする。犯罪の証拠品と呼ぶ品を僕に渡すことについて確認したのだろう。ブラウンとブッチが黙ったままうなずくと、グレイは小ビンを僕に手渡した。
「やっぱり薬か」
「?」
グレイによると、女の子をさらうときにもこの睡眠薬を使ったそうだ。水に混ぜて飲ませたそうだ。女の子の親は、知らないオジサンから物をもらったり、もらった物を食べたりしてはいけません、と教えていないのだろうか。まぁ……食べ物に興味のない魔族が教えるはずもないか。
ちなみにグレイたちが、僕や女の子をさらったのには理由があった。それは、自分たちの実力を考えたとき、子供くらいが限度だと思ったから、だそうだ。自分たちの実力をよくわかっているのは結構だが、なんとも情けない話だ。気が弱いにもほどがある。
証拠がある以上、グレイたちは言い逃れできない。そしてその証拠品を僕に渡したということは、覚悟の現れであり、法の裁きを受けるという気持ちに嘘はないということだ。
だが、正直言ってこれが証拠品だろうとなかろうと関係ない。
伯爵は僕を見て言ったのだ。「なぜ眠らせていないのか」と。それもグレイたち、コボルトに対してだ。普通のコボルト族に眠りの魔法が使えるとは思えない。伯爵の言葉は、眠らせる方法をコボルトたちが持っていたことにほかならない。
そして僕の予想通り、その方法は薬だった。しかも毒に強い高位魔族にも効くという、文句のない一品だった。
「ところでいつごろ目を覚ますの?」
「丸一日は寝たままだ。俺らの仲間は毎日飲まされている。起こすなら伯爵が持ってる解毒薬のほうが早い。牢の鍵も伯爵が持ってるはずだ」
「なら早くしないとね。せっかくの強力睡眠薬だし」
「ん? どういう意味だ?」
僕の言葉に不思議そうな顔をするグレイたち三人。
そんな彼らにひとつの提案をした。
「と、まあこういうわけ」
テーブルに突っ伏したまま、気持ちよさそうに眠るビザー伯爵を見ながらグレイたちに説明する。
「いや、なんというか……」
「昔、八つの頭と八つの尾を持ったとんでもない怪物がいてね。その怪物を退治するために大量の酒を飲ませて眠らせた、という話があるのだよ」
「あるのだよって……飲ませたのは酒じゃなくて睡眠薬だぞ。そりゃ寝るわ」
グレイたちに提案したのは、睡眠薬を伯爵に飲ませることだった。魔力たっぷりな花蜜に睡眠薬を混ぜて持っていけば、魔力不足の伯爵なら飛びつくはずだ。
不安げなコボルトたちには、僕が、「たまたま」魔力が豊富そうな食材持っていたことにして、伯爵に献上すれば疑われないはずだ、と説得した。
その作戦は見事、大成功を治めることができた。
まあ、気の弱いコボルトにしては頑張ったと思う。
万が一、睡眠薬が混ぜてあることに伯爵が気づいたら、間違いなく彼らはこの場にはいなかっただろう。
彼らとはブラウンとブッチの二人だ。
伯爵には俺が持って行くと言ったグレイに対し、兄貴を危険な目に合わせられないと、代わりに名乗りでたブラウンとブッチには惜しみない拍手を送りたい。例え、白目をむきながら、魂が抜けたような状態で床に転がっていたとしても、君たちは高位魔族に一矢報いたコボルトの英雄――いや、下位魔族たちの英雄である。
ブラウンの毛並みが茶からクリーム色に白っぽくなり、白と黒のブチだったブッチの毛並みが、ほぼ白毛になっていたとしても二人は高位魔族に一泡吹かせたのだ。まぁ、伯爵は泡よりもよだれを垂らして寝ているけど、細かいことは気にしない。
「物語では眠らせた怪物を斬ると中から一本の剣が出てくるけど、伯爵はどうだろうか」
「……アルク」
「やだなぁ、冗談だよ。魔族の中から剣が出て来るわけないじゃない」
「いや、剣の有無じゃなくて、斬るほうにひいてるんだが」
「解毒剤の入った容器を飲み込んでいるかもしれないよ」
「ないない。あるならポケットだろ」と手を振るグレイ。
あっさりと否定したグレイが言ったとおり、伯爵の服を探る。なかったら改めてざっくり……じゃなかった、ほかを探せばいい。しばらく漁っていると胸の内側にあるポケットから水色の液体が入ったビンと牢を開けるための鍵が見つかった。どうやらグレイの言葉が正しかったようだ。
「ちっ」
「舌打ち!?」
ビンにはご丁寧に解毒薬と書かれたラベルが貼ってある。グレイに確認すると、これで間違いないと言う。
ついでに伯爵を適度に叩いたり、蹴ったりしてみたが反応はない。かなり強力な睡眠薬のようだ。
「よし。さっそくグレイたちの仲間を助けにいこう」
「笑顔で伯爵を蹴ったヤツに言われても素直に喜べんな」
何かの拍子に目を覚ますといけないので、念のため、寝ている伯爵を屋敷にあったロープで縛っておく。その後、大役を果たし、復活したブラウン、ブッチを連れて地下室に戻る。
慣れというのは恐ろしい。
地下牢にいたときは、慣れたおかげで気にならなくなっていた悪臭も、一度新鮮な空気を吸ってからだと、よりその臭さがはっきりする。それほど地下室の悪臭はひどかった。
今は伯爵も寝ていることだし、遠慮なく好き勝手できる。
まずはこの地下室の環境を整えよう。そう考えた僕は『執事の匂い袋』を使い、腐敗臭や血の臭いなど、不快な臭いを消していく。何度か繰り返し使ったあと、鼻から息を吸ってみたが不快な臭いは感じなかった。これでようやく臭いを気にせず息が吸えるというものだ。
その悪臭が無くなったことに反応したのはコボルトのグレイたちだ。突然消えた悪臭に、三人は戸惑いながらもこちらを見る。そして目をそらすと三人でぼそぼそと話し始めた。
「(これってアルクの仕業だよな)」
「(今、何したんだヨゥ)」
「(ヘッヘ。俺たちの鼻でも臭いを感知できなくさせるほどの力、か)」
「(高位魔族、怖ぇヨゥ)」
「(アルクって、悪食の伯爵を粛清するために来た王室管理局の暗殺者かもな)」
「(ヘッヘッー。王室管理局って、王族のために働くとこだよね)」
「(俺達に誘拐されたのもワザとだと言ってた。誘拐は死刑だと覚悟しているが、……まさか伯爵のついでに俺たちも?)」
「だぁれが暗殺者だぁって?」
「「「ぎゃああああああ! キャイン! キャイン!」」」
丸聞こえだった彼らに顔を近づけて口を挟んだら、今日一番の声が地下室に響き渡った。伯爵を眠らせていなかったら大問題になるところだ。
前から気になっていたが、いくら気が弱いからといって、ちょっと怯えすぎじゃないでしょうか。
牢の鍵を開け、グレイたち三人が仲間たちに解毒薬を飲ませている間、僕は女の子の様子を見る。彼女は気持ちよさそうに寝息を立てており、体調にも問題はないようだ。
「アルク。その子はどうする?」
「うーん。起こして怖がらせても可哀想だし、鍵もこのままにして、もう少し寝かせておくよ」
「わかった。俺たちは仲間の様子を見てる」
解毒剤を僕に渡したグレイはそう言って仲間のいる場所へと戻っていった。
そこへインプからの念話が入る。
(アルク様、今よろしいですか)
(何かわかったかい?)
(はい。王都内のビザー伯爵家を調べたところ、使用人らしき魔族の姿はなく、屋敷は静まり返っております)
もしかしたらと思ったけど、嫌な予感が当たってそうだ。王都の屋敷にも使用人がいないとすれば、恐らくは……。まだ推測にすぎないが、可能性としては高い。
(また、セイバス様に確認をとっていただいたところ、該当する女児の失踪及び、行方不明などの届け出は一件も出されてないそうです。そういった噂もないそうです)
さらわれた子の身元を確認するため、女の子が行方不明になっていないか、セイバスさんに調べてもらった。彼女の着ている服から貴族や商人の可能性が高かったのだが、該当者は一人もいなかったという。
そうなると可能性としては、女の子がいなくなったことに気がついてない、あるいは届け出を出していないか、だ。だが、一日行方知れずになっているのに騒ぎになっていないのもおかしい。たまたま王都に来ていた魔族の子という線も考えられるが、それならなおのこと届けくらいは出すだろう。。
今の段階では、女の子の身元はわかりそうもないようだ。
(コボルトの件に関しては、お会いしたときに話します)
(わかった。コボルトたちを送るから王都の北門前で合流しよう)
(では、門の外についたら連絡します)
インプとの念話を終わり、コボルトたちの様子見る。捕まっていた五人は全員無事なようだ。グレイたちを合わせて八人。色とりどりの毛並みがそろっているが、どのコボルトも長毛だ。起きていても相変わらずのおじいちゃん顔だったため、やはり性別はわからなかった。長い毛のせいで表情は確認できなかったが、声から察するに喜んでいるのは間違いない。
全員、すでに意識がはっきりしており、移動するのに問題はなさそうだ。
(アルク様、お待たせしました)
インプから連絡が入る。これで準備はできた。
さあ、脱出のお時間だ。
「今から皆さんを王都の前までお送りします」
その言葉にコボルトたちは一斉にうなずいた。
グレイたちが僕のことを話しておいてくれたらしい。ただ、何をどう話したのかわからないが、僕から顔を背けているコボルトが多い。尻尾もだらりと垂れ下がっている。顔が見えないのでなんとも言えないが、純粋な十歳の子供を目の前にして怖がっているなんてことないよね。
「アルク。あの女の子は連れていかないのか?」
「伯爵が起きることはないし、問題ないだろう。少し考えもあるしね。グレイたちを送ったあとでいいさ」
移動する準備が整っていることを確認した僕は『執事ゲート』を開く。
すると目の前に突然現れた黒い板に驚いたのか、グレイたち三人以外のコボルトたちが一斉に吠え出した。
威嚇する者、唸る者、丸くなってキャインキャインと叫ぶ者と様々だが、とにかくうるさい。気が弱い種族とわかっていても、ここまでひどいとは思わなかった。弱い犬ほどよく吠える、という言葉が前世にあったが、ひとつはっきりしたことがある。グレイ、ブラウン、ブッチの三人は、あれでもコボルトの中では相当勇気がある部類なのだ。
今なら伯爵が、彼らを一日中眠らせておいた理由もわかる気がする。
「おまえら、うろたえるな!」
空気を震えさせる声でグレイが吠えると、ほかのコボルトたちが一斉に口を閉ざす。さすがはリーダー。牢から出たときに、キャンキャン言ってたコボルトと同じには見えない。
「俺が先に行く。ブラウンとブッチは最後を頼む」
皆が黙ったのを確認すると、グレイは、「俺についてこい」と自ら先頭に立って、『執事ゲート』の中へと足を踏み入れた。ほかのコボルトからも、「おぉ~」という感嘆の声が漏れる。
残念なのは、グレイを褒める声が聞こえるなか、あとに続く者が誰一人としていないことだ。
「……はよ、いかんかい」
ポツリとつぶやいた僕の声が聞こえたのだろう。
コボルトたちがキャインキャイン鳴きながら我先にと『執事ゲート』に群がった。一斉に群がりすぎたせいで、ゲートの入り口がコボルトたちで詰まってしまった。互いを押しのけ合いながら入ろうとするものだから、余計に時間がかかっている。その光景を見たブラウンとブッチが頭を抱えていたが、なんとか全員無事に通り抜けることができたようだ。
ブラウンとブッチに続き、執事ゲートを出ると、目の前は王都の北門前だ。グレイをはじめとするコボルトたちは、まるで夢でも見ているような顔つきで、王都を見ていた。
「お待ちしておりました、アルク様」
僕がゲートから出るとインプから声がかけられた。そのインプの後ろには、髪を風になびかせながら、ふよふよと空中に浮かぶヨヨさんと、直立不動の姿勢をとるセイバスさん、それに――ゆったりとした白の神官衣を着たヒミカさんがいた。
ヒミカさんとヨヨさんの二人は笑顔を浮かべている。そしてコボルトたちに目もくれず、僕のそばまでやってくるとヒミカさんは僕の頬を両手で引っ張り始め、ヨヨさんは空中で助走をつけてから飛び蹴りを放ってきた。ヒミカさんに顔を固定されているため避けることもできず、ヨヨさんの妖精蹴りがポテッと音を立てて頭に当たる。
「心配したんだから! アルクん!」
「アルクさんったら、また危険なことに首を突っ込んで」
あの、二人とも。
心配をおかけしたのは謝りますから、笑顔で頬を引っ張ったり、蹴ったりするのは勘弁してください。すごく、怖いです。
「あのアルクが手も足も出ない……だと」
どのアルクかわからないが、無抵抗のままでいる僕を見てグレイたちコボルトがざわめいている。
そこへセイバスさんが近づいてくる。
「アルクくん。まだまだ執事としての修行が足りませんね」
「ん? 執事?」とコボルトたち。
そういえばすっかり忘れていたのだが、グレイたちに名前以外のことを話していなかった。不思議がるグレイたちに、侯爵様の名前を伏せたまま自分が貴族に仕える執事であること話し、皆を紹介する。
さすがに巫女であるヒミカさんの名前は知っているらしく、紹介されたコボルトたちの尻尾は右へ左へと勢いよく振られていた。僕のときと反応が全く違うのはなぜだろうか。
ヨヨさんのことは、念の為に小さな魔族だと説明しておいた。どういうわけか自分たちより遥かに小さいヨヨさんに対し、緊張しながら敬語で話しかけるコボルトたち。よくわからないが自分たちより、上の存在だと認識しているようだ。
彼らは、僕へのおしおきを終わらせたヒミカさんとヨヨさんを交え、他愛もない話をし始めている。
そこに僕の隣に立ったセイバスさんが小声で話しかけてきた。
「アルクくん。あの方たちですね」
雑談する八人のコボルトたちの中から、グレイ、ブラウン、ブッチの三人に鋭い視線を向けながらセイバスさんが言う。こちらが話す前に誘拐実行犯を的確に当てるとは、さすがはセイバスさんだ。
「はい。できればなんとかしたいのですが」
行方不明の子を調べてもらったほかにも、インプにはセイバスさん宛の伝言を指示しておいた。そのひとつがこのグレイたち誘拐実行犯の処遇についてだ。
本来、どのような理由があろうとも誘拐をした罪は消えることはない。
しかし、コボルトたちの鼻のよさはお嬢様の食材探しに役に立つはず。特にグレイたち三人の鼻は、本人曰くほかのコボルトに比べても優れているそうで、間違いなく役に立つことだろう。
無罪にはならなくても侯爵様にお願いして罪を軽くすることができないでしょうか、と相談する。だが、セイバスさんはしばらく考えたあとはっきりと答えた。
「無理でしょうね」
「そう……ですか」
「特に侯爵様は犯罪に厳しい御方。侯爵家にとってよほどの価値がないかぎり減刑を願い出ることはありません」
うーん。どうやら三人を助けるのは難しいようだ。
僕としてもお嬢様の名に傷がつくくらいなら、グレイたちを諦める。本人たちも覚悟ができていると言っている以上、仕方ないか。
「ですが――貴族に仕える使用人が、自分の友人にコボルトを紹介し、その友人がたまたまそのコボルトの犯した罪の減刑を願うのは、その友人の自由です。侯爵様もそこまで気になされないでしょう」
そのセイバスさんの言葉に、僕はハッと顔を上げる。さすがはセイバスさんだ。ちゃんと僕に道を示してくれる。僕はお礼を言ったあと、コボルトたちが談笑している場所に目を向ける。
「ヨヨさん! 新しいお菓子を紹介することを条件にお願いがあります」
「なーにー?」
「このコボルトを隊商で雇ってもらってもいいですか? あと、グレイたち三人の減刑を申し出て欲しいのです」
「いいわよー」
「即答かよっ!」
間を開けず言葉を返すグレイ。
惜しい。この切り返しの早さといい、ツッコミといい、実に惜しい。
これはぜひとも減刑がされることを願いたい。
「ヨヨさん。一応言っておきますが通商交渉が有利になったりしませんよ」
「わかってるわよ、アルクん。これはこちらの事情よ。隊商の人数が全然足りないし、減刑を願い出るのはタダでしょ」
「ヨヨの姐さん!!」とコボルトたちが一斉にヨヨさんを見る。
「だー! そんなふうに呼ぶなぁー!」
コボルトたちから拝まれているヨヨさんだが、姐さん呼びはお気に召さないようだ。よほど嫌だったらしく、コボルトを整列させて説教をし始めた。まさに、姐さんと呼ばれるにふさわしい行動である。
横にいるセイバスさんが少し考えながら言った。
「妖精族のヨヨさん一人では微妙かもしれませんね」
「ならば神殿からも願い出ましょう」
姐御肌全開のヨヨさんたちから離れ、ヒミカさんも減刑を申し出てくれるらしい。その言葉に執事長の眉がピクリと動いた。神殿の名を出したことが気になるのだろうか。
「よろしいのですか? 巫女様」
「アルクさんが信用されている方なら悪い方たちではないかと。それにアルクさんを気に入っておられる大神官様もお認めになられるはずです」
「大神官様がアルクくんを?」
少し驚いた顔で執事長が僕を見る。
僕は少し嫌な気分でヒミカさんの言葉を考える。
そしてひとつの結論に至った。
あの大神官、絶対、僕と勝負するつもりに違いない、と。
その減刑を申し出てくれたヒミカさんだが、コボルトたちをじっと見ながら、手をわきわきと動かしていた。その目は、コボルトたちを撫でたくて仕方ないといった目だ。チョトツにデッキブラシでブラッシングするくらいだから、動物が好きなのは間違いない。でもヒミカさん。コボルトは動物じゃないし、僕たちより年上ですよ?
減刑を申し出てくれた理由は、果たしてコボルトのためなのだろうか。大神官様といい、巫女様といい、少しばかり神殿の未来が気になり始めた今日この頃である。
「あとアルクくん。頼まれたようにビザー伯爵の屋敷と、インプから報告のあった別邸に衛兵を向かわせました。これでよかったのですか」
「はい、お手数をおかけしました」
さてここからは、グレイたちと別れて単独行動だ。
セイバスさんに手配してもらった衛兵は、すぐにでも別邸へとやってくるだろう。それまでに僕は誘拐された被害者として、別邸に戻っておかなくてはならない。それにいつまでも女の子を放っておくわけにもいかないだろう。
グレイたちコボルトには、いったん自分の家に帰るよう伝える。自らの罪を後悔し、改心したグレイたちは仲間と共に伯爵から逃げ出し、自首をする、という筋書だ。もちろんそのまま逃げてもかまわないが、逃げたら減刑の口添えはなしとなる。
そう説明するとほかの五人は納得したものの、グレイたち三人はそれを拒んだ。
彼らは僕と一緒に伯爵の屋敷に戻るという。
何もしていない五人と一緒にいれば、ほかの五人も疑われる可能性があるとグレイは言った。それに自分たちの行いにケジメをつけたいそうだ。ほかのコボルトたちが説得しているがグレイたちの意思は固いようだ。
「おじいちゃん、本当に大丈夫?」
「だから! おじいちゃんじゃねぇ!」
「アルク。兄貴をおじいちゃんだなんて言わないでやってくれヨゥ」
「へっへっへ。兄貴は年寄りに見られることを気にしてるんだ」
「あら、みんなおじいちゃんじゃなかったの?」
「私もご年配の方かと」
ヨヨさんとヒミカさんの何気ない一言にコボルトの全員が、床に伏せた。ヨヨさんはともかく、ヒミカさんはご年配だと思っていながら撫でようとしていたのか。
「頑張れ! 君たち(の心)はまだ若い」
「お、おう」
「最初に言ったのってアルクんだよね」
ヨヨさんの指摘は気にしない。
僕の心からの応援にグレイたちは立ち上がる。行け! グレイ。負けるな! コボルト。人生見た目が全てじゃないぞ。ちなみに五人のうち三人がおばあ――女性だった。年齢はグレイより若く、三人とも十代だそうだ。
……なんか、ごめんなさい。
「アルクん、私もついてくわ」
「私もご一緒します」
「いやいや。誘拐された僕についてきてどうするんですか」
「アルクんを助けに来た友人たち!」
「女の子が囚われているとお聞きしてます。男性より女性のほうが彼女も安心できるのではないでしょうか」
毎度のことだが、ヒミカさんは自分が貴族の令嬢だということを忘れているのではないか。いくらアルティコ伯爵がアグレッシブな現場派とはいえ、もう少し淑女としての自覚を持っていただきたい。ヨヨさんも妖精族代表としての自覚が足りないようだ。
「遊びではないんですけど。それにかなりひどい場所ですよ」
「話を聞けば、アルクさんは見ず知らずの方を助けるため、わざと捕まったとか。ならば私たちもその子を助けるため、自分の意思で行動することに何か問題でもあるのでしょうか」
問題はない。問題はないのだが……先ほどから黙ったまま成り行きを見ているインプに顔を向けると、スッと顔をそらした。どうやら余計なことをヒミカさん達に言ったのはインプで間違いない。
インプに問いただすと、どうもヨヨさんたちに知らせる前に、たまたま『神殿』で見かけたヒミカさんに僕のことを話したようだ。そりゃあ巫女なんだから、高確率で神殿にいるはずだ。それをなぜ、たまたまと言うのか納得がいかないが、それはまた別の機会に聞くとしよう。
改めてヒミカさんとヨヨさんを見る。
お菓子で釣れるヨヨさんはともかく、頑固が巫女服を着ているようなヒミカさんへの説得は骨が折れるに違いない。時間もあまりないし、どうしたものか。何かを察したかのように僕をにらみ始めたヨヨさんとヒミカさんから目をそらし、しばし考える。
まさか、お菓子で釣れるという言葉と、頑固が巫女服を着ているという言葉に反応したのだろうか。
(おっと、そうじゃない)
今、考えるのはヨヨさんとヒミカさんになぜバレたということじゃなく、彼女たちに諦めてもらう方法だ。
「アルクくん。せっかくですからヨヨさんと巫女様にも協力していただきなさい。執事修行の一環としてお二人をお守りすればよろしい」
セイバスさんからまさかの提案だった。
両手を後ろで組み、僕とヒミカさんを見比べながらうなずいている。執事長がヒミカさんたちに肩入れするとは思わなかったが、執事修行の一環であれば仕方ない。こちらからもお願いして、ヨヨさんとヒミカさんに協力を求める。衛兵たちもヒミカさんが一緒にいれば、無茶なことはしないだろう。
「では、ヒミカさんもヨヨさんもついてきてくれますか」
「りょーかい」
「もちろんですわ」
嬉しそうに笑う二人。
その光景を見ながら、執事長は微笑ましそうな目で見ている。
「アルクくん。夕食前には帰ってくるのですよ」
「わかりました」
それだけ言うとセイバスさんは王都へと戻っていった。
これから侯爵様のお手伝いをされるのだろう。忙しいところわざわざ来てくださったセイバスさんに心から感謝しておく。
「誘拐した俺たちを責めるでもなく、夕食前に帰ってきなさいというあの旦那は何者だ」
「さっきも紹介したけど、執事長だよ。僕の師匠であり先生だ」
「あの旦那はアルク以上に危険な匂いがするな。だが悪くない匂いだ」
「ビザー伯爵の立場がないねぇ」
「あの旦那やアルクを見ていると、俺たちでも伯爵に勝てそうな気がしてくる。気がするだけで絶対に勝負するつもりはないがな。絶対にだ」
「お、おう」
そのあと、僕、ヨヨさん、ヒミカさん、グレイたち三人、それにインプは囚われていた五人のコボルトたちと別れ、ビザー伯爵の別邸へと戻った。
「これは……また、ひどいですね」
ヒミカさんが『執事ランタン』で照らされる地下室の状態を見て、眉を寄せた。臭いこそ僕の魔法で消してあるが、牢には骨や血の跡が散乱しているのだから無理もない。彼女は聖印を結びながら亡骸となったチョトツたちに祈りを捧げ始める。鎮魂を願う神聖魔法の詠唱が静かに地下室全体に広がっていく。
「それにしても、執事長ったらひどいのよ」
「何かあったんですか」
ヒミカさんの祈りを待つ間、僕の頭に座っているヨヨさんが話しかけてきた。
「執事長にアルクんが誘拐されたことを話したら、『執事たるもの、誘拐くらい一人で脱出できなくてどうしますか』だって」
「ええ。セイバスさんのおっしゃるとおりですね」
「いやいや、ねえよ! ……いや、あるか。自分で牢から出てきたし、夕食前に帰ってこいと言ったのもうなずける」
「ヘッヘッヘ。ヨヨの姐さんはお優しいですね」
「姐さんは禁止って言ったでしょ!」
じめじめした地下室もヨヨさんがいるだけで賑やかになる。そこへ祈りを終えたヒミカさんが戻ってきた。
「お待たせしました。ところでアルクさん。例の女の子はどちらに」
「巫女様、こちらですぜ」
率先してヒミカさんを案内するグレイたち。ヒミカさんの周りで嬉しそうに尻尾を振る彼らは、散歩に連れて行ってもらえる大型犬のようであった。その姿に苦笑しながら、僕は彼らのあとを追い、女の子が眠る部屋へと向かった。
ところが先に牢の前に着いたグレイたちが右往左往している。ヒミカさんも困惑気味だ。
「何かあったの?」
「ア、アルク! あの子がいねぇ!」
牢を覗いてみると確かに寝ていたはずの女の子の姿がない。牢を調べてみると、鍵穴だけが溶けており、完全に鍵が外れていた。
恐らく炎系の魔法を使ったのだろう。そして溶けているのは、ほとんどが内側からだった。これは牢の中から鍵を溶かしたことにほかならない。
「あの子、魔法が使えたのか?」
魔法を習い始めたばかりの年齢に見えたが、彼女はかなり優秀だったようだ。魔法を鍵穴にピンポイントで当て、周りに影響を与えず、鍵だけを壊す魔力制御。習い始めでこれなら大したものだ。ビザー伯爵が女の子を見て、魔力が少ないと言っていたが、金属を溶かすほどの威力である。悪食になると頭と食い意地だけでなく、目も悪くなるのだろうか。
「い、いや、仮に魔法が使えたとしても睡眠薬のせいであと数時間は寝たままのはずだ」
確かにグレイの言うとおりだ。誘拐の証拠として預かっている睡眠薬は丸一日効果が続く。それに解毒剤がないと、殴っても蹴っても起きることがないほど強力な薬なのだ。ビザー伯爵で確かめているので間違いない。
だが、薬の効能には個人差がある。
たまたま早く目が覚めた彼女が、魔法を使って鍵を壊し、牢から逃げ出したとも考えられるのだ。その反面、ほかの誰かが連れ去ったということはないはずだ。内側から魔法を使って溶かされた鍵穴がそれを裏付けている。
(ん? 魔法を使って?)
完璧な制御で金属製の鍵を溶かすほどの魔法が使えるなら、コボルト相手に十分抵抗できたはずだ。子供だということを考えると、恐怖のあまり魔法を使うどころではなかっただろうが、下手をすればグレイたちが返り討ちになっていたとしても不思議ではない
「そういやさ。グレイたちってあの子に睡眠薬を飲ませたって言ってたよね。どうやって飲ませたの?」
「アルクにやったのと同じやり方だぞ? 道案内すると見せかけて貧民街の奥へと連れていった。途中で喉が乾いたっていうから、持ってた水に睡眠薬を入れて飲ませたんだ」
なるほど。気の弱いグレイたちがあっさりと誘拐できたのもわかる気がする。それにしても……。
「グレイたちについていったの!? その子」
「ああ。素直ないい子だったぞ。……そんな子を俺達は……」
くぅーん、と声を落としながら落ち込み始めるグレイたち。
しかし、その女の子にも困ったものだ。知らない人にホイホイついていくとか、どういう教育を受けているのだろう。
「その子が貧民街に入り込んだ理由わかる?」
「迷子とか言ってたな。向こうから俺達に近寄ってきて、『お兄ちゃん、迷子になったから大通りまで連れてって』ってお願いされたから……そんな子を俺たちは……ゆ、誘……ううぅ」
「「あ、あにきー!」」
思い出すたびにいちいち落ち込むのをやめて欲しい。
なんとも面倒くさい連中である。こういう連中を見ていると、ふと前世でも有名だった言葉を思い出す。「後悔先を断つ」だ。……ん? 「後悔先に立たず」だったっけ。まあ、いい。それより聞きたいことがある。
「ねえ。女の子はグレイたちに、お兄ちゃんって言ったの?」
「ん? ああ。間違いないぜ」
「グレイたちを見て?」
「どういう意味だよ!」と憤るグレイ。
グレイたちを見たとき性別すらわからなかった。ヨヨさんとヒミカさんも、彼ら彼女らをおじいちゃんだと勘違いしていた。
では、なぜその女の子はグレイたちを、「お兄ちゃん」と呼んだのだろうか。
「あら、戻ってきたのですか」
そう言いながら地下室の通路を歩いてきたのは、牢で眠っていたはずの女の子。緑がかった髪を揺らしながら近づいて来ると、僕たちから少し離れた場所で立ち止まる。そのまま流れるような動作で、スカートを軽くつまみ、頭を下げ、丁寧に挨拶をする。その洗練された挨拶は、お嬢様やヒミカさんと同じ貴族の淑女であることを示していた。
そして顔を上げた女の子は、僕たちを見てにっこりと微笑んだ。
だがその目は、ただ一人に向けられている。
「これはこれはお姉さま。おひさしゅうございます」




