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第八十三話 悪食

 次の日。


 今日も朝から快晴である。雲ひとつない青空には、これでもかと言わんばかりに輝く太陽が、侯爵家の庭をはじめ、王都中を照らしている。


 晴れの日が続いたおかげで最近は特に暖かく、ここ王都にある侯爵家の手入れされた庭には、多くの花が咲き乱れていた。庭から漂ってくるほのかな花の香りは、お屋敷の中にいても感じられるほどだ。


 お嬢様が毎日、お水をあげている花たちも、一昨日咲いた花を皮切りに多くの花が咲き始めている。次々と咲き始めた花を見たお嬢様は、それはもう大喜びしておられた。最初に咲いた月見草に似た花は、ドリアードと呼ばれる樹木の精霊のリアルルさんが、自分のハーブ園にお嬢様を誘うため、声を送ってきたときに使われた花だ。リアルルさんは遠く離れた場所であっても植物を経由して、互いに電話のように会話できる能力を持っている。その花は昼夜問わず咲いており、時が止まったかのように美しい姿のままだった。


 お嬢様といえば、先日、初めて魔法をお使いになられた。

 初めてにも関わらず、精霊召喚という特別な魔法を操られたのだが、そのときに召喚したのがスノーンと呼ばれる雪の精霊だった。ユキと名乗った(らしい)スノーンは、お嬢様の魔力にかれたらしい。お嬢様とよしみを結んだユキは、契約の証である髪飾りを残し、故郷の山へと帰っていった。大きな山と言っていたので、恐らくは魔王国の北にあるドラゴンフォール山脈がユキの故郷なのだろう。


 帰り際、ユキは髪飾り以外にもある物を残していった。それは『雪菜』という植物の種だった。

 雪菜は野菜のひとつで、アブラナ科の植物で小さな黄色の花を咲かせる。食材としてだけでなく見た目も素晴らしい植物なのだ。食材にする場合、サラダや漬け物にする場合が多いのだが、湯通しすると独特の辛味が出るため、幼いお嬢様にはサラダに使ったほうが喜ばれるだろう。


 お花好きのお嬢様は、雪菜を、「自分で育てるのー!」と宣言されている。侯爵領に戻ってから一緒に種まきをする約束をしているが、庭に蒔くか、畑に蒔くかは、侯爵領でお嬢様の帰りを待つ庭師さんに相談する予定だ。種蒔きの時期は問題ないが、実際、花が咲くのは来年の春頃になるだろう。冬になると雪が積もる侯爵領だが、雪の中で育つと言われるほど雪菜は寒さに強い。間違いなく綺麗な花を咲かせてくれるはずだ。


 その侯爵領へ戻る日だが三日後に迫っている。お屋敷では、奥様とお嬢様の引っ越しの準備が行われている最中だ。もちろん引っ越しといっても王都のお屋敷を引き払うわけではないので、持っていく荷物は、衣装や小物類のほか、お嬢様が大切に育てているお花の鉢植えくらいだ。


 そんなことを考えながら、今日もお嬢様を迎えにいつもの時間、いつもの廊下を一人で歩いている。

 ここ数日の朝、お嬢様をお迎えにあがるのは僕一人に任されていた。


 妖精族との取引が開始されることもあって、通商貿易局局長である侯爵様は多忙の毎日だ。ほかにもいくつか重要な案件が重なっているそうだ。セイバスさんも侯爵様のフォローをすべく、忙しい毎日を過ごしておられる。その証拠に、侯爵様及びセイバスさんは、お嬢様がお目覚めになる前からすでにお出かけになられていた。


 これはレイゴストさんに聞いた話だが、どうやら侯爵様も、奥様とお嬢様と一緒に領地へと戻るおつもりらしい。そのため、今ある仕事を急ピッチで片付けていらっしゃるとのこと。

 当初、公務のため王都に残られる予定だった侯爵様が、急いで仕事をこなしているのには理由がある。


 レイゴストさんの話では、侯爵様曰く、「仕事してる場合じゃねぇ!」状態らしい。


 実は、毒のない食材を使うようになってから、お嬢様の成長が著しい。そんな愛娘の成長を見逃すのが父親として許せないそうだ。以前から考えておみえだったそうだが、昨日の『お嬢様、初めての魔法』をご自分の目で見られなかったことが決定的な原因となったようだ。


 そのお気持ち、非常によくわかる。

 一使用人である僕ですら、可愛いお嬢様の成長を見られないのは心が痛むのだ。我が子を愛する親であればなおさらだろう。侯爵様にはぜひともご家族揃って侯爵領にお戻りいただきたいものだ。


 だが、局長や管理職の任についている貴族は、本来、王都内で計画立案や調整を行う立場だ。用もなしに王都を離れるわけにもいかなかった。


 ところが侯爵様は、魔王様を説得してしまった。

 魔王国は実力主義の国だ。仕事が滞ることがなければよい、という魔王様からの許可を得た侯爵様は、今ある仕事を一気に片付け始めたのだ。


 許可を得る際、若返ったアルティコ伯爵も同行したという。このアルティコ伯爵も、その実力を持って局の外に出ている一人だった。まあ、伯爵の場合は、実力が認められているというより、ただ単に現場のほうが好きという珍しいタイプの貴族なだけのようだ。それでもちゃんと局の仕事もしているのだから、侯爵様と同様、伯爵様も優秀な貴族であることは間違いない。


 それにセイバスさんや僕がいれば『執事ゲート』で、あっという間に移動することができるため問題ないだろう。


 しかしながら、侯爵様が一緒に帰れるかどうかは、今行われている妖精族との調整にかかっている。数ある案件のなかでも最も重要な仕事だ。魔王国と妖精族との貿易自体は内々に決定しているものの、細かい取り決めを行っている最中であり、それが決まらないことには王都を離れるわけにはいかないのだ。

 その調整はうまくいっており、妖精たちとの打ち合わせも順調らしい。


 ヨヨさんの話では、何人もの妖精が魔王国に出入りしているそうだ。そんなヨヨさんに、「ヨヨさん以外の妖精を見たことがありませんよ」と聞いてみた。


「それはね、余計なトラブルを防ぐためよ。担当の妖精たちは、妖精界から通商貿易局内に用意された部屋に直接移動しているわ」


 王都内へ直接、「ゲート」などの魔法を使って転移することは、法で禁止されている。しかし、幻とも、伝説とも呼ばれていた妖精族に対しては、特例が認められたそうだ。なんでも、転移魔法を探知する部署の誰も、妖精界経由で出入りする妖精に気づけなかったそうだ。さすがは妖精族。妖精界に帰る前、妖精族に関する文献をこっそり回収しただけのことはある。


 それはともかく直接部屋の中に出入りしているため、妖精の存在を知っているのは一部の局員に限られている、らしい。


 しかし、噂というのは思いのほか早く広がるもの。

 事実、通商貿易局では碑文に書かれていた伝説の種族、妖精族が局内に現れるという話で持ち切りとなっていた。偶然にも妖精族を見た局員の証言もあって、愛らしい姿の妖精に対する人気は高まっていた。


 それというのも、通商貿易局にいるイーラさんのお仲間、妖精族を愛でる紳士淑女の活躍……いや、暗躍があったからである。布教用と称した『妖精族入門冊子』によって、妖精の魅力に目覚めた者(洗脳された者)が着実に増えているそうだ。

 そのおかげかどうかは不明だが、妖精に対する反応は概ね良好であり、邪な考えを持つ者は今のところいないようだ。少しでも邪な考えを持った局員は、間違いなく紳士淑女局員の手によって粛清されるに違いない。


 これら情報はイーラさんからもたらされたものだ。布教活動報告と言ってもいいだろう。ヨヨさんの『サイン入り妖精族入門冊子(手形付き)』を持っている僕も同士と見られているようだ。一緒に見られたくはないのだが、「自分、抜けさせてもらいやす」とか言った日には、間違いなく指の一部をチョンパ(意訳)されてしまうだろう。


 さて、甘いものばかり食べている妖精族だが、商売となるとその甘さはどこへやら、かなり鋭い交渉をするようだ。魔王国は龍族やエルフ族などの種族と交易を結んでいるが、その中でも妖精族はなかなかの交渉上手らしい。あまりの鋭さに、交渉事に長けている侯爵様が楽しそうに笑っていたのを思い出す。直接、交渉に当たる担当局員たちは苦労しているそうだが、これもひとつの勉強だと言っておられた。


 その妖精族の貿易担当であり、異界商人のヨヨさんはというと、ほかの妖精たちに全てを任せ、重要なことだけ指示していた。


 侯爵領には、そのヨヨさんもついてきてくれる。

 貿易交渉の責任者なのに、僕の手伝いばかりでいいのだろうかと聞いたところ、神様からの依頼でもあるし、まったく問題ないという答えが返ってきた。何かあれば、すぐに魔道具で通信できるし、妖精界経由で王都との行き来も可能だから、とのことだった。


 もちろん心からお嬢様のことを考えてくれているのもわかっているし、今後も食材探しだけでなく、様々な形で僕を助けてくれているだろう。


 だが、執事()は見た。

 僕のそばにいると甘いものが食べられるとつぶやいていたことを。すっかりお菓子にハマり、「次は、なにが食べられるかなー」とほくそ笑んでいたことを。

 間違っていないし、甘いお菓子の味見役としては妖精族が適任なので問題ない。むしろ、妖精族の中でも比較的地位の高いヨヨさんをお菓子漬けにして侯爵領に引き止めておくことができるのだ。妖精族のヨヨさんをそばに置いておくことで、ほかの領より侯爵領が優位に立てる可能性が高い。

 言っておくが、この『お菓子漬け』というのはお菓子をたくさん食べさせるという意味合いであって、ヨヨさん本人を果物の砂糖漬けのようにお菓子にしちゃうという意味ではない。


 (アルク様、例の件ですが)


 突然、インプから念話が入った。

 数日前からお願いしていた件のようだ。


 (申し訳ありません。目を離したスキに見失いました)

 (わかった。急ぎじゃないけど、念のため行き先を探っておいてくれ)

 (はっ。何か分かり次第、ご連絡します)

 (うん、頼んだよ)


 インプとの念話を終えたころ、僕は花模様の細工が彫られた扉の前に到着した。扉の向こうからは、お嬢様の楽しげな声が聞こえてくる。どうやら今日のお召し物についてイーラさんとお話しをされているようだ。「今日はこっちの気分なのー」という声のあと、しばらくしてからいつもと同じ時間に扉が開いた。


「おはようございます、お嬢様」


 挨拶をしながら部屋に入ると、窓から差し込む光に包まれた花の精霊が……いや、あれはお嬢様だ。お嬢様は光の中で微笑んでおられた。

 今日のお召し物は、春らしい薄緑のワンピースに白のレギング姿。ピンク色に染められたカーディガンのような上着を羽織っている。軽い生地で作られた薄手の上着がまるで花びらのようにふわりと風になびく。


 イーラさんと互いに目を合わせながら、「今日も可愛らしいですね」と合図を送ると、「まぁかせて!」という返事が返ってきた。侯爵家に仕える使用人たるもの目で会話するくらいできて当然である。


「おはようなのー!」


 元気なお嬢様の声がお屋敷に広がる。

 さぁ、今日も新しい一日の始まりだ。




「さて、どうしてこうなった」


 (自ら、飛び込んでおいて何言ってるんですか、アルク様)


 わざわざ念話を使って深々とため息をついたのは、少し離れた上空から僕を追っているインプだった。悪魔のくせに妙に魔族っぽいため息をつく使い魔に苦笑してると、突然後ろから怒鳴られた。


「静かにしててくれ!」


 今の僕は王都から連れ出され、汗臭いほろ付き馬車の中に転がされている。ところどころ変なシミが付いた布袋からは、頭だけが出されており、まるで餅巾着のような状態だった。


 今の状況を一言で説明すれば、これは誘拐である。人さらいでもいい。

 インプは、餅巾着となった僕が乗っている馬車を上空から尾行しながら、念話を送ってきたのだ。


 誘拐というと、普通なら叫ばれないように猿ぐつわをしたり、行き先を知られないよう目隠しをしたりするものだ。顔を出した状態では、まるっきり包む方向が逆である。ところが誘拐犯たちは手足の自由がきかなければ、子供ごとき問題ないと考えたらしい。王都から出るときも誘拐犯の一人から口を押さえられ、「黙っていろ」と言われただけだった。

 幌を開けて中を確認した王都の門番も、荷物の影に押し込められた僕には気が付かなかったようだ。


 顔が出ているものの、うす暗い幌付きの馬車の中ということもあって外の様子はわからない。

 ただ、振動の少なさから舗装された道を通っているのは間違いないはずだ。しかし、いくら舗装されているとはいえ、そこそこの速さで走っている馬車は、左右上下に激しく揺れる。貴族用の馬車とは違い、クッションも振動吸収の魔道具もついていない普通の馬車は、振動が直に身体に伝わってくるのだ。


「まあ、自分から飛び込んだのは間違いないけどね」

「頼むから静かにしろって!」


 犯人は、僕の後ろに座ったまま、手を出すこともなくお願いするかのように怒鳴るだけだ。もう少し横暴な態度をとってもいいと思うのだが、もともとおかしな誘拐犯だった。


 揺れる場所の衝撃を感じながら、ここまでのことを思い出す。



 あれは食材を探すため、王都内をヨヨさんと一緒に散策していたときのことだ。多くの魔族が集まる王都とはいえ、味覚オンチで食事に興味のない魔族の国ゆえに、食材を扱う店はかなり少ない。さらに貴族からの信用も厚く、魔力が豊富な高級食材(ほとんど毒)を取り揃える貴族御用達の店は数件しかない。しかもつい最近、残念なことにそのうちの一件が潰れてしまったばかりだ。「フシギダネー」、「フシギヨネー」と、僕とヨヨさんが疑問を口に出したところで消えたフトックの店は返ってこない。


 今日は多くの魔族が買い物をするような一般的な食材店を見て回ったのだが、残念ながら良い結果は得られなかった。それらの店の品揃えはどこもほとんど同じで、貴族御用達の品より質が劣っていた。当然、新たに毒のない食材を発見することもなかった。


 ほかに行く宛がなくなった僕たちは、食材を扱う店がほかにないか、商業ギルドで聞いてみることにした。

 忙しい中、嫌な顔ひとつせず僕の相手をしてくれたギルド長から、神殿に食材を卸している店を教えてもらった。以前、ヒミカさんが言っていた神殿御用達のお店のようだ。

 教えてもらっておいて文句を言うのもなんだが、正直、今まで覗いた店の品揃えから考えると、あまり期待はできないだろう。それでも、もしかしたらということもある。ヨヨさんと相談した結果、一応行ってみようということになり、そのお店に向かうことにしたのだ。


 ところが、そのお店は商業ギルドから向かう場合、大きく迂回する必要があった。「時は金なり」という言葉がある。お嬢様の昼食に間に合うよう、できれば早く帰りたい。そこで近道するため、ある場所へと足を踏み入れたのだ。

 そこは王都に住む一般魔族なら、まず近寄らないという場所だった。


 比較的治安の良い王都であっても、住む魔族全てが清廉潔白というわけではない。潰れた食材店の主人のように、悪事に手を染める魔族やスネに傷のあるような魔族も王都には住んでいるのだ。そういう輩はなぜかゴミにたかる虫のように、一箇所に集まる傾向がある。そしてその近道のある場所というのが、まさにそういった連中が集まる場所だった。貧民街やスラム街と言えばわかりやすいだろう。


 表通りから外れた、やや幅広の薄暗い路地を歩いていると、荒れ果てた家や修繕が必要となるような崩れかけの家屋が目に入ってくる。いかにも貧民街という感じではあるが、それは外見だけじゃない。

 それは臭いだ。どこからか鼻をつく匂いが漂ってくる。いくつもの悪臭が交じり合っているせいか、何の臭いなのかさっぱりわからない。全体的に風通りも悪いようで、僕が歩を進めるたびに淀んだ空気と悪臭が混ざり合っていく。

 気配を消して僕の頭の上で座るヨヨさんも、この臭いには我慢できなかったようで、今は自分のハンカチを口に当てていた。


 歩いていて気づいたことだが、この辺りに住んでいる魔族たちは気配を隠すのに慣れているようだ。隠しきれてないところは致し方ないが大したものだ。もともと存在が薄いから気配も薄いのか、荒事に巻き込まれないようにするための知恵なのかはわからない。いずれにせよ、こちらを伺っている気配をいくつか感じるのだが、その気配の持ち主は僕たちが通り過ぎるのを待つかのように、じっとしたまま動かなかった。


 そんな中、お約束とも言える気配が僕の前と後ろに現れた。前に一つ、後ろに二つだ。姿は見えないが、今歩いている路地が比較的直線である以上、前にある気配の主は、家の影に隠れているに違いない。


 今の僕は、一般的な庶民と変わらぬ格好をしている。着ている服も普通の庶民が着ているような地味なものだ。そんな僕になんの用があって、挟み撃ちにしようとしているのだろうか。少なくても穏やかな用事ではないはずだ。

 相手の出方を待つため、僕はその場に立ち止まった。そして自分の魔力を極力抑えておく。隙を見せることで相手を油断させると同時に、弱いフリをしておかないとうまく釣れない可能性があるためだ。


 ヨヨさんも異様な空気に気づいたのだろう。

 僕のことを心配してくれるヨヨさんだが、彼女に何かあっては困る。気配を消したまま上空に避難しておくようお願いしておいた。


 こちらの準備が整ってから、しばらくして姿を見せたのは犬のような顔を持つ魔族、コボルト族たちだった。


 コボルト族は下位魔族に属する魔族で、顔は犬そっくり。大きめの尻尾を持ち、体毛に覆われた身体は、小柄で僕と同じか低いくらい。気も弱く、力も弱い。

 その弱さのせいで、ほかの種族から下に見られることも多く、力の強い相手から使いっ走りのような扱いをされてしまう不憫な種族だ。

 剣などの道具を使うことのできる器用さを持ち、金属すら匂いで嗅ぎ分けることができるほど鼻が利くことでも有名。前世の物語のように銀を腐らせるようなことはないし、贈り物をすると出て行ってしまうこともない。


「……坊主、こんなところで迷子かい?」

「お兄ちゃんたちがヨゥ、家まで送って行ってあげるヨゥ」

「ヘッヘッヘ。いい服着てるねぇ」


 どうやらこのコボルトたちは、全員お兄ちゃん(オス?)であるらしい。この三人のコボルトだが、あまりにも全身が毛むくじゃら過ぎて、性別すら判別困難だった。特に顔は全く見えない。鼻と口がついていることは間違いないが、長い毛のせいで目は完全に隠れており、どこを見ているのかわからないほどの、「もじゃ」っぷりだ。前世にいたオールド・イングリッシュ・シープドッグとかハンガリー・コモンドールのようなコボルトである。彼らの大きな尻尾を加工すれば、良いモップができるだろう。


 彼らを区別するとすれば、その声と毛の色くらいだ。

 前方で待ち伏せしていたリーダー格のコボルトが灰色の毛、後ろの二人のうち、ヨゥヨゥ言ってるのが茶毛のコボルトで、ヘッヘッヘと笑ってるのが白黒のブチ模様のコボルトだ。

 もしコボルト族に細かい分類があるとしたら、間違いなくこの連中は長毛種に属することだろう。ただ単に散髪していないだけの可能性もあるけど。


 それはさておき、白黒ブチ模様のコボルトに言わせると、僕の着ている服は一般庶民の服よりも質がいいらしい。目の前のコボルト族らは、汚れたシャツに裾の破れたズボンを履いている。

 確かにこの連中と比べたらマシな服だと思うが、そこまで違うのだろうか。


「ヘッヘッヘ。兄貴、上等な生地の匂いがするよ」

「そうか。こいつもか」

「兄貴、この子もずいぶんと弱そうだヨゥ。それに周りには誰もいないヨゥ」

「……なら、早いとこ捕まえるか。すまんな、坊主」


 兄貴と呼ばれた灰色コボルトの宣言に、大きな尻尾を立てながら間合いを詰めてくるコボルトたち。上等な生地の匂いというのがどんな匂いなのか気になったが、聞けるような雰囲気ではない。


 (……こいつもか、ねぇ。それに誘拐しようとしてるのに謝るとか……インプ!)

 (はっ。アルク様)

 (ちょっと誘拐されたいから手伝って)

 (はあっ?……ハァー。……今から、そちらに向かいます)


 盛大なため息をつかれてしまったのだが、僕は悪くない。また余計なことに身を晒して、とインプは言わんばかりだったが、悪いのは僕の前でおかしなことを言った誘拐犯たちである。


「衛兵さん、助けてー。衛兵たるもの誘拐くらい防げなくてどーするのー。誰かー、そんな衛兵さんに誘拐されるって伝えてきてー」


 声を、「抑えて」叫んだあと、空を見上げる。

 そこには気配を消したままのヨヨさんが腕で大きく丸を作っていた。どうやら僕の言いたいことが伝わったようだ。ヨヨさんは、その場で円を描くようにくるりと回ると、妖精界の入り口を開き、そしてその中に飛び込んでいった。


 (これでよし、と。気になることもあるし、こいつらの潜伏先を確認しておくか)


「叫んだところでこんな場所には誰もきやしねぇよ、坊主」

「やめてよー。誘拐は死刑だよ!」

「……そうだな」


 兄貴分であるコボルトの言葉に、ほかの二人も黙ってしまった。誘拐に対して三人とも乗り気ではなさそうだ。今の態度から考えても明らかにおかしい。仕方なくやっているといった感じだ。まあ、理由はどうであれ犯罪だ。


「わー、こわい。どうしよう。助けてー」


 わざと周りにしか聞こえないような声で叫んでいるため、誰かが来る気配はない。この場所にいる連中なら、巻き込まれないよう見て見ぬふりをするだろう。むしろ来てもらっては困る。


 (お待たせしました。助けたほうが……いいんですか?)


 タイミングよく声をかけてきたのは、姿を消したまま到着したインプだった。鼻の利くコボルトとはいえ、魔力の塊である悪魔インプには気づいていないようだ。

 彼にはやってほしいことがある。だが、まずは捕まってからだ。


 (いや、連中の態度がおかしい。とりあえず捕まる方向で)

 (例の件はどうしますか?)

 (朝も言ったけど、急ぎじゃないから後回し)

 (わかりました)


「兄貴ヨゥ。やるなら早くしようヨゥ」

「ヘッヘッヘ。怖がらせたら可哀想だよ、兄貴」

「そうだな。早く戻らないとな。俺たちより弱そうだが気をつけろ」


 一斉に僕を捕まえようとするコボルトたち。


「わー、やめてよー」


 (……アルク様、もう少しちゃんとしてください。怖がっているようには見えません)


 インプが残念そうな声で念話を送ってくるが、「ちゃんとして」と言われてもどうしろというのだろうか。


「やーめー、やめやめやめー、やーめーてー、オーレー」


 (それはチャントです。しかも微妙です。むしろ残念と言えるでしょう)


 この状況下で、そんな冷静にツッコまれても困る。というか、なんで悪魔がチャントなんて言葉を知ってるんだ。

 なんだかんだ言ってるうちに僕はあっさりと捕まった。いや、捕まえてもらった。


「坊主、弱すぎだろ」


 僕の手足を押さえつけながら灰色コボルトが呆れたように言う。

 捕まえてもらうつもりだったので、当たり前の結果なのだが、もちろん黙っておいた。



 というわけで、コボルトの態度と、「こいつも」の、「も」が気になった僕はおとなしく捕まり、今はある屋敷の地下牢に閉じ込められていた。魔力を抑えたまま弱いフリをしたおかげか、今の僕は餅巾着状態から解放されている。


 牢に入れられるとき、灰色のコボルトが言った、「すまんな」という二度目の謝罪にますます疑問がわいてくる。


 この屋敷は、王都から馬車に揺られること体内時計でほぼ一時間。途中から街道を外れた場所にあった。木々に囲まれた屋敷の周りはひっそりとしており、この屋敷以外、ほかの建物は見当たらない。


 王都からの道順は、馬車を追うようにしてインプに追跡させておいたため、だいたいの場所は把握済みだ。そのインプには、この場所をヨヨさんたちに知らせるよう命じておいた。何かわかれば念話で知らせるとも伝えてある。

 それに僕以外の誰かがさらわれている可能性もある。その情報も必要だ。


 閉じ込められた場所は、地下にいくつかある牢屋のひとつで、二メートル四方ほどの広さがあった。壁や床、それに天井は石造りで、檻の鉄格子はかなり太く、頑丈な造りになっている。格子を握って軽く揺らしてみるが、ピクリとも動かない。暗闇の中、ところどころに置かれているろうそくの炎だけが唯一の明かりだ。 姿は見えないものの、この地下には僕以外の気配もある。おそらくほかの牢に囚われている者がいるのだろう。


 そんな牢のある地下は決して快適な環境とは言えなかった。誘拐されたときに歩いていた路地よりも劣悪な環境だ。じめじめとした湿気、何かが腐ったような腐敗臭、そして、血の匂い。少なくても安心できそうな要素が何一つない。


 ほかの牢を確認するため、僕は鉄格子に近寄り、目を凝らして周りを見る。通路を挟んだ反対側にある牢を覗き込んでみたが、小さなろうそくの明かりだけでは、暗すぎて奥まで見ることはできなかった。


 そこで『執事ランタン』を使って辺りを照らす。

 普通のランタンの光よりも明るい光が出せるようになった『執事ランタン』だが、その明かりのおかげで、この地下室に漂う腐敗臭や血の匂いの原因がわかった。


 向かい側の牢の中には、原型をとどめていない動物らしき巨大な肉の塊があった。『執事ランタン』の光を、赤い液体が反射していることから、比較的新しいものだとわかる。ほかにもその動物の骨らしきものや肉片がいくつか転がっている。よく見れば、牢の床は赤黒く染まっていた。

 その肉の塊を注意深く観察して気づいたことがある。鋭利な刃物で切り取られたような跡があちこちについていた。それはブロック状に切り取られており、まるで使う分だけ切り分けられたような跡だった。


 その人為的な切り口のことはあとで考えるとして、僕はほかの牢を確認するべく視線をずらす。


 斜め右向かいの牢に目を向けると、鉄格子の近くに子供とおぼしきチョトツの死骸を見つけた。大きさは一メートルくらいだろうか。顔のあちこちにぶつかったような傷があった。恐らく牢から逃げようと何度も鉄格子に体当たりをしたのだろう。少しでも牢から出たかったのか、鉄格子の間からは血だらけになった鼻先だけが牢の外に出ていた。死んでから時間が経っているらしく、一部では腐敗が始まっているようだ。


 ここまで、ほかの牢にある気配が動く様子はない。気配があることから生きているのは間違いない。しかし『執事ランタン』の明かりにも反応しないことから、寝ているか、動けない状態なのだろうと推測する。


 次に地下室の出入り口に近い、斜め左向いの牢を確認するため『執事ランタン』の明かりをそちらに近づける。右向いの牢と違い、鉄格子の近くには何もない。牢の奥も位置的に見ることができなかった。だが、間違いなくその牢には何かの気配がある。ほかの牢にある気配同様、寝ているのか、動くことができない状態に違いない。


 それにしてもコボルトが言っていた、「おまえも」の、「も」が気になる。僕のほかにも、さらわれた魔族がいると思ったのだが早合点しすぎただろうか。今ある気配の中に、「も」がいればいいのだが、気配だけではよくわからなかった。


 ここにいては真横に並ぶ牢のように、覗くことすらできない場所がいくつかある。もしかしたらそれらの牢にいるかもしれない。『執事の氷面鏡ひもかがみ』を使って、ひとつひとつ覗くことも考えたが、それなら牢から出たほうが早い。


 僕は鉄格子を両手で思いっきり握る。鉄格子を左右に押し広げるため、力を込め――たとき、どこからともなく足音が聞こえてきた。


 その音は、地下室に続く階段のほうから聞こえてくる。こちらに近づいてくることから誰かが地下室に降りてこようとしているのだろう。


 慌てて鉄格子から手を離した僕は、素早く『執事ランタン』を解除する。解除したことで、僕の周りは再び暗闇に包まれた。残されたのは、か細く揺れるろうそくの炎だけだ。


 薄明かりの中、近づいてくる足音に集中する。

 足音の種類は二つだ。その足音が大きくなるたびに、連中が持つ明かりが通路に広がっていた薄闇をゆっくりと押しのけていった。


 牢の中で息を殺しながら足音の持ち主を待っていると、徐々に近づいてきた足音は、左向いの牢の前でピタリと止まった。誰が来たのか確認するため、僕は牢の影から相手のいる場所をゆっくりと覗きこんだ。


「こ、ここでさぁ、旦那」


 相手の顔色を伺うような震える声で、もう一人の相手に話しかけたのは僕をさらった灰色のコボルトだった。手にランタンを持ち、牢屋の中を照らしている。背を丸めながら歩く彼の尻尾は、足の間にすっぽりと収まっている。


 コボルトが話しかけている相手は中年の男性魔族だ。見た限りでは高位魔族。着ている服は上等なものだが、どことなくくたびれていた。

 男の身長は高めで、ひどく痩せている。コボルトが持つランタンの光に照らされた顔は、どことなく病的であり、頬も痩せこけていた。艶のない髪は、使い古したブラシのようにボサボサだ。ランタンの明かりを反射する目は食い入るように牢の中を見ており、痩せこけた顔のせいなのか異様に大きく見えた。


「これが昨日見つけた娘ですか」

「へ、へい!」

「ほほう。高位魔族とは上出来です。よく持ってこれましたね。初めての仕事とは思えません」

「は? はぁ……ありがとうごぜいやす」

「しかし、子供とはいえ魔力が少ないようです。高位魔族の子供にしては珍しい」


 まだほかにも捕まっているかもしれないが、会話の内容から、「も」のいる場所がひとつ判明した。あの牢に閉じ込められているのは高位魔族の子供。しかも女の子のようだ。


「まあ、魔力が少なくても使えるでしょう」

「そ、それは……よ、ようございやした」

「そういえば、今日も一匹見つけてきたそうですね」

「へい。こっちでさぁ」


 次に、連中は僕のいる牢へと近づいてきた。牢の中央に戻った僕は立ったまま相手を待つ。僕の目の前にやってくるなり、灰色コボルトはランタンを掲げて僕を照らす。ランタンの光とはいえ、直接当てられるとさすがにまぶしい。僕は少し後ろに下がってから目を細め、睨むようにして二人を見る。


 長い毛で顔が隠れているコボルトがどこを見ているか不明だが、中年魔族のほうは、ギラつく目で僕を見ている。

 その視線を真正面から受け止めたとき、僕の頭の中で何か引っかかるものがあった。気になったのは、そのギラついている目だ。


 (この顔、どこかで……)


 その魔族は、ふと、ため息をこぼす。そのギラつく目を僕に向けたままコボルトに問いかけるようにつぶやいた。


「なぜ起きてるんです? 見つけたものは眠らせておけと言ったはずですが?」

「い、いえ、いや、違うんです。こいつはずいぶんと弱かったんで、必要ないと思ったんでさぁ」

「ふん。まあ、いいでしょう。それにしてもなんですかコレは。ほとんど魔力を感じないじゃないですか。同じ魔族だと思えませんね。ゴミです、ゴミ」


 魔力を抑えたままの僕を、「ゴミ」と呼ぶ男。

 どうやら魔力のある者を集めているらしい。


 素直に喋ると思わないが、とりあえず探りを入れてみることにする。小芝居をするため、僕は相手に気づかれないよう『執事ボイス』を発動させた。そして普段の僕とは全く違う声で怒鳴りつける。


「僕をさらってどうするつもりなんだよ! ここから出せ! おっさん」


 その強気な罵声に、中年魔族は僕を見ながら呆れたように言った。


「やれやれ、魔力が低いと品性も低いようだ。所詮はゴミですね。これならまだコボルトのほうがマシというものです」

「だ、旦那!?」


 コボルトの悲鳴じみた声とともに、彼の尻尾が緊張したかのようにピンっと伸びる。


「貴方も貴方ですよ。誰が、こんな生ゴミを持ってこいと言いましたか。あっちの娘に免じて、ご友人を一匹渡しますから今度は四匹で探してきなさい」

「だ、旦那! 約束が違いやす!」

「……約束、ですか?」

「一人さらってきたら、二人返してくれるっていう約束だったはずでさぁ」

「生ゴミを拾ってきておいて、何を言ってるのですか。嗅覚だけの下位魔族の分際で、ゴミの区別もつかないのですか」


 コボルトのほうを見ることもなく、こちらに向けたままの目は、僕を、魔族を、同族を見る目ではなかった。

 今も僕を凝視するギラつく目は――。


 (そうだ。この目……思い出した)


 僕は、この中年魔族に会ったことがある。

 初めて会った場所は、ある貴族の晩餐会だった。セイバスさんと共に、僕の執事修行を兼ねて、給仕の手伝いをしに行ったときだ。

 すっかり痩せこけていたせいで、当時の面影が薄れており、なかなか気づけなかったが、そのギラつく目だけは当時と変わっていなかった。


 この男はその晩餐会において、出てくる料理を片っ端から平らげ、花瓶に生けてあった花すら貪っていた『悪食』だ。食べ方も品がなく、そのギラつく目を食材に向けながら、まわりに食べかすを撒き散らし、全てを丸飲みしていた。あまりの下品さに周りの貴族も眉をひそめていたほどだ。


 男の名前は、グロスフド=ビザー伯爵。

 幼いころからわがままに育てられたのだろう。親のせいなのか、ビザー家に仕える使用人たちのせいなのか、それは僕にはわからない。いずれにせよ、わかっているのは、彼は『悪食』のまま大人になった、ということだ。

 当主が悪食の彼に代替わりしたせいで、家は没落に向かっているらしく、辛うじて家格だけ保っているような状況だと聞いている。だが、それも時間の問題というのが大方の予想だった。


 悪食というのは、離乳食期に失敗した魔族のことだ。

 魔族の離乳食期は二年あり、この二年はとても大切な期間となる。魔族はその間に効率良く、食事から魔力を吸収する方法を学ぶ。魔力吸収が効率良くできないまま大人になると、普通の食事量では、身体を維持する魔力が足りなくなってしまうのだ。その不足分を補うため、悪食となった魔族は量に頼ることが多い。


 よく見るとビザー伯爵の体が小刻みに震えている。地下室とはいえ、特に寒いわけではない。僕を凝視しているその目もどことなく焦点が合っていなかった。


「おい、おっさん。聞いてんのか! ここから出せって言ってんだよ!」

「やれやれ。これだから生ゴミは。貴族たる私に対し、先ほどからなんという下品な口の聞き方でしょう。ちょっと、貴方。うっ……こ、この生ゴミを処分しておきなさい。く、臭いものには、フ、フタをするのが、い、い、一番……です」


 すでに僕は彼の名前も身分もわかっているが、自分から貴族だと口を滑らすほど焦っているようだ。先ほどよりも大きく震えだした伯爵が歩き出す。


「は、早く、も、も、も、戻らねば」


 独り言のようにつぶやいたビザー伯爵は、もうこちらに興味はないという態度で牢の前から立ち去ろうとしている。先ほどよりも声が震えており、その足取りはおぼつかない。まるで何かの禁断症状がでているかのようだ。


「食事……ない。……やくしなくては……。魔……たり……」


 何を言っているのかわからないが、伯爵は独り言をつぶやきながら歩いていく。薄暗い通路のなか、身体を左右に揺らし、階段を上がりきってその姿が見えなくなるまでその独り言は地下室に響いていた。


 地下室に静寂が戻る。

 今、僕の前にいるのはランタンを持った灰色コボルトだけだ。


 彼は伯爵が地下室から去るまで、ランタンを手に持ったまま、じっと動かないままだった。明かりを差し伸べるでもなく、離れていく伯爵の背中に顔を向けていた。いや、顔を向けているというより、顔を背けることができなかった、というべきか。伯爵の様子がおかしいときも、手を貸そうとせず、近寄ろうとしなかった。まるで恐怖に怯えているかのように。


 僕は『執事ボイス』で変えた声のまま、鉄格子を挟んだ状態で話しかける。


「で、僕をどうするの? 処分する?」

「なぁ……坊主。そんな声だったか?」


 声を変えていることに気づいていたか。

 コボルトが鋭いのは嗅覚だけではなかったようだ。

 考えてみれば、前世の犬も聴覚が鋭かったはず。コボルトと犬を一緒にしていいものか悩むところだが、とりあえず耳もいいらしい。

 まあ、ここはこの声のまま押し通す。


「僕を処分するか聞いてるんだよ? ボケちゃったの? おじいちゃん、大丈夫?」

「だ、誰がおじいちゃんだ! 俺はまだ若い!」

「うえぇりょぇぇ!」

「……この世の終わりを宣告されたような驚き方をしないでくれ」


 灰色コボルトは尻尾を丸めながら、く~んとでも言いそうな雰囲気でうなだれてしまった。きっと何度も間違われたことがあるのだろう。それも好きな女性から言われたことがあるに違いない。

 あまり触れてほしくないそうだが、人族年齢でいうと二十歳前後だそうだ。魔族としてもコボルト族としても確かに若い。うん、まぁ、あれだ。犬種にあるシュナウザー的な仙人顔だから年上おじいちゃんに見られてもしょうがないよね。


「仲間を人質にされ、仕方なくおっさんの言いなりに。そして誘拐犯として僕たちをさらった、ってところだね」

「……まぁ、な。坊主、ずいぶんと落ち着いてるな。それによく聞いている」

「僕を誘拐するときに二度も謝られちゃ、嫌々やってるのバレバレだよ。子供じゃあるまいし、誰でもわかるって」

「……坊主、子供だろうが」

「言葉のあやみたいなもんだよ。それにどう見ても、貴方のことをモノとしか見てなかったもんね、あのおっさん。まあ、僕を見る目も同じだったけど」

「……そうだ。旦那は、いや、あのバケモンは悪食だ。しかも……しかも最悪の悪実だ」



 大気から魔力を吸収する魔族は、味覚オンチであり、料理の見た目以外、食事に関心がない。しかし、大気から魔力を吸収するだけでは身体を維持する魔力が足りないため、その不足分を補うため食事をとる。

 食事の目的は魔力を吸収することであり、料理に使われる食材は魔力吸収のための手段にすぎない。別の言い方をすれば、魔力が摂取できるものなら、食材はどんなものでもいい。その食材に毒が含まれていようがいまいが、ほとんどの毒を無効化できる高位魔族ともなれば全く気にしないのだ。


 結果、食事を作業と考える魔族の間では、料理という文化は発展せず、見た目の美しさだけが追求されることになった。そのせいで魔族が使う食材の多くには毒を含むものが多い。どこかで聞いたことのある、「きれいなものには毒がある」とは実にうまい表現だ。


 魔族が口にする食材の中には、美しいだけでなく含まれている魔力が豊富なもの(その多くが毒を含む)もあった。それらの食材は貴族用として重宝され、貴族御用達の店を中心に取り扱われていた。


 侯爵家においても貴族御用達といわれる店舗と取引がある。

 以前、僕とヨヨさんは干し肉や干し魚のことを調べるため、それらの店を二人で見て回ったことがあった。


 当時の僕は、神様に戻してもらったばかりの前世の記憶と、魔族として生きてきた記憶によって、自分自身に困惑していた。だが、困惑していたおかげで『食材として、肉を見ていた前世の自分』と、魔力を摂取するための『手段として、肉を見ていた魔族の自分』がいたことに、気づくことができたのだ。


 あのとき、魔族の料理に対する無関心さを目の当たりにしたヨヨさんは、思っていた以上に深刻だとつぶやいていた。

 だが僕は、もっと深刻で大きな問題があることに気づいてしまった。


 効率的に魔力が吸収できない悪食は、生きるためにたくさん食べるしかない。普通の食事の量では吸収する魔力が足りないからだ。

 しかし魔族といえども、一度に食べられる量には限度がある。


 ではどうするか。

 量がダメなら質を高めるしかない。

 魔力が豊富な食材を食べるのだ。魔力が豊富な食材といえば、貴族用として重宝されている食材だ。これらの食材は当然、値が張るものが多い。

 伯爵という地位にあったビザー伯爵家が没落に向かっているのも、それら食材を大量に購入した結果に違いない。


 しかも効率よく魔力が吸収できない悪食ゆえに、魔力が豊富に含まれているはずの食材も、そのほとんどを無駄にしてしまう。


 魔力が豊富で高価な食材を買う。悪食なので魔力が効率よく吸収しきれない。足りないのでまた高価な食材を買う。


 まさに負の連鎖だ。

 没落しかけの貴族にとって、毎日消費される多額の出費は厳しいものだ。手が出せなくなっても無理はない。


 僕が給仕を手伝ったあの晩餐会にビザー伯爵が出席したときには、侯爵家はすでに没落傾向にあったのだろう。料理を食い散らし、花瓶の花をも貪っていたのは魔力に飢えていたからに違いない。

 魔力が吸収できるなら、手段として食べるものは料理でも花でもかまわないほど、伯爵は追いつめられていたのだ。


 そして悪食であるビザー伯爵は気がついた。

 伯爵は、僕が気づいた深刻な問題を素晴らしい手段として気がついてしまったのだ。


 高価な食材は買えない。

 だが、このままでは生きるための魔力が足りない。

 ならば、ほかに豊富な魔力を持つものはないか。


 そうだ。王都にはたくさん――あるではないか。


「……同族喰い、か」


 僕の言葉に、コボルトが黙ったままうなずく。


 そう。伯爵が見つけた手段とは、いわゆる『共喰い』だ。


 魔力吸収という目的のため、悪食のビザー伯爵が取った手段というのが、魔力の高い魔族から魔力を吸収することだった。魔力が摂取できるならものなら、手段は問わない。どんなものでもいい。同族である魔族から魔力を吸収するというのも手段のひとつ。


 普通の魔族が目の前に立っているコボルトを見て、彼を食材だと思うだろうか。

 いや、普通は思わない。

 思うわけがない。


 魔族は共喰いなどしないのだ。

 エルフや龍族たちのような種族同様、我々も同族である魔族や他種族を食材として見ることはない。


 魔族にも理性というものがある。

 理性によって、『コボルトを肉として見る』こともなく、『魔力吸収の手段としてコボルトを見る』こともないのだ。

 しかしそれは、理性ある普通の魔族の場合だ。


 悪食は普通ではない。

 そして、このおぞましくも無残で凄絶な同族喰いという行為は、悪食となった魔族であれば誰にでも起きうることなのだ。


「やれやれ。悪食なんぞ、その辺に転がってる石でもかじっていればいいものを」

「いやいやいやいや。坊主、なんでそんなに落ち着いていられるんだ。同族喰いの悪食に捕まっているんだぞ」

「捕まえたのは、貴方でしょうに」

「うっ……本当にすまん」


 彼に謝られるのは三回目だ。

 なんとも言えない空気が流れる。

 僕は鉄格子を両手で握りながら訴えかける。


「謝るくらいなら、ここから僕たちを逃がしてよ」

「……っ!? す、すまん。そ、それはできんっ」


 仲間の命と見ず知らずの子供の命。どちらも選んでも悔いることになるだろう選択。それでも彼には、それを悔いることのできる良心が残っていた。

 だが、彼は同族の命を選んだ。

 まあ、理解できないわけじゃない。


「あっそ。じゃあ、僕が逃げたらどうするの?」

「……逃げられると困るんだが。まあ、逃げても、またすぐに捕まえてやるさ。じゃないと仲間もろとも俺たちが喰われるからな」

「ふーん。――ふんっ!」


 僕は抑えていた魔力を少し解放し、両手で握っていた鉄格子に力を込める。

 軽く揺らす程度じゃ動かなかった鉄格子も、全力を出せば飴細工のようにぐにゃりと歪み、僕が通るには十分なほどの隙間を作り出す。

 これも、「執事たるもの、牢くらい一人で出られなくてどうしますか」というセイバスさんのありがたい修行の成果だった。物理で楽しむ知恵の輪みたいなものだ。……んー、ちょっと違うか。


 僕は牢の外へと足を一歩踏み出しながら、ゆっくりと鉄格子をくぐり抜ける。一歩一歩近づきながら、「ふしゅぅ」と息を吐き、コボルトに向けてニタリと笑う。コボルトは、その光景が信じられないかのようにその場で固まったままだ。


「ぼぉくが逃ぃげたらぁどうするってぇぇ?」


 ねっとりと絡みつくような声で問いかけると、彼は、「キャン! キャン!」と犬のような声を出しながら、腰が抜けたように尻もちをついた。僕が彼に近づこうと足を進めるたび、彼はそのままの態勢で、ずりずりと後ろに下がっていく。尻尾を両足の間に挟み、向かい側にあった牢の鉄格子が邪魔をして、それ以上下がることができなくなっても、彼は後ろに下がろうとする努力をやめなかった。

 目にかかる長い毛のせいで表情のわからない顔をこちら向けながら、がたがたと震えているコボルト。どうも、彼は完全に怯えているようだ。

 簡単に誘拐でき、弱いと思っていた僕が、突然、牢を破って立っているのだから無理もない。


「兄貴! どうかしたかヨゥ」

「ヘッヘッヘ! 兄貴、何かありましたか?」


 あの声は、僕をさらった茶色と白黒ブチの毛をしたコボルトたちだ。兄貴と呼ぶ目の前の彼を心配する声が地下室に続く入り口のほうから聞こえてくる。


「た、た、た、た――」


 僕の目の前で腰を抜かして怯えている彼は、うまく声が出せないようだ。ならば手伝ってあげるしかない。僕は、毛むくじゃらの彼の顔を覗き込みながら、『執事ボイス』を発動させる。

 そして彼を心配するコボルトたちに聞こえるよう返事をした。

 ――目の前にいる彼の声で。


「たいしたことねぇ。こっちはいいからお前たちは上にいろ!」

「!?」

「へーい」


 自分と同じ声を出す僕を見て、灰色コボルトは大きな口を閉じたり開いたりしながら、声にならない声でうめいている。そして慌てた様子で自分の顔にかかる毛を乱暴にかきあげると、見極めようとするかのような、「表情」で僕を見る。邪魔をしていた毛がなくなったことで、今まで隠れていた彼の両目があらわになった。


 (こ、これは)


 初めて見る彼の目だが、おそらく普段より大きく見開かれているのだろう。僕を見るその目は、くりっとした濁りのない目をしている。その可愛らしいつぶらな瞳は、犬のぬいぐるみについている目にそっくりだった。


 (なんという癒やし目……)


 そんなつぶらな瞳を見つめながら、にっこりと笑いかける。

 そのほほ笑みに、コボルトは引きつったような愛想笑いを返す。

 僕は笑みを浮かべたまま、『執事ボイス』を解除して自分の声で彼に言った。


「僕に協力して、英雄ヒーローになってよ」



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