第八十話 フォメット族
昨夜、夕食のあとお披露目したのは、精霊ドリアードのリアルルから贈られた『匂い袋』と『ハーブティー』だった。
匂い袋は手のひらで隠れるくらいの小さな巾着型で、藍、紅、橙のほか様々な色彩の生地に美しい模様が入っていた。見た目にも非常に美しい品だ。香りも上品な仕上がりになっている。
奥様、お嬢様、それにシュリーには、それぞれ個別の匂い袋が用意されており、お嬢様たちはさっそくその香りを楽しんでおられる。ほかにもたくさん送られてきたため、奥様のご厚意によりメイドたち女性陣にも配られることになった。
それに喜んだのは女性使用人たちだ。どうやら香りもそれぞれ違っているらしい。たまたま当番でこの場に居合わせた運の良いメイドさんたちは、自分たちに合うと思われる香りを真剣な顔つきで選んでいる。イーラさんやラミさんも例外ではない。
ハーブティーのほうは、侯爵家の皆さんのお口に合えば、という内容の手紙とともに、何種類か贈られてきた。心を安らかにさせるものや目の疲れを和らげる効果のあるものがあり、これらは侯爵様宛に用意されたものだ。ほかにも美容や肌に良いもの、甘い香りのするものなどがある。
その日の夜はハーブティーを飲む機会はなく、お嬢様とシュリーの賑やかな声とともに夜は更けていった。
お嬢様に明日の予定を説明したあと、あることが原因でへとへとになった僕は、大神官様からもらった本を読むことなくそのまま寝てしまった。
さて、次の日の朝。
相変わらず、『アルク登り』を朝の日課とするお嬢様。今日はシュリーも挑戦だ。残念ながらシュリーは登りきれなかったが、お嬢様は、お姉ちゃんの威厳を示すことができた。僕に肩車されるお嬢様を見て、シュリーは落ち込むこともなく、「お姉ちゃんはすごいの!」、「……次こそは」と意気込んでいた。ピッケルを振り下ろすような仕草をしているのは気のせいだろう。
朝食時には、さっそくいただいたハーブティーが登場した。
見たことがないはずのハーブティーを完璧ともいえる入れ方で用意したセイバスさんとメイドさんたちの手によって、侯爵家の朝の食卓は爽やかな香りに包まれる。
ハーブティーは、昨夜のプリンに引き続き、奥様に大好評だった。味がわからない魔族でも香りは理解できる。見た目美しいお菓子のほか、香り高きハーブティーは、魔族の食文化発展の起爆剤になる可能性を秘めているようだ。
問題は、ハーブを大量に用意できないということだ。ドリアードのリアルルさんにハーブを分けてもらい、侯爵領で作ることができればいいのだが、これも交渉次第だろう。
ジュロウさんとシュリーは、朝食のあと王都を見物してから森へと帰るそうだ。
別れ際、シュリーたちが侯爵領に引っ越してくることを聞いたお嬢様は、シュリーと抱き合って喜んでいた。それと同時に二人は、「お姉ちゃんとは離れちゃうの」と寂しそうな顔をする。
お姉ちゃんとは、ヒミカさんのことだろう。
彼女は、巫女として神殿を離れるわけにはいかない。巫女であることは彼女の役目なのだ。二人にそう伝えると、「……お仕事ならしかたないの」と悲しそうな顔のまま、自分たちに言い聞かせるようにしていた。
すでにジュロウさんとシュリーは侯爵家をあとにしており、お嬢様は少しばかり元気がない。それでもお嬢様の『おしごと』である水やりを欠かすことなく、花の世話をしておられた。
昨晩、プリンにいたく感動していたヨヨさんはプリンのことを女王に報告するため、今日こちらに来るのは昼頃の予定だ。もちろんプリンのレシピは渡してある。試食用としていくつかのプリンも提供済みだ。
一通り花に水をあげたお嬢様が、じょうろを両手で抱えながらズリズリテペテペと違和感たっぷりの音を立てながら、ゆっくりと僕に向かって歩いてこられる。
(えっと、お嬢様。そのお履物……侯爵様のですよね)
お嬢様の後ろからは、何かあってもすぐに対処できるようイーラさんが付いてきている。手にはお嬢様用の小さな靴を持っていた。
僕はイーラさんに目で、「お嬢様が転んだらどうするんですか。可愛いですけど」と訴えると、「侯爵様がいいっておっしゃったのよ。お父様の靴が履きたいなんて、お嬢様は可愛いわよねぇ」と目で返してくる。
そんなイーラさんに、僕はサムズアップで即、同意した。今のお嬢様も間違いなく可愛いのである。
ようやく僕の前までこられたお嬢様が嬉しげで心配そうな、そんな複雑な顔で僕を見上げている。
「アルクんは、今日ずっといっしょなの?」
「はい。今日はお嬢様とずっと一緒ですよ」
その言葉に、パァッと太陽のような笑顔を咲かせるお嬢様。ああ、なんて可愛らしい。最近、ご一緒に過ごす時間が少なかったため、寂しい思いをさせていたのだろうか。
食材探しでおそばを離れるのも、全てはお嬢様のため。とはいえ、やはりお嬢様と一緒に過ごす時間をもっと作らなければなるまい。お嬢様に寂しい思いをさせるようでは執事失格である。
安心したかのように、にぱっとされたお嬢様の笑顔に癒される僕とイーラさん。まるで日向ぼっこをしているかのような気分だ。
執事力がみるみるうちに回復していくのが自分でもわかる。まあ、執事力なんてものは存在していないので、気分的な感覚だ。
そんな癒し空間のなか、柔らかい風が吹くたびにお嬢様とイーラさんから心地よい香りが運ばれてくる。二人ともさっそくドリアードのリアルルさんからもらった匂い袋を身に着けているようだ。お嬢様からは甘い香りが、イーラさんからは柑橘系に似た爽やかな香りがほのかに漂ってくる。
魔族の世界にも香水のようなものは存在している。ただ、匂い袋の柔らかい香りとは違って、もう少しきつめで尖ったような香りが多い。奥様はその香りが少々苦手のようで、普段は香水をつけていらっしゃらない。そんな奥様も匂い袋の香りを非常に気に入っておられた。そう考えると、香水を苦手とする魔族、特にご婦人の間で匂い袋の人気が出る可能性がある。これも商売に繋がるだろう。
朝から商売くさいことばかり頭に浮かんでいるが、毒のない食材を集めるためには僕一人では限界がある。より多く食材を集めるためにも隊商の力を強める必要があった。そしてそれには先立つものが必要となるのだ。
セイバスさんにも以前、「執事たるもの金貨の百枚や二百枚、自分で稼げなくてどうするのですか」と言われたことがある。数百枚の金貨くらい軽く集めてこそ優秀な執事なのだ。
それはそうと朝の食事が終わったあとに感じたことがある。それはハーブティーや匂い袋の香りの中に、気になる香りがあったのだ。一応言っておくが、金の匂いではない。
それはハーブや花以外の香りだ。白の賢者様からもらった技能のひとつ、調香師のおかげで、ある程度匂いを嗅ぎ分けることができた。その中で気になったのが、バニラを含む香辛料の香りだ。
どんなスパイスがあるか、いくつかハーブティーの中身を確認したのだが、粉砕されていてはっきりわからなかった。それらしい形状のものはあったが、やはりハーブ園に行って確かめるか、リアルルさんに直接聞いたほうが早い。
匂い袋のほうは……女性が身につけるものをフンフンと露骨に匂いを嗅ぐのは憚られたため、今回は確認していない。
水やりのあと、お嬢様は早くお花が咲きますようにと花に話しかけておられる。その姿もとても可愛らしい。侯爵様の靴はさすがに歩きにくかったようで、すでにご自分の靴に履き替えておられる。
「今日は侯爵領に誘致された方々の面接があるのよね」
お嬢様のジョウロを片付け終えたイーラさんが戻ってきた。
イーラさんの言うとおり、今日は、ミノスさん、ソーサさん、ニーナさんたちの面接日だ。ミノスさんの育てたウシドンや、ソーサさんが育てたメロンなどの果物や野菜は、侯爵様御一家に絶賛されているため余程のことがない限り問題なく合格するだろう。食材に関する知識を持っているニーナさんも問題ないはずだ。
「今日はお嬢様も面接にご一緒されますよね。『おしごと』頑張ってください」
「がんばるのー!」
両手を腰にやって胸を張るお嬢様。
その顔は決意に満ちていた。そしてそのまま首を傾げた。
「ジョウロ持っていくのー」
まさかと思うけどミノスさんたちにお水をかけたりしないですよね? ソーサさんは喜びそうだけど。今回は違う『おしごと』なのでジョウロは必要ないですよ、と説明しておく。
「では、お嬢様。そろそろ着替えましょうか。面接に来る方々にお嬢様の可愛らしいところをいっぱい見せてあげましょう」
「わかったのー」
元気よく返事をされたお嬢様とイーラさんは着替えのため部屋へと向かわれた。そろそろ面接の時間も近い。そんなことを思いながら、ドラゴが残したコキアを眺める。ひとつだけ妙に大きくなったコキアは、その存在感を猛烈にアピールしていた。まさにアフロの中のアフロである。
「庭のバランスが悪くなってるじゃないか。ドラゴ」
苦笑しながら、大きく育ったコキアをどうするか考えていると、屋敷の門の前にいくつかの気配が近づいていることに気づく。少し早いようだが、ニーナさんたちに違いない。
みんなを迎えるため、僕は門へと向かうことにした。
門の前では、ミノスさん夫婦、ソーサさん夫婦、ニーナさんが互いに雑談をしている。これから一緒に侯爵領で働く仲間同士、仲良くすることは大切だ。遠目で皆の服装を確認するが、それぞれ特徴があって面白い。
ミノスさん夫婦は作業着ではなく普段着姿だ。二人ともウシドンの革で作ったと思われる黒革の上着が良く似合っている。ダブついた作業着とは違い、筋肉隆々としたミノスさんのたくましさが、より強調されるデザインだ。ミノリさんのドドンッ、キュッ、ボーンとした部分も強調されていることは言うまでもない。
ソーサさんたち河童族はさすがに水着ではなかったが、上半身に羽織っているのはラッシュパーカーのような服だ。ラッシュパーカーとは海やプールなどで羽織る上着のこと。下は二人とも短パン姿で、河童族らしい服装といえるだろう。今すぐにでも泳ぎに行ってしまいそうだ。
ニーナさんはいつもの見慣れたパンツスーツ姿である。思わず、「面接かっ!」とツッコミたくなったが、実際、面接なので問題ない。
僕は門を開き、恭しく一礼をしてから挨拶をする。
「皆様、ミストファング侯爵家へようこそ。本日は急なお呼び立てにも関わらず、ご足労いただいたこと誠に感謝申し上げます。面接まで少々お時間がございます。客間にご案内致しますので、しばしの間お待ちくださいませ」
僕の言葉に、雑談をしていたニーナさんたちは話しを止め、僕を見てにっこりと笑みを浮かべてから口を揃えてこう言った。
「「「どちらさま?」」」
「全くもって不愉快です」
「まあまあ、アルクくん。私たちが知ってる雰囲気と違ったからみんな戸惑っちゃっただけなのよ」
客間に案内し、メイドさんが皆にお茶を出したあと、面接が始まるまで僕が接待役を担うことになった。
「執事だと聞いていたけども、貴族様のお屋敷で目にするとまた違った感じだべ」
「アルクの旦那は、旦那である貴族の執事に帰属した執事だった、本当にですな」
ミノスさんは素で驚き、ソーサさんは緊張のせいかますます言葉がおかしなことになっている。二人の奥さんは、微笑ましいものを見たような目で僕を見ているし、ニーナさんは笑っていた。ニーナさんはワザと言った可能性が高い。
「それはそうと、このパンに挟んだローストビーフというのは、柔らかさがたまらないべな」
「このキュウリをキュウっと挟んだものも瑞々しさが損なわれず素晴らしいですな。また、このソースが瑞々しさをより際立たせているかのようですな。キュウリとの相性が抜群ですな」
「それにこのパンも普通じゃないわね」とニーナさん。
面接を待つ間、軽食としてサンドイッチを作って用意しておいた。どちらもミノスさんとソーサさんたちが育てた食材を使ったものだ。そしてどちらも作ったばかりのソースが塗ってある。
それは、油、酢、卵黄を使った有名なソース。
そうマヨネーズである。
昨日の夕食に出されたサラダに使っていたソースこそ、このマヨネーズだった。
細かい手順は省くものの、マヨネーズの作り方は簡単。材料をボールに入れて、『執事ミキサー』でかき混ぜるだけ。オリーブオイルを少しずつ足しながら混ぜるのがコツだ。
マヨネーズに使ったオリーブオイルはヒミカさん、卵はラミさんから提供されたものだ。そしてワインビネガーは、侯爵家の厨房で偶然できた産物である。ちなみに別皿で用意したニーナさんのマヨネーズには、ラミさんから分けてもらったトウガラシを潰して練りこんでおいた。真っ赤な見た目は、見ただけで辛さが伝わりそうな特別製だ。エルフが使っているというカラシが手に入ったらカラシマヨネーズを作ろうと思う。やはりサンドイッチにはカラシマヨネーズが欠かせない。
余談だが、就寝前のジュロウさんにシイタケにマヨネーズを塗って焼くと美味しいんですよ、と漏らしたところ、「シイタケを食べたことがあるんじゃな。どこで食べた? どこにある? どぉこじゃあぁ」と鬼気迫る顔で詰問されることになった。「前世で」とも言えず、なんとかはぐらかしたものの、解放されたときにはすっかり体力を奪われていた。挙げ句に、シイタケの魅力から効能、形状、香り、将来性に至るまで強制的に休憩なしで聞かされたのだ。
昨晩、すぐに寝てしまった原因はジュロウさんである。元はと言えば僕の余計な一言のせいなので文句を言うこともできない。ジュロウさんたちシュリーカー族にはシイタケの話を不用意に持ちかけるのは危険だと身にしみた出来事だった。
さてマヨネーズのみならず、今回のサンドイッチに使ったパンは大神官様のお手製を使用。それにウシドンのローストビーフとバターはミノスさん、キュウリはソーサさんが育てた食材だ。
こうして出来上がったサンドイッチは、多くの魔族から提供された食材で成り立っている。どの食材が欠けてもこのサンドイッチを作ることはできなかった。僕一人の力ではない。ひとつの食事には数多くの魔族が関わっているのだ。
まぁ……トウガラシはなくてもいい。トウガラシを使うのは罰ゲームのときだけで十分だ。
大神官様からいただいたパンは今回で全部使いきった。昨日から侯爵家の厨房では、レイゴストさんをはじめとする料理人たちの手によって、大神官様の作ったパンを超えるべく材料や焼き方の見直しが行われている。その試作品は使用人たちの食事に出されることになるだろう。
「気に入っていただけたようでなによりです」
「おらたちの育てたもんが、貴族様の口に入るなんて誇らしいべ」
「侯爵様のご家族にも喜んでもらえたようで嬉しいわ」
二人の奥さん、ミノリさんとサラさんも喜んでくれたようだ。
ニーナさんは夢中で食べているようだが、なにやら独り言を言っている。耳をすますと、このソースを売るとしたら価格はどうするとか、長時間の移動に耐えるものだろうかとか、利益はどうとか、商人モード全開だった。食材単体だけでなく加工品であるマヨネーズまで売るつもりのようだ。
まあ、こういった加工品のことも見越して、侯爵様に人の手配をお願いしてあるので問題はないだろう。だけどマヨネーズに使うワインビネガーは売るほど量がないので、商品として売るのはまだまだ先の話だ。
ニーナさんの分の特殊なサンドイッチは少し多めに作っておいたのだが、すでに残りわずかとなっている。激辛大食いエルフの辞書に、『軽食』という言葉はないようだ。
完食間際の客間にノックの音が響く。
どうやら準備が整ったようだ。僕は部屋の扉を開く。
その扉の前に立っていたのはセイバスさんだ。僕を見てセイバスさんが軽くうなずいた。いよいよ面接が始まるのだ。
「皆様、お待たせ致しました。用意が整いましたのでどうぞこちらへ」
恭しく話すセイバスさんに注目が集まった。
ソーサさんのごくりと息を飲む音が聞こえてくるほど、部屋は静寂と緊張感に包まれている。ソーサさんが緊張しすぎて何かしでかさないか心配だが、奥様がフォローしてくれるだろう。彼の緑色だった肌が心なしか枯れ葉のように色あせて見えた。
面接は別室で行われるため、皆を見送ったあと客間は僕だけとなった。
皆が面接をしている間、空いた時間を使って庭に食材となるものがないか一通り確認するつもりだ。
そんなわけで、さっそく庭先まで出てきたのだが、侯爵領ウスイの街にあるお屋敷と違って王都のお屋敷の庭は広くない。庭の広さだけでいえば、アルティコ伯爵家のほうが広いくらいだ。
結局、ぐるりと庭を見て回ったのだが食材になりそうなものはなかった。僕たち使用人の部屋に面してる裏庭も見てきたが結果は同じ。そう簡単に見つかるとは思っていないが、ないことがわかると少しばかり残念な気持ちになる。
こことは違い、侯爵領にあるお屋敷の庭は広い。あるかないかはともかく確認だけはしておく必要があるだろう。ウスイに帰ったらあちらのお屋敷の庭も探索しよう。そう心に刻みつつ、一際大きく育ったコキアを横目で見ながら、屋敷へと戻ることにした。
その後、厨房に寄って料理長のレイゴストさんと少しばかり話をしたあと、自分の部屋に戻ってきた。面接が終わるまでまだ時間がある。
僕はその時間を利用して大神官様からもらった本を読むことにした。
本を『執事ボックス』から取り出すと、本の表紙にある『魔種族たちの歴史』の文字が光に反射して光る。
この本に僕とヒミカさんの種族、フォメット族のことが書かれているのだ。緊張のせいか少しだけ本を持つ手が震えている。意を決して表紙を開き、数ページめくって目次を確認。フォメット族の名を探す途中、ほかの種族の名前が目に入る。フォメット族以外にもいくつか書かれているようだ。
(……キュウビ族……ノスフェラ族……フォメット族。あった)
目的のページまでめくっていくと、中扉に書かれた『フォメット族とは』の文字が目に入る。僕はそのページをめくり本文を読み始めた。
――フォメット族とは
『フォメット族とは、よくわからない種族である。』
「……」
この一文が最初に目に入った時点で、本を投げ捨て、『執事キッチン』で火をつけるところだった。次の文章が目に入らなければ、間違いなく実行に移していただろう。
本を読む際、ここでも白の賢者様にもらった速読が大活躍だ。気になったところを抜粋し、印を付けておく。
要所要所を書き出せば、フォメット族の特徴はこんなものだろう。
――フォメット族とは
フォメット族とは、よくわからない種族である。
だが調べるうちにわかったこともある。この記録は、様々な文献を漁り、フォメット族についてまとめたものだ。
魔種族として数が少ないのか文献がほとんど残っていなかった。どんな場所に住み、どんな生活をしていたのかすら記述がない。集めるのに苦労した。
フォメット族は、高位魔族であり、純魔族に類する魔種族だ。
姿は高位魔族らしく、人族と変わりない。
黒髪が多く、瞳の色は黒か赤が多いようだ。
(あの子の容姿と一致だが、ほかの種族にも黒髪赤目は多い。まだ情報が足りない)
成人男性は、頭の左右に大きな渦巻き状の立派な角を持つが普段は隠している。女性に角はない。
また幼児期には体の一部、主に額や胸の中心に星形のアザがあるのもこの種族だけの特徴だ。成長とともに消えるこのアザは、後述の能力を使うときにだけ現れるようだ。
(思い出した。幼いころあの子の額にも星形のアザがあった。記述どおり成長とともに消えてしまっている。どうやら、これでほぼ決定だろう)
過去の文献から考察するに、非常に優秀だったようだ。いや、優秀という言葉では言い表せない。見ただけで魔法を使いこなし、武術を極めるなど、その優秀さは異常ともいえるだろう。
(あの子も確かに優秀だった。優秀すぎた。うちの教え方が良かっただけではない)
ある文献に、フォメット族なる魔種族は言葉を用いた交渉に強かった、と書かれていた。その文献には、その能力を買われ外交官として魔王に仕える者がいた、との記述もあった。
魔種族を秘密にする魔族としては、種族名が表に出ることは稀であり、この記述は調査を大きく進展させることになった。
(外交官として魔王に仕えていたというフォメット族を調べている途中、王室管理局から、これ以上フォメット族について調査しないよう通達があった。どこで嗅ぎつけたのだろうか。管理局め、大昔、魔王をフルボッコにした恨みを未だに持っているらしい。清算するつもりで一度、魔王に負けてやったというのにしつこい連中だ。いつか燃やす。忘れないように書いておく)
その後も(妨害はあったが)調査を続ける。
フォメット族は短命のようだ。体質(毒に弱い?)か、もともとの寿命なのかは不明だが、長命な魔族の中でも類を見ないほど短いようだ。人族のように、その多くが百年を待たずしてその生命を散らしている。早い者では成人前に命を落とす者も多かったようだ。特にフォメット族の集落を出た者が落命する確率の高さは半数を超えていた。これも異常なことである。
(死因は、事故死と書かれている文献が異常に多かった)
外交官として仕えていたのは、「美しい黒髪を持つ赤目の者」との記述を発見。おそらくこの魔族がフォメット族だろう。性別不明。
(後日、この人物がフォメット族であることが確定した。性別不明のまま)
外交官の死因を調べているとき、今度は現魔王から直接、中止命令が出たため、調査は(表向き)打ち切りとした。さすがに現魔王に頼まれては(表面上)断りづらい。
(ひとつ貸しにしておく。調査はこっそり継続)
フォメット族に関しては歴代魔王と王室管理局が情報を握っているのは間違いない。秘匿しようとする反応から、調査されると魔王が困る種族と推測。
調査を止める条件に、魔王から聞きだした話がある。
魔王が言うには、成人したフォメット族の種族特有の能力のひとつに、ほかの魔族を操る能力があるという。但し、フォメット族全員が身に付けるわけではないそうだ。
にわかには信じられなかったが、魔王が言うのだから間違いないだろう。
前述に書いた幼児期にあるアザは、この能力の使用中に現れる。現れる場所は、子供のころにアザがあった場所と同じ。能力使用後はまた消えてしまうが、操られている側の手の甲に小さな星形のアザが出るため、操られているか判別するのは容易だそうだ。
フォメット族を外交官に任じた魔王は、ロシュロスだったことが判明。ロシュロスは外交官だったフォメット族の死後、人族の国に攻め込んでいる。
(外交官の死因判明。書類には事故死とある。事故の詳細不明)
この外交官だったフォメット族が死んでから、フォメット族を見た者はいないと現魔王が言っていた。
(あの子のためにも調査継続。まだあの子には気づいていないようだ。あの子に手を出したら……次期魔王を選ばせてやる)
カッコで囲われてた部分は余白に書かれており、大神官様があとから追記した部分やメモ書きのようだ。このことから本を書き上げたあとも調査をしていたことがわかる。ところどころに感情が見え隠れしている部分も多い。
この本を読んで僕がすべきことはただ一つ。
「封印だ! 封印!」
厳重に布で包み、みんなからもらったブラックドラゴンの貴重品入れにぐいっと押し込み、『執事ボックス』に収納する。
「なんてものをよこすんだ、あの大神官!」
慌てたせいか僕の息が荒くなる。
この本には多々問題があった。
特に問題なのは最後の一文だ。
次期魔王ってなんだ、次期魔王って。どう考えても現魔王様が無事でいられるとは思えない。完全にやる気だ。いや、間違いなく『殺る気』だ。ただの本が、挑戦状や暗殺計画書に早変わりだ。
本を封印したあと、落ち着いてから書いてあった内容を思い返す。
確かにヒミカさんは黒髪に赤目、毒に弱い。これは大神官様が調べた内容に一致する。僕の場合、成人になれば角が生えるようだが、魔族であれば別に不思議ではない。一般的な高位魔族の成人年齢は十六歳とされているので、まだまだ数年後の話だ。
優秀かどうかは、誰と比較するかによって変わるし、寿命に関しては、もともと寿命が短い人族から転生した僕からすれば別に不思議だと思わない。毒が関係しているようだし、気をつければ長生きも可能だろう。それに長生きしないとお嬢様の可愛い姿が見れなくなるではないか。
死んでも長生きしてやろうと誓う。
ヒミカさんの魔種族が判明したのは、幼児期のフォメット族だけにあるという星形のアザ。これが決め手となり、大神官様も確信を持ったのだろう。
ただこのアザが問題だ。
以前、ほかの魔族を操る能力を持つ種族がいると、僕自身ヨヨさんに語ったことがあった。
「その魔種族が、僕たちフォメット族だったとはねぇ」
全員が全員、操る能力を持つわけではないようだが、そんな能力があれば当然、警戒されるだろう。
能力が開花するのは成人からのようなので、今の僕やヒミカさんに、ほかの魔族を操る能力はない――はずだ。
その能力を使うとき、成長とともに消えたアザが身体に浮かび上がるという。
魔王様たちが調査をやめるよう言ったのは、この能力を持つせいなのだろうか。この能力があれば、ほかの魔族のみならず魔王様ですら操ることも可能なのだろうか。
(だからこそ警戒している?)
だが、ロシュロス魔王に仕えていたという外交官を最後に、フォメット族を見たものはいないと現魔王様が言った。ロシュロス様が人族の国に攻め込んだのは今から千数百年前だ。現魔王様の言うことを信じるならば、フォメット族を見なくなってから千数百年が経つことになる。
(なのになぜ今も警戒しているのだろう)
それにフォメット族に操られている魔族を判別する方法もわかっている。
操られている者の手の甲に星形のアザが現れるのだ。
国が決めた案件を書面で残す方法もフォメット族対策のひとつに違いない。文面を改ざんすることはできないし、文面を書いている最中やサインするときに手の甲を確認すればいい。
これだけなら調査をやめるよう言う必要もない。
千数百年の間、姿を見ることもなく、能力への対策もあるのだ。
そう言った種族が昔いたんですよ、で済む話ではないか。
最悪、子供を躾けるときに、「言うことを聞かないとフォメット族に操られちゃうよ」的な扱いで終わる話だ。
それにも関わらず、調査をやめるよう魔王様や王室管理局が大神官様に言った理由がわからない。存在そのものを隠しているかのようだ。
大神官様は、フォメット族のことを調べられると魔王様たちが困ると書いているが果たしてそうなのだろうか。
いったい魔王様たちは何を隠そうとしているのだろう。
フォメット族には、まだ何か秘密があるのではないか。
例えば、一度操られると解除できない、とか。
結局、大神官様もその理由まではわからなかったらしく、それ以上の情報は書かれていなかった。依然、フォメット族に関する謎は多いままだ。
「やれやれ」
なかなか頭の痛い問題だ。
白の賢者様もずいぶんと厄介な種族に転生させてくれたものだ。今のところ誰にも言うつもりはないが、いつか侯爵様たちにお話する必要があるだろう。もちろんお嬢様にもだ。
「それにしても大神官様……」
大神官様が後日、追記した部分を思い出す。
「……一度負けたっていうのもウソだったんですね」
その記述はこうだ。
清算するつもりで一度、魔王に『負けてやった』。
負けてやった――やった――った……。
なんだろう、思い出すだけで頭が痛い。
フォメット族のことよりも頭痛が痛い。
頭痛すら痛がる痛さだ。
魔族で最も実力を持つはずの歴代魔王様でも、接待でないと大神官様に勝てないことが判明した。
きっと大神官様のことだ。
清算するつもり、とか書いてあるけど、一度くらい負けておかないと挑戦者が現れないという計算が働いたに違いない。一度負けておけば、絶対に勝てない相手ではないと挑戦者たちに思わせることが可能だ。清算のつもりで計算するあたり、ただのバトルジャンキーではない。
そうなるとフォメット族よりも大神官様のほうが圧倒的に危険であると言わざるを得ない。魔王様直々に中止命令を出しても、無視して調査を継続しているのだ。魔王様ですら大神官様を従えることができないのである。
これは魔族にとって由々しき事態だ。
フォメット族どころの話ではない。
だが、秘策はある。
いざとなったら、大神官様が苦手とする神官長かヒミカさんにお願いすればいい。別に大神官様をどうこうしようとするつもりはないが、対策を考えておくことは自分の身を守るためにも大切なのだ。
(あれ? そうなると……)
大神官様が苦手とする神官長とヒミカさんは、魔王様の上をいく大神官様のさらに上、ということに……。
これ以上、考えてはいけないような気がしたので僕は考えるのをやめた。
「そういえばアルティコ伯爵の先祖もロシュロス様の配下にいたよな」
これはヒミカさんから聞いた話だ。
ヒミカさんを養女に迎えたアルティコ伯爵家の先祖には、ロシュロス魔王様に仕える者がいた。側近だったことから、かなり魔王様に近しい人物であることは間違いない。現当主であり、ヒミカさんの養父であるトネル=アルティコ伯爵も若いころ、まだ幼かった現魔王の命を救っている。
なにかと王族に関係の深い家であるといえるだろう。
(許可まで取って、王都の防壁に水路用の穴開けてるくらいだし)
アルティコ伯爵の武勇伝を思い出しているとき、インプから念話が入った。
(失礼します。アルク様、まもなく面接が終わるようです)
「ん。わかった」
フォメット族について、これ以上考えても仕方ないと判断した僕は、部屋から出て侯爵様のもとへと向かった。
もしフォメット族の危険性を問う者が現れたら、大神官様の話をしようと心に刻む。心の中にある天井板の裏側あたりに刻んでおけば誰にもバレないだろう。
「あー、緊張したわ」
「断罪の霧侯爵様は噂どおり気さくで優しい方だったべなぁ」
「……み、水」
面接が終わって帰るニーナさんたち御一行を見送るべく、僕は皆と一緒に門に向かっている。みんな緊張の糸が切れたかのように、ほっとした顔を浮かべていた。若干一名ほど干からびたカエルのようにげっそりしている方もいるが、サラさんから手渡された水のおかげで少しずつその身に潤いを取り戻している。頭からかぶっていることから頭のお皿に水分を補給しているのだろう。
頭にあるお皿の水がなくなると力が出ないという河童の言い伝えは本当だったらしい。
「全員合格でよかったですね」
面接の結果、全員が合格となった。
もともと面接といっても、侯爵様が雑談をしながら相手の人柄などを見極め、セイバスさんが悪しき魂の持ち主がいないか、全員の魂の色を確認するというものだ。
日頃は、娘を溺愛する侯爵様だが、通商貿易局局長だけあって話術や交渉はお手の物。話していたらいつの間にか弱みを握られていたなんてこともあるとかないとか。
奥様に言いくるめられている姿からは想像もできない……と誰かが言っていた。僕じゃない。
住まいなどの話もおおまかに決定している。要望の多くが取り入れられたようで、皆、ホッとした様子だ。
彼らの要望について僕からも話を通してあったが、さすがは侯爵様だ。お嬢様のためとはいえ、魔族心掌握術に長けておられる。
奥様に言いくるめられている姿からは想像もできない……と僕以外の誰かが言っていた。何度も言うが僕じゃない。
ニーナさんの問屋兼小売りの店舗は、本人の希望によりウスイの街の一等地から外れた場所に、倉庫付きで用意されることになった。小売店としては一等地が望ましいが、問屋には必要ないという本人の判断だ。倉庫を希望したのも問屋業を中心に活動するつもりなのだろう。
ミノスさんたち、ミノタウロス一族の牧場は、街に近い郊外に用意されることが決まった。今ある王都近くの牧場よりも広い敷地が用意されている。これでウシドンの種類を増やせると喜んでいた。
ソーサさんたちの集落と畑は、ウスイの街中を流れるレインウォーター川の支流のひとつに用意されることになった。水も綺麗で、恐らくは魚も採れることだろう。
いずれも当座の生活費と建築に関わる費用は侯爵家持ちだ。商業ギルドに売ったフトックの店の代金、金貨四百枚は、お嬢様の食材探し用として僕の手に残ることになった。
皆を迎えに行くおおよその日程も伝えておく。とりあえず奥様とお嬢様が侯爵領へ着いてしばらくしてから、ということになった。日数的には十日後くらいだろう。皆の引っ越しには、『執事ボックス』と『執事ゲート』を使うので、ある程度まとめておいてもらえれば当日中に終わるはずだ。
「それにしてもお嬢様可愛いかったわぁ」
「本当、素敵なお嬢様ねぇ」とサラさん。
「おらたちもあんなめんこい子が欲しいだよ」と赤い顔してミノスさんをチラチラ見るミノリさん。
当たり前のことに驚いているニーナさんたち女性陣に少し呆れてしまったが、可愛いという言葉に異論はない。お嬢様の可愛さに異種族や魔種族の壁などない。
「だども、毒の味だべか。おらたちにはわからないことだべ」
「私らにとって味覚なんてものは未確認。me確認!」
侯爵様からお嬢様の味覚についての話があったようだ。
その話を思い出したのかニーナさんたち女性陣は、「おかわいそうに」とため息をもらす。
「僕がいる限り、お嬢様にはご不便はさせません。それに――」
僕は皆に語りかける。
「それに、皆さんがいてくれれば大丈夫です! お嬢様は、ミノスさんのウシドンやソーサさんの野菜を大変美味しいと言っておられます。味に関しては、僕もニーナさんもわかるので保証しますよ」
「んだども、柔らかさだけはダメなんだべ?」
「瑞々しさがあっても、味とやらは別でしょうなぁ」
「まあ、それはそうですけど」
「せっかくならお嬢様にもっと喜んでいただきたいべ」
「まったくですな。私らにも味覚とやらがあればいいのですが」としみじみとした顔で言うソーサさん。
ソーサさんの場合、キリとウリンという同じ年頃の娘さんが二人もいるので侯爵様のお気持ちもわかるのだろう。まともな親なら我が子が苦しんでいればなんとしてでも救ってやりたいと思うはずだ。
「味覚を取り戻す方法もあることにはあるんですけどね」
「ぜひ、教えてほしいべ」
そう言って身を乗り出すミノリさん。
ドドンッの部分がドドンッと揺れる。
「私たちにもぜひ」と、こちらはサラさんだ。
二人の奥様方も味覚を理解することに乗り気のようだ。
そんな皆に味覚を取り戻す方法を簡単に説明する。
毒のある食材を食べないこと、若いほど味覚を取り戻す可能性が高いこと、そして運の要素が強いこと、だ。
「たったそれだけ……だべか?」
「運次第となると、なかなか厳しそうですな、うん」
「ミノスさんとソーサさんの一族は、もともと毒のない食材を育て、それらを中心に食べていますから、ほかの魔族連中よりも味覚を理解できる可能性が高いと思いますよ。それに侯爵領では、今後、毒のない食材を増やしていきます。手に入れることは難しくないでしょう」
遺伝子レベルで味覚オンチ、退化した味覚と言われた魔族。
運の要素が強いようだが、いつか皆も味覚を取り戻して欲しい。
(あれ? そういえば白の賢者様。ほかにも何か方法があるようなことを言いかけていたような)
あのときはランタンの火が消えそうになって、時間がなくなりかけていたから聞けなかったけど何か方法があったのだろうか。もうお会いすることはないと思うけど……前と同じ仮死状態になればあるいは……。
「アルクくん。そろそろ帰るわね」
考えごとに夢中になっていたようだ。
みんな、すでに門の前に出ていた。
僕は胸に手をやり、一礼をしながら挨拶をする。
「今日はご足労いただき誠にありがとうございました。侯爵様に仕える使用人を代表し、同じ志を持つ新しい仲間である皆様を歓迎いたします。お迎えに行くその日まで、いましばらくお待ち下さい」
顔を上げ、笑顔を向けると、皆も満面の笑みを浮かべていた。
これからお嬢様のため、侯爵領のため、毒のない食材を作っていく仲間たちだ。その目は自信にあふれている。今よりももっと美味しい食材を作ってくれることだろう。
そんな皆が口を揃えて言った。
「「「やっぱり慣れないわぁ」」」
「全くもって不愉快です!」
お屋敷に戻ると、お嬢様はお昼前の『おねむタイム』に入っていた。慣れない『おしごと』をして、さすがにお疲れになったに違いない。子供は食べることも遊ぶことも寝ることも仕事のうちだ。寝る子は育つ。先人はいい言葉を残したものだ。育った子がやると横に育つので要注意だが。
お嬢様がおやすみになっている以上、今すぐやるべきことはない。昼食の前準備も終わっている。
「アルクくん。このあと何か予定はありますか」
このあとの予定を考えながら廊下を歩いていると、セイバスさんから声をかけられた。執事長は、これから侯爵様とお出かけされるという。特に予定がないことを伝えると、セイバスさんはうなずき、少し厳しい顔で言った。
「先日も言いましたが、『執事魔法』の強化や開発を忘れてはいけませんよ。これも執事修行の一環です。お嬢様のために食材を探すことも重要な仕事ですが、執事たるものご主人様を守るための鍛錬を怠ってどうするのですか」
確かにそうだ。
前々から『執事魔法』の強化は考えていた。
昼食後のお嬢様は、しばしのお昼寝のあとイーラさんやメイドさんたちと『おべんきょう』をする予定となっている。僕もその時間を使って執事魔法の強化を行うことにしよう。
「はい! ご指導ありがとうございます。あの……ところでセイバスさん。いただいた図鑑にブタモンという動物が書かれていたのですが、育てている方をご紹介くださいますか」
「ブタモン――ああ、ピンクのチョトツですね。アレは今も侯爵領にいるはずですが……まさかブタモンも食材に?」
少し目を見開きながら僕に確認するセイバスさん。
「ええ。立派な食材になるはずです」
「なるほど。では侯爵領に戻る前までに紹介状を書いておきましょう」
「よろしくお願いします」
その後、セイバスさんは侯爵様の部屋へと向かわれた。
アレって誰だろうか。
図鑑では、「あいつ」と書かれていたことから、セイバスさんと親しい仲なのだろう。図鑑を読む限り、「あいつさん」は、可愛いという理由でブタモンを飼っている。そんな、「あいつさん」にブタモンを食材として譲ってくれ、と言ったらどうなるか。正直に言ったら怒りそうだが、ウソを言うのはもってのほかだ。少し対策を考える必要があるだろう。最悪、ブタモンは諦めるしかない。
今日の昼食はウシドンバーガーにしてみた。
食材となるものがないか屋敷の庭を調べ終えた僕は、厨房に寄ってレイゴストさんにウシドンバーガー用のパンを焼いてほしいとお願いしておいた。前世で言うところのバンズである。
パン自体の味付けを控えめにし、やや固めに焼き上げた丸いパンは僕の希望通りの一品だ。さすがは料理長の仕事である。離乳食後期のお嬢様には、砂糖を入れ、柔らかめに焼いたバンズをお願いしておいたが、こちらも希望通りの出来だった。
料理長は、「料理に合わせたパン作りも面白いな!」と言っていた。大神官様のパンのおかげで、パンの材料や焼き加減を見直している料理人たちだが、これからは料理に合わせたパン作りについても検討することになりそうだ。
そのパンの中に挟む具材は、ウシドンのハンバーグ(パテ)と茹でて柔らかく煮た人参とほうれん草。そこにウシドンの骨と野菜類を煮込んで作ったスープベースとモロヘイヤをすりつぶしたものを合わせて作った特製ソースをかける。モロヘイヤのとろみを残すようスープベースの量を控えるのがコツだ。
奥様の分には、さらに食感を足すためのしゃきしゃきのレタスも挟んでおいた。
本当はタマネギやトマト、付け合わせにフライドポテトなんかがあると完璧なのだが、いずれもそれらの食材を見つけていない。
このハンバーガーも奥様、お嬢様共に好評だった。
中の具材を変えるだけでいろいろな味が楽しめる。
いつの日かウシドンのミルクからチーズを作って、チーズバーガーなども作ってみたいところだ。
ただ、奥様からウシドンバーガーを侯爵様にお出しするのは極力控えるよう言われてしまった。試しに作った卵サンドをお出ししたときも、仕事中に食べられると褒めてくださったくらいだ。サンドイッチ以上に魔力たっぷりなウシドンバーガーは、侯爵様の執務室ひきこもりを助長しかねない、という奥様の判断だ。
サンドイッチやウシドンバーガーを片手に、執務室で仕事漬けになる侯爵様の姿が目に浮かぶ。
食事は家族揃って、会話を交えてゆっくりと。
これが奥様の持論のようだ。
「父さまには、だーめなの。ないしょなの」
小さなお口を精一杯開いてウシドンバーガーにかぶりついておられたお嬢様からは、「だーめ」と断言された。パンケーキのときの『ぽわぽわ』といい、昼食のたびに侯爵様への秘密が増えているのは気のせいだろうか。




