第七十九話 精霊からの贈り物
――侯爵家に帰る途中、本をもらったときのことを思い出す。
「アルクくん。あの卵サンド、もふもふ美味しかったよ」
もふもふ好きの大神官様に満足頂けたようだ。そのご本人は背中のクッションにもたれながら、お腹をさすっている。
ヒミカさんは後片付けのため、すでに部屋にはいない。「僕がやります」と申し出たのだが、「今日はお客様なのですから」と丁重に断られた。
僕はヒミカさんが入れてくれた食後の温かいお茶を飲みながら大神官様と雑談を交わす。しかし、貴族の令嬢に後片付けをさせておいて、使用人の僕がお茶を飲んでいるという現実に、正直どうにも落ち着かない。
むず痒いものを感じながら、ふとテーブルの上に目をやると、そこには数冊の本が残っていた。この本は大神官様のお戯れの犠牲となり、本棚から床に落ちてきた本だ。ヒミカさんが拾ってからテーブルの上に置かれたままになっている。
大神官様がどのような本を読むのか気になり、本のタイトルに目をやった。
『火を操る魔種族の炎がぬるい件』
『燃やせ! 心の魔力』
『炎の神官長』
『焼くのって楽しいよね』
――などなど。
これらのタイトルに若干の目眩を感じたものの、目を引くタイトルの本が一冊だけあった。
「なに? これが気になるの」
大神官様が真剣な顔つきで手にした本。
表紙には、『魔種族たちの歴史』と書かれていた。
「……アルクくんは自分の魔種族が何か、白の賢者様から聞いてるかい?」
「ええ。聞いてます」
白の賢者様は、僕をフォメット族だと言っていた。
白の賢者様から大神官様へ啓示があったため、大神官様には僕のことはバレている。転生者であることも、前世の記憶のことも、授かった知識を持つこともだ。当然、僕がフォメット族であることも聞いて知っているだろう。
「これには君の魔種族のことも書いてある。自分がどんな魔種族であるか知っておいたほうがいいよ」
(確かにそうだ)
白の賢者様にお会いしたあと、王立図書館で自分の魔種族を調べようと思っていたのだが、いろいろあったことで先延ばしになっていた。
この王立図書館にはロシュロス魔王様の手記が保管されている場所でもある。この手記にはお嬢様の食材を探すためのヒントが書かれているかもしれないとセイバスさんがおっしゃっていた。禁書扱いのため閲覧申請をしているのだが、残念ながらまだ許可は下りていない。
「これは、もふもふのお礼にあげるよ」
大神官様は卵サンドのお礼として『魔種族たちの歴史』を手渡してくる。僕は、それをありがたく頂戴することにした。
やはり僕の魔種族のことはご存知のようだ。
赤い革表紙で装丁された本は、それほど厚いものではない。タイトルの下には本の著者名が書かれている。
「フェニ=ベンヌですか。フェニ=ベンヌ、聞いたことないな」
「あ、それ。うち」
「はい?」
この本、書いたのはアンタか!
先ほど目眩を起こした著書も、全てフェニ=ベンヌの文字がある。もしかして本棚の本全部、大神官様の書いた本なのだろうか。
途端に胡散臭くなった本に戸惑っていると、大神官様が席を立ち、執務室の扉を開いた。そして誰もいないことを確認すると、扉を閉め、また席へと戻る。
「君の使い魔は信用できるかい」
どうやらインプに気がついていたらしい。
僕のやや後ろを見ながら話す大神官様の目は真剣そのものだ。
「インプ」
「はっ」
僕の言葉に、僕の背後に待機していたインプが姿を現す。
空中で停止したまま、恭しく大神官様に向かってお辞儀をする。
「お初にお目にかかります。私、アルク様に仕えるインプにございます。お邪魔せぬよう姿を隠しておりましたが、大神官様のご慧眼にただただ感服しております」
「話には聞いていたけど、このインプすごいね! 敬語使ってるし、礼儀正しいし、ゲッゲッゲッとか言わないし……なんで執事服着てるし?」
(ゲッゲッゲッって笑い方、インプ特有なのか)
「アルク様へのリスペクトでございます」
「珍しいインプだね。普通のより強いみたいだし、アルクくんのことを契約以上に慕っているみたいだし」
「恐れいります。にぶいアルク様も大神官様のように、ほかの方のお気持ちがわかっていただけると。特に異性の――おっと、使い魔としてこれ以上はとてもとても。あっ、私、ヒミカ様の味方でございます」
「あ、うん。なら話は早いね」
誰が、にぶいというのだろうか。僕はセイバスさんの指導のおかげで、馬車と並走し、追い抜くくらいのスピードは余裕で出せる。
それに大神官様も、あっさり悪魔の言うことを信用して大丈夫だろうか。
幼女モードから一転、再度、真剣な顔をした大神官様から告げられたのは、ヒミカさんのことだった。
「ヒミカは……いや、ヒミカもキミと同じ魔種族なんだ」
(やはり、そうか……)
大神官様から告げられたのはヒミカさんの魔種族だった。
しかも彼女は僕と同じフォメット族。
ただ、それは可能性としてなんとなく想像していたことだ。
これはヒミカさんに出会ったころのこと。
僕は自分の魔種族であるフォメット族について考えていた。
ほとんどの毒を無効化する高位魔族だが、例外として特定の毒に弱い場合はある。しかし、高位魔族であるはずの僕にはその例外がない。例外なく毒に弱いのだ。自慢にもならないが、今のところどのような毒であっても確実に死にかけている。遅効性の毒キノコで意識を失って卒倒し、麻痺毒で呼吸困難になった。命の水という名のラム酒を一口飲んだときにも体調を崩したけど、あれは急性アルコール中毒だろう。
白の賢者様に会ったとき、こうおっしゃっていた。
――だけど高位魔族だからといって全ての毒を無効化するわけじゃないよ
――えっ。そうなんですか
――アルクくんのような毒に耐性のない高位魔族がいるからね
――ええ、そ、そうですね
はじめは僕に対する皮肉だと思っていた。しかし、素直に受け取れば、「アルクくんのような毒に耐性のない高位魔族がいるからね」という言葉は、『フォメット族以外に、毒に耐性のない魔種族がいる』とも『僕のほかに、毒に耐性のない高位魔族がいる』とも受け取れる。
(僕以外にも、毒に弱い魔種族や高位魔族がいる、か)
そう思っていたときヒミカさん本人から、「私は毒に対して抵抗力がありません」と知らされた。
彼女自身もまた、僕と同じく毒に弱かったのだ。
その告白を聞いたとき、ヒミカさんは僕と同じ魔種族なのではないか、と思うようになった。そう思い至ったのは、毒に弱いということ以外にも共通点があったからだ。
それが、『味を理解している』ということだ。
普通の魔族は、味覚オンチだ。
味なんてわからないし、気にしない。料理の見た目を重視するが、味には興味がないのが魔族だ。
侯爵家に仕える使用人の中には、味覚を取り戻しつつある仲間が数人いるが、正直言って味がわかるというレベルには至っていない。辛うじて何か違いがあるという程度。
僕が知るかぎり、味覚が理解できている魔族は、お嬢様とヒミカさん、それに僕だ。あとは最近、魔族に認定されたシュリーカー族くらいだろう。
もちろん、お嬢様はフォメット族ではない。痛みや刺激を感じるため、毒のある食材は食べることはできないが、高位魔族らしく毒を無効化することはできる。また、シュリーカー族が毒に強いかどうかは不明だが、少なくとも毒キノコの毒は効かないとジュロウさんから聞いている。
そうなると、毒に弱く、味を理解している魔族は今のところ、僕とヒミカさんだけなのだ。
だからこそ、同じ魔種族である可能性を考えた。
もちろん、同じ魔種族だと決めつけるには情報が足りない。毒に弱く、味を理解しているだけでは同じ種族とは限らない。
もっと自分の魔種族を知る必要がある。
(……でも)
でも、僕と違って大神官様は自分で魔種族の本を書くくらいだ。魔種族に詳しいのだろう。ということは、ヒミカさんの種族について知っていた可能性がある。捨て子だったヒミカさんを拾ったのは、大神官様なのだから。
「ヒミカさんの魔種族を知っていたのに、なぜパーティに出席を? 魔族でない大神官様なら魔族主催のパーティに毒のある料理が出てくると予想できたはずです」
伯爵の養女になったときのお披露目パーティのとき、大神官様が気をつけていれば、ヒミカさんが死にかけることはなかったはずだ。
「うちが彼女の種族について調べたのは、その件のあとなんだよ」
糾弾めいた僕の言葉に、大神官様は悲しそうな顔を浮かべながら言った。
魔族にとって、『普通の料理』を食べたヒミカさんが死にかけた。
これは『普通の魔族』ではありえないことだ。
当時の大神官様も、ヒミカさんが普通の魔族の料理を食べて死にかけるとは思ってもみなかったそうだ。人族とほとんど容姿が変わらないヒミカさんは、高位魔族のひとつ純魔族に連なる種族に間違いはない。事実、(たまたま運が良く、毒のある食材が入ってなかっただけだが)大神官様が作る料理で死にかけたことはなかった。
「そうでしたか。申し訳ありません。大神官様のお心を理解せず、勝手に勘違いしたうえに、失礼なことを言いました」
パーティ以前からヒミカさんの魔種族を知っていたのでは、というのは僕の勝手な思い込みだった。僕は自分の早合点を反省し、素直に謝罪する。
「謝る必要はないよ。ヒミカを保護したときに、あの子の魔種族を調べておけばあんなことにはならなかったはず。あの子に起きてしまったことは、全てうちの責任だよ」
伯爵家の養女になったことで、保護した仮親の役目は終わった。そう思った大神官様は、パーティ当日、あえて離れた場所にいたそうだ。
そうつぶやく大神官様は、本当に悲しそうだった。
見た目は幼女であっても、ヒミカさんを思う気持ちは強いのだろう。
「大神官様は魔族が味覚オンチで、高位魔族にもなればほとんどの毒を無効化することはご存知だったんですよね」
「ああ、知ってるよ。味については、以前のうちも魔族と同じようなものだったからなんとも言えないけどね」と苦笑しながらため息をつく。
火加減が苦手で、料理に関心がなかった大神官様は、食べられれば十分という認識でいた。だからこそ偏った食事や食材の安全性に対する認識が甘かったのだ。その結果が、ヒミカさんの極端な偏食とパーティでの一件につながった。
食べ物に関心のない親が、我が子にどれほどの影響を与えるか。
それがわかったからこそ、大神官様は自分の責任だと言ったのだろう。
だが過ぎたことは過ぎたことだ。
ある意味、偏食のおかげでヒミカさんは毒のある食材を食べずに済んだ。この件に関しては、大神官様本人も前向きに考えている。
魔族の寿命は長い。
やり直す時間は、まだ十分に残されている。
「ところで精霊に毒って効くんですか」
「精霊に毒は効かないなぁ。でも、うちは水に弱いよ」
うぉい! この大神官、自分で弱点言っちゃったよ!
「ま、まさか、大神官様。『ワレノ ヒミツヲ シッタカラニハ イカシテ カエスワケニイカヌ』とか言って、無理やり勝負させる気ですか」
最初のうちは、「何言ってるし?」と首をかしげる大神官様だったが、しばらくして手をポンッと打つと、「おぉ! その手があったか」と目を輝かせていた。
「しまった! 余計なこと言った!?」
「うちの秘密を知ったからには――」
「勘弁してください」
「えーっ」
準備運動を始めた戦闘狂大神官様は、露骨に残念そうな顔をしている。油断も隙もあったものではない。相手にわざと殴りかからせて正当防衛宣言、という手を教えたら大変なことになりそうだ。大神官様が通り魔になりかねない。
「毒が効かないとはうらやましい。でも、弱点言っちゃって大丈夫ですか」
「うちの弱点が水だからといって、大量の水を用意できる?」
「大量? 大量ってどれだけですか?」
「アルクくんも行ったことあるよね。王都の北東にある湖の水量くらいないと、うちには意味ないよ」
(……何言ってんだ、この大神官)
(……何言ってるでしょうね、この精霊様)
僕とインプの意見は完全に一致している。
北東にある湖の水量を調査したわけではないが、王都を中心とした街々の生活用水として、魔王国を潤す規模の湖である。決して小さいわけではない。
「そんな大量の水、用意できるわけないです。弱点でもなんでもないですよ!」
「溺れるのが早いか、水を蒸発させるのが早いか、微妙なところだから十分弱点だし」
「しかも泳げないってだけ!?」
今、大神官様がとんでもないことを言った。溺れる前にあの水の量を蒸発させることができるとか、いったいどれほどの熱を発生させれば可能なのだろうか。
そもそもこの大神官様、精霊は精霊でも不死鳥である。仮に大量の水が用意できて万が一溺れたとしても、しばらくしてから、「さっぱりした。お風呂っていいよね」とか言って復活するに違いない。
「それにしても、アルクくんがヒミカと同じ魔種族であると聞いたときは驚いたよ。……君自身は、ヒミカの魔種族を聞いても驚いてないようだけど」
「僕と同じように毒に弱く、味覚を理解する彼女の魔種族について、いろいろと考えることもありましたから」
「その本には君とヒミカの種族について、うちが調べたことが書いてある。でも、まだ解らないことも多いんだよ。いくらうちでも魔王国の深淵までは覗けない」
(魔王国の深淵? どういう意味だ)
そして大神官様は、最後に、ふぅっと息を吐く。
「この話はこれで終わりだよ。さっきも言ったが他言無用だし。ヒミカ本人にも教えないでね。少なくても暗殺者の正体がわかるまでは」
「わかりました。ところで暗殺の手口についてお聞きしてもいいですか」
「暗殺者が毎回使ってくる毒は、ヒミカが死にかけたときと同じ毒だよ。そしてその毒を仕掛けてくるのは、食べ物と飲み物限定だ」
「食べ物と飲み物だけですか。なんでまたそんなことを」
「これは暗殺の首謀者が、ヒミカはその毒を口にすると死ぬ、と勘違いしているということだよ。だったらそう思わせておけばいい。世の中には、空気に溶ける麻痺毒のような毒もあるけどね」
そう言って片目をつぶる大神官様。
空気に溶ける麻痺毒とは、フトックの店の店員がファンガスの幼体を麻痺させていた小屋での件だろう。あのとき、気化した麻痺毒を吸い込んだ僕は呼吸困難になって倒れている。その一件もしっかりと大神官様の使い魔が報告しているようだ。
「しかし、ヒミカさんにつけている使い魔が大神官様に報告する基準ってどうなっているんですかね」
「まあ、ヒミカの感情が激しく動いたときとか、神聖魔法を使ったときだね。あの子の身に危険が及びそうなときも報告がくる。いざとなればヒミカの盾になるよう言ってあるが……まぁ、うちの使い魔が盾になる事態にはならないだろうし、大丈夫だろう」
暗殺者に狙われているのに、大丈夫なわけないと思います。
「こんなことを言うのは心苦しいのですが、なぜ暗殺者は直接彼女を狙わないんでしょう。暗殺者と言えば、寝込みをナイフで、みたいなことを連想させるんですけど」
「直接狙うとか……アルク様、何をおっしゃってるんですか」
先ほどから黙ったまま僕の隣にいたインプが、思わずといった様子で口を挟んだ。しかし、「あっ、失礼しました」と恐縮したように頭を下げたあと、再び口を閉ざす。「言いたいことがあるなら言えばいいよ」と話しかけたが、「とんでもない。私めごときが……」と返ってくるだけだった。その様子は、僕以外の誰かに気を使っているような雰囲気だ。
見かねたように大神官様が口を開く。
「あー、アルクくんは神聖魔法に詳しいかね」
「いえ、ほとんど知りません」
「以前、彼女が『神の障壁』という神聖魔法を使ったのを覚えているかい」
「確か、僕が川を溢れさせたときに……ってそれもご存知なんですね」
「あの『神の障壁』に守られている限り、彼女や対象者が傷つくことはないんだ。剣や矢などを通さず、拒絶するものを指定でき、魔法を完全に無効化する。しかも中からは攻撃することが可能だし。長時間維持することはできないけど」
「……なんです、そのチート魔法」
「ちいっとどころじゃないよ。伊達に神の名は付いていないし」
方言じゃないよ!
「あの神聖魔法は、最上位に位置するものでね。白の賢者様の信徒で使えるのはヒミカ以外に、神官長とうちしかいない」
「へ?」
それってものすごいことなのではないでしょうか。
「それに加え、彼女を保護してから、うちが直接、護身術を教えてたし」
「はい? 鍛錬禁止令はどうしたんですか」
「ヒミカは身内だし。神官じゃなければ大丈夫だし。巫女になる前の話だし」
巫女に……なる前?
それって、彼女が三歳以下のときってことですよね。
「いやぁ、あの子ったら飲み込みが早くてね。護身術教えたら数ヶ月で免許皆伝しちゃった。巫女になる前、神聖魔法以外の魔法を教えたら、これまた覚えちゃってね。特に闇魔法とか、あの子すごいよ。巫女となり、神殿に戻ってきてから最上位の神聖魔法まで使えちゃうし、そりゃもうすごいんだから。三歳から自炊してるし」
にへらっと笑う大神官様。
その姿は、我が子、我が孫を褒める親バカ……いや、バカ親にしか見えない。年齢的には親というより爺婆に近いが。
「二人とも神官のくせに、なぜ闇魔法なんて使えるんですか!」
「執事のくせに複数属性を操り、無詠唱で魔法を使う君がそれを言うかね」
「僕は執事魔法しか使えません。それに魔法は執事としての嗜みです」
「……セイ坊はどんな教育をしてるし」
呆れたようにため息をつく大神官様。
セイバスさんは僕が立派な執事になれるよう、厳しくも優しく導いてくださってますよ?
「ヒミカ様のお力について、アルク様は気がついておられたものと思い込んでおりました」とインプが言う。
「いや、全然気が付かなかった」
だからヒミカさんの黒いオーラを見たとき、「逃げよう」って言ったり、さきほどのように、「何を言ってんですか」と口を挟んできたりしたのか。
僕はインプに、「これからは僕を助けるつもりで教えてよ。頼りにしてるから」と伝えておく。僕もまだまだ知らないことが多いのだ。そう伝えると、インプは嬉しそうにうなずいていた。
今思えば、姉妹の子供に襲いかかろうとしていたフトックを片手でふっ飛ばしたのもヒミカさんだ。あのときは神聖魔法だったけど、確かに実力はあるのだろう。
今、ここに宣言しよう。
ヒミカさん最強継承者伝説の幕開けである。
「ヒミカさんがそこまで強いとは。僕が守る必要あるんですか?」
「言ったよね。あの子はアルクくんを心から信頼していると。あの子はアルクくんと知り合ってから、君の前では油断することが多いんだよ」
ニヤニヤしながら話す大神官様と、「そうなんですか」と言う僕を見ながら、残念そうに首を振るインプ。
「うちらに白の賢者様からの啓示がなければ、あの子にあっさり近づいた君は『暗殺者に最も近い男』ナンバーワンになっていたね」
なんともありがたくないランキングトップである。
「そもそも君に助力を頼んだのは、前世の知識があの子の助けになると思ったからだし。それに、味がわかる者にしかわからない食生活というものがあるよね」
「食生活とか、野営スープ三昧の大神官様が言いますか」
「ヒミカの料理でうちは生まれ変わった! 今なら言える!」
あー。不死鳥の生まれ変わりってそういうのも含まれるんだ。
「信頼がなければ食事の世話をさせることなんて無理だと思わないかい。それに君とヒミカは同い年だ。友人として相談に乗ってやってほしいし、同じ種族としても彼女を守ってやって欲しいんだよ」
気が付くと僕は、侯爵家の紋章が意匠された立派な門の前に立っていた。いつの間にか着いていたようだ。
フォメット族のことを調べるのはあとにしよう。
僕は気持ちを入れ替えながら、持っていた本を『執事ボックス』にしまう。
「それにしても……信頼がなければ食事の世話をさせることなんて無理、ねぇ。僕は侯爵夫妻に信頼されているんだろうか」
「そりゃそうでしょ。そうでなければ自分の子供に食べさせるものをほかの者に任せたりはしないわ。貴族なら信頼ある部下にしか任せないものよ。専属の料理人を雇うのだってそうじゃないかしら」
門の内側から僕の独り言に答えたのは、ここ最近、馴染みとなった声の持ち主だった。
「そういうものですかね。ヨヨさん」
「そういうものよ。おかえり、アルクん」
「ただいま戻りました。ところでアルティコ伯爵のところだったのでは?」
「伯爵もジュロウさんも式に出かけちゃうし、シュリーがティリアちゃんに会いたがっていたからね。連れて来ちゃった」
「とうとう子供をさらってしまったのですね」
「まだ言うかっ! ちゃんと伯爵とジュロウさんに送ってもらったわよ!」
どうやら違ったらしい。
「それよりもティリアちゃんとシュリーが待ってるわよ」
「すぐ行きましょう。さあ、早く」
僕は早足で門をくぐり、お屋敷へと急いだ。
後ろからヨヨさんの、「ちょっと待ちなさいよ」という声が聞こえてきたが、すでに半日以上お嬢様の姿を拝見していないのだ。ヨヨさんを待つ時間など(もったい)ない。
「アルクーん」
お屋敷に入ろうとすると、庭のほうからお嬢様の声が聞こえてきた。その愛らしい声に目をやると、お嬢様とシュリーが小走りでこちらへ駆け寄ってくる姿が見えた。その姿はまさに癒しだ。
駆け寄ってくるお嬢様は、両手で何かを持っている。よく見るとそれはお嬢様が育てていた花の鉢植えのようだ。
「アルクん、見て見て。今さっきお花が咲いたのー」
「咲いたのー」
はしゃぎながら喜びを口にするお嬢様に、ちょっとした変化を感じたものの、駆け寄ってこられるお嬢様の姿に、僕は笑みで答える。
お嬢様は、花の咲いた鉢をその小さな両手で掲げながら僕へと見せてくれた。その花は月見草によく似ている。お嬢様は満面の笑みを浮かべているが、その笑みはとても誇らしげだ。隣のシュリーも、「お姉ちゃんはすごいの」と喜んでいる。
「とても綺麗で可愛いお花が咲きましたね! 花が綺麗に咲いたのもお嬢様が毎日お水をあげていたからでしょう。お花もお礼を言っているかのようです」
「そうなの! ありがとうって言ってくれたの」
お嬢様の純粋な心に慌ただしかった今日の疲れも癒されていく。お花がお礼を言ってくれただなんて、お嬢様のあふれる愛らしさはとどまるところを知らない。
脂肪の塊や戦闘狂と同じ魔族とは思えないほどの癒やしである。あ、片方は精霊だったか。
「お花さんも喜んでくれたんですね。ほかにも何か言ってくれましたか?」
「ティリアたちを、ごしょうたいしてくれるって!」
「それは素晴らしい! どこに招待してくれるのでしょうか」
僕がそう質問すると、お嬢様は必死になって考えておられる。想像力も豊かで、ご自分で考えた話も可愛らしい。
悩むその姿も実に可愛らしい。
「えーと、えーと。……ハブのいるところ?」
お嬢様、ダメです。
そんな毒蛇だらけの危険な場所へ行かせるわけにはいきません。いくらお嬢様の可愛い作り話だとしてもダメなところはダメです。
なんて答えようかと眉にシワを寄せている僕に、イーラさんが笑いながら声をかけてくる。
「アルクくん、違うのよ。私も驚いちゃったけど、お花が咲いたとき本当に声が聞こえたの。綺麗に咲かせてくれてありがとうって。それでお嬢様とシュリーちゃん、それにアルクくんを招待したいんですって、ハーブ園とかいうところに」
「ハーブ園に招待?」
「あら、リアから返事が来たの?」
ようやく僕のあとからやってきたヨヨさんの言葉と同時に、庭に生えていたコキアが突然、ボコッという音を立てて、地面から立ち上がった。
「こちらはアルク様がおられるお屋敷ですかな? ハーブ園の件でお話が……」
「ん? この声はドラゴ?」
今朝聞いたばかりの野太い低音が聞こえてきたかと思うと、それに続き、別の声も聞こえてくる。
「勝手に入ってきてしまったがよかったかの?」
「じいじ!」
「ジュロウ様ですね。話はアルティコ様より聞いております。ようこそおいでくださいました」
屋敷からセイバスさんが姿を見せ、ジュロウさんを迎える。
どうやら慌ただしい一日は、まだ終わらないようだ。
「と、まあそういうわけで、樹木の精霊であるドリアード……リアルル様から後日、お嬢様とシュリー様をハーブ園へお招きしたいとお誘いがありました」
夕食も一段落し、あとはデザートというところで、侯爵御夫妻とジュロウさんに、今朝会ったドラゴや精霊であるリアルルさんのことを説明する。
今日の夕食には、朝食に引き続き、卵を使った料理がいくつか並べられた。
茹でた卵をカットして彩りよく野菜と一緒に盛り付けたサラダや半熟卵のスープなどだ。このサラダには、ある特別なソースが使われている。侯爵御夫妻のみならず、お嬢様もこのソースには大変喜んでおられた。
卵を提供してくれたラミさんはとても嬉しそうだった。彼女の実家には後日、侯爵様が直接、礼を伝えに行くことになったそうだ。仕える主人を屋敷に招くのは家臣としての誉れだそうだ。
また大神官様の焼いたパンも大好評だった。大神官様のパンは魔力たっぷりなうえに、ものすごく柔らかい。
大神官様が焼いたパンをレイゴストさんに見せたときは、「昔より小さくなったのに、焼くのはうまくなってるな」と感心しきりだった。昔より小さいという言葉が気になったが、レイゴストさんもセイバスさんと同じく大神官様と顔なじみだそうだ。
今日の夕食にはジュロウさんとシュリーも同席している。二人とも卵料理を気に入ってくれたようだ。
認定式を終えたジュロウさんは、シュリーを迎えに侯爵家までやってきたらしい。ジュロウさんが来ることは、すでにアルティコ伯爵から侯爵様に話が通っていた。
ジュロウさんも、可愛い孫娘が姉と慕うティリアお嬢様に会いたかったそうだ。それに侯爵領に誘致された件で、侯爵様本人といろいろ話がしたかったらしい。今回の会談をもって、ジュロウさんらシュリーカー族が侯爵領に来ることが正式に決定した。
面接を兼ねた侯爵様との難しい話も終わり、せっかくだからという侯爵様の勧めで、今夜は屋敷に泊まっていくことになった。最初は丁重に断っていたジュロウさんだったが、シュリーのすがるような顔を見て、泊まっていくことを決断したようだ。
当然、泊まることが決まったあとのお嬢様とシュリーの二人は大喜び。お泊り会の開催である。
娘を可愛がる者と孫を可愛がる者。立場は若干違うものの、互いの気持ちが良くわかるのだろう。すっかり意気投合した侯爵様とジュロウさんは、共通の友人であるアルティコ伯爵の暴露話に盛り上がっていた。
例えば、アルティコ伯爵の奥様セセリ様は、なんでも幼なじみだったとか。
歳の差はあるものの昔からの付き合いがあったそうだ。
この方も伯爵同様若返っており、病気が完治した今では、公私ともに積極的に活動しているそうだ。そんなセセリ様とアルティコ伯爵は幼なじみ。一部の嗜好の方が聞いたら怒り狂うような話だった。
「しかし、ティリアよ。まだお出かけするには早いのではないか」
「シュリーよ。一人で薬草を取りに行ってどうなったか忘れてはだめじゃよ」
貴族の子供が両親の同伴なくお屋敷の外にお出かけするのは、ほとんどが六歳からだ。これは同時期に始める淑女教育の一環として行われる。もちろん使用人数人が同伴する。
現在、侯爵家の使用人たちの中では、三年半後のお嬢様六歳の誕生日に向け、熾烈な闘いが繰り広げられている。これはティリアお嬢様に同伴する役目を誰が担うか決める重要な闘いである。普段、仲の良い使用人たちが血で血を洗う壮絶な権利獲得戦なのだ。
専属執事であっても例外はない。
「行くの! お花の国からのしょうたいなの!」
「……じいじ、今回は一人ではない。少なくても三人いるの」
(おや?)
ふと、お嬢様の言葉が気になった。
やはり、お嬢様の言葉遣いが少しばかり変化している気がする。
先ほど花が咲いたと喜んでいたときにも感じたことだ
今までよりもはっきりとお話しされ、ご自分のご意見もおっしゃられている。これも侯爵夫妻や専属侍女のイーラさん、それにメイドのお姉さんたちによる勉強のおかげだろうか。
「くうっ。日々成長されるお嬢様。僕は嬉しゅうございます」
「アルクん、何十年も執事やってる老執事みたいね」
ばくばくと花蜜たっぷりがけパンケーキを頬張りながらヨヨさんが呆れた顔をしている。
だが、そのままその顔を返そう。僕はその花蜜たっぷりがけパンケーキに呆れている。日増しに花蜜の量が増えているなと思っていたが、もはやパンケーキが花蜜の上に浮いている。言葉として間違っているが、花蜜にパンケーキがかかっている状態だ。
僕とヨヨさんのことはさておき、娘と孫を持つ大人たちの悲哀に満ちた声が聞こえてくる。
「ティ、ティリアが私のいうことを、き、聞いてくれない」
「シュ、シュリーの口が日増しに、た、達者になっていく」
「しかし、反抗するティリアも可愛いな」
「日々成長するシュリーの可愛さといったら」
二人とも本当に仲が良くなられたようだ。
可愛いというのは納得できるし、共感できる。
頬を膨らませてお怒りになるお嬢様は本当に可愛いのだ。
「二人とも~、この子たちだっていつまでも子供じゃないんですから。それにアルクちゃんも一緒なんでしょ~。大丈夫よ~」
そうおっしゃったのは、侯爵様の奥様エリス様だ。
「侯爵様。私とエルフのニーナもご一緒しますのでご安心ください」とヨヨさん。
「ヨヨ殿。そういう問題ではないのだ」
「と、いいますと」とヨヨさんが首をかしげる。
「私も「わしも」この子たちと一緒に行きたいのだ「じゃ」」
声を揃えて参加を熱望する侯爵様とジュロウさん。
ただ単に、娘や孫とお出かけしたかっただけのようだ。
ヨヨさん。声を抑えてうずくまっているようですが、笑っているのはわかってます。羽がプルプルと小刻みに動いているのが証拠です。その気持ち、よ、よく、わ、わかりますけど……や、やめてください。つ、つられてこっちも、わ、笑ってしまいそうです。
よく見ると、ヨヨさんの姿を見たほかの使用人たちも微妙に口元がピクピクと動いていた。だが、さすがはセイバスさん。つられて笑ってしまいそうな僕たちと違い、凛とした態度のままだ。指先が微妙に震えているのは気のせいだろう。
「はいは~い。却下で~す。今回、大人は一緒に行ってはいけませ~ん。ヨヨさん、アルクちゃん、二人を頼みましたよ~」
笑みを浮かべながら、エリス奥様が結論を出した。
「はい、わかりましたわ。奥様」と今にも笑いそうなヨヨさんが微笑みを返す。
「待て、エリス。それはダメだ」
「奥方、そんな殺生な。老い先短いわしの楽しみが……」
「あなた。何か私の決定に異論でも?」
奥様がにっこりと侯爵様に微笑みかけた。
普段はおっとりとした奥様が流暢にお話しされたときは、黒は白。白は黒である。部屋の気温が徐々に下がっているような気がするのは、気のせいではない。
「い、異論はない」と侯爵様。
「ジュロウ様、可愛いお孫さんだからこそ旅をさせることも必要ですわよ~」
「むぅ。確かにそのとおりじゃな」
諭すように冷静な判断を下される奥様。
さすがはティリアお嬢様のお母様でいらっしゃる。
「それで~アルクちゃん。いつ行くの~?」
「正式な招待状が来てからとなりますが、ドラゴ……リアルル様の使者の話によりますと、恐らくは僕たちが侯爵領に戻ったあとになるかと」
「場所はわかる?」
「場所は、侯爵領の西にあるモフォグ大森林の中だそうです。精霊結界に守られており、その安全性はヨヨさんとエルフのニーナさんが保証してくれてます」
「わかったわ。ティリアちゃん、シュリーちゃん、行くときはお行儀よくするのですよ」
「わーい! かぁさま、大好きなの!」
「お姉ちゃんのお母さん、ありがとうなの」
侯爵様、ジュロウさん。
なぜ少しだけ悔しそうな顔してるんですか。
どんまいですよ、どんまい。
「おっ。お嬢たち嬉しそうだな。うおっ! 旦那、なぜあっしを睨むんで?」
「レイゴスト。あなたはもっと空気を読むべきです」
銀のトレイを浮かせながら食堂へとやってきたレイゴストさんと、料理長をじろりと睨む侯爵様。そんな料理長に、セイバスさんはため息まじりに苦言を呈した。
どうやら食後のデザートが完成したようだ。
今回のデザートは朝作っておいた傑作とも言える自信作だ。
ヨヨさん提供の黒砂糖、ミノスさん提供の牛乳と生クリーム、ラミさん提供の卵。そしてシュリーカー族からもらった各種果物。
そう! 今回のデザートはプリン。しかも『プリン・ア・ラ・モード』だ。
「「ふわぁぁぁ」」
目の前に出されたプリン・ア・ラ・モードに、お嬢様とシュリーから感嘆の声が漏れる。
ふるふると揺れ動くなめらかなプリンに、飾り切りされたメロンやモモなどの果物たちが彩りを添える。さらにプリンの上には純白の生クリームがたっぷりと乗せられている。見た目にも美しく、プリンの甘さと果物の甘酸っぱさのバランスが絶妙な一品である。 盛り付けもレイゴストさんの手によるものだ。その見た目は洗練されたデザインで彩りも美しい。プリンを太陽と見立てるとすれば、果物は満開の花畑である。
お嬢様とシュリーは、にっこりとした顔を見合わせたあと、さっそくスプーンを持ってプリンにとりかかる。スプーンですくおうとすると、プルンッとプリンが揺れる。お嬢様とシュリーは、しばらくその動きを楽しそうに堪能されたあと、二人同時にゆっくりとその小さな口へとプリンを運ぶ。
「「はわ~ぁ」」
お嬢様とシュリーの声が重なった。
そのなめらかな食感と口いっぱいに広がる濃厚な甘みに驚いていらっしゃるようだ。お嬢様は、一旦スプーンを置くと、満面の笑みを浮かべたまま、両手で頬を押さえ、「おいしいの、おいしいの」と言いながら首を横に振り始めた。その姿はまさに天使! 異論は認めない。そんなお嬢様の姿を見たシュリーもマネをしている。どうやら二人ともものすごく気に入ってくれたようだ。
侯爵様やジュロウさん、さらには使用人たちもお嬢様たちの姿を見て微笑んでいる。
しばらく余韻を楽しんでおられた二人は、置いたスプーンを手に取ると、今度は夢中になってプリンを食べ始めた。途中、「あわわわ」と言っておられたが、プリンと果物を交互に食べるとより美味しいことに気が付かれたようだ。
「まあ~」
「ほう」
「むう」
エリス奥様、侯爵様、ジュロウさんの三人からも感嘆の声が上がった。
今回、侯爵様とジュロウさん男性陣のプリンにはカラメルソースをかけてある。
「このプリン・ア・ラ・モードというのは素晴らしいな。見た目は宝石を並べたように美しく、口の中で広がるトロリとした食感は癖になりそうだ」
味がわからない侯爵様ではあるが、色合いだけでなく、その食感も気に入られたようだ。
「アルク殿。これはわしのような歯の弱った年寄りでも食べやすいな」
白い歯を見せながらジュロウさんが笑う。今のジュロウさんは高位魔族に変身した姿なので正確には不明だが、その歯はどう見ても石をも砕くことができるくらい丈夫そうだ。
「これは~、貴族の女性の間でも人気になるわよ~」
今回のデザートも大成功のようだ。
お菓子文化のない魔族からすれば、珍しさもあってか、貴族のみならず、一般魔族の家庭でも広まる可能性がある。味がわからなくてもまずはお菓子文化を広めるのも悪くない。
「ヨヨちゃん、どうしたの」とイーラさんの慌てたような声が聞こえた。
(おっと、そういえば)
すっかりヨヨさんのことを忘れていた。
テーブルの上に目をやると――そこには涙を流しながら黙々とプリンを食べ続けている妖精の姿があった。ヨヨさんのプリンはたっぷり砂糖を入れた特別製で激甘妖精仕様だ。さらに花蜜をかけてあり、サイズは皆に出したプリンの半分ほどの大きさ。残念ながらヨヨさんサイズのプリンは、小さすぎて作れなかった。それでもすでに完食寸前だった。
「ど、どうしたんですか! ヨヨさん」
僕の呼びかけに、ゆっくりと顔を上げたヨヨさんは、「アルクぅん」と泣きながら僕の名前を呼ぶ。そんなヨヨさんの涙をイーラさんが優しく拭いている。
(そのハンカチ、ちゃんと洗ってくださいよ?)
表現できないような顔になってるイーラさんを見ていると少しだけ心配になる。
そんなヨヨさんは僕を見上げ、涙目のまま言った。
「プリン最強」
うんうんと何度もうなずき、親指を立てて力強く微笑むヨヨさん。
「そ、それは良かったです」
「プリンさいきょうなの!」
「……さいきょう!」
お嬢様たちが変な言葉を覚えてしまったようだ。
最強とは、食べ物に関する感想ではない。
まあ、気持ちは分かるけど。
「妖精の主食にまたひとつ感動が増えたわ」
感動が増えたとまで言われると、こちらとしても嬉しい。
魔王国と妖精族との通商条約締結に対するお礼だったのだが、思った以上に喜んでくれたようだ。どうやら食感も気に入ってくれたらしい。花蜜のドロリとプリンのトロリは似ているが全く違う食感なのだ。
「バニラというハーブがあれば香りも良くなるんですけどね。あ、そうだ」
侯爵家に来て要件を済ましたあと、すぐに帰ってしまったドラゴから預かり物があったことを思い出す。
お嬢様たちと侯爵家の庭先でハーブ園への招待があったことを話しているとき、登場したのが庭に生えていたコキアを頭に乗せたドラゴだった。コキアを頭に乗せたドラゴは、まさにパンチの聞いたソウルフルなアフロヘアにしか見えない。ドラゴ曰く、植物間移動をすると、移動先の植物の根を一時的に借りることになるそうだ。そのため、根を借りた植物が頭から生えたようになるとのこと。帰るときは、しっかりと手入れをしていくため、その植物は通常よりも成長するそうだ。その言葉に、今日の朝、ドラゴ帰ったあとニーナさんが育てていたパキラが大きくなったことを思い出す。
さて、このコキアというのは、ホウキギと呼ばれる一年草だ。細かく生えた茎葉が丸くまとまるのが特徴。前世では、古来より箒の材料としても使われていた。侯爵家のコキアは庭の飾りとして植わっていたものだ。秋になると紅葉し、さらには実をつける。
(ん? 実をつける……、実を? その実って……)
「ああぁぁぁ」
「なんですか、アルクくん。食事中に騒がしい」とセイバスさん。
「も、申し訳ありません。ひとつ食材を思い出しました」
「ほう」と侯爵様。
秋になるとコキアは実をつける。その実は、「とんぶり」という名前だ。古くから食用だけでなく薬用としても用いられてきた。光沢を持った黒緑色の小さな実は、プチプチとした食感で、「畑のキャビア」とも呼ばれている。収穫は秋から冬だ。
庭先に食材が生えているとは思いもしなかった。食材を見つけるきっかけになったドラゴには感謝しておく。
もしかすると、もしかしてほかにも食材となる植物があるかもしれない。さっそく明日にでも探してみることにしよう。
それはさておき、先ほど思い出したドラゴからの預かり物を『執事ボックス』から取り出す。
「これは精霊のリアルルさんから、ミストファング侯爵家への贈り物だそうです」




