第六十七話 カビと犯罪は根元から
伯爵様が病気にかかった原因が判明し、フトック食肉協会の詐欺行為の証拠を掴んだ、次の日の早朝。
僕は今、王都北東の森にあるフトック食肉協会の店員らを捕まえた小屋の前にいる。もちろんヒミカさんとヨヨさんも一緒だ。
その小屋の前で、アルティコ伯爵から紹介された森林管理局の副局長に現在の進捗状況を確認している。というのも、この森では現在、森林管理局によって森の脅威となるカビの生えた動物の探索と討伐が秘密裏に行われているのだ。
探索は人手不足により困難を極めると思われたが、なんの問題なく順調に進んでいるらしい。
動物の死体が動き出したのは、死体に寄生した突然変異種のカビが原因で間違いないだろう。そのカビはアルティコ伯爵のような植物系の魔族に寄生する可能性が高いため、植物系魔族の局員は調査からはずれてもらっている。
そのせいか森で調査を行う局員は通常の半分ほどだそうだ。
アルティコ伯爵の一族が任されている森林管理局にしては、植物系魔族以外の魔族が多いことに僕は驚いたが、半分の人数になってもそこはプロの集団である。
局員が半分しかいないなら他の局員が倍動けばいいじゃない、と参加する局員たちは口を揃えて言っていた。敵対勢力がこちらの倍いるなら一人で二人殺ればいい的な発想である。道理で魔王軍に匹敵すると言われるわけだ。
念のため言っておくが、この局員たちが所属しているのは、『森林管理局』であり、その主な仕事は討伐や殲滅ではない。あくまで森の管理が仕事である。
張り切る局員たちの働きもあって、森で徘徊している増えすぎたファンガスや、川や湖に異常発生していたファンガスの菌糸なども順調に処分されている。このファンガス退治には、森に住むシュリーカー族も協力しているそうだ。
もちろん植物系のシュリーカー族も例のカビに寄生される危険性があるのだが、ジュロウさんは伯爵と違い、おとなしくできなかったらしい。
そのジュロウさんの考えを見越したように、シュリーカー族には馬鹿でかい木槌が支給されている。この木槌は、カビで覆われた動物と遭遇し、戦うことになっても、直接触らないようにという伯爵の配慮だ。
「木槌なんか……」
そう呆れた局員はシュリーカー族の繰り出す力に驚くことになる。
農作業で鍛えあげられた筋力で、頭の上から次々とぺちゃんこに潰されていくファンガスに、局員からの声は呆れから驚きへ、そして最後には同情の声へと変わっていったそうだ。
畑で土を耕し、農作業で培った筋力で振り回す。
木槌だけに。
こうつぶやいた局員がいたとか、いないとか。
さて、今回の突然変異種のカビやファンガスの退治には、『命の水』も使われている。
この命の水は、僕たちの隊商『妖精の祝祭』が用意したものだ。もちろん森林管理局には代金を請求している。
昨日、ヨヨさんと別れたのは、ドワーフから命の水を買ってきてもらうためだった。それも大量に。
ドワーフはタダで持っていけと言ったそうだが、ちゃんとお金を払って購入している。二度と取引をしようと思わない連中ならともかく、今度とも長い付き合いになりそうな種族とは、互いの利益を尊重できる商売をしていきたい。
まあ、結局は格安価格で売ってもらったのだが、値引きさせないと売らないと言われたのは初めてだわ、とヨヨさんが苦笑していた。新しいお酒の手法を教えただけで、なんとも義理堅い種族である。
命の水を格安で手に入れたヨヨさんは、「金貨がいちまーい、金貨がにまーい」と怪談ちっくなイントネーションでお金を数えている最中だ。
妖精がそうなのか、ヨヨさんが商人だからそうなのか、どちらかは不明だが、お金を数えるヨヨさんは本当に嬉しそうだった。かなりの儲けが出たに違いない。
副局長や僕たちのいる小屋の前に経過報告に戻ってきた局員の中には、命の水を個人的にわけてもらいたいという声が出た。命の水がお酒であることを説明したからだと思うが、まさか仕事中に局の備品を味見がてら飲んでいる局員はいないだろう。
……いないよね?
命の水を希望する局員たちには、ヨヨさんが嬉々として個別に商談することになっている。
そのヨヨさんだが、森林管理局の局員たちには、アルティコ伯爵の友人だと紹介された。伯爵の友人であれば、いちいち詮索する局員もいないだろうとの判断だ。
味がわからなくても、強い酒精を持つ命の水は、侯爵様もお気に入りの様子だった。お酒ではあるが、白の賢者様の言っていた『魔族の世界に美味しい料理の文化を広める』ことに繋がるかもしれない。
今後は、隊商『妖精の祝祭』の事業にも力を入れたいと思いながら、ヨヨさんと商談している局員たちを見る。
ヨヨさんと楽しそうに商談に夢中になっている局員たちだが、彼らは決してサボっているわけではない。彼らは森での探索中、フトック食肉協会の拠点の周りをうろつく怪しい者たちを数名捕らえている。決してお酒目当てに戻ってきているのではないのだ。……顔がなんとなく赤いのは気のせいだろう。
捕まえた連中は、事前に下された伯爵様の命により、僕の前に連れて来られている。見つかったときに逃げ出そうとしたということで、全員縄で縛られていた。
なぜフトック食肉協会の拠点近くにいたのか局員が聞いても、誰一人無言のまま一言も話そうとしないそうだ。
僕はその連中にだけ聞こえるような声で話しかける。
「僕は森林管理局ともフトック氏とも取引のある者です。フトック食肉協会の関係者であれば、縄をほどき、ここから放してもらえるよう森林管理局の方に相談しますよ」
フトック食肉協会との取引契約書を見せながら声をかけると、あっさりと全員が手を挙げた。なかにはなぜこんな子供が、という顔をしているものもいたが、安堵の表情を浮かべた者もいた。
僕は全員が手を挙げたことを確認すると、笑みを浮かべながら副局長に相談する。
「副局長さーん。こちらの皆さんはフトック食肉協会の関係者だそうですがー、どうされますかー」
僕のわざとらしい話し方に、意図を察してくれた副局長も満面の笑みを返してきた。
「うむ。森林管理局は森での違反者やその関係者を許すことはない。厳罰を持って処する。まずは投獄がふさわしい」
「ですよねー」
僕が振り返ると連中は呆気にとられたような顔をしていた。
安堵の表情を浮かべていた者もいたが、なぜ助かると思ったのだろう。命令された犯罪は無罪、とでも思ったのだろうか。それとも僕がフトック食肉協会とも森林管理局と顔なじみだから、見逃してもらえるとでも思ったのだろうか。脅されていようと命令だろうと犯罪は犯罪である。
「相談しましたがダメでしたぁ。残念ですぅ。投獄でーす」
僕は残念そうな顔をしながら、淡々と縄をほどき、昨日捕まえた三人と同じ穴にまとめて叩き落とす。ヒミカさんから、顔が笑っていると言われたのだが心外である。
今日はこれからフトック氏の店に行く用事があるので、しばらくここでおとなしくしてもらう予定だ。どうせあとで王都に連行されるのだが、『今は』まだ早い。
「糞ガキ! 連中と話をつけて逃がしてやると言ったじゃないか!」
「縄をほどき、放してもらえるよう相談する、と言いましたが、逃がすとは言ってませんよ。それに相談した結果、投獄になっただけですし、縄をほどいて『穴の中』に放してあげたじゃないですか」
「なっ!? き、汚ねぇぞ!」
「そうだ! そうだ!」
連中の目の前で、聞こえるように副局長に相談したのになんとも理不尽な言い草だ。僕の答えに納得できないのか、ほかの男たちも騒ぎ出す。
「やれやれ、困りましたね」
仕方がないので、『執事食器棚』で川から穴まで続く簡易水路を作り、川から引いた水を穴の中に流し込んでやる。
連中を穴に放り込んだときもそうだったが、副局長の顔が若干引きつっていた。森林管理局の局員なら三十メートル級の巨木から犯罪者を命綱無しでバンジージャンプさせるくらいやるでしょうに。
……え? やらない? またまたご冗談を。局長は森の養分うんぬん言ってましたけど。
副局長の顔はともかく、急に流れこんできた大量の水に驚いた男たちのほうは焦ったような声を上げ、慌てている。
「え? 汚いって言ったから身体を洗いたいと思ったのですが? どうぞごゆっくり」
ついでに穴にかぶせてある格子状のフタの目を細かくして、光が入りにくいように改良。水浴びするならプライバシーも大切だろう。何より汚い男の裸などヨヨさんやヒミカさんに見せられない。
暗くしたら、なぜか騒ぎが大きくなった。だが水が流れ込む音でよく聞こえない。一旦、水を止めてから穴の中で水浴び中の連中に声をかける。
「あのー。水の音が結構うるさいので穴を塞いでから、しばらくここから離れますね。水が足りなくなるといけないので、戻ってくるまで水を流しておきます。どうぞゆっくり水浴びを楽しんでください。……この穴が水でいっぱいになるまで、どれくらい時間がかかるかなー」
最後の一言だけ、少し大きめの声で話しかけてあげると、こちらの配慮に感動したのか、静かになった。その後、穴の中の一人に、「水浴びはもう結構です」と言われたため、水を操る執事魔法『執事シャワー』で水を抜いてやった。
実に素直できれい好きな証人たちである。
証人たちへの水攻……水浴びが終わったあと、新たに数名の局員が副局長に報告に来た。
報告によると、カビだらけの動物を発見し、数匹を駆除できたそうだ。
その局員たちは、引き続き探索を行うため森へと戻っていった。
あと、王都の伯爵家に続く水路のフタも木製から石製に替えられることになった。森での探索や討伐に参加しなかった局員と土魔法の魔法使いで作業が進められているそうだ。この作業、鍛錬という名目になっているらしい。
(伯爵の職権乱用では……)
この話しを聞いて、そう思ったのは僕だけだろうか。
伯爵家に続く水路はともかく、フトック食肉協会によって違法に建てられた小屋やファンガス養殖場については、一部を除き、局員の手によって解体されることになっている。解体されない一部の小屋は、森での拠点として森林管理局の管理のもと、改築してから再利用されることになったらしい。
なんともしたたかな話である。
この日、人数が少ないにも関わらず倍働く局員たちの力技により、森をはじめ湖や川もきれいになった。
これ以降、フトック食肉協会の招いた騒ぎとカビやファンガスによる影響は沈静化していくことになる。
稀にカビに覆われた動物が見つかったそうだが、騒ぎになることなく森林管理局に粛々と処分されていった。
余談だが、アルティコ伯爵以外の貴族が病気になった原因も判明した。病気になった貴族の多くは、この森に狩りや遊びに来て、カビに寄生され生き返った動物たちと接触していたことがわかったのだ。
病気になった者の中には、綿のように白い毛でモコモコになったウサギン(死体)を撫でた者もいたようだ。冬毛だと思ったらしい。
ウサギンという動物は、季節によって毛が生え変わり、冬毛は白くてモコモコしているようだ。
セイバスさんにもらった図鑑のウサギンのページは破れていたし、誰かに聞く余裕もなかったため、未だにウサギンがどんな動物なのかわからないままである。
前世にもいたウサギだろ? と簡単に判断するのは、チョトツの例があるので控えている。前世には五メートルを超えるイノシシなどいなかったからだ。
――閑話休題
局員たちの話に耳を傾けていると、つやつやになったチョトツがのっしのっし近寄ってきた。どうやらヒミカさんによるブラッシングが終わったらしい。ヒミカさんの手には、専属メイドのイシェリーさんに借りたであろう長い柄のついたブラシが握られている。
(デッキブラシ!? う、うん。まあ、チョトツ大きいからね)
「昨日は見張りありがとう。問題なかったかい」
「ブイ♪」
つやつやでご機嫌な様子のチョトツに話しかける。このチョトツ、僕の使い魔となったインプに取り憑かれて以来、こちらの言葉を理解できるようになった。
「問題なし、だそうよ」
局員との商談を終えたヨヨさんが通訳してくれる。
チョトツはこちらの言葉をよく理解しているのだが、チョトツの言葉はヨヨさんがいないと何を言っているのかわからないのだ。
「この子にも名前が必要ですよね♪ アルクさん」とヒミカさん。
「名前……ですか」
「ブモッ!」
「私、いくつか考えてきたんです!」
「へえ。どんな名前なんです?」
「ブーにゃんというのはどうでしょう」
「「はい??」」
「ブーぅ」
思わずヨヨさんと同時に聞き直してしまった。
ブーにゃんと呼ばれたチョトツも、それはちょっと、と言わんばかりの抗議の声である。
「……もう少し勢いのある名前がいいって」
「では、チョッピー」
「「……」」
「ブーぅ」
「……もう一声、だそうよ」
「なかなかのこだわりちゃんですね♪」
考えた名前を断られて気を落とすどころか、ますますやる気を見せるヒミカさんであった。
ええっと、あれだ。
ヒミカさんは名前を付けるのが苦手な人に違いない。
イシェリーさんと違い、決して残念な人ではないはずだ。
(アルクん。もしかしてヒミカちゃんって残念な感じ?)
(いけません!)
可哀想な子を見るような生暖かい目でヒミカさんを眺めるヨヨさん。そのヒミカさんはヨヨさんの眼差しに気がつくことなく、チョトツの頭を撫でながら、どんな名前がいいのか悩んでいるようだ。
頭脳明晰、容姿端麗、地位もこの上ない伯爵令嬢だが、『残念』の二文字がついただけで、どうしてここまで残念な気持ちになるのだろうか。
残念美人、残念エリート、残念貴族。うむ、実に『残念しい』言葉である。
「アルクんもそんな残念そうな目でヒミカちゃんを見るのをやめなさいよ」
どうやら自分でも気がつかないうちにヨヨさんと同じような目でヒミカさんを見ていたらしい。
――結局、チョトツの名前は保留となった。
それにしても名前を付けてどうするのだろう。
まさかとは思うが飼うつもりなのだろうか。犬や猫と違い、五メートルもの巨大な獣は十歳の女の子が飼うような動物ではない。
局長であるアルティコ伯爵の愛娘であるヒミカさんの行動に、この場にいる副局長たちは何も言わない。チョトツに名前をつけようとする姿を自分の娘のように微笑ましく見ているだけだ。
巫女というだけであって王都の魔族にも人気のあるヒミカさんは、森林管理局局員の中でも、その人気は絶対だ。どう絶対なのか一言で語るならば、彼らはヒミカさんの『狂信者』である。白の賢者様の巫女にして、伯爵令嬢、上司の娘、容姿端麗、頭脳明晰、そして十歳である。……十歳は関係ないか、たぶん。
その名前は、侯爵様ももちろんのこと、セイバスさんもご存知だったし、商業ギルドの長も僕たちのお話し合いの情報を持っていた。それだけ注目されやすい人物なのは間違いないのだろう。
それにヒミカさんと一緒に行動する僕に突き刺さる視線は、実に鋭い。さっきも報告に来ていた局員たちが僕を射殺さんとチラチラ見ていた。あれは間合いを測っていたに違いない。
手が滑って、相手の心臓にたまたま取り出した剣が刺さることがあってもおかしくないのが魔族の世界である、と人族の書物に書いてあった。魔族の血は青いと書いてあった本だから、いい加減なことこの上ないのだが、手が滑ることはよくある話だ。
かくいう僕も、お嬢様や侯爵家に刃を向ける者には、確実に手が滑るだろう。
そんな僕は、アルティコ伯爵に友と呼ばれるヨヨさんと違い、ただの執事である。
魔王軍に匹敵すると言われた森林管理局局員たちのことだ。
ヒミカさんが、「薙ぎ払え!」と号令をかけた瞬間、この森が焦土と化しても僕は不思議には思わない。
それでも局員らがおとなしいのは、伯爵様にもらった指輪のおかげだ。先日、伯爵様に指輪を返そうとしたのだが体よく断られた。今も僕の手には『強権付き森林立ち入り許可証』の指輪が光っている。
僕の手にある指輪を確認したときの副局長の目は鋭く、その目はまるで獲物を狙う鷹のようであった。いや、虫がワナにハマったのをほくそ笑む食虫植物と言ったほうが正しいかもしれない。
食虫植物に目と口はないが、指輪は無理言ってでも返したほうが良かったかもしれないと今になって後悔している。いったいこの『強権付き森林立ち入り許可証』の指輪にどんな意味があるというのだろうか。
しばらくこの場にいたものの、やるべきことは終わっている。
恐らくフトック食肉協会の連中もこれ以上捕まることはないだろう。今、店に残っているのはフトック氏本人とエルフのニーナさんくらいのはずだ。
もしまたフトック食肉協会の関係者を捕まえたら、穴に落としておくよう副局長さんにお願いし、僕たちはシュリーカー族の村へと向かうことにした。
ヒミカさんは副局長と局員たちに労いの声をかけ、ヨヨさんは命の水を注文した局員たちにお礼を言っている。
チョトツには、局員が店員たちを連行するまで見張りを頼んでおく。
副局長にも証人の見張りをしてもらうよう伯爵様から命令が出ているようだが、念の為だ。
おみやげにたくさんの果物を渡したら、喜んでいたので頭をなでてやった。
「ブモモ、ブフン!」
「親分まかせとけ、だそうよ」
「お、親分!? う、うん。頼んだよ」
どうやら僕を呼ぶ名前がひとつ増えたらしい。『旦那』、『アニキ』と続き、とうとう『親分』ときた。なぜこうも、むさ苦しい呼び方が並ぶのだろう。
副局長と別れた僕たちはシュリーカー族の村にある族長の家までやってきた。
さっそくみんなでシュリーのもとへと向かう。ジュロウさんと村の戦士はアルティコ伯爵考案の木槌を持って、ファンガス退治に行っているため不在で、今は母親と一緒にいるはずだ。
『執事ゲート』を抜け、族長の家の玄関まで来ると、チョトツの兄弟であるインプが待っていた。
(親分呼びの件は黙っておこう)
「お待ちしておりました、アルク様」
「どうだい? 接ぎ木や挿し木の説明は順調かい」
「ええ。さすがはシュリーカー族です。農業関連の飲み込みは非常に早いですね」
「先生。お話し中すいません。接ぎ木について質問が」
どうやらインプは『先生』と呼ばれているらしい。村の畑を荒らした罪滅ぼしだとしても、シュリーカーらに受け入れられているようで何よりだ。
ところでなぜインプは先生と呼ばれるのに、僕を呼ぶ呼び方はむさ苦しいのだろうか。呼び方というのは大事なことだと思う。
「こっちはいいよ。行っておいで」
「寛大なご配慮恐れいります。親・分」
「なん…だと」
使い魔であるインプは、こちらの考えていることがわかると言うのだろうか。
僕が問いただす前に、いたずらが成功したような顔をしたインプは、呼びに来たシュリーカーとともに消えていた。
ヒミカさんが声を抑えて笑っているが、彼女も『姐御』とか『女親分』とか呼ばれてみれば僕の気持ちがわかるだろう。いや、名前に関しては残念な彼女のことだ。あまり気にしないかもしれない。
なんとも言えない気持ちのまま小生意気なインプと別れた僕たちは、玄関先でシュリーを呼ぶ。
この間、ヨヨさんは姿を隠したままである。シュリーカーの子供たちに見つかったら確実に遊びに誘われるため、それを避けるための予防措置だろう。
だがしかし、ヨヨさんの策も虚しくシュリーカーの子供たちは族長の家に集まろうとしていた。先ほどから多くの気配がここに集まって来ているのを感じる。どうやらシュリーを呼んだ僕の声を聞いて、僕たちが来たと感づいたようだ。
「妖精を生贄に、シュリーカーの子供を召喚」
「何怖いこと言ってんのよ!」
おもいっきり髪の毛を引っ張られた。
どうやら僕の独り言が聞こえたらしい。そんなヨヨさんはシュリーカーの子供たちの気配に気がついていない。
「こんにちは。よくぞいらしてくださいました」
そこに優しい声がかかる。
僕たちが声の主へと顔を向けると、そこには髪を揺らしながらこちらに近づく女性の姿があった。
「こんにちは、お加減はいかがですか」
「その節はありがとうございました。おかげさまですっかり良くなりましたわ」
ヒミカさんの問いに魔族年齢200歳代前半のその女性が答えた。その髪と目は薄赤色で、前世にあった巫女さんが着ていたような特徴的な服からは白い肌が見える。
「それはよかったです」
「おねえちゃん……ありがとなの」
その女性の後ろには、恥ずかしそうにお礼を言うシュリーの姿があった。
そう。この女性こそがシュリーの母親シュナさんだ。
キバの悪魔との戦いで怪我をし、寝込んでいたところをヒミカさんの神聖魔法によって回復したシュリーカー族の巫女である。確か、旦那さん、シュリーの父親は族長になるための旅に出ていて村にはいない。
今日は二人とも、純魔族の姿をしている。
治療をしたときは、薄赤色の傘を持ったキノコであったが、純魔族の姿になると実に優しげな表情をする女性という印象を受ける。きっとシュリーにとっても優しい母なのだろう。
部屋に招かれた僕たちは、キバの悪魔の件や侯爵領への招致の話、そしてティリアお嬢様のことなどを話した。
侯爵令嬢であるティリア様や伯爵令嬢のヒミカさんと、自分の娘であるシュリーが姉妹のように仲良くなったことは恐縮しながらも喜んでいた。もともとシュリーカー族の子供の中でも口数が少なめで、話せる友人というのは少なかったそうだ。
それなりに、キューキュー言ってたように思えるがシュリーカー族としては言葉少なめだったらしい。
「シュナさん。侯爵様もティリアお嬢様もシュリーちゃんがご友人になってくれたことに大変喜んでおられます。お嬢様のご友人として、これからもよろしくお願いいたします」
「アルク様、ヒミカ様。こちらからもシュリーをよろしくお願いいたします」
「私も妹のようなお付き合いができて嬉しいですわ」
「……ヒミカちゃんとティリアちゃんは、おねえちゃん……なの。三姉妹なの」
ティリアお嬢様の『なの』語尾がうつっている気がするが、昨日より流暢になった……ような気がする。それにお嬢様よりも難しい言葉を知っているようだ。
「あら、私はどうなのかしら」
部屋に入ってから堂々と姿を出しているヨヨさんがシュリーに興味深そうに話しかける。
ヨヨさんは忘れているのだろうか。シュリーカー族の家には壁がないことを。
そして気がついていないのだろうか。僕たちが族長の家にいることを察した子キノコたちが、この家を取り囲んでいることを。かくれんぼのつもりなのか、傘の部分がところどころで見え隠れしているわけだが。
「ヨヨさんは、かわいい天使様なの」
「天使っ!!」
思わず天を仰ぐように両手を掲げ叫んでしまった。
背中から流れる汗が止まらない。
白の賢者様。貴方が妖精の女王に頼んで紹介してくれた妖精は、確かに天使かもしれません。ですが、金貨をうらめしそうに数える姿は幼子が思い焦がれる天使には程遠い。
そんな天使の姿に、無垢な少女が騙されています。
「何か失礼なこと考えてない?……それと、その態度どういう意味かしら。アルクん」
「はて、なんのことでしょう。背筋を伸ばしただけですよ。ところで天使様。家の周りに天使様の御姿を拝謁したいという可愛らしいお子様方がお集まりのようでございますが」
「「「「きゅっきゅー、きゅう!」」」」
「あれ? なんで来たこと知ってるの?」
その後、シュリーカー族の頭の上を呼び跳ねる天使の姿がそこにあった。
「あー、少し疲れたわ」
「でも楽しそうでしたわね」
ヒミカさんの頭の上には、ぐったりと寝転んでいるヨヨさんがいる。周りへの気配を消しているはずだが、疲れ切ってどんよりとした雰囲気がそこにはあった。
今、僕たちはシュリーを連れて王都へと戻っている。
シュリーとヨヨさんは、ティリアお嬢様に会うため、侯爵家へ。ヒミカさんは神殿でのお勤めがあるそうだ。
「アルクさんは、これからどうするんです」
「僕はフトック食肉協会に寄ってから、ソーサさんとミノスさんのところに行く予定です」
「あそこ……店員さんのほとんどを捕まえているじゃないの」
「ええ。ですがフトック氏はそれを知りませんからね」
「また何か悪いこと考えているんでしょ」
「また何か悪いことを考えているんですね」
「……鬼畜の所行」
いつからだろうか。
ヨヨさんとヒミカさんが同じような発言をするようになったのは。以前も同じ反応を二人同時に返された覚えがある。しかも今回はシュリー付きだ。言葉が短い分だけ彼女の言葉は、辛辣である。
それに、シュリーは僕が何をやっているか知らないはず。それに、どこでそんな言葉を覚えたのだろう。
非常に不本意な意見を頂戴した僕は、無表情のままヒミカさんを神殿へと送り、シュリーとヨヨさんを侯爵家に連れて行く。
侯爵家に到着後、お部屋から飛び出してきたお嬢様は嬉しそうにシュリーと抱き合っている。昨日会っているのだが、まるで何年も会っていないかのような感動の再会だ。
お嬢様の喜ぶ笑顔は何時間でも見ていられる。
僕の隣ではお嬢様専属侍女のイーラさんがいつものようにクネクネしているが、その気持ちは痛いほど良くわかる。思わず目が合うと、互いにうなずきながらお嬢様方を見て癒やされておく。この時間こそが我々使用人の至福の時間なのだ。
そんな至福の時間を楽しんでいると、ヨヨさんが僕の肩の上に乗りながらこう言った。
「いつまでもニヤニヤしてないで早くフトック氏の店に行きなさいよ、アルクん」
なんて残酷な妖精だろうか。
この微笑ましいシーンを愛でる余裕も至福の時間も与えないつもりらしい。
商売のことになると、隊商の代表であり、根っからの商人であるヨヨさんは人使いが荒くなるようだ。さすがはお金の天使、腹黒悪徳商人の甘党種族だ。
僕は苦笑すると服を着替えてから屋敷を出る。
今日も雲ひとつない素晴らしい天気である。
「まあ、ところにより嵐となるでしょうけどね」
誰に聞かれることもなく、僕は服の襟を正し、フトック食肉協会へと足を向ける。
「さて仕上げといきますか」




