第六十六話 蠢くもの
「それでアルク様。なぜこんなことになっておられるのですか」
背中にコウモリのような翼が生やしたインプが、僕の目の前で静止しながら、何この状況……という顔をしている。
僕の使い魔となったインプは、主である僕の異変(麻痺毒に倒れたこと)に気がつき、慌ててここに飛んできたそうだ。契約を結んだ使役者と使い魔は、ある程度、相手の状況がわかるようになっているらしい。
僕との念話が通じなかったことから、急いで駆けつけてきてくれたインプも今の状況を見て僕に説明を求めてきた。
ただ説明するのは少し難しい。
僕の目の前にいるのは、先ほど火だるまのカビクマゴンを体当たりで吹き飛ばした、五メートルほどのチョトツである。
そのチョトツがお腹を見せて、「ぶひ♪ ぶひ♪」と僕にじゃれついているのだ。五メートルというと、前世の動物園で見たアジアゾウくらいの大きさだ。そんな大きさのイノシシが目の前でじゃれついていれば、悪魔でなくても状況説明を求めるだろう。
なんと答えていいものか悩みつつ、気まぐれでチョトツの横腹を撫でてやったら、「ブフフーン♪」となぜか喜ばれた。
「アルク殿。こやつ、キバの悪魔ではないかの」
ジュロウさんの声に、お腹を見せたままのチョトツが、「ブフー」と鼻息を鳴らした。たしかにそう言われてみればそんな気もする。牙が二本ともないし、なんとなく身体の毛並みも見たことが……いや、正直僕には区別がつかない。
……そんなことより今、返事しなかったか?
仰向けのままお尻を左右に振っている姿を見て、可愛いなと思う反面、自分の身長の倍以上ある肉の塊が激しく動く様は、圧迫感と違和感しかない。
だがそんな僕の違和感を更に上回る存在が目の前にいた。
「アルクさんが、闘ったというチョトツがこの子なんですか」
「たぶん。そうだと思います」
五メートルのチョトツを前に、この子扱いするヒミカさんもどうかと思うが、彼女は僕より先にチョトツの横腹を撫でている。撫でるというよりも両手を使ってワシャワシャ撫で回しているのだ。
「背中と違ってアゴの下とお腹の毛はなかなか柔らかいわね」
そう言ってチョトツのお腹の上でモフモフしているのはヨヨさんである。彼女は、カビクマゴンを突き飛ばしたあと、僕にじゃれ始めたチョトツに(お腹に)一番乗りした猛者である。
この動物大好きっ娘の二人には警戒心という言葉をプレゼントしたいと思う。ちゃんと箱に入れてリボンでラッピングして贈りたい。
たぶん受け取ってくれないだろうが。
「アルクん。あの連中どうするの?」
「そうですね。明日までここにしまっておきましょう」
「え? しまう?」と首をひねるヨヨさん。
カビクマゴンから逃げてきた三人だが、二番目、三番目の男はフトック食肉協会の店員だと白状している。一番目の男は、雇われたキノコ業者なのだそうだ。
僕はフトック食肉協会の店員四人を縛り、一箇所にまとめ、その真下に『執事食器棚』で、三メートル四方、深さ十メートルの穴を作り出す。落下しない程度の速さで掘り下げたので証人四人に怪我はない。
ただ地面が徐々に下がっていく恐怖に、埋められると思った店員らが大騒ぎした。あまりにも騒ぐため、「川の水を入れたら静かになりますかね?」とつぶやいたら、水を入れる前に静かになった。
あとは、念の為、土を強化して作った格子状のフタを穴に乗せておく。
「できれば見張りを置いておきたいところですけど」
「ブモ、ブフンブフ」
僕の独り言に、鼻息を鳴らしたのはチョトツである。
(あれ? やっぱりこっちの言葉を理解している?)
「もしかして、僕の言葉を理解してる?」
「ブフン♪」
「アルクん。僕にまかせておけ、と言ってるわ」
「「「えっ」」」
チョトツがこちらの言葉を理解していることも驚いたが、チョトツの言葉がわかるヨヨさんにも驚いた。ヒミカさんもジュロウさんも目を点にしている。
「ヨヨさん! 実は妖精じゃなくチョトツだったんですか!」
「誰がチョトツかっ! アルクん、絶対ワザと言ってるわね! 動物と話せる魔道具があるの。まあ条件をクリアしないと使えないけど」
水を甘くするコップとか、離れた場所と話ができる魔道具とか、妖精族は本当に不思議な魔道具を持っているな、と素直に感心する。
ほかにもいろいろ持っていそうなので、今度聞いてみよう。
だが、今はここの見張りをチョトツに頼んでおかなくてはならない。
「こちらの言葉を理解しているのは、どうやら私が取り憑いていたときに、何らかの変化を与えてしまったようです」とインプが言った。
「そんなことあるのか?」
「私の魔力が若干残っているように思われます」
「フフン♪ フン♪」
取り憑かれたことを怒ってもいいと思うのだが、チョトツもインプの言葉にうなずいている。
「そのとおりだ、兄弟と言っているわ」と通訳さん。
「きょ、兄弟!?」
その言葉に狼狽えるインプ。
最初、僕のことをアニキ呼ばわりしていただろうに、このインプは何を狼狽えているのだろうか。兄弟として仲良くするがいい。
「じゃあ、明日の朝迎えに来るからお願いできるかい」
「ブヒ♪、ブヒ♪」
チョトツに見張りをお願いし、あとで食べてもらうようバナナなどの食材を残しておく。
僕たちは店員が白状したほかの拠点と死んでいる白いカビに覆われていたクマゴンを調べるため、少しばかり時間をもらう。
終わったら王都へと戻る予定だ。
「あのぅ。オ、オレ……私はどうなるんで」
カビクマゴンの死体を調べているとき、話しかけてきたのは、このクマゴンに追われていたキノコ業者の男である。見た目は子供の僕たちに、逃げろと忠告してきたので、多少は情状酌量の余地がある。
僕はこの人物をアルティコ伯爵に説明させるための証人として選んだ。
男に森林管理局の印のついた指輪を見せると、驚いた顔を浮かべ、すぐに諦めた顔になり、僕たちに同行すると言ってきた。逆らうつもりは毛頭ないらしい。
詳しく話を聞くと、フトック食肉協会に協力しなければ家族に危害を加える、と脅されていたそうだ。森林管理局の印を見て素直に観念したのも、悪いことをしていたという自覚があったのだろう。
ファンガスを麻痺させていた麻痺毒もこの男が作ったものだった。キノコを集めることを生業にしているだけあって、ファンガスを『おとなしく』させる方法を知っていたようだ。この麻痺毒だが、別にファンガス専用というわけでなく動物にも効くらしい。その効果のほどは、自分が体験しているから良く知っている。ええ、知っていますとも。
僕は小屋にあった麻痺毒入りの釜に、『執事食器棚』で作ったフタをして密閉する。証拠の品とするためだ。フタをした釜は『執事ボックス』の中に入れておく。フタさえしておけば、出し入れするときにも安心だ。主に僕的な意味で。
ほかの拠点やファンガスの養殖場も男の案内によってあっさり見つかり、調査は順調に終わった。
王都に戻り次第、シュリーを村に送り届けることをジュロウさんに約束し、ここで別れる。インプはジュロウさんと一緒に村に戻り、挿し木、接ぎ木について、泊まり込みで指導の続きを行うそうだ。
ヨヨさんには、ちょっとしたお使いをお願いしたのでここで一旦別れることになる。
ジュロウさんたちと別れ、王都に戻った僕はヒミカさんとキノコ業者の男を伯爵家に送った。執事のヒトニスさんに事情を話し、あとで伯爵様に面会させてもらうようお願いしておく。
お嬢様と遊んでいたシュリーを村へと送るため侯爵家に戻った。
村に送っていくと言ったとき、お嬢様とシュリーが泣き出しそうな顔をされたときには心が傷んだ。またすぐ会えることを告げると、二人は笑顔で抱き合い、再会を約束していた。
なんとも心温まる光景だろうか。
別れ間際、「アルクんが、いもうとをつれていっちゃうの……」というお嬢様のつぶやきに吐血しそうになった。口角から赤い何かが滴りそうだ。毒キノコのスープを飲んだことやセイバスさんに腕を折られたとき以上のダメージである。
シュリーを無事送り届けた僕は、伯爵家に足を運んだ。森にある小屋とフトック食肉協会についての報告をするためだ。ヒトニスさんに案内され、伯爵様の部屋に入る。キノコ業者の男は、別室で軟禁されているようだ。
部屋で待っていたヒミカさんと一緒に、森での出来事を伯爵様に説明する。
僕たちの説明を静かに聞いていた伯爵様の口が開く。
「ファンガスの幼体をキノコとして売るため、ファンガスをわざと大量発生させる、か。さらに幼体を採取した母体は、殺して湖に不法投棄。そして幼体前のファンガスの菌糸が湖のまわりや一部の川に異常発生している、と?」
アルティコ伯爵の低い声が部屋に響いた。
その声は呆れ、困惑、そして静かな怒りを含んでいる。
「はい。伯爵夫妻のお身体に寄生していたファンガスの菌糸も、湖や川から池に流れ込んで来たものでしょう。ただ気になる点がひとつ。伯爵夫妻がファンガスに寄生されるまで、体力が低下した原因です。倒れられる前、森でカビだらけの動物などと接触、もしくはそのような死体に近づいたことはありませんでしたか」
僕は森で襲ってきたカビだらけのクマゴンを調べたときの話をした。
実はカビクマゴンを調べる際、僕はまた毒に侵された。
その原因はカビ毒だ。
不用心に調べていたため、燃えずに残っていたカビをまともに吸い込んでしまった。この時は一時の呼吸困難と目眩だけで済んだのだが、それでも立っていられないほどの目眩に襲われた。回復するのに少々時間がかかったくらいだ。
「確かに襲ってきた白っぽいオオカミを退治した。カビとは思わなかったが」
「素手で?」
「うむ」
「恐らくそのときにカビが付着したのでしょう」
「そういえば、退治したあと、その手を川で洗ったな」
「ファンガスの菌糸もそのとき、ついたのかもしれません。奥様の場合、庭いじりのときに、菌糸の流れ込んだ池の水に接触した可能性があります」
伯爵はうなずいている。
「では、その白っぽい……カビで覆われた動物が原因か」
「ええ、恐らくですが。このカビやカビだらけの動物の説明をする前に、まずは森で捕まえたキノコ業者からファンガスを増えた経緯をお聞きください」
その言葉に、ヒトニスさんがキノコ業者の男を連れてくる。
貴族の前ということもあり、男はすっかり萎縮していたが、正直に話すよう促すと緊張しながらも、森で行われていたことを話しだす。
キノコ業者の話はこうだ。
最初、フトック食肉協会の店員らは、十メートル四方の場所を塀で囲み、そこに殺したファンガスを放置した。
死んだファンガスを苗床にして爆発的に幼体が増えたところで、動物の死体を入れ、育てる。幼体が成長したら一部を殺して幼体を収穫。母体の数が減ってきたら、一部を殺して放置し、ファンガスの幼体を増やし育てる。
これを何度も繰り返していたそうだ。
幼体の苗床となる動物は店員らが集めていた。その種類は多岐にわたる。クマゴン、チョトツなどの大型生物のほか、小動物まで様々だったという。
あるとき、ファンガスの幼体が寄生していた動物の死体に白いカビが生えた。特に気にしなかった店員たちはそのまま放置。ところが寄生していたファンガスの何匹かが、途中でカビだらけになって死んでしまったそうだ。
ファンガスがカビたという話に伯爵様の眉が上がる。
店員たちは、どうせファンガスは簡単に増えるのだからとカビて死んでしまった幼体を放置した。そしてそれは、ほか動物の死体と一緒にエサにされた。そのままでも他の幼体のエサになるだろうと考えたらしい。
店員の予想どおり、カビたファンガスにも幼体は寄生した。しかし、その幼体もある程度育ったあと全て途中で死んでしまう。
店員らは死んだ数はたいしたことないと、放置し続けた。ところが、白いカビは生きているファンガスの母体にも生えるようになり、カビだらけで死ぬファンガスは母体、幼体ともに増えていった。
ファンガスが爆発的に増えるとはいえ、さすがに死ぬ数が多くなってくると店員たちも焦り始める。あまりにも遅い判断だったが、カビだらけになったファンガスは間引きし、湖に捨てることにした。
同時期、真っ白のファンガスが現れ、それを増やすことに夢中になった店員たちはカビのことなど忘れてしまう。
ところが今度は寄生させるための動物の死体に異変が起きた。
死んでいたはずの動物たちが白いカビに覆われ、勝手に動き出したという。
それはまるで生き返ったようだったらしい。動き出した動物たちは塀を壊そうと体当たりを始めた。
このままではまずいと思った店員たちは、火を使って殺すことに成功。動物なら火に弱いと考えた結果らしい。だが暴れだした動物のせいで、炎が塀に燃え移ってしまった。
慌てて消火したものの燃え移って脆くなった塀を破り、生き返った動物の何匹かが外に逃げ出してしまったという。
死んだ動物が勝手に動き出したことに、店員もキノコ業者の男も怖くなった。しかし、フトック氏からの脅迫めいた叱責により、塀を直し、ファンガスの養殖を再開。
そのあとも発生し続けたカビるファンガスは随時、湖に捨てていたという。
動物が逃げ出してから、三週間は経っているそうだ。
そして今日、収穫したファンガスの幼体を小屋に運ぶ途中、あのとき逃げ出したと思われる白いカビの生えたクマゴンに襲われたそうだ。
そのクマゴンから逃げてきたところを僕たちに捕らえられた、というわけだ。
話すべきことを話したキノコ業者の男は、部屋から連れだされていった。
フトック食肉協会が作ったファンガス養殖場にはファンガスが数十匹残っていたが、証拠として残すためそのままにしてある。
ほかの拠点にも麻痺毒の入った釜があり、こちらは証拠として没収済みだ。
これらの拠点にもフトック食肉協会に雇われた連中が数人いたが、こいつらもまとめて穴に放り込み、チョトツに見張らせておいた。
「フトックとやらが犯した罪は、森に許可無く人工物を作り、塀を作るため無断で木を伐採、ファンガスのエサとするための動物の乱獲、動き出した動物の死体を殺すときに指定場所以外で火を使用、ファンガスの母体の不法投棄、あとはアルクくんに殴りかかってきた公務執行妨害か。……その場で刑に処しても構わなかったのだが」
アルティコ伯爵の、「殺ってもよかったのに」的な言い方に、僕は苦笑いを返す。
「僕は調査のため許可証をもらっただけですから。それに森林管理局の管轄外では、詐欺罪、公正取引違反なども適用されるでしょう。あとこれを……」
僕は、フトック食肉協会との契約書を伯爵に見せる。
契約書を見た伯爵は楽しげな顔を浮かべて大声で笑った。
「と、いうわけでしてフトック食肉協会のほうは任せていただきたいのです」
「アルクくんも若いとはいえ、なかなかのやり手だな。契約の際、ヒミカの名前を出したことは気に入らんが、本人が納得しているのであれば、これ以上問うまい。こちらもできうる限り協力しよう」
「ありがとうございます」
僕は伯爵様からの申し出にありがたく礼を言っておく。
「それにしても死んだ動物が動き出す、か」
「それなんですが、死んだ動物についていたカビを使って実験してみました。実験の結果、このカビは非常に厄介な突然変異種と考えられます。もはやカビと言っていいものかどうか」
「厄介な突然変異種と、な」
僕は実験の結果を報告する。
死んだはずの動物が動き出したということで、近くに死んでいたオオカミにカビを移植してみた。すると、三十分ほどでオオカミの全身がカビで覆われたのだ。その後、死んでいたはずのオオカミは、ゆっくりと動き出し、僕たちに襲いかかってきた。もちろんオオカミは討伐し、火と命の水でトドメを刺してある。
「命の水でカビを消し去るか、炎でカビをある程度焼き尽くせば復活はしないようです。また木や草、枯れ木など植物に移植してみましたが、こちらは変化ありませんでした」
「動物の死体を操るカビ……だというのか?」
「そう言っても過言ではないと思います。また、生きているものに影響があるか試してみましたが、こちらは問題ないようです」
「え? いつそんな実験したのですか」
ヒミカさんが不思議そうな顔で言う。
「僕とチョトツにそのカビを移植してみたのですが、カビは増えることなく枯れてしまいました」
「アルクさん! その話、聞いてませんよ!」
「すいません。言うと反対すると思ったので」
「当たり前です!」
怒るヒミカさんをなだめつつ、話を続ける。
もちろん実験のあとは、僕もチョトツも命の水で消毒済みだ。
「ところで伯爵様。お身体の調子はいかがですか」
「ん? 明日にでも森の様子を見に行こうと思っておるぞ」
そう言って力こぶを見せるアルティコ伯爵。数日前に意識不明の重体だったとは到底思えないほどの回復ぶりだ。
「それは何よりですが、できれば止めておかれたほうがよろしいかと」
「なぜじゃ」
「アルクさん。気になることでも?」
アルティコ伯爵夫妻は、トネリコ族という植物系の魔種族だ。
今はほぼ完治したとはいえ、伯爵様はカビに寄生され、カビ毒に侵された。
伯爵様がカビに寄生された原因はハッキリしていないが、白っぽいオオカミを討伐していることから接触によって寄生された可能性が高い。
伯爵夫妻がカビ毒によって弱ったのも、魔種族が関係しているのはほぼ間違いない。セイバスさんが話していた高位魔族の間で流行っている病気も、アルティコ伯爵と同じ植物系魔族の貴族ばかりだった。これも伯爵様と同じカビが原因である。
昨日の森の状況から考えると、またカビに寄生される可能性が高いし、クマゴン以外のカビだらけの動物が出てくるかもしれない。
「……そういうことか」
「ジュロウさんたちシュリーカー族にも注意するよう話してあります。幸いなことに逃げた動物も少なく、シュリーカー族は森の奥深くに住んでいるため、今のところ被害は出てません。もし見かけても手を出さないように、と伝えてあります」
「わかった。明日はおとなしくしておこう。我が一族が管理する森林管理局の職員でも、『問題のない』職員だけ探索に行かせることにする」
一族が管理しているというだけあって、局員は植物系の魔族が多いようだ。これで植物系の局員が森に出て行っては意味がない。被害拡大を防ぐためにもおとなしくしていてもらう。
「父さまのことですから、てっきり森に行くと思ってました」
ヒミカさんはそういうが、普通の貴族は自ら現場に行ってオオカミを殴り倒したりしないし、水路を一人で掘ったりしない。
「明日は休みだと思ってしばらく寝ておるよ」
「はい、たまにはゆっくりしてください。ところでアルクさん。父さまたちの病気が再発するようなことはないのでしょうか」
僕はしばらく森に行かなければ問題ないと答えておく。
「あとは、命の水の治療を続けてもらうことですね」
「むう。文献にもあったが命の水で身体を拭くと本当に寒くてかなわん。だからといって飲んだら飲んだで、口から火が噴き出そうになる」
「我慢してくださいね、父さま」
うんざりと言った顔をしている伯爵に、にっこりと笑うヒミカさん。可愛い愛娘の言うことなら間違いなく治療を続けるはずだ。
それにしても病気を治すのに、強い酒を飲むという前世医学真っ青な治療法である。魔族以外の方は絶対に真似しないように。俺は魔族だと思っている人も真似してはいけない。
最後に伯爵様に伝えることがある。
例の突然変異種のカビだが、生きていたファンガスにカビが付着し、のちに死んでしまったのはファンガスが持つ魔力の少なさに原因があると思っている。
伯爵夫妻が二週間近くカビの増殖を防ぎ、生きておられたのは魔力を豊富に持つ高位魔族だからであろう。寄生されている間、かなり弱ってしまったが、花蜜のおかげで魔力も(年齢までも)戻った。
カビに直接寄生された伯爵夫妻は、カビ毒の影響を受けていたが持ち前の魔力とカビの繁殖が鈍かったおかげで、周囲にカビ毒が撒き散らされることはなかった。毒に弱いヒミカさんに影響がなかったのも、ある意味、伯爵の魔力が強かったおかげだろう。
それに突然変異種のカビが、僕とチョトツに寄生しなかったことから、一般的な魔族や生きている動物には寄生されにくい、もしくは寄生できないのだろうと判断できる。もちろん一概には言えないが間違いないだろう。
また突然変異種のカビは、水の中では増えず、水から出すと増殖し始めるようだ。
水の中では増えないと推測したのは、水路に引っ掛かっていたファンガスの死体を見たからだ。水に浸かっている部分にはカビは一切生えていなかった。
また伯爵家の池に落ちたときに着ていた執事服は、洗って干した次の日には全体がカビだらけになっていた。おそらく一部にカビが残っていたのだろう。服が乾くにつれ、増殖したに違いない。
このときは咄嗟に息を止めたことで、カビ毒に侵されずに済んだようだ。
一通り話し終わると、僕はひとつ提案をする。
「これはあくまで僕の推測です。今の調査だけではなんとも言えません。専門の部署に解析をまかせたほうがいいと思われます」
「わかった。手配はしておこう」
部屋に戻っていたヒトニスさんに、厳重に封をしたカビ入りの小瓶を二つ渡す。このカビは、クマゴンとオオカミの死体に付着していた突然変異種のカビだ。
「今回の件では公私ともに世話になった。私は味を理解することはできないが、アルクくんや花蜜のおかげで食事の大切さは良くわかったつもりだ。毒に弱く味がわかるヒミカのためにも、アルクくん、これからもヒミカを頼むぞ」
「かしこまりました」
「嫁にはやらんが」
「……あ、はい」
伯爵はいつもと変わらなかった。




