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第六十五話 思わぬ援軍

「ア……さん、アル……ん、アルクさん!」


 どうやら名前を呼ばれているらしい。

 ゆっくり目を開けると、木々の隙間からこぼれる太陽の光が見えた。木の葉が揺れる音と川を流れる水の音、僕の頬と後頭部に伝わる温もりとほんのり甘く香る石鹸の香り、自分の感覚が戻ってくることを感じる。


「大丈夫? アルクん」


 声のほうに目を動かすと、僕の目の前にヒミカさんの顔がある。そのヒミカさんの頭にはヨヨさんが乗っていた。


 どうやら僕はヒミカさんに膝枕されているようだ。僕の頬に当てられた彼女の手が冷たくて気持ちがいい。


 ゆっくりと身体を起こそうとするが、どうにも力が入らない。そのままヒミカさんに頭を掴まれて、やや強引に膝の上に引き戻される。


「もう少しおとなしくしててください。まだ完全に抜けきっていないようです」

「えっと、何が起きたんです?」

「どうやら麻痺毒を吸い込んだようじゃな」


 小屋の中から出てきたジュロウさんが答える。


「麻痺毒?」

「うむ。あの小屋の中に麻痺毒液の入った釜があった。釜の中には大量のファンガスの幼体が浸かっておる。アルク殿は小屋にこもっていた麻痺毒のガスを吸い込んだというわけじゃ。変な臭いがしなかったかの」

「あの臭い、麻痺毒だったんですか」

「まあ、ヒミカ殿の解毒魔法が効いたようで何よりだの」

「どれくらい倒れてました? 皆さんは大丈夫なんですか? あの二人組は?」

「倒れていたのは三十分くらい。小屋から離れていればヒミカちゃんもアルクんも大丈夫。私とジュロウさんは近づいても問題なかったし。あと、あの二人はミノムシになってる」


 ヨヨさんの視線の先には、意識を失ったまま木から吊るされた男たちが風に揺れていた。


 それにしてもジュロウさんはともかく、ヨヨさんが毒の影響を受けてないことに驚いた。どうやら毒の影響を受けるのは毒に抵抗力のないヒミカさんと僕だけらしい。


 小屋の中にはファンガスの幼体が浸かっていた麻痺毒液入りの釜以外に、麻痺したファンガスの幼体が入った袋が2つあったそうだ。


 ジュロウさんに袋を持ってきてもらい、それぞれ中身を確認すると、入っていたのは白いキノコと色鮮やかな色彩のキノコ。どれもフトック食肉協会で購入したキノコばかりだ。


 袋に入ったファンガスの幼体は、麻痺毒のせいで動くこともなく、見た目にはキノコなのかファンガスの幼体なのかさっぱりわからない。


「間違いなくファンガスの幼体じゃよ。袋に入れられているファンガスは麻痺毒のせいで身動きどころか叫び声すら出せないよう麻痺させられておる」


 さすがはキノコ大好きシュリーカー族の族長さんだ。見ただけで区別ができるらしい。


 (なるほどね。やっぱりそうか。これでようやく納得いった)


 フトック食肉協会に山と積まれた色鮮やかな色彩のキノコと白いキノコ。小屋の中にはフトック食肉協会の店員と麻痺毒液に浸かった大量のファンガスの幼体、そして川に捨てられていたファンガスの死体。


 しかも以前の実験によりサンプルとしてもらった白いキノコは、ファンガスの幼体だったことがわかっている。契約を結んだときに購入した白いキノコもファンガスの幼体に違いない。


 僕はゆっくりと身体を起こす。軽く身体を動かしてみたが違和感はない。どうやら完全に麻痺毒は抜けたようだ。


「ヒミカさん助かりました。皆さんもご心配かけてすいませんでした」

「アルクんも隊商『妖精の祝祭』の仲間なんだから気をつけてもらわないと」

「すいませんじゃなくて、ありがとうです!」


 少しだけお叱りが混ざった声でヒミカさんに両頬を思いっきり引っ張られた。僕は皆に頭を下げて、「助けてくださって、ありがとうございました」と素直に言い直す。僕の言葉にヒミカさんは、「よろしい」と言って微笑む。


「アルク殿もトネルの娘さんには頭が上がらんのぅ。それにしても毒に弱いと聞いておったが……面白いくらいに弱いのう」


 ジュロウさんは呆れたような面白いそうな顔をしているが、本人としてはあまり面白くない話である。いくら魔法で治るとはいえ、苦しさや痛みはあるのだ。


「普通、麻痺毒のガス程度で呼吸困難にまでならんじゃろ」

「まあ、そこは体質でしょうね」と軽く笑い返す。

「まったくアルクさんは……。ところで、何かわかったような顔をされていましたね」

「何かわかったのなら早く教えなさいよ」


 急かす二人に、さっきまでの心配そうな姿はどこへ行ったのだろうと思いつつ、わかったことを話す。


「結論から言いますと、フトック食肉協会はファンガスの幼体を普通のキノコとして販売してます。白いキノコも色鮮やかな色彩のキノコもファンガスでしょう」

「それって詐欺よね。普通のキノコと比べてファンガスって十倍近く安いんでしょ」

「大儲けできますね。ただ白いキノコ(白いファンガス)を手に入れたのは最近だとフトック氏も言ってました。まだそんなに売れていないはずです。まあ、売ってたものは僕が買い占めてますから、今後騙される人もいないでしょう」

「アルクん、いつの間に買い占めてるのよ」

「隊商の登録をしにいったときですよ。僕はキノコではなくファンガスを買わされた可哀想な被害者なんです」

「絶対ウソね。アルクんのことだから悪巧みに違いないわ」


 ヨヨさんが悪い笑みを浮かべながら断言した。


「今回は否定しません」と僕は同じような笑いを返す。


 疑っていたからこそわざわざ取引の契約書まで書いた。契約書には違反した場合の罰則が書かれている。罰則がある以上、契約の不履行は認められない。だからこそ買い占めをしたあと追加注文を出せば、『仕入れ』をするため何かしらの行動を起こすに違いない。そう思っての追加注文だったのだ。


 ……まあ、店員自らやってるとは思ってもみなかったけど。


「アルクん、いつ頃から怪しいって思ったの」

「怪しいなと思ったのは、実験をしてたときですね。ヒミカさんから鍋を溶かした大神官様の話を聞いたときです。食材業者でも見逃すくらいそっくりなのですから、食事に興味のない普通の魔族が気づくはずもありません。これを悪用する連中がいても不思議ではないと思ったのです。仮に、たまたまファンガスの幼体が紛れ込んでいたとしても、それはそれで『オトシマエ』させるつもりでしたし」


 大神官様は注意だけで済ませたそうだが、僕は注意だけで終わらせるつもりはない。契約不履行は不履行なのだ。情状酌量の余地などない。


「腹黒いアルクんだからこそ相手の考えがわかったのね」

「腹黒いアルクさんだからこそ相手の考えがわかったのですね」


 二人揃ってなんとも失礼な指摘である。

 ジュロウさん、後ろを向いて肩を震わせてますが笑ったりしてませんよね。


「でもなんでこんな詐欺をしようと思ったのかしら」

「たぶん他店舗乗っ取り計画に関係しているのでしょう」


 フトック食肉協会では他店よりもかなり安い価格で干し肉などの食材を売っていた。恐らく安売りした分の損失を偽キノコのファンガスで稼ごうと思ったのだろう。もちろんこれだけでは補填できないだろうから、ほかにも後ろめたいことをやってる可能性もある。


「ファンガスの幼体を麻痺毒に浸け、普通のキノコとして売る。ファンガスを熱湯などに入れれば、普通叫ぶからの。ファンガスだとバレないようにするための麻痺毒か」

「ええ。仮に毒が残っていても一般的な魔族には毒は効きませんからね」


 僕は食べなくてよかったと思いながら、命の水を取り出す。


「せっかくなので実験しましょう。小屋から持ってきてもらった麻痺したファンガスの幼体を使います。これに命の水をかけてみましょう」


 命の水をかけた麻痺したファンガスの幼体は、叫び声を上げることなく溶けるように消えてしまった。念の為、フトック食肉協会で購入したキノコをひとつ取り出し、命の水をかける。こちらも溶けるようにして消えてしまう。


「ヒミカさん。このふたつのファンガスに解毒魔法をかけてもらえますか」


 僕は新しく取り出した麻痺ファンガスとフトック食肉協会で購入したキノコを取り出した。


 ヒミカさんの解毒魔法がファンガスにかけられたが、小屋から持ってきた麻痺ファンガスもフトック食肉協会で購入した自称キノコのファンガスも動く様子はない。僕はそれらを地面に置き、命の水をかける。


 その途端、ファンガスは、「キシャァァァ」という叫び声を上げながらのたうち回り暴れだす。だが次第に動きが鈍くなり、最後には溶けて消えてしまった。


「ジュロウさんの言ってたとおりですね。フトック食肉協会は麻痺毒によって動けなくなったファンガスの幼体をキノコとして売っていたという証明が出来ました。以前行った実験のときもファンガスの幼体が暴れたのは解毒魔法をかけたあとでしたし」


 ここまではフトック食肉協会による詐欺行為の証明だ。

 小屋を建て、麻痺毒を用意したのがフトック食肉協会の手によるものかは、転がっている店員に聞けばいい。


「フトック食肉協会の店員らは、母体となるファンガスを増やし、幼体を収穫していたのでしょう。母体を殺し、幼体だけを集め、用済みとなった母体は湖に捨てる。小屋の裏にある川にも湖から流れてきたと思われるファンガスの死体がありました」

「ファンガスをわざと大量発生させていたと?」

「倒したあと放置しておけば勝手に増えますからね。恐らくどこかに養殖場のような拠点があるのでしょう。ジュロウさん、さっきの二人に『聞いてきて』もらえませんか」

「うむ。わかった。さっそく連中に『聞く』としよう」


 ジュロウさんが笑いながら二人に向かって歩いて行く。

 目が覚めた店員の二人が、ジュロウさんをファンガスだと間違えなければ長生きできるだろう。ジュロウさんの拳は僕でも受け止めきれないほどの威力がある。まともに食らうとかなりまずい。


 ちょっと心配になってきたので念の為、声をかける。


「ついでに小屋を建てたことと麻痺毒のことも聞いておいてください。でも犯罪の証人なので暴力はダメですよ。あくまで聞くだけです」

「う……うむ」


 はたから見れば巨大キノコとしか思えない族長だが、その顔は実に残念そうである。


 少し選んだ相手を間違えた気もするがあとの祭りだ。


 お話しを聞きにいった族長を見送った僕は、アルティコ伯爵が病気にかかった件について話をする。


「幼体はいませんでしたが、実験で見せた蜘蛛の巣のようなもの……幼体になる前のファンガスの菌糸ですが、これは母体に残ったままだったのでしょう。菌糸は湖や川へと広がっていき、伯爵家の池にも流れこんだ。この川沿いにも流れ着いたと思われるファンガスの菌糸がたくさんいましたよ」


 そう言いながら先ほど見つけた魚の死骸に二人を案内した。


 ちょうどそのタイミングで小屋の反対側から目を覚ましたと思われる店員二人の、「ぎゃあ、ファンガスが化けて出たァ!」という叫び声が聞こえた。直後、ドゴッという音とともに一本の木が倒れていくのが見える。


「……あの二人、あとで証人として使えるかしら」とヨヨさん。

「た、たぶん、大丈夫でしょう。さてこの魚の死骸を見てくださいね」

「うわぁ、気持ち悪っ。うじゃうじゃいるわね」


 川辺や魚に寄生した菌糸を見て、ヨヨさんが眉を寄せる。


 命の水を魚の死骸やその周りにかけてやると、かけられたファンガスの菌糸は苦しそうにのたうち、そして消滅していった。残された魚の死骸を触ってみると、少し触っただけで骨までボロボロに崩れてしまった。


「寄生されるとこんなにボロボロになるのね。で、アルくん。今からはファンガス退治ね」

「えっ? やりませんよ」

「なんで? このままじゃファンガスに寄生される魔族が増えるんじゃないの」

「厳密に言えば、僕は退治しません。これはあとから説明します。それに僕の予想では、これ以上、被害は広がらないと思います。病気になるのも魔種族次第のようです。ファンガスが寄生する条件を思い出してください」

「そういえば、アルクさんの持ってた図鑑には、弱った動植物や死体に幼体を寄生させる、と……」

「健康な魔族であれば寄生されることなんてないはずです。それに先ほどの魚の死骸を見てください。ボロボロになったでしょ。たぶんファンガスは掃除屋なんでしょう」

「アルクさん。掃除屋ってなんですか」


 ヒミカさんが不思議そうな顔で尋ねてくる。隣を見ればヨヨさんもわかってなさそうな顔だ。


 掃除屋といっても文字通り、掃除をするわけではない。簡単に言えば、食物連鎖の一環にすぎない。


 例えば、森で死んだ動物などはいずれ腐り、土へと還る。

 ファンガスに寄生された動物の死体は、先ほどの魚のように、より分解されやすい状態になり、通常より早く土に還るようだ。ファンガスが分解ことで、どこまで養分が残っているかわからないが、土壌が早く豊かになり、植物の生育が活発になるのだろう。

 前世では、もともと普通のキノコも森の掃除屋と呼ばれていたし、シデムシという昆虫も死んだ動物を土に埋め、土にかえしやすくしていた。


「この森ではファンガスも森の一部といえるでしょう。先ほど、僕が退治しないと言ったのは殺しすぎてもダメだからです。増えすぎたファンガスを間引きするなら、本職の森林管理局局員やシュリーカー族のような森に詳しい人たちに任せるべきです。生態系を崩すようなものなら別ですけね」

「そんな考え方もあるのねぇ」

「まあ、ファンガスのことはこれくらいにしておきましょう。問題なのは健康だった伯爵夫妻が、なぜファンガスに寄生されるほど弱ってしまったのか。健康を損なうほどのカビ毒がどこにあるのか。今のところ見当もつきません」

「池は関係なかったの?」

「無関係ではないと思いますよ。池に落ちたときに着ていた執事服が洗ったにも関わらず、一夜にしてカビだらけになりました。あれも不自然と言えば不自然です」

「となるとやはり池の水にカビがいるの?」

「でしょうね。ただ、池でカビ毒が発生しているのならば、毒に抵抗力がなく、池に落ちた僕やここ数日家に帰っているヒミカさんに何らかの影響が出てもおかしくないんです。そうなるとほかに原因が……」


 僕が考えこんでると、ドォゴォンという爆音とともに少しだけ地面が揺れた。何事かと周りを警戒していると、小屋の向こうからジュロウさんが顔を出す。


「聞いてきたぞ。小屋も麻痺毒もあいつらが用意したものじゃった。あと他の拠点の場所もわかったからの」


 先ほどの音とプチ地震はジュロウさんが地面を思いっきり踏み込んだせいらしい。のぞきにいったらクレーターのようなものが、二人の定員の真下に広がっていた。二人は白目をむきながら絶賛就寝中である。


「そ、そうですか。ご協力ありがとうございます。これでシュリーカー族の手によって犯罪がひとつ暴かれたことになります。臨時の局員の身ではありますが、森林管理局を代表として心からお礼申し上げます。必ず局長には報告しておきます」

「……なんじゃ、そのためにワシに尋問させたのか」

「これで魔族に登録されても実績として認定されますね。森で起きた犯罪を解決した一族として周りからも一目置かれることでしょう」

「我々シュリーカー族の立場を上げるため……か」

「下位魔族にはシュリーカー族の足元にも及ばない愚かな魔族がいますからね。ときには舐められないように箔をつけることも必要です」

「やれやれ、アルク殿には借りが増えていくのぅ」

「いいんですよ。僕、こういうこと(工作)大好きなんで」

「アルクんの場合、腹黒いだけじゃないの」

「失敬な」


 笑いながらヨヨさんに答えると、みんなの顔にも笑顔が浮かんだ。



 ひとまずフトック食肉協会による違法行為の証人と証拠は確保した。フトック食肉協会が作ったほかの拠点からも証拠を集める必要があるだろう。


 周りを見ると陽も傾き始めている。他の拠点を調べるなら、さっさと片付けておくべきだろう。


 川や水路近くに浮かんでいたカビだらけのファンガスの死体は、命の水をかけてから燃やして処分することにした。


 近づくと何かの病気になりそうだったので、離れた場所から『執事シャワー』で水を操り、死体を引き上げ、『執事食器棚』で土を操作しながら一箇所に集めた。

 水に浸かっていた部分にカビは生えていなかったが、水を吸って膨張していた。思い出しても気分のいいものじゃない。


 死体を処分したことで、水路には勢いよく水が流れ込んでいる。これで伯爵家の池に流れ込む水の量は増えるはずだ。水量さえあれば池の水が腐ることもないはずだ。


 王都に続く水路の掃除は伯爵様にまかせておく。増えすぎたファンガスの件が解決してもしばらくは様子を見続ける必要があるし、おそらく本人がなんとかするだろう。


 周りにいるファンガスの菌糸はとりあえずそのままにしておく。この処遇も本職の局員にまかせておいたほうがいい。



 そろそろほかの拠点を調べに行こうと、ぶら下がっている二人の処遇を考えているときのことだった。


「た、助けてくれぇ」

「うわぁぁぁ」

「く、来るなぁ」


 川の上流から男の悲鳴が聞こえてくる。

 僕たちが川岸に出て上流に目をやると、男三人が川沿いにある小道を必死になって駆けてくるのが見えた。その後ろには男たちを追って、クマのような動物の姿が見える。


 僕は男たちに向かって叫ぶ。


「早く小屋の影へ。あれは僕が引き受けます」


 必死の形相で逃げている男たちは最後の力を振り絞るかのようにしてこちらへと走ってくる。


「なんでここに子供が! お前ら早く逃げろ」

「いや。化物にこいつらを襲わせてその間に逃げるぞ」

「ま、待て。後ろにでかいファンガスがいるぞ!?」


 男たちの勝手な言い草に、思わず手が出た。


 一人目はそのままスルー。

 続いて二番目の男とすれ違いざまに腹に向けて手を伸ばす。その拳は見事にみぞおちに当たってしまった。なんということだ、偶然とはいえ恐ろしい。

 男は僕の左腕に引っ掛かったまま動かない。

 三人目の男は……ジュロウさんに叩き潰され、地面にめり込んでいた。

 言っておくが二人目も三人目も生きている。

 命は大丈夫だ。問題ない。


 目には目を、歯には歯を。生贄になる前に生贄を、だ。

 ……ちょっと違ったかもしれない。


 一人目が口をパクパク動かしているが走ったせいで息が上がっているのだろう。

 左腕に引っ掛かった二人目と地面で寝ている三人目を小屋のほうへと放り投げ、最初に逃げてきた一人目に小屋の中に避難するよう伝える。


 男たちを追いかけてきた動物は、獲物を横取りした僕たちから二十メートルほど手前で足を止め、こちらをうかがっている。


 目の前にいる動物の姿の見た目はクマだ。しかし体は白いカビのようなもので覆われている。


 目の焦点は合っておらず、口からは血が混ざったようなよだれを垂らしている。よく見ればところどころに深い傷があり、皮膚がただれているのがわかる。あの状態でよくもまぁ動けるものだ。


「ジュロウさん、アレ何かわかります?」

「いや。見た目はクマゴンじゃが……」


 (クマはクマゴンと呼ぶらしい)


「カビの塊なんで、カビクマゴンと名付けましょう」

「まあ、見たままじゃな」


 川の近くということもあり。ここは火を使ってもいい区域である。

 僕は命の水の入った壺を取り出すと、『執事シャワー』と『執事そよ風』を組み合わせた火炎放射器で、目の前のカビクマゴンに火を放つ。


 伯爵様の池でも活躍したその威力は、一気に目の前のカビクマゴンを火だるまにした。


 熱さに苦しんでいるのか、その場で転げ回るカビクマゴンだが、動きを止めることはなかった。それどころか火だるまのまま僕の方へと突進してくるではないか。


 慌てて火炎放射器を止め、『執事食器棚』で壁を作り出すが跳躍によって避けられてしまった。チョトツと違ってある程度、対応できる頭はあるようだ。僕は『執事ボックス』から短剣ソウルイーターを取り出して構える。


 短剣を構える僕を見て、「無茶です!」というヒミカさんの声が聞こえたが、他に武器はない。素手でも戦えるが、火だるまのカビクマゴンなんて触れたくない。


 火だるまになったカビクマゴンが十メートルほどの距離まで近寄って来たときのことだ。


 僕の右手にある小屋の向こう側から、勢いよくドスドスと何かが駆けてくる音が聞こえてきた。その音はかなりの速さでこちらへと近づいている。


 チラリと目だけ向けるも、小屋が邪魔していて音の正体を確認することができなかった。


 目の前には火だるまのカビクマゴンがせまっているため、これ以上、目を向けている余裕はないようだ。


「アルク殿。前を見よ! あの音は無視じゃ」

「アルクん! クマゴンが来るわよ」


 ジュロウさんとヨヨさんの声が響く。何かが近づいていることはわかっているようだが、二人とも小屋が邪魔して見ることができないようだ。


 クマゴンまで残り五メートル。

 持っている短剣ソウルイーターにも力が入る。


 と、そのとき!

 僕の右手側、小屋のある方角から、押し出されたような空気の塊が僕の髪を揺らす。それと同時に大きな茶色の塊が疾風のごとく飛び出してきた。


 その茶色の塊は、目の前にいた火だるまのカビクマゴンを、鈍い音とともに吹き飛ばした。

 吹き飛ばされたカビクマゴンは、断末魔の声を上げながら勢いよく川の方へと飛んでいく。そのまま川辺にある水たまりに落ち、派手な水しぶきを上げた。カビクマゴンが起き上がる気配はない。


「「「「えっ?」」」」


 いきなりの出来事に僕たちが呆気にとられていると、「ブフォー、ブフォー」という荒い鼻息が聞こえてくる。


 僕たちが前を見ると……そこにいたのはチョトツだった。

 体長五メートルほどのチョトツの横腹が目の前に見える。


 息を整えているためか、その巨大な体が上下に激しく揺れている。僕はヒミカさんたちに下がるように言ってから、警戒しつつチョトツに向かって構える。

 まだ、「ブフ、ブフ」と息が荒いがだいぶ落ち着いてきているようだ。


 このチョトツを見てひとつ気がついたことがある。

 それは、このチョトツには牙がない、ということだ。


 するとチョトツの荒い息がピタリと止まる。チョトツの視線を感じた僕はチョトツに目を合わせる。


 僕はそのチョトツが笑ったような気がした。



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