第六十三話 招致
ジュロウさんにミストファング侯爵領で農業指導してもらえないか、と提案した。そしてこれは僕からのお願いでもある。
「それはどういうことかの?」
――アルティコ伯爵のお見舞いも終わり、侯爵様と別れる前の話だ。
お嬢様のためにも毒のない食材を育てる人員にシュリーカー族を雇ってはどうか、と侯爵様に申し出た。
シュリーカー族は毒のない食材をいくつか育てている。さらに農業にも詳しく力も強いため畑の管理や力仕事も安心して任せられる。魔物扱いだったとはいえ味覚もあり、アルティコ伯爵の尽力により魔族として認可される日も近く、早いうちに優秀な種族を領内に囲っておくべき、と。
また他にも紹介した人物がいることも報告しておく。
「お嬢様もシュリーのことを気に入っているようですし、森に詳しいシュリーカー族は侯爵領にとっても王都にとっても多くの利益をもたらすでしょう」
「なるほど。確かに我が領地の西側には『モフォグ大森林』がある。森に詳しい種族がいれば助かるな。毒のない食材の栽培に詳しく、知能も高く、力もあり、性格も大人しい、と」
僕の申し出を噛みしめるように声に出した侯爵様はすぐに決断された。
「よし、わかった。シュリーカー族のことは一任しよう。最終的には面接するが、ほかにも領地に迎えるにふさわしい者がいればアルクの判断で連れてくるがいい。ティリアのことも信用に値する人物であれば話してもかまわない。今のアルクなら任せても大丈夫だろう。ただし無理強いはするな。アルティコの爺さん……今はおっさんか? まあ、あの人とは揉めたくないからな。それさえ守れば許可しよう」
「はい。ありがとうございます。お任せいただいた以上、必ずやお嬢様のお役に立てる者をご紹介いたします」
「では、アルクも気をつけてな」
こうして侯爵様にシュリーカー族を招致する許可をいただくことができた。
もちろんアルティコ伯爵にも話を通してある。
シュリーカー族のため、奔走していた伯爵に話を通すのは当然であると考えたからだ。
シュリーカー族をミストファング領に招きたい、と伯爵様に相談すると、あっさり許可していただいた。ただし、侯爵領へ招致するのは自ら望むシュリーカー族のみとし、無理強いは禁止だ。もちろん僕としても無理強いさせるつもりはない。
どうやら、伯爵はこちらの事情をご存知のようだ。というのも侯爵様自ら、鋭敏な味覚を持つお嬢様や毒に弱い僕のことを話しておいてくださったらしい。
アルティコ伯爵は、僕が伯爵の娘ヒミカさんと同じ、毒に弱い魔族であることに大変驚いたそうだ。
許可をいただけたのは、娘と同じ境遇への同情心なのだろうか。それとも命の水を発見し、伯爵夫妻の病気の治療をしたおかげだろうか。結果として許可いただければどちらでもいいことではあるが少し気になった。
シュリーの母親の治療をするためヒミカさんの力をお借りする許可も一応もらっておく。ヒミカさん本人は、両親の許可は必要ないと言っていたが、違うのだ。今回は僕個人のお願いではない。『ミストファング侯爵家が、シュリーの母親の治療をアルティコ伯爵令嬢のヒミカさんにお願いした』という実績が必要なのだ。
退出時には、アルティコ伯爵から例の、「嫁にはやらん」という言葉とヒミカさんを連れ出す許可をいただいた。それに加え、「ヒミカを悲しませることも許さん」とも付け加えられる。
どうやら伯爵様は、僕の思惑に気がついているようだ。部屋から出る前に深く一礼をして、「もちろんでございます」と答えておいた。
その後、花が咲き乱れる伯爵家の庭で待っていたヒミカさんとヨヨさんに合流し、シュリーカーの村に行くため王都を出た。
――そして今に至る。
ジュロウさんに、鋭敏な味覚を持つお嬢様のことを話す。もちろん僕が毒に弱いことも包み隠さず話した。そして毒のない食材を必要とする僕たちを助けて欲しい、とお願いした。
今回、ヒミカさんを連れてシュリーの母親を治療したのは、毒のない食材が作れるシュリーカー族をミストファング領に勧誘するという思惑があった。
ジュロウさんとしても、キバの悪魔を退治した僕やシュリーの母親を『助けた』ヒミカさんを無下にはできないはずだ。更にヒミカさんを紹介したのは、シュリーカー族を招致したいと願うミストファング侯爵に仕える僕である。ミストファング侯爵あっての紹介だとさりげなく強調しておくことも忘れない。
アルティコ伯爵には無理強い禁止と言われているが、招致しやすいよう手を回すのは禁止されていない。打算的、事前工作と言われればそうかもしれないが、これも全てお嬢様のためである。こちらが教えなくても毒のない食材を作れるシュリーカー族の力はぜひとも欲しい。
湖でシュリーと出会ったことやそのシュリーとお嬢様が仲良くなったことはさすがに偶然であった。だが結果として勧誘しやすい状況になっている。侯爵令嬢であるティリアお嬢様に妹と呼ばれるほどの仲であれば、侯爵様の覚えも良くなる。覚えが良くなればシュリーカー族に対する多少の便宜は約束されることだろう。これはシュリーカー族にとっても悪いことではない。
それにこの森から遠く離れた侯爵領に行くことは安全という意味でもメリットのはずだ。
シュリーカー族を招致することは、ヒミカさんに話していない。
『たまたま』利用するような形になってしまっているが、偶然の出来事である。言葉に出して言うと、「ぐ、ぐ、偶然の、で、出来事」である。それにヒミカさんにはシュリーの母親を治した治療のお礼として、食材及びキノコを使った料理のレシピをすでに渡してあるし、『たまたま』偶然が重なったとしても文句はないはずだ、たぶん。バレなければ大丈夫、のはずである、きっと。
侯爵様にはアルティコ伯爵と揉めないよう釘を刺されているため、細心の注意が必要だ。僕の思惑にすでに気がついている様子の伯爵様にも、「ヒミカを悲しませることも許さん」と言われたばかりだ。もし伯爵を怒らせたら、すり潰されて森の養分になること間違いなしだ。
仮に、万が一、なんとなく、何かの拍子に利用されたとヒミカさんが思ってしまったのなら、そこは素直に謝るつもりだ。『たまたま』利用したような形になってしまったが、不快に思ったのなら謝るべきである。「ぐ、ぐ、偶然とはいえ、す、すいません」くらいは、目を合わさなければ言えるはずだ。
許してくれなかったら許してくれるまで謝る。とにかく謝る。ひたすら謝る。誠心誠意謝る。『たまたま』だとはいえ謝る。
商業ギルドのギルド長に『災厄の議論』と言わしめた、僕たちの『お話し合い』の最中にも感じたことだが、彼女は頭が切れる。たった数日の出会いとはいえ、親しくなれば親しくなるほど下手な言い訳は彼女には通用しないことはわかっている。
機嫌を損なったときに彼女の背後に現れるドス黒い謎のオーラは、僕の執事力を持ってしてもおもてなしできそうにない。
ふと視線を感じ、隣を見るとヒミカさんと目が合った。にっこりと笑った彼女は僕の耳元に口を寄せて小声でこう言った。
「……(アルクさん。お菓子のレシピ3つと美味しい食材で手を打ちますわね。でも次からは事前に相談をしてください。ミストファング侯爵様の土地で採れたシュリーカーさんたちの美味しい食材、楽しみにしてます)……」
(うん、バレてる)
……さすがはヒミカさん。利用されたことにしっかり気がついていた。思ったよりもお怒りではなかったことに、ほっと胸を撫で下ろす。
それにしても対価として要求してきたのが甘味と食材とは、だんだんヨヨさんに似てきたのではないだろうか。
(ひょぶっ)
そんなことを思っていたらヒミカさんに脇腹を思いっきりつねられた。何かと飛び蹴りを放ってくるヨヨさんそっくりだと感じたのは間違いではなかったようだ。痛みをこらえながら、軽くうなずいて了承しておく。
「ジュロウ様。私もアルクさんと同様、毒に弱く、味を理解し始めた魔族の一人です。どうかお力添えくださいませんか」
ありがたいことに、ここでまさかのヒミカさんによる援護射撃である。ますますヒミカさんに頭が上がらない。お嬢様や侯爵家のため、利用できるものはなんでも利用するつもりだったが、これからはヒミカさんを不用意に利用しないよう心と脇腹に刻む。……いや、すでに脇腹には爪の跡が刻まれているか。
「アルク殿だけでなくヒミカ殿も毒に弱いと。……それにアルク殿以外に侯爵殿のお嬢さんとヒミカ殿も味がわかるのか。う~む。面白い魔族が集まっておるのう。こちらとしても助けるのは構わんし、我々の作った食材の提供も喜んでしよう。だが――」
「だが?」
「新しい村や畑を作るにも何かと必要になる。人手は我々で十分だが、土地があっても住む家がないとのぅ。それに先立つものがない」
さすが村を預かっているだけあってジュロウさんはしっかりしている。それに一部の魔族とは取引をしていると言ってたし、交渉能力も高そうだ。まあ、毒のない食材を得るための活動資金を侯爵様から預かっているし、こちらとしても全面援助する予定だ。
僕は住む土地と畑、それに家や畑で必要となる資材や道具などの提供を申し出る。ただし、木材の一部は自己調達してもらう予定だ。木は侯爵領にたくさんあるのでそこから伐採してもらう。
家の建築はシュリーカー族主導で行ってもらうようお願いした。種族によって住む家が異なるからだ。木材の加工や建築に関しては、僕もお手伝いをすることを約束しておく。シュリーカー族の家には壁がないため、資材もそれほど多くならないだろう。
もちろん収穫した食材や労働に対する対価を支払うことで合意する。
「そういえば、シュリーカー族の家ってなぜ壁がないんですか」
「それは秘密じゃ。シュリーカー族の悲願のためとだけ言っておこう」
シュリーカー族の悲願とまで言われてしまうと余計に知りたいが、非常に聞きづらい。それにしても妖精といい、シュリーカーといい、秘密を持つ種族が多い世界である。そういえば僕たち高位魔族も自分の種族を秘密にしていたか。他種族のことを言える立場ではなかったと反省する。
「トネルに聞いたのだが、納税の義務はどうなるのかの」
魔族になれば住んでいる領主への税金を治める必要がある。税金に関しては僕には権限がないため面接時に直接、侯爵様に交渉してもらうことで納得してもらった。こちらから誘っているため、しばらくは税免除という形に落ち着くだろう。
「ふむ。税は別にしても、土地や資材提供は魅力ある話じゃな。家はこちらで作ることも承知しよう。ただ、この森に残りたいと思っている者もいるだろうから一度皆と相談してからでもいいかの?」
「ええ。もちろんです。ぜひ前向きにご検討ください。魔族に登録されるまで二、三日はかかるでしょう。村の警備に森林管理局の局員が向かっていますので、その間の安全の確保はできるはずです。一週間ほどしたら我々は侯爵領に戻りますが、侯爵領に着き次第、返事を聞きに戻ってきます」
「うむ。それまでに決めておくことにしよう。……ところでヨヨ殿は大丈夫かね」
「まあ、楽しんでいるようですし、大丈夫かと」
「……アルクさん、楽しんでいるのはシュリーカー族の子供さんだけのようですが」
僕たちは族長の家の庭先に目をやる。
そこにはシュリーカー族の子供に追いかけられているヨヨさんの姿があった。
族長の家に着いたとき、シュリーカー族の目を引いたのは妖精族のヨヨさんだった。特に村から出ることのない子どもたちは、物珍しさと自分よりも小さい妖精に惹かれたのだろう。どこから聞きつけたのか族長の家にシュリーカーの子供が集まりだしたのだ。
一躍注目の的になったヨヨさんだが、彼女はキノコのことを椅子や船と呼ぶ妖精族である。キノコを弄ぶ種族と言ってもいい。そんな彼女がやったのはシュリーカー族の子供の頭と頭の間を、八艘飛びのごとく、ぴょんぴょんと飛び移っていったのだ。
もともと体重の軽い妖精族に、「ちょん」と乗られたところで、もともと体が丈夫なシュリーカー族に影響はない。だがそれがシュリーカーの子供たちの琴線に触れたようで、ヨヨさんが頭に飛び乗るたびに、乗られた子供たちが、「きゅ♪」、「きゅ♪」と嬉しそうに鳴き出した。
ヨヨさんもそこで止めておけばいいものを、調子に乗って、ぴょんぴょん飛び回り続けた。いつのまにかシュリーカー族の子供たちが輪をかくように並び、ヨヨさんがシュリーカーの子供の頭を次々と飛び移るという不思議な遊びが始まった。もちろん頭に乗られたシュリーカーの子供たちは、ヨヨさんが頭に着地するたびに、「きゅ♪ きゅ♪」と嬉しそうに鳴いている。今回わかったのは、子供によって音階が違うということだ。
前世にあった音ゲーのようにも見えるが、正直何が面白いのかわからない。
そのうちヨヨさんも疲れたのだろう。「はい、おしまーい」と終わりを宣言したのだが、シュリーカーの子供からは、「もっとー、もっとー」というエンドレスおねだりがはじまった。
何度か、もっともっとコールに付き合ったヨヨさんだが、今は追いかける子供たちから、「もうおわりなのっ!」と叫びつつ、ぐるぐると円を描くように逃げている。
追いかけている子供たちは、『追いかけっこ』に変わったと判断したようで大喜びしている。
「ああ、これがフェアリーリングか」
「違うわーーー!」
突然、頭の上に降ってきた衝撃に目をやると、息を切らしたヨヨさんが飛び蹴りの体勢のまま頭上に浮かんでいた。どうやら姿を消して子供たちを撒いてきたようだ。庭にいたシュリーカーの子供たちは突然消えたヨヨさんを探していたが、しばらくすると、「きゅー♪、きゅー♪」言いながら散り散りに去っていった。……たぶん『かくれんぼ』だと思っているぞ、あの子たちは。
「ヨヨ殿。子供たちと遊んでいただき感謝しますぞ」
「いーえー。こちらこそ楽しかったわ。子供の体力を見誤っていたけど」
ジュロウさんたち大人のシュリーカー族は、ヨヨさんを見ても特別な反応を示さなかった。どうやらここより更に奥深い森の中で、たまに姿を見ることがあったそうだ。もともとひっそりと暮らすシュリーカーとしても害がなければ積極的に関わろうとしなかった。そのため族長のジュロウさんでさえ話したのは初めてだと言っていた。
「へー、妖精っていう種族なんだ。それが何か?」というのがシュリーカーの認識だ。妖精が伝説の種族と言われていることも知らないようである。まあ、一部の紳士淑女ですら絵姿でしか妖精の姿を見たことがないので、反応としてはこんなものだろう。
森に来ていた妖精のことをヨヨさんに問うと、「たまにこっちの世界に来てるって言ったじゃない」と片目をつぶる。
(そういえばこっちに来てもひきこもっていたと言ってたな)
「何をしにこちらの世界に来ていたんですか」
「それは秘密」
そういって笑いながら口に人差し指を当てるヨヨさんだった。
相変わらず秘密の多い妖精族である。
それはそうと、ヨヨさんはフェアリーリングという言葉を知っているようだ。
フェアリーリングは前世でも見られた、キノコが地面に輪を描くように生える現象のこと。
てっきりキノコを弄ぶ妖精のお遊戯のことだと思っていたが、どうやら違うらしい。せっかくなので妖精本人にどういう意味か聞いてみたが、なんとも現実的な話だった。
ヨヨさんによると、フェアリーリングとは妖精界で開かれる砂糖の品評会会場のこと、だそうだ。たまに妖精界以外の場所で開かれることもあると言っていた。
円の中に各生産者が作った砂糖を並べ、試食をして品質の良し悪しを決め、最優秀賞を選ぶ。最優秀賞に選ばれた砂糖の生産者が女王の御用達として認定され、取引されるそうだ。まるで利き酒ならぬ利き砂糖である。「キノコの意味は?」と聞くと、「だから椅子だって前に言ったでしょ」という答えが返ってきた。円状に生えるキノコは品評会に出席する審査員のための椅子らしい。
妖精の言うフェアリーリングとは夢も希望もないビジネス上の言葉だった。
「で、これからどうするの?」
ヒミカさんの頭の上で休憩している妖精商人がこれからの予定を聞いてくる。そのうち葉っぱでできたスケジュール帳を取り出す日も近い。
「例の小屋を調べに行こうと思ってます」
「それは楽しそうね」
「父さまたちが病気にかかった件と関係があるのでしょうか」
「それはまだわかりませんが……」
ここで一息ついてから二人に話しかける。
「できればお二人には王都に戻っていただきたいと思っています」
「「えーーっ」」
「えーーっ、じゃありません。二人に何かあったらどうするんです」
「アルクさん。こういうとき助けあってこそ仲間じゃないですか」
「仲間であっても危険な場所に飛び込む必要はありませんよ」
「大丈夫です。自分の身は自分で守れます」
「そうそう。今更よ。私は隠れているから大丈夫」
二人ともついてくる気満々である。
(困ったなぁ)
悩んでいるところに今度はジュロウさんから声がかかる。
「だったら、わしもいくぞ。そのほうが安心じゃろう」
「それはありがたいのですが、畑は大丈夫なんですか。それに族長がいないときを狙って悪魔が村を襲ったらどうするんです」
「畑は問題ない。まあ使い魔にやらせるような姑息な悪魔だ。今更、直接攻めてくることもなかろう。トネルの部下が警護に来るまで、村の衆には地下に避難するよう命じておく」
そう言ってジュロウさんは豪快に笑った。
悪魔はすでに一度失敗しており、こちらも十分警戒している。そこに手を出すほど愚かではない、という判断なのだろう。
「ジュロウさんの判断にお任せします」
そう答えると突然、僕の隣にインプが姿を現した。
「アルク様。もしよろしければ私がここに残り、何かあったときにはアルク様に念話で知らせるというのはいかがでしょう」
「それはいい提案だね、じゃあ見張りはまかせるよ」
「承知しました。つきましては見張りの間、シュリーカー族の皆さんには『挿し木・接ぎ木』の技術をお教えしたいと思いますがよろしいでしょうか」
「挿し木ねぇ。そういえばインプって挿し木用の枝とか接ぎ木で育った木のことを言うんだっけ?」
「さすがはアルク様。見させていただいた『バナナ』、『アボカド』、『桃』、『いちじく』、『ぶどう』、『パイナップル』などに活用できます」
敬々しい態度のインプと話す僕にジュロウさんが尋ねてくる。
「アルク殿。挿し木とはなんじゃ」
挿し木とは農業技法のひとつだ。植物の繁殖効率化や育成期間の短縮などが見込める。病気や害虫からの予防や収穫量向上にも役に立つ技法だ。まあメリットばかりではないが。
「なんと。普段森で採っていた果物などもある程度自ら育てることができるのか」
「左様でございます。私めの罪を許し、命をつなげてくださった寛大なる族長様。アルク様が提案された侯爵領への招致の件で、侯爵領にお越しいただいた際にはすぐに実践できるよう、前もって基礎的な内容だけでもお話させていただきたく思います」
なんとも悪魔らしい誘い方だ。
基礎的な話以上に詳しい話を聞きたいのなら侯爵領に来いと言っているのと同じではないか。侯爵領に『お越し』にならなければ基礎だけで農業指導は終わりとなる。誤解がないよう言っておくがコレに関しては僕が仕向けたわけじゃない。
「それはアルク殿の提案を飲み、侯爵領に来なければ基礎以上のことは教えないということかの」
まあ普通そう思いますよねー。
「とんでもございません。これはせめてものお詫びでございます。アルク様が戻られるまでの僅かな時間だけでは、挿し木・接ぎ木の全てをお伝えするにはとてもとても」
ジュロウさんとインプはお互いの顔を見合わせながら、にやりと笑う。再度誤解がないよう言っておくが僕がインプに言わせているのではない。だからヨヨさんとヒミカさん、そんな目で僕を見ないように。僕はやっていない。
「侯爵領の件。ますます前向きに検討せねばならぬのぅ」
「お詫びを含め、全身全霊を持ってご指導ができる日を心よりお待ちしております」
「待ってるのは侯爵領で、かの?」
「シュリーカー族皆様の村で、でございます」
なんだろうねぇ。この族長と悪魔。
シュリーカー族は農業が得意と言っていたけど、農業好きの間違いではないだろうか。ジュロウさんは新しい農業技術に目を輝かせているし、インプはインプでこちらに有利になるよう話を進めている。
なんとも優秀な使い魔である。だが周りをよく見てもらいたい。特にヨヨさんとヒミカさんの目を見るがいい。君のお詫びとやらは、僕の信用を切り崩している。
「アルク殿は面白い使い魔を手に入れられたのう」
「ご無礼をお詫びします」
「いやいや。下っ端悪魔は命令されないと動かないと聞いてたが、これは自発的な提案じゃろう。くっくっく。アルク殿はやはり面白いのう」
そのインプは僕に一礼してから、ジュロウさんが呼んだ村人数人とともに村の広場へと向かっていった。
インプと村人を見送ったあと、楽しそうなジュロウさんと冷たい目で僕を見るヨヨさんとヒミカさんを連れ、僕たちは目的である森の小屋へと向かうことにした。
小屋までは森の中を通るということだったので、執事服から森で動きやすい普段着に着替えておく。こういうときに森林用執事服があるといいのに、と思う今日このごろである。もっともそんなつぶやきをヨヨさんに聞かれ、「それは執事服とは言わない」と突っ込まれた。
確かに緑や茶色の執事服なんて見たことがない。いっそのこと迷彩柄の執事服があっても面白いかもしれないと思いつつ、僕たちは村から森へと向かった。




