第六十二話 優しい世界と厳しい現実
「――ということがございまして」
アルティコ伯爵の部屋には、ティリアお嬢様をはじめ、ミストファング侯爵御夫妻、ヒミカさんらアルティコ伯爵御一家、侯爵家の執事セイバスさん、伯爵家の執事ヒトニスさん、そして、妖精のヨヨさん、シュリーカー族のシュリーが一堂に会している。
僕たちはアルティコ伯爵家に戻り、森で起きた出来事について皆に報告し終わったところだ。
もちろん報告した内容は悪魔の行動について、だ。
悪魔がシュリーカー族の畑を襲ったという報告を聞いたアルティコ伯爵は、緊急性が高いとみたのか執事のヒトニスさんをベッドの脇に呼ぶ。伯爵は、村の警護と森の巡回強化に加え、森の中で不審なことが起きていないか調査するよう森林管理局に連絡するよう指示。最後にヒトニスさんに耳打ちして、頼んだぞ、と声をかけていた。
的確な指示を矢継ぎ早に出していることから、現場復帰も近いだろう。伯爵の指示を受けたヒトニスさんは一礼すると部屋から出て行った。若干顔が引きつり気味なのはどうしたのだろうか。
森に建てられていた小屋だが、無許可で建造物を立てることは法で禁止されているため森林管理局の案件になる。しかし少し気になることがあったため、僕とシュリーカー族に一任してもらうようお願いし、了承されている。これもいただいた強権付き森林立ち入り許可のおかげだろう。
このあと僕は調査の続きを行うため、シュリーカー族の村に戻る予定だ。
一通り報告が終わったあとで、アルティコ伯爵がシュリーを愛おしそうに見ながら尋ねてくる。
「で、その子がジュロウの孫かね」
「はい、左様でございます。ジュロウ氏は畑の手直しで来れないそうですが、シュリーさんは一度王都に来てみたかったそうです」
「それにしてもアルクくん。よくシュリーカー族に会えたな。いつもは森の奥深くにある村でひっそりと暮らしておって滅多に会うことはないはずだが」
「たまたま縁もあったのでしょう。伯爵様がなぜ病気にかかったのか、その原因を調査しに湖の周りを調べているときのことです。薬草を取りに来ていたシュリーと偶然出会いました。最初はファンガスかと思いましたが、どうも違うなと。その後いろいろありまして村に招待されたのです」
「そうか、そうか。ところで前も言ったがそんなに固くならずヒミカの友人として話してくれればよい」
「……はい、ありがとうございます」
アルティコ伯爵夫妻は、ジュロウさんの孫のシュリーが来たことに嬉しそうな顔で喜んでいる。同様に、ヨヨさんとヒミカさんもシュリーの可愛らしさに目を輝かせていた。
今でこそ落ち着いているが、シュリーを連れてきたときは大変だった。
シュリーの姿を見た途端、ミストファング侯爵御夫妻とセイバスさんは驚いていた。それは小さい頃(今でも小さく可愛らしいが)のティリアお嬢様にそっくりな姿だったからだ。何度もお嬢様とシュリーを見比べておられたのが印象的だった。
しかし、シュリーに対し一番大きな反応を見せたのはティリアお嬢様だ。
シュリーの姿を見た瞬間、「アルクんが、いもうとをつれてきたのっ!」と抱きついたのだ。急に抱きつかれたシュリーも最初は驚いていたが、ティリアお嬢様が自分のことを、「てぃりあは、おねえちゃんなの」と言い出してから、「……きゅ~、ねえさま?」と恥ずかしそうに答えていた。
そんな二人が今どうしているかというと――。
僕は二人がいる場所へと目を向ける。
するとそこは優しい世界が広がっていた。
そこにあるのは大きな一人掛けのソファーだ。そのソファーにお嬢様とシュリーの二人が並んで座っている。
お嬢様は隣にいるシュリーに顔を寄せ、自分と同じ赤い髪のシュリーのおかっぱ頭を愛おしそうに撫でている。頭を撫でられているシュリーはくすぐったそうな顔をしているがすごく嬉しそうだ。更にそのソファーの後ろに立っているヒミカさんが、「私にも妹ができたみたいです」とお嬢様とシュリーの頭を優しくなでていた。
これを優しい世界と言わずしてなんと言おう。
ここにティリアお嬢様専属侍女のイーラさんがいたらクネクネどころでは済まなかったはずだ。グネグネくらいはしていただろう。いや、グネングネンかもしれない。
それに今日のティリアお嬢様は、バラのような赤い髪に軽くウェーブをかけ、お気に入りの白のドレス姿だった。かたやシュリーは赤い髪のおかっぱ頭に白のワンピース姿だ。お揃いの服といってもいいくらいだ。年齢的にも半年ほどの差しかない。
「でも~、シュリーちゃんは本当にティリアちゃんにそっくりね~」
「三人並ぶと姉妹みたいだわ」
エリス侯爵夫人とアルティコ伯爵夫人のセセリ様は、子供たち三人の仲睦まじい様子を眺めている。貴族の中には自分の子供が庶民の子供と仲良くすることを好ましく思わない者もいるが、侯爵家や伯爵家の方々はそうではない。まあ、孤児だった僕やヒミカさんを育ててくれたことからもわかるだろう。
そこに気の抜けた声が聞こえてくる。
「ティリアちゃんのふわっとヘアーもいいけど、ヒミカちゃんのつやっつやヘアーもたまらないわぁ」
その声の持ち主はヨヨさんだ。
そんなヨヨさんは、絵に描くのも文字に起こすのもためらうようなだらしない顔をしながらヒミカさんの頭の上で寝転んでいる。
優しい世界も妖精のセリフで台無しである。
これ以上は本人の名誉のためにも見なかったことにしよう。
シュリーのことは魔族に近い魔物と説明したが、皆、忌避感はないようだ。
これもシュリーカー族をよく知るアルティコ伯爵のおかげだろう。
というのも、伯爵はシュリーカー族を魔族として認定するよう各部署に働きかけていたらしい。ジュロウさんたちシュリーカー族とも話がついているそうで、あとは最終認可が下りるのを待つだけだと言っていた。伯爵によると魔族として新しく認定される魔種族は年に数種族あるのだそうだ。
魔族認定とは、原住民をその国の国民として認め、登録するようなものだろう。
他種族に比べ大国である魔王国とは言え、まだまだ足を踏み入れたことのない場所も多い。そういった未踏の地で発見される魔種族もいる。もちろん一部の魔族と取引しているシュリーカー族のように、知る人ぞ知る魔種族も数多く存在しているはずだ。しかしそれはどんな種族でも魔族として認められるわけではないらしい。
そしてこの魔種族認定は一般に知らされることなく秘密裏に行われる。
魔種族は魔力によって高位、中位、下位とランク分けられ、それぞれに氏族名がある。
知能が高く、標準語と独自言語を話し、純魔族のような姿になれるシュリーカー族だが、魔力が低いためランクは低位魔族の位置づけとなる。認可されれば、魔種族はアルティコ伯爵と同じ『植物系魔族』、ランクは『下位魔族』、氏族は『シュリーカー族』ということになる。
下位魔族でも、「ブラァァァ」とか、「キェェシャァ」とか、雄叫びを上げることしかできない連中に比べたら、中位魔族でも良い気がするが魔力基準の魔族としては無難なランク分けだ。
今後、魔族として成長し魔力が増えれば中位魔族、高位魔族になることもあるかもしれない。
先ほど伯爵がヒトニスさんに耳打ちしていたのは、この件だったらしい。シュリーカー族が悪魔の被害にあったということで、急ぎ認可するよう伝言を頼んだそうだ。
伯爵が『誰に』急ぎ認可するよう求めたのかは、あえて聞かないでおこう。
「今は最終認可待ちになっておるはず。魔王さまを急かせばすぐ認可してくださるだろう。それでも二、三日はかかるだろうが」
……言っちゃったよ。
というか魔王様を急かさないで欲しい。そしてそれを自分の執事に押し付けないでください。
(ヒトニスさんの顔、引きつっていたもんなぁ)
矢面に立たされるヒトニスさんの苦労に手を合わせつつ、気になったことをアルティコ伯爵に聞く。
「それにしてもなぜ急ぐ必要があるんです? 認可は時間の問題ですよね」
「そのとおりだ。しかし魔族にしておかねばシュリーカー族を守れない」
「しかし、法には森で住む魔種族を守るためと――」
「だからこそだ。今のシュリーカー族は魔種族ではない」
そうか。確かにそうだ。
標準語と独自言語を話す知性を持ち、高位魔族のような姿になれても扱いは魔物なのだ。
だからといって法が適用されれば命を守れるかというとそうでもなかったりする。あくまでも抑止力にすぎない。そこまで魔族の法は平等ではないし、整備されていないのだ。
力こそ全てという考えが魔族の根幹にある。でなければ魔力の強さで高位、中位、下位とランク付けされなかっただろう。
「ジュロウたちと初めて会ったとき、ファンガスと間違えたことがあってな。ファンガスと一緒にされて激怒したジュロウと殴り合いをするはめになった。それ以来、シュリーカー族が魔族として認められるよう手を尽くしておる」
「引き分けだったそうですね。ジュロウさんから聞いてます」
伯爵は、苦笑しながら話を続ける。
「まあ、魔種族として認可されるまで調査や適正検査などで時間もかかるし、シュリーカー族のなかにも魔王国の庇護下に入ることを望まない者もいる。その者らを説得する時間も必要だった。そこで認可されるまでの繋ぎとして間伐の許可証を出したのだ。これは、いざというとき森林管理局の管理下にあることを示すためでもあった」
「いざというときですか?」
「そうだ。シュリーカー族を魔物として殺し、金品を強奪する愚か者が現れる可能性があった。だからこそ魔種族の認定は秘密裏に行われている。認定される前に襲おうとするものが出るかもしれんからな」
「それで表沙汰にならないんですね」
「うむ。それに森林管理局は魔王軍に匹敵する精鋭揃いだ。管理下に置かれたシュリーカー族に手を出す愚か者はまずいない。だがこれは威嚇という名の抑止にすぎん。ちゃんとした法で守っているわけはないからな。まあシュリーカー族は中位魔族と同等に強い。さほど心配していなかったがな」
「なるほど、わかります」
「今回、悪魔の襲撃があった今こそ急ぐ必要がある。悪魔を使役している者がいれば法と実力ですり潰して森の養分に、野良悪魔なら徹底的に実力ですり潰して森の養分だ」
そう言った伯爵は普段とは違う獰猛な笑みを見せた。
今ならわかる。
アルティコ伯爵が若返ったことを報告したとき、侯爵様が言っていた、「局員の連中、大丈夫か」という意味が。
ふとお嬢様たちに目をやると三人で楽しそうに話をしていた。お嬢様とシュリーの笑顔を見ればわかる。今の不穏な話は聞こえていないようだ。恐らくヒミカさんの機転によるものだろう。
「それはそうと、ヘルムト。ほかにそっくりな子を隠しておらんか?」
先ほどのまでの獰猛な笑みから一転して、いたずらを思い出したかのような笑みを浮かべたアルティコ伯爵が、お嬢様とシュリーの姿を見ながら侯爵様に問いかけた。
「ちょ、おま、ま、待て、何言ってやがる、じじい!」
「あなた~? 身に覚えがあるの~?」
「ない! 絶対にない! 断じてないからな、エリス!」
何やら部屋の気温が下がった気がするのは気のせいだろうか。
侯爵様の浮気を匂わせるようなことをつぶやいたアルティコ伯爵の頭には、「子供の前で冗談が過ぎますよ?」という伯爵夫人による容赦無い『しつけ』という名の拳骨が振り下ろされていた。この拳骨の威力を見るのは二回目だ。
アルティコ伯爵の現場復帰はもう少しあとになるかもしれない。
余談だが魔族は一夫多妻制である。配偶者を何人選ぶのかは個人の裁量に委ねられている。ただ比較的高位の魔族は一人の伴侶と生涯を添い遂げる場合が多く、複数の伴侶を持つ高位魔族は少ない。子供ができにくいのと合わせて高位魔族ほど子供の数が少ないのだ。しかしその分、自分の子供に対する愛情はどの種族よりも深い。
侯爵様と伯爵のお二人は親子のような付き合いだったそうだが、悪友のような関係といったほうがしっくりくるのはなぜだろうか。
今も、「何年経ってもお互い嫁さんには頭が上がらないな」と笑いあっている。アルティコ伯爵が若返ったことで、さらに悪友度が高くなったように感じるのは気のせいではないはずだ。
アルティコ伯爵夫妻が若返ったことについて、アルティコ伯爵の主治医を交えて話し合いが行われたそうだが、原因はわからないままだった。結局は先日同様、『美容にいい花蜜』のおかげということで落ち着いてしまったようだ。若返った原因が花蜜のおかげとは限らないが、『美容にいい花蜜』の評価は両家夫人の間でうなぎのぼりである。
まだミストファング通商貿易局局長と妖精族貿易担当ヨヨさんとの話し合いは始まっていないが、花蜜は間違いなく取引されるだろう、とヨヨさんが悪い顔で笑っていた。
両家ご夫人だけでなく侯爵家の女性使用人にも好評な花蜜。
着々と魔族の女性を虜にする妖精族の異界商人であった。
その悪い顔で笑う妖精族の異界商人と話し合うことになる侯爵様から声がかかる。
「使役者不明の悪魔については、私からも王都内の警備を強化するよう関連部署に報告しておく。で、だ――」
僕のやや後方に目を向けた侯爵様は、戸惑ったような様子で話を続ける。
「その、なんだ。アルクよ。あー、ソレはナンだ」
侯爵様の視線は、僕の後ろで待機している執事服を着た三十センチほどの生き物に向けられている。実はこの部屋に入ってからずっと僕の後ろにいるのだ。
「えー、そのー、実はですね」
「アルク様。ここは私めが。ご挨拶が申し遅れました。侯爵様」
胸に手をやりながら恭しく頭を下げるインプ。
「アルク様が尊敬し、お仕えしているミストファング侯爵様に申し上げます。私、アルク様の使い魔として、この度、契約させていただきました、インプでございます。名はございませんが、アルク様はもちろんのこと、ミストファング侯爵家に粉骨砕身してお仕えしたいと思っております。どうかアルク様の使い魔及び侯爵家の使用人としてこの世界に立つことをお許しください」
「……セイバス、インプってこんなに賢い話し方したか?」
朗々とした声で自らを紹介したインプに、侯爵様の疑問の声があがる。インプの挨拶に誰もが目を見張るなか、問いかけられたセイバスさんが口を開いた。
「執事として目覚めた悪魔がいてもよろしいのではないでしょうか。特に魂の濁りもありませんし、どうやらアルクくんに逆らうことができないほどの契約がインプ側から結ばれています」
「ふむ。それにしてもアルク。なぜそうなった?」
「はい。使い魔の契約をするときにちょっと魔力を注ぎすぎたようで……」
――時は戻り、シュリーカー村のジュロウさんの家でのこと。
シュリーカー族の族長であるジュロウさんの家でインプと使い魔の契約を結んだときの話だ。
聞き取りづらい話し方のインプがなぜこれほどまでに流暢に話せるようになったのか、なぜ姿が変わったのか、侯爵様と同じく疑問に思った僕はインプ本人に理由を聞いたのだ。恭しい態度のインプはにこやかに答えた。
「これもアルク様から拝領した魔力のおかげにございます」
「僕の魔力?」
「左様でございます。もともと悪魔は魔力の塊。持っている魔力が純粋で力強いものほど上級悪魔となれるのです。かく言う私めも契約時にいただいたアルク様の魔力のおかげで並のインプとは比べ物にならないほどの力を手に入れることができました。並のインプが十のうち一とするならば、今の私めは三。まさに三倍でございます。アルク様には中級悪魔に匹敵するほどの活躍をお約束いたします」
「へ、へえ。話しやすくなったし、まあいいか。で、なんで執事服なの?」
「リスペクトにございます」
「……あ、そ、そう」
――と、まあこんな感じであった。
「ふむ?……うーむ、まあ問題あるまい」
セイバスさんの言葉もあってか、侯爵様は僕の使い魔としてインプが仕えることをあっさりと了承。セイバスさんは執事執事しい態度のインプを見て、「基本姿勢は大丈夫ですね」とうなずいていた。ヒミカさんも、「ここまで従順な悪魔も珍しいです」と驚いている。
セイバスさんとヒミカさんのお墨付きをもらえたインプは、皆に一礼をし、最後に僕に頭を下げると姿を消した。なんでも僕の魔力をムダに消費させないために姿を消しているのだという。なんともエコなインプだった。姿を消したり現したりするときに一番魔力を喰うんじゃないのと聞いてみたが、それはありませんと即答された。十年、二十年前の悪魔とは違うのです、と言ってきたが意味はわからない。
今更気がついたが、どうやら使い魔と使役者は『念話』で意思疎通ができるようだ。
「それにしてもアルクくん。オリーブオイルのときもそうでしたが、目的を持って何かを調べに行くと、食材と一緒に違う問題を抱えて帰ってくるのはどうしてなんでしょうね」
目頭を押さえながらセイバスさんが問いかけてきたが、なぜだか僕にもわからない。食材を探しに言ったらヒミカさんに協力することになり、湖に調査しに行ったらシュリーカー族に協力していた。どうしてこうなったのだろう。
「アルクんだからじゃないの?」
ヒミカさんの頭の上に座っているヨヨさんが軽い口調で話しかけてきた。前から言っているが、「僕だから」を理由に納得するのは勘弁してほしい。セイバスさんも、「アルクくんだから、ですか」なんて、賛同するような笑いを浮かべるのはやめてください。そのせいで侯爵御夫妻や伯爵夫妻まで笑っているじゃありませんか。
「アルクんだから、いーのー」
天使のような可愛らしいお嬢様の声に、皆の笑い声が部屋に響いた。
あまり長居するのも伯爵の体に良くないということで、挨拶と報告を終えた僕たちは伯爵の家を出た。
侯爵家の馬車には侯爵一家に加え、シュリーの姿があった。せっかく王都に来たのだから王都見物してはどうかと、侯爵様が提案してくれたのだ。ティリアお嬢様と仲睦まじく遊ぶシュリーを侯爵御夫妻も気に入ってくれたらしい。
シュリーには後で迎えに行くことを約束しておく。シュリーもお嬢様になついており、王都見物が楽しみで仕方ないといった様子だ。
「お嬢様、シュリーをお願いいたします」
「いもうとのしゅりーは、てぃりあがまもるの!」
「……私もねえさまを守る」
両手を腰にあて、シュリーを後ろにかばうようにして胸をはるお嬢様。なんともたくましいお姉さんぶりである。シュリーもお嬢様の後ろで小さな握りこぶしを作っていた。
そんなお嬢様とシュリーの姿に笑顔を向けながら、「ティリアに弟か妹もいいな」という侯爵様と、「あら~、明るいうちから~」と笑う奥様。そんなお二人の会話を遮るように、御者席のほうから、「んんっ」という咳払いが聞こえた。今の咳払いは恐らくセイバスさんだろう。
その咳払いに気まずそうな顔をされている侯爵様に提案があることを伝える。
「ん? どうしたアルク」
「シュリーカー族なのですが――」
――侯爵様に僕が考えていることを説明した。
「わかった。許可しよう。では、アルクも気をつけてな」
「はい。ありがとうございます」
「セイバス。行ってくれ」
侯爵様の声を合図に馬車が動きだす。
ティリアお嬢様とシュリーは動き出した馬車の窓から仲良く顔を出して、こちらに手を振っている。
笑顔で手を振り返しながら馬車を見送った僕は、シュリーカー族の村へと戻ることにした。
同行するのはヨヨさんとヒミカさんである。
伯爵夫妻は順調に回復しており今日の治療は終わっている。あとはしばらくの間『命の水』を飲んでもらうのと、治療方法を指導したメイドさんに任せておけば問題ない。
ヒミカさんを連れ出す前に、少し伯爵と話をしたあと屋敷を出た。「嫁にはやらんぞ」という伯爵の声が聞こえたが、聞こえない振りをする。冗談が言える元気が出て何よりだ。
王都を出て、シュリーカー族の村に『執事ゲート』で移動。
行ったり来たり忙しい日であるが『執事ゲート』があればあっという間だ。
ちょうど畑から戻っていたジュロウさんにシュリーのことを説明する。
「ほほう。アルク殿が仕えるお嬢様は、シュリーを妹のように可愛がってくださっていると。それはまたありがたい話じゃのう」
「ええ。アルティコ伯爵と侯爵様とは家族ぐるみのお付き合いですので安心してください。それとご紹介致します。シュリーのお母さんの治療をしてくださいます、ヒミカさんです」
「はじめまして。ヒミカ=アルティコと申します。父がお世話になっております」
「おお。あなたがトネルご自慢の娘さんですか」
挨拶も終わったところで、ヒミカさんにはさっそくシュリーの母親の治療をしてもらった。さすがは巫女だけあってヒミカさんの魔法は効果が高い。重傷だったにも関わらず、一回の魔法であっという間に完治してしまった。苦しそうだった呼吸もすっかり落ち着いている。ただ、落ちた体力はすぐには戻らないため、しばらく安静にしている必要があるだろう。
怪我があっという間に治ったことにジュロウさんは驚いていた。そして何度もヒミカさんにお礼を言っている。
「ぜひお礼をさせてください」
「いえ、すでにいただいておりますのでお気遣いなく」
実はシュリーカー族にもらった各種果物と大量のキノコ類は、シュリーのお母さんを『治療してもらうお礼』としてヒミカさんにおすそ分けしてある。偏食を徐々に改善しつつあるヒミカさんは嬉しそうに受け取っていた。もちろんキノコの料理方法についてもいくつかレシピを渡してある。
今回、ヒミカさんに治療をお願いしたのには理由がある。しかしヒミカさん本人には話していない。
「そうでしたか。我らが丹精込めて育てたキノコ、ぜひご賞味ください」
にっこりと微笑んだジュロウさんは、自分たちが育てたキノコ各種をアピールすることを忘れない。
あとで聞いた話だが宴に出てきたキノコ料理のキノコは全て毒のないキノコを使っていたそうだ。シュリーカー族には毒キノコの毒は効かないそうだが、毒キノコの味は口に合わないと言っていた。
「ところでジュロウさん。村はどうするおつもりですか」
「うむ。まだ皆には相談しておらぬが、移動すべきだと考えておる。悪魔に目をつけられている以上、もはや安全とは言えんじゃろう。いつ畑から我々に矛先が向くかわからんからの」
「魔族認可のことアルティコ伯爵に聞きました」
「そうか。アルク殿はトネルに信頼されておるようじゃの。まあそういうわけじゃ。逃げるが一番じゃな」
「そこでお願いも含めての提案があるんです。皆さん、ミストファング侯爵領に来ませんか? そこで農業指導をしていただきたいのです」
「ん? それはどういうことかの」
「実は――」




