第六十一話 変化という名の進化
「いきていてごめんなさい、そんざいしてごめんなさい、しっぽがあってごめんなさい、ごめんなさいしてごめんなさい――」
首を掴まれたままのインプが、泣きながら謝ってくる。知っていることを話すという条件を飲ませ、尻尾の傷を治してやった。『執事救急箱』で治そうとしたが、魔力を注ぐだけで治ってしまった。悪魔は魔力の塊、とはよくいったものだ。
今回のことで気がついたのだが、悪魔は魔力が不足すると、その存在というか体が維持できなくなり透明化していくようだ。『お話し中』のインプもソウルイーターに魔力を吸われて、みるみるその身体が半透明になっていった。自分の体が薄れていくことに、下級悪魔とはいえ、さすがのインプも恐怖を感じたらしい。悪魔も恐怖を感じることがあるとわかったのは思いがけない発見であった。
大人しくなったインプは、自分の行いを深く反省している。
悪魔も話し合いでわかってくれるのだ。
ちなみに話し合いの中、短剣ソウルイーターによってインプから吸い取った魔力は、僕へと吸収されている。ソウルイーターは傷をつけたものから魔力を吸い取り吸収する。特に、体に変化があるわけではないが、なんとなく体が軽くなった気がする。使ってみてわかったことだが短剣に魔力を貯めておくこともできるようだ。
僕もまだまだ10歳の育ち盛り。魔族である以上、魔力の摂取は重要だ。多くの魔力を手に入れることによって、魔族の高みを目指すのも悪くない。お嬢様をお守りするためにも、あらゆる困難に立ち向かうことができる『執事力』を高めなくてはならない。これからも執事としての修行を欠かさず立派な執事になれるよう、改めて心に刻む。
そうそう。
インプに取り憑かれていたチョトツは、目を覚ましたあと森に帰った。途中、一度だけ立ち止まってこちらを振り返ったが、そのまま森の中へと消えていった。
チョトツを見送ったあと、僕たちは村へと戻った。
今は族長の家にお邪魔している。
部屋にいるのは、族長と孫娘のシュリー、それにインプだけだ。怪我をしているシュリーの母親は地下室で休んでいる。
実は、村に戻ったとき一悶着あった。
キバの悪魔を退けたことに住民らが歓喜していた。だがキバの悪魔についての顛末を聞かされた一部のシュリーカーらが、連れ帰ったインプを見て、そいつを殺せと騒いだのだ。
しかしそれは族長の説得によって止められた。
キバの悪魔を操っていたのは本物の悪魔だったが、獣が畑を荒らすのは今に始まったことではない。それにチョトツをはじめとする害獣との戦いでシュリーカー族に怪我人が出るのはよくあることだ、と族長が皆に話したのだ。
インプ自身も、存在感とともに薄くなった体で、涙を流しながらシュリーカー族の住人に謝っている。
畑で闘ったシュリーカーの戦士たちからも、あのインプは十分罰を受けたという声が上がっている。その受けた罰とやらの内容を聞いた村のシュリーカーらが、一斉に僕を見たのはなぜだろうか。その目はインプに対する哀れみすら感じられる。
僕からも、「下っ端の悪魔ほど、誰かの命令がないと動かない」、「命令されて仕方なくやったのだろう」と付け加えておいた。
その頃には、「殺せ」という声はなくなっていた。
多少落ち着いた様子のインプから、シュリーカー族の畑を襲った理由を聞く。
「めいれいされた」と素直に白状したものの、インプ本人も襲う理由は聞かされていなかった。ただ単に、シュリーカー族の畑を荒らせ、とだけ言われたそうだ。取り憑いていたチョトツも命令したやつが連れてきたらしい。
「じゃあ、君を召喚して命令したのは誰だい」
「じぶんより、うえ、あくま」
「その悪魔の名前は? そいつはどこにいるのかな」
「なまえ、わからない。でも、おうと、いる」
「王都のどこだ?」
「しらない、わからない」
どうやら魔力不足になると知能も低下するらしい。ただでさえ聞き取りづらい話し方だったが、すっかり片言になってしまっている。
だが重要なことがひとつ聞けた。
王都にシュリーカー族の畑を襲うよう、命令した悪魔がいる。ただ、その命令を下した悪魔が、誰かの手によって召喚されたものかどうかまではわからない。
もしインプを呼び出した悪魔の独断行為であるならば問題だ。使役される存在として悪魔は認められているが、野良悪魔は排除の対象となる。この場合、召喚した魔族に悪魔が取り憑いている可能性も考えなくてはならない。
反対に、魔族に使役されている悪魔だとしても、意図的に生活の糧を奪うのは許される行為ではない。魔王国の法には、森に住む魔種族の生活を守るための法もある。その法を順守させ森を管理するために森林管理局があるのだ。
「ジュロウさん。この件について魔王国に知らせたいのですが、シュリーカー族のことを話しても大丈夫ですか」
「騒がしくなるのは望まんのだが仕方ないのう。最近は、変な連中がこの森に出入りしておるし厄介なことじゃ」
「変な連中?」
ジュロウさんの話によると、その連中が来てからというものファンガスがものすごい勢いで増えているそうだ。あるシュリーカーは、湖に大量のファンガスの死体が放置されているのを見たと言っていた。そのままにしておくと爆発的に増えるため、そのときは処分したそうだが、こういった件が何回か続いているらしい。
「それに森の中に小屋が建てられておったな」
「小屋ですか。場所、わかります?」
「うむ。場所は――」
思ってもないところから、重要な話が聞けた。
今回は、アルティコ伯爵の件でこの森を調査しにきたのだ。森でのファンガス大量発生。これはどう考えても怪しい。それにフトック氏の店先に並んだファンガスの幼体のこともある。
教えてもらった小屋の場所をしっかりと記憶する。ジュロウさんにその小屋を見張ってもらえないか相談したところ、「アルク殿の頼みなら」ということで快諾してくれた。それに加え、宴のときに出ていた果物やキノコなどもおみやげとして大量に渡されている。もらっておいてなんだが、畑を荒らされたせいで食料不足にならないか聞いたところ、蓄えはまだ余裕があるとのこと。だからといって畑が荒らされた今、食料事情は厳しいはすだ。
そのことを指摘するとジュロウさんが、うなずきながら答えた。
「最近はトネルの奴も来ないし、確かに今回の件で畑もダメになってしまった。悪魔を使役する者に目をつけられているのなら、今後もこういったことが起こるかもしれん。……最悪、村を移動させることも考える必要があるかもしれんのぅ」
「トネルって方は、お知り合いですか」
「なんじゃ、アルク殿は知らんか。確か、森の保護や管理をやってる連中のまとめ役だったはずじゃが」
「森林管理局……ですかね。そこのまとめ役となると、もしかして……アルティコ伯爵ですか」
「おお、そうじゃ、そうじゃ。確かそんな風な名前だったわ」
どうやらジュロウさんはアルティコ伯爵と知り合いだったらしい。なんでも昔、アルティコ伯爵と殴り合いの勝負をしたとか。引き分けに終わったそうだが、それ以来の仲だとジュロウさんは笑っている。
(貴族が殴り合いって……)
少々呆れながらも、自ら水路工事を行うアルティコ伯爵ならやりかねないと思い直す。
村の場所を変えることについてもシュリーカー族はさほど気にしていないようだ。肥沃な土地を求め、何度も移動しているらしい。更にシュリーカー族が村や畑を作った周辺は、適度に間伐される。しかも引っ越したあとに植林まで行うため、森林管理局としても助かっているらしい。管理局からは間伐の許可証までもらっていた。
「でしたら今回の件は、まずアルティコ伯爵に話を通します。伯爵ならうまくやってくれるでしょう」
「それはありがたいが、アルク殿もトネルと知り合いだったか」
「色々とご縁がありまして」
僕はアルティコ伯爵からもらった森林立ち入り許可の指輪を取り出した。その指輪を見せると、ジュロウさんは眉間にしわを寄せながら言った。
「……アルク殿は、なぜ執事をしてるのかね」
森林管理局から許可証をもらっているジュロウさんも、この指輪の意味を知っているようだ。
アルティコ伯爵と同じようなことを聞くジュロウさんだが、ただの強権付き森林立ち入り許可証に大げさな反応である。
「え? 執事だからですけど。あ、そうだ。シュリーちゃんのお母さんの怪我を治せる人に心当たりがあるので今度、連れてきますね」
僕の提案に、シュリーが、「きゅふー、きゅふー」と目を輝かせている。先ほど彼女のお母さんの状態を確認させてもらったが、かなりの重傷だった。僕の『執事救急箱』では治すにも時間がかかる。痛み止め程度には治療を施しておいたが、専門家にお願いしたほうがいいだろう。
「そういうわけで一端、王都に戻ります。あと、今度こちらに来るときのためにゲートを開く場所を設置したいのですが、かまいませんか」
「それはかまわんが、回復魔法だけでなく土魔法まで使い、更にゲートの魔法まで使うアルク殿は何者なんじゃ。「執――」いや、執事なのはわかった。……まあ、味がわかる魔族というだけで面白いがの」
ジュロウさんは楽しげな目で僕を見て微笑んだ。
「ゲートの出入り口は、この屋敷の隣にでも作ればいいじゃろう。それと見せてやるだけでいいから、シュリーを一度王都に連れて行ってくれないかね。トネリも遊びに連れて来いと言っておったしの」
「いいですよ。よろしければ今からでも一緒に行きましょうか」
「ワシは畑を直さないといかんからの。シュリーのこと、まかせてよいか」
「ええ。もちろんです」
「きゅうぅ♪」
シュリーは、王都に行けると聞いて嬉しそうにしている。なんでもジュロウさんは王都に何度か行ったことがあるそうだ。交易をしている人の店が王都にあると言っていた。その王都の話をジュロウさんから聞かされていたシュリーは、いつかは自分も行ってみたいと思っていたらしい。
そのシュリーはくるくると回りながら喜んでいる。回るキノコも見慣れると、これはこれで可愛いらしい。と、そこで重要なことに気がつく。
「ですが、ジュロウさん。さすがにその姿だとまずいですね」
というのもシュリーカー族はファンガスと見た目がよく似ている。今の自分なら区別もつくが、シュリーがファンガスと間違えられてしまう可能性もある。
「なあに、心配いらん。シュリーよ」
「きゅっ!」
返事をしたシュリーが、踊りながらポンっと音をたてる。
また大きくなるのかと思いきや、そこにいたのは白いワンピースを着た小さな女の子。その見た目は、二歳くらいの純魔族の子供にしか見えない。髪の色はお嬢様と同じ赤色で、おかっぱ頭が実によく似合っている。正面から見て右側の一部には、純白のメッシュが入っていた。より魔族らしい顔立ちになっており、大きな目が可愛らしい。瞳の色は髪と同じ赤色だ。小さい頃のティリアお嬢様にそっくりである。身長はお嬢様よりも十センチほど低いようだ。
「おぉ。これはすごい!……驚きました」
「そうじゃろう、そうじゃろう。シュリーは魔族型になっても可愛いのう」
「シュリーカー族は姿を変える能力をお持ちなんですか」
「まあ、そのようなもんじゃ。といっても倍加するか魔族のような姿になるくらいしかできんが」
「きゅー、……これ」
シュリーカー族の変身能力について話をしているところに、シュリーが話しかけてきた。そのシュリーは床を指さしている。
魔族型に変身したシュリーが指さしたのは、床で倒れているインプだった。ここに来たときよりも体がずいぶんと薄くなっている。魔力とともに存在感も希薄になってしまっているため、まったく気がつかなかった。
どうやら身体を維持できるだけの魔力が尽きかけているらしい。
「ほかっておけば自分の世界に帰るか、消滅するよ」
「……助けて」
「いいの? お母さんをいじめたのはコイツだよ?」
「……助けて」
「悪魔は、この世界の生き物とは違うんだけど」
「……助けて」
これ以上聞いてもシュリーは態度を変えないだろう。どうやらなかなかの頑固者らしい。姿だけでなく頑固なところもお嬢様によく似ているようだ。
(やれやれ、仕方ない。――あ、そうだ)
僕は『執事ボックス』から花蜜を取り出すとスプーンですくい、インプの口に流し込む。ぐったりとしたインプは口に入ってきた花蜜を素直に飲み込んだ。もはや抗う力もないらしい。
ちなみにこのスプーンだが、昨夜のうちに用意したものである。ミノタウロスのミノスさんらとウシドンパーティーをしたときに、食器や調理器具を持っておらず、『執事食器棚』で作った間に合わせの食器を使ったのだ。その反省を踏まえて、執事長のセイバスさんに一式揃えてもらった。皿は陶器製、ナイフやフォークなどの材質は金属製だが、なんの金属かはわからない。特注の品で、スプーンひとつひとつに侯爵家の紋章が刻まれている。もちろん侯爵御一家が使われる食器は専用のものが用意されている。十名くらいであれば外で食事会をすることも可能だろう。
花蜜を飲ませてやると、今にも消えかかっていたインプの体がハッキリと見えるようなった。どうやら花蜜の魔力は悪魔にも有効らしい。本来であれば貴重な花蜜を悪魔に与えることはないのだが、「実験」は成功のようだ。魔力の塊である悪魔でも飲食は可能らしい。いつか毒を飲ませてみようと思う。
しばらく倒れていたインプも自分の体の変化に気がついたのか、勢いよく起き上がる。そして自分の身体を確認したあと、シュリーに向かって、土下座をはじめた。なんとも土下座が似合う悪魔である。
「おじょうさんは、いのちのおんじん。ははうえにけがをさせたこんなあっしをたすけてくださるなんて、なんとこころやさしいかただ。ほんとうにありがとうございやす」
「……もうわるいことだめ」
「へい。もうぜったいにしません」
二歳の子供に怒られる悪魔もシュールだが、反省をする悪魔というのもなかなか不思議な光景である。
消えかけていたときには片言だったインプも、ずいぶんと流暢に話せるようになっていた。これも魔力の影響だろうか。
そんな心優しいしっかり者のシュリーだったが、僕が持っている花蜜をさっきからずっと見ている。インプが話しかけているときも、その目は花蜜から離れることはなく、黄金に輝く花蜜を見てキラキラと輝いていた。そんな彼女の姿に苦笑しながらも、僕は新しいスプーンを取り出し、花蜜をすくう。
「はい、あーん」
「きゅーん」
シュリーは、嬉しそうな顔を浮かべたあと、目をつむりながら大きく口を開く。
(魔族型になるとちゃんと歯もあるんだ)
そんなことを考えながら、大きく開かれた口の中にスプーンごと花蜜を入れてあげると、シュリーはスプーンをぱくっと咥え、口を閉じる。と同時に閉じていた目が大きく開かれた。口の中に広がる花蜜の甘さに驚いたらしい。
どうやら飴と同様、花蜜も気に入ってくれたようだ。「きゅふ、きゅふ」と嬉しそうな声が閉じられた口から漏れている。
彼女の喜んでいる様子を微笑ましく思いながら、シュリーの口からスプーンを引き抜……こうとしたのだが抜けなかった。スプーンを持った手を軽く動かしてみたが、押しても引いても口を開けてくれそうもない。そんなシュリーだが、逆に、スプーンから手を放しなさいとでも言いたげな上目遣いで僕を見ている。
その目に確固たる意思を感じた僕は、苦笑しながらスプーンを放す。すると嬉しそうな顔をしたシュリーが、その場でくるくると回り出す。白いワンピースの裾がひらひらと踊りに合わせて揺れて、実に可愛らしい。お嬢様の次の次くらいに。
「おじょうさん、おおよろこびのようですなぁ」
「ところで、いつ帰るの? もう帰れるくらいの魔力はあるでしょ」
「そのことでおはなしがありやす。アルクのアニキ。ぜひ、あっしをつかいまにしてくだせぇ」
「……はあ? それにアニキって」
普通、悪魔から使い魔にしてくれとお願いされるなんて話は聞いたことがない。そもそも使い魔といっても悪魔との契約である。油断できる相手ではないのだ。
それに何より僕自身が使い魔を必要としていない。
「名前もわからない王都にいる悪魔の使い魔でしょ。二重契約はできないよ」
使い魔を使い魔にすることはできない。これは契約の問題らしいのだが、悪魔に限らず、魔物などを使い魔にする場合でも同じだ。
「いえ。いまのあっしはだれのつかいまでもありません。すでにけいやくがきられております」
「ああ、それで消滅しかかっていたのか。せっかくだけど、興味ないなぁ」
「そこをなんとか。あっしはアルクのアニキにほれました。それにシュリーカーぞくに、つみほろぼしするためにも、どうかあっしをつかいまにしてくだせぇ」
「だったらシュリーカー族の誰かの使い魔になるとかは?」
「それもかんがえやしたが、ざんねんながらシュリーカーのみなさんは、あっしのような したっぱですら、つかいまとして、しえき できそうにありません。おじょうさんとおじょうさんのははうえは マリョクをおもちですが、それでもつかいまの しえきはきびしいかと」
ふと視線をシュリーへと向ける。
回りながら踊っているシュリーは、母親と同じく魔力が高いそうだ。それでもシュリーカー族の中では、ということらしく、使い魔を使役するほどの魔力には至らないらしい。ジュロウさんは踊っている孫娘を見ており、こちらの話には興味がないようだ。
「で、僕と?」
「へい、みたところアルクのアニキは、はかりしれないほどのマリョクをおもちのようです。どうか、どうか、あっしをつかいまにしてくだせぇ。けっしてごめいわくをおかけしません」
「……そこまでいうなら、まぁいいか。で、どうやるの?」
インプを使い魔とすることを了承した僕は、その方法を聞く。話によると使い魔の契約は、悪魔だろうと、動物や魔物だろうと方法は同じらしい。信頼を勝ち取るか、屈服させて契約を結ぶそうだ。なつかれようが脅そうが、双方が納得すれば契約成立となる。
言われたようにインプが入るくらいの魔法陣を書き、自らの血を一滴垂らす。使い魔の契約を結ぶ魔法陣の大きさは、使い魔が入る大きさでいいらしい。
余談だが、魔族の血も赤である。魔族と悪魔を混同する人族は、魔族の血が青だと思っているらしい。人族が書いた書物にそう書いてあるのを見つけたときは、思わず笑ってしまったほどだ。
血を垂らしたあとは、使い魔にしたいものを魔法陣の中央に立たせ、魔法陣に魔力を流すだけだそうだ。悪魔を喚び出して使い魔にする場合、召喚陣を中心に書き、周りに使い魔契約の魔法陣を書くとインプが説明してくれた。
「さあ、アルクのアニキ、マリョクをながしてやってくだせい」
魔法陣の中央に立っているインプの合図で、魔法陣に魔力を流し始める。
「アニキ! そのちょうしですぜぇ、アニキ」
今さらだが、なぜこのインプは僕のことをアニキ呼びするのだろうか。
草原で知り合った河童のソーサさんの『旦那』扱いよりマシだが、なんとも腑に落ちない。まだ十歳だというのに『旦那』呼ばわりされたり、悪魔に『アニキ』と呼ばれたりするのはおかしいのではないか。そう思うと、なんだか心の奥底から、ふつふつと湧き上がるものがある。
「ア、アニキ!? お、おさえてくだせぇ。つよすぎます。マリョクがあふれ、あ、ちょ、まって――」
「え?」
突然、ボフッという音とともに魔法陣から黒い光があふれだす。
慌てて魔法陣に目をやると、魔法陣の中では黒い光が渦巻いていた。先ほどまで立っていたはずのインプの姿はどこにもない。
この尋常ではない出来事に、はしゃいでいたシュリーもジュロウさんも驚いたような顔をして魔法陣を見ている。
これはもしかすると、やってしまったのだろうか。
それとも殺ってしまったのだろうか。
魔法陣で渦巻いている黒い光は、徐々にその渦を伸ばし、三十センチほどの高さになっている。そして黒い光が一瞬強く光ったかと思うと、すぐにその光は消え去ってしまう。そして光が消えた魔法陣の中央には、何かが立っているのが見えた。
観察してみると、その何かが見慣れた服を着ているのがわかった。そう、執事服である。
魔法陣の中央で直立不動の姿勢で立ち、こちらをまっすぐ見ている浅黒い顔をしたそれは、まるで小さな純魔族のようだ。ウェーブのかかった黒い短髪、黒い目に金色の瞳、背中にはコウモリのような羽に、鈎状の尻尾がある。大きさはともかく、見た目は純魔族の青年といったところか。
「ええと、どちらさまで?」
訝しげに尋ねる僕に、少し驚いたような顔をしたソレは胸に手を当てながら、優雅に一礼をする。まさに執事服を着ているものにふさわしい完璧な礼だった。
「これはこれは、アルク様。ご冗談を。私、先ほどのインプでございます」
「はあ?」




