第五十七話 新しい発見
その夜の侯爵家の食事は実に豪華だった。
昼間に取れたニジマスとアユの塩焼きに加え、ミノスさんからもらったウシドンの肉で作ったハンバーグが食卓に並ぶ。ハンバーグソースは、ハンバーグの肉汁をワインとマッシュルームの薄切りで煮詰め、塩と花蜜で味を整えた。玉ねぎとトマトがあればもっと美味しいソースが作れたはずなのだが、あいにくと材料が見つからない。
命の水を使ってフランベしようと思ったのだが、レイゴストさんにやめてくれと懇願された。どうやら祝福された命の水も、幽霊族にとっては苦手なものらしい。聖水ほどではないが、気分が悪くなりそうだと言っていた。
アルティコ伯爵の件について報告を受けた侯爵様は、病気の治療に一役買った命の水を楽しんでおられる。味はわからずとも、強いお酒特有の喉を焼くような刺激がたまらないらしい。あまりにも度数が強すぎて受け入れられなかったドワーフの酒は、侯爵様のお気に入りになりそうだ。
ニジマスとアユの塩焼きは、奥様が骨を取ってお嬢様の皿に取り分けている。魚の身をスプーンに乗せながら美味しそうに食べているお嬢様は、「おっさかなさん♪ おっさかなさん♪」と口ずさむほどご機嫌である。またその姿を見ながら奥様は幸せそうに微笑み、侯爵様は二人の笑顔をつまみに命の水を何度もおかわりしておられる。
メインで出されたウシドンハンバーグは、お嬢様のみならず侯爵御夫妻にも好評だった。ウシドンそのものを味わっていただくため、侯爵御夫妻には小さめのステーキも用意しておいたのだが、お二人はその柔らかさに驚いていた。魔力の含有量もワイバーンとほとんど差がないらしい。
お嬢様のハンバーグは、「お嬢が食べやすいようにしておいた」というレイゴストさんの機転によって、一口ハンバーグになっている。さすがは子供好きの料理長である。
お嬢様は、一口ハンバーグを口に入れた途端、「はわわぁ」と驚いておられた。食べるたびに大きな目を何度も見開きながら、とても嬉しそうな顔をされている。
「ティリアちゃん、そんなにいっぺんに口に入れたら噛めないわよ」
ハンバーグに夢中のお嬢様は、いつのまにか口いっぱいにハンバーグを頬張っておられた。そのお顔は、頬袋に木の実をこれでもかと詰め込んだ小動物のようだ。
奥様の笑いをこらえた言葉に、ハンバーグで頬を膨らませたお嬢様は、「そのとおりなの」と言わんばかりに、首を縦にぶんぶんと振っている。
なんとか口の中のハンバーグを食べ終えたお嬢様は、「おいしーから、たいへんなの」と、ひと仕事やり遂げたかのように満足気な笑みを浮かべておられた。そのお嬢様の一言に、夕食の場が皆の笑い声で包まれる。
侯爵家の夕食は、今日も賑やかで笑顔があふれていた。
「ほい、ほいっと」
足元に絡みつく草原を抜け、縦横無尽に枝を伸ばした木々を避けながら目的地へと走る。
今、僕は王都の北東にある森へと向かっている最中だ。お嬢様が朝食を食べられたあと、すぐに王都を出発した。修行がてら全力で走っているが、普段着に着替えてこればよかったと反省している。森の中を走っていると執事服が汚れてしまうのだ。太陽の光をいっぱいに浴びた木々の葉っぱが、執事服に当たらないよう走るのもなかなか骨が折れる。
そろそろ目的地が近づいているが、一時間もかかっていない。二、三時間はかかると思っていたが、これも師であるセイバス執事長に鍛えてもらったおかげだろう。
「執事たるもの、最低でも馬車と並走し、追い越すことくらいできなくてどうしますか」と言われ、侯爵家の庭の中を走らされたことを思い出す。
お出かけになられたお嬢様が、忘れ物をしたときに走って追いつけるようになるためでもある。もちろん、お嬢様が忘れ物をしないように確認するのも執事の大切な仕事だ。
侯爵様には昨夜のうちに、アルティコ伯爵夫妻の病気が治ったこと、ヒミカさんの命が狙われていること、森林管理局の指輪をいただいたことなどを報告してある。伯爵夫妻が若返ったことも、当然、報告してある。
その話を聞いたとき、侯爵様は、「ただでさえ元気なあの老伯爵が若返った……だと。……局員の連中、大丈夫か」とつぶやいていた。
伯爵が若返ったことに対して、驚いた様子のない侯爵様を不思議に思った僕は、セイバスさんにそっと耳打ちして聞いてみる。どうやら、セイバスさんによると魔族には若返るという事例があるらしい。魔族にはそういう能力を持った種族もいると教えられた。
(魔族ってなんでもありなんだなぁ……)
後日、アルティコ伯爵夫妻の種族であるトネリコ族は、若返るような能力を持った種族ではないと、伯爵本人から教えられた。結局、若返った正確な理由はわからずじまいだ。
報告の際、治療法とともに命の水の入った壺をセイバスさんにひとつ渡しておいた。セイバスさんが言っておられた『高位魔族の間で病気になる方が増えている』件について、もしかしたらと思ったのだ。どうやら病気になっているのは、予想したとおり植物系高位魔族の貴族らしい。
ミストファング家のためにも、他の貴族に恩を売っておく良い機会だ。これは侯爵家に仕える我々使用人の思いであり、主人の名誉は使用人の名誉でもある。セイバスさんからも、「よく成し遂げました。上々です」と褒めていただいた。
侯爵様に湖の調査を優先するように言われ、伯爵様のお見舞いには同行しなくていいと言われている。また、伯爵夫妻が完治したこともあって、予定にはなかった奥様とお嬢様も一緒にお見舞いに行かれるのだそうだ。
ティリアお嬢様には、ヨヨさんがアルティコ伯爵家で待っていることを伝えてある。
(そういえば、お嬢様とヒミカさんが会うのは今日が初めてかな)
「しかし、あのアルティコ伯爵があの指輪をねぇ」
「アルクちゃん、よほど気に入られたのねぇ~」
アルティコ伯爵からいただいた指輪は、森林管理局局員と同等の権限が与えられることは伯爵の執事であるヒトニスさんからも聞いている。
だが侯爵御夫妻の話によると、森林管理局の局員は森の秩序を守るため魔物と戦うこともあり、厳しい訓練を行っている。指輪を持つということはそれ相応の実力を持っていると認められたということらしい。それも魔王国の軍にも匹敵する精鋭揃いなのだそうだ。特に、森林戦に関して右に出る部隊はないらしい。その言葉を聞いて、木を隠すには森の中という言葉を思い出す。
その局員と同等の権限が与えられる指輪を渡されるのは本当に珍しいという。
「あの爺さん、アルクを管理局に引き抜く気じゃないよな」
「まさか~。お爺様はティリアちゃんが悲しむことはしないわよ~」
侯爵御夫妻がアルティコ伯爵をお爺様と読んでいるが本当の家族ではない。以前も聞いた話だが、家族同然のお付き合いをしていた隣接する領地の貴族である。
ティリアお嬢様がお生まれになったとき、自分たちの孫が生まれたかのように喜んでいたとは聞いてはいたが、どうやらかなりのジジババぶりらしい。
なんでも、お嬢様が生まれたときに贈られたベッドなどの家具は、伯爵の手造りだそうだ。ちなみに、お嬢様の部屋の入り口にある花模様の扉と侯爵様の執務室の黒い扉、それに執務机も伯爵の手造りの贈り物だった。執務机はミストファング侯爵家を継いだお祝いの品だったらしい。
その出来映えは、もはや日曜大工の域を軽く凌駕しており、熟練職人の域である。
食事後、お嬢様専属侍女のイーラさんにヒツジンのことを聞いてみた。草原でウシドンパーティをやってるときに、イーラさんが羊皮紙を使っていたのを思い出した。彼女ならヒツジンのことを詳しく知っているに違いない。
「あら、ヒツジンの何が知りたいの」
僕の問いかけに、彼女はそう答えた。やはり知っているらしい。
彼女によると、ヒツジンは侯爵領内にあるイーラさんの家が管理している土地にたくさんいるのだそうだ。普段、お嬢様の姿を見てはクネクネしているイーラさんも、由緒ある貴族ライゴール家の令嬢なのである。ライゴール家の貴族位は男爵だ。
「イーラさんが使っていた羊皮紙ってヒツジンから作るんですよね」
「ええ。そうよ」
「ヒツジンの肉は食材になるんです。特に子ヒツジンの肉が美味し――」
「……え? もう一度言ってみて」
「はい? ですから、ヒツジンの肉は食材――」
「……なん……ですって」
――どうやら僕は地雷を踏んだようだ。
なぜか正座させられながら聞いた話によると、イーラさんの実家ライゴール家が治める土地には、昔からヒツジンが生息していたらしい。それがいつのまにか増えに増え、領内の植物という植物を見境なく食い荒らすようになった。さすがに困ったライゴール男爵は、増えすぎたヒツジンを何箇所かに集め、間引きするために管理し始めた。羊皮紙は、間引いたヒツジンから作っているそうだ。
ところが、紙がある魔王国では羊皮紙の需要は少ない。出来上がった大量の羊皮紙を管理するのにも費用がかかるし、限界がある。最近は、間引いては埋めているのが現状なのだそうだ。その対策費用も馬鹿にならないらしくイーラさんのお父上であるライゴール男爵は頭を悩ませているらしい。どうやら害獣扱いされているようだ。
(前世でも増えすぎた鹿が害獣扱いされていたなぁ)
ところが可愛いものが大好きなイーラさんにとって、ヒツジンの子供は、幼少の頃から見ていた『癒し』なのだそうだ。そのヒツジンを食材に、特に子ヒツジンが美味しいと正直に言ってしまったせいで正座するはめになった。
ヒツジンの可愛らしさを延々と語るイーラさんに対し、命とは何か、食事とは何かを交えつつ説得を試みた。可愛いとか、可哀相とか、頭が良いとかの感情論で動物差別をするだけでなく、もともと食事に関心のなかった魔族のイーラさんの説得は困難を極めた。わざわざ可愛いヒツジンを食べる必要はないというのが彼女の言い分だった。
しかし、ヒツジンは領内を荒らす害獣であることを、イーラさんはしっかりと理解している。いつも冷静で頭脳明晰な彼女は、可愛いものを目にしたときだけ多少残念になるだけだ。最終的にはお嬢様のため、子ヒツジンであろうとなかろうと食材にするのは仕方ないという結論に落ち着いた。彼女の冷静さと理知的な判断が示されたのだ。
正座の時間が終わったついでに、ヒツジンの毛、羊毛の活用法について聞いてみたのだが、どうやらそのまま埋めているらしい。侯爵領に戻ったときに間引きしたヒツジンの毛の活用法を教えることを約束し、男爵様との話し合いの場を作ってもらうようお願いした。
「おっと」
どうやら目的地に着いたようだ。
ここは王都から北東にある森。そして森を抜けた僕の目の前には、大きな湖が広がっている。
東に見える山々から豊富な栄養を含んだ湧き水などが湖に集まり、そこからいくつもの支流にわかれ、王都の人々の生活用水や川沿いの大地を潤している。湖の周りに広がる森の中には、ヒミカさんが言っていた果物のなる木もあるはずだ。
「こんなときヒミカさんの神聖魔法があると便利なんだけどなぁ」
ヒミカさんが使う神聖魔法の中には、ストーカ……探知魔法というものがある。その魔法があればヒミカさんの言っていた果物を探すことも容易だろう。
だが今日ここに来たのは、アルティコ伯爵がなぜ病気にかかったのか、その原因を調べるのが目的だ。
僕は湖に沿って歩き出す。太陽の光を反射して湖はまるで輝いているようだ。湖のまわりには様々な動物たちが水を飲みにやってくる。今も体長三メートルほどの細長い体をしたトカゲのような動物が、湖に顔を突っ込んで水を飲んでいるし、ウリ坊を連れたイノシシの親子も仲良く並んで水を飲んで……。
「イノシシ!!」
思わず大きな声で叫んでしまった。僕の声に驚いたイノシシの親子は、大きな足音を立てながら森の木々をなぎ倒し、あっという間に森の奥へと逃げてしまった。今から追えば追いつくこともできそうだが今回は諦めた。
(でもアレ、イノシシか?)
僕はセイバスさんからもらった手作りの図鑑を取り出すと、先ほどのイノシシを調べる。目的のものはすぐに見つかった。
――チョトツ――
体長はおよそ五メートル。森や草原などに住む動物。一メートルほどの子供はウリンと呼ばれ、愛くるしい姿が子供に人気である。基本的には雑食で、木の根や木の実などを食べるほか、小型の動物を食すことがある。成体のオスが持つ牙は鋭く、不用意に近づくと体に穴が増えることになる。臆病な性格をしているが子供連れのチョトツには要注意。
似た動物にブタモンがいる。
(あの大きさでもやはりイノシシで間違いないか)
そう僕が見つけたイノシシと思われたチョトツという動物は大きかった。ゾウ並みの大きさなのだ。まさかあんなに大きなイノシシがいるとは思わなかった。あれなら何人分の豚の生姜焼きが作れるだろうか。……そういや生姜もなかったな。
だが冷静に考えてみれば、五メートルもあるイノシシっていうのも恐ろしい。あの大きさでこちらに向かって突っ込んでくることもあるのだ。それに加え、あごの力が強いと書いてあるし、何よりも牙がある。ロードローラにブルドーザを足したようなものだ。
「似た動物にブタモン? あ、これかな」
僕はチョトツのページを閉じ、ブタモンに書かれたページを開く。
――ブタモン――
変わったチョトツを育てていた者がそう呼んでいた。森や草原では見たことがない。牙が小さく、体毛の少ない動物だったが、変異種らしく体の大きさはチョトツの半分以下だった。なぜ飼っているのかと尋ねたら、可愛いからと返ってきた。あいつが何を考えているのかさっぱりわからん。
……セイバスさん。日記になってますよ。
だが、ここには重大なことが書いてあった。
どうやらセイバスさんはブタモン(描いてある絵を見る限り、豚の可能性大、むしろブタ)を見たことがあるらしい。それに『あいつ』というのがカギになりそうだ。帰ってから聞くことにしよう。
それに名前が似ていても、前世にいた動物とは大きさが違う動物がいることがわかっただけでも勉強になった。
僕は図鑑をしまうと、チョトツになぎ倒された木々を見る。
「さすがにチョトツの突進を止めるのは、今の執事魔法だけではお嬢様を守りきれないな。やはり執事魔法の改良と研究は急務だな」
前にも執事魔法の強化を兼ねた研究をしようと考えたが、早いテコ入れが必要のようだ。お嬢様が外にお出かけになられる年齢まで三年、社交界デビューまで九年しかないのだ。
将来のお嬢様像を思い浮かべながら、湖の探索を再開しようとしたときだ。
「きゅぅぅぅ」
木々がなぎ倒された森の奥から、なにかがうめくような声が聞こえた。耳をすましてみると、間違いなく、「きゅうぅ……」という声が聞こえる。僕はその声を確かめるため森の中へと足を踏み入れた。
なぎ倒された木々を飛び越えながら、声の主を探し出す。先ほどまで聞こえていた声は、徐々に小さくなっているようだ。僕は声の出ていた方向に集中する。
「そこかな」
息が漏れるようなか細い声を聞いた僕は、慌てて周りの木をどかす。するとチョトツになぎ倒された木々の下に、魔族らしい姿を見つけた。
だがそれは……。
一メートルほどの大きなキノコだった。




