第五十五話 煽れば容易し
今、僕はアルティコ家を出て、伯爵自らが作った水路の前で作業中だ。
何をやっているのかといえば、水路の木のフタを『執事食器棚』で作り出したコンクリート並に丈夫なフタに交換している。
昨夜確認したとき、水路にはめられている木のフタの裏は白いキノコがびっしりと生えていた。更にフタは腐食が始まっており、このままではいつ腐り落ちるかわからず危険な状態だったのだ。魔族の子供が踏み抜いて怪我をしたということにもなりかねない。
(よし、これで終わりだ)
最後のフタを交換し終わり、ひと息つく。今後、腐食したりキノコやカビが生えたりすることはないだろう。
フタに生えていたキノコの中には、ファンガスの幼体は存在しておらず普通の毒キノコだけだった。ファンガスが育つには、宿主が必要だと図鑑が書いてあったが、加工した木は宿主にならなかったのだろう。交換済みの木のフタは『執事ボックス』に放り込んでおいた。
作業が終わったことをヒトニスさんに知らせ、明日の昼過ぎに、池の水を入れてもらうようお願いし、僕は伯爵家をあとにする。これからいくつか行くところがあるのだ。
伯爵家を出た僕は、隊商の許可を得るため商業ギルドへと向かった。
商業ギルドが所有する立派な造りの建物に入る。
受付のお姉さんに隊商申請の書類を提出し、いくつか簡単な質問に答えれば申請終了だ。申請書には、隊商の代表と副代表の名前があればよく、一般隊員や人数の記入は不要だ。
しかし、監査役や出資者については任意で記入できる欄がある。ここに名前を書いておいたほうが信用度は圧倒的に高まるのは言うまでもない。こちらが出した申請書には監査役としてヒミカさんの名前が書かれている。
本来であれば審査に何日も時間がかかるのだが、監査役が白の賢者様の巫女ヒミカさんであること、それに僕自身が、通商貿易局局長であるミストファング侯爵に仕える執事であることが幸いし、ものの十数分で登録が済んだ。
というのも書類を受け取った受付のお姉さんが、監査役のヒミカさんの名前を見て、上司にあわてて確認をしに行ったのだ。すると金勘定が得意そうな目つきの鋭い高位魔族(あとで、ギルド長と判明した)がわざわざ奥から出てきて、「君は、王都の往来で巫女様と『災厄の議論』を繰り広げていた子だね」という言葉を貰うまでが、十数分だった。実質、登録にかかった時間は、ギルド長が目の前で認可のサインを書き、許可証を発行するまでの数分ではなかっただろうか。
……災厄の議論?
恐らくヒミカさんと出会った当時、妖精のことで『お話し合い』をしたときのことだと思うが、なぜそれを商業ギルド長が知っているのか気になった。せっかくなのでギルド長本人に聞いてみると、「情報を制するものは商売を制す」という言葉が返ってきた。
さっぱり意味がわからなかったので詳しく聞いてみた。その話をまとめるとこうだ。
弁の立つ巫女様とお話し合いができる人物は少ない。ところが歳も同じくらいの子供がその巫女様と王都の往来で対等に話し合いをしているのをあるギルド員が見た。巫女様も楽しそうだ。平民の格好をしているがどうも普通の子供ではなさそうだ。いつか巫女様と並び、王都でも有名な人物になるかもしれない。あわよくば商業ギルドに引き込め。よし子供を調べろ。おい、そんな子供は王都に見当たらないぞ。あの子供はいったい何者だ。なにっ、似たような子供が執事服でギルドにやってきただと。よし、ワシ行ってくる。
こうして、ワシことギルド長が目の前にいるというわけだ。情報を制するというよりも青田買いではないだろうか。
すでに執事として働いているため、商業ギルドへの勧誘は諦めてもらった。
この商業ギルドでは、こういった『情報の売買』も行っているらしい。情報が欲しいときはぜひご利用くださいとギルド長自ら紹介された。実に商魂たくましいギルドである。
それはともかく、巫女であるヒミカさんと通商貿易局である侯爵様の名前は絶大だった。
権力と信用ある人物の後ろ盾というのは実に強力である。
ギルド長と会えたついでに、取引のルールや法について聞いておいた。取引の契約方法や契約に関する法律、万が一、損害賠償が発生した場合の対処についてだ。
結局は、そんな難しいことを知らなくても、互いが了承の上で結んだ契約については、他の法に触れなければどんな内容でも問題ないらしい。
本来であれば代表者が申請書類を持ってくるのが通例だとか、登録に費用がかかるとか、いろいろな手続きがあったのだが、全て免除された。
権力と信用ある人物の後ろ盾というのは実に実に強力である。
発行してもらった隊商許可証には隊商の名前のほかに、代表であるヨヨさんと監査役のヒミカさん、そして僕の名前が書かれている。
登録した隊商の名は『妖精の祝祭』と名付けた。この名前を決めたのはヨヨさんだ。本人に、妖精の名前を隊商の看板に使ってもいいのですか、と確認したのだが、王都の碑文に妖精族の名前は書いてあるし、女王の許可も得ているとのことだった。
ただし、王都にいるときは安全のためにも気配や姿を隠してもらうことは継続してもらっている。
で、そのヨヨさんだが、伯爵家でしばらく休んだあと、今日はそのまま妖精界へと帰るらしい。
これには理由があるわけだが……。
――伯爵家の庭での出来事を思い出す
あまり思い出したくないが、結論から言おう。
僕は呪歌に向いていない。
歌い出してからすぐにヨヨさんとヒトニスさんに止められた。ヒトニスさんに口を押さえられ、ヨヨさんには後頭部を蹴られた。
気持ち良く歌い出した矢先の出来事だっただけに、不満気な目を二人に向けると、ヨヨさんが黙ったまま庭を指さした。その指が示す方向に目を向けると、先ほどまで咲き乱れていた花全てが僕に背を向けている。その異様な光景に呆然としていると、僕の肩にヒトニスさんの手がそっと置かれた。
「アルク様。魔族にも得手不得手というものがございます」
先ほどヒトニスさんが成長させた花は、枯れたかのように茎が曲がり、花はしんなりとして元気がない。もちろんその花も、僕に背を向けている。その姿はまるで、咲いたばかりだというのに、「私、咲くのに疲れたの」と背中で語っているようにも見える。……まあ、花に背中があるわけではないのだが。
「いやぁ。アルクんの歌がここまですごいとは思わなかったわ」
満面の笑みで僕を見るヨヨさんの目は、面白いものを見つけた子供のようにキラキラと輝いている。今まで見たヨヨさんの笑顔でも三本の指に入るほどである。
「呪歌って呪いの歌なんだけど、アルクんの歌は、まさに呪いの歌ね。呪歌の本質を会得するなんて、さすがはアルクん」
言葉の端々に、外れない槍の穂先が見え隠れするヨヨさんの言葉に、「そりゃ、どうも」と苦笑いを浮かべる。
「あら、冗談じゃないのよ」
冗談のように語るヨヨさんによると、もともと呪歌というのは『呪い』の要素があるのだそうだ。主に人の感情を操る精神的な呪いの効果があるらしい。人を怒らせたり、悲しませたりすることや、楽しい気持ちにさせたり、笑わせたりすることも可能だそうだ。
「まあ今の歌は、音痴すぎて花から嫌われただけ、だと思うけどね」
……果たして呪いの言葉は、僕とヨヨさん、どちらが上なのだろうか。
――ということがあった。
一応、言っておくが音痴のせいではなく呪歌の影響……のはずである。「魔獣の断末魔のような声が聞こえた」と、ほうきと銀のトレーを構えたイシェリーさんが屋敷から飛び出してきたとか、近所の屋敷から赤ん坊の泣きわめく声が聞こえてきたとか、たまたまの出来事だと思う。
その後、ヨヨさんが呪歌を歌い直して伯爵家の庭に咲いていた花は元通り。ヒトニスさんが咲かせた花も、「咲いて良かった」と言わんばかりの元気な姿へと戻った。ヒミカさんが、「きれいな歌声が聞こえたもので」と顔を出したり、近所の屋敷から嬉しそうな赤ん坊の笑い声が聞こえてきたりしたのも偶然だと思いたい。
そんなわけでヨヨさんが伯爵家で休んでいる理由は、二度も呪歌を歌ったせいである。呪歌は体力を大幅に消耗させてしまう。いつも元気なヨヨさんも、さすがにきつかったようだ。申し訳ないと思った僕は、コンペイトウの入った小瓶をひとつ渡しておいた。今頃は、ヒミカさんと一緒にコンペイトウをかじっているに違いない。
次に僕が向かうのはフトック食肉協会だ。やるべきことはやったので執事服から平民の服に着替えている。今からは執事としての仕事ではない。
フトック氏の店先には今日の午前中に見た白いキノコ(ファンガスの幼体)や色鮮やかなキノコの入ったカゴが並べられている。残った量からするとそれなりに売れているらしい。
僕はキノコの入ったカゴを横目に、店の中にいた店員に声をかける。
「店員さん。会長さんはおみえですか?」
「はぁん? てめぇ会長を名指したぁ……」
相変わらず店員の態度が特殊な部類の店だが、その声には覚えがあった。
「げぇっ。てめぇは……いや、お坊ちゃんは」
その店員さんは僕がエサ認定した彼だ。
言い方を改めたところで、最初に、「げぇっ」などと客に向かって言ってる時点で意味などない。その彼は、なぜか顔が腫れあがり、ところどころアザになっている。まるで会長さんに殴られたかのようである。
「おや? 今日はお世話になりました。で、会長さんはおみえかな?」
「……すぐ呼んでまいります」
疫病神が来たと伝わってくる雰囲気を隠そうともしない彼は、店の奥へと消えていく。
しばらく待っていると、店の奥からお腹の脂肪を揺らしながらフトック氏がゆっくりとした足取りでやってきた。わざとゆっくり歩いているのかと思ったが、どうやら体重的な意味で早く歩けないらしい。
「これは、これはお客様。本日、二度目のご来店誠にありがとうございます」
「こちらこそお忙しい中、お呼び立てして申し訳ありません」
「この度はどのようなご用件でしょうか」
「実は、こちらの店と定期的に取引をする契約を結ばせていただけないか相談しに来たのです」
「おぉ! それはありがたいお話ですな」
店内にある商談用のテーブルに案内され、契約内容について話し合いが行われた。その話し合いの中で、フトック氏は、こちらが思った以上に僕たちの隊商『妖精の祝祭』に興味を示してきた。
フトック氏が食いついたのは、隊商の認可証を見せたときだ。隊商の監査役に、巫女であるヒミカさんの名前があることに気がついたらしい。まあ、気がつかせるように見せたのだから、気がついてもらわないと困る。
このときのフトック氏は、実に気持ち悪い反応を見せた。暑苦しい顔で詰め寄ってきたときには、命の水を頭からかけて火をつけてやろうと思ったくらいだ。確か、前世にこんなことわざがあった。確か、『臭い物にフタをする』もしくは、『汚物は消毒だ』だったと思う。
フトック氏は、巫女様とどこで知り合いになったのか、なぜ監査役になってくれたのか等、しつこいくらいに聞いてきた。どうやら監査役に巫女がいることが羨ましくて仕方がないといった様子だ。
ヒミカさんのことをうまく誤魔化しながら、祝福前の聖油『オリーブ油』をもらったことも、しっかりと、自慢げに、得意気に、鼻高々にワザと口を滑らせておく。
このときの氏の顔は実に見ものであった。これ以上ないくらい醜く歪んでいたのだ。まさに悔しくて仕方ないといった顔だった。
なにせ神官を脅してでも手に入れようとしていたオリーブをあっさりと手に入れ、巫女を監査役に据えることができた隊商。そして隊商の仕入れ担当は、フトック氏の目の前にいる、十歳の僕だ。
更に、僕は細長い緑色の野菜を取り出しテーブルにおく。
そう、これはソーサさんにもらった『キュウリ』だ。
「そ、それは!? 河童族でも門外不出と言われたキュウリ! なぜそれがここにっ」
突然、店の奥から驚く女性の声が聞こえてきた。
僕とフトック氏はいきなり聞こえてきた声に、思わずお互いに見つめ合ってしまった。視線を外し、店の奥を覗いてみるが姿は見えない。
「……あ、今の声は奥にいるうちの見習いです。申し訳ありません」
「……あ、いえ。とんでもない」
突然、聞こえた声の主はこの店の見習いらしい。それがなぜキュウリのことを知っているのか気になったが、今はその発言を利用させてもらう。
「先ほどの方が言われたように門外不出と言われた河童族の伝説の野菜『キュウリ』です。手に入れるのに苦労しましたよ(頭にコブまで作ったくらいだし)」
「門外不出……伝説の野菜……手に入れた……だと」
僕の言葉に、フトック氏は僕を睨みつけるようにしている。僕はそれに気がつかないフリをして、得意気な顔をしながら、「別に大したことではない」、「伝説の品だろうと商品の仕入れもできない商人なんて無能の極み」、「使えない従業員を集めても経費の無駄」と、全力で煽った。
フトック食肉協会の仕入れは、フトック氏自ら行っている。これはウシドンの肉について直接交渉したミノスさんからの情報だ。
その煽りの言葉が気に障ったのだろう。顔を真っ赤にしたフトック氏が、突然ゴネ始め、「このまま契約を結ぶのは難しい」と、言い出したのだ。
僕は、その言葉にニヤリとほくそ笑んだ。




