第四十八話 近づく道、似通う二人
僕は一通の手紙を取り出し、ヨヨさんに差し出して言った。
「ヨヨさん。この手紙をそのドワーフさんに届けてもらうことってできますか」
ヨヨさんは、僕から差し出された手紙を不思議そうな顔で見ている。手紙には封がしてあり、差出人には僕の名前が書いてある。
「届けるのはかまわないけど、手紙には何が書いてあるの」
「秘密です」
「あら。妖精族としては知る権利があると思うけど」
「うーん。そうですね。……じゃあ、ひとつだけ。妖精族の取引が増える方法が書いてあります」
その言葉を聞いたヨヨさんの目つきが変わった。個人のドワーフとはいえ、取引が増えることは商人にとって見逃せない機会だろう。あとは僕の言葉をどこまで信用できるかだ。少し悩むような素振りを見せたヨヨさんは、僕を見て笑っている。
「ねえ。アルクん。商売ってそんなに簡単じゃないんだけど」
「わかってますよ。需要と供給が大切です。そして今後、命の水を含めドワーフの酒を求める声は、魔族からも上がることでしょう」
「そうなると、妖精族の取引が増えるっていうの?」
「ええ。もちろん。ヨヨさんがドワーフと取引してるのって廃糖蜜でしょ」
「……アルクん。私は一言もそんなこと言ってないわよ」
「ええ。そうですね」
砂糖好きの妖精、酒好きのドワーフ、燃えるほどアルコール度数の高い酒、命の水。これらのことから、ドワーフが作る酒の正体に気がついている。
ドワーフが作っているのは、『ラム酒』だ。それもホワイトラムと呼ばれる無色透明の蒸留酒。アルティコ伯爵の先祖も、透明だからこそ水と間違えたのだろう。
そのラム酒の原材料になるのが、廃糖蜜という砂糖を絞ったあとに残る副産物だ。砂糖好きの妖精族と酒好きのドワーフ族が取引するものといえば、廃糖蜜の可能性が一番高い。花蜜の可能性もあったが、花蜜で作るお酒はアルコール度数が低いから除外した。
それに砂糖の製法を秘密にする妖精族は、砂糖の原料も秘密にしている。だが、砂糖の主な原料は、サトウキビや甜菜くらいだ。黒砂糖があることから砂糖の主な原料はサトウキビのはず。そしてサトウキビから砂糖を作ったときに残る副産物が廃糖蜜となる。
毎日食べる砂糖だから、妖精族はかなりの量の廃糖蜜を抱えることになる。処分することもあるだろうが売れるものなら売りたいだろう。ドワーフとの取引は渡りに船だったに違いない。
まあ、ラム酒だろうとなかろうとアルコール度数の高い酒ならなんでもいいのだ。アルティコ伯爵が回復するのであれば何でもいい。
もともとワインくらいしか酒の類がない魔王国だが、個人による酒の作成は千年以上前から禁止されている。ただし、許可さえ取れば問題はない。
僕と視線を合わせたまま、無言だったヨヨさんが諦めたかのように首を振る。
「……まあ、いいわ。アルクんだしね。じゃあ、ちょっと届けてくるわ」
「ヨヨさん自ら行ってくださるのですか」
ヒミカさんは、さっきまで不安げな表情をしていたが、ヨヨさんが行くと聞いて少し元気が出たのだろう。頼もしそうな目でヨヨさんを見る。
「だってアルクんが隠し事するんだもの。何が書いてあるか確認しなくちゃ」
「ドワーフの方がいいとおっしゃれば見てもかまいませんよ」
「まさか口止めするように書いてあるんじゃないでしょうね」
「そんなことしませんってば」
そう笑って返すと、「まったくもう。行ってくるわ」と諦めたかのようにつぶやいた。
ヨヨさんが、その場でくるりと円を描くように宙返りをすると、何もなかった空間に白い光を放つ穴が現れた。どうやらこれが妖精界との出入り口のようだ。僕たちに、「またあとでね」と告げたヨヨさんが飛び込むと、その穴はフッと音もなく消え去った。
ヨヨさんを見送った後、草原に残された僕とヒミカさんもやるべきことがある。
「さて、ヨヨさんが帰ってくるまでに、いろいろとやっておきましょうか」
「アルクさん。何をされるんですか」
「そうですね」
そう答えて、僕は周りの草原をぐるりと見回した。ちょうど僕の目線の先には、川からあふれた水で出来上がったいくつもの水たまり。そしてその中で泳ぐ魚の姿があった。
「まずは、あそこにいる魚たちを捕まえましょうか」
「え? 魚、ですか」
僕が見ている場所に視線を向けながら、ヒミカさんが尋ねてくる。ちょうどその視線の先の水たまりで、一メートルほどの大きな魚が元気よく跳ねた。太陽に反射する毒々しい紫色の鱗の輝きが目に痛い。
「ええ。魚も立派な食材です」
「食材ですか」と紫色の魚を見ながら言う。
「あの紫の魚は違うでしょうけど」
そう付け加えながら、水たまりへと歩を進める。
近づいてくる僕の気配に気がついたのだろう。水たまりに取り残された魚たちが、より一層激しく跳ねまわる。その中に見たことのある魚がいくつかいることに気がついた。
僕は近くの水たまりに近寄り、中にいる魚を捕まえる。
「これはアユだな。あ、こっちはニジマスだ」
ほかにもフナ、コイなどが確認できた。このままにしておくのはかわいそうなので食べない魚たちは全て川に戻しておく。
中にはこちらの姿を見るや否や、鋭い歯を見せて跳びかかってくる魚もいた。さっきから跳ねていた一メートルほどの全身紫色の魚だ。どうみても美味しそうには見えないし、有毒そうな紫色の魚なんて見た目からして遠慮したい。
今回、確保したのはニジマスとアユ。とりあえず、それぞれ二匹ずつ塩を振って焼くことにした。これは僕とヒミカさんの分だ。
肉を焼いたときの炭はまだ赤く燃えているので十分焼けるだろう。食べやすいように『執事食器棚』で串を作って魚に通す。
残ったニジマスとアユもしめて『執事ボックス』に保管。もちろんこれはお嬢様や侯爵御夫妻の分だ。
ニジマスにしろ、アユにしろ、きれいな水とエサの問題を解決すれば、養殖も可能だろう。できれば魚の養殖ができる人材も欲しい。ニジマスもアユも非常に美しい魚なので、貴族の食卓にふさわしい食材となる。それに燻製にすれば日持ちもよくなり携帯食としても使えるはずだ。
「アルクさん、楽しそうですね」
ニジマスとアユの養殖計画を考えながら魚を焼く準備をしていると、ヒミカさんが近づいてくる。両手を後ろに回し、こちらを覗き込むようにしている。
「ええ。食事は活力になりますからね。それに腹が減っては戦ができぬ、という言葉があります」
(前世の世界の言葉、ですが)
「まあ、面白い言葉ですね。確かにお腹が減ったり、魔力が減ったりすると力が出ませんものね」
「今から忙しくなりますからね。ヒミカさんもニジマスとアユ食べてみませんか」
串を刺したニジマスとアユを炭火にかけながら、偏食と食に対するトラウマを持つ彼女に、焼いただけの魚を食べてみないか聞いてみる。ヒミカさんは少しだけ顔をしかめたが、黙ったままうなずいた。彼女自身、このままではいけないという気持ちもあるのだろう。
「忙しくなる……戦ということでしょうか」
「ええ。病気との戦いです。食べ終わったら伯爵様の病気を治すための実験を行います。その実験の結果次第では、今日のうちにもアルティコ伯爵の治療に取りかかりたいと思ってます」
今回の件は、お嬢様や僕を手伝ってくれるヒミカさんへのお礼も兼ねている。彼女が受けた白の賢者様から啓示は、僕たちの手伝いをすれば、願いが叶うというものだった。彼女の願いとは、両親であるアルティコ伯爵夫妻の回復。そのために命の水を探していたのだ。
それに、と付け加え話を続ける。
「治療はもちろんですが、伯爵様がなぜ病気にかかったのか、その原因を突き止める必要があります」
「病気にかかった原因ですか。何か心当たりでも?」
「まだわかりません。ですが、明日湖に行ってこようと思います」
「でしたら私もご一緒しますわ」
「いえ。明日はご自宅にいてもらわないと」
「あっ」
明日は、ミストファング侯爵様がアルティコ伯爵様のお見舞いに行く予定になっている。当主代理として彼女は家を離れるわけにはいかない。
彼女は、明日の予定を失念していたらしく、恥じるかのように頬を染めている。ご両親を心配する気持ちはわかるが、さすがに明日は家にいてもらわなければ困る。伯爵家より貴族位が上位の侯爵様が足を運ばれるのだ。アルティコ家としても使用人だけでは対応しきれないだろう。
(まあ、うちの侯爵様もそういう格式ばったこと嫌うけどね)
「……わかりました。ですが、あとでちゃんと教えてくださいね」
「もちろんですよ」
少し残念そうな顔をしているが、ヒミカさんの分までしっかり調査してこようと思う。
それに森の中では、何が起こるかわからない。いくら一人で果物を採ってこれる実力があるといっても、貴族令嬢に万が一のことがあっては困るのだ。もちろん、ヨヨさんも留守番してもらうつもり。ヨヨさんには、ヒミカさんについていてもらいたい。
そうこうしてるうちに、魚が焼けたようだ。魚から出た透明な油が滴り、真っ赤に焼けた炭の上に落ちる。じゅっという音とともに、白い煙と美味しそうな匂いがあたりに広がった。
串を持ちあげて魚をひっくり返す。皮には、こんがりとした焼き色がついており、表面の脂の弾ける音が食欲をそそる。ヒレに施した化粧塩にも、うっすらと焼き色がついており、ニジマスとアユを美しく彩っている。香ばしい匂いとニジマスやアユ独特の香りが鼻をくすぐる。
「いい香りがします」
焼けたニジマスを見ながらヒミカさんがポツリと言った。
笑顔のままニジマスの塩焼きを差し出すと、彼女は受け取ったままの姿勢で固まり、ニジマスを凝視している。
僕はそんな彼女の様子に、「まだ無理かな」と苦笑しつつ、もう片方のニジマスの塩焼きに手を伸ばす。
息をフーフーと吹きかけてから、焼けたばかりのニジマスに歯を立てる。パリパリに焼けた皮がプツリと切れ、その白い身がほろりとほぐれ、口へと飛び込んでくる。熱々の身を口の中で転がしながら咀嚼すると、マス独特の香りが口いっぱいに広がった。香ばしさに加えて、焼き加減も塩加減もいい塩梅だ。
更に一口、また一口とニジマスにかぶりつく。
(うーん。うまい)
自然と顔がほころんでしまうほどのうまさがある。
ニジマスの塩焼きを夢中で頬張っていると、僕を見つめる気配を感じた。ニジマスを咥えたまま、視線を感じる方向に顔を向けると、ヒミカさんと目が合った。
「アルクさんは、食べるのがお好きなんですか」
僕は最後の一口をごくりと飲み込み、「もちろん」と答えた。
「好きですよ。それに美味しいものがね。これからもっと美味しいものが増えていきます。それを考えるだけでワクワクします」
お嬢様が食べることのできる食材が、王都周辺だけで見つかっている。今日だけで、ミノスさんからウシドンの肉、ソーサさんからはキュウリ、それにたまたま手に入ったニジマスとアユだ。
この調子で食材が発見できれば、半年という期限にも間に合う可能性が高い。それが何より嬉しくてたまらない。
食事のうまい、まずいは素材や調味料だけの問題ではなく、心の問題でもあるのだ。
「ヒミカさんが気に入る料理もあるはずですよ」
「私も、料理が好きになれるでしょうか」
「もちろんですとも」
その言葉を聞いたヒミカさんは、手に持っているニジマスの塩焼きにゆっくりと口を近づける。僕はその様子を見ながら、甘い香りのするアユの塩焼きを手にとった。
「熱っ」
「焼いたばかりで熱いですから気をつけてください」
アユの塩焼きにかぶりつきながら忠告すると、恨めしそうな目で睨まれた。それと同時に、「もっと早くおっしゃってください」という非難の声があがった。もしかしたら笑いをこらえていたのが、バレたのかもしれない。
ヒミカさんは、先ほどの僕のようにフーフーと息を吹きかけ、恐る恐るといった様子で塩焼きを口にする。小さな口でかじられたニジマスの身から湯気が立ち昇る。彼女はゆっくりと口を動かして、そして飲み込んだ。
「これが魚……ニジマスですか。なんてやさしい味なんでしょう。塩加減もちょうどいいですし、すごく食べやすい。スープに入れても美味しいでしょうね」
「焼いたニジマスを煮込むと素晴らしい味が出ます。これを出汁といいますが、スープの味をより深くしてくれますよ」
そう伝えると、彼女から出汁の取り方を詳しく教えて欲しいとせがまれた。その願いに答えて、出汁を取る方法を説明する。
ただ、正直なところ驚いている。彼女の偏食や食に対するトラウマは、もっと時間をかけないと解決できないと思っていた。
しかし、すでに僕の目の前でアユにまで手をつけている彼女に、偏食の面影は見られない。彼女の様子を見れば、ニジマスよりアユのほうがお気に入りのようだ。それが一目でわかるほど、彼女は食事を楽しんでいる。
「それにしても思ったより早く偏食やトラウマを克服できそうですね」
「アルクさんだからですわ」
「僕?」
「ええ。アルクさんが作ってくれたものは大神官様と同じくらい安心して食べることができます」
「それは光栄です。ヒミカ様」
立ち上がり、胸に手を当て、一礼して――それ以上、笑いをこらえきれなかった。ヒミカさんも僕につられて笑っている。
「アルクさんが執事だってこと忘れていましたわ」
「僕もヒミカさんが貴族のご令嬢だということを忘れそうです」
お互いの言葉に、思わず顔を見合わせる。
僕たちの笑い声がひときわ大きく草原に響き渡った。




