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第四十九話 毒か薬か

 ヒミカさんの偏食や食に対するトラウマ。それが思ったよりも早く克服できそうな気配に、冗談を交えながら二人で笑いあった。その笑い声が草原に広がっていく。



「――楽しそうね、二人とも」


 突然の声に、二人の笑う声がピタリと止まる。


「あら、お邪魔だったかしら」


 少しばかり不機嫌そうな声だ。

 声の方向に顔を向けると、腰に手を当て、頬を膨らませた妖精が、いつの間にか僕たちの隣で浮かんでいた。


「ヨヨさん、おかえりなさい。早いお帰りですね」

「おかえりなさい、ヨヨさん。いかがでしたか」


 僕たちのぎこちない言葉にも反応せず、ヨヨさんはまぶたを半分ほど閉じ、じぃっと僕たちを見つめている。


「……まあ、いいわ。ただいま」


 フッと軽く息を吐くと、顔をほころばせた。ヨヨさんはそのままテーブルの上に降り立つと、今度は少し怒っているような顔をする。ヨヨさんの顔がなかなか忙しい。


「アルクん。あの手紙、何が書いてあったの」

「見せてもらえませんでしたか」

「見せてもらうどころか、手紙を読み始めた途端、大慌てで一族会議が始まったわ」


 (一族会議って何?)


「あと、コレ」


 そう言ってテーブルの上に置いたのは、高さ四十センチほどの陶器製の壺だった。壺の開口部は直径十センチほどで、何かの革で厳重にふたがされている。


 自分より大きい壺を、妖精族のポーチから取り出しては、次から次へとテーブルに並べていく。途中、テーブルの上に並べきれなくなり、『執事食器棚』で新しく台を作りだした。その壺の数、なんと十個。


「命の水もらってきたわよ。それもタダだったわ。それに、もっと必要ならいつでも言ってくれって」


 ヨヨさんは何かに怯えるようにその小さな身体を震わせている。商人にとってタダより高いものはない、とでも言いたげだ。


「ヨヨさん! ありがとうございます!」


 ヒミカさんが勢いよく駆け寄り、ヨヨさんの小さな手をとる。ヨヨさんはヒミカさんの指を両手で握り返している。


「で、何を書いたの? うちとの取引が今までの倍になったんだけど」

「それはおめでとうございます」

「お礼を言うのはこっちよ。アルクんのお察しのとおりドワーフと取引してたのは廃糖蜜。一気にうちの在庫が処分できたわ」

「砂糖を作ったあと、邪魔になりますもんね」

「そこまで知ってるのね。取引が増えて嬉しい半面、アルクんに商売のことで負けたような気がして腹立たしいわ」


 そんなことを言いながらもヨヨさんの顔がにやけている。よほどうまく商談がまとまったらしい。


「で、何を書いたのよ」

「あまり言いたくないんだけどなぁ」

「いいから言いなさいよ」


 どうしても知りたいらしい。以前、ヨヨさんは“なんでも知ることがいいとは限らない”と言ってたのに、その頃のヨヨさんはどこへ行ってしまったのだろうか。



「仕方ありませんね。まずひとつは……」

「ひとつは?」

「一族の秘伝であるお酒の製造方法を全世界にバラまくぞ、でしょうか。端的には」

「はああああああああ?」


 ヨヨさんの小さな身体から出たとは思えないほどの声が広がる。


「アルクさん、それって脅しですよ」

「脅しじゃないですよ。手紙には、ドワーフが作っているお酒の製造方法を事細かく書いて、一言添えただけです」

「どんな一言を添えたのよ」

「世界中の酒場の主人に作ってもらうしかないナー、残念だナーです」

「脅しだわ」

「脅しですね」


 (なんでかナー?)


 ドワーフが譲ってくれないんだから作るしかない。ただ今回は自分で作っている時間も道具もない。それに魔王国の法では、許可なくお酒を作成することを禁じている。だからこそ、ほかの人にまかせようと思っただけだ。自分で作ろうと思えば作れる知識は持っているのだから。


「でも、なぜか喜んでいたわよ」

「もうひとつ書いておきました」

「今度はどんな脅しを……」

「失敬な!」

「アルクさんですからねぇ」


 ヒミカさんまで疑っている。先ほど僕の焼いた魚を大神官様と同じくらい安心できると言ってくれた彼女はどこに行ってしまったのだろうか。


 そんな二人に書いた内容について説明する。


「よりお酒を美味しくする方法ですよ」

「へぇ。なんて書いたのよ」

「香りの良い木やオーク材で作った樽の中に、ホワイトラムを入れ数年熟成させることによって、より味わい深いラム酒を作ることができる。この情報は、ほかの種族はもちろん、ほかのドワーフにも教えることのない独占的な情報だ、と書きました」

「え? そんなことで十個もタダでもらえたの?」

「もらえましたね」


 陶器製の壺を見る限り、間違いなくこの情報はドワーフにとって寝耳に水だったに違いない。樽で熟成させることによって木の香りをつけるという方法は、間違いなくドワーフの酒造りに変革を起こすはずだ。


 それにしても陶器製の壺とはなかなか渋い技術を持っているな。執事魔法『執事食器棚』の参考にさせてもらおう。



「ヨヨさん。本当にありがとう。手紙を渡すだけじゃなく口添えもしてくれたんでしょ」

「えっ。……まーね」


 商売は信用だ。僕の手紙だけではうまくいかなかった可能性もあった。


 ヨヨさんは言わなかったが、僕のことを信用してほしいとドワーフたちに伝えてくれたのだろう。そうでなければ、最初にドワーフ族に会いに行った妖精に、僕からの手紙を渡して終わりだったはずだ。わざわざ知り合いのドワーフの元に行ってくれたヨヨさんに感謝だ。


 少し照れくさそうにしているヨヨさんに、もう一度お礼を言っておく。



 さあ、さっそく実験の準備に取りかかろう。


「ヒミカさん、ヨヨさん。伯爵の病気を治すための実験を開始しましょう」


 そう宣言すると、命の水の入った壺をひとつ開封する。むせかえるアルコールの匂いが広がると、ヨヨさんとヒミカさんは顔をしかめ、一歩後ろに下がった。


 その様子に苦笑しながら、コップに命の水を注ぐ。空気と触れ合うことによってその香りがより広がっていく。これはかなりの度数がありそうだ。


「アルクさん、そのお酒……」

「どうされましたか」


 壺を開封したあと、ヒミカさんの呼ぶ声に振り向く。


「あ、ごめんなさい。気のせいみたいです」


 そんなヒミカさんは、今も首をかしげている。何か気になったことでもあったのだろうか。そんな彼女に、「何か気がついたら言ってくださいね」と伝えておく。


 ほかの命の水は『執事ボックス』に一旦しまっておいた。伯爵夫妻の治療にどれほど必要になるかわからないが、足りないようであればドワーフの好意に甘えることにしよう。


 あとは、と。

 これが本当に伯爵家に伝わる文献通りの命の水か確認しなくてはいけない。


 まずは コップに入っている命の水を炭にかからないよう、肉を焼いていたコンロへとふりかける。数秒の間を置いてから、その命の水が燃え上がった。


 (うん、これなら度数も八十度くらいはあるだろう。エタノール代わりとして十分だ)


 続いて、コップの中に指を入れ、その水滴を手の甲に塗ってみる。サァーっとアルコールが蒸発していくと同時に、体温が奪われる感覚がある。揮発性は十分のようだ。この現象は、“あっという間に乾くのだが、寒くて仕方ない”、という文献どおりだ。


「さてと……ヒミカさん。僕がこれを飲んでしばらくしたら解毒魔法をかけてください」

「えっ。それはどういう――」


 ヒミカさんの返事もそこそこに、命の水が入ったコップを手にとる。顔を近づけるとむせかえりそうだ。息を吸いながらでは、到底飲めそうにないほどのアルコール臭が鼻の粘膜を刺激する。


 僕は、覚悟を決め、息を止めて命の水を口にした。


 次の瞬間、口の中に焼けるような痛みが一気に広がる。これも文献どおりの症状だ。


 その痛みに耐え、無理を押して命の水を飲み込んだ。命の水が、喉を焼きながら胃に到達したのが熱さでわかる。身体が小刻みに震え始め、体中から汗が噴き出すような感覚にとらわれた。


 立っていられなくなり、テーブルにコップを置いたあと、崩れるようにして膝をつく。


 ちょうどそのときにヒミカさんの解毒魔法を唱える声が聞こえ、僕の身体を何かが通り過ぎたような感触があった。


 解毒魔法の効果だろうか。身体の震えが止まり、焼けるようだった身体もすっかり元通りになる。足に力を入れ、テーブルを支えに立ち上がるとそのままイスに座り込んだ。


「アルクさん! 何をしたんですか!」


 ぼうっとする意識の中、ヒミカさんの悲痛な声が聞こえた。軽く手を上げ、大丈夫であることを伝える。それでもまだ身体が浮き上がるような感覚が残っているようだ。


「アルコールは飲み過ぎれば毒だと知ってましたが、毒に耐性がないと一口であっても思った以上に酔いがひどくなるようです」

「何やってるのよ、アルクん」


 ヨヨさんが少し青い顔をしながら呆れている。


「文献の内容と同じかどうか確認したんです。燃えるような感覚は、間違いなく文献にあったとおりですね。これで命の水がドワーフの作った酒である可能性が高くなりました」


 そう言って力なく二人に微笑みかける。

 すると突然、僕の頬が左右に引っ張られた。


 何事かと顔を上げると、ヒミカさんが両手で僕の頬をつまみ、左右に引っ張っていた。それはもう遠慮の欠片もないほどの力で、だ。


ひみゅきゃひゃん(ヒミカさん)ひたひのでふが(痛いのですが)

「アルクさん、こういう危険なことはおやめください」


 それだけ言うと、頬を引っ張っていた手を離す。

 引っ張られていた頬をさすりながら、彼女にお礼とともに謝っておく。


「解毒魔法ありがとうございました」

「無茶しすぎです」


 彼女はそれだけ言うと、僕に背を向けた。

 ヒミカさんの目が潤んでいるような気がしたが、すでに彼女は顔を背けてしまったため確認できなかった。


 イスから立ち上がり、自分の身体を確かめる。今はもう酔いも残ってないし、手足にもちゃんと力が入る。


 (強力な解毒魔法も覚えておく必要があるな。解毒薬が飲めない状況もあるだろうし。逆もまた然り、か)


「心配かけてすいません」

「もう大丈夫? アルクん」

「大丈夫ですよ。さすがはヒミカさんの神聖魔法です」


 背中を向けているヒミカさんにそう伝えると、彼女はこちらに振り返った。


「今度、私たちに黙って危険な真似をしたら知りませんからね。ちゃんと前もって言ってください」

「はい。わかりました」

「なんかお母さんに怒られている子供みたいね」


「……」

「……」


 

 そのお母さんと目が合った。

 お母さんは顔を赤くしながらごにょごにょと何かをつぶやいている。伯爵夫人のことでも思い出しているのだろうか。


「ヨヨさん。僕とヒミカさんは同い年ですよ」

「じゃあ、お父さん?」

「お、お父さ――」

「はいはい。なんでもいいから早く実験をしますよ」


 ヨヨさんとヒミカさん、なぜそんな冷たい目で僕を見るのですか。



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