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第四十六話 執事、スベる

 不思議そうにしているヨヨさんに、魔族社会における貴族について簡単に説明することにした。


「もしアルティコ伯爵夫妻に何かあれば、二人の子供であるヒミカさんが自動的に次の伯爵となるんですよ。遺言状があれば別ですけど」

「一族で一番優秀な子供を後継者にする、っていう宣言は遺言にならないの?」

「なりません。宣言どおりの遺言状があれば別ですが、貴族の場合、国が発行する正式な書類に書かれた遺言状以外は無効になります」

「なんで?」

「魔族の中には相手を操る能力を持った種族がいるとされています」


 数多くの種族が存在している魔族の中でも特殊な種族がいる。その中のひとつがこの相手を操る能力を持った種族だ。


「なにそれ、すっごく怖い」

「だからこそ書類が必要になります。もちろん書類を書く前に操られていないか審査があります。最後に、魔王様の認可が下りれば正式な遺言状になります」

「面倒くさいのね」

「魔族は長生きですからね。書類で残しておかないと、言った、言わない、の水掛け論になりかねません」


 ヒミカさんに目をやると、まだ飴を舐めているようだ。相変わらず幸せそうな顔で口をもごもごさせている。テーブルの上にあったはずのべっこう飴は、いまや包んであった紙だけがきれいに並べられている。


「……あのぅ――」


「ところで、その相手を操る能力を持ってる魔族ってなんなの」

「わかりません。ですが、確実に存在していることはわかっています。きっとその数は少ないのでしょう」


 聞いた話では、対策方法や操られているかどうかを判別する方法については、国の中枢機関に伝わっているらしい。対策がある以上、その魔族が実在する信ぴょう性は高い。だが不思議なことに魔族の中でもなんという名前の種族なのかは一切伝わっていない。


「なんて恐ろしいのかしら」


 ヨヨさんは真面目な顔をして身体を震わせる。

 その動きにあわせて半透明の羽も小刻みに動いている。


「そんな魔族がいたら砂糖や花蜜が買い叩かれちゃうわ」

「心配はそっちかい!」

「ふっふっふ。アルクんもやっと、くだけてきたわね。仲間として認めてくれたのかしら」

「僕はヨヨさんのことをずっと仲間だと思ってましたよ」

「あら、そうなの。ありがと」


 そのヨヨさんは、嬉しそうな顔で笑いながら僕の周りをふよふよと飛び回っている。だが、何かを思い出したかのようにポンっと手を叩くと、僕の前にあるテーブルに着地する。


「そういえば魔族は女性でも貴族になれるのかしら」

「ええ。女性でも貴族になることは可能ですよ」


 優秀であるか、功績をあげればですが、と付け加える。


 ちなみにヒミカさんのような独身女性が両親の爵位を継いだ場合、結婚したときにその夫となる人物に爵位を譲ることが可能となる。ただし魔王様の許可が必要だ。

 もちろん優秀であれば貴族の奥方にも貴族位が与えられる。ただ奥方の場合は、名誉爵位みたいなものだ。


「簡単に説明すると、魔族社会の貴族の仕組みはこんなもんです」


 とりあえずヒミカさんに関係しそうなことについては説明したはずだ。


「だったら遺言状に細工する可能性はないのかしら」

「まず無理ですね。管理は非常に厳重ですから。それに遺言状はないと思いますよ」

「どうして?」

「魔王様が関わっていますからね。魔王様が認めれば、遺言として認められる可能性があります。遺言状の最終認可は魔王様ですしね。それに伯爵様も七百歳とはいえ遺言を残すような年齢じゃありません」


 もちろん魔王様とはいえ国の法を曲げてまで強引なことはできない。あくまでも可能性の話ですよ、と心配そうなヨヨさんに伝える。


「それに優秀な子供だと判断するのは伯爵様だけじゃないはずです」


 一族の中で一番優秀な子供を後継者にする、と宣言した伯爵様。その一番優秀な子供がヒミカさんなのか子爵令嬢なのかはわからない。


 ただ、どちらが後継者にふさわしいか。その判断を下すのは簡単ではないはずだ。一族全員が納得でき、どちらが優秀かを公平に判断ができる人物が必要だ。

 その人物に心当たりがある。


「まさか、アルクん。魔王様?」

「ええ。既に首突っ込んでますからね、魔王様」


 後継者を決めるときには、恐らく顔を出すはずだ。魔王様の判断を疑う魔族はまずいないだろうし、なんといってもこれ以上の適役はいない。それにしても魔王様にお願いできるコネがある伯爵様も大したものだ。


「そうなると、ますます下手な小細工はできないわね」

「だからヒミカさんを狙ってるのだと思いますよ」

「それ。魔王様は知らないのかしら」

「知っていたとしても、子爵が関係しているという証拠が見つかっていませんからね。同じ毒が使われているというだけではさすがに動けません」

「困ったものよね」

「困ったものです」

「じゃあ伯爵様が体調を崩されたことと子爵は無関係と考えていいのね」

「いいと思います。ところで“命の水”の件は、まだ連絡ありませんか」

「うん、ごめんなさいね。まだないわ」

「……そうですか」


 (はやく連絡がつけばいいが……)


 お嬢様のための食材探しに、ヒミカさんが手伝ってくれることになった。しかしその彼女は後継者争いに巻き込まれ、命を狙われている。しかも頼れる存在である彼女の両親は、病気で伏せっているのだ。


 僕としてもそんな彼女の手伝いが少しでもできれば、と思っている。


 手始めに彼女の両親であるアルティコ伯爵夫妻の病を治す手助けをしているのだが、それには“命の水”が必要だ。“命の水”はドワーフ族が作る強いお酒だと考えた僕は、それを手に入れるため、ドワーフ族と交流のあるヨヨさんに入手できるか確認してもらうようお願いした。


 だが、その連絡はまだないという。

 伯爵様の容体は予断を許さない状態だ。命の水がドワーフ族の酒であるとは限らない。少しでも早く手に入れたいが、連絡がないことにはなんともならない。


 それにしても昨日と今日で、彼女についてわかったことが多い。


 ヒミカさんは、お嬢様や僕と同じように正常な味覚を持つ魔族の一人だった。白の賢者様という魔族の神様の巫女であり、神官長補佐でもある。伯爵家の令嬢であり、病気に倒れた両親を心から心配している心優しい女の子。そして彼女自身は、何年も前から伯爵家の後継者争いに巻き込まれている。


 更に僕と同じで毒に弱く毒への耐性がない。

 そんな彼女は僕と同じ孤児でもあった。


 (十歳の女の子が抱えるような問題の量じゃないよな)


 物思いにふけっていると、その本人から声をかけられる。

 顔を向けると不安そうな顔をしたヒミカさんが、恐る恐るといった様子で尋ねてくる。両手を祈るかのように胸の前で合わせ、何かに怯えるような目で僕を見る。


「アルクさんは、私が貴族ではなく孤児だったことを軽蔑されますか」


 そう言った彼女の声は震えていた。視線を僕からはずすように瞳を横にそらしながら僕の言葉を待っている。


「えっ。どうしてです。ヒミカさんはヒミカさんでしょ。それに僕も孤児ですよ」


 僕が孤児であることを聞いた彼女は、きょとんとした顔を一瞬見せた後、目を丸くした。口がぱくぱくと動いている。驚いているのか、聞こえなかったのか、よくわからないがとりあえずもう一度、声をかける。


「僕も孤児ですよ。孤児の執事で孤執事ですが」


 二度目の告白を聞いたヒミカさんは、口元に手をやって肩を震わせる。顔を背け、目を固く閉じている姿は、まるで泣いている赤子の――。


「……プッ。ふふふ。あはは」


 赤子のように、笑っていた。


 これぞ執事ジョーク。子供の執事と子供の羊。『孤児』と『執事』をかけた洗練された高度な言葉の二重奏デュエット。一人部屋を持つ十歳児なので『個室児』もかけて三重奏トリオとして披露してもよかった。


 まさに完璧。

 落ち込むことなど執事ジョークの前では許されないのだ。


「アルクさんは、毒だけでなく孤児であることも気になさらないのですね」

「ええ。孤児だからといって嘆いても意味ありませんから。僕には仕えるべきお嬢様と侯爵家があるのです。ヒミカさんも一緒でしょ」

「ええ、ええ。そのとおりですわ」


 ヒミカさんは嬉しそうに答えるが、思い出したように笑っている姿は先ほどまでの暗い雰囲気ではない。笑いのツボにでも入ったのだろうか。


 さすがは執事ジョークである。

 笑いすぎで涙を流してるヒミカさんが、指で涙を拭いつつ言った。


「ところでアルクさん。コシツジってなんですか」


 ……執事ジョーク敗れる。

 さすがの執事ジョークも羊を知らない世界の住人には、通用しなかった。では、何が面白かったのだろう。


「羊って動物がいましてね。呼び方が執事と発音が似ているので、それとかけて……」

「あ、自分で説明しちゃうんだ。アルクん」


 かわいそうな子を見るような目でヨヨさんが僕に言った。しかし、今は執事ジョークの存亡を賭けた重要な話をしているのです。


「そりゃあ、羊のことを説明しないと執事ジョークも――」


 あれ。何か大事なことを見落としていないか。

 そういえば――。


 (イーラさんって、羊皮紙を使っていなかったか?)


「ヨヨさん、羊って知ってます?」

「ううん。さっき動物だって聞いたのが初めてよ」


「――あのぅ」


 僕は、慌てて『執事ボックス』から生物図鑑を取り出すと、テーブルの上で本を開く。名前は違うかもしれないが羊に似た動物がいるかもしれない。そう思った僕は図鑑のページを次々とめくり、羊に似た動物や似た名前の動物を探し始めた。


 ヨヨさんとヒミカさんは僕の様子を黙ったまま見ている。


 どれほど時間が経っただろうか。図鑑の半分をめくり終わった頃だ。


「……あった」

「これが羊なの。ヒツジン? うわっ、怖っ」

「これがそうですか。もこもこしてて可愛らしいですね」


 ページに描かれている羊ことヒツジンの姿は、前世にいる羊と変わらない姿をしている。もこもことした毛並み。偶蹄目。魔族と同じように角が生えている種類もいるようだ。


 ヒミカさんが可愛いと言ったのは、そのもこもこ感からだろう。ヨヨさんが怖いと言ったのは、その瞳だ。正直、僕も横線を引いたようなあの瞳は怖いと思う。


「うん。羊もちゃんといるな。相変わらず安易な“ン”がつく名前だけど、わかりやすいといえばわかりやすいか」

「アルクん。ドラゴンだって、ワイバーンだって、リヴァイアサンだって、“ン”ついてるじゃない」

「ヨヨさんが、正論を言う……だと」


 僕の言葉に刺激されたのか、ヨヨさんがその細い腕を振り回しながら威圧感なしで、すごんできた。僕を睨みつけるその顔は不敵に笑っている。いや、笑いをこらえているといったほうがいいかもしれない。


「……あ、あのぅ」


「一度、アルクんに妖精の恐ろしさを教えておいたほうがいいわね」

「ヨヨさんもアルクさんも仲がいいんですね」

「……あのぅ」

「まあ、ヒツジンの件についてはイーラさんに聞きましょう。羊皮紙を使っていたので何かご存じのはずです」

「あら。羊皮紙ってヒツジンから作るものなの」

「それも含めて聞いておきたいですね」


 ヨヨさんが羊皮紙の作り方を聞いてくるが、こちらの世界ではどのように作っているのかわからない。生物図鑑や遺言状があるように、魔王国では紙が流通しているのだ。羊皮紙がそこまで流通しているとは思えない。


 だが、羊皮紙より重要なことがある。

 ヒツジンがいるのなら、良質な羊肉が手に入る。ラムの甘みすら感じる柔らかい肉や、マトンの少しクセのある肉もうまい。チーズだって作れる可能性があるのだ。それにウインナー用に腸が確保できる。


「お二人とも、本当に楽しそうですよね」とヒミカさん。

「まあ、いろいろな食材が見つかるのは嬉しいですから」と僕。

「甘いものなら最高よね」とヨヨさん。


「おどれら、さっきから呼んどるじゃろが! ボケェ」


 だれ?


 川のほうから聞こえてきた誰かの怒声とともに、僕に向かって何かが勢いよく飛んでくる。


 視線を向け、瞬時にその正体を見極める。

 飛んでくる物体は、ただの石。ぼくは飛んでくるその石を右手で受け止めると、声の聞こえたほうへと投げ返す。だが、その石は濡れていたようで手が滑ってしまった。思わず石を持つ腕に力が入る。


「おっと、手が滑った」


 僕が投げ返した石は、飛んできた方向よりも左手側、川の上流側のほうへと飛んでいった。その石が、吸い込まれるように川の水面に着水する。



――ドゴッォォォン


 (あ、やっちゃった)


 耳を塞ぎたくなるような炸裂音が草原に響く。石がぶつかったときに発生した衝撃波が、川辺の草花を勢いよくなぎ倒す。三メートルほどの幅がある川からは、大きな水柱が立ち、数秒ほど川の水がせき止められた。せき止められたせいで行き場をなくした大量の川の水が岸辺へと向かって押し寄せる。


「神の障壁シールド


 詠唱とともに柏手かしわでを打つ音が聞こえたかと思うと、ヒミカさんの神聖魔法が発動した。その障壁は、薄い膜でできた直径二メートルほどの半球状のドームとなって、ヒミカさんとヨヨさんを包み込む。


「あっ」


 ヒミカさんの短い声が聞こえる。

 僕のいる場所は彼女の神聖魔法の範囲に入っていない。


 轟々とうねり声をあげる水の奔流が、僕へと迫りつつあった。



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