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第三十九話 工作活動は雑談から

 三人を見送った後、フトック食肉協会に足を踏み入れる。思った以上に明るい店内は魔道具の照明で照らされているようだ。店の中には先ほどのフトックという店主らしき人物は見当たらない。


 食材を見るフリをして店をうろついていると、カウンターの後ろにある扉から話し声が聞こえてくる。どうやらフトック氏は店の奥にいるようだ。


 まずは侯爵家が仕入れている食材の名前を確認する。

 近くの店員をつかまえ店で扱っている、ミルク、生肉、ハム、脂、骨、それぞれの素材の名前を聞く。


 店員は、なんでそんなこと聞くんだ、という不可解そうな顔をしていたが、ちゃんとこちらの質問に答えてくれた。その店員に礼を言ってその場を離れる。


 この店でも食材の名前くらいは把握しているようだ。いくら魔族が食べ物に興味がなくてもさすがに扱ってる商品くらいはわかっているのだろう。

 いろいろな食材の名前を知っている人物がいると食材探しもはかどりそうだ。そのような人物にも協力をお願いしたいが、今は心当たりがない。


 それはともかく正体不明の食材は以下の名前だったことが判明した。


・ミルク(狼)

・生肉、ハム、油、骨(ワイバーン)



 (うーん。まぁ嫌悪感を抱くような食材ではないか)


 狼の乳で人が育ったという話は前世にもあった。これなら魔族が飲んでも悪影響はないだろう。ワイバーンの生肉やハムは、確かに固かった気もするが気になるほどではなかった。油や骨の臭いが若干獣臭いと感じたくらいだ。

 これで肉類関係の食材の正体が全てわかったことになる。頭の中のもやもやが、スッキリと晴れた気がする。


 (さてと)


 さっきの店員さんは普通だった。僕が求めている店員ではない。

 店の中を見渡すと、忙しそうにしている別の店員を発見。ブツブツと文句いいながら乱暴に商品を並べているところをみると、実に僕好みの店員さんのようだ。

 その彼に、店頭に置いてあるキノコについて聞くことにする。


「お兄さん、あのカゴに入った派手な食材ってどこで手に入れてるの」

「は? なんでそんなこと貴様みたいな平民に教えにゃならん」


 まあ、この程度の店員を雇っている時点でこの店のレベルがわかる。


 (エサ、みっけ)


 思わず笑みがこぼれそうになるのを我慢しつつ子供らしく話しかける。


「食肉協会なのに、なぜ肉以外のものを売ってるのか気になっただけだよ」

「ああ、そうかい。買わないんならさっさと出て行きやがれ」

「一応、客として来たんだけどなぁ」

「お前みたいな、貧乏そうなガキが客――」


 彼の声を遮るように、こっそりと『執事ボックス』から金貨を出して真上に向かって指で弾いた。キィーンと心地良い音を立てた黄金色の金属は、天井に向かって直線を描く。天井すれすれの位置で落下を始めた金貨は、そのまま店内の光を反射しながら僕の手に戻ってくる。

 目の前のエ……店員さんが、見開いた目で金貨を追っていたのが面白かった。


 前世の価値でいうと、この金貨は十万円くらい。魔王国通貨は十一種類。金貨は上から三番目の価値だ。一週間で夫婦子供二人の家族が銀貨五枚で暮らせていけるこの世界。金貨一枚で銀貨百枚分だ。小金貨だと十枚の価値がある。

 この金貨一枚あれば店頭に置いてあるカゴいっぱいの毒キノコを全部買ってもお釣りがくる。


「あ、そ。このお店では僕みたいな者はふさわしくないんだね」


 目立つように両腕を広げ、首を左右に振りながら、目の前の店員さんに向かって言い放つ。ほかの店員の目がこちらに向いていることを確認してから店の出口に向う。

 こちらに近づく気配を背中に感じながら、出口の手前で立ち止まり少し大きめの声で独り言。


「違う店で“仕入れる”か」


 ほらほら、僕は普通の買い物じゃなくて仕入れ(のフリ)で来ましたよ。でもダメ店員さんが追い出しちゃった。あー、大口注文の機会失っちゃったね。悪いのはダメ店員さんです。全部、あの店員が悪い。


「お客様、お待ちくださいませ」


 (はーい、いらっしゃいませぇ)


 振り返ると先ほどミノスさんを怒鳴りつけていた、フトックと名乗った男が立っている。やはりお腹の肉は揺れていた。近くで見てわかったが、その顔はネトネトと脂ぎっている。


「おや? どちらさまでございましょうか」と知らないふりをする。


 さっきの店員に話しかけた子供らしい口調ではなく、丁寧な言葉遣いで問いかけた。話の口調によって相手はその印象を大きく変える。こちらの立場を高くみせたり低くみせたりすることも可能だ。


 フトック氏は、僕の子供らしくない口調に面を食らった顔を一瞬浮かべたが、すぐに仮面をかぶって自己紹介をしてくる。


「これは申し遅れました。私は、このフトック食肉協会の会長を務めております、フトックと申します。先ほどは、うちの従業員が失礼なことを申しましたようで。これも私の不徳のいたすところ。どうかもう一度機会をお与えくださいませ」


 口調は丁寧で謝罪しているつもりのようだが謝罪の言葉はない。子供の僕に頭を下げることも当然しない。

 会長さんは、気位がお高い方のようだ。なんでも頭下げればいいというわけではないが、その態度はお気に召さない。が、むしろ好都合である。


「いえいえ、頭をお上げください。特に気にしておりません。なにせ普段着で来ましたからね。勘違いすることもあるでしょう。事実、私も来る店を勘違いしておりました」


 会長さんの顔を一気に赤くなる。そういえばこういう生き物いたな。腕が八本あって茹でると赤くなるやつが。こちらの世界にもいるのだろうか。


 にっこりと笑う僕に、なぜか会長さんの口元がひきつっているように見える。頭を上げてください、と言っただけじゃないですか。たまたま頭を下げていなかっただけで僕に悪気はありませんよ。


「こ、これは手厳しい。改めて謝罪させていただきま――」

「とんでもありません。会長さんに、二度も頭を下げさせたとあっては僕が怒られてしまいます。起きたことは起きたこととして商売の話をしましょう」


 頭を下げ、謝罪しようとした会長の言葉を途中で遮る。

 いまさら頭を下げて謝ろうなんて、そんなぬるいこと僕がさせるわけがないじゃないか。謝罪をさせる気も受ける気もない。


 食べ物を投げた罪と、ヒミカさんとヨヨさんを危険にさらした罪は重いのだ。じっくりと魔族らしい話をしよう。


 顔を赤くしたままで肩をプルプル震わせている会長さんは、辛うじて自分が商人であることを思い出したようだ。


「そ、そういえばお客様は、仕入れのお話をされていたようですが」

「大量の人と物が集まる王都ですからね。我らが隊商キャラバンとしても珍しい食材を探しているんですよ」


 言っておくがこれはウソではない。

 王都は人も物もいっぱいだし、僕が珍しい食材を探しているのも間違っていない。毒のない食材は珍しいのだ。隊商の仲間も僕、ヨヨさん、ヒミカさんと三人もいる。ただ王都から出たことがないだけだ。


 あとは僕が商品の仕入れ担当、もしくは隊商の身内とでも思ってくれればしめたもの。“僕が怒られる”という言葉に、僕が一人ではないことを匂わせたけどわかっているかな? ハッタリも相手が気づいてくれないと意味がない。


 もちろん僕のことが気になってあとから調べようと思っても、僕がいる隊商など登録はされていない。ちゃんと自分の身分は隠す工作くらいは心得ている。


「おっしゃるとおり王都には多くの物が集まりますからな。珍しい食材を探しておられる仕入れ担当のお客様にも、気に入っていただける商品が必ずや見つかることでしょう」


 ……僕が言うのもなんだけど、ちょっとは疑おうよ。

 十歳の子供が仕入れ担当なわけがないでしょう。まあ、普通の子供は金貨持ってたりしないけどね。なぜこんなに簡単に信じてしまうのか。


 あまりの警戒心のなさに呆れつつもいろいろと聞き出しておく。食材の情報もそうだが、この店はどうも胡散臭い。


「会長さん。そういえば外にあるあの白い商品は珍しいものですね」


 店頭にある白いキノコについて聞いてみた。どうみても伯爵家の水路にあったものと同じキノコに見えるのだ。


「さすがお目が高い。あれは最近仕入れたものでございます。貴族の皆様にも美しいと評判でして。食卓を彩る純白さが人気でございます」

「そういえば食肉協会なのに、なぜあのような商品を扱っていらっしゃるんですか」


 山と積まれている色とりどりのキノコを見ながら、暴言を吐いた店員と同じ質問をぶつけてみる。


「商売の基本として、お客様の多様な要望にお答えするためです。最近では干し肉や干し魚なども始めました」

「干し肉や干し魚は、違う店でも売ってますよね。わざわざ同じものを売らなくてもいいのでは?」

「いえいえ。商売のなんたるかをわかっていない素人の集団では、貴族をはじめとするお客様に満足していただくことはできないでしょう」


 素人の集まりねぇ。平民を馬鹿にして貴族以外お客と見ていないような店こそ素人というべきだろうに。


「でも、ほかのお店も頑張っているのではありませんか」

「ぶっひっひ。その頑張りもいつまで持つやら。やはりお客様は質、量、値段に敏感ですからな」

「なるほどそれは確かに。では会長さんのお店では干し肉はおいくらで売っていただけるのですか」

「干し肉も仕入れのご予定ですかな。干し肉は―」


 その価格はワイロー商店で購入した金額の七割。三割も安い価格で売っている。質もほぼ同じものだ。ほかの食材もワイロー商店より全体的に安い。


「おおぉ。質、値段ともにすばらしい。さすがはやり手の会長さんだ」


 僕の言葉に気をよくしたのか、ごく自然にいやらしい笑みをうかべるフトック会長。目もうつろな感じになっており、その笑みはどうも生理的に合わない。生理的に合わないからさっさと本題に入ろう。


「これだけのものを用意できるとなると、ほかの店では太刀打ちできませんね。ほかのお店を潰すおつもりですか」と冗談交じりに笑って話す。

「ぶひひひ。他人様の店を潰すなんて滅相もない」

「ではどうするのでしょう? 私のようなものには見当もつきません」


 どうせギリギリまで追い込んで店や土地ごと乗っ取るつもりだろう。同じ食材業者だし、潰すより傘下に入れたほうが安上がりだ。

 まあ、ここはあえて相手から発言させるよう仕向けてみる。


「ぶひひ。お客様はまだお若いですな。潰れると店や土地が金貸しやほかの者たちに流れます。ですが乗っ取ってしまえば全てが手に入りますぞ」

「おお、さすがは会長さん。商人としても一流ですが、戦術家としても一流ですね」

「いやいや、照れますなあ」


 うん、思ったとおり。

 しかもご丁寧に“乗っ取り”とまで言った。フトック氏が、王都内での食品販売の独占を狙っていることは間違いない。

 会長さんは、嬉しそうにいやらしい笑みを浮かべている。それにしても、なんでこんなに単純なんだろうか。


 言質を取られたことに気がついてない。


「うちはちゃんとしたものが安く入ればかまいませんので」

「お客様とは長いお付き合いになりそうですな」


 ミノスさんは、フトック食肉協会のことを大きいと言っていた。恐らく資金も豊富にあるはずだ。だが、いろいろな食材を他店より安い値段で売り始めた分の赤字は出ているはず。物を仕入れるには金がいる。その損をどこでまかなうのかが問題だ。


 考えられるのは、ほかの食材店が潰れた後、食材を今以上の高い値段で売りつけて回収するという手だ。しかし、この方法だと目的の店を潰すまで金と時間がかかりすぎる。それにいくら資金が豊富であっても限度があるはずだ。


 次に考えられるのは、食材そのものを安く仕入れる。

 では、どうやって安く食材を仕入れているのか、だ。これは帳簿などを確認しないとなんともいえない。何か証拠があればいいんだけど、今は調べる術がない。


 商売のやり方としては嫌いじゃないけど、食べ物を粗末にするような食材屋に存在意義などない。


 こちとら食べ物に対する執着がどこよりも強い民族出身の元人族だ。食い物の恨みは恐ろしい、という言葉の意味を教えてあげる必要がある。



 おっと、話がそれた。


「ところであの白い商品は、ほかでは売っていないのでしょうか」


 例の白いキノコについて会長さんに問いかける。


「ええ、ええ。あちらはこのフトック食肉協会だけの販売でございます」

「参考までにお聞きしたいのですが、おいくらほどで? 見本として用意したいのですが」

「おぉ、そういうことでしたらいくつか持っていってくださいませ。お気に召しましたらいつでもお申し付けください」

「おお。これはこれはなんとありがたい申し出。お言葉に甘えてひとついただいていきます。さすがは一流の大商店の会長さんともなると太っ腹ですね」

「いえいえ、とんでもありません。お客様を大切にしてこそ商売の基本でございます」


 そういって白いキノコを袋に入れてもらった。マッシュルームと塩が売っていたので少し多めにお金を払い、“仕入れておく”。マッシュルームはウシドンのつけあわせにしよう。塩? もちろん肉にかけて食べるのだ。


「それでは会長様。またの商談楽しみにしております」

「こちらこそお待ち申し上げておりますぞ」


 商売人っぽく挨拶を交わした僕は今度こそ店を出た。白いキノコは『執事ボックス』に入れておく。

 この後、水路で見つけたキノコと同じものか確認しよう。


 (さて次に来るときは、いろいろと探らせてもらうとするか)


 店を出てから何やら誰かが殴られているような派手な音が聞こえてきたけど、気のせいだろう。「お前のせいでガキなんぞにナメられたんだ」という怒鳴り声も実に心地よい。


 誰もつけてこないことを確認してから、僕は足早に王都の北門へと向かった。



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