第三十八話 食材は大切に
神殿を出てフトック食肉協会へ向かう途中、ヒミカさんに毒のない食材について話しをする。
「これが今わかってる毒のない食材の一覧です」
ヒミカさんに一覧表を手渡す。彼女は一覧表を受け取るとじっくりと読み始めた。
侯爵家に豊富にあった食材の中から、たったこれだけしか毒のない食材は見つからなかったのだ。この現実に、きっと驚くに違いない。
じっくりと読んでいたヒミカさんが顔を上げて言った。
「まあ。こんなにもあったんですねっ」
……あれ?
思ってた反応と違う。
たったこれだけしかないと思っていた僕とヨヨさんは顔を見合わせる。神殿の食事は思った以上に質素なのだろうか。自炊しているとは聞いていたが、これだけしかない食材をたくさんあるかのように言われ戸惑ってしまった。
「聞いたことのない食材ばかりです。食材の名前も覚えなくてはいけませんね」
「ええ。名前を覚えてもらわないと、いつまたお仕置きされるかわかりません」
口をぱくぱくさせながら声が出てないヒミカさんは、顔を真っ赤にしている。ようやく出た言葉も、「やっぱりいじわるです」という非難の声だった。
「それはそうとアルクさん。私もいくつか知ってる食材がありますのでご案内しますわ」
まだ少し顔を染めたままのヒミカさんが言った。
「えっ! それはありがたいお話です。どこで売ってるんですか」
「売ってるわけではないのです」
「売っていない? とおっしゃいますと」
「王都から少し離れたところにある森で採れるんです。我が家の池に水を引いてきている湖の話を覚えていらっしゃいますか」
「確か王都の北東にある湖ですよね」
「そうです、そうです。その湖の周りの森で取れるんです」
「なるほど。それにしてもよく見つけましたね」
「父の仕事の手伝いで森に何度か行ったことがあるんです。そこでたまたま見つけたんですよ」
話によると時期によらず一年中採れるという。以来、頻繁に採りに行っては食べているそうだ。
「それって、名前とか形とかわかりますか」
「名前はわかりませんが、ひとつは黒っぽい皮の果実ですね。中身はきれいな薄緑なんですよ」
「ん? ひとつは、っておっしゃいましたか」
「はい。もうひとつは熟すと黄色になる細長い果実ですね。最初は緑色の固い身なんですがこれも火を通せば食べられます。熟したものは柔らかくなります。両方とも柔らかくてトロっとした感じが楽しいんですよ」
これらは男性の神官に人気で、神殿に持って行くと我先にと集まってくるらしい。たまに神殿に来た信徒の方にも配っており、皆に喜ばれているそうだ。
「私一人ではたくさんの数を持ってこれないのが残念です」とヒミカさんは苦笑気味に笑みを浮かべた。
男性の神官や信徒に人気と言われても、ヒミカさんからもらえるから喜んでいるだけではないだろうか。味がわからない魔族が、食材に集まる理由なんてそれくらいだ。動物園で飼いならされたサルじゃあるまいし。
(サル?)
まさか黄色の細長い果実って、バナナか。これはぜひとも行って確かめなくてはならない。
「ヒミカさん!」
「は、はいっ」
「ちょうど湖方面に行く予定もあります。楽しみにしてますね」
「え、あ、はい。お任せください」
「アルクん、ヒミカちゃん。あのお店じゃない」
ヨヨさんの声を聞いて道の先を見ると、五メートルほど行ったところにある大きな建物の入り口に“フトック食肉協会”と書かれた看板が見える。
「アルクさん、あのお店はどんなお店なんですか」
「あそこは侯爵家がミルク、生肉、ハム、脂、骨を仕入れている業者なんです」
フトック食肉協会の店先には、ワイロー商店と同じようにカゴに入れられた鮮やかな色彩の山盛りキノコ、それに加え真っ白なキノコが山と積まれている。食肉協会なのになぜキノコを売ってるんだろうか。
「ねえ、アルクん。あれって船…キノコよね」
「ええ。伯爵家の水路にあったキノコと似てますね」
「とりあえず知らないフリして僕が尋ねますから、お二人は適当に口を合わせてください」
そう伝えて、店へと近づこうとしたときだった。
突然、店の中から巨大な何かが吹き飛んでくる。頭の上のヨヨさんを軽く押さえ、ヒミカさんを腕に抱えると、道の右側へと、すっと避ける。
吹き飛んできたものをすれ違いざま確認すると、それは半獣族の氏族のひとつ、ミノタウロス族の男だった。
地面に背中から叩きつけられたミノタウロス族の男は、さっと起き上がって店の中を睨んでいる。大きな身体にしては動きが軽い。来ている服や格好からすると平民だろう。
「何するべ! フトックどん」
ミノタウロス族の男が叫ぶ。
続いて店の中からゆっくりと太った男が出てきた。身ぎれいな格好をしているところからそれなりの地位にある人物に違いないだろう。それにフトックと呼ばれていたことから、恐らくフトック食肉協会の店主の可能性が高い。
歩くたびにお腹の脂肪が揺れている。辛うじて人の姿に見えなくもないので、純魔族だろう。両腕に大きな包みを抱えている。フトックと呼ばれた太った男は大きく息を吸うと怒鳴るように言った。
「ふんっ。お前のような下賎な中位魔族の平民が育てた肉など、私の店で取り扱うわけがなかろう。ここは貴族様にも信頼の厚い由緒正しい店なのだ。この汚らわしい腐れ肉をさっさと持って帰れ」
そう言い放つと、両腕で抱えていた布で包まれた肉をおもいっきり放り投げた。でかい肉の塊がものすごい勢いで宙を飛んでくる、僕たちのほうに。
「坊や、危ないべ」ミノタウロス族の声が響く。
二人から手を離し後ろに下がらせた後、一歩前に出る。
(あの大きさと勢いだと直撃すれば致命傷だな。ヨヨさんとヒミカさんに当たったらどうするんだ。何よりも食べ物を粗末に扱うんじゃない!)
勢いよく回転しながら迫る肉の塊に右手を伸ばす。手に当たった瞬間、ひじを曲げ衝撃を殺して右手一本で受け止める。
その拍子に、包んである布の一部がめくれ包まれていた肉が見えた。思わずその肉にみとれてしまう。
その肉は、艶のある鮮やかな赤い色合いで、鹿肉にも似た弾力があり、ほどよく熟成されている。そのしっとりとした赤身の部分は適度な脂肪が入っているが余分な脂肪は見当たらない。皮下脂肪と思われる白に近い乳白色の脂身が太陽光に照らされて輝いている。
「これは素晴らしい。なかなかお目にかかれるものじゃない。それにしてもこれのどこが腐れ肉だというんだ。あの腐れ店主の目こそ腐ってるな。いや腐っているのは脳みそのほうか。食べ物を粗末にするやつは脳みそも粗末だな」
「アルクさん、前から思ってましたが毒舌ですのね」
(おや、思ったことが声に出てたか)
店主は既に店の中へと引っ込んでおり、今の声は聞こえなかったようだ。
「気のせいですよ、ヒミカさん。僕は毒に弱いですからね。毒舌だったら死んでしまいます」
毒舌と毒に弱いことをかけた自虐魔族ジョークが冴え渡る。
「えええっ! そうなんですか」
「あれ? 言ってませんでしたか」
まさかの反応である。真面目な言葉が返ってきた。ヒミカさんに毒耐性がないことを言ってなかったかな。
「聞いてません。お嬢様のために毒のない食材を探しているとは聞きましたが」
あ、そういえば神様に会ったこと言ってないから、原因になった毒スープのことも話してなかった。そうなると毒に弱いことを話すのはまずかったかな。まあ、ヒミカさんなら知られても大丈夫だろう。……毒殺とかしないですよね。
「驚くのも無理ないですね。高位魔族なのに毒に弱いってのも珍しいですから」
「え、ええ。そうですわね」
「まぁ、ほかの人には秘密にしておいてください」
気配を消しているヨヨさんは、僕の頭をバシバシ叩きながら、笑い声を押し殺しプルプル震えている。たまに髪の毛がひっぱられて痛い。魔族ジョークが冴え渡った証拠だが笑いすぎだ。
「……あの肉の塊を片手で」
いつの間にかミノタウロス族の男がそばに立っていた
「おら、モ~、たまげたなぁ」
その声に隣で立っているミノタウロス族の男性を見上げる。彼は目を見開き、驚いた様子で僕と僕が持ってる肉を交互に見ている。どうやら肉に夢中で僕とヒミカさんの話は聞いていなかったようだ。
失礼にならないよう彼を見ると、そのミノタウロス族の男性の顔は、どうみても前世にいたウシそのもの。頭からは太くて立派な角が二本生えている。二メートル以上ある巨大な身体を包む筋肉は、服の上からでもミノタウロス族らしい力強さを見せている。
ほうけているミノタウロス族の男性に、手に持っている肉の塊を差し出した。
「お兄ちゃん。これ返すね」
「……坊やよぅ。飛んできた二十キロの肉の塊ば、片手で受け止めた後で、そないな(そんなに)可愛く言われても違和感しかないべ。どないな力をやっとるのだらあか(どんな力をしてるのだろうか)」
「運がよかっただけですよ。僕はアルク」
肉を返すと、ミノタウロス族の男性は肉を両手で受け取りながら僕たちに自己紹介をしてくる。
「ミノスだで。それにモ~おじさんの域だでな」
「身体のほうは大丈夫ですか」と一応聞いておく。
「アルクさん。お怪我をされているようです。ミノスさん、治療するのでじっとしててください」
ヒミカさんは、ミノスさんの身体に癒しの魔法を唱え始める。
「おお、痛みが消えていくだ。どこかで見たことあるかと思えば巫女様だべ」
「ヒミカと申します」
彼は、ありがたや、ありがたやと両手を合わせて拝んでいる。しばらくして、「終わりました」とヒミカさんが言った。そういった彼女の顔は少し赤い。今度、僕も拝んでみよう。
「ところで何があったんですか」
「実はおらが大切に育てているウシドンの肉を、売り込みに来たんだがあの調子でなぁ」
「ウシドン! ドーン」なんたる偶然。
「な、なんだ。どうしたアルクさ」
「ミノスさん、ウシドンの肉って毒ありますか」
「アルクさよぅ、それはウシドンとおらに対する侮辱だべか」
「いえいえ。悪気があって聞いたんじゃありませんよ」
「それなら、ええけど。毒はあるべ」
「あるんかーい!」ヨヨさんの叫び声があたりに響く。ミノスさんは驚いた顔をして僕の頭の上で絶叫をあげたヨヨさんを見ている。
(ヨヨさん、何してるんですか)
思わず、軽くため息をつく。ヨヨさんは僕の頭の上から降りると、舌を出しながら、やっちゃったぁ、って顔を僕に向けた。まあ、バレてしまったものは仕方ない。
少し店から離れてヨヨさんを紹介する。
「これはまた可愛い子だべな」
どうやらミノスさんは、ヨヨさんのことを妖精とは気がついていないようだ。まあ、見たこともなければ冊子を読んだこともない一般魔族であれば、これが普通の反応だろう。
二人の自己紹介も終わり、もう一度ミノスさんに同じ質問をぶつける。
「ミノスさん、さっきの話だけどウシドンって毒あるのかな」
「あるな。食べすぎるとお腹が痛くなるべ」
「それ毒のせいじゃないですよ。ただの食べすぎが原因では?」
「そうだべか?」
ここでふと気がついた。
ミノスさんは魔族とはいえ上位魔族ほどの毒耐性はない。まぁ僕よりは強い耐性を持っているのは間違いない。
では中位魔族のミノタウロス族って何を食べているんだろう。もしかしたら新しい食材を知っているかもしれない。
そもそもミノタウロス族って肉食、雑食、草食どれだろうか。ウシと一緒で草食……いやいや、さすがにウシ扱いするのは失礼だろう。万が一、ウシと同じだとしたら肉を食べて消化不良起こしているだけの可能性もある。
ま、おいおい確かめればいいか。
「ミノスさん。なんであの店に売り込みに行ったんですか」
「フトック食肉協会は、王都じゃ有名な大きい店だで。貴族様との取引も多いって話だべ。あそこで扱ってるワイバーンの肉がかみ切れないほど固かったんで、一族で育ててるウシドンを紹介しただよ。そしたらあのざまだぁ」
「なるほどね(草食ではないと)」
「なかなか買い手も見つからず、すがる思いで売り込みしたんだがなぁ」
「そんなに買ってくれる人がいないの?」
「普通の家にはちょいと値が張るでな。だったら貴族様に売れると思ったんだべ。自信を持ってオススメできる肉だでよ」
確かに質の良い肉だった。でも魔族にとってはワイバーンの肉もウシドンの肉も同じ赤い肉にしか見えないだろう。
「肉が売れないと一族の暮らしもままならないべ。草も食べず、ウシドンばかり食べるわけにもいかないだ」
(はい、雑食……ん? 今、草って言ったか)
「商売というのは難しいのですね」とヒミカさんがつぶやく。
「そうだなぁ。ウシドンの肉の魅力を皆に伝えきれないオラが悪いんだども」
「ミノスさん、ウシドンの魅力ってなんでしょうか」
「巫女様、ウシドンの魅力は柔らかさだべな」
ミノスさんとヒミカさんがウシドンの魅力について話しているが、どうしても聞いておきたいことがある。
「ミノスさん、ウシドンの味は?」
無駄だと思っても聞かずにはいられない。
「味? 何を言ってるんだべ。柔らかいことが一番だべ」
はい。ですよね。もう魔族、嫌い。お嬢様だけが僕の気持ちを理解してくれる。早くイーラさんやほかの使用人の皆が味を理解してくれると嬉しい。わかっていた結果だけどね。
とりあえずはウシドンの味見をしておきたい。毒があるのかないのか確認する必要があるし、もし想像どおりの味であればぜひ定期的に手に入れたいところだ。もちろんウシドンには肉だけでなくほかの食材も期待している。
「ミノスさん。代金は払いますからウシドンのお肉食べさせてもらうことってできませんか。あとウシドンのこと詳しく聞きたいです」
「ええだよ。怪我を治してくれたお礼だべ。それにおらの育てたウシドンのこと聞きたいっていうアルクさの頼みを断るわけにもいかねぇべ」
「ありがとうございます。ではここから近い王都の北門で待ち合わせしましょう」
「おや、アルクさはどうするだべか」
「僕はちょっとフトック食肉協会に用があってきたんですよ。だからヒミカさんとヨヨさんは先に行って、ミノスさんと待っててもらえますか」
「わかったわ。ミノスさん、ヒミカちゃん、先に行きましょ」
「ヒミカさん、北門まで案内お願いします」
「わかりましたわ、アルクさん。ほどほどに」
ええ、もちろん……あれ?
“ほどほどに”って何をするのか気がついてるの、ヒミカさん。




