第三十七話 言い訳と報告
神殿に着くと、まずは本殿で参拝。本日、参拝者に祝福をしているのはヒミカさんではなく別の男性神官だった。あたりを見回すが彼女の姿はない。
恐らく部屋にいるのだろうと思い、ヒミカさんの部屋へと向かう。部屋の扉をノックすると、中から、「どうぞ」と声が聞こえた。
「お邪魔します。あれ?」
部屋の中に入ったが返事をしたはずのヒミカさんの姿はない。部屋をぐるりと見回し、後ろを確認しようと思った、そのときだ。突然、開けたままだったはずの扉が勢いよくバタン、と音をたてる。なぜか背筋に冷たいものが走る。
「ヨヨさん、後ろを見てくだ――」
「いやよ」
言い終わる前に即答されてしまった。覚悟を決め、ゆっくりと後ろを振り向く。予想に反せず、そこには満面の笑みを浮かべたヒミカさんが立っている。神官の白いローブ姿がまぶしいのは、彼女の背後に漂うドス黒い謎のオーラによって、ローブの白さが引き立てられているからだろうか。
「お、おはようございます、ヒミカさん」
「お、おはよう、ヒミカちゃん」
「ええ。おはようございます。アルクさん、ヨヨさん」
挨拶をする彼女の微笑みは、目標を見つけた暗殺者、羊を見つけた狼、花蜜たっぷりパンケーキを前にしたヨヨさんのようであった。
「アルクん、今、失礼なこと考えたでしょう」
「いえ、ぜんぜん」
「アルクさん。昨夜は、私の専属メイドであるイシェリーが無礼を働き誠に申し訳ございませんでした」
「いえ、とんでもありません。気にしておりませんよ」
「イシェリーには、きつく言い聞かせ罰を与えておきましたのでどうぞお許しください」
(罰ねぇ)
“私の可愛いお嬢様”ってくらいヒミカさんを溺愛している彼女に、そこまで厳しくしなくてもいいような気もする。
「ちなみに罰ってなんですか」
「イシェリーにはヨヨさんへの接触を禁じました」
「えっ、それってどんな罰なの」とヨヨさん。
僕も意味がわからない。
「私が持っていた妖精族入門冊子は、もともと彼女の物なんです」
お嬢様を溺愛し、妖精族入門冊子を持っている、……まるでイーラさんみたいだ。これからイーラさんみたいな人を、イーラ系女子と呼ぼう。ただイシェリーさんは、残念なイーラ系女子だから、イーラ系残念女子と名付けよう。
「あら、そうだったの。意外と残ってるのね」とヨヨさんは少し嬉しそうだ。
「そのイシェリーって子によろしくって伝えておいて」
と、付け加える。
その一言が残酷なものだと気がついたのは、ヒミカさんの言葉の後だった。
「罰として、妖精族入門冊子の持ち主だったイシェリーに、本物の妖精族であるヨヨさんに会ったこと、名前を呼び合う仲になったこと、今日も会う約束をしてること等を、事細かくたっぷりと自慢した上で接触を禁止にしました」
「「黒巫女っ」」僕とヨヨさんの声が重なった。
「わ、私、そんな生殺し状態の子によろしく伝えてって言っちゃったわ」
「さすがは、黒妖精」
「いやぁぁぁ」
イーラ系残念女子でも理解できる非常に厳しい罰だった。思い描いていた伝説の妖精が身近にいる。それなのに会うことが許されない。何より会うことが許されない妖精から、よろしくなどと精神攻撃で煽られる。なんと、むごい。
「冊子をもらったのは、友達って言ってませんでしたか」
「もともと彼女はアルティコ家に仕える男爵家の次女です。私が小さな頃から、友達として、姉として、そしてメイドとして接してくれてます」
「なるほど、男爵家のね」
貴族のお嬢様ならあの強気の態度も納得がいく。決して褒められた対応ではないが。
「やはり伯爵家でメイドをされているのは奉公の一環ですか」
「ええ。そのとおりですわ」
特殊な性格以外に、境遇までイーラさんとそっくりだ。イーラさんも由緒ある貴族の令嬢で、奉公のため侯爵家のメイド兼お嬢様の専属侍女として働いている。
最近は減ったが、現在の魔族社会の奉公人制度は上級貴族に下級貴族が労働力を提供する制度として考えられている。一昔前は下級貴族による反逆防止のための人質という意味もあった。
上級貴族は安い給料で労働力が手に入るが奉公人に対し貴族教育を行う義務が発生する。
下級貴族にも大きな利点がある。上級貴族の覚えもよくなるしコネも増えるだろう。うまく行けば出世の機会が与えられることだってあるのだ。
奉公に出た子供らは、貴族の役目や行儀作法を勉強するいい機会になるし、将来の伴侶と出会う場所でもある。下級貴族のメイドが上級貴族婦人になった例もあるのだ。
ミストファング侯爵家では、メイドさんの半分は奉公人である。侯爵様が留守の間、ミストファング領を守る騎士たちも奉公人が多かったはずだ。
「さて、それはともかく」
笑顔を浮かべるヒミカさんの、笑っていない目が僕を捉える。
あれれ? ヒミカさんの背後に漂っていた黒いオーラが、大きくなっているなぁ。気のせいかなぁ。怖いなぁ。
「自称平民のはずのアルクさんが、ミストファング侯爵令嬢の専属執事だと黙っていたこと。その理由を、じっくり、たっぷり、はっきりとお聞かせいただけますよね」
「……はい」
自然と正座していた僕は、お嬢様について話すことにした。
「昨日もお話しましたが、毒のない食材を探しているのは僕がお仕えするティリアお嬢様のためです」
「ティリア様とは、昨日お話いただけなかった“ある方”のことですね」
「はい。お嬢様は味覚オンチの魔族には珍しく正常な味覚を持っておられます」
侯爵様には、アルティコ家にティリアお嬢様のことを話してもかまわないと許可をいただいている。
そして僕も正常な味覚を持っていることを付け加える。
ただし昨日と同じように、前世の知識や技能のこと、白の賢者様に会ったことは秘密のままだ。毒飲んで死にかけたら白の賢者様に会えちゃいました、なんて言えるはずもない。
「……ようは執事だと黙っていたのは侯爵家のお立場を考えて、ということですか」
「はい、そのとおりです」
「でもなぜ逃げるようにお帰りになったのですか」
「イシェリーさんの言ってることがわからず混乱してました」
「……それはわかります」
(わかっちゃうんだっ)
ヒミカさんは僕を見た後、軽くため息をつきながら眉間を押さえる。それ、クセなんですね、と言おうとしたら軽く睨まれた。
「わかりました。私も両親の病気の治療法を探している途中であれば、真面目に相手をしなかったでしょう」
「ご理解いただき感謝します」
「ですが、アルクさん。今後は私もお手伝いするのですから、隠しごとは駄目ですよ」
「はい、わかりました」
「ならよろしい」
そういって僕を見るヒミカさんの笑顔はとても嬉しそうだった。
「終わった?」と物陰からヨヨさんが顔を出す。
「いつの間に隠れたんですか」
「いやぁ、見てはならない痴話喧嘩に巻き込まれそ――」
「「痴話喧嘩ではありませんっ」」
僕とヒミカさんの息もピッタリな声が部屋に響く。
まずはヒミカさんに僕の立場をわかってもらえて何よりだ。
肩の力を抜きながら、正座していた足を伸ばす。
「ところで先ほどの話の中で、魔族は味覚オンチとおっしゃいましたよね。確か昨日も」
「ええ。魔族は食事に無関心かつ味覚オンチ。味覚障害とも言えます」
「よくよく考えますと味覚という言葉の意味がわかりません。味覚とはどういうことですの」
「味覚とは、甘み、塩味、苦味、酸味、うま味の五種類があります。甘いとか、塩辛いとか、苦いといった食べ物を口に入れたときの感覚のことですね」
味覚のように個人によって感じ方が違うものを説明するのは難しい。人によって味覚は異なるからだ。感覚的で主観的なものは実にやっかいだ。
「……食べ物を口に入れたときの感覚ですか」
「はい。例えば甘いものを食べた場合、ほっとしたり、心がやすらいだりします」
「心が安らぐ……」
「また、塩を舐めると口の中がしびれたような刺激があります。あとは毒のある食べ物を口にすると、耐えがたい苦味を感じ、刺激や痛みが口に広がって――、ヒミカさんっ! どうされました!」
様子がおかしい。ヒミカさんに近寄る。
ヒミカさんの顔からは血の気がなくなり土気色だ。呼吸も荒くその場にしゃがみこんでいる。そっと背中をさすってあげると、なんとか落ち着いてきたようだ。
ヒミカさんは苦しそうにしながらも神聖魔法を唱えた。柔らかな光がヒミカさんを包むと、呼吸も落ち着き徐々に顔色もよくなってくる。
「す、すいません。ちょっと気分が悪くなってしまって」
「大丈夫ですかっ」
ヒミカさんをイスに座らせ、テーブルに置いてあった水差しからコップに水を入れてさしだす。彼女は軽く首を振り、「大丈夫です」と弱々しく言った。
「一口でも飲んだほうが楽になりますよ」
「いえ、けっこうですから」
あまり無理じいするのもよくないだろう。テーブルにコップを置き、ヒミカさんの様子を見る。ずいぶんと顔色もよくなっており呼吸も安定してきている。
「もう大丈夫です。ご迷惑をおかけしました」
「大丈夫? ヒミカちゃん。迷惑だなんて思ってないから無理しないでね」
「ヨヨさん、ありがとうございます」
少し元気を取り戻したのか、ヨヨさんに答えるヒミカさんの声はいつもと変わらなかった。
「ご心配をおかけしました。そろそろ食材を探しに行きましょう」
「駄目ですよ、ヒミカさん。もうしばらく休んでいてください。それに神殿のおつとめはどうするんですか」
「大神官様には許可をいただいておりますわ。白の賢者様からの啓示を報告したら、アルクさんたちに協力するように、とおおせつかりました」
「話されたのは啓示の内容だけですか」
「ええ。手伝う内容に関しては話しておりません」
ヒミカさんの助けが神殿公認で得られるのはありがたい。それにヒミカさんは優秀な神官魔法の使い手で、“人や物の居場所を知ることのできる魔法”を使うことができる。基本的にはヒミカさんが知ってるものに限るのだが、十分すぎる能力だ。
食材探しについてきてくれるのはありがたいが、もう少しだけ休んでいてもらおう。彼女は少し無理をしすぎる傾向がある。ちょうどヒミカさんのご両親の件について話すいい機会だ。
「ヒミカさん、出かける前に伯爵様の件についてお話したいことがあります」
「はい、なんでしょうか」
「文献に書いてあった命の水ですが可能性のあるものを見つけました。今、ヨヨさんにお願いして手に入れることができるか確認してもらってます」
「本当ですかっ!」
目を見開いてヨヨさんと僕を交互に見つめる。
「ええ。本当です。文献に書かれている内容から命の水というのは強いお酒のことであると考えました。そして伯爵様の病気の原因は、カビやキノコの菌糸である可能性があります。強いお酒には、そのカビや菌糸を殺す殺菌効果があるんですよ」
「カビやキノコの菌糸?」
「ええ。植物などに寄生する小さな生き物です」
「そんなものが……」
植物と言ったのは伯爵の種族がトネリコ族という植物系の魔族だからだ。伯爵様の種族に関してはヨヨさんに言ってないが、ヨヨさんも魔族のことを理解してくれているのであえて聞こうとしない。
あくまで僕の考えであって、確かな証拠や確証もないことも忘れずに伝えておく。
「更に、病気の原因が毒である可能性も考えました」
「毒ですかっ」
「ええ。毒です。伯爵様を害そうとする者の仕業かと思いましたが、その可能性は低いと結論付けました」
伯爵様のような高位魔族はほとんどの毒を無効化する。セイバスさんが言ってたように致死性の毒でなければ高位魔族に毒は意味がないのだ。
「昨晩、失礼かと思いましたが屋敷の周りを調べさせてもらいました。そこで見つけたのは大量のキノコと、水のほとんど流れていない水路です」
「水路の水が毒と関係しているのですか」
「お屋敷の池に流れ込む水が少ないと、流れが悪くなり池の水が濁ります。濁りは水を腐らせ、腐った水は病気の発生源になることもあります。そして毒素がたまりやすい環境にもなりやすいのです」
「そういえば最近、池の水の臭いが気になっています。以前は臭いなんてありませんでした」
「そこでヒミカさんには、伯爵様に“解毒魔法”をかけてもらいたいのです。自然に発生した毒が伯爵夫妻を苦しめている可能性がありますので」
「解毒魔法で、父さまや母さまは治るんですかっ!」
彼女はすがるような目で僕を見る。
「あくまで可能性のひとつです。解毒魔法が効くかどうかわかりません。病気の原因を突き止め、なぜ病気にかかったのか調べないと何も解決しないでしょう」
ご期待させて申し訳ありません、と頭を下げる。
「可能性があるのであればそれで十分です。ぜひ試してみたいと思います」
「それに命の水がお酒じゃない可能性もあります。また文献と同じ、命の水だとしても治らない可能性もあるんです」
「わかっていますわ。それでもこのまま弱っていく姿を見ているだけなんてできませんから」
(ヒミカさんは強いな)
「最後に、昨日の夜も確認しましたがヒミカさん自身は大丈夫ですか。先ほどのように気分が悪くなったりしたことはありませんか」
「……ええ。私は大丈夫ですわ」
伯爵夫妻に症状が出ているのだ。そのお二人の娘であるヒミカさんも発症する可能性がある。先ほど急に気分が悪くなったこともあって、再度確認したのだがどうやら大丈夫なようだ。
続いてヒミカさんに、治療を行う前の実験について伝える。命の水が届き次第、カビや胞子などに効果があるか試すのだ。伯爵様についていた白い綿、カビのような粉、白いキノコも実際に見てもらった。
「わかりました。命の水が手に入り次第お手伝いします」
「命の水については私の仲間が確認しているから少しだけ時間をちょうだいね」
「ヨヨさん、アルクさん、本当にありがとうございます」そういって彼女は深々と頭を下げた。
「ヒミカさん、待ってる間、行っておきたい場所があるのですがよろしいでしょうか」
「ええ。かまいません。私もご一緒します」
「お身体は大丈夫ですか」
「ええ。今のお話を聞いて元気が出てきましたわ」
僕たち三人は、神殿を後にした。もちろんフトック食肉協会に向かうためだ。ヨヨさんには念のため姿を隠してもらっている。
神殿から出る際に、なぜか男性神官数人から睨まれた気がするのだが気のせいだろう。「オレたちのヒミカ様がぁ」という悲痛な声も気のせいに違いない。




