第三十六話 解決の糸口を探れ
毎朝、一緒にお嬢様を迎えに行くセイバス執事長だが、今日はいらっしゃらない。朝からお見舞いの日程を調整しに、アルティコ家へと出向いているためだ。
いつもと同じ時間に、お嬢様の部屋の前に立ち、イーラさんが扉を開けるのを待つ。
※カチャッ※
ゆっくりと扉が開く。
「おはようございます。お嬢様のお着替え終わりました」
「おはようございます」
「おはよ、イーラ」
「あら、ヨヨちゃんまで。おはようございます」
部屋に入るとそこには、薄い黄色のワンピースを来た天使が笑っている。
「あー、ヨヨちゃんなのー。おあよー」
「おはよう、ティリアちゃん」
「おはようございます、お嬢様。昨日はお祝いありがとうございました」
「おあよー、きょうからも、よろくしなのー」
「はい、よろしくお願いします」
「よろしくなのー」
挨拶のあと、言葉遣いを言い直されたお嬢様の声は、後ろから聞こえた。一瞬のうちに僕の背後へと回り込んだお嬢様は、僕に抱きつき登り始める。これもいつもの光景だ。
「えっ、なになにっ?」
頭の上のヨヨさんは、僕の頭からパッと飛び退くと、お嬢様の行動に目を白黒させている。そんなヨヨさんに説明する。
「お嬢様は朝の日課として、肩車を目指して僕に登られるんですよ」
僕の説明に聞いたヨヨさんは、一瞬の無言のあと突然の大笑い。しばらく笑っていたヨヨさんだが、一生懸命に登っているお嬢様の姿を見て、いつの間にか笑い声が声援へと変わっている。
(今日も、そろそろかな)
「うんしょ、うんしょ」
(思ったよりも頑張っておられますね)
「うんしょ、うんしょ」
「うんしょ、うんしょ」
(あれ?)
お嬢様の手が、僕の頭にかかっている。そのまま、あれよあれよという間に肩へと片足がかかり、もう片方の足も反対側の肩にかかる。見事な肩車の完成である。
「あるくん、せいふくしたのー」
「達成、でございます、お嬢様」
「たっせいしたのー」
「お嬢様、おめでとうございますっ」
お嬢様を肩車しながら、拍手する。イーラさん、ヨヨさん、メイドさんたちも割れんばかりの拍手でお嬢様の目標達成を喜んでいる。お嬢様を肩車したまま部屋をぐるぐると回ると、お嬢様は楽しそうな笑い声をあげられた。
その拍手と笑い声を聞かれたであろう侯爵御夫妻が、足早に部屋へとお見えになった。肩車をされているお嬢様の姿をみた御夫妻は、一瞬驚きの表情を見せたが、すぐに悟られたようで優しい笑みに変わる。
「おおっ、ティリア。ついに肩車してもらうところまで登ったのか」
「まあ、ティリアちゃん頑張ったのね。すごいわぁ~」
「とぉさま、かぁさま、おあよー。たっせいしたのー」
肩の上で喜んでみえるお嬢様を優しく抱え、ゆっくりとおろす。お嬢様は、侯爵御夫妻に両手を広げて駆け寄ると、そのままポフッと抱きつかれる。
僕も続いて侯爵御夫妻の前まで行き、昨日のお礼をした。侯爵様は僕の肩に手を置き、目を合わせてから力強くおっしゃった。
「これからもティリアを頼むぞ、アルク」
「昨日はおめでとう。アルクちゃん、ティリアちゃんが頑張れるのもアルクちゃんのおかげよ~」侯爵様に続き奥様からもお褒めの言葉をいただく。
「アルクちゃんに肩車してもらえてよかったわね~」
奥様は、お嬢様を抱き上げると艶のある赤い髪を優しく撫でていらっしゃる。くすぐったそうに頭を撫でられているお嬢様は、「あるくんとよよちゃんのおかげなのー」、「ぽわぽわでがんばったのー」と、お話されている。
「ヨヨ殿。昨夜から気になっていたのだが、ぽわぽわとはなんだろうか」
あ、まだ、奥様に教えてもらえないんですね。
おいたわしゅうございます、侯爵様。
「砂糖や花蜜を使った甘いお菓子を召し上がられたときの感想、だと思います」
「お菓子、というとデザートとして出てきたものでしたな」
「はい。砂糖や花蜜の甘さを気に入っていただけたようです」
「砂糖や花蜜には、何か特別な効果でも?」
「え? ……砂糖や花蜜には特別な効果はございません」
ヨヨさんも少々困惑気味の様子。
恐らく侯爵様は、お嬢様が肩車を達成できたのは砂糖や花蜜に特別な効果があったからだと考えていらっしゃるのだろう。
僕の考えだと前置きして、侯爵様に進言する。
「侯爵様。僕の考えではありますが、花蜜に含まれる魔力が関係していると思います」
「ほう、アルク。なぜそう思う」
「魔族は魔力を吸収して糧とします。当然、その吸収する量が増えれば力を増すのも道理かと。特に花蜜は驚くほどの魔力を含んでいます」
「それでティリアのアルク登りが成功したのか」
「……ア、アルク登りですか」
「ん? ああ、我ら夫婦でそう呼んでるだけだ」
なぜか知らないうちに僕の名前がついた競技が出来上がっていた。
「その考えが当っているとすれば、魔力を糧とする我ら魔族としては、花蜜の取引は重要になるな」
「ぜひ前向きにお考えください、侯爵様。侯爵領には特別な配慮をさせていただきますわ」
「ヨヨ殿も商人でいらっしゃいますな」
「いえいえ。若くして通商貿易局局長になられた侯爵様の足元にもおよびません」
ヨヨさんと侯爵様は顔を見合わせながら、ふっふっふっ、と笑い合っている。侯爵様が、「そちも悪よのぅ」とか言い始めたらどうしよう。侯爵様を諫めてくれるセイバスさんは、今この場にいない。
「はいは~い。ヘルムトもヨヨさんも、そんな悪い顔をしてないで朝食にしますよ~」
「わるいかおなのー」
「お、おい、ティリア。とぉさまは悪い顔してないぞ」
「ティ、ティリアちゃん、これは違うのよ」
お嬢様の一言に焦る二人を尻目に、お嬢様を抱っこしている奥様は、笑みを浮かべながら食堂へと向かわれる。侯爵様とヨヨさんは、お嬢様に言い訳をしながら必死に追いかけていった。
残された僕、イーラさん、それにメイドの皆は顔を見合わせ、噴き出すのをこらえつつ侯爵様たちのあとに続くのだった。
昨日、いろいろあった朝食も無事に終わる。
目標を達成されたお嬢様は、「おいしいのー」を連発して、にこやかに食事をされていた。
食後、レイゴストさんとセイバスさんに昨日のお礼を伝える。照れくさそうなセイバスさんの顔を見るのは初めてだった。レイゴストさんには、コンペイトウの出来の素晴らしさを伝える。
ヨヨさんは、セイバスさんから解毒薬を何種類か渡されていた。話している内容が耳に入る。
「万が一、この解毒薬でアルクくんの毒が浄化できないときは」
「(ごくっ)……できないときは?」
「楽にしてやってください」ハンカチで目を押さえるセイバスさん。
「できるかぁっ!」
「冗談ですよ、冗談。魔族ジョークでございます」
「……それもジョークよね」
「よくおわかりでございますね」
うん、思った以上に意気投合してる。ヨヨさんは、セイバスさんが苦手なのかな、と思ってたけど、そうでもないようだ。
そのセイバスさんから、お見舞いに行く日は、予定どおり明後日に決まったと伝えられた。なんとか明後日までに解決の糸口を見つけておきたいところだ。
今日は、昨日行けなかったフトック食肉協会に行き、伯爵様の病気や例の水路と白いキノコについて調べる予定だ。
出かける前に、ヨヨさんと昨日の“命の水”について話し合う。
「ヨヨさん、“命の水”について何かわかりました?」
「いいえ、さっぱりよ。アルクんは?」
「実は、ヒミカさんからもらった文献の写しから、病気や命の水、それに妖精について書かれている部分を抜き出してみたんです」
「ん、何かヒントでもあった?」
「ヒントというかなんというか。まずは僕が書き出してきた一節を読んでみてください」
――
“力が入らず、身体がうまく動かない。白くなった肌がボロボロと我が身から落ちる。これが死というものか”
“小さきものに飲めと言われた。口に含むと炎を吐けそうなほどの痛みがあった。慌てて飲み込むと、今度は体が熱くて燃えそうだった。これが命の水か。”
“小さきものを、これからは小さな友と呼ぶ。三十センチほどの彼女は、小さなティアラで頭を飾り、小麦色の髪の間から尖った耳が見える。半透明の美しい二枚の羽を――”
“この治療はどうにも慣れない。命の水を私の体にふりかける。あっという間に乾くのだが、寒くて仕方ない。震えていると、それを見た小さな友が大笑いしている。つられて私も笑いが――”
“肌もすっかり元どおりになった頃、病に侵された我らが一族を助けた小さな友は、消えるように帰っていった。名前も種族も残さず、命の水を残して”
――
「このあたりの話は……妖精族っぽいわね」
そういってヨヨさんが指し示したのは、“彼女”の特徴と“消えるようにして帰っていった”という部分だった。
「ええ。この一節を読む限り、妖精族の特徴そのものと思います」
「たぶん間違いないと思うわ」
ヨヨさんも、この書いてある内容から妖精族であると判断したようだ。
「次に命の水です」
「火が吐けそうになって、飲むと身体が燃えそうで、寒い? なにこれ」
「いやぁ、これがですね。心当たりあるんですよ、僕」
「えっ。本当なの、アルクん。妖精の私が知らないのにっ」
「僕の予想だと、妖精族が作ったものではないと思います」
「ん? 作った? どういうことかしら」
ヨヨさんは首をかしげている。あ、でも材料は妖精族経由ってこともあるな。
「きっとこれ、お酒、だと思うんです。それもすごく強いお酒」
「命の水は、お酒なの?」
「ええ。この国ではワインくらいしか見たことありませんが、蒸留酒と呼ばれるたぐいのお酒でしょうね」
心当たりがあるのは消毒用エタノールなんだけど、この世界では手に入らない。そうなると代替品になりそうなものを考えた結果、度数の高いお酒を探すことにした。
「確かに妖精は、お酒なんて作ってないわ」
「でしょうね。すると、妖精族の彼女はどこで手に入れたのか」
「お酒だとすれば、ん~、そうね、ドワーフ族の可能性が高いわ」
ヨヨさんと交流のある種族にドワーフがいることは以前、聞いてわかっている。
「こっちの世界でもドワーフはお酒好きなんですか」
「ん? こっちのって? アルクんの前世にはドワーフいなかったんでしょ」
「それがなぜか魔族と同様、前世の物語には出てくるんですよ。そこでもドワーフの酒好きは有名な話でして」
「へぇ、不思議なこともあるものね。確かにお酒好きよ」
やっぱりこっちでもお酒好きなんだな、ドワーフって。
「ヨヨさんって、そのドワーフと交流ありますよね。そこでお願いなんですが、度数七十パーセント……と言っても通じませんから、“火を近づけると燃えるお酒”を持っていないか、確認してもらうことってできますか」
前世では、九十度以上の度数を誇る蒸留酒もあった。七十度以上の度数があれば殺菌にも使えたはずだ。
「火を近づけると燃えるお酒ね。聞いてみるわ」
もしドワーフが蒸留酒を作っていて、それが命の水だとすれば伯爵様の病気も治る可能性が出てくるはず。
ヨヨさんは、耳に手を当ててじっとしている。何かに集中しているようだ。ああ、これが例の魔道具か。声が出ていないから念話をする類のもののようだ。前世の携帯電話や無線機みたいなものだろう。
「うん。私の知り合いのドワーフに聞いてきてくれるって」
「ありがとうございます」
「ちょっと時間がかかるみたいだけど、かまわないかしら」
「ええ。かまいませんよ」
「ん、ありがと。この燃えるお酒が、命の水だといいわね」
「まったくです」
これで命の水に関しては連絡待ちだ。問題はここからだ。
「次に病気についてです。これが一番やっかいな問題なんですが、この文献に書かれている内容は伯爵様の身体に出ている症状と似ています」
「この“白くなった肌”ってところね」
「はい。恐らく伯爵様の病気の原因になっているのは、身体についた何らかのカビ、キノコの菌糸、もしくは寄生する何かだと思ってます。あとは毒の可能性ですね」
ヒミカさんの病気を癒す神聖魔法は効かなかった。ということは、セイバスさんが予測した毒のせいか、ほかの理由によって身体が弱っているのであろうと考えた。
「僕は、その中でもカビやキノコの菌糸の可能性が高いと考えています」
「なぜカビや菌糸だと思ったのよ」
「伯爵様の種族に関係してくる原因がひとつ。それに加え伯爵家には大きな池があるんです。それによって湿気も高いですしカビやキノコが生える環境が整っています」
池があることで湿気が高く、水路のフタには大量のキノコが発生中。池に落ちたときに着ていた執事服は、カビらしいものが発生して白くなった。そのときの池の臭いが忘れられない。
「でもそれだけじゃ、まだ確実とは言えないわよね」
「ええ。そのためにもカビやキノコが発生しやすくなった原因を調べるつもりです」
「発生しやすくなった原因は、池のせいだけじゃないと?」
「ええ。ヒミカさんの話だと池ができてから数年経っているそうです。ですが伯爵様が倒れられたのは二週間前。そうなると二週間前、もしくはそれ以前に何か原因となることが起きたのかな、と考えています」
「もし毒だったら?」
「その可能性も考えて、今日にでもヒミカさんに解毒魔法をかけてもらうようお話するつもりです。いざとなればセイバスさんの解毒薬もあります」
「なるほどね」
『執事ボックス』から小瓶を取り出し、伯爵様から採取した白い綿を見せる。ヨヨさんは顔を近づけ、「なにこれ」と小瓶を覗き込んでいる。
「伯爵様の体に付着していたものです」
「この白い綿みたいなのが、カビやキノコの菌糸ってやつなの?」
「恐らくですが。ただ、残念なことに今すぐ確かめる術がありません」
前世の知識と照らしあわせてみたが、伯爵様の体に付着していた白い綿の正体はわからなかった。カビや菌糸などであれば、培養して育ててみたらわかるかもしれない。だが培養しているような時間も設備もない。
「何分、手探りでやってる状態ですからね」
「やってみなくちゃわからないってことなのね」
「ええ。この白い綿に燃えるお酒をかけて消滅すれば、伯爵様に試してみる価値はあります。ですが……」
「それでも治らない可能性もある、と」
お酒だから身体にふりかける分には問題はない。だが、身体にかけたところで文献のように病気が治るかどうかは、わからないのだ。このあたりもヒミカさんに相談する必要がある。
おっしゃるとおり治らない可能性はあります、と返事をする。
「命の水が手に入った後、効果があるか試すためいろいろ用意しました。先ほどの伯爵様に付着していた白い綿、たまたま手に入れたカビのような白い粉(がついた執事服)、それに―」
『執事ボックス』から、昨日、水路で採取したスギヒラタケに似た白いキノコを取り出す。
「伯爵様のお屋敷近くの水路で発見した変わったキノコです」
「まあ、きれいな船」
……でたよ。キノコを玩ぶ妖精め。キノコが喋ったら、まず怒られるだろう。
「船、ですか?」
「ええ。木に生えている平べったい形をしたものを、そう呼んでるわ。これを水辺に浮かべてヒモで引っ張ってもらって遊ぶのよ」
移動手段ではなく遊び道具ねぇ。羽があるから飛べるし、妖精界経由でどこでも行けるもんなぁ、妖精さん。
妖精族と魔族の違いに苦笑しながら、話を続ける。
「伯爵様に試す前に、これら三種類に命の水をかけて試してみようと思っています」
「命の水をかけて消滅すれば、次は伯爵様ね」
「はい。そのつもりです」
よし、これで話も一区切りついた。あとは命の水候補である燃えるお酒の連絡待ちだ。待っていても仕方ないので、神殿にいるヒミカさんに会いに行くとしよう。
イーラさんにお嬢様のことをお願いしておく。
出かける直前、お嬢様とイーラさんがわざわざ見送ってくださり、「いてらーさいなの」と言葉をかけてくださった。
ぶんぶん、と手を振るお嬢様の姿は心から癒されるものだ。
その隣に立っているイーラさんは、手を振るお嬢様の姿を見て、クネクネしているが、残念ながらその姿には癒やされない。
こちらもお嬢様とイーラさんに手を振り、「いってきます」と返事をして侯爵家をあとにする。
ヨヨさんには、昨日と同じように気配を消してもらった。
僕も執事服から平民らしい服へと着替え終わっている。例の白くなった執事服も、箱のまま『執事ボックス』に入れて持ってきた。命の水の実験用だ。
神殿へ向かう道すがらヨヨさんと話す。
「ヨヨさん」
「なーにー」
「ヨヨさんが気配消しているとですね」
「うん」
「ブツブツと僕一人でしゃべっているように見えるんですよ」
「えっ、今頃気がついたの」
「……ええ」
なんだろう、この胸のもやもや感。
なんとも言えない気持ちのまま、僕は神殿への道を進むのだった。




