第四十話 ウシドンパーティー
王都には四つの門がある。
それぞれの門は、北門、西門というように東西南北の名前がつけられ、各門から伸びる街道は、ほかの街へと続いている。整備された街道を多くの魔族が忙しそうに行き来しており、その顔ぶれは旅の者であったり、商人であったりと様々だ。
待ち合わせの約束をした北門までやってきた。あたりを見回して、ヒミカさんやヨヨさん、それにミノスさんの姿を探す。「アルクさーん」と呼ぶ声に目を向けると笑顔のヒミカさんがこちらを見ながら手を振っている。僕は、手を振り返すと皆のところへ急いで駆け寄った。
「すいません。大変お待たせしました」
「おそーい」と僕にビシッと指を突きつけるヨヨさん。
「申し訳ありません。フトックのお店の後、道具屋に寄ってきました」
「何をしに行ってたのかしら」とヨヨさんは呆れ顔で言う。
「ウシドン用に串と網とトング、それに炭ですね」
「アルクさ、モー用事は済んだだか」
「ええ。おかげさまでいい話ができました」
布に包まれたウシドンの肉の塊を肩に担いでいるミノスさんが聞いてくる。相変わらずのウシ顔だが、大きくて優しげな目が可愛らしい。まあ、いくら可愛い目をしていても身体は二メートル以上ある筋肉隆々のおじさんミノタウロス族である。
ミノスさんと話していると、ヒミカさんがこちらに近づいてきて僕の様子を不安げに見ながら言った。
「アルクさん。食材の正体はわかりましたか」
「ええ。おかげさまで一覧表も埋めることができました」
「それは何よりですが、ご無理されてませんか」
「はい、大丈夫ですよ? どうかなさいましたか」
「フトック氏のお店に殴りこみに行かれたんですよね」
「ええええっ」と驚いたのはミノスさん。
「アルクさ、暴力はいけねえべよ」
「いやいや、殺ってません。いえ、やってませんってば」
「ホントだべか」
「ホントだべす」
ヒミカさんとヨヨさん。そこで首をかしげながら、「アルクさんなのに、おかしいです」とか二人でヒソヒソと話をしないでください。
「そもそもなんで僕がフトック氏の店に殴り込まなきゃいけないんですか」
少し呆れた顔をしながらヒミカさんに聞いた。
(ほどほどに、ってそういう意味だったのか)
ヒミカさんは、首をかしげたまま僕に向かって不思議そうに尋ねてくる。
「フトック氏がお肉を投げたときから怒ってましたよね」
「食べ物を粗末にするような食材店など存在する価値ないでしょ、それに」
「それに?」
「ヒミカさんやヨヨさんに当たったらどうするんですか」
「え? あ、その、それは、ありがとうございます」
何か今の言葉に意味があったのだろうか。ヒミカさんは頬をうすく染めながら視線を右へ左へと動かしている。
「ひゅーひゅー。まるでお姫様を守る騎士のようだねぇ」
「ヒミカさんは神官で僕は普通の平民ですけど」
「……うん、そうだね」
甘党妖精が塩を口いっぱいに頬張ったみたいな顔をしているが今はスルーしておく。
「わ、わかりました。殴り込みと言ったことは訂正します。アルクさん、フトック氏のお店で何をしたんですか」
ヒミカさん。貴方は僕があの店で何かしたことは疑ってないんですね。
正解ですけど。
「いえ、ちょっとフトック氏とお話を……」
「どんなお話をされたんですか」
「えーと。ほかの食材店を乗っ取って王都の食材販売の独占を計画中っていう話題で盛り上がっただけです」
ヒミカさん、ヨヨさん、ミノスさんが目を見開いて一斉に僕を見る。
「な、なんでそんな重大な話を雑談してきたみたいに言ってるんですかっ。どうやって聞き出したんです? やっぱり手が滑ったりしたんでしょ。滑ったんですよね。何回滑ったんですか」
ヒミカさんが神官らしくない物騒な発言を連発している。そんな彼女は、神官長補佐で、巫女で、伯爵令嬢だ。一束いくらで転がっているその辺のゴロツキの言い訳みたいなことを言う人ではない……はずだ。
「人の醜聞を広めるようで気がひけますが、あのフトック氏は神殿内でも評判が悪い人物です。神殿にあるオリーブ……アルクさんに名前を教えてもらった聖油の原料ですが、あれを売れとしつこく言ってくるのです」
「オリーブを、ですか」
「ええ。オリーブには魔力が含まれていますし、その果実もきれいですから売れると思っているのでしょう。神官の中には脅迫まがいのことをされたものもいます」
「あの連中ならやるでしょうね」
「脅迫について追及しても、知らない、勘違いだ、の一点張り。そのフトック氏が乗っとり計画について初対面のアルクさんに言うはずがありません」
……言ってなかったかな。ヒミカさんにそう言われると話してなかったような気もするけど。
いやいや、確かにフトック氏から乗っ取り計画について話をしたはずだ。うん、間違いない。
「間違いありません。自慢気に話してくれましたよ」
「ですが、安易にそのような話をもらすような人物とは思えないのです」
「そう言われましても、事実ですし」
「そうなるとアルクさんが、力でお話させたか、魔道具か、アルクさんの種族特性か、ということになるのです。どうなんですか」
「んー、何度も言うようですが力づくじゃありませんからね。それにそんな魔道具持ってません。それに僕の種族はフォ――」
「はい、アルクん、ヒミカちゃん。ちょっとストップ。種族名言っていいのかな」
ヨヨさんに話を遮られる。
おっと。無意識のうちに自分の種族を言うところだった。まだ僕の種族に関しては侯爵様にも言っていないのだ。ヒミカさんに知られてもまずいことはないだろうがあえて言う必要もないだろう。
ヒミカさんは身体を小刻みに震わせている。何かに怯えた様子で口を震わせながら僕に言った。
「ご、ごめんなさい。わ、私、アルクさんの種族を聞くような失礼なマネを……。それにアルクさん、聞いた私が言えることではありませんが、ご自分の種族を話してはいけません」
「ええ。存じておりますよ。それに悪気があって聞いたわけじゃないですよね。気にしないでください。僕のほうこそ何も考えず話してしまうところでした。申し訳ありません」
「いえ、こちらこそ申し訳ありません」
ヨヨさんには感謝しなくてはいけないな。お互いこんなことでギクシャクしたくない。
「ヨヨさん、ありがとう」
「いえいえ、これでアルクんに貸しができたと思えば安いものだわ」
「げふっ。その貸しはお菓子でお返しします」
人の往来が激しい王都の北門に一瞬の静けさが広がる。
「……アルクん。私しかお菓子のことわからないでしょ」
「しまったっ」
ヒミカさんとミノスさんは何の反応もしていない。何かあったのですか、という顔をしている。お菓子という名前を知っているヨヨさんだけが僕の味方だ。
「まあ、面白いジョークとは思ってないけどね」
トドメの一言が唯一の味方から飛んでくる。いつか魔族の国に料理文化だけでなくお菓子文化も広めてやろうと心に誓った瞬間である。
――それにしてもフトック氏の手が神殿まで広がっているとなると無視するわけにもいかないだろう。早めに手を打っておいたほうがよさそうだ。
人の出入りが激しい北門をくぐり、王都を出ると整備された街道が続いている。何人もの魔族が街道を使って別の街へと向かい、あるいは王都に向かってやってくるのだ。その街道沿いには青々とした草原が広がり、草花の香りを優しく風が運んでくる。
ここから北東に三時間ほど進めばヒミカさんの言っていた食材が採れる森があるのだが今日の目的は別の場所だ。
僕たちは街道を外れ、東にある草原の小道を三十分ほど歩いたところにある川の近くまでやってきていた。
記憶が確かであれば、この川も北東の湖に通じていたはずだ。川幅は三メートルほどでそれほど大きいわけではない。
僕たちは川岸に陣取るとさっそく準備を始めることにする。
「ではウシドンを食べる用意をしましょう」
そう言ってから執事魔法『執事食器棚』で腰までの高さの作業台を作り出す。地面から盛り上がった土が陶器のように硬質化する。もちろん表面はツルツルだ。
同じようにして卓上型のバーベキューコンロを作り、先ほどの作業台に乗せる。『執事ボックス』から雑貨屋で購入した炭を取り出しコンロに放り込む。その炭に『執事キッチン』で火をつけると同時に、『執事そよ風』で風を送って火力を上げる。轟々(ごうごう)という音とともに、炭が赤々としてきたところで買ってきた新品のアミをのせれば準備完了。
あとは肉を切って焼くだけだ。
「よし。さあ、肉だ」
「よし、じゃありませーん」
その声に後ろを振り返るとヒミカさんが、あ然とした表情でこちらをまじまじと見ている。そんな顔をしているヒミカさんに恐る恐る問いかける。
「な、なんですか」
「なんですか、でもありません。いま何をしました、アルクさん」
「何って、肉を焼く準備をしましたが」
「そうじゃありません。アルクさんはどれだけ魔法を使えるんですかっ。しかも無詠唱、同時制御、複数属性持ち、どうなってるんですか」
うーむ。神様、ヨヨさんに続き、同じ反応だ。
「昨晩は、明かりの魔法を使ってましたよね。それに空間魔法の『アイテムボックス』まで。火属性、風属性、土属性……いくつ属性を使えるんですかっ」
その後、僕が使う執事魔法についてヒミカさんに説明したのだが、なかなか納得してもらえない。執事魔法という属性はない、との一点張りだ。最後はヨヨさんの、「アルクんだから仕方ない」という、僕にとってはなんとも理不尽な一言で納得されてしまった。
「ほう、さっきのが魔法だべか。便利なもんだべ」
「いろいろできますからね。あると便利ですよ」
「いろいろはできないはずなんですが」とはヒミカさんの言葉だ。
ミノスさんの純粋な心が唯一の癒しだ。
お嬢様のために魔法の百や二百、使えなくてどうするのだろうか。
とりあえず理不尽ではあるものの、“僕だから”という理由で納得をしてもらったところで中断していたウシドンパーティを再開する。今は僕のことより肉が最優先事項なのだ。
「さて、肉を切らないと……って、し、しまったああ」
「どうしたの、アルクんっ」
「ほ、包丁を持ってくるのを忘れました」
一応、『執事ボックス』の中に短剣は入っている。侯爵様からいただいた短剣ソウルイーターだ。だが、大切な短剣で肉は切りたくない。いまから買って来るべきか。王都近くまで『執事ゲート』を使えばあっという間だ。
そう思っているとミノスさんから声がかかる。
「アルクさ、おらが切るべ」
「ありがとうございます」
ミノスさんが取り出したのは六十センチほどの肉斬り包丁。身体が大きいと扱う包丁も大きいのか、それとも肉をさばくから包丁が大きいのだろうか。
「普通に焼いたものと串焼き用でいいべか」
「ええ。それでお願いします」
二十キログラムの肉から、分厚く切ったステーキ用の肉と串焼き用の肉が切られていく。
「お手伝いすることはありますか」
ヒミカさんからの申し出に、僕は、肉とマッシュルームを交互に刺して塩を振り、串焼きの手本を作ってみせた。
「こんな感じに作ったものを焼いてもらえますか」
「はい、わかりました」
にっこりと微笑んだヒミカさんは、手本を見ながら手際よく肉とマッシュルームを串に刺していき、塩を振っては火にかける。さすが自炊経験が長いだけのことはある。串焼きは彼女に任せておけば大丈夫だろう。
そのあいだ僕は、ステーキ用に切られた肉をアミの上で焼くことにする。炭をコンロの片側に寄せ、焼き加減を調節できるようにしておく。こうしておけば、肉を置く位置によって焼き加減が調節できるのだ。これも前世の知恵のおかげである。
今回の焼き加減はミディアムレアだ。
コンロ上の肉に塩を振ろうとすると、「私も手伝うわよ」とヨヨさんが申し出てくれた。そんなヨヨさんだったが、ステーキに塩を空中散布しようとして煙にまかれ、今は僕の頭に緊急着陸中。もう少しでスモークフェアリーになるところだった。
スモークフェアリーになりかけたヨヨさんが、「体じゅう煙臭い」と嘆いているので『執事の匂い袋』で臭いを消してあげるとすごく喜んでくれた。さっぱりした顔で独り言のように、「一家に一アルクんね」と言っているのが耳に入る。
(やはり奴隷商人の血が騒ぐのだろう)
「今、失礼なこと考えなかった?」
「まさか、とんでもない」
笑って返事を返しておいたが、やはりヨヨさんの勘は侮れない。どうにも鋭すぎる。以前も思ったが妖精族には気をつけよう。本気で気をつけよう。
そんなことをやっているうちに肉の焼けた香りがあたりに広がる。あとは炭のない場所に肉を移動させ、時間をかけてじっくりと火を通せば完成だ。
待ってる時間を利用して『執事食器棚』でお皿、フォーク、テーブル、イスなどを用意する。僕らのテーブルの上には、ヨヨさん用のミニテーブルセットを作っておくことも忘れない。ミノスさん用に作ったイスは僕らのイスを三つ並べたほどの大きさにしておいた。
ヒミカさんは、執事魔法『執事の匂い袋』を使った僕を見て、首を左右に振りながら眉間を押さえている。よそ見をしていないで串焼きが焦げないように気をつけて欲しいものだ。
焼きあがった肉と串焼きを皿に盛り付けたら出来上がりだ。さっそくいただくとしよう。焼きあがったステーキはナイフが用意できなかったのでミノスさんに切ってもらっている。
では、さっそくステーキから食べてみることにしよう。皿に盛られたステーキの表面は、ほどよい焦げ目がついており、カットされた断面は完璧なミディアムレアだ。
その肉をひと切れ口に入れた瞬間、肉のうま味が口いっぱいに広がる。
カリッと焼かれた肉の表面に塩梅よく振られた塩が赤身のうま味を引き立てる。噛むたびに肉汁と脂の甘さが次から次へとあふれ出すのがたまらない。絶妙な赤身の弾力は、柔らかいだけではなく噛む楽しみを与えてくれる。惜しみながら肉を飲み込むと、その口の中は良質な脂のおかげか思った以上にさっぱりとしている。肉のうまさに感動しつつ、つぶやくように声を出す。
「……これはすごい」
ほかに言葉はない。
続いて串焼きにとりかかる。
焼きあがった串焼きを口へと運ぶ。串焼きの肉を頬張ると、こちらも口の中いっぱいに肉のうま味が広がる。火にあぶられて溶け出した脂が、表面の赤身をより香ばしくパリっとした焼き上がりにしている。強火で焼いたため焼き加減はウェルダンに近いが肉のうまさと柔らかさは損なわれていない。
「これも完璧。すごいよ、ミノスさんっ」
「気に入ってもらえて何よりだべ」
自身も肉を頬張りながら答えるミノスさん。確かに彼の言ったとおり、これはある意味、毒かもしれない。あまりのうまさに全部食べてしまいそうになるのだ。お腹が膨れてしまうことが残念でならないほどのうまさ。それがこのウシドンの肉を食べた率直な感想だ。
もちろん毒などない。僕が今も食べ続けていられることが何よりの証拠だ。
……自分で言ってて少し情けなくなる。
満面の笑みを浮かべるミノスさんからは、ウシドンに対する愛情と誇りが伝わってくる。これほど上等な肉を育てるには並々ならぬ努力があっただろう。だがこの肉なら納得するしかない。なかなかお目にかかれないほどの最上級の肉に間違いない。
そうなるとやはりちゃんとした調理をすべきだったと思う。
帰ったらナイフや鍋などの調理器具一式を『執事ボックス』に入れておこうと心に決める。執事たるもの、お嬢様が外に遊びに行ける年齢になったとき、いつでもバーベキューができるよう準備を怠ってはならないはずだ。
「やはり屋外用の食器なども早く準備しておくべきですね」
「何のためによ、アルクん」
テーブルに座ってべっこう飴と花蜜を幸せそうに食べているヨヨさんがその手を止めて聞いてくる。
「外に出かけたとき、急に『おなかすいたのー』ってことになったら必要ですよね」
「今の一言で誰のためなのか、よくわかったわ」
ミノスさんは僕が貴族に仕える執事だと知らない。だから普通の平民だと思っているはずだ。今ここでお嬢様や貴族の名前を出して気を使わせたくない。
「でも外に出かけるようになる年齢まであと何年あるのよ」
「たった三年です」
「気が早すぎるわっ!」
なぜか怒鳴られた。
ヨヨさんは、「まったくもう、魔族ってのは」とブツブツ言いながら花蜜をごきゅごきゅ飲んでいる。
「巫女様、どうしただ」
「……あまり食欲がなくて」
その声にヒミカさんを見ると先ほどから肉に手を付けていない。
「ヒミカさん、また調子でも悪いのですか」
「そういうわけではありません……が」
どうも歯切れが悪い。これだけ美味しい肉を僕だけが食べるのは申し訳ない。
そう思って串焼きをヒミカさんに差し出して言った。
「一口だけでもいかがですか」
「いえ、けっこうですから」と、彼女は顔を横に背けた。
「まあまあ、そんなこと言わず」
「いりませんったら」
「アルクさ、無理じいはよくねえべよ」と苦笑気味のミノスさん。
そこまで嫌がられると、少しいたずら心に火がついてしまう。串焼きを持ち直して横を向いているヒミカさんに声をかける。
「ヒミカさーん」
「なんですか」
ヒミカさんがこちらを向いた瞬間、ヒミカさんの口元に伸ばしておいた串焼きの肉がその唇に『ぺちょ』っと当たる。
彼女は何が起きたか、わからないような顔をする。
が、次の瞬間。
ビクッと肩を揺らした後、ヒミカさんの全身が震え始める。その顔は、はっきりとわかるほど蒼白となり何かに怯えているかのようだ。
彼女は、イスを倒しながら勢いよく立ち上がり、僕が差し出していた串焼きを震える左手で乱暴に払いのけた。そのまま僕を睨みつけ、後ずさりでテーブルから離れると、震える声でこう叫んだ。
「アルクさん。あなたまで……あなたまで私の命を狙うのですかっ!」




