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第三十一話 病の原因を探れ

 部屋に戻った後は、お嬢様に明日の予定を報告。これも専属執事の大切な仕事だ。


 まあ、今の時点ではお嬢様のご予定はほとんどない。だが、将来貴族令嬢として立派に御役目を果たされるよう、今のうちに慣れさせる、というのが侯爵家の方針なのだ。


 明日の朝、いつもの時間にお迎えに来ること、あとはいつもの時間に、お嬢様が育てておられる花に水をあげる予定があることを報告する。

 自分は王都で調べ物をしてくることを伝え、外出の許可をもらう。


「以上が、明日の予定となっております、お嬢様」

「うむ、あしたもたのむのー」

「お嬢様、うむ、ではなくて、はい、でございます」

「はい、あしたもたのむのー」


 お任せください、と笑顔で返事を返す。

 この“うむ”という言葉は、侯爵様の真似だ。以前、セイバスさんが次の日の予定を報告しているとき、侯爵様が返した返事が“うむ”だった。

 この癖がなかなか直らないのだが、真似をされている侯爵様ご本人はご満悦だ。

 女の子にそんな口のきき方をさせてどうするのっ、と奥様に怒られていたが。


 明日、僕が王都に出ていても、専属侍女のイーラさんがおそばにいるので特に心配することはない。花に水をあげる時間になればお嬢様に伝えてくれるだろう。


「よよちゃんがとまるときは、いっしょにおねむするの」

「わあ、それはすごく楽しみね」


 お嬢様とヨヨさんはお泊まり会の約束をされている。

 イーラさんは駄目ですよ? ……そんな目でこっち見ても駄目ですってば。


 そろそろお嬢様はおやすみ前の入浴と着替えの時間だ。イーラさんはメイドと一緒にその準備をしている。


 ヨヨさんも、そろそろ帰るわね、とお嬢様に挨拶をしている。


「またあしたなのー」

「ええ。また明日会いましょうね」


 ヨヨさんは、イーラさんやメイドさん、そして僕に挨拶をする。皆に手を振りながら、フワフワと飛び上がり窓の外から出て行った。

 ……明日の朝、どうやってお屋敷に入ってくるつもりなのだろうか。少し不安になる。


「いっちゃったの…」

「また明日会えますよ、お嬢様」


 少し寂しげな表情を見せていたお嬢様に、これからしばらくはヨヨさんも一緒ですから、と伝えると、元気良く、「うんっ」と笑顔で返された。


「さあさあ。アルクくんは侯爵様のもとへ。ご入浴のお時間です」


 イーラさんに急かされながら部屋の外へと追い出される。


「それではお嬢様。また明日、お迎えにあがります」

「おやすみなのー」

「はい。おやすみなさいませ」



 お嬢様におやすみの挨拶をすませた僕は、ヒミカさんの件について相談するため侯爵御夫妻とセイバス執事長が待っておられる執務室へ向かった。

 廊下を進み、意匠を施した重厚そうな黒い扉の前に立つ。


(そういえば侯爵家の使用人になりたいと申し出たのもこの部屋だったな)


 七年前のことをふいに思い出した。今では背も伸び、七年前とは違った扉の模様が目に入る。背筋を伸ばし、扉をノックして部屋に入る許可を待つ。


「侯爵様、お待たせしました。アルクでございます」


「入れ」と侯爵様の声が聞こえたと同時に、黒い扉が開き、中から漏れだした光が廊下を照らす。

 セイバスさんの手によって開けられた扉から部屋に入る。


「失礼いたします。お待たせしました」

「いや、大丈夫だ。こちらも今、手がすいたところだ」


 そうおっしゃった侯爵様は、執務室の左奥にある立派な椅子に座り、机上の書類の片づけをしていらっしゃる。


 ひさびさに入る侯爵様の執務室は記憶にあるものとなんら変わっていなかった。

 侯爵様が座っておられる椅子やその前にある大きな机、壁際にある本棚や戸棚などの調度品は、艶のない黒い木材で統一されており高級感あふれる部屋になっている。


 部屋の中央には、打ち合わせ等に使っておられるソファーやテーブルがあり、こちらも黒を基調としているが、中掛け用の緋色のソファーカバーが暖かみと、より一層の高級感を打ち出している。


「とりあえず皆、ソファーに座って話を聞くことにしようか」


 侯爵様と奥様が座られたのを見て、執事長もソファーへと腰かける。ちょうどそのタイミングで、執務室の扉をノックする音が聞こえた。何事かと、僕は扉の前で待機し、侯爵様の入室の許可が出るまで待つ。先ほどのように侯爵様の、「入れ」という許可が出るのと同時に、僕は扉を開ける。


 扉を開くと、そこにはメイドさんの一人が人数分のお茶を持って立っている。侯爵様が中に入るよう促すと、そのまま人数分のお茶を配り一礼して出て行った。


「さてお茶もきたことだし、巫女の件を聞こうか」

「さぁさぁアルクちゃん、お話を聞かせてちょうだい」


 何か楽しい話を期待しているかのような御夫妻の言葉に、心の中で苦笑いを浮かべつつソファーへと腰を下ろす。


「さて、アルクよ。まずは何があったか話してくれ」

「はい、侯爵様」


 巫女であるヒミカさんと知り合った経緯は省いて、彼女が白の賢者様から受けた啓示の内容を報告する。その中で彼女の両親であるアルティコ伯爵夫妻が病気であり、意識が戻らないほどの状態であることを話した。


「アルクたちに協力すれば、巫女殿の願いも叶う、か」

「あなた~。それはティリアちゃんに力を貸してもらうのと同じことよ~」

「うむ。わかっている」

「ティリアの件に関しては、アルティコ家に話してもかまわん」


 侯爵様はソファーに深く座り直し、ため息をつく。


「アルティコ伯爵の姿が森林管理局にいないのはいつものことだが、まさか病気だとは思わなかったな」

「いつもお元気でしたものね~」


 所領が接している侯爵様と伯爵様の付き合いは、今は亡き先代侯爵様の頃より続く。現ミストファング侯爵のヘルムト様は幼少の頃より面識がある。

 それに侯爵御夫妻の結婚式には夫婦でご出席され、ティリアお嬢様がお生まれになったときには、わざわざミストファング領まで足を運び、孫が生まれたかのようなお祝いぶりだったそうだ。


 まるで二人目の父、母のようだった、とは侯爵様の言葉だ。


「アルク、原因がわからないとのことだったが、前世の記憶があるお前が直接診て判断することはできないか」

「それは…診てみないことにはなんとも」


 前世の知識や技能を持っていることは侯爵様御夫妻やセイバスさんらには話していない。知っているのはヨヨさんを含む妖精族の三人のみ。確かに病気などに関する知識も持ってはいるのだが、設備や薬のないこの世界ではどこまで活かせるか疑問だ。


「治せとは言わんさ。お前がわかる範囲で相談に乗ってもらいたいのだ」

「もちろんです。僕ができることであればなんなりと」


 そこまで言うと、侯爵様は机へと向かい何やら書き始める。

 しばらくのち、書き終わった手紙をすばやく封蝋する。


「アルク。今からこれをアルティコ伯爵に届けてくれ。内容は、伯爵夫妻への見舞いの許可と都合についての問い合わせだ。返事をいただきたいのでアルクに伝えるよう書いてある。伯爵の身内が許せばアルクに伯爵の状態を確認させてもらえるよう、その旨も書いた」

「はい。畏まりました」

「セイバス。後の調整は任せる」

「旦那様。お任せください」


 侯爵は席を立つ。侯爵様が席を立たれたことで打ち合わせはここで終わりとなる。僕も伯爵家に行くためソファーから立ち上がったが、そこで足を止める。

 そういえば僕のことは、ヒミカさんになんと言えばいいのだろうか。まぁ、こちらに協力してもらうときになればわかることだ。会ったときには、侯爵家の使用人であることは明かしておこう。


 そう決心して部屋の出口へ向かうと、奥様の声が聞こえた。


「お見舞いには私も一緒にいきますわ~」

「いや、流行病だといかん。エリスには悪いが留守を頼む」

「むぅ~。そういうことなら仕方ないわね~」


 そうか、流行病の可能性もある。ヒミカさんは大丈夫なのだろうか。


 御夫妻の話が終わるのを待ってから、侯爵様に一言、「失礼します」と声をかけてから退出する。廊下に出て玄関ホールへと向かう途中、「アルクくん」とセイバスさんに声をかけられた。


「セイバスさん、どうされましたか?」

「アルティコ伯爵様のお屋敷に行ったときに、お屋敷周りの様子を確認してきてください」


 ん? それはどういう意図なのだろうか。何か気になることがあるのだろうか。


「それはどういう意味でしょうか」

「旦那様にはまだ報告していませんが、最近、高位魔族の間で病気になられる方が増えています」

「ええっ。侯爵様や奥様、それにお嬢様は大丈夫なんですか」

「もちろんです。私がいる限り、その心配はありません」


 これがほかの人が言ってると不安にもなるのだが、なにせセイバスさんだからなぁ。大丈夫と言われると本当に大丈夫なのだろう。


「どういった症状なんでしょうか」

「そうですね。主な症状としては、何の前触れもなく調子を崩し、立つこともできなくなり、意識不明が続くそうです」


 幸いにしてまだ、お亡くなりになった方はいないそうですが、と付け加えられる。


「確かに巫女様から聞いた伯爵様の症状によく似ています」

「実は私も、最近、同じような症状を見たんですよ」

「そうなんですかっ」


 セイバスさんがその病の症状を見たことがあるのなら、心強い。病気の方には申し訳ないが症例は多い方がいい。セイバスさんにはその方と連絡をつけてもらい、伯爵様同様、症状を確認しておきたい。

 そう考え、その方を紹介してもらえるようセイバスさんに相談する。


「ええ。かまいませんよ。私の目の前にその症状を発症した子がいます」

「ぶえぃ?」と口から、変な声がもれる。僕、ですか。


「朝食のとき、スープを飲んで倒れましたよね。その後、意識が戻ったときは立つこともおぼつかず、力を入れることもできない様子でした」


 セイバスさんが見たという症状とは、僕が毒キノコのスープを飲んで意識を失ったときのことを言っている。まさか、セイバスさんは…。


「まさか、伯爵が倒れられた原因は毒だとお考えですか」

「可能性のひとつ、として考えています」

「しかし、高位魔族に毒は効かないはずですよね」

「ええ、ほとんどの毒は吸収し無効化しますね」

「でしたら!」

「いえ、ほとんど、と言いました。魔族に効く毒もあるのです」


 そういえば白の賢者様も“高位魔族だからといって、全ての毒を無効化するわけじゃない”とおっしゃられていた。それに毒に関しては“本能で毒を避ける下位魔族のほうが優秀である”とも。


「それはどんな毒なのですかっ」

「正確には、毒となるものは魔種族(魔族の種族)によって異なります。種族によって害となる毒が存在しているのですよ」

「と、いいますと」

「例えば、レイゴストのような幽霊族はどんな毒の影響も受けません。しかし、“聖水”だけは唯一、致命的な毒となります」

「聖水も毒扱いなんですね」と苦笑する。

「なかには、蛇の毒にだけ弱い魔種族や昆虫毒に弱い魔種族もいます。それに特定の金属が毒となる魔種族もいるのですよ」


 蛇や虫の毒はわかるけど、金属が毒となる魔種族までいるとは驚きだ。

 確かに魔種族によっては、魔力に変換、吸収することができない毒物があっても不思議ではない。



 これは逆の事例ですが、と前置きして、セイバスさんの話は続く。


「海に生息している“フグゥ”という魚がいます。この魚の毒は高位魔族であっても稀に死亡することがある強烈な毒を持っています。中位以下の魔族では死亡率も非常に高い毒です」


 フグゥ?

 海にはフグゥがいる、と。思った以上に前世と似た名前の動物が多いな。図鑑を取り出して確認したら間違いなく、“河豚ふぐ”だった。


「しかし魔種族のマーマン族とマーメイド族は、フグゥの毒はおろか、海に住む生き物の毒全てを無効化します」


 特定の毒に弱い種族もいれば、強い種族もいるということですね。


「まぁ、仮に害のある毒を飲んでも、高位魔族の場合、問題ありません。致死性の毒以外、よほどのことがない限り解毒が間に合えば助かります。気にする必要はないのです」

「……ほとんどの毒を吸収して魔力にするくらいですからね」


 気にする必要がない、との言葉に苦笑していると、セイバスさんがポケットから小瓶をいくつか取り出し僕に差し出す。


「これは?」

「アルクくんが、解毒魔法を使う間もなく倒れても大丈夫なように何種類か解毒薬を調合してみました。同じものをヨヨさんにもお渡ししておきますので、心置きなく食材を探してきなさい。フグゥの毒も解毒しますが、興味本位で食べたりしないように気をつけてください。遅効性の毒でも君なら即死しかねません」


 僕のためにわざわざ薬を作ってくださったのか。様々な知識や図鑑だけではなく多くのものを与えてくれる。いくら感謝してもしきれないな。


 フグ毒であるテトロドトキシンは、解毒薬が存在しない致死性の高い毒だ。前世では、釣ったフグを素人が調理して食べ、毎年のように犠牲者が出ていた。

 そんな馬鹿なマネはしませんよ。フグの素人調理は絶対に駄目です!


 まぁ僕の場合、白の賢者様にもらった技能に“フグ調理師”もありますから、安全にさばけますが、と心の中でつぶやいておく。


「解毒薬ありがとうございます」

「私は、アルクくんの魔種族がなんなのか知りません。聞く気もありません。ですが毒耐性の低さは、正直、驚きに値します」


 褒められては……ないよね。


 種族名はお互い言わないのが魔族。特に高位魔族ほど隠す傾向は強い。何度もそう耳にしてきた。

 もしかしたらその要因のひとつに、先ほどセイバスさんから聞いた、『種族によって害となる毒』の存在があるからではないか。そう考えると納得もいく。

 まぁ見た目でわかってしまう幽霊族や半獣族のような魔族は隠しようがない。逆に、見た目だけでは種族がわからないはずの僕は、毒に耐性が全くないフォメット族ときたもんだ。


 そういえば僕の種族フォメット族についても調べないとな。ロシュロス様の手記を拝見する許可が出たら、ついでに王立図書館で調べてみよう。



「で、ここからが本題です」

「はい」

「手紙を届けた際、伯爵様の様子を確認できるのであれば、その症状をよく観察してくること。ただし治療などは行わないこと。これは絶対に守ってください。次に屋敷周辺の様子を探り、毒物になり得るものがあるか確認すること。以上です」

「承知いたしました」

「最後に」


 一息ついた後、セイバスさんは僕に視線を合わせ、笑みを浮かべ言った。


「毒物らしきものを発見しても決して触らないことです」


 セイバスさんの優しさなのだろう。

 その言葉を胸に刻み、「気をつけます」と言葉を返す。


「では、気をつけて行ってきなさい」


 セイバスさんは屋敷の奥へと歩いて戻っていった。

 僕は、「行ってきます」と返事をして伯爵家へと向かった。



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