第三十話 家族円満
その日の侯爵家の御夕食は、ヘルムト侯爵、エリス侯爵夫人、ティリアお嬢様の親子三人と、お客様であるヨヨさんを交えての食事会となった。
食事前、侯爵様に毒のない食材を洗い出した結果を報告する。僕の報告を聞いた侯爵様は、毒を含まない食材のあまりの少なさに驚かれてみえた。
また、ヨヨさんから“魔族との交易品”候補である花蜜と砂糖を分けていただいたこと、それによってデザートにお菓子を加えることができたこと、ティリアお嬢様がことのほかお喜びになられたことを説明したときには、それはもう本当に嬉しそうにされておいでだった。
何よりもご家族を大切になさる侯爵様のこと。
お嬢様が夢中になって食事されてる様子を、奥様と二人で見つめておられる姿は、我々使用人にとっても微笑ましく思える一幕である
ヨヨさんも、侯爵様に交易品の紹介ができたことを喜んでいた。
ヨヨさんの前にあるのは、昼食と同じ、たっぷりの花蜜に浸かったパンケーキ。それを美味しそうに、もにゅもにゅと食べている姿を見ると、こちらもパンケーキを紹介した甲斐があった。
砂糖をじゃりじゃりと頬張り、ドロリとした花蜜を飲む普段の食事と違い、ちゃんと料理された食事は妖精族にとっても得るものが大きかったらしい。
まあ、その姿を昼も見ている僕としては、胸焼け感じる一幕でもある。
本日の夕食も残すはデザートのみ。
昼と同じようにレイゴストさんがデザートを持ってくる。何度も言うようだが手で持ってはいない。幽霊族であるレイゴストさんの周りを漂うデザート皿は、人魂のように見える。
お嬢様には、楽しんで食事をしていただきたい。そんな思いを込めて新しいお菓子をレイゴストさんと一緒に作ってみた。
侯爵様、奥様、お嬢様、ヨヨさんの前にデザート皿がゆっくりと置かれる。お皿に乗っているのは中央に穴が空いているリング状のお菓子。
そう! 今宵のデザートは『ドーナツ』でございます!
お皿の上にはふたつのドーナツ。
片方は、執事魔法の『執事ミキサー』でグラニュー糖を粉末状に加工した、粉砂糖がたっぷりとかけてある。小麦色のドーナツと粉砂糖のコントラストが美しい。
もうひとつは、同じグラニュー糖を使い、キャラメリゼで表面をパリっとしたコーディングをしたドーナツ。こちらは少しの苦味と濃厚な甘さを楽しめる一品。
粉砂糖を作った執事魔法、『執事ミキサー』だが、欲しい食材を一覧にしてたとき、ヨヨさんとの会話をヒントに作った魔法だ。この魔法があれば果物ジュースなど“食材さえあれば”お嬢様に作ってさしあげることができる。将来、ハンバーグに使うひき肉を作るときにも役に立つだろう。
今はリンゴジュースしかできないのが残念だ。もちろんドーナツと一緒にリンゴジュースも作って、お嬢様をはじめ侯爵御夫妻にもお出ししてある。
この執事魔法は、ヨヨさんのおかげで完成したもの。せっかくなので本人に披露したところ、「そ、その魔法を生き物に使ったら、ぜ、絶対に駄目よ!」と忠告を受けた。言っている意味はよくわからなかったが、ヨヨさんの顔は青くなっていた。
ドーナツ独特の穴の開いた形を再現したのは、執事魔法『執事食器棚』で作ったドーナツ絞り器のおかげだ。ヨヨさん用に作ったものは妖精族に進呈した(使い道がほかにないし)。
お皿の上に載せられたドーナツの珍しい形に、お嬢様は不思議そうな顔をされている。指でドーナツをつついては、「わぁ」と驚いたり、顔を横にしてドーナツをじっくり観察したりと、その目は真剣そのもの。粉砂糖にも興味津々だ。
お嬢様のその探究心あふれるお姿、実にご立派にございます。
手で持って食べていただくのが一番美味しい食べ方ですよ、と説明。
手洗い用にフィンガーボールも用意したのだが、お嬢様の手を拭く私の楽し……仕事をとらないでっ、という目でイーラさんに睨まれた。
しばらくドーナツの観察をされていたお嬢様は、粉砂糖がかかったドーナツを手に取る。まだ揚げてから時間もそう経っていないので温かいはずだ。
お嬢様は、ドーナツの中央に開いた穴を覗き込み、侯爵様や我々使用人たちを穴越しに見回している。
そんなお嬢様がドーナツ越しに奥様を覗かれたときのこと。
穴越しに覗いていたお嬢様に向かって奥様がバァっと笑顔でポーズを取られたから、さぁ大変。そのアクションを見たお嬢様は、「きゃあきゃあ」と大喜び。
その後、お嬢様がドーナツ越しに皆を覗いたときは、侯爵様やヨヨさんをはじめ、使用人一同は何かしらのアクションをするようになった。そのたびに侯爵家の食堂は皆の笑顔と笑い声で賑やかになる。
品位を尊ぶ貴族としてはあり得ない食事風景に、普段であればマナーに厳しいセイバス執事長が諫めそうなものだ。しかしセイバスさんはティリアお嬢様にはめっぽう甘い。淑女としての教育が始まる六歳までは、可愛い孫と接するかのように甘々だ。
実際、誰よりも張り切っているようにも見える。
「さあ、ティリアちゃん。そろそろだーめ。ちゃんとお行儀よくお食事しましょうね。せっかく料理長とアルクちゃんが作ってくれたのよ」
「わかったのー」
奥様の、「だーめ」の声に、素直にやめるお嬢様。
(素直で可愛らしいです!)
お嬢様はドーナツを両手で持って口へ近づける。そのままパクっと大きな口で頬張ると、本日何度目かの、「ふわぁ」という声をあげる。
「どーなつなの!」
「おいしいの!」
「あまいの!」
はい、ドーナツは美味しくて甘いものでございますよ。
今日のお昼に覚えられた味の感想を言葉にされるお嬢様。
んぐんぐ、と飲まれているリンゴジュースも好評のようだ。
あっという間にひとつ目を平らげたお嬢様は、キャラメルソース付きのドーナツにとりかかる。こちらも口にされたときに、「ふわぁあ」という声をあげられたのでお気に召してくださったはずだ。カリカリの食感を楽しんでおられる。
侯爵様と奥様もドーナツを召し上がっている。
侯爵様がドーナツの穴からお嬢様を覗こうとして、奥様とセイバスさんに咳払いをされたのは聞こえなかったふりをする。
奥様はお昼に引き続き、お嬢様と一緒に、「ドーナツもぽわぽわね~」と喜んでいらっしゃる。
「ぽわぽわなのー」と笑顔で返事を返すお嬢様。それを聞いた侯爵様が、「ぽわぽわってなんだ?」と奥様に聞いてみえるが返ってきたのは笑顔と、「秘密~」という返事だった。
奥様、旦那様も入れてあげてください。旦那様がぽわぽわの意味がわからず寂しそうです。
ぽわぽわ仲間に入れてもらえなかった侯爵様は料理長に問いかける。
「レイゴスト。このお菓子、ドーナツと言ったか。これはどうやって作ってあるんだ?」
「へい。実は生地は小麦やミルク、それにヨヨ…さんからもらった砂糖などを使っているんですが、料理法が変わってまして」
本当はバターやら卵があれば、もっと美味しくできたのだろうが両方ともまだ見つかっていない。今日はワイロー商店と神殿に行っただけで、ウシドンやウコッケを探す余裕がなかった。
「料理法が違うのか。このドーナツ、表面がサクッとして中はしっとりしている。パンとは違った作りなのはわかるのだが」
「実は、アル坊が見つけてきやした食材を使って“揚げて”あるんでさぁ」
「揚げる?」
「アル坊が手に入れてきた植物の油“オリーブオイル”というものを熱し、その中にドーナツの生地を入れて、油の中でしばらく泳がしやす。すると外はサクッと中はしっとりしたお菓子が出来上がります。その後はヨヨさんからいただいた砂糖を加工してドーナツにかけて出来上がりですな」
「ほう。オリーブオイルというものか。これはどこで手に入れてきたんだ?」
「実は今日、アル坊が神殿でやらかしまして」
にやっ、と笑って言うレイゴスト料理長。
「ちょ、ちょっと! 料理長。やらかしてませんってば」
「おう、そうかぁ。話によると王都の街中で神殿の巫女様と二人で舌戦を展開。その後、意気投合した二人は神殿に仲睦まじく参拝。その後、泣かれていた巫女様を優しく抱きしめて慰め、明日も会う約束を取り付け、その際、巫女様から贈り物をもらって侯爵様の屋敷に帰った、と聞いたのだが」
なんか違ったか? と、にやにや顔のレイゴストさん。
周りを見ると、レイゴストさんと同じような顔をしている人がちらほら。お嬢様はドーナツに夢中なようで、はむはむと食べておられる姿が可愛らしい。
聞いたって誰に? もしかして誰かに見られていたのだろうか。全く気がつかなかったけど。
セイバスさんが、軽く目頭を押さえている。
「アルクくん、君は食材について調べにいったのではなかったのですかな」
「も、もちろんです。セイバス執事長。ただこれには事情が」
「確かに、オリーブオイルを手にいれてますから、そこは疑っていないのです。ですが彼女がどこの誰か、ご存じなのですか」
「ええ。存じております。そのことで侯爵様にもご相談したいことがあります」
そのようにお伝えすると、侯爵様は軽くうなずいた。セイバスさんも、「わかっているならかまいませんよ」と納得していただけたようだ。
貴族のご令嬢と使用人との身分の差についての苦言であろうことは僕でもわかる。もちろん、わかっておりますとも。身分違いの異性との交友は何があっても許されません。
「あちらのお嬢様と仲良くされることはミストファング侯爵家としても非常に有益なことです。もっと仲良くなってきなさい」とセイバスさん。
あれ?
僕、わかっていなかった?
「そうだ、アルク。身分の差を気にすることはない。あそこの家はそういうのを心底嫌ってるからな。で、オリーブオイルは彼女からの贈り物だったのか」
」
「いえいえいえいえ。とんでもありません」
楽しそうな顔を浮かべた侯爵様が僕に聞いてこられたが、そこは全力で否定する。いくらかうわずった声で返事をしてしまったことに、なぜか旦那様の目が優しい。それ以上に気になるのが、奥様の目がらんらんと輝いていることだ。
「まぁまぁまぁまぁ~。アルクちゃんにも春がきたのねぇ」
「はるなのー」
こういった話が大好きであろう奥様は声をあげ、ドーナツを食べ終わったお嬢様がそれを真似する。こういった話を女性が好きなのは、前世も人間も魔族も変わらないのだろうか。 まぁ今回は恋話ではないのですが。
「――そこでアルクんが」
ふと聞こえた声に目を向けると、ヨヨさんとイーラさん、それにメイドさんの一人が机の隅で何やら見せ合っている。ヨヨさんの手には神殿で見た『メモ葉紙』、イーラさんは『羊皮紙』だ。まさか情報源はヨヨさんか! 身近にいた情報源のことをすっかり忘れていたっ。
ん? メイドさんの会話から、「白昼堂々」、「買い物の帰り」、「往来の真ん中」、「私は見た」などという単語が聞こえてきた。うん、わかりました。前半はメイドさんに見られていた、ということだ。
そしてそこの三人、話をすり合わせないでください。
「皆様、誤解ですよ。いただいてきた油は聖油なんです」
「聖油!」
驚いた声をあげたのは奥様だった。神殿で祝福の際に使われている聖油を料理に使ったことに驚かれていらっしゃるのだろう。
「実際には、清める前の油ですね。神殿の中に植えられているのは“オリーブ”という実をつける樹木で、神官たちはその実から聖油の元になる油を取っているのです」
それをお願いして少し分けていただいてきた、というわけだ。
「それは食材なの~?」
「今回は時期的に手に入りませんでしたが、実は食べれます。油は料理をするときの補助的な使い方をすることが多いですね。油はドーナツのほか、素材を揚げたりすることにも使えます」
「あらあら~。お菓子以外にも使えるのね~」
「どーなつはあまくておいしーかったの」
そういって顔を、にぱっとほころばせながら、“おいしい”とおっしゃるお嬢様。侯爵様御夫妻をはじめ、ドーナツを実際に作ったレイゴストさんも喜んでいる。
もっと美味しいものを作りますからね、お嬢様!
「うん。これも花蜜とよく合うけどパンケーキのほうが好みね」とはヨヨさんの感想。ドーナツにもたっぷり花蜜をかけていたようだが、妖精にとっては油がきつかったようだ。
「ところで、ヨヨ殿。差し支えなければ我が家で部屋をご用意しようと思うのだが」と侯爵様。
ヨヨさんは、軽く頭を下げてから返事を返す。
「過分なご配慮いただき誠にありがとうございます。礼を欠くようでございますが、本日は我が女王にも報告すべきことも多く、失礼させていただきたいと思います」
「左様ですか。こちらとしては明日以降でもかまいませんので、どうかご遠慮なさりませぬよう。魔王国にとって大切な賓客ですから」
「ありがとうございます」
「いや、礼を言うのはこちらの方です。我が娘が楽しそうに食事をする姿を見れたのはヨヨ殿のおかげ。今後もよろしくお願いいたします」
「こちらこそよろしくお願いいたします」
侯爵様の様子を見ていると魔王国と妖精族の通商条約はうまく行きそうだ。奥様の口添えも約束されている。ヨヨさんもそれなりに確信が得られたのだろう。終始にこやかな顔で話をしていたし。
そういえばヨヨさんは、ほかの種族数人と交流があるとか言ってたな。
「ヨヨさんは、ほかの種族とも交流があると言ってましたよね」
「ええ。あるわよ」
「どの種族と交流があるか聞いてもいいですか?」
「契約上、明かせない種族もあるわよ」
「まあ、それはわかります」
「言えるのは、まずドワーフ族ね。数人と交流があるわ」
「ドワーフ族全体ではなく?」
「ええ。あの人たち、自分にしかあまり興味ないから」
自分にしか興味のない種族がドワーフ?
なんともよくわからない種族だな。
「あとは人間にも知り合いがいるわ」
「人間ですか」
「個人的な付き合い程度だけど」
人族とドワーフ族か……なかなか興味深い種族だ。食材探しにいずれ訪れることもあるかもしれない。人族に関してはレイゴストさんが調査をしているのでその結果待ちになる。
「では、アルク。先ほどの相談とやらを聞くとしようか」
「はい、よろしくお願いします」
「まぁ何はともあれ、お相手のご両親にちゃんと挨拶をだな」
「侯爵様、違いますから。そういった相談ではありません。ただ、そのご両親のことでもお話がございます」
「そうか。わかった」
にやり、と笑う侯爵様。
絶対にわかってて、からかっていらっしゃいますね。
「ではエリスとセイバスは先に執務室へ。ティリア、アルクを借りてもいいかい」
「おはなしがあるならいいのー」
「ありがとう、ティリア」
そういって侯爵様はお嬢様の頭を優しく撫でながら笑っている。くすぐったそうに頭を撫でられているお嬢様も満面の笑み。最後にお嬢様の頭をぽんぽんと軽く叩くと、侯爵様は僕に向かって告げる。
「ではアルク。ティリアを部屋に送ってから執務室までに来てくれ」
「畏まりました」
「では、ヨヨ殿。また明日。今日はこれで失礼させてもらいます」
「こちらこそ、本日はありがとうございました」
一通り挨拶が終わると侯爵様御夫妻とセイバス執事長はそろって執務室へ。奥様はお嬢様をぎゅっと抱きしめて、「またお休み前にね」と言ってから食堂を後にする。
「お嬢様、お部屋に行きましょうか」
「そうするのー」
「ヨヨさんはどうされます?」
「私もティリアちゃんの部屋に興味あるわね」
「よよちゃんをおへやにしょうたいするのー」
「まあ、ありがとう、ティリアちゃん」
ヨヨさんはベッドに飛び込むかのように、嬉しそうにお嬢様の頭へ。お嬢様もヨヨさんを頭に乗せて嬉しそうに上機嫌で食堂内を歩いている。
「んー。このふわっとした柔らかい髪が妖精を堕落させるわ」
とお嬢様の頭をなでなでしている。
お嬢様の頭に墜落気味に飛び込んだ妖精が何を言ってるのだろうか。
「それじゃあ、アル坊。また新しい食材見つけたら一緒にメニュー考えようなっ」
「はい。レイゴストさん、今日はありがとうございました」
「おう。んじゃ明日の仕込みしてくら」
そう言ってヨヨさんの頭を撫でてから厨房へと戻っていった。
「……ちょっと。料理長がヨヨちゃんを撫でてたわよ」
「撫でてましたよ」
「なんで幽霊族の料理長が、直接、ヨヨちゃんの頭撫でられるのよっ」
「あ、イーラさんはそのときいませんでしたね」
いつもながら間が悪いな。お嬢様の専属侍女だから僕よりも忙しいのはわかっているけど。
「さあ。なぜかヨヨさんは、幽霊族に座ったり接触できたりするんですよ」
「不思議なこともあるものね」と首を振るイーラさん。
「私も幽霊族には驚いたわ。壁抜けできるなんてね。感動のあまり、敬意を込めてオジさまって呼ぶことにしたの」
「オジさま呼びとはポイント高いわね。料理長からみたら姪っ子みたいな存在なのかしら。でも、なんで触れるのかしらね?」
「おじさまだからなの」
いつの間にか僕の隣に並んでいたお嬢様が、両手を腰に当てて得意気に断言した。その一言に皆、顔を見合わせながら笑い合う。お嬢様も、きゃあきゃあ、と楽しそうにしておられるが、そろそろ時間だ。
「では、お部屋に戻りましょう、お嬢様」
「はいなのー」
こうしてお嬢様とヨヨさん、イーラさん、僕はお嬢様の部屋へと向う。ヨヨさんはお嬢様の頭の上に、僕とイーラさんはお嬢様と手をつなぎながら。
修正前)
この執事魔法は、ヨヨさんのおかげで完成したものなので、本人に披露したところ「その魔法は生き物に使ったら絶対禁止!」とご忠告を受けた。まぁ、言っている意味が良くわからなかったが。
修正後)
この執事魔法は、ヨヨさんのおかげで完成したもの。せっかくなので本人に披露したところ、「そ、その魔法を生き物に使ったら、ぜ、絶対に駄目よ!」と忠告を受けた。言っている意味はよくわからなかったが、ヨヨさんの顔は青くなっていた。
ご指摘ありがとうございます!




