第二十八話 命の水
「ではさっそく、ヒミカさんのお願いを聞かせてくれますか?」
こちらの協力をしてもらう前に、まずはヒミカさんのお願いとやらを聞くことにした僕らは、神殿にある彼女の部屋にお邪魔している。
「こちらのお願いを申し上げる前に、まずは知っていただきたいことがございます」
そうきりだしたヒミカさんは、何かにおびえているかのように表情が固くなり、その拳は足の上で、ぎゅっと握られている。
「なんでしょうか」
「私の家のことでございます」
「ヒミカさんのご実家ですか」
「はい。私の父はアルティコ伯爵家が当主。私はそのアルティコ伯爵の娘なのです」
アルティコ伯爵のご息女…ということは、ヒミカさんは伯爵令嬢かっ。どうりで聞いたことのある名前だと思った。
アルティコ伯爵家は代々、王都近辺の森を含む魔王国にある森を管理する森林管理局を任されている一族。確かアルティコ伯爵家は、所領が隣同士ということもあってミストファング侯爵様とも親しいお付き合いをされていたはず。
慌てて椅子から立ち上がり、礼をしようとすると止められた。
「お止めください。アルク様」
「いえ、今までのご無礼をどうかお許しください」
彼女はため息をつくと、こちらを悲しそうに見上げながら言った。
「どうかこれからも今までどおり接してください」
「ですが、ヒミカ様。貴族のご令嬢と気安く口を聞く無礼は許されません。ましてやご自分の部屋に異性の平民を入れるなど」
「アルク様が、どこで貴族との付き合い方を学ばれたかはお聞きませんが、どうかお話し合いのできる一人の友人としてお付き合いください」
様付けも不要です、と念を押された。
「で、あるならば平民の僕に様付けはどうかと思います」
「わかりました。ではこれからはアルクさんとお呼びしますわ」
ふうっとため息が彼女の口から漏れる。
「皆、私が伯爵の娘だとわかると態度を一変させます。先ほどのアルク…さんのように」
「ですが、それを受けるのも貴族としての御役目では?」
「私はそれが嫌なのです。お話し合いができる友人もできません」
「しかし、それは身分の差を考えれば当然の……」
「アルクん、いいじゃない。私もいるんだし」
ヨヨさんは妖精族だからいいかもしれないが、僕の場合はそうもいかない。特に侯爵様と懇意にしている伯爵様のご令嬢。下手な対応はできない。
「アルクさん。ここは貴族の家でも本殿の中でもありません。私の部屋で三人、お話をしているだけです」
「まあ、そこまでおっしゃるのであれば」
貴族、貴族と言われるのは好きではないのだろう。
ただちょっと、彼女も意固地になりすぎている気がする。何か切羽詰まった感じというか、心に余裕が感じられない。
それにしても、神官長補佐、巫女、伯爵令嬢の肩書きが揃い踏みとは恐れいった。今の容姿から見ても美しい淑女になるのは保証されているし、頭も切れる。あと数年もすれば、貴族連中から結婚の申し込みが引く手あまたのお嬢様となるだろう。
イスに座り直し、話の続きを聞く前に頭を下げる。
「お話を遮ってしまったご無礼をどうかお許しくださいませ」
「ですからっ、その口調をっ、お止めくださいとっ、申してっ、いるのですっ」
きれいな赤い瞳をやや吊り上げながら、彼女は一言、一言、言葉を区切り僕に向かって口調を強めた。
これは、これは。思わず心の中で、にやり、とほくそ笑む。思った以上に感情豊かな性格らしい。おとなしい貴族のお嬢様ではない、ということか。
「いえ、癖なんです。なかなか抜けなくて」
彼女に視線を向けて優しく笑みを浮かべると、何か思い当たることでもあるのか、少しだけ首をかしげた。一瞬の間をあけて、ハッとした表情を浮かべると同時に、その顔はみるみる赤く染まり下を向く。
にこにこと微笑む僕を上目遣いで睨みつつ、「アルクさんはいじわるです」と彼女は言った。神殿に来る前にヒミカさんがヨヨさんに対して言ったことを真似したのだが、彼女も覚えていたらしい。
「ヒミカちゃん気をつけて」
突然、ヨヨさんが口を挟む。颯爽と机の上に立ち、片方の手を腰に当てている。そしてもう片方の手で僕をビシッと指さした。
「アルクんは、こうやって人を探る種族よっ」
「まぁ。アルクさんは、そういう種族なんですねっ」
「魔族を探る魔族。魔探り魔族なのよ!」
「まあ。まさぐり魔だなんて」
なんという連携。
……なにその卑猥魔族。
「はいはい。僕が悪うございました」
「おわかりいただければいいのです、アルクさん」
やられたらやり返す性格、と。
感情豊かで思ってた以上に活発な方だな。
ヨヨさんとも息が合ってるしなぁ。恐らくイーラさんとも気が合うだろう。“女三人寄ればかしましい”ということわざが前世にあったけど、三人を会わせたらどうなることやら。
「ヒミカちゃん。アレ、また探ってるわよ」
「アレが、また探っているんですね」
「とうとう、アレ扱いっ!?」
「アレクん、どうかしたの」
「アレクさん、どうかされましたか」
「僕の名前はアルクです! アッルゥクゥ」
「「もちろん、わかってるわ」ますわ」
神官怖い、妖精怖い。
二人でこちらを見ながらクスクス笑っている。
まぁ、ヨヨさんらしいやり方といえばヨヨさんらしいか。
こちらもノったかいがあったというものだ。
「緊張もほぐれたところで。話してもらえるかしら、ヒミカちゃん」
「……私の、ですか」
「ええ、そう。様子からして、あまり明るい話じゃなさそうだし」
「体に力が入りすぎてましたよ。僕たちにできることは協力を惜しみませんから。どうか心を落ち着けてからお話ください」
「……ヨヨさん、……アルクさん」
微笑む僕たち二人を見つめるヒミカさんの目に光るものが見える。いくら活発な子であろうとも頭が切れようとも、一人の普通の女の子だ。立場上、肩を張らないといけなかったときもあっただろう。
彼女の瞳の光に気づかないフリをしながら、「大丈夫ですよ」と伝える。
彼女は目を深く閉じたまま、深呼吸して姿勢を正す。
ほんの数秒の瞑想の後、祈りの言葉とともに開かれた赤い瞳は決意に満ちあふれ、現実を受け入れたかのように、ハッキリとした口調で切り出した。
「実は、父と母が身体の調子を崩しております」
「いくつか質問してもよろしいですか」
「ええ。ご遠慮なさらずお聞きください」
「ではさっそくですが、どこか悪いところでも?」
「それが……わからないのです」
一瞬だけ手に力を入れた彼女は、ふぅっと息を吐き、力を抜く。
「お医者様にも診ていただきましたが、原因不明と」
「病気を治す神聖魔法はお試しになられましたか」
「はい。ですが私の力不足もあってか効果はみられませんでした」
気丈に振る舞ってはいるが、その心中は穏やかではないだろう。自分の両親が倒れ、原因不明。しかもヒミカさんほどの神聖魔法の使い手でも治せないとなると不安にもなる。
「お身体の調子を崩されてどれほど経ちますか」
「もう二週間ほどになりますわ」
「失礼ですが、伯爵様方の年齢はおいくつなのでしょう」
「父も母も七百歳を超えた程度です」
七百歳を超えた年齢となると初老の域だ。ヒミカさんは十歳。ということは遅い子供だったのだろう。確かミストファング侯爵御夫妻は三百歳になっていなかったはずだ。しかし寿命からすれば大した年齢ではない。
「まだまだお元気な年齢ですね」
「ええ。父は体調を崩す前は自ら現場に赴き、間伐や森林の管理の指揮をとるくらいでした」
「そ、それはまた。貴族ともあろう方がめずらしい」
「母も、植物などを育てるのが大好きで毎日のように庭をいじってましたわ」
「それもまた…ご活発な方のようで」
普段、局を預かる貴族の長は、王都内で計画立案や調整を行う場合が多いのに、現場に出て陣頭指揮とは珍しい。
それに伯爵夫人が手ずから庭いじり? これもまた普通の貴族では考えられないことだ。
「ですが、最近は二人とも起き上がることもできなくなりました。ここ数日は、目を覚ますこともほとんど……ありません」
声を詰まらせながらも、なんとか声を振り絞る。
「心中お察しいたします。ではその病気を我々に治すようにと?」
「いえ。私ども神官やお医者様でないお二人にそのようなことは……ですが探していただきたいものがあるのです」
「探して欲しいもの?」
「はい。妖精族に伝わる『命の水』を探しております」
机の上の小さな妖精にすがるような目を向けながら言った。
「命の水ですか」
そうつぶやいた僕は、思いをめぐらせた。それはいったいどんなものだろう。命とは何を示すのだろうか。
ヨヨさんは、こちらに背を向け机に座ったまま微動だにしない。
「…命の水……命の水ねぇ」と独り言を言っている。
「そういえば以前から妖精を探していたとお話されてましたね」
「ええ。両親が寝込んでからというもの、必死に治療方法を探しました。伯爵家に伝わる古い文献などを必死に読み漁り、そこで見つけたのが妖精族の命の水だったのです」
「それがあれば、伯爵の病気を治すことができると?」
「文献には、小さな友からもらった命の水のおかげで、伯爵家の家族が患っていた原因不明の病が治った、と記述がありました」
「その小さな友が妖精族とおっしゃるのですか」
「私はそうだと思っています」
「その文献には、私たち妖精についてハッキリ書かれていたの?」
さすがにヨヨさんも同族のことが書かれた本が気になるらしい。
妖精について書かれていた本がまだ残っていたのだろうか。妖精族について書かれた本が残っていたとすれば、ヨヨさんの気持ちもわかる。
なぜそこまで妖精族について書かれた本を隠したがるのかは、不明なままだが。
もしかしたら妖精族は、全ての本を回収できたわけじゃないのか。だとすれば、どこかに妖精族について書かれた本が残っている可能性もある。
「いえ、妖精の存在を知ったのは友人からもらった一冊の本。妖精族入門冊子です。そこに書かれていた妖精族の特徴と、小さな友と呼ばれた方の特徴があまりにも似ていたのです」
一度、その伯爵家に伝わる文献を見てみないとわからないか。
「そこへ白の賢者様の啓示があり――」
「僕と妖精のヨヨさんが神殿に来ることを知ったんですね」と言葉を繋ぐ。
「はい。まさに神様の思し召し。この啓示と妖精族の方におすがりするしかないと思いました」
「と、いうことですが、ヨヨさん。何かご存じですか」
「うーん。これが困ったことにさっぱりわかんない」
思ってもみなかった答えが返ってきた。




