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第二十七話 神官の冗談 巫女の相談

「……フフフ」


 彼女はうつむいたまま肩を揺らし急に笑い始めた。先ほどから彼女の様子がおかしい。



 急に豹変したヒミカさんに身動きすることもできずにいると、彼女は突然、顔を上げてこちらを睨む。その目と視線が合う。


「アルク様は先ほど言ってはならないことを言いました」


 言ってはいけないことだって。僕は何かまずいことを何か言ったのだろうか。白の賢者様を邪神様って呼んだけど、怒ってませんでしたよね。


「ちょっと、アルクん。ヒミカちゃんどうしちゃったの?」

「わかりません」

「何か変なこと言ったんでしょ」

「何も言ってませんよ」


 さっきまで三人で和気あいあいと神殿に向かって歩いていたじゃないですか。

 彼女は紅潮しこわばった笑顔を僕に向けたまま、少し震えている指を突きつけてくる。


「アルク様。ヨヨさんを奴隷にした非道な行い。ヨヨさんが許しても私が許しません!」


 は? なんでまたその話になっちゃうの? 言ってはいけないこととかヨヨさんを奴隷にしたとか、ヒミカさんの言ってることが支離滅裂でわけがわからない。


「さあ、お仕置きのお時間です」


 ほら! ちょっと、ヨヨさん!!

 冗談を真に受けちゃった人がここにいるじゃないですか!

 顔を見ると手を顔にあてて、「あちゃぁ」とか言ってる。

 “あちゃぁ”じゃありません! 自分で撒いた種は自分でなんとかしてください。


 指をこちらに向けたまま僕たちを見ているヒミカさんから目が離せない。視線を外すこともできず、しばらくお互いに見つめ合う。

 どれくらいそうしていたのだろう。突然、赤く染めた顔をさっと背けたヒミカさんはボソボソと何かをつぶやいた。


「……です」


 ん?


「はい?」

「冗談ですっ」


「「……はぁ?」」気の抜けた声を漏らす執事と妖精。


 突き出した手の指を所在なさげに動かしながら、何もなかったかのようにそろそろと腕を下ろす彼女。そのまま両手の指同士を胸の前で合わせ、真っ赤な顔をしてうつむいた。


 ヒミカさんの言葉を聞いたヨヨさんと僕は、互いに顔を見合わせた。しばらく見つめ合った僕らは困惑した顔のまま、同時にヒミカさんを見る。

 彼女は赤い顔を向けたまま上目遣いでこちらを見ている。


「じょ、冗談ですってば」


 二度目の告白は、声が震えている。

 これはどう答えたらいいのだろうか?


 固まっている僕たち二人の様子を見て、ますます顔を赤らめ涙目になるヒミカさん。

 もしかしてフフフと笑い始めたとき、顔が紅潮していたのは恥ずかしかったから? 顔がこわばり、引きつったような笑顔だったのは緊張してたから?


(ヨヨさん、こんなときはどうすれば)

(こんなときってどんなときよ)

(……相手がはずしちゃったとき……でしょうか)

(男の子でしょ。フォローしてあげなさいよっ)

(ええっ。どうフォローすればいいんですか)

(わからないわよ! 冗談言う子だと思わなかったもの)


 このまま黙っているのも気まずい。

 何か言わなくては。

 僕は不安を感じながらも決心し、彼女に声をかけた。


「ど、どんまい?」


 彼女は、「ひゃい」と小さな返事(悲鳴?)をあげ、自分の顔を両手で覆うとその場に座り込んでしまった。その肩はフルフルと小さく震え、髪の合間から見える彼女の耳はこれ以上もないほど真っ赤になっている。


 あれぇ? こんなはずじゃなかったのに。

 首をかしげる僕の顔をめがけてヨヨさんの蹴りが飛んでくる。


「下手くそかぁ!」


 まぁ妖精族の蹴りくらいササッと避けますけどね。それにしても今朝のことといい、妖精族の攻撃手段は蹴りなんでしょうか。本日二度目の妖精の蹴りを避けながら、ふと思う。


「なんでまた避けるのよ!」と叫ぶヨヨさんを無視して、座り込んで小さくなっているヒミカさんを慰める。

 なんとか立ち上がってもらったが顔は相変わらず真っ赤なままだ。


「すいません。こういうやり方に慣れてなくて」

「ええと。こういうやり方とは?」

「話を誤魔化す方法です。一度やってみたくって」


 一度やってみたいって何を言ってるんですか。

 ……ああ、そうか。

 今までは優秀すぎて誤魔化す必要がなかったのか。


「誤魔化す? ああ、リンゴのことですか」

「え、ええ。そのリンゴというのがわからなくて、つい」


 ヒミカさんは恥ずかしそうに顔をうつむかせる。白い肌が赤くなった様子はまるでリンゴのようだ。こんなことを言うとますます話が進まなくなりそうなので黙っておくけど。


「いえいえ。いいんですよ」

「いい機会と思い、教えていただいたとおり、誤魔化そうとしてみたのですが」


 お恥ずかしいところをお見せしました、と頬に両手を当てる。

 可愛いは正義です、とイーラさんなら言うだろうから問題ありません。


「誰なのよ? こんな方法、ヒミカちゃんに教えたのは」


 ヨヨさんも呆れてる。

 本当、誰だよ。こんなくだらない方法を真面目なヒミカさんに教えたのは。呆れて声も出ない。もう少し人に合った方法ってものがあるでしょうに。彼女なら普通に『お話し合い』で誤魔化せたはず。これじゃあ逆効果もいいとこだ。


「教…て…の……です」

「え? なんですか?」

「教えていただいたの、白の賢者様なんです」

「「はっあああああ?」」再度、声が重なる執事と妖精。


 (何やってんですかっ、邪神様ぁ)

 ……あ、やっぱり封印が弱かった。



 ――場所は変わり、神殿にあるヒミカさんの部屋



 あまりにも衝撃的な話に驚いたが、僕たち三人は神殿に戻り、今はヒミカさんの部屋にいる。なんでも神官長補佐以上になると個室が与えられるそうだ。テーブルにイス、ベッド、衣装棚など生活するのに必要な最低限の家具があるくらいだ。贅沢な部屋だとはお世辞にも言えない。食器棚には今晩の食事であろうパンとリンゴが用意されている。


 (リンゴがあっても名前は知らないか。魔族らしい)

 魔族の食事に対する無関心さには、もはや笑うしかない。慣れてきたとはいえ困ったものだ。


 まずは彼女の話を聞かないと。僕たちはすすめられたイスとテーブルに座る。もちろんテーブルに座っているのはヨヨさんだけだ。僕たちが座るのを確認すると彼女はベッドの端に腰を下ろす。


 ヒミカさんに尋ねる前に、用意されたお茶を一口飲む。


「ヒミカさん。白の賢者様に教えてもらったというのはどういうことです?」

「実は私、白の賢者様の巫女でもあるのです」


「「巫女様!」」


 突然の告白に、僕とヨヨさんは驚きの声をあげる。


 神殿の巫女と言えば、啓示という形で神の声を直接聞くことができる人物だ。神様によって数人いる場合もあるし、妖精族みたいに一人しかいない場合もある。


 巫女の影響力は計り知れない。国が進むべき道すらその一言で変えてしまいかねないのだ。神様の声を聞ける巫女でありながら神官長に近い神官長補佐。確実に神殿の重要人物だ。その人物がこのヒミカさんだというのか。


 うん、まずい。失礼な振る舞いをすると神殿を敵に回しかねない。


「実は先日、白の賢者様から啓示があったのです」

「それは僕たちに話してもいいことなのですか?」

「かまいません。むしろお二人に聞いていただきたいのです」


 僕たち二人に、ですか。僕はそう確認すると座ったまま姿勢を正す。さすがに神様からのお言葉を聞くのは緊張する。


「さっそく啓示の内容をお聞かせ願えますか」

「はい。わかりました」


 ヒミカさんが邪神様から授かった啓示はこうだ。


 “汝が求む妖精がこの世界に戻る。妖精を連れた齢十の者が神殿に来たる。二人に協力せよ。さすれば汝の願いは叶う”、と。


「その二人が僕たちであるということですか」

「ええ。妖精を連れた方なんて二人といませんから」

「まぁ、確かに」言われて苦笑する僕。


 ちなみに例の誤魔化し方は、かなり前に授かった啓示が原因らしい。

 適当な理由をつけ相手に指を向けながら、「お仕置きよ」と言えばなんとかなると言われたらしい。

 ……それを白の賢者様が伝えてきた、啓示として。今まで啓示と言えば神の言葉ということで身構えていたけど、一気にありがたみがなくなってしまった気がする。



「先ほど、アルク様はリンゴとおっしゃいましたよね」

「ええ。確かに言いました」

「それは、私がアルク様たちに協力すべき内容に関係ございますか」


 僕はイスから立ち上がり、戸棚においてあるリンゴを手に取り、ヒミカさんに見せる。


「これ、リンゴって名前の果物なんですよ」

「ええ! これがリンゴなのですかっ」

「そうです。僕たちが今やろうとしているのは、食材探しなんです」

「私、名前なんて気にしたことありませんでしたわ」

「でしょうね。それが普通の魔族の反応ですから」

「……詳しくお聞かせ願えますか?」


 ヒミカさんに、魔族の食事に対する無関心さや、ある方のため毒のない食材を探していることなどをかいつまんで説明した。

 僕が転生し前世の記憶や知識を持っていること、ミストファング侯爵家の名前やお嬢様の執事であることは話していない。もちろん神様に会ったことも今は秘密にしてある。


「そういうことですか。そのある方というのはどちら様ですか」

「後日、お話することもあるかもしれません」

「そうですか。隠すべき理由や身分ある方なのですね」


 優秀な子は察しもいい。こういうときは本当に助かる。

 使用人である自分が許可も得ないで侯爵家とお嬢様の名前を出すわけにはいかない。


「それで私は何をお手伝いすればいいのでしょう」

「その前に少しヨヨさんと相談してもいいですか?」

「ええ。かまいませんよ」


 僕とヨヨさんは、ヒミカさんを残し部屋から廊下へと出て小声で話す。


「で、どうしたの。アルクん」

「実は、神様に会ったことや前世のことを話すべきか悩んでまして」

「うーん。ティリアちゃんのこと、ヒミカちゃんに話していいか、侯爵様に相談するんでしょ? そのときに一緒に聞いてみたら」

「そのほうがよさそうですね」

「じゃあ、先にヒミカちゃんのお願い事を聞く?」

「ええ。そうしましょう。ヨヨさんに聞きたそうにしてますし」


 部屋に戻った僕たちは先ほど打ち合わせたとおり、ヒミカさんに伝える。


「先ほどの話ですが、先にヒミカさんのお願いとやらを聞きたいと思います」

「え? よろしいのですかっ」


 少し驚いた顔をしたヒミカさんは、座っていたベッドから立ち上がる。


「今後について、ある方ともご相談したいこともありますので」

「そうですか。わかりました」

「僕たちに協力いただけるという件については、明日詳しくお話するということでよろしいでしょうか」

「わかりました。明日、またお会いいたしましょう」

「ではそのように。ではさっそく、ヒミカさんのお願いを聞かせてくれますか?」


 少しだけ身を固くした彼女は、緊張をほぐすように、ふぅっと息を吐くとベッドの端へと腰を下ろした。



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