第二十六話 知の神聖魔法
「先ほどから貴方の頭の上で、妖精さんが私に手を振ってますが?」
気配を消していたはずのヨヨさん。
その存在に気がついている様子の神官ヒミカさんから、ヨヨさんのことを隠し通すべくいろいろと手を打っていたつもりが、僕のちょっとした不注意な発言とヨヨさんの思わぬ行動によって存在がバレてしまった。
「ちょっと! ヨヨさん。何やってるんですか!」
「いいじゃないの! いまさらよ、いまさら。それに」
それに……なんですか?
「なんか姿見せたほうが面白くなりそうじゃない」
イタズラが成功したかのようにニカッと笑う。
妖精の面白くなりそうは、魔族にとって面白いとは限らない。少なくても僕は今、面白くない。必死になってヨヨさんを守っていた僕の努力はなんだったのだろうか。思わずため息が出る。
「いつから気配を消すのを止めていたんですか」
「さっき彼女が言ってたじゃない。髪の毛を引っ張ったときからよ。考えごとに夢中になってるのが悪いのよ」
「いやいや。僕はヨヨさんの秘密のことをですね」
「ん? 私の秘密?」
「いえ、なんでもありません」
やれやれ。ヒミカさんに悪意がないことはなんとなくわかるけど、そこまで信用していいのだろうか。神官であろうと魔族は魔族なんですよ。
「まあ、ヨヨさんにお任せしますよ」
そう言ってヨヨさんとヒミカさんを交互に見る。
ヒミカさんはヨヨさんと僕に視線を向け、頭を下げる。
「どうかお願いです。少しお時間をいただくことはできませんか?」
「ヨヨさんがよろしければ」
「私はいーわよー」
「よろしければ神殿でお話したいのですが」
うーん。ここまで来てフトック食肉協会はお預けか?
できればお店に行きたいのだが。
「アルクん。神殿に行ったほうがいいわ」
「ですが、こちらも用事がありますよ」
「それはわかってる。でも今日は神殿に行った方がいい」
僕が、「どうしてです?」と聞くとヨヨさんは、「そんな予感がするから」としか言わなかった。
本心で言えばお嬢様のためにも、早く食材の正体を調べたい。だが王都にいる時間はまだある。しばらく悩んだが今回はヨヨさんの予感を受け入れることにしよう。
ヒミカさんとヨヨさんに神殿に向かうことを告げる。
念のため神殿に向かう道中は、ヨヨさんに気配を消してもらうようお願いした。神官と歩いているだけで目立って仕方ないのだ。ただし僕とヒミカさんにわかるようにだ。
こちらは名乗っていなかったので歩きながら改めて自己紹介をしておく。
「僕はアルク。彼女は妖精のヨヨさん。言っておきますけど、囚えているのではなく友人ですから」
「故郷のみんなは元気かしら。もう二度と会えないの? でも必ず、今の奴隷のような生活から抜けだしてみせる。絶対に生きて帰ってやるんだから」
「……ヨヨさん、誤解を招く発言をわざとヒミカさんに聞こえるように話すのは止めてください」
「ああ、かわいそうなわた……わかったわよ。こんなの真に受ける人なんていないわよ」
やれやれ、と一息。
ヒミカさんは悪趣味な冗談にひっかかるような人じゃないと思うけど、ヨヨさんの冗談は心臓に悪いし、タチも悪い。
妖精の女王様に会うことがあれば、ヨヨさんが女王の命を奴隷のような生活だと言ってました、と告げ口しようと心に誓う。ちゃんと心の手帳に書いておいた。
そんな冗談はさておき。
ヨヨさんが姿を見せた以上、ヒミカさんと『お話し合い』をする必要はない。これまでの無礼な振る舞いと物言いについて正式に謝罪しておく。
僕の謝罪の言葉に、ヒミカさんは手のひらを胸の前で合わせ、にこりと微笑む。
「気にしていませんよ。それにひさびさにたくさんお話しできました。私とあれだけお話しのできる人、本当に少ないんです。またお話してくださいね」
と逆に喜ばれてしまった。正直、あの『お話し合い』は勘弁して欲しい。できれば……いや、まぁ、楽しくなかったと言えばウソになるか。
ヒミカさんに笑い返しながら、「ええ。またお話ししましょう」と約束する。
そんなことを言いながら歩いていたら、ふくれっ面のヨヨさんが頭の上から飛び降りてきて、僕とヒミカさんの間でフワフワと飛び始めた。
「いいわね。さっきから会話が弾んでいるようで」
「おや? 混ざりたかったんですか?」
「冗談! なんであんな魔術の打ち合いみたいな話し合いに巻き込まれなきゃならないのよ」
「やだなぁ、ただの話し合いじゃないですか」
「ただの話し合いで、通行人が減るわけがないでしょ」
「え? そうでしたっけ?」
「知らないのは、お話し合いの二人だけってね。みんな、二人を避けるように歩いていたし、窓を慌てて閉めた住人もいたくらいよ。まさに嵐の前触れって感じだったわ」
ヒミカさんとの会話を災害のように言われるのは心外です。
あれ? なるべく目立たないようにしてたはずなのに。もしかして僕たちの会話って目立っていたのだろうか。
「皆さん、大袈裟ですわね。ただの楽しいお話し合いですのに」
「まったくです。あのやり取りの面白さがわからないなんて」
ヨヨさんはそんな僕らを見比べながら、ため息まじりに言った。
「どことなく二人とも雰囲気が似てるわね」
「あら、アルク様と似ているだなんて。嬉しいですわ」
「いえいえ。僕のほうこそ光栄の至りです」
ヒミカさんは、ヨヨさんを見ながら楽しそうに、にこにこと微笑んでいる。その笑みは、お話し合いができそうな人をもう一人見つけたって顔をしている。ヨヨさん、魔術の打ち合いも面白いですよ。
楽しげな彼女は僕ら二人に向かって、改めて自己紹介をした。
「改めまして。白の賢者様の神官、神官長補佐をしております、ヒミカ=アルティコと申します」
神官長補佐?
神官長補佐と言えば、大神官、神官長の次に影響力のある人物じゃないか。信仰に厚い人物や類まれなる技量の持ち主だけが補佐になれる、と聞いている。神官長補佐は数名いるそうだが、僕と同い年で補佐とは、やはり優秀な人なのだろう。
それにしてもヒミカ=アルティコさん、か。不思議な感じがする人だ。
……アルティコ? ……アルティコ、どこかで聞いたような。
「アルク様。腕を少しお見せください」
…ん? 腕? また考えごとに集中してたせいで反応できなかった。
足を止めた彼女は僕の右腕を取り、折れた箇所を確認する。
「既に治療をお受けになられているようですが、少し違和感が残っていませんか?」
「多少、鈍い痛みがありますが……一週間ほどで治るかと」
「そうですね。その診立てで間違いありません」
ヒミカさんが骨折していた箇所に手を当て、小声で祈りの言葉を口にする。しばらくして彼女の手がぼんやりと白く光り始めた。彼女の手が僕の折れた腕を撫でると、暖かみのある光は腕の中へスッと染みこんでいった。
ほんの数秒の出来事だ。彼女は僕の腕を離す。
「これで完治しているはずですが……」
そう言われて右腕を触ったり振り回したりして腕の具合を確認する。
おぉ! 確かに先ほどまでの鈍痛が完全になくなっている。彼女の癒しの祈りは、セイバスさんの執事魔法よりも強力な癒しの力のようだ。
「ありがとうございます。おかげで痛みもすっかりなくなりました。これほど強力な癒しの力は初めてですよ」
「白の賢者様のご加護ですわ」そういって歩き始める。
ヒミカさんは邪神様を白の賢者様と呼ぶ。
僕も神殿ではヒミカさんにならって邪神様ではなく白の賢者様と答えた。
僕に前世の知識を授けてくださった邪神様が、賢者様と呼ばれていることは納得できる。しかし、なぜここまで呼び名が違うのだろうか。何気なく口に出していたが、邪神様と賢者様では大きな差がある。
歩きながらヒミカさんに尋ねてみた。
「ヒミカさん。白の賢者様は邪神様とも呼ばれていますよね」
「えっと…あの……はい」
「なぜ白の賢者様と?」
「敬虔な信徒は皆、白の賢者様とお呼びしております。多くの方は……邪神様とお呼びしているようですが」
「何か云われでもあるのでしょうか」
「……さぁそこまでは」
何かまずいことでも聞いたのだろうか。ヒミカさんは伏し目がちになり、少し困ったような顔をしている。神官長補佐ともなれば邪神様の伝承にも詳しいはず。もし伝承などがあるのなら一度聞いてみたかった。
せっかくの機会だ。僕をこの世界に転生させ知識を与えてくれた邪神様について、もう少しだけ聞くことにする。
「はいはい、そこまで。ヒミカちゃん、アルクんの話は長いんだから無視でいいわよ。あっ、ヒミカちゃんでいい? 私のことはヨヨって呼んで」
「はい。かまいませんわ。では私はヨヨさんと」
「もっと気楽に話してくれてもいいのに」
「いえ。癖なんです。なかなか抜けなくて」
僕の話は無視していいとか、甘党妖精なのになんという毒舌。
それにしてもすっかりヨヨさんに話を止められてしまった。せっかく貴重な話が聞けると思ったのに残念で仕方ない。まぁ、また聞く機会もあるだろう。
そうそう、大事なことを聞き忘れた。
「では、僕も白の賢者様とお呼びしたほうがよろしいですか」
「もしアルク様がそう呼ばれたいのであればご自由に」
そうは言いながらも彼女は嬉しそうだ。うん、これから邪神様とお呼びするのは封印しよう。きっとその封印は弱いものだろうけど。
「それにしてもヒミカさんは優秀な神聖魔法の使い手なのですね」
「まだ修行中ではございますが、それなりの自負を持っております」
先ほど僕の怪我を治したヒミカさんは神聖魔法を使える。しかも高度な治療すら可能なほどの使い手だ。ここまで使いこなすには相当な修行が必要なはずだ。
セイバスさんから習った話では、この神聖魔法は、神に祈り、神の力を借りて現世に奇跡を顕現させる魔法だとか。癒しや魂の救済などの奇跡を起こす魔法のほかにも、神自身が司るものに付随した独特な神聖魔法もあるそうだ。
また、神官だからといって全員が神聖魔法を使えるわけではない。神官になっても使えない人もいる。神聖魔法の使い手になるためには、神殿で厳しい修行を行い、神様に認めてもらう必要があると聞いた。
歩きながらヒミカさんからも神聖魔法についていろいろと教えてもらった。どちらかというと閉鎖的な神殿の話は知らないことも多い。この際、いろいろと聞いておこう。
「白の賢者様は何を司っていらっしゃるのですか」
「賢者様の名に相応しく『知と智慧』を司っていらっしゃいます」
「知といいますと、知識とかでしょうか」
「はい。知識や知恵、知謀、知略の知ですね」
「そんな知を司る白の賢者様は、どんな神聖魔法があるんです?」
「あら。神聖魔法に興味がおありですか? アルク様なら、いつでも神殿の門戸は開いておりますわ」
「いえ、お誘いは嬉しいのですが、ただの興味本位です」
極々自然体で勧誘するヒミカさんに苦笑しつつ、正直に答える。もし僕がお嬢様の執事でなければ、ヒミカさんの笑顔につられて神官の道に進んでしまうところだ。
「興味本位であろうと、知ることに関して白の賢者様は寛容です。むしろ知ろうとするその行為そのものこそ白の賢者様はお望みです」
「なんでも知ることがいいとは限らないわよ」とヨヨさん。
ヒミカさんは真面目な顔でヨヨさんに視線を合わせ、「よく存じております」と応える。その返事にヨヨさんは、「困ったものよね」と返した。二人は気まずそうに顔を背けたが、何か通じるものがあったのだろうか。
「先ほどの魔法の話ですが、白の賢者様が授けてくださる魔法は知に関する魔法が多いですね。例えば、ヨヨさんを見つけた魔法も白の賢者様のお力です」
「ヒミカちゃん、それはどんな魔法なの」
先ほどの気まずそうな様子はどこへやら、ヨヨさんが興味深そうに身を乗り出して問いかける。なんでも知ることがいいとは限らないんですよね、ヨヨさん。
「人や物の居場所を知ることのできる魔法ですわ」
「へぇ。どうやって探すの」
「お会いしたことのある方は、名前とその方の魔力の質で場所の特定が可能です」
「魔力の質ですか?」
「人はそれぞれ持ってる魔力の質が違いますから」
指紋とか声紋と同じものと考えればわかりやすいな。ヒミカさんってもしかして魔力の質を判別できる能力を持ってるのかな。
「でも私たち、会ったことないし、名前も知らなかったよね」
「はい」
「じゃあそういう場合は?」
「お会いしたことがない方や名前がわからない方でも、条件次第で可能です」
「条件次第ですか?」と僕。
「はい。おおよその種族や性別、身体的特徴などを条件とすることで、より近い候補を探し出すことができます」
「私の場合は、妖精族ということかしら」
「そのとおりですわ。ですが妖精族入門冊子がなければ無理だったでしょう。種族名がわかっても見たこともない種族は探せません」
「なるほど。冊子があったからこそ妖精の私を探せたのね」
「はい。ただ今回のように姿や気配を消されると目には見えません。ですが場所の特定は可能でしたわ」
ヒミカさんはそう答えながら、僕の頭の上へチラリと目を向ける。
あ、やっぱり見えてはいなかったのね。まぁ場所がわかっていても、実際に目に見えないのは不安になる。だから僕の頭の上を食い入るように見ていたのか。
「ちなみに探知できる距離はどれくらいなんです?」
「今は一キロメートルほどでしょうか」
なるほどね。しかし、この魔法はあれだ。
(……ストーカー魔法)
「今、ものすごく失礼なことを考えたりしてませんか? アルク様」
「今、いやらしい目つきでヒミカちゃん見たでしょ、アルクん」
「考えてませんし、見てませんよっ」
二人には思考が読める能力でもあるのだろうか。
「でもその魔法、すごく便利よね。全世界の暗殺者が泣いてるわよ」
「いえ、そうでもありませんよ」
話によると、魔力の遮断や探知阻害の魔道具で探知できないようにすることは可能だそうだ。王城や貴族の家など結界がある場所は無理らしい。
更に条件付けにも制限がある。
例えば、神官や暗殺者のような職業は条件にできない。
種族も、大まかな種族でしか探知できない。純魔族、半獣族、妖精族、人族などの探知はできるが、半獣族のハーピー族やゴブリン族といった氏族を条件とした探知はできない、とのこと。しかも種族名を秘匿する高位魔族らは容姿も人と似てるため、氏族以上に探知しにくいようだ。
最後に、偽名や愛称での探知は不可能とのこと。
「一番確実に探知するには、私が知っている、もしくは実際に見たことがある人や物でしょうか。絵姿でも可能ですよ。妖精族のヨヨさんのようにね」
「そういえば植物や動物も探せますか」
「ええ、探せますわ」
おお! それは素晴らしい。
もし毒のない食材を探すことができればこれほど便利な魔法はない。お嬢様のためにもぜひヒミカさんには協力をお願いしたいところだ。
「どんなものでも探せるのでしょうか」
「先ほどの条件に合えば大丈夫かと思います」
うーん。そうなると思ってたような探知はできないかもしれないなぁ。ヒミカさん次第ということになる。いくつか聞いてみるか。
「ヒミカさん。野菜というのは可能ですか」
「可能ですが、恐らく相当な数になりますね」
「では赤い実というのは?」
「赤い実ですか? それも相当な数になりますよ」
「では、リンゴは?」
「え? すいません。もう一度お願いします」
「リンゴですよ。リンゴ」
「………リン…ゴ」
そうつぶやいたヒミカさんは急にうつむき黙りこんでしまった。どうしたのだろうか。何かまずいことでも聞いたのだろうか。少し近寄って話しかける。
「ヒミカさん? 大丈夫ですか、どこか調子でも」
「ヒミカちゃん、大丈夫?」
「……フフフ」
彼女はうつむいたまま肩を揺らし、急に笑い始めた。




