第二十五話 深まる謎
「では、貴方が囚えている妖精のことでお話があります」
今、なんて?
確かに妖精と言ったよな。もちろん妖精とはヨヨさんのことだろう。やはりヒミカさんは、ヨヨさんの存在に気がついている。
問題はどうやって気がついたのか? そして目的はなんなのか、だ。
さすがに無視するわけもいかず、話に乗ることにした。
ヨヨさんを巻き込まないためにも。
「やれやれ。おかしなことをおっしゃる神官様だ。何を言い出すのかと思えば、妖精ですって? 昔話の読みすぎではありませんか」
「とんでもない。あなたのように妖精を囚えている方に言われるほど、おかしなことは言っておりませんわ」
妖精を囚える?
さっきもだが僕がヨヨさんを囚えていると思ってるのか。
これまでの様子から考えると、ヒミカさんはヨヨさんが見えてはいない。だが存在はなんとなくだが感じているのだろう。しかし確証はつかめていない。もし気配やなんとなく感じる程度であれば、誤魔化しがきくはず。
カマかけてみるか。
「ほう! この僕が妖精を囚えている? どこにその妖精とやらがいるのでしょうか」
やや大袈裟に両手を広げ、このへんですか、とその場でやみくもに両手を激しく動かす。顔には嘲笑とも呼べる笑みを浮かべ、彼女を煽る。
「“どこにいるのでしょうか”とお尋ねなのに、地域や国のような大きな範囲を示さず、自分の周りだけを示す時点で怪しいですね。まるで自分の手の届く範囲に妖精がいる、もしくは知ってる場所に妖精がいることをご存じのようですわ」
(おうおう、それいちゃもんだよね。囚えているって確証もなく先に自分から煽ってきたくせに)
「それに、両手を動かしたのは、その範囲に妖精がいないとわかっていたからこそできたのでしょ? だからこそ貴方が両手を動かした範囲にはいないでしょう。恐らくはその範囲外、今回は貴方の身体のそばにいると予測します。例えば肩の上や頭の上とか」
ヒミカさんは頭が良いし弁も立つ。
ヨヨさんの存在を感じているからこそ言えるハッタリに近い暴論だ。
その証拠に予測と言いながら、視線はずっと頭の上。これは“そこにいるんでしょ、わかっているんだから”、とこちらに対して暗に妖精の存在を認めろと言っている。
確かにヒミカさんは、神殿にいるときから僕の頭の上を気にしていた。だが本当に見えているなら、視線を向けるだけのやり取りはあまりにも回りくどい。
やれやれ。
ヒミカさんがヨヨさんのことを本当に見えているのか見えていないのか判断に困るな。これを見越して煽っているとすれば大したものだ。
「面白い推論ですね。ですが見てのとおり妖精などどこにもいません。何を根拠に私のような平民を疑っているのでしょうか。神官様の立場を利用するにしても、さすがに強引すぎでは?」
「あら。神殿は誰でも救いを求めることができる場所ですわ。それに魔王国では奴隷の所持、売買は法で禁じられています。例えば、奴隷主が奴隷を脅して隠していても、奴隷の存在が発覚すれば厳罰に処すことが可能です」
脅されているのなら、この場で声を出すか姿を見せてくれれば、この人(僕)を捕まえますよ、神殿の名において、ってね。
なんだろう。本当に悪いことしている気になってきた。
「さすがは神官様。できればその慈愛を無実の者に、欠片ほどでも分け与えていただきたいものです」
「無実の者であれば慈愛を持って接するのが神官ですものね」
(知らないって言ってんのにとんでもない神官だな)
(あなたは無実の者だと思ってませーん。べぇ)
うん。意訳するとこんな感じかな。
「先ほどから妖精、妖精とおっしゃいますが、妖精族はこの世界に“つまんなーい”と愛想を尽かして妖精界に帰ってしまったはず。そんな妖精をどうやって囚えることなどできましょうか」
「ふふっ。貴方も妖精について詳しいんですね、妖精族について残っている文献は少ないのに。自らを平民と呼ぶ貴方は、なぜ妖精が妖精界に帰ったことを知っているのでしょうか?」
「妖精が妖精界に帰ったことはここ王都になる碑文にも書かれているじゃないですか」
「いいえ。妖精族が帰ったのは“自分の世界”です。妖精界とは書かれていませんわ」
うえっ? そうだったか?
思いだせ…思いだせ……確か碑文の文字は。
あっ!
“陽気なフェアリーは陰気な世界を捨て自分の世界へ”
くっ、失言だった。
確かに碑文に書かれていたのは“妖精界”ではなく“自分の世界”だ。だが妖精たちが帰る世界というのは、当然、妖精界という推論が成り立つのではないか。
いや、待て。何か心にひっかかる。
イーラさんから妖精について話を聞いていたときだ。
そのときセイバスさんは何か言ったはず。妖精を見るのは初めてだと。
そして、“その姿を見ることがなかったのは妖精界とやらに帰っていたからとは”とも。
そうだ! 確かにセイバスさんは妖精が妖精界に帰っていたことを驚いていた。
執事長ですら、妖精の存在を知っていても姿を見たことはなかった。イーラさんから聞くまで、妖精界があることを知らなかった。当然、碑文に書いてある“自分の世界”が“妖精界”であることも知らなかったのだ。
これらのことは“妖精族入門冊子”で知ったことなのだ。
そうなると妖精族のことだけではなく、妖精界のことも当然、知られていない可能性が高い。
しかし、碑文に妖精族の名を残したロシュロス魔王の子孫が、妖精が妖精界に帰ったことを知らないなんてことがあり得るのだろうか。
いや、まてよ……そうだ、知らなかった可能性が高い。
現在を起点にして時系列を整理してみよう。
―――
一◆数千年前から、種族間戦争など数々の戦争が起きていた。
二◆千数百年前に、ロシュロス魔王が人間の国に攻め込み、勇者と戦った。
三◆千年くらい前に、妖精族が妖精界に帰った。妖精族が自分たちに関連する文献を“妖精族入門冊子”に入れ替えた。
四◆百数十年前に、ロシュロス魔王の子孫が碑文を王都に建てた。
―――
大まかにはこのような流れだ。妖精が妖精界に帰ったのは千年くらい前だとヨヨさんが言っていた。そのため二つ目と三つ目の時系列は曖昧だ。
仮に、この時系列どおりだと仮定してみる。
さらに妖精族について書かれた文献だけでなく、妖精界について書かれた文献も“妖精族入門冊子”に入れ替えられたとしよう。
ロシュロス魔王が人間の国に攻め込んだあと、妖精たちが妖精界に帰ったとする。帰るとき、妖精族や妖精界について書かれた文献を入れ替えた。
その頃は下火になってきたとはいえ、種族間戦争などが起きていた時代だ。当然、種族間の交流などほとんどない状態だったはず。
妖精族がどこに行ったのか気にとめている状況ではない。
そして決定的なのは、妖精族がこちらの世界でもひきこもりだったこと。いつ帰ったのかもわからない。碑文にも帰った時期は残されていない。
戦争が落ち着き、百数十年前に碑文を建てたロシュロス魔王の子孫はわからなかったのだ。
妖精たちが、いつ、どこに行ってしまったのか。
そして碑文を建てた。
そのときには、既に“妖精族入門冊子”は残っておらず、ロシュロス魔王の子孫らは読んでいなかった可能性が高い。なんといっても“妖精族入門冊子”をこぞって集めている一部の紳士、淑女がいたからだ。
結局、いつの間にかいなくなった妖精族を、自分たちの世界に帰ったと“解釈”して碑文に残したのだろう。
まぁ、あくまで仮説にすぎない話だ。
仮説の域から抜け出せないのは、ヨヨさんたち、妖精族についてはわからないことが多すぎる。
今日のお昼前、厨房に行く直前のことだ。
ヨヨさんは、妖精族について書かれた文献と“妖精族入門冊子”を入れ替えた理由について語ることを頑なに拒んでいた。
“秘密”だと。
それに昼食前の厨房内にいたときもそうだ。
“でもアルクん、気をつけて。この世界は異質に厳しい世界よ”
ヨヨさんは、これの意味についても言っていた。
“秘密”だと。
秘密。秘密。秘密だらけだ。
なぜ妖精は妖精界に帰ったのだろう。
妖精界とはいったいどんな所なのか。
この世界は異質に厳しい世界。
ヨヨさんたち妖精族は、この世界の何を知っているのだろうか。
異質とは何だ。
どう厳しいというのか。
ヨヨさんたち、妖精族は何を秘密にしている?
「――あの、ちょっと。大丈夫ですか」
(話しかけないでくれ。今、大事なことを考えているんだ)
「あ、あの。ねぇ。ねぇってば。調子が悪いの?」
(うるさい。今、大切な…)
「いったっぁ」
誰かが僕の髪の毛を思いっきり引っ張った。
誰だ! ……あ、気配を消しているヨヨさんか。
涙目で呆けていると、ヒミカさんが尋ねてくる。
「あの、大丈夫ですか?」
「えっ、あ、えっと、考えごとに没頭してしまいました」
あたりを見回してから、戸惑いつつヒミカさんに返事を返す。
「じっとしたまま動かれなかったので心配しました」
「申し訳ございません。お話の最中に」
「いえ。かまいませんわ」
「ええと。何の話をしてましたっけ」
「妖精が帰ったのは自分の世界で、妖精界だとは碑文に書かれていないとご指摘したところですわ」
ヒミカさんはクスクスと楽しそうに笑っている。このやり取りを楽しんでいるかのようだ。
「あ、そ、そうですね。おっしゃるとおりです」
そうだ。思い出した。とんだ失言をしたものだ。
「思い出していただけたようで何よりです。碑文には、妖精は自分の世界へ、とありますが、妖精界とは書いてないのです」
ヒミカさんの話は続く。
「貴方が言われた、妖精族が妖精界に帰ったという“事実”と、帰った理由が“つまんなーい”だと知っているのは、妖精族本人たち、もしくは“妖精族入門冊子”を読んだことがある人のみですのよ」
な、何ぃっ。今、ここで“妖精族入門冊子”の名前を聞くとは。
少し呆け気味だった意識に緊張が走る。彼女も読んだことがあるのか。
しかし、その本の存在を知っていてもここにヨヨさんがいる証拠にはならないし、僕がヨヨさんを囚えているという暴言を裏付ける証拠にもならない。
「僕の自称姉がその本を持っていますからね。読んだことがあっても妖精がいる証拠にはなりませんよ」
「ふふっ。自称姉様ですか。貴方とこうやってお話をするのはとても面白かったですわ。でも証拠があります」
面白くもなんともない。
さっさと妖精族の秘密について続きを考えた…い、ん、証拠?
「何を言っているのですか。証拠など……」
「先ほど貴方の髪の毛を思いっきり引っ張った“蝶のティアラを付けた可愛らしい妖精さん”が、私に微笑みながら手を振ってますが?」
……こら。
ちょっとおぉ、ヨヨさん!
なに勝手に気配隠すのをやめて自分の存在をアピールしまくっているんですかぁ。




