第二十三話 白の神官、白の賢者
このままここで呆けていても問題は解決しない。
少しでも前に進まなければ。
「さて、このままここにいても仕方ありませんね」
「……ええ。次のお店を覗いてみましょう」
ヨヨさんの元気がない。
魔族の食材に対する無関心さが深刻だったからだろうか。
砂糖のみを深く追求し、数多くの砂糖を作り出した妖精族としては、常識外のことだったのだろう。ヨヨさんは興味本位と感情で行動する妖精族にしては珍しいタイプなのかもな。
「ヨヨさん、先に邪神様の神殿に行きましょう」
「え? ええ、いいわよ」
少し食材のことから離れた方がいいかもしれない。
何事も心を整理する時間も必要だ。
「砂糖は魔族にはあまり売れないか……」
「……聞こえてますよ、心の声が」
「き、気のせいよ!」
こちらからサッと目をそらすヨヨさんの挙動は、まさに不審。
……ヨヨさん。
元気がなかったのは、魔族の食材に対する深刻な無関心さじゃなくて、砂糖の売れ行きの心配だったんですね。
よし、わかった。妖精族は妖精族! どんなときでも変わらない。特に商人の妖精族には気をつけよう。
ま、たくましいと言えばたくましいのだろうけど。
「では行きましょうか」
ヨヨさんは先ほどと同じく僕の頭の上だ。
「邪神様の神殿ってどこにあるの?」
「イーラさん曰く、お城の近くに行けばわかるそうです」
「それにしてもアルクんも意外と敬虔な魔族なのね」
「え? そうでもないですよ。神殿には初めて行きます」
「なんでそんな人が、直接、神様と話ししてんのよ」
そうは言ってもなぁ。
転生したから、とか死にかけて偶然に再会したとか。
たまたまですよ、たまたま。
「ん? あれかな」
目の先に十メートルほどの木々が見えてくる。結構な数の木が見えるそこら一帯はまるで王都の中にある森のようだ。
更に進むと、五メートルほどの高さの白い壁と開かれた大きな両開きの鉄扉が見える。壁は敷地をぐるりと正方形に囲んでいるようで、さながらひとつの要塞のようだ。木々は敷地内に植えられているらしい。
入り口をくぐり抜け、中に入って驚く。
「へえ! 思っていたよりも広いのね」
確かに思っていた以上だ。
入って正面、敷地の中央に白い石材で建てられた荘厳な本殿があり、その入り口まで幅の広い石畳の道が続く。道の先にある本殿前の広場には、ローブ姿で二対の白い翼を持つ三メートルほどの理知的な顔つきをした男性の像が建つ。こちらを迎えるように広げられた左右の腕に、白い蛇の像が一匹ずつ巻き付いているのが見えた。
敷地内には本殿以外にも、壁際に神官の集合住宅が建てられ敷地内で生活できるようだ。ちゃんと井戸も用意されている。
外から森のように見えていた木々は同一種のようで、街道沿いや本殿の周辺以外にも、集合住宅や壁沿いなど敷地内の至る所に数多く植えられている。
「二対四枚の白い翼を持ち、白き二匹の蛇を従える白の賢者。聞いていたとおりの御姿ね」
「ほへえ」
「ほへえ、じゃない! なんで私が説明してんのよ!」
「確かにお会いしたときの御姿そのものですよ。ただ」
「ただ?」
「蛇いませんでしたよ、一匹も」
「そんなはずはないけどなぁ。いつもご一緒だと聞いてるわ」
「そうなんですか。でもまぁ、いないときもあるのでしょう」
「直に神様の顕現した御姿を見たくせに、その眷属らを野良モンスターかのように無下に扱う魔族が怖い、すごく怖い」
そんなこと言われてもなぁ。
正直、神様と言われても感謝こそすれ、ほかに特別な思いがあるわけではない。
それにしても白蛇か……前世では白蛇を信仰の対象としたものがあったけど似たようなものだろうか。
「さて、本殿でお参りしていきましょう」
「そうね。そうしましょう」
本殿の中は厳粛な雰囲気に包まれていた。祭壇の後ろに建てられた邪神様の像の周りには整然と並べられた蝋燭が幾重にも列をなす。炎の揺らめきが、光と影の境目を揺らし、より一層神秘的な様相を映し出している。
この時間、礼拝している魔族の数は多くないが様々な魔種族がいることから、邪神様が幅広く敬われているのがわかる。白いローブを着ている数人の人物は、きっとこの神殿の神官だろう。同じローブ姿でも背の高さが違うのは種族が違うせいなのか、年齢の差なのかはわからない。
気配を消し、声を落としたヨヨさんが、「ねぇ」と僕にささやく。
「どうされました?」
「あそこの祭壇にいる白いローブを着た子。私を見てる」
そう言われて祭壇に目をやると、白いローブを着た神官らしい背の低い人物が僕の頭の上へと赤く光る双眸を向けている。
「今、気配消してます?」
「ええ。ここに入る前からずっとね」
「どうします? 礼拝には祭壇に近づく必要がありますが」
「うーん」
件の神官は、礼拝に来た魔族ひとりひとりの額に指をあて祝福を施している。チラチラとこちらを見ているのは気のせいではないだろう。
「気にせずいきましょ」
わかりました、と返事をして祭壇へと向かう。祭壇に並んでいた最後の魔族に祝福を施した神官は、近づく僕らに気がつき一瞬身構えた。
「こんにちは」僕から声をかける。
ん? 女の子?
年は僕と同じくらいだろう。僕よりも頭半分ほど低い身長だ。白い肌に後ろで軽くまとめた黒く艶やかな髪が蝋燭の明かりに照らされて印象的だ。整った容貌で大きな赤い目が美しい。薄い桃色の唇は艷やかで少しふっくらした頬が歳相応の可愛らしさがある。お嬢様の次くらいに。
僕を見つめ返している視線は、どちらかといえば頭の上を見ておりヨヨさんの存在に気がついているかのように見受けられる。
「こ、こんにちは。白の賢者様の神殿にようこそ。今日は祝福を?」
「ええ。お願いできますか?」
片膝を床につき、祈りの姿勢をとる。ちょうど僕の頭を彼女が見下ろす恰好となった。祈りと祝福の言葉が聞こえ、額に彼女の温かい人差し指が押し当てられた。
……ん? ぬるっとした?
立ち上がり彼女の正面に立った。僕が立つと同時に彼女の視線が上に向かう。完全にヨヨさんを追ってるように見えるなぁ。
じぃーっと見られているヨヨさんは、一言も喋っていないが頭の上で微妙に震えているのを感じる。これは間違いなく笑いをこらえているときの震えだろう。
仕方がない。
「どうかされましたか」と神官に話しかけてみる。
「あ、い、いえ。その、……なんでもありません」
「先ほどから“僕”を見ておられたようですが」
「いえ、見ていません!」
速攻で否定された。神官さんは自分が言った言葉の意味に気がつき、恥ずかしそうにうつむいている。まぁ確かに僕を見てはいないのだろうけど、と思わず苦笑する。
そんな僕の気持ちを知ってか知らずか、頭の上の震えが激しくなる。ヨヨさん! 髪の毛引っ張らないで! 笑い声が漏れそうですよ。
「そうですか。それは失礼をいたしました」
「いえ、こ、こちらこそ」
神官さんは慌てて顔を上げ、僕を見て答えを返す。
それでもチラチラと視線が上にいってるところをみると、やはり気になるのだろう。だが、これだけ近くで見られても気配を消したヨヨさんを捉えきれていないようだ。見えているわけではなく、どちらかと言えば、何かいることを感じている、といったところか。
ポケットに手を入れ、お金の入った小袋を取り出し両手で神官さんに手渡す。こういった神殿などでは随時、寄進の受付をしている。
(まぁ、これも聞いた話で、初めて寄進したんだけどね)
「僅かばかりではありますが」
「ありがとうございます。白の賢者様の更なる祝福があらんことを」
「白の賢者様の御心のままに」
お決まりのセリフを言って寄付を手渡した後、神官さんと思わず目があった。
瞳に引き込まれるほどきれいな子だと思う。お嬢様の次くらいに。
ふと、ちょっとしたイタズラ心が浮かび、頭を右へ左へと揺らしてみた。
その視線は僕から外れ、僕の頭の上を右へ左へと揺れ動く。少し激しく揺らしてみたり、中腰になったりしたがヨヨさんのいる位置からロックオンが外れることはない。
少し調子に乗って頭を動かしたせいで、ヨヨさんが髪の毛を掴んだまま僕の顔にずり落ちてくる。僕の額を手でペチッと叩き、鼻をトンっと足で蹴りながら頭の上へと戻る。
イタタタッ。振り落とされそうになった乗客がお怒りのようだ。思いっきり髪の毛を引っ張られた。
少し目を見開いている神官さんに会釈をして、本殿を後にする。
本殿を出たところでヨヨさんが話しかけてくる。
「アルクん! 遊びすぎ! もう少しで落ちそうだったわ」
「ヨヨさんも声を殺して笑っていたでしょう?」
「まったくもう。おかげで手がぬるぬるするわ」
あ、そういえば僕も額に祝福を受けたとき、神官さんの指に違和感を覚えた。そう思って額に手を当てると、指に何かの液体が付く。
指先でこすってみると、ぬるっとした感触とともに光沢が見て取れる。くんっと匂いを嗅いでみると、少しだけだがスウっとした独特な香りが感じられる。
「これ、油のようですね」
「何の油?」
「うーん、獣臭くないから獣油ではなさそうですが」
もう少し量があればわかりそうなんだけど。
調香師の技能を使って匂いから判断できると思うが、なにせ指に付いている量では香りも微妙だ。
「申し訳ございません。少しお待ちいただけませんか!」
その声に後ろを振り返ると、さきほどの神官さんが立っていた。
太陽の光に反射する黒髪が、蝋燭の光とは異なる美しさで煌めく。駆け足気味だったのだろうか上気してほんのり染まる頬が実に愛らしい。お嬢様の次くらいに。
「はい。どうなさいましたか?」
「お引き止めして申し訳ございません」
にこりと微笑みながら彼女は僕に答える。
彼女の視線は時折、頭の上を見ているようだが、主に僕の目を捉えていることから僕に用があるのは間違いないようだ。
「私、白の賢者様の神官を努めております、ヒミカと申します」




