第二十二話 大きな問題
「もう、アルクんったら諦めなさいよ」
「そうは言ってもヨヨさん。気になるじゃないですかっ」
「いいじゃない。ほかの食材の手がかりが見つかったんだし」
ここは、魔王国の王都エドゥーラ。魔王国で一番大きい都市だ。主要な通りには魔道具屋、日用雑貨屋、本屋など、数々の店が建ち並び、多くの人が出入りしている。
王都に住んでいるのは様々な魔種族。
それに加え、数こそ少ないものの魔法に長けた種族が住んでいる。それらは主にエルフ族や龍族だそうだ。
建物はレンガや石造りが多く、ところどころ装飾された壁を見れば魔王国の建築技術の高さがわかる。上下水道が整備されており、王都全体が清潔感にあふれ、街中にはゴミひとつ落ちていない。行き交う人々の笑顔を見れば、魔王様の統治能力の高さがわかるというものだ。
今、僕とヨヨさんは侯爵家を後にし、教えてもらった肉取り扱い業者に行くため王都の道を歩いている。執事服のままでは勝手が悪いので平民がよく着ている普段着に着替え済みだ。これで平民の子供に見えるはず。
ヨヨさんは僕の頭の上に乗ってもらっている。
魔族のほとんどは妖精を見たことがないし、妖精だからといって何かあるわけではない。ただ、ゴタゴタに巻き込まれてもまずいし、妖精族の貿易担当という地位のヨヨさんに何かあってもいけない。そこで僕が、護衛役として担当することになった。
「あ、一応、周りから悟られないように気配消しておくからね」
「そんなこともできるんですね」
「まぁね。よほど注意深く見られなければ大丈夫よ」
妖精族は気配まで消せるのか。
なんとも暗殺者チックな能力の持ち主だ。
「いてて」ヨヨさん髪の毛引っ張らないでください。
「今、なんか失礼なことを考えてる気がしたからよ」
妖精族の鋭さには気をつけようっと。
「それにしてもさすが王都ね。町並みも素晴らしいし、人も多いわ。いろいろな種族がいるのね」ヨヨさんの感嘆の声が上から聞こえる。
「歩いて通るのは初めてですが、人が多く活気にあふれてますね」
ぱっと見ただけでも半獣族のオーク族、ゴブリン族、ハーピー族などが目に入る。もちろん純魔族や不死族と思われる魔族もいるが、人族と姿がほとんど変わらないため見ただけではどの氏族なのかわからない。
そうそう。
ウサギンが書いてあると思われるページは破られていて図鑑になかった。
だが、その前後のページには“ウコッケ”と“ウシドン”の名前があった。図解を見る限り前者は“烏骨鶏”にしか見えないし、後者は“牛”だ。
ウコッケが前世の知識にある“烏骨鶏”ならば、鶏肉や卵等が手に入る。ウシドンってのが“牛”だとすれば、肉や牛乳等が手に入る。
もちろん両種とも家畜となり得る優秀な動物だ。
「アルクん! あの大きな建物は何?」
「あれこそは魔王様が居城。『リモワール・ノイシュ城』ですよ」
城壁は黒と白の石材を使っており、そのコントラストが美しい。しかし城壁塔や張り出した出窓、数多くある狭間等がこの城が美しいだけの城ではなく要塞としての役割を重視した設計になっていることを物語っている。
中央に居館があり、その左右ある塔は、東側が『白陽宮』、西側が『黒月宮』と呼ばれている。
「大きなお城なのね」
「一番高い所で六十メートルありますからね」
「中に入れるかしら」
「妖精族ってどんな種族だろう。一度お話してみたいなぁ」
「入らない! 絶対に入らないから! 他人のフリをしないでちょうだい!」
お城に忍び込もうとする賊に知り合いはいませんっ。
そんな話をしながらも目的の場所にたどり着いた。
まずは、と。目の前にはワイロー商店。
ここは侯爵家に干し肉や干し魚、塩漬けの魚を納品したお店だ。
食肉はもちろんのこと塩や“色鮮やかな野菜”などを売っている。店頭に並べられた鮮やかな色彩の山盛りキノコが人目を引く。僕もその毒々しい光景にドン引きだ。
「さて、中に入りますか」
やや薄暗い店内へと歩を進める。店のあちこちに積まれた食材や棚に飾られた瓶などが取り扱い食材の豊富さを物語る。だが前世の知識を総動員しても食べられそうな食材があるようには思えない。
一通り食材を見ていると一人の若い店員が近寄ってくる。
「坊や、今日はお買い物かな?」
「うん。干し肉と干し魚、あとは塩漬けの魚を探してるの」
「おやおや、お使いかい? 偉い坊やだね。カウンターで待ってて」
店員は店の奥のカウンターへと向かう。
ヨヨさん、頭の上でお腹抱えて笑わないでください。
「ヨヨさん、笑いすぎです」
「うん。いつものアルクんを探してるの」
そういってまた笑い転げている。
歳相応の僕を捕まえて何をそんなに笑うことがあるというのか。
カウンターで待っていると、先ほどの店員が器に入れた干し肉と干し魚、それに塩漬けの魚の入ったツボを持ってくる。ヨヨさんの声が聞こえたのか、あたりを見回しながら不思議そうな顔をしている。
「坊や、おまたせ」
うん。確かに厨房にあった干し肉と干し魚、塩漬けの魚に間違いないようだ。
しかし貴族と平民の食べる食材が同じでいいのだろうか。
確かに平民と違い、貴族は干し肉や干し魚をそのまま食べることは少ない。
スープベースに使うくらいしか用途がないから色出し用の食材なのか、それともただ単に肉や魚の種類がないから同じ食材なのか判断が難しい。
「お兄さん、このお肉とお魚って何の肉なの?」
「ん? 珍しいことを聞くんだね。この肉はベヒモス、魚はリヴァイアサンの稚魚だよ」
あああ、駄目な食材きちゃった。何が家畜、何が魚だよ!
もう、牛とか魚とかのレベルの話ではない。完全に食べてはいけなさそうな名前ですよ。前世の知識がベヒモスとかリヴァイアサンが神話級の生物だと教えてくれる。知ってるよ! わかってるよ! 記憶にあるよ!
聞くことを聞いたら、平静を装ってさっさと店を後にしよう。
「お兄さん、ウコッケとウシドンってわかる?」
「うん? ウシドン? なんだいそれは」
店員のお兄さんは聞いたことがなかったようで、首をひねっている。その後、わざわざ店の店主らしい人にも聞きに言ってくれたのだが、どうやら店主やほかの従業員も知らないようだ。
「ごめんな、坊や」
「ううん。いいの。ありがとう」
ワイロー商店、店員ウシドン知らず。
「お兄さん。全部二食分ずつください」
「はいよ、まいどあり!」
お金を払って店を出る。
「アルクん。お肉の正体がわかってよかったわね」
「え、ええ」うめくように返事を返す。
そうか。ヨヨさんはどんな生き物か知らないのか。
「アルクん、その生き物を図鑑で調べてみましょうよ」
「そうですね」焦る気持ちを抑え、少し移動する。
少し開けた場所にある長椅子に座り、図鑑を開いて目的の生物を確認することにした。ヨヨさんは僕の肩に座ってもらった。
セイバスさんの図鑑には……よかった、ちゃんと載っている。
――ベヒモス――
寸胴の身体、太い尾を持つ四足歩行の“草食動物”で、人里離れた山などに生息している。視界に収まらないほどの巨大な体躯にも関わらず、非常に素早い動きで地を駆ける。一年で数百匹という子供を産むが、そのうち大きくなれるのは数頭にすぎない。成体一頭で小さな国が一年もの間、肉に困らなくなるほどの肉が得られたという伝承がある。
――リヴァイアサン――
沖合の海に住んでおり、その姿は海蛇に近い。硬い鱗、鋭く巨大な槍のような歯、そして水のブレスを吐く。驚くべきは一キロメートル以上にもおよぶ長い身体だ。一回の産卵で一センチほどの卵を数十億も産む。卵は海を漂い海流に乗って世界に広がる。しかし大量の数の卵を産んでも親ほどの大きさに育つ個体は少ない。
「「魔物だよ!」」
二人の声がハモる。何食べてんの、魔族!
そりゃあ魔力の摂取にはいいはずだ。強力な魔物なんだから。
いや待て。それよりも、だ。
ベヒモスの姿はカバっぽい。ただ出産数がもはや尋常じゃないよ。子供を生むカメだよ! ウミガメだよ! 天敵いるの? そんなに弱くないでしょ。なにその視界に収まらないほどの巨大な体躯って! 成体一頭で小さい国が一年も肉に困らないって、肉々(にくにく)しいにもほどがある。
それに! リヴァイアサン。見た目はごつい水蛇だけど、キロメートル単位の体長ってどゆこと? そんなのが数十億も卵産んじゃってるの? マンボウなの? 水のブレスを吐くマンボウなの? 親ほどの大きさに満たないリヴァイアサンでも、それなりにうじゃうじゃいたら大変よ? 皆滅んじゃうよ?
ベヒモスもリヴァイアサンも食物連鎖の最下層にいるような子じゃないよ! 大切にしようよ、自然の摂理を。
図鑑に突っ込まずにはいられない。
「アルクん。短い間だったけどお世話になりました」
「駄目です。帰らないでください」
「なんなの? なんなのよ! 毎日の食卓に、王都もビックリな大きさの魔物の切り身を皿に乗せて食べてるのよ! ベヒモスの大きさ、どう考えてもさっきの城よりも大きいわよね」
「お、落ち着いてください」
「落ち着けないわよ。こんな巨大な魔物を食べているにも関わらず、この肉は何ってこと思わないの? ま・ぞ・く・は!」
「ええ。おっしゃりたいことわかりますよ」
ヨヨさんの言っていることはもっともだ。
お店の若い店員でも肉の正体を知っていたのに、千年以上も生きているレイゴスト調理長は肉の正体を知らなかった。知ろうともしていなかった。
「これが食にこだわらない魔族の実態なんです」
「こだわって!」こだわっていないから魔族なんですってば。
「お店の店員さんは、自分の店の商品だから知っていた。でもそれを調理する料理長は知らなかった。知る必要を感じなかったんでしょう」
「でもだからといって」
「ヨヨさん。今日、お店に来る間にすれ違った人たちのこと覚えています?」
「……覚えてないわ」
「ええ。僕も覚えていません。それが魔族でいう食事なんですよ」
ヨヨさんは深いため息を漏らす。
周りを歩いている魔族たちを見回しながら。
歩いている人たちを見ているけど、歩いている人個人のことは見ていない。種族、男、女、来ている服、背の高さ、太ってる、痩せている、髪型、意識して見ていない。
普段、見ているようで見ていないのだ。関心がないから。
『食事はするが、食材そのものは見ていない』
ここを歩いているほぼ全ての魔族に言えることです。
『食事は作業』
「……なによ。思っていた以上に深刻じゃない」
「ええ。僕もここまで深刻だとは感じていませんでした」
(あっ!)
そこまで言ってから根本的なことに気がつく。
肉畜種不明の肉。そういえば思い込みで一覧表に肉畜って書いたけど、本当ならそれすらもわかっていなかったじゃないか。
いまでこそベヒモスとリヴァイアサンという魔物の肉だとわかったけど、なぜ肉を肉畜と思い込んでいたんだ?
……ああ、またか。ここでも前世の僕の記憶と魔族に転生した僕の記憶が混ざってる。邪神様に会い、記憶を戻してもらってから、どうも頭の中が混乱気味だ。
確かに侯爵家で皆から疑われたとき、セイバス執事長から僕の魂に何か混ざってるって聞かされた。
肉と言えば一般に鳥や獣だと思っていた前世の僕と、肉と言えば魔力吸収のための手段のひとつだと思ってた魔族の僕。
食材だと思っていた僕と、手段のひとつだと思っていた僕。
この二つ記憶の混在が、人の常識と魔族の常識の差を示すものだとすれば、何かを見落としてはいなかっただろうか。
そう。
さっき、僕はそれに気が……ついてしまった。
食材を見ていないことが問題なんじゃない。
……なんてことだ。
――ヨヨさん。
貴女が思っている以上に、そして僕が感じていた以上に、
魔族の食事に対する認識は無残で凄絶なものですよ。
元気のないヨヨさんが目に入る。
(ヨヨさん。もうひとつ深刻な問題に気がつきました)
……そう思っただけで結局、僕は言えなかった。




