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第二十一話 綴るもの継がれるもの

 厨房にある控え室で、ヨヨさんとは情報の共有を、イーラさんとはお嬢様の件について詳しく話をすることができた。


 仕事に戻ったイーラさんを見送った後、ヨヨさんと二人で話をする。


「なぜ肉から調べようと思ったのか、でしたね」

「ええ。説明してもらえるかしら」

「先ほども話しましたが、お嬢様の離乳食を再確認するためです」

「ええ。そう言ってたわね。でもそれがなぜ肉なの?」

「わからないものがあるんですよ」


 邪神様からもらった知識のおかげでほとんどの食材の名前がわかった。おかげで調理法もわかり、お嬢様の離乳食や侯爵様御夫妻の食事のメニューも増えたのだ。


「わからないもの? ああ、それが」

「はい。肉です。それに干し魚と塩漬けの魚はワイロー商店から仕入れているものだそうで、調べに行くのも二度手間にならずに済みます」


 レイゴストさん曰く、動物の肉も魚の肉も“同じ肉”という認識だった。肉といえば、鳥とか獣の肉という印象が強いが、どうやら魚も同じ認識らしい。

 まあ、区別しないところが魔族らしいのだろう。


「あらそうだったの」

「はい。半日で終わりそうですね」

「そうね。で、名前がわかっていないのは?」

「離乳食に使われているミルクをはじめ、生肉、干し肉、ハム、塩漬けの魚、干し魚、脂、骨。これらの食材がわかりません」


 これらは前世の知識にはない、この世界独特の何かの肉ということになる。それにお昼の会食のときに気がついたのだが、どうもカルガモンにしろ、ウサギンにしろ、この世界の生き物の知識が全くない。


「毒がないのはわかっているのよね」

「わかってはいるのですが……」

「何を食べているのかわからないのは不安と」

「ええ。さすがにちょっと」


 原材料:肉。

 これは怖い。ドキドキする言葉争いで壮絶なトップ争いを繰り広げている“白い粉”と同じくらい怖い。


「あと、ほかにも毒のない肉があるのか確認したいんです。食肉の種類が増えれば料理の幅も広がりますし」

「うん、わかったわ」


 あとは、と。

 そうだ。王都にいるうちに、ヨヨさんとの出会いを繋いでくれた邪神様の神殿にもお礼を込めて礼拝に行くべきだろう。


「せっかくなので邪神様の神殿にも寄りたいと思います」

「了解よ」



「では、さっそくですが出かけますか」

「え? アルクん。食事はいいの?」

「はい。王都内に食べられる食材があるのか確認したいので外で食べようかと」

「で、毒で倒れると」


「……」


 ヨヨさんがこちらをチラチラ見ながら目をそらす。


「今朝、毒で倒れた人って誰だったかしら」


 くっ。痛いところを。


「それにアルクん、外で食事したことあるの?」

「うっ、ありません」

「まぁ♪ 初めての外食なのね。初外食で初服毒ね。初中毒って言うべきかしら? 初チューね、初チュー♪」

「……ヨヨさん、解毒魔法使えます?」

「使えるわけないでしょ。アルクんは使えるの?」

「使える時間さえあれば……気をつけるようにします」


 朝のスープのときは一瞬で倒れたからなぁ。

 それにしても、ヨヨさんが絶好調だ。

 ま、まさか妖精モデルの飴細工の仕返しってことはないですよね?


「まぁ飴細工のときのお返しはここまでにしとくわ」


 仕返しだった。



「ああ、アルクくん。こちらにいらしたのですか」


 厨房の控え室の入り口前から声をかけてきたのはセイバス執事長。

 話しぶりからすると僕を探していたようだ。どうやらイーラさんに厨房の控え室にいることを聞いたらしい。


「私が折った腕は大丈夫ですか?」

「はい。多少の傷みは残ってますが、きれいに折ってくれたおかげですぐにくっつきそうです」

「それはよかった」

「よくなーーい!」


 ヨヨさんが、両手を高々と掲げ声をあげる。


「アルクんもちょっとは怒りなさいよ!」

「どうしてです?」

「ティリアちゃんのために一生懸命なだけだったのよ。執事長も腕折ったり頭踏み潰そうとしたり、やりすぎでしょ!」


「「そうですか?」」


 執事長と顔を見合わせながら答えた返事が重なる。


「執事長も僕も侯爵家に仕えてますから、侯爵家を害するものは身内でも排除しますよ?」

「ええ、アルクくんの言うとおりです」

「侯爵家第一ですが、大切な身内を害する者ももちろん排除します」

「然り、然り。素晴らしい。ちゃんと教えを覚えてますね」


 執事長に褒められると素直に嬉しい。

 僕はこれからも頑張ります!


「魔族の感覚が理解できないわ」

「まぁまぁ。執事ですし、そういうものです」

「執事たるもの、執事であることをわするるべからず、ですよ」


「あたい、しつじ、わかんない」


 なんかヨヨさんが拗ね出した。ひさびさに体育座り見たな。

 別に不思議なことじゃないと思うんですけどねぇ。



「そうそう、アルクくんにこれを渡しておきたいと思いまして」


 セイバスさんが思い出したように、一冊の本を僕に差し出した。


 くすんだ茶色の革で装丁された丈夫そうな表紙には、細かい文様が刻印され美しい装飾がなされている。表題の文字は黄金色に染色され、『ヴィギンティクトル大陸生物図鑑』と書かれているのが目に映る。更に本からは何かしらの魔力が感じられた。


「これは以前、私がヴィギンティクトル大陸の各地を旅してたときに、この大陸に住んでいる生物を調べ、まとめあげたものです。よろしければアルクくんに差し上げようと思いまして」


「かなり重たいですが」


 そう言って図鑑を手渡された。まさかの執事長の手作り図鑑!


「ありがとうございます! セイバスさん! なんと感謝していいやら。大切にします」

「いえいえ。私は旦那様のそばから離れることはできません。少しでもアルクくんの食材探しのお手伝いに慣れればと。好きに書き込んでもらってかまいませんからね」

「本当にありがとうございます!」


 図鑑を抱えながら笑顔で頭を下げる。

 これは、嬉しくてたまらない。きっとお嬢様や侯爵様が喜ばれる食材を見つけてきますね!

 あ、そういえばお昼の会食のとき、「忘れてた!」って顔を……。


「では、頑張ってください。私はこれで」


 そう言って、ささっと厨房をあとにする。「忘れてた!」って顔は気のせいだな、うん。……うん。


「なんかセイバスのやつ、えらく急いで出て行ったな?」


 コンペイトウ作りも落ち着いたのか、レイゴストさんが顔を出す。

 僕の手に持っている図鑑をひと目見てから話かけてくる。


「ほう、あの図鑑かぁ。セイバスもよっぽどアル坊のこと、気になっているみたいだな」

「レイゴストさん、この図鑑のこと知ってるんですか?」

「おう! 昔、セイバスが一生懸命作ってたからな。いやぁなつかしい」


 たまに厨房を覗きながら、図鑑を見る料理長。

 あ、まだコンペイトウやってるんですね。


「その本に使う糊を作るのに苦労したんだよ。アラクネ族の粘着液をもらったのはいいが、ドラゴンの血もいるとかなんとかで付き合わされたからな。ガッハッハ」


 コ、コノホン、ナニデ、デキテルンデスカ?


「あの執事長らしく、執事たるものご主人様のために、って感じで頑張ってたのね」とヨヨさん。体育座りから復活されたんですね。


 執事たるものご主人様のために決まってるじゃないですか。


「さぁ。どうだったっけな」


 え? あ、あれ。違うんですか?


「ま、セイバスが大切にしてたのは間違いない。使ってやんな」

「そうですね、大切に使わせていただきます」


 さっそく本を開いて見てみよう。

 ヨヨさんが開いた本の上にトンっと乗る。


「へー、名前とか生息域や生態の説明が詳しく書かれているのね」

「ヨヨさん、そこに乗られるとページがめくれないんですが」

「あら、ごめんなさい」降りてもらってページをめくる。


「まぁ! 裏側にその生き物の全体図と特徴がわかりやすく描かれているわよ。それにとってもきれいな絵」


 どれどれ。

 よく見ると紙一枚(二ページ分)にひとつの生物のことが書かれている。前世の本みたいに、ページ番号は一切振ってないが、奇数ページ当たる“表”に名前と説明文、偶数ページに当たる“裏”にはモノクロの図解と。なんか大量の報告書を全部まとめたような図鑑だ。

 無線綴じで製本され、大きさは縦四十センチ、横三十センチくらい。


 そんなことより、セイバスさんは絵も上手いなぁ。これだけ細かく描かれていると間違えようがない。生物によっては解剖図まで? ああ、魔石の場所も記してあるんですね。

 でも……写実的に内臓を描かなくてもいいのではないでしょうか。


「しかし贅沢な紙の使い方よね。名前があっても説明文がほとんどない生物もあるみたいだし、それに何かの報告書みたい」

「あ、ヨヨさんもそう思われます?」

「うん。だって書式は同じなのに、紙の汚れ方とかシワとかバラバラだしね。本にしてから書いたものじゃなさそう」

「さすが自分たちに関連する文献を回収した妖精族なだけあって、本には詳しいですね」

「ふふっ。でもここまで詳しく描かれたものは初めて見るわよ」


 製本技術が進んでいないこの世界では、本を大量に刷ることもできないし、全て手書きなんだろうなぁ。


「ところでどんな生物が載ってるのかしら?」

「そうですねぇ」


 掲載されている生物を見た目で分類すると、哺乳類、爬虫類、鳥類、両生類、魚類、昆虫類などだろうか。まぁ、見た目が魚でも本当に魚類なのかは疑わしい世界ではある。この図鑑で最も充実しているのは魔物の類だろう。


「この世界の動物や魔物に詳しくない私にはすごい資料よ」

「僕も全然知らないですよ。ほとんど王都と侯爵領のお屋敷から出てませんし」

「買い食いしたこともないもんね」

「……くっ」


 ヨヨさんとの会話のキャッチボールの球がモーニングスター(トゲ付き鉄球)です。投げ返す余裕がありません。


「王都や侯爵様の街くらい買い物に行かなかったの?」

「執事見習いになってからは執事修行等に励んでいましたからね。買い物はメイドの皆さんが定期的に行ってくれてました。侯爵家御一家の場合、出入りの商人が屋敷に来ていましたし」

「そんな箱入り執事が外で食材を探せるかしら?」

「大丈夫ですよ、執事ですから」

「アルクんは執事をどんな仕事だと思っているのよ」とため息。


 失礼な。ちゃんと執事長直々に修行をつけてもらったのです。お嬢様のためならばどんなことであろうとこなすのが執事ですとも。


「それにしても全部魔物に見えるわね」


 と、ヨヨさんは苦笑する。

 三十センチの妖精にとっては動物も魔物も十分脅威ですよね。それに実際、掲載されているものの多くが魔物ですし。


「それにしても、これだけ厚いと調べるのも一苦労だな」

「レイゴストさん、そうでもないですよ。“あ”から始まる名前順になっていますので名前さえわかっていれば問題ありません。それに図解入りですし」


「そうだっ」おもむろにページをめくり目的の生物を探す。

「あった!」



――カルガモン――

 鳥類。雑食性。沼、湖、河川、海などに生息。全長三十センチ前後。十個ほどの卵を生む、卵生らんせい。生まれた子供が群れをなして親の後を付いて行く姿が特徴的。飛ぶより歩くほうが得意か?



 ページをめくり裏のページに書かれている図解を確認する。

 親ガモと子ガモが仲良く歩いている姿。

 ……うん、カルガモだね。


「へえ。これがカルガモン。雛がとても可愛らしいわ」


 覗きこんでいるヨヨさんもカルガモンにウットリだ。


 イーラさん、これと僕を例えたのか。まぁ確かに執事見習いだから執事長の後をよく付いて行くことが多かったけども。


 食用かどうかまでは書いてない。なんでも食べてみた前世の人族とは大きな違いだと思う。ウニとかナマコとか誰が最初に食べたんだろうね。



 さぁ、次こそ本命。


 ページをめくり目的の動物を探す。

 そう! もちろん、『ウサギン』だ。


「ウサギン♪ ウサギン。ウサ―」


 ”ウコッケ”……“ウシドン”……”ウコッケ”…

 ページをめくっては戻し、戻してはめくる、を繰り返す。


 衝撃の事実に図鑑をめくる手が止まる。

「あれ?」僕の声にレイゴストさん、ヨヨさんが図鑑を覗きこむ。


「……ウサ」


「ウサギぃーーーン」厨房に僕の声が響き渡る。



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