第百十七話 最弱の悪魔?
いろいろな意味で楽しかった食事会も終わって、次の日の朝。
どことなく互いに理解が深まったような気がする三賢樹と代表たちを思い出しながら僕は集落の中を歩く。
昨晩の食事会においてお酒を飲み過ぎたと思われる三賢樹。その痴態……羽目をはずした行動については参加した氏族代表らの胸の内にしまわれることになった。三賢樹も記憶が飛ぶほど飲んだためか、見事なまでに記憶が飛んでいた。何をしでかしたのかまったく覚えていないのだ。まさに好都合。念のため、参加者には三賢樹から何か聞かれても絶対教えないよう口裏を合わせておいた。このほうが面白……三賢樹のためだ。やや不自然な態度をとる代表者たちに首をひねる三賢樹であったが、そんな彼らを見る代表たちの目はとても温かかった。食事会を行う前とは雲泥の差である。その温かい目が三賢樹をさらに悩ませるのだが、悪い気分ではなさそうだ。
いつか彼ら三賢樹とエルフたちが気軽に話せる日もくるだろう。
さて、ディーナさんとリアルルさんは今日もエルフたちとの打ち合わせがあるため忙しい。精霊の間では三賢樹と巫女、各氏族の代表らを交えた話し合いが始まっている。代表の中には参加していない者もいるが問題ないそうだ。事前に方針を伝えておけばいいとのこと。特に今回はイルミンに関することなので、彼女が幸せならそれでいいと伝え、二回目の会議には参加しない代表が多かった。
また今日の打ち合わせでは少々細かい内容を決めるとのこと。預かってもらう報酬やら費用的な話も含まれるのだろう。細かい部分だからこそ時間がかかりそうだとリアルルさんはぼやいていた。
またヨヨさんも朝早くから出かけている。昨日に引き続き、タンキールさんとの商談を行うためだ。ヨヨさんには昨晩の食事会で出されたリンゴのお酒シードルと前世の鴨に似た鳥、カモカモの取引を追加でお願いしておいた。カモカモからは高級食材でもあるフォアグラが取れるためぜひとも取引したい食材だ。
これは別件だが、タンキールさんから伝言をもらった。
彼の息子エストについてだ。なんでも彼に謝罪をさせようと思っていたのだが、所属する警備隊がまだ森から戻ってきていないそうだ。交代の時間がずれることはたびたびあるそうで、わざわざ謝罪が遅れることを伝えてきてくれた。エストが戻り次第、また連絡をしてくれるらしい。
タンキールさんに会ったばかりのころから考えると何か裏があるのではと邪推してしまうほど常識ある対応だった。
というわけで今日、僕といっしょに行動するのはニーナさんだ。
いや。もう一人いた。
「すいません。わざわざついてきてもらって」
ちょうど僕とニーナさんはグリバルトの集落を出たところ。先日、木札をもらった中年エルフに挨拶をしてからもう一人の同行者に声をかけた。
「……問題ない」
同行してくれるのはヘキサバオムの代表だ。
今、僕たちは森の外で見つけたナッツの木へと向かっている。このナッツの木は彼女が育てたもので自ら説明してくれるという。ナッツを取引するにしても本人の許可が必要だ。
彼女の名前はクセニア=ヘキサバオム。
年齢は人族換算で十代後半くらい。肩まで伸びた薄緑色の髪に薄い緑の目をしている。空を見上げているが何を見ているのかよくわからない。着ている古びたローブは彼女の身体にはずいぶんとサイズが大きいようで、かなりだぶついている。だらしない印象を受ける彼女だが代表らの中で唯一、七体もの精霊を同時召喚したときには驚いた。
その中の一人、鎧を着た女性の精霊が彼女の髪をとかしている姿は今も目に焼き付いている。そのおかげでクセニアさんの髪はボサボサ頭からツヤのある美しい髪に変わったのだ。まあ一夜明けた今は見る影もなく、寝ぐせだらけのボサボサ頭に戻っている。むしろ今日のほうがひどい。
イルミンについて打ち合わせを行っている最中にも関わらず、代表の一人である彼女がここにいるのは先ほどの述べたとおり。彼女は決定したことに異を唱えるつもりはないそうだ。そのおかげで朝から僕たちに付き合ってくれることになった。
そんなクセニアさんだが彼女もまた特徴的なエルフだった。言っておくが毛の話ではない。
「……あの木に興味を持つなんて」
ボソリとつぶやくように発せられた彼女の声に抑揚はない。
幼さを残すやや高い声は可愛らしいが、淡々と話す口調はまるで味のない料理のようだ。
「……おかしいですか」
「……やるわね」とゆっくり親指を立てる。
「……ありがとうございます?」
多分褒められた、と思う。
とりあえずお礼を言っておいたが、これで話は終わりのようだ。思わずニーナさんに助けを求める。
「ヘキサバオム代表のクセニアは口数が少ないから」
「……そうね」
「そ、そうですか」
ニーナさんが言ったとおり、ヘキサバオムの代表クセニアさんはあまりしゃべらない。それにいつもボーっとしているのだ。当の本人は会話が終わったあと、すでに空を見上げながら、ふらふらとした足取りで森の中の道を歩いている。よそ見をしていると木の根につまずきそうなものだが、そこはエルフだけあって上手に避けて歩いていた。
口数が少ないことはわかった。ニーナさんにはぜひこの雰囲気を打開して欲しい。会話は商談の第一歩なのだ。そんな思い込めてもう一度ニーナさんに目をやると、笑みを浮かべながら首をものすごいスピードで左右に振るのだった。その目は、「絶対無理」と何度も叫んでいる。くっ。商人をめざすエルフのくせに速攻であきらめるとはなにごとか。だけどそんな僕も話しかけづらい。
結局、ナッツの木のある場所まで僕たちは無言のまま歩き続けることになった。無限に続くと思われた気まずい沈黙は終わりを迎えた。そう、沈黙はだ。
「へー。これがナッツの木ね」
先日はいなかったニーナさんが木を見上げながらつぶやいた。
こっちの大陸に来てからインプことセルヴァが発見したナッツの木だ。一本の木に様々なナッツがなるこの木は接ぎ木の技術によって人工的に作られている。ここにいるヘキサバオム代表クセニアさんが独学で実現させた技術だった。
そんな彼女にこの木のことを何気なく聞いた。
もし僕の『時魔法』で世界の時が戻せたなら、木について聞いた自分の口を押さえてやりたい。「おい! やめろ」と何があっても絶対に止めただろう。
なんで聞いちゃったんだろう。
「――でねでね! ここの枝に新しい種を繋ぐのがすっごく大変だったの。そりゃもー、色々な薬を試したわ。でもでもようやく繋がって花が咲いたときは世界樹の精霊様のおかげだなって心から感じたの。やっと研究の成果が実ったって感じ? そう、木の実だけに。きゃー。やだ、アルクくんったら。私口下手なんだからフォローしてよー、もう。でもこの木に着目するなんて本当、魔族もやるわね。ねっ、アルクくんってば聞いているの?」
「そのあふれんばかりの口数はどこから出てきたん?」
……ナッツの木を前にしてヘキサバオムの代表クセニアさんが豹変した。「この接ぎ木の技術は見事ですね」という褒め言葉も彼女のスイッチだったらしい。それに加え、僕が接ぎ木のことを知っていたのが彼女の豹変ぶりに拍車をかけた。かれこれ三十分はしゃべり続けているだろうか。
話によると、彼女は世界樹を始めとする植物の研究を行っているらしく、その研究の結果のひとつが、目の前にあるナッツの木だそうだ。
これはニーナさんに聞いた話だが、七体同時召喚ができるクセニアさんは植物の研究だけでなく精霊に愛されるエルフとしても一目置かれているらしい。エルフの中でも精霊魔法に特化した能力を持っているそうだ。
そんな彼女の周りにはいつの間に呼び出したのか、七体の精霊がすでに集まっていた。その中には見覚えのある特徴的な精霊もいる。それは鎧を着た例の精霊だ。鎧の精霊は今日も櫛で彼女の髪をとかしている。顔には、「私がいないとだめなんだからぁ」とハートマーク付きで書いてあるかのようだ。
僕には区別がつかないが、彼女への懐きようからしてほかの六体の精霊たちも昨日と同じ精霊なのかもしれない。ニーナさんの召喚にいつも応じる専属的な精霊がいるからその可能性は高い。
「それにしてもナッツの木だなんて変わった名前をつけるのね。ナッツって言葉に意味はあるの? 歴史的な人物の名前? それとも成分か何か? 魔族の見解をぜひ調査レポートに残したいわ。あっ。もちろん協力者としてアルクくんの名前も残しておくわよ。それでそれで? ナッツって何?」
ひとつわかったことがある。
研究者と呼ばれる連中に研究分野の話題をふってはいけない。研究結果を褒めるのはもっとまずい。しかも同類だと思われたら最後、話が終わらなくなる。
見た目は無害でも彼女のように突然、人が変わる者だっているのだ。すでに口数の少なかった彼女はいない。おそらく今の彼女にはナッツの木の話以外、耳に入らないだろう。なにしろボサボサの髪をとかされていることすら気がついていないくらいだ。クセニアさんが動くせいで櫛が使いづらいのか、後ろの精霊もやりづらそうな顔をしていた。
本来ならこういう人種のお相手は遠慮したいところだが、いまさら無視することもできない。それにナッツ類は手に入れておきたい食材だ。ここは我慢するところだろう。
「ナ、ナッツというのは食べられる木の実全般のことをさします。ここにある木の実をまとめてナッツと呼び、それぞれピスタチオやカシューナッツといった個別の名前があります」
「……え? 食べるの?」
僕の説明を聞いてクセニアさんのテンションが一気に下がった。
興味のない話だと元に戻るらしい。
「エルフの皆さんは食べないのですか?」
「そうね。私たちエルフはまず食べないわ。辛くないし、量もないし。動物とか鳥のエサっていう認識が強いわね」とニーナさんが言葉をつなぐ。
ちなみに辛いもの好きはエルフの特徴のひとつだ。
しかし、うまさの基準が辛さというのもどうかと思う。
「貴様! クセニアに怪しいものを食べさせるつもりだな。昨日は命拾いしたようだが、そうはいかんぞ。不届きな魔族め! 私と戦え! そして勇気を示すがいい!」
突然、クセニアさんの髪をとかしていた精霊が騒ぎ出した。そしてかばうようにクセニアさんの前に出て胸を張る。
彼女はヴァリー。細い銀色の髪がよく似合う精霊だ。その美しい髪をゆるやかな三つ編みでまとめている。見た目は二十歳前半の女性の姿だ。エルフの耳のような長い羽根飾りのついた金のサークレットが頭の上で輝いている。髪と同じく銀色に輝く胸当てには随所に細かい装飾がされていた。また両手足につけた籠手とすね当てにも美しい装飾がされている。
このヴァリーは花や木といった物質に宿る精霊と違い、少し特殊な精霊だった。実は彼女、感情から生まれた精霊で『勇気』を司っているそうだ。感情や精神を司る精霊は特別というほど珍しいわけではないそうだが、呼び出したり操ったりするのは精霊の扱いに長けたエルフであっても非常に困難だという。また彼女のような勇気の精霊以外に悲しみや恐怖、怒りなどの精霊がいるという。
そしてなにより彼女は中位精霊の中でも高位精霊に近い存在らしい。
魔族やエルフと同じように食事をし、言葉を交わしていても、やはり精霊という存在は我々とは一線を画する存在だ。少なくても魔族やエルフは精神的な感情から生まれることはない。生き物として生き物らしく生まれてくる。
(精霊が生まれる条件はなんだろうね。加工品の酒にまで精霊がいるって話だし)
昨晩、リアルルさんから聞いた酒の精霊のことを考えながら、ヴァリーに目をやる。そんな彼女は鋭い目を僕に向けながら絶賛挑発中だ。
「ふっ。私に挑む勇気もないのか?」
(めんどくさいなぁ)
鼻で笑うヴァリーを一瞥した僕は無造作に人差し指を彼女の足元に向ける。そして彼女のつま先近くにある地面を狙って『執事ビリビリ』を放出。その瞬間、僕の指先から一筋の雷光が走り、バチィッと空気を震わす音が辺りに響く。雷は狙いを違えることなく、彼女のつま先より少し手前の地面に当たった。当たった場所からは一筋の煙が立ち上り、顔をしかめるようなツンとした臭いが鼻をかすめていった。
この魔法、ヨヨさんから生き物禁止令が出ているので生き物には使えない。それが彼女との約束だ。
だが精霊はどうか。精霊は生き物か? いや、断じて違う! ポンポンと湧いてくるような精霊に生物学など当てはまらない。そうだ! 精霊は生き物ではなく、我々とは一線を画する存在だと確信したばかりだ。少なくても今の僕はそう考えている。少なくても目の前の鎧は、精霊でないということでいい。
何かあっても、「ごめーんね♪」すればいいだろう。……多分許してくれないと思うけど。
目の前に雷を落とされたヴァリーは目を見開いたまま、自分の足元を凝視していた。煙の上がる地面は一部が黒く焼け焦げ、ガラス化した部分も見える。続いて顔を上げて僕の指先を見た彼女は、その目をさらに大きく見開くことになる。
どうやら気がついたようだ。先ほどとは違い、僕の指先が彼女の頭を狙っていることに。
勇気の精霊でもやはりほかの感情があるらしい。今、それがわかった。ヴァリーは青い顔をしており、心なしか震えているように見える。おそらく今の彼女が感じているのは恐怖だ。……レアな感情だとしたら歓喜だが、多分違う。以前助けたモミジイチゴの精霊クレベリがそっち系だったが、目の前の彼女には違うと言ってほしい。お願いします。
僕の心配をよそに、彼女はあっという間にクセニアの後ろへと隠れてしまった。クセニアさんの両肩に手を置き、頭だけを出してこちらの様子をうかがっている。
そっち系の精霊でなかったのは幸いだが……召喚者を盾にするとか召喚された精霊としてその対応でいいのだろうか。いや、それよりも司っている『勇気』を自ら全否定だ。そちらのほうが召喚者を盾にするよりまずいと思う。彼女の存在意義とはいったい何なのだろう。
「よ、よぉーし。ナ、ナイス勇気。さすがはクセニアの友だ! よし。もう十分だから。狙わなくていいから。……ね?」
「勇気の精霊なのに逃げてもいいの?」
「こ、これは勇気を示す者を見守る勇気だ。それに撤退する勇気も時には必要なのだ!」
「……そうですか」
彼女の態度からわかるように勇気の精霊であるヴァリーは必ずしも勇気があるわけではない。むしろ臆病な精霊のようだ。どうやら司っているものに性格は影響されないようだ。
そんな彼女だが、後ろから投げ槍を使わせたら百発百中だと自らフォローを入れてきた。投げやり気味に槍を投げるのがコツだそうだ。「投げやりであっても必ず当たる我が槍はクセニアを狙う敵の命を奪うだろう!」とクセニアさんの後ろに隠れながらヴァリーは小声でつぶやいている。
勇気とはいったい……何なのだろうか。きっと哲学の一種だろう。もうそれでいい。
あと付け加えるなら、どうやら僕はクセニアさんの友だちになったらしい。身に覚えはないのだが、クセニアさん本人もうなずいている。ということはまあそういうことなのだろう。
「さて話がそれてしまいましたがナッツは栄養価も高いですし、いろいろな料理に使えます。もちろんお菓子にもね」
「……へぇ」
すっかり研究者モードから通常モードに戻ったクセニアさんが小さくつぶやいた。割り切れない小数点のように次から次へと紡がれた口数は鳴りを潜め、口数は一気に減っている。
ただ通常モードに戻っただけでなく、食材としてのナッツを理解していないようだ。確かに食べ物だと認識していなかったものをいきなり美味しいですよと言われてもわかるはずがない。
しかし幸いなことにここには材料が豊富にある。昼食まで時間もあるし、ちょうどいい。
「そうだ! よかったらナッツを使ったお菓子でもごちそうしましょうか?」
「……食べる」
「はいはーい! 私も食べまーす!」
クセニアさんの口調からは食べる気がまったく伝わってこないものの食べるという言葉は本音だろう。反面、ニーナさんは食べる気満々である。これは大量生産決定のお知らせだ。どこかに製造ラインのある工場はありませんかと大声で叫びたい。
「私も食べさせてもらえるのだろうな? もらえるのですよね? ね?」
自身なさげに聞いてきたのはヴァリーだ。強気な口調からやや弱気な口調にトーンダウンしているところが彼女の心情を表していた。腰を低くし、仲間はずれにしませんよねと不安げだ。どうやら仲間はずれにされても強がる勇気は持ち合わせていないらしい。
「でも、ナッツって怪しいものだしなー」
「そんなこといわないでくださいよー」
「うそうそ。もちろんいいですよ」
「わーい(ふっふっふ。下手に出る勇気に魔族も恐れをなしたか)」と悪い顔で喜ぶヴァリー。
「聞こえていますよ?」
「しまった! 魔族すら恐れをなす勇気を口に出してしまうとは!」
「うそです」
「……はい?」
「本当は聞こえていません。悪そうな顔していたのでカマをかけてみました。それにしても……誰が恐れをなしたのですかね」
「謀られた!?」
「顔に出ていましたし。まあ今回は差し上げますけど」
「あいかわらずアルクくんは意地が悪いわね」
「そうでしょうか?」
「……今のはヴァリーも悪い」
両手を掲げ、「結果オーライ。勇気を持って勝ち取りましたー!」と天を仰ぐヴァリーはともかく、ほかの精霊たちも誘っておく。クセニアさんの周りにいた六体の精霊は誘われるとは思っていなかったらしく、破顔して喜んでいた。話を聞くと、やはり彼らは昨日と同じ精霊のようだ。食べたコンペイトウの味が忘れられないらしい。ちなみにクセニアさんにあげたコンペイトウはすべて彼女の精霊たちに食べられている。
そんな彼らにひとつだけ注意事項を聞かせる。
「精霊の情報網にこの話を流したらあなたたちはお菓子なしです」
情報を流されたらどれだけお菓子を作るはめになるかわからない。ただでさえブラックホールなニーナさんがいるのだから勘弁してほしい。万が一、ほかの精霊たちに知られたら、それこそ一生お菓子を作り続けるお菓子奴隷になってしまう。
すると僕の一言に闇の精霊が動きを止めた。そんな闇の精霊に気づいたほかの精霊たちが疑いの目を向けながら彼を囲い始める。闇の精霊は、「何もしていない」とほくそ笑む。そして楽しげに首を振り、意味深な笑いを振りまいていた。
そんな彼だが恐らく何もしていない。情報を流したふりをしているのだろう。ここに来てから闇の精霊の気持ちがなんとなくわかるようになってきた。彼ら闇の精霊はいかにも悪いことを企みました的な仕草が大好きなのだ。ある意味、微笑ましい精霊の戯れである。
(ん? ――誰か近づいてきているな。数は……五か)
こちらに向かっている気配を感じたが、とりあえずは様子だ。
何があってもいいように一応警戒だけしておく。
「では、いくつかのナッツを収穫させてもらいますね。それが終わったら集落に戻りますか。森で火を使うのはまずいでしょうし」
「……んー。問題ない。……大丈夫」
「だ、だめだ! クセニア! また怒られるぞ!」とヴァリーが焦った様子で忠告する。
「……違反を繰り返す勇気」
「それは勇気とは呼ばない!」
ヴァリーがクセニアさんを必死になって止めている。どうやら森の中で火を使用するのはかなりまずい行為のようだ。あとクセニアさんは何度かしでかしているらしい。それも二回や三回ではなさそうだ。
魔王国の法律でも森においては決められた場所以外での火の使用は禁じられている。森を愛するエルフが住み、世界樹もあるこの森ではさらに厳しい規律がありそうだ。
そのときだ。
クセニアさんの長い耳がピクンと動いた。ニーナさんとヴァリーたち精霊も一点を見つめて動かない。どうやら彼女たちも接近する気配に気がついたようだ。
すると奥の茂みから何者かが飛び出してきた。
「何者だ! そこノ男! 火をつける相談カ!」
「森に火をツけようとはオソロシイ、オソロシイ」
「生き物ごと燃やそうとはフトドキ。フトドキ」
「私たちごとモヤスのね。燃やすツモリね」
「ゆるさナい。ユルセナイ」
突然、茂みの森から登場したのは五人のエルフ。男三人、女性二人の集団だ。
「あら。あなたたちは――」
ニーナさんが彼らに声をかけたが、僕も見覚えがあった。
特に先頭に立つエルフは忘れようもない。
「おや。エストさんたちじゃないですか。エルフの森の外まで警備とは大変ですね」
そう。現れたのはエストたち警備隊だ。
昨夜から戻っていないとタンキールさんから聞いていたが……どうやらよくないことに巻き込まれたらしい。彼は彼のようで彼ではない。
「ふっはっは。やはり俺様のジャマをする者は――」
「せいやっ」
「ドわっ。あぶネ!」
エストが話そうとした矢先、僕の後ろから彼を目がけて魔力の塊が飛んでいった。その魔力の塊はジャベリンの形状をしている。魔力でできたジャベリンはエストの右足手前に突き刺さり、ビィンと空気を震わす。しかも穂先だけでなく柄の先端部分までもが少し地面に埋まっている。
その威力から察するに当たっていればエストの体を突き抜けていたに違いない。魔力でできたジャベリンは地面に刺さったあと、しばらくして空中に散るように消えていった。地面には鋭い一撃であったことを示すように、深々とした穴が残っている。
「話してイる途中で何をする!」
「邪悪なる者よ。会話を邪魔する勇気に驚いたか!」
ヴァリーは僕に、「ふっふーん」と得意げな顔を向けている。私だって地面を狙って威嚇することくらいできるのですよ的なアピールだろうか。手を腰に当て、胸を張る。
今にも高笑いをしそうだが、その態度はひとまず置いておこう。
驚くべきは残念な勇気の精霊ヴァリーが投げた槍の威力が残念でなかったということだ。さすがは自分自身で自慢げに言うだけのことはあるし上位精霊に近いと言われるだけのことはある。それを塗り替えてしまうほどのあふれる残念さが実に残念だ。残念の二度塗りである。ちょっとやそっとじゃはがれ落ちない。
「クセニア。アルクくん。皆の様子がおかしいわよ」
「……うん。変」
ニーナさんもクセニアさんも気がついている。
彼らから目を離さないようにして伝えてきたニーナさんの声は緊張気味だった。彼らがおかしいことは初めから僕も感じている。第一、発音や話し方がおかしい。それに初めてあったかのような態度も変だった。
それにヴァリーがエストたちを見て、邪悪なる者と呼んでいた。ヴァリーですら気がついていたのだ! あのヴァリーが、だ。
そしておかしいのはしゃべり方だけじゃない。
その異常さは彼らの目にも出ていた。
例えば、エスト以外のエルフは目の焦点が合っておらず、瞳が濁っている。さらに口からはだらしなくよだれを垂れ流していた。引きずるように歩く姿は人形のようで、まるで誰かに操られているようだ。
なにより先頭に立つエストの目は真っ黒に染まり、黒い液体がその目からあふれていた。
黒い目に黒い涙。その現象を見たのは初めてではない。
これは特定の状況において見られる特徴的な現象だ。
どうやら彼が悪魔に取り憑かれているのは間違いない。
「……なにあれ」
「どうやら彼は悪魔に取り憑かれているようです。ほかの四人には取り憑いていないようですが操られている可能性があります」
「それはクレベリやリリィのときと同じってこと?」とニーナさん。
「彼女たちは魔核でしたが、エストの場合は本物の悪魔が取り憑いていますね」
「ナ、なんだト! な、ナゼばれた」
悪魔が取り憑いているエストが驚愕の声を上げた。ばれないと思っていたのだろう。
看破したのはこれまで悪魔に取り憑かれた連中を見てきたからだ。だが、もうひとつ付け加えるとすれば、元インプのセルヴァ、ユリアナ=フラム嬢に取り憑いていたウコバクに比べ、彼の演技が一番下手だからということもある。
「ひぃ。あ、悪魔、怖い」
……あとヴァリーは少し黙っていてくれないだろうか。
今こそ勇気を示すところだろうに。
「腑に落ちない!」
クセニアさんの髪を櫛でとかしながらヴァリーが怒鳴った。何度もとかしているためかクセニアさんの薄緑色の髪は今まで以上にツヤツヤである。それはまさに草原で波打つ草花のようだ。
だが髪をとかされている本人は黙ったまま悪魔をじっと観察している。その目は完全に研究者の目だ。年頃の女性にも関わらず、おしゃれよりも悪魔の生態を優先させてしまう研究者魂が恐ろしい。
さて、その悪魔本人は結界に閉じ込められたまま、絶賛正座中だ。
大きさは五十センチほどだ。ノーマルインプよりも大きな羽を持っている。角の生えた頭には毛がなく、服などは着ていない。顔は常に渋面を浮かべており、肌の色はほぼ黒に近く、黒い目は異様に大きい。ゲッゲッゲ言っていたころのセルヴァを二回りほど大きくして、不機嫌な顔をさせると似ているような気がする。
セルヴァ本人は断固として嫌がるだろうけど。
「腑に落ちないといってもエストたちは無事です。だったらそれでいいじゃないですか」
すでにエストたち五人は解放され、今は気を失ったまま地面に寝かされていた。ざっと確認してみたが身体に外傷はない。五人とも魔力が少なくなっているようだが、命に別状はないようだ。ただエストだけ服と体がびしょ濡れになっていた。だがそれは彼を助けたときのかわいい代償である。この森は暖かいし、風邪をひくこともないだろう。
「そうではない! なぜ私が勇気を持って活躍する機会がなかったのだ!」
悪魔と聞いただけで、「ひぃ。怖い」と悲鳴をあげた精霊の発言とは思えない。エストには遠慮なくジャベリンを投げたくせに、この差はなんだろう。もしかしたらエストって弱いのだろうか。
「活躍の機会がなかった理由。それは――」
「――それは?」
「この悪魔がものすごーく弱かったから、ですかね」
「ぐううう」
ぐうと音を出したのはものすごーく弱かった悪魔である。
正座をしながら悔しそうな顔で僕をにらむ。
さて、どうやってエストから悪魔を引きはがし、操られていたほかの四人を助け出したか。
悪魔に取り憑かれた場合、悪魔自ら離れさせる必要がある。ユリアナ嬢のときにはウコバクを煽り、怒らせることで彼女から引き離した。
今回、僕がとった作戦はこうだ。
まず結界魔法でエストを閉じ込める。次にその中を水で満たす。そうすれば悪魔も苦しくなって出てくるだろうと考えた。セルヴァによれば説得、恫喝、懐柔、取引、拷問なんでもいいそうだ。今回はその拷問を試してみることにした。悪魔を引き離すのに何が効果的か調べる必要もあった。それに根拠も自信もないがエストなら大丈夫だろう。
彼を助けるためだし、しょうがない。何事にも犠牲はつきものだ。そのエストには憑きものがついているからなおさらである。
彼を結界に閉じ込めるのは簡単だった。閉じ込めたあと、結界内を水で満たしたのは水の精霊だ。「先生! お願いします!」、「どーれ」というやりとりもなく淡々と指示に従ってくれた。
ただクセニアさんとニーナさんに頼まれた彼女たちはいいところを見せようと実に張り切った。もしかしたらコンペイトウが欲しかったのかもしれない。ただ張り切りすぎたせいかエストたちを閉じ込めた結界内は、一瞬のうちに水で満たされた。残念ながら、じわじわと水位が上がる恐怖を味あわせることもなかった。
おそらく深呼吸する間もなかったはずだ。苦しいとか苦しくないとかの話ではない。一瞬のうちに水の中に沈められたのだ。それはエストに取り憑いた悪魔にとっても驚くべき出来事だっただろう。
そこで計画が狂った。
悪魔が驚いて飛び出してきたのだ。
飛び出して、きちゃったのだ。
それはもうお風呂を嫌がる猫のように。音にするなら、『ぴょいん』である。飛び出してきた瞬間、僕と悪魔が同時に、「あっ」と声を漏らしたのも仕方がないと思う。
その飛び出してきた悪魔をあわてながらも結界に閉じ込めた。
これで作戦終了である。閉じ込めたほうも、閉じ込められたほうも結界越しにしばし無言で見つめ合ってしまった。別れ際、駅のホームで電車の扉越しに見つめ合う恋人同士のような切ない感情など微塵もない。あるのは、「え? これでいいの?」という罪悪感のような複雑な思いだけだ。
悪魔を捕まえるとほかの四人も崩れるようにしてその場に倒れ込んでしまった。
まあ結果オーライである。
まさか悪魔が驚いて飛び出すなんて思わない。思うわけがない。
確かにこれではヴァリーが憤るのも無理はなかった。今回活躍したのはクセニアさんとニーナさんだ。正確にいうと彼女たちがお願いした水の精霊である。しかもほとんど悪魔の自滅といっても過言ではない。
「それよりニーナさんとクセニアさんは救援を呼んできてもらってもいいでしょうか。息はありますが念のためエストたちを診てもらったほうがいいかと」
「アルクくん。悪魔は大丈夫なの?」
「問題ありません。大した悪魔じゃないですから」
「……本当に?」
「ええ。安心してください」
「まさか一人残る勇気を示すつもりではあるまいな」
「……いいからさっさと呼んできてもらえませんかね」
ヴァリーのせいで勇気という言葉が大幅安だ。
僕の中では勇気=茶番に変わりつつある。
余裕を見せる僕に安心したのかニーナさんたちはグリバルトの集落へと戻っていった。その姿を見送った僕はすぐにセルヴァを呼び出す。
「お待たせしました。――おや、グレムリンとは珍しい」
どうやらセルヴァに聞くまでもなくグレムリンという悪魔だとわかった。僕はその名前にいくつか心当たりがあったが、残念ながら今回のグレムリンはかわいくないほうのグレムリンだ(かわいいほうがいるかは不明である)。
早速捕まえた経緯をセルヴァに説明。あまりにもお間抜けな顛末だったが彼は納得したようにうなずいていた。
セルヴァにグレムリンを見張らせたあと、僕は『執事コンテナ』の結界を解除する。だが観念しているのか、彼は逃げようとしない。もちろん逃がすつもりはない。
「まあグレムリンなんて我々悪魔の中で一番下のランクですからね」
「弱いの?」
「最弱ともいえるでしょう。同じ悪魔だとは思われたくないですな」
セルヴァが鼻で笑った。どうやらかなり弱い悪魔のようだ。それもノーマルインプより身体が大きいのに最弱とは残念にもほどがある。悪魔の中でも、うどの大木的な存在なのだろう。五十センチだけど。だが弱いといっても悪魔であることは変わらない。
「ところでなぜエルフに取り憑いた?」
「ふん。いうわけがないだろう」
「反省が足りませんねぇ」
「ぶごっ」
セルヴァはナッツの木になっていたクルミをとり、全力でグレムリンにぶつけた。クルミは彼の足下に転がっていく。クルミが頭に当たったグレムリンは両手と羽を使って当たった箇所を押さえ、耐えるようにもだえていた。
「あっ。そうだ。配下のインプたちにナッツの収穫をしてもらってもいいかな」
「かしこまりました」
「けっ。魔族にあごで使われ――ぶげっ」
本日、二個目のクルミがグレムリンのこめかみに食い込んだ。頭を押さえていた手と羽の隙間をぬっての一撃である。堅いクルミは飛び道具としての役目を十分果たしていた。グレムリンは地面を転げまわっている。
「こらこら。食べ物で遊ぶんじゃないセルヴァ。君は前にもパイナップルを投げていたよね。同じことを言わせないでよ、まったく」
「申し訳ございません。収穫ついでに、つい」
「さてそろそろ理由を聞きたいのだけど」
彼の顔をのぞき込みながらもう一度問う。
こめかみを手で押さえていたグレムリンは渋面を浮かべたまま、いやらしく笑った。
「グッグッグ。知りたければ教えてやろう。そしてあまりの恐ろしさに震えて眠るがいい」
「いいから、はよ話せ」
僕はソウルイーターを取り出した。そしてグレムリンの腕をつかみながら首元にソウルイーターを当てようとして……手を止めた。なんとソウルイーターを近づけただけで彼の魔力が吸われ始めたのだ。恐らく彼があまりにも弱すぎたせいで、吸収に対する抵抗力がないのだろう。あわててソウルイーターを引き戻す。
さすがは侯爵様から下賜された短剣だ。以前よりも強くなっている気がする。ベルゼブブの魔力も吸っていることだし、魔力もずいぶんたまったことだろう。
脅しとしてはハンパなものになったが、彼にはそれだけで十分だった。
「ひいいいっ。言いますからソレを近づけないでください。に、人間の召喚に応じて結んだ契約は、エルフの巫女を狙うことです。依頼はここから離れた大陸にあるタイゲンという国の魔術師です。はい」
(あれ? 契約内容って話してよかったっけ?)
「で、理由は?」
「はい?」
「人族がエルフを狙う理由だよ」
「わかりません! 知りません! 聞いていません! 申し訳ございません!」
「お、おう」
正座したまま背筋を伸ばして言いきったグレムリン。
その潔さは認めてあげよう。
でも――。
「セルヴァ」
「はい。アルク様」
「悪魔って契約内容を他人にしゃべってよかったっけ?」
「ふぇ? ……あ」
グレムリンは間抜けな声を出した。
セルヴァはクルミを収穫する手を止めて、大きく首を振る。
「とんでもございません。契約内容は当然ですが、契約した者の名前、所属する国や団体など、口にすることなど許されておりません」
「もし破ったら?」
「契約内容によっては最悪、消滅することもあるでしょう。万が一、罰則が書かれていなくても契約を重んじる悪魔として生きている価値はありませんな」
「だそうだ、グレムリン。今この場に存在しているということは契約違反による消滅はないだろう。タイゲンの魔術師がマヌケだったことを幸運に思うといいよ。それに契約そのものが切れている可能性がある。もう一度聞くが人族と結んだ契約は、『エルフの巫女を狙う』で間違いない?」
「え? あ、はい。一字一句間違いありません」
「なら契約は完了だ。君はエルフの巫女を狙おうとした。それで終わり」
「私、エルフの巫女を見たことすらないのですが」
「でも狙うためにこの森まで来たんでしょ?」
「はい。そうですけど」
「なら問題ない。狙うという気持ちだけで契約完了だ。ケガをさせろとか殺せとは言われてない」
「えっー! そ、そんな!」
「そんな! って言われてもそれでいいんだよ」
「だめですよ! そんないい加減な。私はこれでも悪魔ですよ! 契約は守る義務があります」
グレムリンは正座から立ち上がり、抗議してきた。
そんな彼を見たセルヴァがクルミを握りしめる。僕は手をあげて、「問題ない」と三つ目のクルミを投げようとしていた彼を止めた。
「そんな卑怯なマネはできませんよ。相手の揚げ足をとるなんて。契約は契約です。それにあなたはいったいなんですか。これではあなたのほうが悪魔のようだ」
悪魔から悪魔といわれてもうれしくない。
その言葉になぜかセルヴァがうれしそうな顔でうなずいている。
どういうことかな? セルヴァくん。
僕はグレムリンの真っ黒な目でのぞき込む。
「やだなぁ。契約相手をしゃべっちゃうような君が契約を守るなんていうの?」
「ぐぐぅ」
その一言に彼は押し黙った。
「そんなに堅苦しく考えることはないさ。これは人族側の失態だよ。君は契約どおり巫女を狙うためにここに来た。狙いが何なのか契約には書かれていない。目的は狙うことなんだから。そのおかげで契約は完了しているはずだよ。それに悪魔なら相手のミスを生かさなきゃ」
「さすがはアルク様。悪魔すら感動するほどの悪魔っぷり」
だからうれしそうにするのはやめろというのに。
僕を悪魔と一緒にするんじゃない。
さてこのグレムリンをどうしようか。
タイゲンの魔術師が呼び出したにしても、あまりにも弱すぎる。
(人族が呼び出す悪魔だが徐々に質が落ちている可能性もあるか?)
過去、ベルゼブブが人族に手を貸したことは別としても、タイゲンの国は中級悪魔やノーマルインプより強いウコバクと契約を結んでいた。
そういった悪魔を呼び出し、契約するには対価が必要だ。
ベルゼブブに聞いた話だと、彼の魔核十個で人族の魔法使い百人分だと言っていた。ウコバクと契約したときは魂千個分。この対価についてもよくわからない。対価となる魂が魔法使いとただの人では価値が違うのだろうか。またその差は契約した内容によるのだろうか。この辺りは本職であるセルヴァかベルゼブブに聞くのが確実だろう。
それが今回はグレムリンだ。
だとすれば悪魔を呼び出す余裕がなくなっているとも考えられる。もしくは方針が変わり、悪魔に頼るのをやめた可能性もある。タイゲンは大国だと聞いているが、ここ数年で何か変化でもあったのかもしれない。かの国へ行く前に調べておく必要がある。
「人族と契約したのは君だけだったのかい?」
「はい」
「契約は直接、君がしたんだね」
「そのとおりです」
(彼だけ? ほかにいなかったのか。いや本人が知らないだけかも)
「ところでグレムリン。君は何が得意で何ができるの?」
「え? 得意なことですか? わ、私は……いたずらが得意です」
「いたずら? ほかには?」
「……い、いえ。ほ、ほかにだなんて……」
いたずらが得意というのはウソではないだろう。
そうなると四人のエルフはどうやって操っていたのか。
少なくてもグレムリンではない。
(彼以外に悪魔がいる……か)
すると目の前のセルヴァから念話が入った。
「(アルク様。お気づきかと思いますがグレムリンのほかにも別の悪魔がいる可能性が高いかと)」
「(やっぱりそう思うよね。エルフたちを操っていたのはその悪魔だろう)」
「(おそらくは)」
「(その悪魔がどこにいるか気配とかわかる?)」
「(申し訳ございません。さすがにそこまではわかりかねます)」
「(うーん。しばらくは様子見かな)」
念話を終わらせると、にやりと笑いながらセルヴァが言った。
いいこと思いついたといわんばかりのどや顔である。
「アルク様。グレムリンにあまり期待するのはいかがかと。相手はグレ無理ンですぞ?」
グレムリンと無理をかけたか。
セルヴァは、「いかがでしょうか」と得意げな顔だ。そんな彼に親指を立てることで答える。ふっ。セルヴァもいうようになったな。執事ジョークほどではないが、なかなかの出来だ。
おっと。それどころじゃない。
「無理かどうかやらせてみないとわからないさ」
「ですが……いえ、アルク様にお任せします」
何かを感じ取ったのかセルヴァは一礼したあと、クルミの収穫に戻った。ほかのインプたちもいつの間にか現れ、張り切って収穫している。
「任された。で、いたずらが得意だと言ったね。たとえばどんないたずらが得意なんだい?」
「……あの……バカにしないので?」
ちらりとセルヴァを見ながら僕に言った。
「なぜ? いたずらだって十分悪魔らしいじゃないか。しかもエルフに取り憑くことができた。ちゃんとした実力があると僕はみている」
「そ、そんな。大したことはできないですよ」
少しおだて気味に褒めてやるとグレムリンは不愉快そうな顔のまま、いやらしく笑った。多分だが喜んでいるとみていいのだろう。
「昔、やったことがあるのは新人竜騎士が乗るドラゴンの鼻に砂を入れたことでしょうか。ドラゴンにくしゃみをさせ、新人の上司に向かってブレス吐かせるんです」
「……それはひどい」
「あとは婚約者のいる男の服に女性っぽく書いた恋文を仕込んだこともありました。そして男の婚約者に密告するんです。ああいうときの女性って怖いですよ」
「それはいたずらの範疇を超えているのでは」とセルヴァが額にしわを寄せる。
「ほかにも鍛冶屋の弟子が使う炉に冷却魔法をかけ続け、いつまで経っても鉄が溶けないようにしたこともあります。炭だけが燃え尽きていく様は面白かったですよ。弟子が涙目で炭をくべるところを思い出すだけで……グッグッグ」
「「「悪魔かこいつ」」」
「あ、はい。一応」
僕をはじめ、セルヴァやインプたちが収穫の手を止めて、グレムリンに注目していた。彼の口から出てきたいたずらの内容が思っていた以上にハードだったからだ。おかげで悪戯の悪という字は悪魔の悪だと再認識することができた。最弱とはいえ悪魔は悪魔である。
「あと、家具の位置を微妙にずらして足の小指をぶつけやすくすることも得意です」
「おうっふ」
だが話を聞いただけで小指が痛くなってきた。
家の中、いつもと同じ感覚で歩いていたのになぜか家具に小指をぶつけるとかよくある話だ。前世で棚やこたつの足によく小指をぶつけていたことを思い出す。……まさかこいつの仕業か?
「よし。採用」
「はい? 採用?」
「契約主をしゃべったことで今後、悪魔として君と契約するものはいないだろう。そこで僕の使い魔になってみないか? まあ契約が本当に切れていればの話だけど」
「ふぇ? ふえぇぇぇ!?」
こうして僕とグレムリンは使い魔の契約を結んだ。僕の使い魔となる契約は問題なく、あっさりと終わる。やはり人族との契約は完了していた。ベルゼブブも言っていたが、ザル契約にもほどがある。人族の魔術師はお馬鹿さんなのだろうか。
その後、彼に契約の対価を聞くと人族の魂一個分だったそうだ。……なんとも世知辛い世の中だ。
そんな彼に四人のエルフを操っていたのは誰か聞いた。すると彼は周りを警戒するように見回してから小さくつぶやいた。
「サキュバスという名の放浪の悪魔でございます」と。
サキュバスは女性型の悪魔で夢魔とも淫魔とも呼ばれている。例えるなら変質者に近い。春になると裸にコート一枚だけを着て、路地に潜む。そして通りかかった異性の前に突如現れ、目の前でコートをはだけるという変態……と同じくらい変質者的な悪魔だ。エロデーモンと書くといろいろな意味でいやらしく聞こえる。ようはそっち系の悪魔である。
このサキュバスだがグレムリンがエストたち五人を見つけ、どうしようか悩んでいるところにたまたま現れたそうだ。信用するのもどうかと思ったが、自分が取り憑くことができるのは一人だけ。せっかく手伝ってくれるというので、ほかの四人の対処をお願いしたとのこと。その後、サキュバスがエルフたちに何かやったらしい。グレムリンはエストに取り憑いている最中だったため、そのときの様子は見ていなかったそうだ。こうして四人のエルフたちはサキュバスによって自我をなくし、簡単ではあるがグレムリンの命令を聞くようになったという。
サキュバスは森の結界を抜けられたら、自分も入れて欲しいとだけいい、今日の夜またここで会おうと約束して去っていったという。
「サキュバスはわかるけど、放浪って何? 野良みたいなもの?」
「アルク様。悪魔の中には誰とも契約を結ばず、世界を旅するものがおります。それが放浪の悪魔と呼ばれる存在なのですが、時折、ほかの悪魔の契約を手伝ったり、邪魔したりするのでございます。特にサキュバスたち夢魔の連中はその傾向が強いようで。まあ、野良と同じと思っていただければ結構です」
「へぇ。そんな悪魔もいるんだね」
「おそらくはグレムリンの契約に便乗して、エルフの精気を狙ったのでしょう。幸いなことにそこの五人はまだ吸われていないようですが」
すうすうと寝息を立てる五人のエルフに目をやる。
なるほど。性格はともかくエルフは美男美女が多い。だとすればエルフを狙うのも不思議ではないか。
サキュバスはおあつらえ向きにもグレムリンへと接触してくるという。しかも今夜だ。ここは罠を張り、サキュバスを捕まえるのもいいかもしれない。
僕はセルヴァとグレムリンに作戦の内容といくつか命令を出した。最初は嫌がっていたグレムリンもサキュバス程度なら返り討ちにできるというセルヴァに物理的説得をされて渋々うなずいていた。
別れ際、グレムリンの真っ黒な目を見て伝える。
「いいかい。これは君が得意ないたずらだ。だから怖がることはない。引っかかったやつを盛大に笑ってやろうじゃないか」
「は、はい」
戸惑いながらも返事をしたグレムリンとセルヴァは僕の前から姿を消した。
セルヴァたちが収穫したナッツを『執事ボックス』にしまっていると、ニーナさんとクセニアさんがエルフたちを引き連れて戻ってきた。彼女たちが連れてきたエルフの中にはタンキールさんの姿もある。彼は息子であるエストの元に駆け寄ると安心したかのようにホッと息を吐いた。そしてほかのエルフたちに的確な指示を与えると倒れている五人を連れ、すぐにグリバルトへと戻っていった。去り際、無言のまま僕に頭を下げていく。息子のことにもなるとさすがに焦っているようだ。
(さすがにヨヨさんとの商談は延期かな)
さすがの彼も商談どころではないはずだ。そうなるともう一泊ここで過ごすことになる。お嬢様に会える日が一日延びてしまった。これもすべて悪魔のせいだ。
「それであの取り憑いていた悪魔はどうなったの?」
この場に残されたニーナさんが心配そうな顔で問うてくる。僕は彼女を安心させるため、軽く笑いながらその質問に答えた。
「あの悪魔は僕の使い魔にしましたよ」
「え? 大丈夫なの」
「邪悪な存在を使い魔にするとは、やはり魔族。何を企んでいる?」
威嚇するようにジャベリンをかまえるヴァリー。
クセニアさんをかばうように経つ姿は気高く美しい。
そんな彼女に向かって僕は高らかに宣言した。
「ふっふっふ。邪悪な悪魔を従えることは勇気があると思わないかい?」
「!?」
「魂を売ってまで悪魔を利用し、己の欲望を満たしたいという誘惑に負けない勇気こそ、本当の勇気と言えるのではないだろうか」
「な、なんと! そこまでの勇気をアルク殿は示すのか!」
ヴァリーは僕の手をとり、握手を求めた。
その目には感動の涙が浮かんでいる。
「……悪魔を使って食材を求めるのは欲望と言わないのかしら」
「……ヴァリー、ちょろい」
しっ! ニーナさん、声が大きい!
あとクセニアさんも指摘しないで。
「まあ、何かあれば僕が責任をとりますよ。それと少しばかりエサになってもらうことにしました」
「……エサ?」とクセニアさんが首をかしげた。
「ええ。エサです。もう一匹の獲物を罠にかけるためのね」
「まだ悪魔がいるのね。危なくないの?」
「放置しておくほうが危険でしょうね。それにここはニーナさんの故郷に近いですから」
「そう。そうよね。わかったわ。ありがとう」
ニーナさんは申し訳なさそうに頭を下げた。
だが今回の件は僕と無関係というわけではない。セルヴァのことといい、ヒミカさんのことといい、いずれもタイゲンという人族の国が関わっている。グレムリンが弱かったおかげでタイゲンの謀略はあっさりさっくりぽっきり解決したが、それに便乗してきた悪魔がいる。
それにここは彼女の故郷のすぐ近くだ。これからエルフと『妖精の祝祭』との商売が始まろうとしている矢先、邪魔をされても困る。『転ばぬ先の杖』、『石橋を叩いて渡る』、『流通経路の悪魔は殲滅』が商売の基本だ。
「クセニアさん。申し訳ないのですが、ナッツを使ったお菓子は明日でもいいでしょうか」
「……残念。でも仕方がない」
「本当すいません。悪魔の件が片付いたら絶対にごちそうしますから」
「……わかった」
「それと代表の皆さんには――」
「……ん。話をしておく」
「お菓子の件じゃないですよ。悪魔の件ですからね」
「……わかっている。そっちも話す」
「できれば悪魔の件だけでいいのですが」
「……そう?」
悪魔の件を氏族の代表たちに報告する役目はクセニアさんに任せた。僕はグレムリンがここに来た目的を説明しつつ、グリバルトへと戻るのだった。
今回の悪魔の件がクセニアさんによって代表会議に報告された。
その結果、この悪魔の一件は、すべて僕に一任されることになった。なにがどうなったら僕に一任させることになるのか、意味がわからない。これは人族の国が悪魔を使ってエルフの巫女を狙ったという、エルフ族にとって重大ともいえる出来事である。
この報告を持ってきたのは代表会議に出席していたリアルルさんだった。ディーナさんは念のため、明日まで巫女とイルミンのそばにいるという。
「なんで僕が……」
ぼやいても仕方がない。
「ある意味、自業自得じゃないかしら」
しれっと話すニーナさんの言葉に僕は肩を落とす。
どうやら僕に一任した理由は、今回エストに取り憑いた悪魔を使い魔として屈服させ、もう一匹いる悪魔への対処を計画していることが原因らしい。「だったらアルクくんに任せておけばいいさね」とどこかで聞いたことのある口調の持ち主からの提案もあったそうだ。提案した本人に文句を言ってやろうと思ったが、なぜか今、この場にはいない。
まさか文句をいわれないためにイルミンたちのそばに残ったのか。ぐぬぬ、なんて察しのいい精霊だろう。
「アルクくんなら大丈夫かな。あのベルゼブブと仲がいいくらいだしね」
リアルルさんが、しょうがないよねといった雰囲気でつぶやいた。ただ勘違いしてもらってはいけない。アレは都合のいいおもちゃであって、決して仲がいいわけではない。あくまで悪魔として付き合わないと痛い目を見る。……あくまで悪――いや、なんでもない。
そして、その日の夜。
お嬢様との楽しい通信も盛り上がり、夕食も食べ終わった頃だ。さて部屋で明日の準備をしようと思っていた矢先――セルヴァから念話が入る。
「(捕まえました)」
「(……早いよ。セルヴァ)」
セルヴァからの念話はサキュバスを捕まえたという報告だった。




