第百十五話 離々たる精霊たち(前編)
三賢樹と呼ばれたうちの一人、老いた世界樹の精霊が話す内容は驚くべきものだった。なんと老精霊は僕と同じ『世界樹の朝露』を求める魔族に会ったことがあるという。しかも『あいつ』さんが知っていた料理、『ロールキャベツ』を振る舞ったという。
『ロールキャベツ』を知っていること。『世界樹の朝露』を求めていたこと。この二つのことから『あいつ』と呼ばれていたフォメット族で間違いないだろう。
僕は興奮する気持ちを押さえながら更にいくつか話を聞いた。
「その魔族の名前はわかりますか?」
「名前か。うーん……そうじゃ。アカリじゃ。名前はアカリじゃよ。名前どおり明るく元気な娘じゃった。『ご飯食べさせてあげるから朝露ちょーだい』と言われたときは心の底から笑ったのぅ」
話し終えると老精霊はなつかしそうに遠い目をした。
当時の思い出にひたっているのだろうか。
(アカリ……しかも女性か! うーん。前世にも存在していそうな名前だけど、これだけでは転生者かどうかなんともいえないな)
「あら。アースガル老。そのようなことがあったなんて知りませんでしたわ。誘ってくださればいいのに」
「私も初耳ですよ。一声かけてくださってもいいではありませんか」
「ん!」
仲間に入れて欲しかったと三賢樹の仲間が口を尖らせた。
さらにイルミンも抗議の声を上げる。
「しょうがなかろう。ヨトゥンもガルズもそれぞれ住んでおる世界樹の場所が離れておる。しかも互いに森の奥に住んでおるのじゃ。まあ呼べという気持ちもわかるがのう」
「普段、我々の元には誰も来ませんしね」
「……うむ」
誰も来ない。
その一言に三人は一瞬、寂しそうな目をした。
どうやら信仰の対象とされているだけにエルフも世界樹に近寄り難いのだろう。それに精霊たちも上位精霊である世界樹の精霊に遠慮している可能性がある。
「……あとイルミン。ずるいと言われてもお主はまだ生まれておらんからの」
「んー?」
うん。そうだね。
イルミンさんは生まれて三十年ほどの若い精霊だ。
当時はまだ生まれていない。
この三賢樹。老精霊がアースガル、女性がヨトゥン、若い精霊はガルズと呼ばれていた。またアースガル老以外、『あいつ』さんとは会っていないようだ。『あいつ』さんことアカリと呼ばれた魔族はアースガル老にだけ会ったらしい。
「それにしても一人だけ『ろーるきゃべつ』なるものを食べるなんて!」
「独り占めとは感心しませんな」
「んー!」
「じゃからイルミン。そうだよ! じゃなくてだな。もう一度いうが、お主はまだ生まれておらんというに」
三賢樹の話を聞いているエルフたちはその半数がポカンとしていた。その半数とは主に若い代表たち。タンキールさんをはじめ、ツリーフォード代表、ボームハンド代表、ヘキサバオム代表、ヌフアルブル代表の五人だ。まあヘキサバオムの代表は会ったときからボーっとしていたし、その表情はあまり変わっていない。
彼らが呆けるのも無理もない。
信仰の対象である世界樹とその精霊。エルフたちは世界樹と世界樹の精霊を神聖視し、特別扱いしている。その三賢樹たちが食べ物のことで言い争っているのだ。しかも独り占めしたとかしないとか小さな言い争いだ。なおかつ千数百年ほど前の話である。
そんな彼らの今の姿は若い代表たちが思い描いていた姿と大きく異なっているのだろう。だからこそその違いに戸惑っているのだ。
それは神聖視するあまり、三賢樹のことを何も知らないといえるし、理解していないともいえる。長生きしていても三賢樹らはあくまで精霊なのだ。
(神様扱いされていても誰も会いに来ない……いや神様扱いされているからこそ会いに来ない、か)
先ほど彼らが寂しそうな目をした理由もなんとなくわかる気がする。
祀られる存在であっても悩みはあるのだろう。
「ねえ。『ろーるきゃべつ』ってなんだろう」
若い代表の一人からそんな声が聞こえてきた。声の持ち主は僕を見る目つきが危ない若きツリーフォード代表だった。彼女は隣にいる軽薄そうなボームハンド代表の若き優男に尋ねている。恐らく年齢も近いのだろう。
「ん? 『ろーるきゃべつ』のことが知りたいか?」
ツリーフォード代表の声はアースガル老にも聞こえたようだ。ところがだ。声をかけられたツリーフォード代表の女性は顔を青くしてひざまずいた。
「も、申し訳ございません。我らを導きし世界樹の精霊様。許可なく発言した無礼をどうか、どうかお許しくださいませ」
ツリーフォード代表は体を震わせながら、謝罪の言葉を口にする。そこまでする必要があるのか疑問だが、彼女が世界樹の精霊に対し、畏敬の念を抱いていることはわかった。いや、どちらかというと彼らを恐れているといったほうが正しいか。隣にいるボームハンド代表もやや青い顔をして頭を垂れている。
アースガル老はひざまずき、頭を下げ続けるツリーフォード代表に対し、「もうよい。立つがいい」とだけ声をかけた。ツリーフォード代表も怯えすぎのような気もするが、アースガル老ももう少し柔らかい物言いはできないものか。
まあ魔族である僕が口を出すことではないと思い、黙っておく。
ツリーフォードの代表は恐る恐る立ち上がり、頭を垂れたままじっとしている。今もなお彼女の顔は青く、怯えているような表情だ。
そんな彼女を見た三賢樹の三人は、そっとため息をついた。だが、そのため息は彼女の発言に呆れ、咎めるようなものではない。どちらかというと、ツリーフォード代表が三賢樹を恐れていることに対するため息のように聞こえた。それは同時に、寂しげなため息でもあった。
(うーん。畏敬の念を抱き過ぎている代表と厳格であろうとする精霊って感じだな)
「ところでアルク殿。ひとつお願いがあるのじゃが」
物思いにふけっているとアースガル老が声をかけてきた。
なんだろうと思いつつ、顔を上げる。
「アルク殿の言われたとおりイルミンは魔力不足。今の段階で対処できておればエルフの代表らにイルミンを任せたままでよかった。だが少々気がつくのが遅すぎた」
(まあ、確かに)
アースガル老の言葉にエルフたちがざわめいた。特にイルミンを可愛がっていた巫女のメリッサさんは心ここにあらずといった様子だ。
彼らはすでにガルズさんから、「資格はない」と言われているのだ。確実な方法はないが問題点はわかっている。しかも問題の解決に関し、対応が遅いと烙印を押されてしまった。
そうなるとアースガル老から出る答えはただひとつ。
「イルミンを今のエルフたちに預けておくことは難しい。そこでじゃアルク殿。イルミンを魔力が豊富な魔王国でしばらく預かってもらうことはできんだろうか。言葉を理解できるアルク殿なら任せられる」
こっちに振ってきたか。
だが僕の答えは決まっている。
「申し訳ないですがお断りさせていただきます」
アースガル老の最終宣告ともいえる言葉に巫女と代表らは悲痛な表情を浮かべた。「やっぱり」とこぼすヘレナさんは大きくため息をつく。三賢樹らの考えは、このままイルミンをエルフたちに預けてはおけないというのが共通の思いのようだ。ヨトゥンさんとガルズさんの二人もうなずいているのが見えた。
同時にエルフの代表らは即座に断った僕の返事にも驚いていた。タンキールさんなんて驚きのあまり口をパクパクさせている。それはまるで金魚のようだ。中には非難めいた目で僕を見る代表もいるがそれ以上何か言ってくるわけではない。もし僕に向かって文句をいってきたら、「不甲斐ないお前が悪い」と返すつもりだった。
「断られるとは思っておったが、即答とはな」
アースガル老は苦笑しながら口を開いた。
「一応理由を聞いてもよいかな?」
「はい。まずエルフと精霊の事情に魔族がかかわるのもおかしな話です。さらに僕は侯爵家に仕える使用人。よって侯爵家またはお嬢様の命令がない以上、勝手に判断することはできかねます。またイルミンちゃんを預かったとしても侯爵家またはお嬢様にメリットがございません。続いて、イルミンちゃんの世話を僕が付きっきりで行うのは無理であること。仮にできたとしても精霊である彼女に何かが起きた場合、素早い対応がとれないでしょう。なおかつ僕自身にお嬢様以外のお世話をする気がまったくないからです。ここまでは使用人としての見解。また個人的に彼女を預かることはあまりにも無責任だと考えますので改めてお断りいたします。……まあ現時点で無理だと考えている理由はこれくらいですね」
「遠慮なしに言いおったな」とアースガル老がますます苦い顔になる。
当のイルミンは、「んー」といいながら何かを考えるような素振りを見せた。しかし何も考えていないだろう。僕と目が合うといつものようにニパッと笑った。
相談に乗ると言った以上、なんとかしてあげたいという気持ちはあるが現状のままでは難しい。犬猫を預かるわけではないのだ。
「もちろんイルミンを預かってもらった場合、報酬は考えておるがの」
「目的だった『世界樹の朝露』はすでに褒美としてヨトゥンさんにもらってますからね。望むならいつでもというお言葉とともに」
「それはかまわないのだが、ほかに望みはないのか」
「うーん」
望みと言われれば、当然、毒のない食材が欲しい。だが王樹と呼ばれたイルミンを預かる褒美としては少々釣り合いが取れない。それだけ誰かを預かるというのは責任が伴うからだ。
僕は少し悩んでからアースガル老に尋ねる。
「でも三賢樹の皆さんもイルミンちゃんをエルフ以外の種族にずっと預けておくつもりはないですよね」
「そうじゃなぁ。イルミンのことを考えるとこのままエルフたちに任せるのは問題がある。だが我々とエルフたちの関係は古来より続いておる。反省もしとるようじゃしな。ディーナ様のお手を煩わせてしまうが、一度彼らを鍛え直してもらい、その結果次第ではイルミンを戻してもかまわないと思っておるよ」
もったいつけながら言ったわりには、あっさりと地獄への片道キップを発行したアースガル老。鍛え直すと聞いたヌフアルブル代表の最年少少女は震えていた。ディーナさんの魔力にあてられたせいでディーナさんの存在がトラウマになってしまったのだろうか。
ディーナさん本人は楽しげな笑みを浮かべているが、我々からすれば獲物を見つけた狩人との差がわからない笑みだった。
アースガル老の意見にヨトゥンさんとガルズさんは賛成のようだ。エルフたちが心を入れ替え、イルミンがある程度成長すればまたエルフたちに任せるつもりのようだ。もちろんエルフの元にイルミンが帰ってくるためには、彼女の成長に必要な魔力をどう確保するのかという問題も残っている。
「ひとまずは魔力が豊富な土地ならいいんですよね」
「とりあえずはそうじゃな。だからこそ魔力が豊富な魔王国が一番なのじゃ」
「あと王樹とその精霊であるイルミンが離れていても問題はないんですか?」
「それは大丈夫じゃよ」
精霊であるイルミンが魔力を吸収できるなら王樹にも魔力が渡ると彼らは言った。王樹を植え替える必要はないそうだ。大陸が違っても距離に問題がないとはよほど結びつきが強いとみえる。
「だったらイルミンちゃんと一緒にエルフの皆さんも魔王国に来るというのはダメなんでしょうか? 例えばメリッサさんとか代表の方々が一緒なら世話もできるし、イルミンちゃんも安心できると思いますけど。それなら住む場所などは提供できると思いますよ」
その提案にメリッサさんは苦しげな顔で小さくつぶやいた。
「そうしたいのはやまやまですが――」
「巫女には巫女のやるべきことがあるさね」
イルミンと離れたくないといった様子のメリッサさん。だが、それは無理だとディーナさんが言葉を遮った。巫女としてやるべきことがあると。彼女には『世界樹の朝露』を作ってもらわないといけないし、ほかにも多くの責務があるのだ。イルミンの世話だけが巫女の仕事ではない。
「でも一日のうち、数時間程度なら時間はあきますよね?」
「え? はい。それくらいなら問題はありません」
「うちらも問題はないぞ」
ラケシスさんが氏族皆の総意として返事をする。
ただイルミンを可愛がっていた代表らは複雑な思いのようだ。
「ここでずっとイルミン様とご一緒することはできないのか」
「でも今のままじゃイルミン様の魔力不足は解消しないのよ」
「我々がもっとしっかりしていれば……」
エルフたちもわかっているのだ。イルミンの魔力不足を解消する手立てが今のところないことに。そしてイルミンを可愛がっているからこそ、離れたくもないしこのままにしてはおけないというジレンマに陥っている。なんといってもイルミンは信仰すべき対象でもあるのだ。もちろんほかの種族に大切なイルミンを預けるなんて、という思いもあるだろう。だがイルミンのことを思えばそれは自分勝手なわがままにすぎない。そもそも互いに協力的であれば、もっと早くイルミンの魔力不足に気がついたかもしれないのだ。
やれやれ仕方がない。ちょっと精霊に詳しい彼女に聞いてみるか。
「だったらこういうのはどうでしょう」
三賢樹とエルフたちに対し、僕はある提案をする。
きっとこの方法ならある程度は妥協できるはずだ。
「――で、私がここに連れて来られたわけね。アルクくん」
「急にお願いしてすいません」
「別にかまわないわよ。アルクくんのお願いだし」
「ありがとうございます。ところで少し前から僕のことをアルクんからアルクくん呼びになってますね。アルクん呼びはやめたのですか?」
「クレベリとリリィを助けてもらったし、会ったばかりのころはともかく、さすがに恩人に対してどうなのかなと思ったのよ。ヨヨとかティリアちゃんならともかく、ちょっと馴れ馴れしい気がするしね。それに今回、私がここに来たのもアルクくんへの恩返しみたいなものよ」
「まあ呼び方はどちらでもいいんですけど。ただ恩返しとかもう考えなくてもいいんですよ」
「まあ、こっちが勝手にやってることだから気にしないで」
彼女はそういって優しい顔を僕に向ける。
今ここ精霊の間には彼女、樹木の精霊リアルルさんがいる。
先ほどの提案をしたあと、僕はエルフの森を出てリアルルさんに会いに行ってきた。三賢樹やエルフの代表らに提案した内容は樹木の精霊リアルルさんの協力が不可欠だったからだ。
事情を説明すると、彼女は僕の提案を快く引き受けてくれた。その後、僕はリアルルさんを連れ、精霊の間へと戻ってきた。
彼女に会った三賢樹はリアルルさんに対して上位のものと接するような挨拶をしていた。またリアルルさん本人も自分より年長の精霊に対し、尊敬の念を忘れることなく丁寧な挨拶を返す。樹木の精霊のリアルルさんは彼ら世界樹の精霊よりも上位の存在であり、ディーナさんと同様特別な『格』を持つ精霊だとディーナさんから聞いている。聞いていなかったら三賢樹の態度に驚いたことだろう。実際、一部の代表は三賢樹の態度に驚き、目を丸くしていた。
というか……若いエルフたちは今日一日で何度驚いているんだろうか。いくらひきこもりだとはいえ、色々驚きすぎである。
精霊の間に立つリアルルさんは侯爵様の前で緊張し、クレベリの件で泣きべそをかいていた精霊とは思えないほど堂々とした態度であった。
そんな彼女にラケシスさんやハチヨウモドゥ代表、ヘキサバオム代表らは話しかけたそうな顔でこちらを見ていた。彼らは彼女のハーブを知っているのだろう。そしてその目は研究者の目でもあった。理由も聞かされず、突然、ハーブ園を封印したのだから聞きたいことも多々あるだろう。
「三賢樹の皆がいるってことは彼らもしくはディーナ様から私のことを聞いたのね」
「リアルルさんが見かけによらず、『すっごい』とだけ聞いてます」
「え? なにその『すっごい』って。な 何を聞いたの!」
リアルルさんは両腕で自分の身体を抱きかかえた。そして恥ずかしそうな顔で僕を見る。彼女の白い肌がほんのりと赤く染まり、上目遣いでこちらを見上げる姿は女性らしさが強調されていた。
「ん! ん!」
「イルミンも『すっごい』を連発しないで!」
指をさしながら話すイルミンに対し、速攻でツッコみを返すリアルルさん。これはなかなかいいコンビになりそうだ。
「いえ。特には何も聞いてませんよ。それにリアルルさんがどうであれリアルルさんはリアルルさんです。まあ月並みなセリフですけどね」
実際聞いたのは、格が違うということと世界に一人しかいない精霊であることだけだ。
「しょ、しょんなきょとにゃいわにょ! それで十分にゃんだきゃら」
少し照れたように髪をかきあげる彼女はうれしそうだ。
噛み噛みで何を言ったのか正直わからなかったが、わかったフリをしてうなずいておいた。細かいことは気にしてはいけない。
リアルルさんは案内された円卓に座るとみんなを見回した。
巫女をはじめエルフの代表らはじっとその長い耳を傾ける。
「まずは簡単な自己紹介を。ご存知のかたもいらっしゃいますが私はリアルル=ライド。魔王国にあるモフォグ大森林に住んでいるわ。そこでハーブ園を管理しているといえばわかるかしら」
「なぜハーブ園を閉じられたか質問してもよろしいか?」
聞きたくて仕方なかったのだろう。ハチヨウモドゥ代表のご老体が勢いよく手を上げた。リアルルさんは苦笑しながら、エルフの代表らを見回してから一言だけ口にした。
「それ、イルミンに関係あるの?」
突き放すような一言だった。今日のリアルルさんは僕の知っている彼女とはちょっと違う。リアルルさんにイルミンの話をしたとき、エルフの仲違いとかエルフの仲違いとかエルフの仲違いを説明し、そのせいでイルミンが魔力不足になったと説明したのがまずかったのかもしれない。
たぶん怒ってるのだろう。誰だ! リアルルさんを怒らせたのは。いっておくが僕じゃない。
「い、いや申し訳ない。聞かなかったことにしてほしい」
あげた手をゆっくり下げながらハチヨウモドゥ代表が引っ込んだ。今までなら周りの代表から煽り文句のひとつでも飛んでくるのだろうが、さすがにもう仲違いをするような代表はいなかった。むしろ同情の目と勇者を見る目でハチヨウモドゥ代表を見ている。
「続きを話すわね。詳しい話はアルクくんから聞いたわ。私のところでよければ王樹の精霊イルミンを預かります。ハーブ園にいる精霊たちに手伝ってもらう予定だし、イルミンがある程度力をつけるまで世話をするのは問題ないわ」
「おおぉ! それはありがたいお話しですじゃ」
三賢樹のうちアースガル老は喜色満面の笑顔を浮かべ、ほかの二人も安心したような顔をみせる。
「それともうひとつ。私とディーナ様が認めたエルフに限り、『ハーブ園への出入りを認めます』。来る前に前もって許可をとってもらうけどね」
『ハーブ園の出入りを認める』
この言葉にハチヨウモドゥを始め、研究者の目をしているラケシスさんとヘキサバオム代表の目が輝いた。またこの三人だけでなく、ほかの代表もどよめいている。やはり彼女が育てているハーブなどは貴重なものだったのだろう。
リアルルさんは、「私とディーナ様が認めたエルフに限り」と話す途中、僕を見てニコリと微笑んだ。
どうやら僕が前に言った忠告を取り入れたようだ。実際、ハーブ園に入り込み、精霊を狂化させた人族の者がいた。それを踏まえての許可制導入だろう。
あのときは紹介された者のみ出入りできる『一見さんお断り』のハーブ園にすべきと彼女に提案した。だが、今、彼女が言った条件は僕の提案よりも非常に厳しくなっている。いわゆる『特別会員様限定』だ。ハーブ園での交流会を再開するにはちょうどいい制限だろう。
特別会員になる条件はたったひとつ。
リアルルさんとディーナさんに認められること。ただこれだけである。たったこれだけでエルフに限り、ハーブ園の出入りができるようになるのだ。
まあ認められるというのも簡単ではない。
なにせリアルルさんだけでなく、ディーナさんが認めないとダメなのだ。彼女が何を持って認めるか考えるだけでも恐ろしい。ただディーナさんにお願いしたことで入園における管理体制はより盤石のものとなった。
この条件によって自己中心的な理由でハーブを求める者、イルミンに危害を与えそうな愚か者はディーナさんやリアルルさんに弾かれるだろう。仮に二人を騙せたとしても、ハーブ園にいる精霊たちの目が光っているのだ。すでに彼らにはクレベリやリリィに起きた悲劇のことは知らされている。その悲劇を知っている以上、前みたいに油断はしないはずだ。それにディーナさんを欺いたことが本人にバレたら確実に指導行きだ。もちろんディーナさんにウソをつくようなエルフはいないだろうという判断もあった。
少し話が変わるが、『ご指導ご鞭撻のほど』という言葉がある。鞭撻とは『努力するよう強く励ますこと』の意だが、『ムチで打ってこらしめる』という意味もある。ディーナさんの場合、ご指導ご鞭撻のほぼすべてがトゲ付きムチ(致命傷)だ。彼女を騙したヤツの末路も想像に難くない。ご指導という言葉すら『ご死亡』に見えてくるのだから不思議なものだ。
閑話休題
今回、リアルルさんの協力を得られたことでイルミンの魔力不足は解消できるはずだ。三賢樹たちは、「リアルル様のところなら」とすでに乗り気になっている。
「リアルルさんの住んでる『モフォグ大森林』は魔王国の西にある広大な森で魔王国の一部ということもあり、魔力も豊富です。また強力な結界に守られており、イルミンちゃんの安全も確保できるでしょう。またリアルルさんから話があったようにエルフの森とハーブ園を繋いでくださいます。許可さえ得られればいつでもイルミンちゃんに会いにいけることでしょう」
これなら巫女のメリッサさんもあいた時間にイルミンに会いにいける。今までと一緒というわけにはいかないが、これなら寂しい思いをしなくてもすむはずだ。
「アルクさん。とてもすばらしい提案ありがとうございます。ただ申し訳ありませんがリアルル様とディーナ様を含め、一度皆と相談したいと思います。少しの間、時間をもらってもいいでしょうか」
巫女のメリッサさんの言葉も最もだ。
巫女と一部の代表たち、そして三賢樹らもイルミンの今後について少し話がしたいという。ディーナさんとリアルルさんに顔を向けると、二人ともその話し合いに参加してくれることに同意してくれた。
「承知しました。ところで――」
僕はその旨をメリッサさんに伝える。
また僕がこの場にいても仕方がないため、退室する許可を求めた。そしてグリバルトの街を見て回ってもいいかメリッサさんに聞く。
「ええ。問題ありませんわ。今お持ちの木札があれば自由に行動できます。ですが……」
「巫女様。大丈夫。私もついていくから。アルクくんが暴れないよう見張っておきます」
「……ニーナさんは僕をなんだと思っているんですか」
「売られたケンカを爆買し、何も知らされていない友人に心配をかけることが得意な十歳の魔族(執事)」
「……以後、気をつけます」
「よろしい」
そういってニーナさんは胸を張った。
何かあっても私が止めると鼻息も荒い。
そんなニーナさんを見て、メリッサさんは、「任せるわね」と笑うのだった。それだけ伝えるとメリッサさんは僕たちから視線を外した。
「じゃあ。私はタンキールさんとお仕事の話をしてくるから」
次に話しかけてきたのはヨヨさんだ。
彼女の隣にはタンキールさんが立っている。彼は三賢樹たちとの話し合いには参加しないそうだ。彼としてはイルミンが元気であるならばかまわないらしい。もちろんハーブ園へ出入りできる許可を一番に得るつもりだと断言した。
「アルクん。頼まれてる食材を仕入れておけばいいのよね」
「はい。できれば定期的に取引できるようお願いします」
「任せといて! さあタンキールさん。商売の話をしましょう」
「食材をお求めですか。なるほど。どうぞお手柔らかに。自由なる羽を持つ妖精殿」
「あ、そうそう。アルクんが仕えているお嬢様のお父様。魔王国の物流を一手に握る通商貿易局の局長だってこと覚えてる?」
「え、ええ。頭に血が登っていたとはいえ覚えてますとも。ミストファング侯爵様でしたよね」
「そうよー」
すでに商売の駆け引きが始まっているようだ。
ここはしばらくヨヨさんに任せることにしよう。
「あ。それと私の紹介がまだだったわ。私の名前はヨヨ・フェアルゼ。ここグリバルトの民と取引をしている妖精の一人。今は魔王国で『妖精の祝祭』という隊商もやってるけど、妖精界とこちらの世界を行き来する異界商人ならびに妖精界の貿易担当の職を女王様から任じられているわ」
「……はい? 貿易担当? 女王様から?」
タンキールさんの目がなぜか僕を見ていた。その目は、「なんで十歳の魔族の子供が妖精族の貿易担当と知り合いなの?」という目だ。
「これはまた……面白い方々の集まりですな」
「ええ。隊商だけの商売になるか、エルフ、魔族、妖精という三種族間の商売になるかはタンキールさん次第よ。あっ。そうだ。大事なことを忘れていた」
「まだ何か?」
「私が率いている『妖精の祝祭』という隊商だけど、私、アルクん、ニーナのほかにもう一人仲間がいるのよ。今頃、魔王国の王都で白の賢者様の巫女をやってるわ」
「ふぁい? 魔族の巫女が隊商の仲間? なんで? いや、なぜなんです? いや、ホント、ナンデ?」
タンキールさんの言葉がおかしくなった。
切れ長の瞳が今や点のように小さくなっている。
やれやれ。
商売が絡むと途端に口が回る妖精さんだ。初手からヨヨさんがどういう立場の者で、今からの商談がどれだけエルフにとって利益になるかタンキールさんにわからせた。今のところヨヨさんが一歩リードした段階で商談が始まることになるだろう。なにせこの商談次第では魔王国と妖精族との取引につながるかもしれないのだ。そのコネが目の前にいるのだから重要な商談となる。
だがそこはエルフの貿易担当。
その程度のことでは動じない。
いや、かなり動じていたけどその回復は早かった。
「あまりにも大きい商談ともなりますと満足いただける量が確保できるか問題ですな。エルフの食材は人気も高く、余剰食材があるかどうか」
数が少ないから出せないかもしれない。大きな取引までは望んでませんよという線を引いたか。また、こちらは焦って商売するつもりはありませんよとも聞こえる。それに取引価格の釣り上げという意味もあるのだろう。量がないから希少価値があるとでも言いたげだ。ただし、どこの誰にエルフの食材が人気なのか、その真偽は不明である。
(だけど今すぐ大量に必要というわけでもないんだよなぁ。最悪、侯爵家の分だけでいいんだし)
「あら。だったら食材の種や苗でもいいわよ。こっちで作るから。そこのアルクんはなぜか畑仕事とか耕作が得意な執事でね。すでに五十枚以上の田畑を確保して食材を生産しているわ。これからもっと増える予定なの。それに労働力も確保済み。すでに農家の村ができているくらいね」
「それほどの規模を? しかもアルク殿は耕作までこなすと?」
「もしなんだったら魔王国で作ったエルフの食材を安く売ってもいいわよ。畑を管理している代表が十万人規模の労働力を動かせる立場なの。きっと大量生産も可能になるわ。魔族にエルフの食料の生産を任せてもいいんじゃない?」
(また無茶なことを)
思わず苦笑してしまった。
商売の元となる種や苗をそうやすやすと渡すわけがない。前世では農業スパイがはびこっていたくらいだ。相手が食事に興味のない魔族なら何も考えずに種だろうと苗だろうと渡してくるだろうが相手はエルフである。
それに他国に自国の食料を任せるとか滅亡まったなしだ。両国間で何か問題が発生したときや無理難題をふっかけたいとき食料そのものが外交カードとなる。食料の輸出を止めるという脅しに使えるからだ。そうなれば自国民は餓死決定。当然、国内は荒れるだろうし、戦をしようとも食料がなければ何もできない。
恐らくヨヨさんは僕が将来、『妖精の祝祭』でやろうとしていることを真似していったのだろう。
だがエルフ側としてもそんなことを飲むはずもない。
「面白いことをおっしゃいますね。ですが五十枚程度では今から我々の食料をお任せしても間に合いそうにありません。それにエルフの国でしか育たないような希少な食材や商材も多数ございます」
「そうかしら。あそこの魔族。時魔法が使えるわよ」
「なんですと!」
タンキールさんが信じられないといった顔でまじまじと僕を見る。ディーナさんすら使えない時魔法。彼がどこまで時魔法のことを知っているかわからないが驚く以上、多少の知識はあるのだろう。
ただしその知識はそれほど深くないようだ。
恐らくタンキールさんは以前の僕同様、時魔法で時間を加速して食材を育てまくることができると想像している。だが実際にはそれは不可能だった。試した僕がいうのだから間違いない。この話はヨヨさんにも教えておいたはずなのにわざと大事な部分を伝えないでいる。
汚いなさすが妖精汚い。
(やれやれ。彼女が断言した以上、今更否定するのも難しいな)
「ヨヨさん。僕の隠し玉を商売に利用しないでくださいよ」
「あっ。言っちゃダメだった? ごめんごめん」
絶対わざとだな。
僕が文句をいうことも計算のうちだろう。これで僕が時魔法を使えることがウソではないと証明された。
「……どうやらじっくりとお話しする必要がありそうですね」
「ええ。これからのことをじっくりとね。じゃあアルクん。私、これからタンキールさんと楽しい楽しいお話しをしてくるから」
完全に戦闘態勢に入った二人は精霊の間から出て、会議室に向かっていった。商売の話を歩きながらしているようだが二人の目は笑っていない。
「……ヨヨってお金が絡むと容赦なく相手を追い詰めるのよね」
「ええ。商人という種族ですもんね。彼女」
僕はニーナさんの言葉に同意する。
彼女も僕のつぶやきにうなずいていた。
「見ての通りタンキールも肝が座っておるからの。いい商売ができそうじゃわい」
そう言って近づいてきたのはラケシスさんだった。
そこまでいうならちょっと二人の商談を見てみたい気もする。
「あっ。そういえばラケシスさん」
「なにかな?」
「森の外にあった色々な種類の実がなっている木って誰が育てているんですか?」
その質問にラケシスさんが、ある一点を見た。
そこには天井を見ながらボーっとしているヘキサバオム代表の姿がある。ラケシスさんは、「ちょっとまっておれよ」と言い残し、彼女の元に行った。どうやら話をつけてくれるようだ。ラケシスさんとの会話が終わったヘキサバオムの代表がこちらを見て、カクっと頭を下げた。僕も思わず同じようにカクっと頭を下げる。
戻ってきたラケシスさんによると、ナッツの木についていろいろ教えてくれるそうだ。ただ彼女はこれから話し合いに参加するため、木について話を聞くのは明日ということになった。
そんな彼女はまた精霊の間の天井を見上げてボーっとしていた。
「ふわぁぁ」
巫女の家から外に出ると大きくあくびをする。
森の中とはいえ太陽の光が多く差し込んでおり、グリバルトの集落は非常に明るい。森特有の香りが鼻をくすぐる。その香りに心が癒されていく。巫女のメリッサさんから夕方まで自由に過ごしていいと言われている。僕はニーナさん案内のもとグリバルトの集落を見学して回ることにした。
舗装された道を歩いているとエルフが経営する食材店を見つけたため、さっそく中をのぞいてみる。
「よう! ニーナ。魔族の国で商売始めるんだってな」
店に入るとさっそく話しかけてきたのは中年のエルフだった。均整のとれた体つきの美形である。お腹も出ておらず、さらりとした艶のある髪も美しい。おっちゃんだけど。
「ええ。いろいろあったけど目処が立ったわ」
「そいつは良かった。おっちゃん応援してるぜ。ところで……坊主は魔族ってやつか」
「そうですよ。こんにちは」
「おう、こんにちは。丁寧にありがとよ。なあ、魔族ってバナナ食えるか?」
「ええ。食べられますよ」
そういうとエルフのおっちゃんは、「これはお近づきの印だ。うちのはうめえぞ」と満面の笑みを浮かべながらバナナを手渡してくれた。そのバナナは至って普通のバナナだったが完熟しており、おっちゃんのいうとおり美味しかった。
ふと隣に目をやると……ニーナさんが身構えて僕を警戒していた。
何か勘違いしていないだろうか。
食材店の店主だからといってフトックにしたようなことはしない。――理由がないからだ。それに彼はあくまで好意でバナナをくれたのだ。もしこれが動物にやるように投げてきたら、ソウルイーターを彼の頭に向けて投げていたかもしれないけど。
「おっちゃん初めて魔族を見たなー。うちの子供とほとんど変わらないな。うん。バナナうまかったか?」
「ええ。美味しかったです。ありがとうございます」
「おっと。うちの坊主より挨拶がちゃんとしてるわ。わっはっは。ところでなんか買っていくかい?」
愛想のいい美形のおっちゃんエルフが白い歯を見せて笑った。その笑みは、女性なら種族問わず、野菜を手にとり、財布の紐を緩めているだろう。そんな彼からは爽やかな風が吹いてくるようだ。彼が高原に吹く風とするならば、王都にいたフトックは数千年換気されていないトイレといったところだろう。同じ店主のはずなのにその差は歴然である。
ただ残念なことにエルフたちの主食は豆類や乾麺などだ。野菜もニンジンやホウレンソウなど魔王国の王都にもあったものがいくつかあるだけだった。あとはトウガラシやニンニクといった刺激物である。
そしてこれらの商品はニーナさんがすでに仕入れてくれたものばかりだ。
目新しいところだと川魚の干物くらいだろう。
とりあえず川魚の干物をいくつか購入しておく。
またこの店にはお米が売っていた。エルフの米農家が作ったそうでこの店でしか売っていないそうだ。ニーナさんもここにお米があることを知らなかったようで、おっちゃん曰く最近取り扱いを始めたらしい。またこのお米だが現在、魔王国で育てている米とは品種が違うようだ。なんでも『ズィーベンシュテルン』という品種らしい。
ここで見逃すといつ食べられるかわからないため、買い占めておいた。買い占めといっても三百キロほどだ。まあ量的には十分だろう。「全部欲しい」というと店主のおっちゃんは驚いていたが、新米というわけでもなく喜んで売ってくれた。どうやら昨年収穫された古米のようで在庫処分の意味もあったのだろう。おかげで、かなりおまけしてもらった。チャーハンや寿司など料理によっては古米のほうが向いている場合もある。また話によるとあと数ヶ月もすれば新米が手に入るそうだ。
ちなみにそのエルフのコメ農家に農業指導したのはいうまでもなくディーナさんである。
その後、イケメンの店主に礼を言ってから店を出る。
壁に手を置きながら、「また来いよ」と寂しげに微笑む店主は、経営する店を間違えているのかもしれない。女性専門の夜の飲み屋を開いたら絶対に儲かるだろう。
余談ではあるが魔王国とエルフ、龍族の国家間では互いの通貨が使える。また店によっては物々交換も可能だ。それ以外にも魔石や宝石などで支払いをすることもできる。
現在、通商条約を結んだ妖精族、侯爵様が気に入ったお酒を作るドワーフ国との間でも互いの通貨が使えるよう調整が行われている。
集落を見学している途中、いくつか食堂らしき店もあったがあえて避けた。激辛大好きエルフの料理を出す店というのは店そのものが危険である。視界に入れただけで目が腫れ上がる可能性があった。
「何を警戒しているかわからないけど大丈夫よ。今は風の精霊にお願いして店の周りの空気をうまく流しているから」
「あ、そうなんですか。てっきり前を通っただけでエルフ以外の種族が死屍累々(ししるいるい)と折り重なって――」
「なりません! 今はアルクくんたちがこの集落に来ているからわざわざ匂いとかを遠ざけてるの。他種族のお客様がいないときはやってないけどね。いい匂いだし」
「一応、考えられているんですね」
「そりゃあ私たちエルフにとってはいい匂いでもほかの種族がそう思ってくれるとは限らないでしょ」
「たしかにそうですね」
だからといって店に入るわけではない。
匂いがなくても辛いものは辛いのだ。
お昼は用意しておいたサンドイッチを食べた。なにせ激辛の国だ。僕らが食べられるものがあるとは限らないため、出発前に食料は用意しておいた。もちろんニーナさんの分も用意してある。
「あら。悪いわね」
「いえいえ。そういえばニーナさんはご両親に挨拶しなくていいんですか? 家に行かれるのでしたら僕も挨拶しておきたいのですが」
「いないわよ?」
「え? あ……そうでしたか。すいません」
「あー違う違う。生きてはいるけど、ここにはいないわ。旅に出てるの。だから家に帰っても誰もいないし、ホコリまみれじゃないかな」
「旅……ですか」
「そうよ。エルフも一応あちこちと交易しているのよ。その隊商の護衛に私の両親がいるわ」
「それは重要な役目ですね。ですが危険では?」
「そうなのよね。娘としては心配しているんだけどこればっかりは止められないわ」
「もしかしてニーナさんが商人をめざしたのは、両親と一緒に旅ができるかもしれないから、という理由もあるのですか」
「いやねぇ。あまりカンが鋭いのも女の子に嫌われちゃうわよ」
そういってニーナさんはどことなく寂しげに笑うのだった。




