第百十四話 世界樹の声
イルミンのわざとらしい仕草に僕は思わず声を出して笑ってしまった。
精霊が呼びかけに応えてくれないという異常事態のなか、僕の笑い声はうろたえているエルフたちによく聞こえただろう。笑い声を耳にした代表らの目がこちらに向けられている。そんな彼らに僕は咳払いしてごまかした。
「やっぱりイルミンちゃんの仕業かい」
僕は巫女に抱っこされているイルミンに話しかける。
「ん!」
「精霊の情報網は早いなぁ」
「ん」
「でもおかげで助かったよ」
「んー♪」
「あ、あの」
僕とイルミンが会話してる中、遠慮がちに声をかけてきたのはメリッサさんだ。イルミンを抱っこしているのは彼女だから当然、今の話も聞こえただろう。
彼女の赤い目が僕と重なった。
「アルクさん。精霊情報網ってなんのことですか?」
その言葉から察するに巫女のメリッサさんは精霊情報網のことを知らないようだ。彼女に説明しようとしたところ、イルミンが小さな人差し指を口に当てる。おそらく黙っていてという意味だろう。
「エルフの皆さんも精霊と話をするように精霊同士でも話をすることはご存知ですよね」
「ええ。もちろん」
「ただそれだけですよ。精霊の井戸端会議みたいなものです。ほら。エルフの奥様たちが道端で雑談するみたいにね」
「は、はあ」
「ん!」
「イルミンちゃんもそうだよと言ってますし」
メリッサさんはよくわからないといった様子だ。でもそれなりに納得してくれたらしい。イルミンがそういってる以上、追求できなかったのかもしれない。
真実を隠すためには、ウソの中に少しだけ真実を混ぜる。
精霊同士が話をするのは紛れもない真実だ。ただその規模がエルフの森に存在している全精霊に一瞬で正しく情報が伝わるというだけの話。真実を知ったら、「どれだけでかい井戸だよ!」と激しくツッコまれることだろう。
精霊が応えない理由。その原因にイルミンが関わっているとわかった代表らは余計に困惑していた。
「しょうがないなぁ。イルミンちゃんは」
そう言いながら僕はコンペイトウの入ったビンをもうひとつ取り出す。その中からコンペイトウを一粒取り出し、自分の口に放り込んだ。
「こんなにおいしいのにね」
一人でコンペイトウを食べる僕を見て、メリッサさんに抱っこされたままのイルミンは口からヨダレを垂らしながら、「んー!」と抗議の声をあげた。
一人だけ食べるなんて! とでも言いたげな目をしている。
「そうはいうけど、僕が勝手にあげると怒られちゃうんだよ」
「ん! ん!」
イルミンはメリッサさんの腕の中で手足をバタつかせた。
全身全霊の抗議である。こうなると幼い子は今以上に暴れるか力尽きて拗ねるかのどちらかだ。
「しょうがないなぁ。あのメリッサさん。イルミンちゃんにコンペイトウをあげてもいいですか?」
「え? ええ。どうぞ」
「んー!」
さすがに今度はタンキールから止められることはなかった。
彼はじっとこちらを見ているだけだ。
僕がコンペイトウを取り出している際、メリッサさんも僕の顔をジロジロと見ていた。その顔は興味津々といった表情だ。そしてその彼女と同じように、ほかの氏族代表らも同じような顔で僕とイルミンを見ている。
(なんだろうね。まったく)
僕は彼らの視線を無視しながら、イルミンにコンペイトウを食べさせる。
「はい。あーん」
「ーーん」
大きくあけたイルミンの口にコンペイトウをポンといれる。彼女は待ってましたといわんばかりにその口を閉じた。
笑顔の花が咲くとはまさにこのことだろう。
ようやくコンペイトウを食べることができたイルミンは、まるでお嬢様のようにほほに手を当て、笑みを浮かべる。コンペイトウを口で転がしながら、「んー♪ んんー♪」と話す彼女は幸せそうだ。「あまいよー♪ おいしいよー♪」と心から喜んでくれている。
世界樹の木に花が咲くのかは知らないが、もし咲くとしたら彼女のように可憐で可愛らしい花が咲くに違いない。
「すごくうれしそうね」といったのはヘレナさんだ。
その一言にほかの氏族代表らがうなずく中、タンキールだけはバツの悪そうな顔をする。
「ん! んー!」
「うん? 欲しい人にだけ? うーん。わかった。じゃあメリッサさんにもあげようね」
「ん」
「ありがとう。イルミン」
「んー♪」
コンペイトウの入ったビンを手渡すとメリッサさんはイルミンにもお礼を伝える。イルミンもそんな彼女を見てうれしそうだ。
僕は新しいコンペイトウのビンを取り出し、円卓の上に並べていった。数は代表の分があればいいだろう。そろそろコンペイトウの在庫も少ない。またレイゴストさんたちにお願いして作ってもらう必要がありそうだ。
「イルミンちゃんからの贈り物です。欲しい人だけどうぞ。一応、言っておきますが毒じゃありませんからね。あと辛くないです」
「あ、ああ」
そういって最初に手に取ったのはなんとタンキールだった。
猜疑心のこもった雰囲気から一転、僕に対する好奇心のような感情が読み取れる。よほど精霊から無視されたのがショックだったのか、毒気がすっかり抜けてしまったようだ。
ほかの代表らも精霊が応えない原因がイルミンのせいだとわかったこと。それに僕の挑発的な態度もディーナさんが関わっていたことを察してくれたようだ。
おかげで僕に対する警戒心はすでになくなっていた。代表らは並べられたコンペイトウの入ったビンをひとつずつ手に取り、イルミンに礼を伝えていく。お礼を言われたイルミンは照れたように耳を赤くさせ、巫女の腕に顔をうずめた。
「どうやらディーナ様とアルクくんにしてやられたみたいね」
コンペイトウを取りに来たヘレナさんがそう耳打ちしていった。
反面、複雑そうな顔でコンペイトウを取りに来たのはタンキールに味方したサザンペールとボームハンドの代表だ。そんな彼らに、部族を侮辱するような発言をしたことを謝罪しておく。素直に謝罪した僕の態度に、彼らは戸惑いながらも握手を求めてきた。彼らもこれ以上何か文句をいうつもりはないらしい。その手を握り返し挨拶がわりに一言二言言葉を交わす。僕自身もディーナさんに協力しただけだし、これ以上彼らにいうことはない。軽い会話が終わると彼らは笑みを浮かべて自分の席に戻っていった。
「ところでアルクさん。精霊のことも気になるのですが、まずは先ほどの話の続きをお聞きしたいのですが――」
全員にコンペイトウが行き渡ったあと、隣にいたメリッサさんが声をかけてきた。先ほど聞き損ねたディーナさんの発言について聞きたいのだろう。
「ディーナ様のおっしゃっていたことは本当なのでしょうか」
「ああ。そうさね。アルクくんをけしかけたのはわらわじゃよ」
僕の代わりにディーナさん本人が答えた。
その声はどこか冷たく突き放すような口調だ。
ディーナさんのただならぬ雰囲気に精霊の間に静寂が訪れる。
メリッサさんに抱っこされていたイルミンもただならぬ雰囲気を感じとったらしい。コンペイトウのビンを抱えたまま、スキをみて巫女の腕から脱出した。巫女のメリッサさんはディーナさんの声に飲まれたのか、イルミンが降りたことに気がついていない。そのイルミンはというと僕のところまで歩いてきて、「抱っこして」と手を伸ばす。僕はそれに答えて彼女を抱きあげた。
ちょうどそのときだ。
嫌な気配が目の前からじわじわとただよってきた。見たくはないが確認せざるを得ない。恐る恐る顔をあげるとディーナさんの身体から青白い魔力が漏れ始めているのが見える。
僕とイルミンは互いにうなずき合うと、ゆっくりと彼女から離れた。『触らぬ神に祟りなし』、『君子危うきに近寄らず』、『命あっての物種』である。
「あのぅ。そ、それはなんのために?」
巫女は恐る恐るといった様子で尋ねた。
本当にわからないからこそ直接聞いたのだろう。
たがその一言が引き金になった。
ディーナさんから、ビキッという音が聞こえた……気がした。
「――なんのために? わっどん、最近たるんどらせんか?」
「ひっ」
瞬間、ディーナさんの身体から僕とは比べものにならないほどの青い魔力があふれだした。建物がきしみ、円卓が激しく揺れる。しかもその魔力から感じるのは怒りだ。
あふれだした魔力は、まるで渦のように精霊の間を駆け巡る。その魔力は巫女と代表らに向けられていた。そのせいか巫女と代表らの顔は真っ青だ。巫女の赤い目は完全に怯えているし、ディーナさんに反抗気味だったタンキールでさえ顔を青くしている。特にヌフアルブルの代表と名乗った最年少の少女は今にも倒れそうだった。その彼女をヘレナさんが支えている。
彼ら彼女らはディーナさんから目を離さない。いや、離せない。
離れた場所にいてもなお感じる圧倒的な魔力。だが抱っこしているイルミンは、「んー♪」、「んー♪」とものすごく楽しげだ。僕のときと同じように手をパタパタさせている。どうやら魔力を浴びるのがうれしいようだ。
「――アルクくんにお願いして挑発させてみれば、相変わらず氏族の代表らはいがみあってばかり。そんなお主らに影響されたのか、末端の警備隊に至ってはアルクくんをいきなり射殺そうとする。わらわやニーナが一緒だったとはいえ、これが普通の魔族であれば外交問題さね。わかっておるのかっ! ――ちょっとそこにお座り! 正座さね!」
「「は、はい!」」
(……なんだろう。この光景)
巫女先頭に氏族の代表らが並んで正座している。その後ろでは衛兵らも仲良く正座中だ。衛兵らは完全に巻き込まれた形だが自発的に正座を始めていた。それも身に染み付いた習慣のようにごく自然に正座したのだ。多分、彼女に正座させられるのは初めてではないのだろう。
そんな彼らを尻目に僕とイルミン、ヨヨさんとニーナさんは精霊の間のすみでおとなしくしていた。
「結局、アルクんの挑発が原因なのにね」
「いやいや。ディーナさんに頼まれたからですってば。そもそも挑発に乗るほうが悪いと思いません?」
ただ少し気になることがある。
いくら挑発したからといって、エルフがこうまで単純に挑発に乗るとは思えなかった。確かにエストとタンキールのようにけんか腰のエルフもいるだろう。だが、あまりにも幼稚な挑発に乗ってきた。このことを考えると僕の魔種族の能力が気になってくる。
『敵対した者を操る能力』
だが能力が開眼するのは成人になってからのはずだ。今も意図的に発動させたり操ったりすることはできない。しかしその片鱗が現れてきたとしてもおかしくはない。そう考えると今回、彼らがあっさりと挑発に乗ってきた理由もなんとなく納得ができる。
「でも正直ホッとしてるわ」
ニーナさんがやれやれといった顔で苦笑する。
その目は正座する各氏族の代表に向けられていた。
「ホッとしている、ですか?」
「ええ。ここしばらく氏族代表の代替わりが続いていてね。私がいうのもなんだけど見てのとおり若い代表も多いのよ。それでまあ昔から代表を務めている者と新しい代表らでいろいろと不満やら衝突が増えていたらしいの」
確かに老齢のエルフ四人と中年のエルフが一人、残りの五人はウッドストライクやボームハンドの代表のように比較的若い代表ばかりだ。彼らから敬意を向けられている巫女も若い部類に入る。
(年齢的に両極端だなぁ)
「老人たちは『最近の若い者は』と文句を言い、若者は『老人の古い考えについていけない』、ですか」
「アルクくんってたまに何かを悟ったようなおじさんみたいになるわね」
「ほっといてください」
僕たちが雑談しているうちにディーナさんの説教タイムが終わったようだ。後ろでは足のしびれと闘う数人の若い代表と衛兵らによる阿鼻叫喚の場が広がっていた。ヘレナさんやラケシスさんのような老エルフは平気な顔で立ち上がっている。そんな老エルフらは苦笑いしながら動けない若いエルフたちに足のしびれがとれるマッサージを教えていた。
「ほーれ。サザンペールに大口叩いていたさっきの威勢はどうした」
「や、やめろ! ラケシスのじじい! 足をつつくな!」
「ほー。誰がじじいかな? まだ時と場を見極めることができんようじゃのぅ。ほーれ、ほーれ」
「ひぃほぉぉぉ」
「……ラケシス殿。それくらいで」
(お、教えてない老エルフもいるか)
ラケシスさんがボームハンド代表の足をうれしそうにつついている。ボームハンド代表と、「じじい!」、「ガキ!」と子供のケンカを繰り広げていたサザンペール代表はそれを見て苦笑気味だ。
「アルク殿」
近づいてきたのはディーナさんとタンキール。
タンキールは足のしびれもないようでしっかりした足取りで歩いている。そして僕の前まで来ると、彼はゆっくりと頭を下げた。
「このたびは我が息子エストが大変な迷惑をかけた。心より謝罪しよう」
「いえ。こちらこそ度重なる無礼な発言をお許しください」
「とんでもない。アルク殿のおかげでいろいろと気付かされたよ」
フッと自嘲気味にタンキールは笑った。もうこちらとは敵対するような雰囲気はない。こちらとしても氏族代表としてのタンキールにふさわしい言葉遣いで返答する。こちらはあくまで私的な旅の身であり相手が敵対しないのであれば身の程をわきまえる必要がある。とまあこれは建前で『ディーナさんに命令されて仕方なくやったんですよーオーラ』を全開にしておく。私念はそんなにない。
こうして僕とタンキールは互いに握手を交わした。彼にわだかまりはないようだ。またエストに関しては改めて謝らせると父親である彼は言った。
「命を狙われたアルクくんにはそれなりの見返りを求めることもできるが?」
ディーナさんが、「どうする?」と尋ねてきた。タンキールも当然だとうなずいている。
僕はどうすべきか少し悩みながらある提案をする。
「うーん。そうですね。できれば我々の隊商『妖精の祝祭』との取引が円滑に進むよう便宜をはかっていただけるとうれしいですね」
「だったらうってつけだ。私は貿易関連の仕事を任されているからね」
タンキールはそういってうなずいた。エルフの国としても完全にひきこもっているわけではないらしい。少ないながらも交易関係を結ぶ相手がいるそうだ。
隊商の話はヨヨさんとニーナさんに任せておけばいい。良い機会なので二人を紹介しておく。さすが代表ともなると妖精のヨヨさんを見ても驚かなかった。むしろグリバルト以外でも妖精と交易ができることを喜んでいる。妖精を見たことのない連中は驚くだろうとタンキールは優しい笑みをヨヨさんに向けた。
そのタンキールが急に真面目な顔になって尋ねてきた。
「ところで精霊が呼びかけに応えなくなった件だが」
「ああ。あれはお主の余計な一言のせいでイルミンが怒った結果さね。まあ若長だけのせいではないが」
ディーナさんは大きくため息をついた。
「わ、私の一言ですか」
身に覚えがないのかタンキールはうろたえ気味だ。
僕に抱っこされてるイルミンを見ながら答えた。イルミンはそんなタンキールに目を合わせようとしない。まだ怒っているのは明白だった。
「イルミンの厚意を一蹴したさね」
「あっ……」どうやら思い出したようだ。
「というよりも代表のみんながコンペイトウを受け取ってくれなかったからだよね」
僕はわざとほかの代表らに聞こえるようイルミンに問うた。
「ん!」
その言葉にイルミンは元気よく返事をする。
「え? あのときはタンキール一人しか返事をしてなかったですよね」
巫女のメリッサさんが困惑気味につぶやく。
「この件も一緒ですよ。たった一人の言葉が精霊であるイルミンを怒らせた。ただそれだけのことです。今回はたまたまタンキールさんだっただけ。もしかしたらイルミンもあなたたちの仲違いを気にしていたのかもしれませんよ」
「ん! んー。 ん!」
「イルミンだけじゃなく、ほとんどの精霊が気にしてたそうですよ。……どれだけ精霊に迷惑かけているんですか」
「ん! ん! んー。ん!」
「エルフ同士のいがみあいに精霊を巻き込まないで欲しい、だそうです」
この言葉に代表数人と衛兵らの一部が顔をしかめた。どうやらケンカか何かで互いに精霊をけしかけでもしたのだろう。呼び出された精霊にとってはいい迷惑である。「おまえらだけでやれよ」と思ったに違いない。
こういった下地があったからこそ怒ったイルミンに精霊たちが呼応したのだろう。『代表らのせいでコンペイトウを食べ損ねた件』、もしくは『代表らがコンペイトウを拒否した件』とでも流したのだろう。
「水は流れがなくなると淀み、濁る。精霊に見捨てられるようではこの先エルフもどうなることやら。森だけでなくもう少しほかの世界を、国を、種族を見たほうがいいさね」
その言葉に代表たちだけではなく衛兵らも力なくうなだれた。
「イルミンちゃん。みんな反省してるし、そろそろ許してあげたら?」
「んー」
どうしようか悩む仕草をするイルミンだったが、しばらくしてから、「ん!」と声をあげた。すると精霊の間に現れたのは無数の精霊たち。その精霊たちは呼び出された各代表のすぐそばに現れた。突如現れた精霊に代表らは驚いていたがホッとした表情を浮かべている。ツリーフォードの族長に至っては風の精霊らしい小さな女の子に抱きついて頬ずりしているくらいだ。いつも無邪気そうな風の精霊が、迷惑そうな目で彼女を見る顔はしばらく忘れられそうもない。
この光景を見て驚いたことがある。それは代表一人あたり少なくても四体以上の精霊を同時召喚していたことだ。三体同時召喚できれば精霊魔法の使い手として一人前と呼ばれるエルフたち。だが代表ともなるとやはり優秀なのだろう。同じ精霊を複数体呼んでいる代表もいるが、タンキールは火、水、風、土、闇など五体の精霊を呼び出していた。性格に難があっても精霊魔法の使い手としては優秀なようだ。最も六体同時召喚できるニーナさんのほうが上なのでそれほど感動することはない。
ただし、一人だけ例外がいた。ヘキサバオムの代表だ。ボサボサ頭の女性の周りにだけ、なんと七体もの精霊がいる。ニーナさん同様、火、水、風、土、光、闇のほか、鎧を着た女性型の精霊がそばに一人立っていた。ほかの精霊は三十センチほどの大きさなのだが、鎧を着た精霊だけエルフと同じくらいの身長があった。その精霊はどこからか取り出した櫛を使って、ヘキサバオム代表のボサボサ頭をとかしている。ヘキサバオム代表の世話をするのがうれしいのかその顔はとてもにこやかだ。髪をとかされている代表は、ぼーっとした顔でされるがままだった。
また一部の精霊たちの視線は代表らが持つコンペイトウに注がれていた。その視線にいち早く気がついたヘレナさんは、自分が呼び出した精霊にコンペイトウを食べさせていた。それをきっかけにほかの代表らが呼び出した精霊もコンペイトウが欲しいと騒ぎ出す。タンキールに呼び出された精霊たちも彼の顔の近くに集まり、ほほをペチペチ叩きながらコンペイトウをよこせとアピールしている。
「おうおう。兄ちゃん。どうオトシマエつけてくれるんや。誠意みせんかい、誠意。ええか。うちらをなめたらアカンで。なめてええのはコンペイトウだけや」
「……アルク殿。私の精霊がしゃべっているように後ろから声をあてるのはやめてもらえないか」
「いやぁ。つい」
精霊にコンペイトウを配りながらタンキールが渋い顔でいった。彼の精霊はコンペイトウに満足しているようで皆、幸せそうな顔をしている。少なくても、「おうおう」といいそうな精霊はいない。皆、無邪気な顔で喜んでいた。
「そういえば結局、僕に相談ってなんだったんでしょう」
「それは私からお話しします。ただ、それに関連してひとつお聞きしたいことが……」
僕のつぶやきに答えたのは巫女のメリッサさんだ。
僕とイルミンを見ながら遠慮がちに声をかけてくる。
「はい。なんでしょうか」
「あ、あのぅ。なぜイルミンの言ってることがわかるんです?」
「はい?」
巫女の言葉に目の前にいるタンキールだけでなく、ヘレナさんやラケシスさんら代表全員が首を縦に振るのだった。
「んー」
そんな代表者たちを見てイルミンは僕に抱っこされたまま、「困ったものよね」と首を振った。
えーと。どういうこと?
精霊たちにコンペイトウを配るイベントも一段落。
精霊たちはコンペイトウを受け取ると満足な顔をして帰っていった。鎧を着た女性精霊に髪をとかれていたヘキサバオム代表の髪はつやつやだ。その精霊は美しい髪になった代表を見て満足気な顔をしてから帰っていった。
今、僕たちは円卓に座らされ、巫女や代表らの話を聞いている。衛兵たちもすでにここにはいない。
イルミンは僕から離れようとせず、僕のひざの上でおとなしくしている。
「はあ……。イルミンちゃんの言葉がわからないと」
「少しだけならわかるのですが、なにぶん細かいところまではちょっと」
「アルクくんに相談したいというのはこのことなんじゃよ」
巫女とラケシスさんが暗い顔でいった。
当事者であるイルミンはほかの精霊たちと同様、コンペイトウを食べて満足していた。大事そうに抱えるコンペイトウはすでに半分ほどになっている。そのイルミンは巫女とラケシスさんの元気のない顔を見て、首を傾げた。
僕とイルミンが話しているとき、巫女や代表らがたびたびこちらを驚いた目で見ていた理由がわかった。彼らは僕とイルミンが普通に意思疎通をしていることに驚いていたようだ。
「十一人もいるくせに誰一人イルミンを理解できないとは情けない。この際、巫女も交えて全員指導のやり直しさね」
ディーナさんの一言に全員の顔が一斉に引きつった。
代表ともなると特別メニューが用意されることだろう。
そういうディーナさんはイルミンの言葉を理解している。同じ精霊同士通じるものがあるのだろう。またイルミンはこちらの言葉をしっかり理解できている。また巫女たちも精霊を介してならイルミンと話すことができるそうだ。
「で、ですがディーナ様。イルミン様はほかの世界樹の精霊たちに比べても成長が遅いのです。はっきりと話されないのもそれが影響しているのでは?」
「確かに成長が遅いさね。それはわらわも心配しているさね」
ディーナさんはヘレナさんの疑問に答える。
「そもそもなんでアルクんはイルミンちゃんの言ってることがわかるのよ」
「そういえば私との会話でも見ればわかると言ってたな」
ヨヨさんの発言に乗っかったタンキールだったが、僕には不思議で仕方がなかった。
「え? イルミンちゃんの言葉ってヨヨさんにも通じてない? もしかしてやニーナさんも?」
二人に目をやるとヨヨさんとニーナさんは黙ったままうなずいた。どうやらこの二人もイルミンの言葉がわかっていなかったらしい。
「執事ならわかって当然ですよ?」
「……何いってんのかしら。この魔族」
真顔でつぶやくヨヨさんに周りのエルフたちは同意するかのように何度も頭を縦に振る。
「執事だからといってわかるものじゃないわよ!」
「そうでしょうか?」
「そうでしょうよ!」
「ん。んー。ん」
「僕のような執事ならわかって当然よね、とイルミンちゃんも言ってます」
「んー!」
「言ってないそうよ」とヨヨさんが断言する。
「ちっ」
「まさかの舌打ち!?」
「……そうですね。僕のような執事だとわかるの? と言ってます」
ヨヨさんは僕が思った以上に鋭かった。
なぜこういうときだけイルミンの言葉を理解できるのだろうか。
「ん」僕の再通訳にイルミンは大きくうなずいた。
「都合よく通訳してどうするのよ」とニーナさんが呆れた様子でつぶやく。
「ウッドストライクの若長と変わらんさね」
「ディーナ様。イルミン様の言葉を理解できない私が悪いのはわかります。ですが私を引き合いに出さないでいただきたい」
さも迷惑そうな顔をするタンキールであった。
同類だと思っていたのに裏切られた気分だ。
「イルミンちゃんはお嬢様の幼いころにそっくりなんですよ。イルミンちゃんに限ったことじゃないと思いますけど」
「へー。だから幼いイルミンの言ってることがわかると」とヨヨさん。
「そうなりますね。態度や仕草、視線などで仕えるお嬢様が何を求めていらっしゃるか。それを見極めてこそ執事です」
「あーはいはい。執事。執事」軽く流すヨヨさん。
「ヨヨ殿。いまのはあながち間違っておらぬと思うぞ」とタンキール。
今の彼の言葉に思わず、じぃっと視線を向ける。
「……そんなキラキラした目で見られても困るのだが」
ふいっと目をそらしたタンキールだが、僕の中で彼に対する評価は間違いなく上がった。今日からあなたをタンキールさんと呼ぼう。執事を理解する者を得た気分だ。
さて、それはともかく。
最近はそうでもないがお嬢様も舌足らずだったころがある。いってらっしゃいは『いてしゃーなのー』だったし、おいしいは『おーしー』とおっしゃっていた。最近は滑舌も良く、難しい言葉をお話しになることが増えた。これもお嬢様のたゆみない努力と毒のない魔力たっぷりな食材のおかげだろう。
(ん? 魔力たっぷり?)
ふと思い出す。
そういえばイルミンは僕とディーナさんの魔力を浴びてうれしそうにしていた。それに僕自身、このエルフの国に来て感じたことがある。もしかしたらイルミンの成長が遅いことにも関係しているかもしれない。
僕はメリッサさんに思いついたことを話す。
「これは憶測なんですけど」
「なんでしょうか?」
「もしかしてイルミンちゃん。魔力不足になってません?」
「魔力不足!?」
「ええ。イルミンちゃんは僕やディーナさんの魔力を浴びて喜んでいました。それに僕自身、エルフの森に来てからというもの少々身体がだるいんですよ」
「え? 大丈夫なの? アルクん!」
ヨヨさんが心配げに声をかけてくれた。
僕は彼女に笑いかけながら、「大丈夫」と答える。
「魔族の源は魔力です。ですがここに来てからというもの身体に違和感がありました。それがはっきりしたのは先ほど魔力を放出したあとからなんです。当然使った魔力は自然に回復します。ですがその回復の早さが魔王国にいるときと比べ、かなり遅いんです」
「それは……私たちエルフにはわからない感覚なのでしょうね」
よくわからないといった様子でメリッサさんは答えた。
それもそうだろう。彼女はエルフであって魔族ではない。この違和感や不調は魔族でないとわからないはずだ。
「そう言われてみるとそうかもしれないさね。わらわもよくわかってないが魔王国にいる間は身体の調子が良かった気がするさね」
身体の調子が悪いときなど一切なさそうなディーナさんが肩を回しながらつぶやいた。だが精霊である彼女の場合、わからないのも仕方がない。確かに魔力を糧とすること自体は魔族も精霊も同じだ。しかし魔族と精霊は根本的に違うはず。
それにディーナさんのような四大精霊ともなると減った魔力が回復していてもよほど消費しないかぎり、保有する魔力が膨大すぎてわからないだろう。回復する量を水に例えた場合、コップに水を注ぎ足すならともかく、同じ量の水を海に注ぎ足したところで増えたかどうかわからない。極端な例ではあるが、まさに器の問題なのだ。
「何の根拠もありません。ですがイルミンちゃんに十分な魔力を与えることができれば、普通に成長するのではないかと思います。魔族も魔力不足になると日々の成長に支障が出ますから」
「うーむ。もしそれが本当だとするとどうしたものか。この森の魔力でも足りぬとなるとなんともならぬぞ」
「そもそも魔力さえあれば解決するのか」
「いや。それは試してみなければわからないだろう」
「ねー。魔石はー?」
「……大量」
「そうね。魔石もいいけど魔石がどれだけ必要になるかわからないわ」
「では我々の魔力を使うというのはどうだろうか」
「いや。我らの魔力はディーナ様やアルクくんには到底及ばぬ。あまりにも脆弱じゃ。恐らく大した変化は見られぬじゃろう」
代表らは様々な意見を出し合っている。普通はいがみ合うのではなく、こうやって意見を出し合ってこその会議だ。だが残念ながらこれといった妙案は出ないようだ。そのうち意見も出し尽くしたのだろう。精霊の間に沈黙が訪れる。
するといつのまにか僕の腕の中で眠りについていたイルミンが目を覚まし、「んー、んー」と騒ぎ出した。
「――不甲斐なし」
突如、精霊の間に響く低い男の声。
その声に巫女と代表らがイスから一斉に立ち上がった。
そしてその場にひざまずく。
隣にいるニーナさんも彼らと同じようにひざまずいている。
「え? なになに?」
ヨヨさんはエルフらの動きにキョロキョロしながら驚いている。ニーナさんは、「アルクくんたちはそのままでいいわよ」と、僕とヨヨさんに優しく声をかけた。
「これまた珍しいのが来たさね」
イスに座ったままのディーナさんは声の持ち主に覚えがあるようだ。
「――不甲斐なし」と女性の声。
「――不甲斐なし」と若い男性の声。
三度目に響いたその声とともに、精霊の間に三人の人影が現れた。
一人は、ラケシスさんよりも年上に見える白髪の老人。くすんだ茶色のローブに身を包み、白いひげと白い眉が特徴的だ。細い目の中にある瞳は濃い緑。その姿はまるで物語に出てくる仙人のようだ。
一人は大人の女性。見た目は人族換算で三十代くらい。落ち着いた緑のドレスをまとい、腰まで伸びた薄茶色の長い髪は滑らかで美しく光っている。目はイルミンほどではないが薄い緑。ぷっくりとした艶やかな唇は女性らしさを強調している。
一人は青年の男。年齢にして二十代前半だろうか。緑暗色のローブの上からでもわかる締まった体つきは若々しさにあふれ、金髪に近い茶色の髪を短く切りそろえていた。青みがかった深い緑色の目でエルフたちをにらみつけている。
身長の差はあるが、女性が一番高く、続いて若い男、最後に仙人のような老人である。そしてなにより三人とも頭の上に葉のついた枝を編み込んだ冠をのせていた。
(世界樹の精霊だな……幼いイルミンじゃわかりにくかったけど、彼らを見ると間違いなく上位の精霊だとわかるな)
三人の世界樹の精霊はディーナさんのほうを向くと片膝をついて丁寧に頭を下げた。ディーナさんはイスに座ったまま手を上げて返礼する。
「珍しいさね」
「はっ。麗しき恵みの精霊様」
「おひさしゅうございます。世界を潤す精霊様」
「ご無沙汰しております。岩をも穿つ勇ましき精霊様」
「「「お会いできて光栄に存じます」」」
呼び方はそれぞれ違うものの彼らがディーナさんを尊敬していることだけはわかる。
それにしても――。
(この精霊たちよりもディーナさんのほうが上か。四大精霊というのはやはりとんでもない存在だねぇ)
世界樹の精霊からあふれる魔力は僕と同じくらいだろうか。いや、あの白髪の老人は違う。確実に僕よりも魔力が多い。見た目で騙されると痛い目にあうだろう。
エルフの森に数本しかないという世界樹。そんな世界樹を信仰し、守護するエルフだが、世界樹の精霊を見るかぎり、守護する必要があるのか悩んでしまう。それほどの力を感じることができた。
世界樹の精霊たちはディーナさんに挨拶が終わると立ち上がった。その際、女性の精霊が僕に軽く微笑み、目礼した。だが、その意味はわからなかった。
彼らはエルフたちに向き直り、彼らに立ち上がるよう声をかけた。
そして口をそろえていうのだった。
「不甲斐なし」と。
立ち上がり、頭を下げたままの巫女と各代表らは何も答えない。
まるで口を聞くのも恐れ多いといった様子だ。大げさかもしれないが今の状態は彼らにとって神様が降臨しているようなもの。
では同じ世界樹の精霊であるイルミンはどうなのかという話になる。恐らくだがイルミンはまだ幼いため比較的気軽に接することができるのだろうと勝手に想像しておく。
そう考えると……タンキールさんはディーナさんに対し、よくもまぁ疑うような口が聞けたものだ。ディーナさんはエルフが信仰する世界樹、その精霊ですら頭を下げる存在だ。信仰の対象とそうではない存在の違いが彼の認識を誤らせたのだろうか。それとも氏族間のいがみ合いが原因で目が曇ったか。世界樹の精霊にディーナさんに対する彼の態度を教えたらどうなるか試してみたい衝動に駆られる。今回は我慢するけど。
ニーナさんが座ってていいといったのは、彼らを信仰していない僕たちに強制するつもりはないということだろう。種族の価値観を押し付けようとしない辺りはさすがニーナさんだ。商売人としてすばらしい才覚の持ち主である。
「仲違いゆえに目が曇り」
「ゆえに苗木の言葉も届かず」
「あまつさえ魔族の若木に諭される」
「「「不甲斐なし!」」」
イルミンはそんな三人を見て、「ん♪」と言いながら手を振っている。イルミンを見る世界樹の精霊らの目はとても優しい目だ。エルフに向ける目とは正反対だった。
「そういうな。三賢樹よ。彼らの仲違いはわらわも知ってて今日まで黙認していた。エルフらを責めるならわらわも責めるさね」
「とんでもない。このたびはディーナ様のお手を煩わせてしまいました」
「気づくのに三十年。悠久の時に住む我らには短い年月」
「なれど魔族に教えられるまで気が付かぬのは」
「「「不甲斐なし!」」」
「まあまあ。彼らも反省してるさね。ところで魔力不足というのは正解なのかい」
「然り」と三賢樹のうち老人が答える。
「三十年程度であれば魔力が不足したところで影響はまずありませんが」と女性。
「しかしそれに気がつかないようでは尊き苗木を預ける資格はない」と青年が言葉を締めくくる。
(不甲斐なし! ――って今度は言わないのかい!)
ツッコミが空振りしたときの寂しさはハンパではない。
苗木とはイルミンのことだろう。そして預ける資格はないという青年の言葉を聞いた巫女や代表らに動揺が走った。だが三賢樹を前にそのざわめきは一瞬で消える。だが明らかにエルフたちの落ち着きがなくなっていた。
イルミンの成長が遅いのは魔力不足。
僕の推測は正しかった。
三賢樹と呼ばれた彼らは、なぜそれを知っていてエルフに言わなかったのか。これも推測だが、彼らはエルフたちに気がついて欲しかったのだろう。そうだとすると余計なことをいったかもしれない。しかしほとんど影響がないからといって三十年放置したままというのもどうかと思う。
「しかしなんでまたイルミンに限って魔力が足りないさね」
ディーナさんが腕を組みながら三賢樹に尋ねた。
そう言われてみればそうだ。目の前にいる三賢樹はちゃんと成長している。そうなると同じ世界樹の精霊であるイルミンが魔力不足になるようなことはありえない。魔力不足ということなら三賢樹らも身体になんらかの悪影響を受けていても不思議ではないのだ。それとも世界樹が生えてる場所が違うのだろうか。
「ん? 尊き苗木? ……まさかイルミンは」
ハッと顔をあげてつぶやくディーナさんに三賢樹はそろってにこりと笑った。
「よろずの流れの中に生まれし唯一の樹」
「我らが世界樹の王にして至高なる樹木の精霊様と並びし者」
「我らが光。我らが救い」
「「「イルミンは王樹なり」」」
その言葉にざわめく精霊の間。
だがエルフの氏族代表らの反応は大きくわかれた。驚きのあまり動けなくなっている四人の老エルフ。それと何が何だかわからないといった顔をする巫女を含む七人のエルフだ。王樹が何か想像くらいはしているだろうが、いかんせん王樹が何かわかっていない様子だった。
もちろん僕も王樹が何かわからない。思わずひざの上のイルミンを見る。しかし彼女は我関せずといった様子で、コンペイトウのビンをなでるのに夢中だった。
「そうか。イルミンが王樹なら魔力不足もわかるさね。それにしてもまさかイルミンが王樹の精霊だったとは思わなかったさね」
「ディーナさん。その王樹ってなんですか?」
「王樹というのは数千年、いや、それ以上か。そんな長いときの流れの中、稀に誕生する特別な世界樹。それが王樹さね」
「王樹のある土地は繁栄し、あらゆる外敵からその土地を守ると聞きます」
「エルフの間では伝説の樹といわれておる。その王樹の精霊がまさかイルミン様じゃとは」
ヘレナさんとラケシスさんがディーナさんの言葉に続いた。その言葉に残り二人の老エルフは黙ったままうなずく。どうやら老エルフたちだけは王樹が何か知っているようだ。若いエルフたちは老エルフの言葉に真剣な顔で耳を傾けている。
「イルミン以外の王樹の精霊にはわらわも一度しか会ったことがないさね。だがその樹も寿命を迎えており、すでにこの世にはない。多分イルミンはこの世界にたった一人の王樹の精霊さね。そういった意味ではわらわやリアルルと同じさね」
「え? リアルルさんもこの世界に一人だけなんです?」
そういえば世界樹の精霊が似たようなことをいっていた。『至高なる樹木の精霊と並びし者』だったか。確かに僕が知ってる樹木の精霊といえばリアルルさんしか知らない。そのリアルルさんもまだ若い精霊だと聞いている。だが一人しかいない精霊だとは思わなかった。ドリアードといえば何人いても不思議ではないはずだ。
その疑問に答えてくれたのはやはりディーナさんだ。
「ほとんど知られていないが精霊には格というものがあるさね。わらわやリアルルのように少々特別な上位精霊と普通の上位精霊さね。上位精霊であるドリアードはほかにもいるが、リアルルのように自分で空間を作り出せるほど強い樹木の精霊はおらんさね」
どうやら空間を作り出すことのできるリアルルさんは普通の精霊ではないらしい。言われてみれば世界の狭間に広大な草原が広がる空間を作る彼女の能力は樹木の精霊とは思えないほどだ。移動魔法の中間地点だと言っていたがよくよく考えれば強力な力である。
「格の違いってやつですか」
「例外はあるよ。魔族でいうなら魔王の一族と一般の魔族の違いさね。今度、リアルルに聞いてみるといいさね。多分嫌がると思うけどね」
ディーナさんはいじわるそうな顔でそういった。きっとリアルルさんは本気で嫌がるのだろう。ぜひ試してみようと思う。
格が違うからといって媚びへつらわれたり、敬われてばかりだったりでは友人もできない。特別扱いというのもいいことばかりではないのだ。リアルルさんが気軽に多くの種族と交流会を開いていたのもそれが関係しているのだろう。
リアルルさんが特別な樹木の精霊だとすると彼女のことを姫と呼ぶドラゴもあながち間違っていないことになる。さすがは低音ボイスだ。関係ないと思うけど。
(あれ? ヨヨさんやニーナさんは知ってるのか?)
そう思ってヨヨさんとニーナさんに目をやるとあわてたように二人そろって目をそらした。どうやらあの二人、リリアルさんが特別な精霊だと知っていたようだ。姫と呼ばれていても王族ではないといってたけれど、特別な精霊だとも言ってなかった。おかげで友人と呼べる仲になれたからいいか。
「アルク様とおっしゃいましたか」
ふと僕に声をかけてきたのは世界樹の精霊。
先ほど僕に目礼を送ってきた女性の精霊だ。
「はい。はじめまして。アルクと申します。アルクで結構ですよ」
僕はイルミンを抱っこしながら立ち上がって答える。
彼女たちを信仰しているわけではないが挨拶するのに座ったままでは失礼だろう。そんな僕に向ける彼女の目はイルミンを見るように優しい目をしている。
「イルミンのこと。よく気づいてくださいました」
先ほどの目礼はイルミンの魔力不足に気がついたお礼だったようだ。
「とんでもございません。出すぎた真似をしたかもしれませんね」
「いいえ。かまいませんわ。まだ会って少しの時間しか経っていないのによくイルミンを理解してくれました」
「ん!」
にっこりと微笑む世界樹の精霊は僕に抱っこされているイルミンを見て、さらに深い笑みを浮かべた。
「さて。我々はあなたが求めるものを知っています。望むならいつでも『世界樹の朝露』をお渡ししましょう。いいですね。巫女メリッサ」
「はい。御心のままに」メリッサさんは頭を下げる。
「ありがとうございます。精霊様。メリッサさん」
僕は頭を下げて二人にお礼を伝えた。
どうやら定期的に『世界樹の朝露』を手に入れることができそうだ。世界樹の精霊やエルフの巫女だけでなく、ディーナさんやイルミンにも感謝しなければなるまい。
ひとまずディーナさんのおかげで侯爵家の分は確保できた。
問題は『世界樹の朝露』が味覚を取り戻すための薬の材料となるかどうかだ。材料のひとつだと確信しているが確証はまだない。これは実際に飲んで試すことではっきりするはずだ。当然飲むのはゴブさんの役目である。
「変わったものを欲しがる魔族の子ですな」と世界樹の青年がいった。
「そうじゃな。ん? ……そういえば昔、アルク殿と同じように『世界樹の朝露』を欲しいと言ってきた魔族がおったの」
「え?」僕は思わず声を出して驚く。
何かを思い出したかのようにつぶやいたのは三賢樹の老人だった。あごひげに手をやりながら遠い目をしている。
僕と同じように『世界樹の朝露』を欲しがった魔族がいる?
それはもしかしたら……。
僕ははやる気持ちを押さえながら老精霊に尋ねる。
「失礼ながらお尋ねします。それはいつごろの話でしょうか」
「多分、千数百年くらい前だったかのぅ」
「千数百年……」
あいまいだが可能性は高い。
だがこれだけでは判断できない。
「何に使うとか聞いていたりします?」
「ん? 確か友人のために薬を作ると言っておった。なんでもその薬の材料が必要だとか」
「ざ、材料の名前はわかりますか?」
「んー。『世界樹の朝露』以外じゃと『妖精の奇跡』がいるそうじゃ。ほかにも必要らしいがそれ以外は言っておらんかったのぅ」
「!?」
老精霊の話に心臓の鼓動が早くなった。
いや、まだだ。焦ってはいけない。
まだ情報が足りない。その魔族の情報が。
「その魔族ですが、ほかには何か言ってませんでしたか?」
「そうさなぁ。元気のいい娘御じゃったよ。あのとき礼として食べさせてもらった料理の味が忘れられんな。――確か『ろーるきゃべつ』とかいう料理だったか」
(え? 娘? いや、それよりもロールキャベツだって!?)
「ロールキャベツというのは、大きな葉でひき肉を包み、煮込んだ料理ですよね。赤いソースをかけて食べるという」
「おー。そうじゃ。そうじゃ。魔族の国では有名な料理じゃったか」
(よし! よーし! ビンゴだ! これは間違いない)
まさかの展開だった。
魔族でロールキャベツのことを知っている者は限られている。ロールキャベツは魔王様の手記に書かれているくらいで、魔王国では材料すらそろわないはずだ。だとすればロールキャベツをこの老精霊にごちそうしたのは間違いなく『あいつ』さんだ。
そして娘御という言葉からわかるように『あいつ』さんは女性らしい。もともと女性の可能性もあったが、これで性別も判明した。
エルフの巫女なら『世界樹の朝露』について詳しい話が聞けると思っていた。だが、たまたま出会えた世界樹の精霊が僕の知りたい情報を持っていたのは思いがけない幸運だ。それも実際に『あいつ』さんに会ったことのある精霊からの確かな情報なのだ。
「役に立てたかの?」
「ええ。もちろんです。ありがとうございます!」
この老精霊のおかげで確証が得られた。
『世界樹の朝露』は必要となる材料のひとつだ。これで味覚を取り戻すための薬に必要な五種類の材料のうち、二種類がそろったことになる。それも定期的に入手することが可能だ。
いずれにせよ念のためゴブさんには飲ませるつもりだが、まず問題なく何かしらの味覚が取り戻せるだろう。
問題は残りの三種類の材料。この三種類に関しては獣族、海洋族、人族が持っているということしかわかっていない。あいにく老精霊もほかの材料の名前は知らないようだ。
これは老精霊に詳しい話をもっと聞く必要がありそうだ。
――さて場所は変わって、ここは魔王国侯爵領ウスイの街
「うぴょッス!?」
「どうされました? ゴブ殿」
「今、すごい寒気がしたッス」
「体調には気をつけてくださいよ。隊長」
「……寒気が止まらないッス」
一部隊を率いる兵士隊長のゴブリアーノ、通称ゴブさんはまだ知らない。
味覚を取り戻すための薬の材料。その材料に確証があろうとなかろうと結局は飲まされるという運命を。そして『百聞は一見にしかず』、いや、『百聞は一口にしかず』を遠く離れたエルフの森で企んでいるズッ友がいることを。




