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第百十三話 歪む森、憂う水

「何ごとですか。騒々しい!」


 奥にある扉から透きとおるような声が響いた。エルフの氏族代表たちは一斉に立ち上がり、声の主の入室を待つ。僕も彼らを見習い、姿勢を正す。


 しばらくして精霊の間にリーンという鈴の音がおごそかに響いた。そして広間の奥にある扉が音もなくゆっくりと開く。開いた扉の奥から現れたのは薄水色の神官服を着た一人の女性エルフだ。


「あのかたがエルフの巫女よ」


 ニーナさんが小さな声で教えてくれた。

 巫女もまたニーナさんと同じツリーフォード出身のエルフだ。


 巫女の年齢は人族換算で十代後半くらいだろう。彼女はエルフの特徴である長い耳をピクッと動かしながら精霊の間へと足を進める。歩くたびに揺れる肩まで伸びた髪は白に近い銀髪で、室内に用意された灯りによってキラキラと輝いた。瞳はエルフにしては珍しく魔族のような赤い目をしている。肌は限りなく白に近い乳白色で、うっすらと血管が浮かんで見えるほどの透明感があった。


 ただ普通のエルフは明らかに違う。

 白に近い髪、白すぎる肌、そして赤い目。

 彼女にはエルフが持つべき色があまりにも薄く、そしてはかなかった。


 (先天性白皮症(アルビノ)かねぇ……)


 アルビノはメラニンが欠乏する先天性の遺伝子疾患のひとつだ。視覚に難があったり、紫外線の影響を受けやすかったりという点があるもののほかはいたって普通である。神秘的またはその逆の意味で見られることも多いようだが、本人たちにとってはいい迷惑だろう。


 その巫女の腕には二歳にも満たないだろう小さな女の子が抱っこされていた。女の子は薄緑色の服を着ており、頭には葉のついた枝を編み込んだ冠をのせている。切りそろえられた薄茶色の髪はさらさらだ。その髪の隙間からは小さな耳がのぞいているが、エルフのような長い耳ではない。瞳はエメラルドのように鮮やかできこまれそうなほど美しい緑だ。そのクリッとした瞳はなぜか僕に向けられている。まばたき以外そらすことなく、ずっとこちらの顔を見ているのだ。そんな女の子に視線を合わせ、僕はにっこりと微笑みかける。女の子は目をぱちくりさせながら満面の笑顔を僕に向けた。


 すると突然、女の子が巫女の腕の中で暴れ始めた。腕や足をつっぱりながら必死にもがいている。巫女は急に暴れだした女の子にあたふたしているようだ。不慣れなようだが、それでも女の子が落ちないよう抱き直したり、女の子の背中に手を回したりしている。だが女の子はその手からも逃れるようにさらに激しくもがきだした。こちらにも、「んー!」と力のこもった声が聞こえててくる。


 そんな女の子の、「はなしてー」ともがく姿を見て昔を思い出す。

 あれはお嬢様が二歳になられる前のことだったか。

 当時のことを思い出すだけで自然と笑みがこぼれる。


「失礼ながら申し上げます。そちらの女の子は降りたがっているのではないでしょうか」


 この言葉に巫女と女の子の動きが止まった。

 互いに顔を見合わせている。


 僕が巫女に話しかけたことに対し、代表者たちがざわめき始めた。しかも代表者の数人が驚いた様子でこちらを見ている。


 (え? なに? まずいこといった?)


 巫女には直接話しかけてはいけないのかと焦ったが特に何もいわれなかった。すでに代表者らの視線は巫女たちに向けられている。


「そうなの?」

「んー!」


 巫女が尋ねると女の子は、「そうだよー」と縦に首を振っている。


 抱っこされた女の子のもがく姿はお嬢様によく似ていた。

 昔、侯爵様に抱っこされたお嬢様が、「いやー!」と大暴れされたのだ。多分、虫の居所が悪かったのだろう。ショックのあまり固まった侯爵様から降りたお嬢様はそのあと何事もなかったようにしておられた。

 だが問題は侯爵様のほうだった。その日以来、侯爵様は仕事を何日も休み、食事もお食べにならず寝込んでしまった。セイバスさんの、「お嬢様から『いてしゃーなのー(いってらっしゃい)』といわれなくてもよろしいのですか」という一言がなかったら、今頃、局長の座を降ろされていたかもしれない。


 僕が昔を思い出していると巫女が女の子を床に立たせていた。女の子は服をポンポンと払ってから巫女にペコリと頭を下げる。そしてこちらに振り向くやいなや、僕たちのほうに向かって猛然もうぜんと走りだした。


 (え? なに? 速っ!)


 こちらに向かってくる女の子は一生懸命足を動かしていた。だがその速さは子供の走る速さではなかった。『とてとて』ではない。『だだだ』、もしくは『どどど』である。

 だがエルフの代表らは皆、ほっこりした目で女の子の姿を追っていた。まあ、距離も短いし、走るのが速いのでそれもわずかな時間である。

 あっという間に僕の元へたどりついた女の子は目の前でピタリと立ち止まった。身長はお嬢様よりも頭ひとつ分小さい。女の子は僕の顔を見上げると、何かをすくうように両手のひらを僕へと突き出した。そのそろえられた小さな両手のひらの上には何も乗っていない。不思議に思っていると彼女は僕の顔を見て、にぱっと笑うのだった。


 これは抱っこしてといってるわけじゃなさそうだ。

 だが意味がわからない。

 両手を差し出してくる仕草の意味を考えていると、ディーナさんがその子に声をかけた。


「イルミン。元気そうさね」


 そこへディーナさんがやってきて女の子に声をかけた。どうやら女の子はイルミンという名前のようだ。名前を呼ばれたイルミンは声の主へと目を向け――ディーナさんを見て、ビクッと身体を震わせた。束の間の沈黙が二人の間を駆け抜ける。そして次の瞬間、イルミンは僕の後ろに隠れた。僕のズボンをがっしり握ったイルミンの手がぷるぷると震えている。


「……ディーナさん。なんてひどい」

「な、何もしとりゃせんさね!」

「どうみてもおびえているじゃないですか」

「て、照れてるだけさね」

「えー。そうですかー?」


 僕はイルミンの手をとり、その場でしゃがんだ。

 そして笑みを浮かべたまま目を合わせて声をかける。


「イルミンちゃんっていうのかな。こんにちは。僕はアルクっていうんだ」

「ん?」イルミンはコテンと首を傾げた。

「ディーナさんは見た目も雰囲気も怖いけど優しい精霊だよね」

「んー」彼女はうんうんとうなずいた。

「怖いってどこのディーナさんのことさね」


 ディーナさんの低い声にイルミンがビクッと身体を震わす。

 そんなどこぞのディーナさんをチラリと見てから、「誰でしょうねぇ」と心の中でとぼけておいた。


「んー?」


 イルミンは不思議そうな顔でディーナさんを見ている。どうやらディーナさんが怖いというわけではないらしい。緊張半分、照れ半分といったところだろう。

 だったら――。


「じゃあ、僕と一緒にご挨拶しよっか」

「ん!」短い言葉のあとイルミンは力強くうなずく。


 イルミンをディーナさんの前に立たせてやると、彼女は恥ずかしそうにモジモジしている。僕が、「こんにちは」と頭を下げると、イルミンもペコリと頭を下げた。同時に、「んーー」という可愛い声が聞こえる。多分、「こんにちは」的な意味だろう。ディーナさんは優しい笑みを浮かべながら、「はい。こんにちは」と言葉を返した。


「イルミンちゃんは挨拶ができてえらいなぁ」

「うん。いい子さね」


 僕たちが褒めるとイルミンは顔を真っ赤にさせ、再び僕の後ろに隠れてしまった。


 まるで久しぶりに会う田舎のおばあちゃんと孫の挨拶のようだ。年齢的には雲孫うんそん以上に離れていそうだけど……。

 そんなことを考えているとディーナさんににらまれた。彼女の目の奥で青白い魔力が光っていた気がする。年齢のことを少し考えただけでコレだ。実に恐ろしい。


「イルミンとはひさしぶりの再会さね」

「お知り合いなんですね。ん? ま、まさか! こんな小さな子にまで指導(凶育)したんですか!」

「いくらなんでもイルミンみたいな幼い精霊にしやせんわ」

「え? 精霊?」


 振り返り、イルミンを見る。すると彼女はまたそろえた両手のひらをさしだしながら僕の顔を見て、にぱっと笑った。


 (精霊……差し出した手……あっ)


 僕はコンペイトウの入ったビンを取り出し、彼女の小さな両手のひらにそっと乗せてやる。するとイルミンのエメラルド色の目が一際大きくなった。花が咲いたように微笑むイルミンは幸せそうな顔をする。

 どうやらさしだされた手の意味は、コンペイトウが欲しいという意味で間違いないようだ。


 イルミンはコンペイトウのビンを両腕でしっかりと抱きかかえたあと、僕に向かってペコリと頭を下げた。そしてサッと振り向くと巫女の元へと走っていく。そしてそのまま飛び込むようにして彼女が広げた腕の中へと納まるのだった。

 腕にイルミンを抱いた巫女は呆然ぼうぜんとした顔でこちらを見ていた。だがすぐに僕に向かって軽く頭を下げる。


「あの。これは?」

「コンペイトウという砂糖菓子ですよ」

「砂糖のお菓子ですか……」


 どうやら巫女はコンペイトウが何かわからないようだ。ただイルミンの様子に安心したのか、「良かったわね」と微笑みかけた。イルミンはコンペイトウの入った小瓶を天高く掲げながらご満悦である。「とったどー」という声が聞こえてきそうだ。

 はしゃぐイルミンは精霊というよりも普通の女の子にしか見えない。だがイルミンが精霊であるのならコンペイトウのことを知っていてもおかしくなかった。恐らくニーナさんに呼び出された精霊たちに聞いたか、精霊情報網(ネットワーク)で知ったのだろう。なにせニーナさんが呼んだ精霊の中に火の精霊がいたのだ。炎上目的ではないだろうが情報があっという間に精霊たちに広まっていてもおかしくない。


 ……まさかと思うけど森じゅうの精霊に広まっているのだろうか。それを考えると恐ろしく思う。精霊たちに囲まれて、「おい、ジャンプしてみろよ」とかいわれたらどうしよう。願わくはそうならないことを祈る。


「ディーナさん。イルミンちゃんてなんの精霊なんです?」

「イルミンは世界樹の精霊さね」

「へぇ。世界樹ですか」


 きっとラベンダーの精霊ラビーたちと同じようなものだろう。植物の種類によって精霊が存在しているのだ。そう考えれば世界樹の精霊がいても何ら不思議ではない。


 ディーナさんによると世界樹の精霊イルミンは生まれて間もない精霊らしい。そのため精霊としての力もまだ弱いそうだ。もともと世界樹を守護し、信仰しているエルフたちはその精霊であるイルミンも守護しているという。また世界樹はエルフの国に数本あり、世界樹の精霊もイルミンだけではないそうだ。


「ただ少し気になることがある」

「気になること……ですか?」

「いくら生まれて間もないとはいえ成長が遅すぎるさね」

「そうなんですか。イルミンちゃんって生まれてどれくらいなんです?」

「三十年くらいさね」


 まさかのイルミンさんだった。

 イルミンさんをイルミンちゃんと呼ぶとか、コンペイトウをあげるとかそんな自分が恥ずかしい。まあ、いまさら変えるのもなんだしそのままでいいか。

 発言が、「ん」しかないのも成長が遅れているのが原因なのかもしれない。


 ディーナさんは心配そうな眼差しをイルミンに送る。

 そのイルミンに目をやると、巫女がコンペイトウをビンから取り出そうとしていた。イルミンは両手をまっすぐに伸ばして、「ん!」、「ん!」と催促さいそくしている。その二人の姿はまるで本当の親子のようだ。


 そう思った瞬間、彼女が真っ赤な目で僕をにらんだ。

 うん。親子じゃないよね。年の離れた姉妹といったほうがいいよね。

 年齢に関することはディーナさん同様、鋭いようだ。そういえばヒミカさんも同じように鋭かった。精霊もだが、巫女というのも恐ろしい種族だ。


「少しいいかい? アルクくん」


 僕だけに聞こえる小さな声でディーナさんがつぶやいた。

 彼女の目は氏族たちへと向けられている。


「なんでしょうか。氏族たちの件なら察してます」

「やれやれ。お見通しかね。責任はわしがとるさね」

「隊員らにしたようにすればいいんですよね」

「方法はまかせるよ。すまないね。面倒を押し付けて」

「いえ。僕もああいう手合いは気に入らないですから」


 僕とディーナさんが密談している間、氏族の代表者たちは仲睦なかむつまじい巫女とイルミンの姿を微笑ましく見ていた。その目は慈しみにあふれ、二人を守るという決意のようなものが感じられる。

 この瞬間だけみると互いに牽制けんせいし合う連中とは思えない。


 ところがだ。

 どこの世界にも余計なことを言い出す輩は存在する。


「お待ちください!」


 空気の読めないエルフ代表のタンキールである。


「巫女様。先ほど魔族から渡されたその怪しい物体。決してイルミン様に渡してはいけません」

「えっ?」


 タンキールの声に巫女は慌てて手を引っ込めた。イルミンの手にコンペイトウを乗せようとした矢先の出来事である。満面の笑みから能面のような表情になったのはイルミンだ。ビンの中身と何もない自分の手の中を交互に見ている。


「んーーー!」


 そのイルミンが今までにないほど大きな声をあげた。

 今の声から察するにイルミンが怒っているのは確実だ。それも相当怒っている。さらにタンキールに対し、「ん!」、「ん!」と指を指して非難し始めた。


「イルミン様もよく言ったと褒めて下さってます」


 ダメだこりゃ。

 守護すべきイルミンの心の叫びが聞こえていない。そもそも水の精霊ディーナさんへの態度といい、同胞である先輩エルフへの態度といい、彼の言動は目に余る。


「精霊の心を理解できぬエルフとはタチが悪い」

「なにぃ!」

「ん!」イルミンはうんうんと首を振る。

「ほら。イルミンちゃんもそうだといってますよ」

「やーい。タンキール嫌われたー」


 そう叫んだのは一人の少女。この場にいる以上、彼女も代表の一人だ。三人いる若い女性代表の一人で全代表中、最も若いようだ。人族換算で十五歳。侯爵家メイドのラミさんくらいの年齢だろう。


 その声にタンキールは怒りをあらわにする。


「なんだと! ヌフアルブルの小娘!」

「あはは。怒った! 怒った!」


 タンキールにしろヌフアルブルにしろ同じ立場の者(氏族代表)にかける言葉ではない。他社の社長に尊大な態度を取る企業の社長にろくな奴はいないのだ。よほどうまくやらないかぎり、そういう者が代表を務める組織は数年も経つと消えてなくなる。

 氏族間であっても同じこと。互いに助けあってこそ実るものもあるのだ。だが、見たところエルフの氏族間にそれはない。ここに来たときから感じているが氏族間の仲はすこぶる悪いようだ。少なくても代表者同士は仲がいいとは思えない。氏族の利益を守ろうとしてるだけならまだ可愛いものを、感情むき出しともなると子供のケンカだ。


「貴様も魔族の分際でイルミン様の言葉を語るでないわ!」


 おっと。こちらにも矛先が向いてきた。

 イルミンの気持ちを代弁しただけなのに困ったものだ。

 彼を一瞥いちべつしてから鼻で笑う。


「やれやれ困った連中だ」

「今、なんと言った?」


 ヨヨさんが、「また始まった……」とこぼし、ニーナさんが、「やっぱりこういうアルクくんしか見てないわ」とあきれたように言った。


 いやいや。

 誤解されたくはないのだが、今回悪いのは全部タンキールだ。

 それにディーナさんからもお願いされている。そのディーナさんは代表らの様子を冷めた目で見ながら無言を貫いていた。


「おや。イルミンちゃんの心の声は聞こえないのに僕の声が聞こえましたか」

「何を言うか! 魔族に何がわかる!」

「わかるもなにもイルミンちゃんをみればわかるでしょうが」

「ふん。世迷い言を。そもそもエルフのことに魔族が口を出すでないわ!」

「はい? 『世界樹の朝露』の対価として相談があると僕を呼んだのはあなたたち氏族の代表だ」

「私は魔族なぞ呼んでおらんわ!」

「何いってんの? いるんだよねぇ。こういう個人と組織が区別できないヤツ。僕はあなたに呼ばれたわけじゃない。氏族代表という組織に呼ばれたんだ。わかる? 意味? エルフ? 聞こえたか?」


 わざと言葉を区切って話かけてやると、タンキールの顔が真っ赤になった。バカにされたことが理解できたらしい。彼に出会って二度目となる秋の紅葉だ。


「タンキール! 控えなさい。アルク様のおっしゃるとおり、彼を呼んだのは我々の総意です。それとアルク様。アルク様もそのように挑発するような物言いはやめてください」


 そう話したのは巫女だ。鋭い目を僕とタンキールに向けている。

 タンキールは僕をにらんだまま黙り込んだ。


 巫女はコンペントウに手を伸ばしているイルミンの手を優しく押さえていた。イルミンにコンペントウを渡さないようにしているのだろう。

 まあ知らない人からお菓子をもらっちゃいけませんという意味では正しい行為だ。そう考えると僕も不用意だった。


「巫女様ですね。改めてご挨拶いたしましょう。アルクと申します。呼び捨てで結構」

「世界樹の巫女を務めますメリッサと申します。こちらも様付は不要ですわ」

「では失礼して。メリッサさん。まずはメリッサさんとイルミンちゃんに謝罪しましょう。こちらの配慮が足りませんでした。エルフの皆様が守護する世界樹の精霊イルミンちゃんに対し、勝手に食べ物を渡してしまった無礼をお許しください」


 後ろから、「私が呼んだ精霊には勝手にあげてたのに」というニーナさんの声が聞こえてきた。……よし。聞こえなかったフリをしよう。


「イルミンが自らもらいに行ったものですし、それはかまわないのですが……」

「もちろん毒など入っておりませんよ」

「いえ、そうではなく。イルミンはどこでこのお菓子のことを知ったのでしょう」

「ほかの精霊から聞いたのでしょう。ここに来る前、精霊たちにいくつかコンペイトウをプレゼントしたものですから」

「ん!」


 イルミンは返事をするようにうなずく。

 今の、「ん!」はそのとおりという意味だろう。


「どうやら当たりのようですね」

「ん!」

「イルミンちゃんはほかの精霊たちとも仲がいいんだね」

「んー!」


 にこにこ顔のイルミンがさらに大きくうなずいた。

 やや大げさにうなずく姿は本当に昔のお嬢様のようだ。


 僕とイルミンの様子にメリッサさんは少し驚いた顔をする。

 それどころかエルフの代表者たちも騒がしい。さっきから一体なんだというのだ。僕とイルミンが仲良くするのが気に入らないのだろうか。


 するとメリッサさんが呪文を唱え始めた。ここに来る前にニーナさんが唱えた呪文と同じ精霊召喚の魔法だ。詠唱が終わると彼女の隣に白い服を着た女の子の精霊が現れる。あれは光の中位精霊だろう。精霊はイルミンに丁寧なお辞儀をしたあと、メリッサさんとボソボソ話し始める。だが僕は光の精霊の態度を見て驚いた。どうやら光の中位精霊より世界樹の精霊であるイルミンのほうが上の立場の精霊らしい。


 二人の会話をそばで聞いているイルミンは相槌あいづちを打っている。何度も、「ん!」と言いながらコンペイトウのフタをペシペシとたたく。その姿は光の精霊より上の精霊だとは正直思えない。どうみてもお菓子を食べたがる子供の姿だ。

 光の精霊は彼女らと話しながら僕とコンペイトウをチラチラ見ている。あの顔は私も欲しいなという顔だ。


「わかったわ。ありがとう」


 どうやら話は終わったようだ。光の精霊はイルミンに別れの挨拶をしてから姿を消した。その後、メリッサさんは申し訳なさそうな顔でこちらを見る。どうやら誤解は解けたらしい。


「申し訳ございません。アルク様。こちらの思い込みでいろいろと不愉快な思いをさせてしまいました」

「いえ。この程度なんでもありませんよ。誤解が解けたようでなによりです」

「んー」


 今の、「んー」は早くちょうだいという意味だろう。

 すでにイルミンの目はコンペイトウから離れなくなっている。


 また巫女が呼び出した精霊の証言からわかるように、コンペイトウのことがほかの精霊たちにも知られていることが確定した。非常にまずい状況である。単独行動は絶対にダメだ。精霊に見つかったが最後、ジャンプ不可避である。まあ『執事ボックス』に入っているので音はしないが。


「コンペイトウは妖精が作った砂糖だけを使ってます。ですから安心してお食べください。先ほどからイルミンちゃんも食べたがっているようですしね」

「んー! んー!」


 そうそう。早くちょうだいといわんばかりの返事がイルミンから出た。これ以上は待ちきれないといった様子だ。そこまで気に入ってもらえたなら作ったレイゴストさんたち料理人の皆も喜んでくれるだろう。


「なりません!」

「タンキール。黙りなさい!」


 メリッサさんから彼を叱責しっせきする声が飛んだ。

 しかしタンキールは話を続ける。


「いいえ。なりません。相手は魔族。信用してはなりませぬぞ」


 彼は断固たる態度で言い放った。

 今さっき光の精霊が証言したのを見ていなかったのだろうか。

 すでにイルミンの目は黙ってろといわんばかりの半目になっている。小さな女の子にあんな目をさせるとはある意味才能としかいいようがない。


「そこまでいうなら毒味でもしたらどうです。毒だとしてもエルフならすぐ解毒できるでしょ」

「よかろう。その挑発に乗ってやろうではないか」


 挑発でもなんでもないのだが、本人は乗り気のようだ。

 タンキールはメリッサさんたちの元へ意気揚々と近寄った。そして二人に一礼してからコンペイトウを取ろうと手を伸ばす。

 だがその手を阻むものがいた。イルミンである。コンペイトウのビンに伸ばしたタンキールの手をペシッとたたいたのだ。


「!? イ、イルミン様!」

「んー!」

「おやおや。私のだからダメだそうですよ」

「ん」


 僕の言葉にうなずくイルミンに、またもや巫女と代表たちがざわめきだした。

 イルミンは僕の顔を見ながらコンペイトウを指さした。続いてタンキールと各氏族の代表に指先を向けて、「ん!」、「んー」と連続で言葉を放つ。

 その言葉に僕は思わずため息をつく。


「まだいくつか持っているからいいけどね」

「ん!」

「しょうがないなぁ。えーと。氏族代表の皆さん。イルミンちゃんがみんなにもコンペイトウをわけてあげて欲しいそうです」

「いらんわ!」


 ほかの代表者たちが答える前に、間髪入れずタンキールが答えた。

 僕の言葉はタンキール個人にいったわけではない。


「んーー!!」


 イルミンは驚きとともに怒りの声を口にした。


「あなたはイルミンちゃんの厚意を無下にするつもりか!」


 僕が一喝すると彼はハッとするような顔になり、あわててイルミンを見た。

 だが巫女に抱っこされたイルミンは、ほほを大きくふくらませている。そしてタンキールから顔をそむけるようにそっぽを向いた。タンキールが彼女の顔をのぞこうとしても、そのたびにイルミンは顔をそらす。


「あーあ。これは本格的に嫌われましたね」


 あっ、固まった。

 僕の一言にタンキールはその場に立ち尽くしたまま動かない。

 侯爵様もこんな感じだったなぁとなつかしく思う。まあ侯爵様と違い、自分から嫌われにいったので同情の余地はない。


「氏族の長がこの程度とは。なにが世界樹の守護者か。どうやらエルフを買いかぶりすぎていたようだ」

「待たれよ! 今の言葉は我々に対する侮辱と受け取る。こんなアホでも我々の同士。これ以上の暴言は許しがたい!」


 そう怒鳴ってきたのは白髪混じりの老人だった。エルフにしては体格がよく、その腕はかなり太い。その左ほほには刃物で斬られたような古傷があった。


「おいぼれのいうとおり。いくらクズでも一応は仲間だ」


 続いて声をかけてきたのはタンキールと同年代と思われる軽薄そうなエルフ。怒りをにじませながらも僕を好奇心あふれる目で僕を見る。


 そんな彼らを見て、「こんなアホ、おいぼれ、クズ。これ全部侮辱の言葉よね」とヨヨさんが小さくつぶやいた。

 僕もそう思います。


「誰がおいぼれだ! ボームハンドのガキが!」とほほに傷のある男が言い返す。

「おっと。聞こえたのか。じいさん」とにやける軽薄エルフ。


 (本当、仲が悪いな)


「サザンペールとボームハンドの長よ。先にアルクくんを侮辱したのはタンキールのほうだぞ」

「そうよ。たまには良い薬になるわ」


 僕をフォローしてくれたのはラケシスさんとヘレナさんだ。


「わしは彼が魔族だ、子供だなどと侮辱したりはしない。だがケンカを売っとるのは明らかに魔族の子供のほうではないか!」

「ほう。そうじゃったかのぅ」


 ラケシスさん頑張れ! という応援も虚しくあっさりとあきらめてしまった。ヘレナさんは笑みを浮かべたまま反論しない。フォローとはなんだったのだろうか。


 まあ、こちらがケンカ腰なのは間違いない。

 二人があっさり引いたのは、魔族に加担しているとほかの氏族から糾弾されないようにしたか、言質をとられないよう警戒したのだろう。


 ふとヨヨさんとニーナさんの姿が見えないことに気づく。すると二人は僕から離れ、他人のフリをしていた。いまさら無駄だと思うが努力だけは認めよう。


 ディーナさんは黙ったまま、ことの成り行きを見ているだけだ。このゴタゴタも彼女のなかでは想定内なのだろう。

 ただ彼女の冷めた目はより冷たさを増していた。


 氏族代表らのいい争いを聞きながら思う。


 (ディーナさんの気持ちも知らずにまぁ……)


 エルフから慕われ、尊敬されているディーナさんは彼らエルフとの関わりが深い。その関わりは魔族と大神官様のようだ。


 だからこそディーナさんはうれいていた。

 それほど彼ら氏族間の不仲は深刻だった。


 彼女は仲違いしている氏族代表らに気がついて欲しいと思っているはずだ。たった一人のエルフの行動がどんな結果を招くのかを。それが氏族の長であればなおさらだ。僕が警備員のエストにやったことを見て思いついたのだろう。


 エルフたちにとって共通の敵が現れれば団結する。

 ディーナさんはそう考えているはず。

 だからこそ僕はその役目を買ってでた。


 彼女にお願いされた僕は執拗しつようにタンキールをるしあげた。まあお願いされる前からるしあげていたし、やることは変わらない。もともと気に入らなかったということもある。なによりケンカ腰の彼は利用しやすかった。その性格は森の入り口で出会ったエストそっくりなのだ。

 その結果、内容はともかく二人の代表がタンキールをかばうように声をあげた。ほんの少しだけまとまったともいえるだろう。


 だがディーナさんの反応から察するにまだ足りないようだ。


 責任は取ると四大精霊の一人、水の精霊ディーナさんは約束している。僕も私的な旅だと強調しているし、お嬢様を始め、侯爵家や魔王国に迷惑がかからないよう取り計らってくれるだろう。


 (仕方がない。もう少しディーナさんに付き合うか)


「ふっ。あははは」僕は高らかに笑う。

「なにがおかしいか! アルク殿!」

「僕がケンカを売る? 何を言ってるんだ? サザンペールの長よ」

「なんじゃと!?」

「クズが仲間? なら貴様も同類だ。ボームハンドの長」

「なんだって!?」


 僕は口調を変え、抑えていた魔力を徐々に開放する。

 やや威圧的に開放した魔力が精霊の間に広がっていく。


「キワン、サザンペール、ボームハンド、ヘキサバオム、ウッドストライク」


 氏族の名前をひとつずつあげていく。

 自分の氏族名を呼ばれた代表たちが顔を上げ、反応する。ウッドストライクの長タンキールも僕をにらむ。どうやらイルミンショックから立ち直ったらしい。


「今、言った氏族は森の入り口にて僕を射殺そうとした警備隊が属する氏族の名前だ。念のために聞くがこれは氏族代表の命令か? それとも巫女の命令か? 返答次第ではこのケンカ買うぞ?」


「「「なんだって!」」」


 氏族長たちが一斉に声をあげた。

 メリッサさんも驚いた様子だ。


 ヨヨさんあたりから、「アルクんが挑発したくせに」という視線を背中に感じたが、理由はどうあれ間違ったことは話してない。エストが僕を狙った。これは変えようのない事実だ。

 要するに『先に殴ったら負け』なのだ。特に種族間の外交ではこれが重要となる。個人の場合、これは悪質な輩が使う最も卑怯ひきょうで汚い手だ。姑息こそくという言葉がぴったりだ。……誰が悪質な輩で姑息こそくやねん! と自らツッコミつつ、少しだけ反省しておく。ただ今回の場合、先にケンカ売ってきたのはエルフの国の警備隊(エスト)だからギリギリセーフだ。うん。


「世界樹に誓って私はそんな命令などしてません」と巫女がいう。

「私もそんな命令、絶対にしないわ。キワン一族に誓って断言できます」

「ない……サザンペール。誓おう」僕を怒鳴ったほほ傷の老人が己の氏族が起こしたことに憮然ぶぜんとした表情でつぶやいた。

「マジかよー。ボームハンドに誓うぜ」軽薄そうな男が髪をかきあげる。

「ヘキサバオム、誓う」ボサボサ頭の女がボソリと誓う。

「……」タンキールは何も話さない。


 メリッサさんの腕の中ではイルミンが何事かとキョロキョロしている。僕と目が合うとイルミンは、にぱっと笑みを浮かべた。

 彼女にもずいぶんとなつかれたものだ。


「まあ、そうでしょうね。安心しました。キワン、サザンペール、ボームハンド、ヘキサバオムの隊員からはすでに誠意ある謝罪の言葉を受け取っています。その場にいたディーナ様立ち会いのもと彼らとは和解済みです」


 和解したと聞いて名前を呼ばれた氏族の長は肩の力を抜いた。名前を呼ばれていない氏族も同様に安心した顔を見せている。この反応は『警備隊の連中が何をしでかしたか』理解しているということだ。


 だが代表者たちの目はすべてウッドストライクの族長に向けられていた。


 和解していないのが一人いるのだ。

 そう。ウッドストライクの隊員エストからは謝罪を受けていない。仮に謝罪をしたとしても許すつもりはなかったので思いどおり動いてくれた(エスト)には感謝しかない。


 ただ残念なことがある。このカードはディーナさんの思惑に使うつもりではなかった。エルフの国と『妖精の祝祭』の取引に使おうと思っていたカードだ。こちらを攻撃してきたことを理由に商談を有利に進める予定が狂ってしまった。最悪、種と苗だけ奪ってエルフとの商談は諦めることになるかもしれない。


 エルフとの付き合い方については予定を変更せざるを得なくなりそうだが仕方がない。


 侯爵家の皆に必要となる『世界樹の朝露』は入手済みだ。今後、『世界樹の朝露』の入手が困難になったとしてもディーナさんに責任をとってもらえばいい。ディーナさん経由で巫女に『世界樹の朝露』を作ってもらうようお願いすれば多少なりとも入手できる。

 ただ、魔族に味覚を取り戻すという計画に遅れが出るのは確実だ。

 しかし結果として全エルフを敵に回しても巫女と世界樹さえ押さえればなんとかなる。なので巫女とイルミンだけは敵にしないよう配慮しよう。いざとなれば巫女と同じ氏族であるニーナさんにも協力してもらうつもりだ。他人のフリをしてても絶対に逃さない。


 お嬢様の旅行先がひとつ減ることになるが、これもなんとかしなくてはならない。むしろこちらの問題のほうが深刻だ。これもディーナさんになんとかしてもらえないか頼んでみよう。


 (さてと。こんなところか)


「おや。あなたは氏族に誓わないので?」

「誓う必要などない。私は知らん」

「へぇ。僕の頭にいきなり矢を打ち込んできたのはウッドストライクの者ですけど」

「ふざけるな! その証拠はどこにある!」

「ふざけるもなにもディーナ様がその場にいたと言ったはずだ。あなたこそふざけないでいただきたい」

「ぐっ」


 そんな中、イルミンが僕をみて目をキラキラさせていた。どうやら彼女には僕の魔力が見えているようだ。「んーんー」といいながら宙を泳ぐように手をパタパタ動かしている。ずいぶんと楽しげな雰囲気が伝わってくる。

 僕と代表らの間にある殺伐とした雰囲気とはまったく違っていた。


「ヘレナさん。代表者の意見が二つに分かれたとき、皆さんは基本的に多数決で決めてますよね」

「ええ。そのとおりよ」


 答えてくれたヘレナさんにお礼をいい氏族たちを見回してからいった。


「巫女と四氏族の代表は僕の殺害命令を否定し、魔族との争いを回避しようとしている。『警備隊が何をしでかしたか』、この意味を理解できない者はここにはいないだろうな?」


 ここで一度言葉を切った。

 僕とのケンカから魔族との争いに言葉をすげ替えるのも忘れない。


 警備隊は魔族である僕を(挑発に乗って)殺そうとした。

 だが決められた国境がないことはニーナさんに確認している。侵入者を知らせる結界を越えても射殺される覚えはない。

 エストにも教えてやったが、これは下手をすれば魔族とエルフとの種族間戦争の火種となる行為だ。


 そのことをディーナさんは氏族の長にも教えようとしている。すでにタンキール一人のせいで僕という魔族とエルフ族は険悪になりかけているのだ。このままでは少なくともウッドストライクの氏族と僕は敵対することになるだろう。女子供問わずだ。


 この意味にタンキールも気づいているようだが認めたくないらしい。もはや救いようのないバカとしかいいようがない。


「ウッドストライクの隊員以外は謝罪してくれました。僕もこれ以上、彼ら、彼女らをとがめることはない。魔族に誓って断言しましょう。――だが」


 ここで僕は半分ほどの魔力を開放。放出した魔力によってピシピシと建物から家鳴りがし始めた。テーブルやイスがカタカタと音を立てて揺れ始める。


「こ、これは」


 目の前に立つタンキール氏が声を漏らす。僕の魔力を前にして少しは冷静になったらしい。魔力を感じたせいか顔色が悪いようにも見える。


 また先ほどから精霊の間の外が騒がしくなってきた。部屋に広がった僕の魔力を感知したのだろう。恐らく衛兵たちが集まってきたに違いない。僕は部屋にある扉の前を『執事箱』で囲っておく。これで扉を開けて入ってきても途中で『執事箱』の壁に阻まれ、奥まで入ってこれないはずだ。


 改めて僕は彼らに問う。


「だが! 現時点では僕を暗殺しようとした疑惑や争いの火種は完全には消えていない。現在、否定したのは巫女と四つの氏族のみ。タンキール氏を含め、残り六つの氏族は否定していない! それらの代表はどちらを選ぶ? さぁ二者択一だ。沈黙は暗殺命令を認め、魔族との争いを望むと受け取るぞ!」


 その瞬間、精霊の間の扉が勢いよく開いた。衛兵と思われるエルフたちがなだれ込んでくる。だがその途中で見えない『執事箱()』にぶつかり、扉から数歩入ったところで先に進むことができなくなった。

 ちらりと目をやると、最初になだれ込んできた衛兵の顔がエルフと思えないほど面白い顔になっていた。美形でも透明の壁とストッキングには勝てないことが証明された瞬間である。


「ふぉふぉ。膨大な魔力だけでなく無詠唱ときたか。しかも十歳で失われたはずの結界魔法を使いこなすとは恐れいった」

「お褒めいただき、恐悦至極。ディーナ様の指導のおかげですよ。して返答はいかに?」

「エルフの採決方法なんぞ余計なことを教えたかのぅ。誓いは絶対じゃしな。まあ暗殺の命令などしておらんし、アルクくんたち魔族と争うつもりはない。マツバメアーディスは誓うぞ」

「なんておいし――悪い子なのかしら♪ ツリーフォードは誓っちゃう。アルクきゅん本人にも誓っちゃう」


 魔力の使いすぎだろうか。ものすごい寒気がした。

 ここに来てから危ない目で僕を見ていたのは彼女である。しかも驚くことにニーナさんと同じツリーフォードの氏族だ。ある意味なるほどなーと納得できてしまった。思わずニーナさんに振り返るが、彼女は今も他人のフリに忙しい。

 その他人のフリの中には僕だけでなくニーナさんとこの代表も含んでいるのは明白だ。ここに来てからあまりしゃべらないのも、あの氏族代表とは無関係を貫きたかったに違いない。氏族の権力におごらず、謙虚なニーナさんって偉いなと思った僕の気持ちを返して欲しい。

 ただ単に一緒にされたくなかっただけじゃないかとツッコまずにはいられない。


「争いなど無益ですな。ジーベントレエ誓いましょう」と冷静な中年の男。

「ハチヨウモドゥ。誓おうぞ」と眠たそうなご老体。

「ヌフアルブルも誓うよ~」と代表最年少の少女が笑う。


 これで巫女と九つの氏族が誓った。多数決なので結果はすでに決まっている。だが僕は最後の言葉を待った。


「……ウッドストライクも誓おうではないか」


 これで全会一致だ。

 僕から顔を背け、明後日の方向を見ながらタンキールがつぶやいた。彼なりのささやかな抵抗といったところか。


「だが断る!」

「――は?」


 間抜けな声とともにタンキールが振り向いた。

 抵抗終了のお知らせだ。本当にささやかな抵抗であった。


「それぞれの代表が殺害命令を出していないことは納得しよう。魔族と争いたくないという意志もわかった。しかし、今の決定はエルフが争わないと決めただけだ。そちらに争うつもりがなくても魔族である僕が従う必要はないぞ?」

「ぐぉっ」


 そういって僕は全力で魔力を放出した。その魔力におされたのかタンキールが数歩下がる。僕はガタガタと揺れる円卓をゆっくりとながめながら、氏族一人一人に目を向けた。代表者たちの多くは僕の魔力に驚いているようだが、老齢のエルフたちは平静を保っていた。額に汗が浮かんではいるが浮き足立つことはない。

 魔力量だけなら大人の上位魔族に匹敵しているとディーナさんに太鼓判を押されている。その僕の魔力に驚かないとはさすがはエルフ。そしてさすがは年の功だ。


 場の雰囲気が変わったのがわかったのだろう。ごくりと喉を鳴らす音がどこからか聞こえてきた。不穏な空気を感じた衛兵たちのほとんどは僕の魔力に圧倒され、動けないようだ。だが二人の衛兵が『執事箱』を壊そうとしていた。確かあの二人はこの部屋の扉の前でディーナさんに敬礼した衛兵だ。


 殺伐した雰囲気にも関わらず、氏族の代表全員が鋭い目を僕に向けている。どうやらニーナさんの言ってた団結力もウソではないようだ。


 これで全エルフとの敵対は決定的。

 彼らは一挙手一投足見逃すまいと僕から目を離さない。ただ彼らは武器を携帯していないようだ。そのかわりいつでも魔法が使えるよう構えている。またいつの間にかタンキールが巫女とイルミンの前に移動し、彼女をかばっていた。おっ、偉いぞタンキール。さすがは腐っても氏族代表。

 かばわれている巫女は僕の変貌と魔力に困惑していたが抱っこされているイルミンは違う。「ん♪」、「ん♪」とリズムをとるようにして歌い始めていた。

 なんだろう。僕の魔力を見て益々(ますます)うれしそうにしている。


 (まあいいや)


「この場にはエルフの重鎮全員がそろっている――意味はわかるか?」


 ニヤッと笑みを浮かべて、ボソリとつぶやく。


 言葉の意味を察した氏族代表らが一斉に呪文を詠唱し始める。その詠唱は何度も聞いているものだ。エルフが得意とする精霊魔法。そのひとつ精霊召喚。タンキールは僕を攻撃できるのがよほどうれしいのか、声高らかに詠唱している。

 彼の後ろに匿われている巫女は楽しげなイルミンをぎゅっと抱きしめていた。


「さあ! パーティの始まりだぁ!」

「はい。やめ」


 精霊の間にゴンッという音が鳴り響いた。

 にぶい音と同時に訪れたのは頭への衝撃だった。音ズレのない痛みの訪れである。

 放出していた魔力が止まり、精霊の間に広がった魔力も霧散した。


「痛いじゃないですか! ディーナさん」


 振り向くとちょうど床に着地したディーナさんと目があった。

 飛び上がってまで僕の頭をたたくとか、僕をけしかけた張本人のくせにひどい仕打ちである。

 また彼女が張ったと思われる水のベールが僕を包んでいた。恐らく万が一を考え、守ってくれたのだろう。やがてそのベールは音もなく消えてしまった。

 ……彼女の拳骨には効かなかったようだけど……まあいいや。


「何がパーティじゃ! 誰がそこまでやれといったね!」

「何をいまさら! お願いしてきたのはディーナさんでしょ!」

「わらわは何もいってないさね」彼女はふいっと顔を背ける。

「うっわ! 汚い! 大人汚い! それが四大精霊とたたえられる水の精霊のいうことですか。これはディーナさんの気持ちを察した結果ですよ。それをここにきてとぼけるつもりですか!」


 代表らと衛兵たちは、ぽかんとしたまま動く気配がない。


「とぼけたりせんが、全氏族にケンカを売るやつがあるか!」

「国を背負った一人のエルフの行動がエルフ族全体に影響を及ぼす。それを仲違いばかりしてる氏族代表の彼らに教えたかったんですよね」

「そのとおりさね」

「目の前にいる相手は氏族の代表たちですよ? 全員そろっているんですよ? そうなれば必然的にすべてのエルフにケンカを売ることになるでしょうが! 僕対全エルフという無双婆娑羅むそうばさら確定です!」

無双婆娑羅むそうばさら? 何を言っとるかわからんがそこをうまいことやるのが執事さね。執事ならそれくらいできなくてどうするさね!」


 精霊の間にしばしの沈黙が流れた。

 聞こえるのはイルミンの、「んー♪」という楽しげな声だけ。


「……確かにそうですね、うん」

「――アルクん。執事って言われれば、あっさり納得するのやめなさいよ」

「完全にディーナ様の手のひらで転がされてるわね」


 ヨヨさんとニーナさんはそういうが、執事たるもの仕える主人のために他種族のひとつやふたつ掌握する必要もあるだろう。そういった意味ではディーナさんの意見も最もだ。


「あのぅ。今の話は一体?」


 イルミンを抱っこした巫女が僕とディーナさんの元にやってくる。もともと僕に争うつもりがないことを今の会話で悟ったようだ。当然ながら僕とディーナさんの会話の内容について詳しく説明を求めてきた。


「申し訳ございませんでした。話すと長くなるのですが――」


 そこまで言いかけたとき、代表たちのいるほうが騒がしくなった。何事かと目を向けると、そこには呆然ぼうぜんとする代表らの姿があった。特に若い代表たちは混乱したかのように何度も精霊召喚の魔法を唱えている。


 ディーナさんが代表たちに歩み寄ると、ツリーフォード代表の女性エルフが彼女に駆け寄った。そしてディーナさんの足元にすがるように座り込む。


「どうしたさね? アルクくんをけしかけた責任はわしにあって――」

「ディーナ様! 精霊が……精霊たちが……」


 どうやら騒ぎの原因は僕とディーナさんが一芝居打ったことに対することではないらしい。今はそれどころではないといった様子が見て取れる。何か代表たちに起こったに違いない。


 動揺したように手を震わせているツリーフォードの代表からは焦りのようなものを感じる。

 そんな彼女の肩にディーナさんは優しく手を置いた。


「ツリーフォードの守り手よ。精霊たちがどうかしたのかい?」

「精霊たちが呼びかけに応えてくれません! それどころか話もしてくれないのです!」


 先ほどの彼女らが唱えていたのは精霊召喚の魔法だ。だがよくみれば誰一人として精霊を呼び出せた者はいなかった。まるで無視されているようだとツリーフォード代表の彼女はいった。


「少し待つさね。わらわが尋ねてみよう」


 そういうとディーナさんはそっと目を閉じる。

 ついつい忘れそうになるが彼女も精霊だ。

 意識を集中することによってほかの精霊と会話するのだろう。

 だが数秒後、彼女はすぐに目を開けた。そしてディーナさんは勢いよくイルミンに顔を向けるのだった。


 そのイルミンはさっと目をそらす。メリッサさんに抱っこされたまま、ディーナさんから瞬時に顔をそらしたのだ。そして、「んー♪」と鼻歌? で露骨にとぼけ始めた。誰がどうみてもイルミンが関わっているのは明白だ。


 そのわざとらしい仕草に僕は思わず声を出して笑ってしまった。



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