第百七話 魔王の手記
ここは侯爵家にある執務室。
ディーナ様による魔法指導が一段落したあと、侯爵様御夫妻とディーナさんの面会が行われた。その際、お嬢様が味覚を持つことや僕が持つ前世の記憶について説明することになった。
「――というわけでございます。ディーナ様」
侯爵様がそう締めくくった。
その言葉に見た目が幼女の水の精霊ディーナさんはイスの後ろに用意されたクッションにもたれかかりながら、「ふぅ」と息を吐いた。
「なるほどね。アルクくんが食材に固執する理由は味覚を持つティリアちゃんのためか」
「さようでございます」と僕はうなずいた。
「ディーナ様。今回、我が娘のために食材を用意してくださったこと、改めてお礼申し上げます」
奥様が丁寧に頭を下げた。
今回、ディーナさんから大量の米が侯爵家に贈られた。水田に植えたものと同じ品種を玄米の状態で各百キロ。精米する場合は、以前作った執事魔法『執事ミキサー』を使えば簡単に精米ができる。もちろん精米の度合いも微調整可能だ。
「いやいや、気にしないでおくれ。それにしても子供が食べるものに苦労しているなんて悲しくなるねぇ」
遠い目をしながらしみじみと語るディーナさん。
そんな彼女のことを侯爵様御夫妻はご存知だった。直接会ったことはないそうだが、四大精霊ともなると大神官様同様、魔族の中でも一目置かれた存在らしい。侯爵様御夫妻もディーナさんに対し、尊敬の念を抱いておられるようだ。
そのディーナさんを尊敬しているのは魔族や精霊魔法を教わっているエルフ族だけではない。ほかの種族からも尊敬されているらしく、その逸話も数々残っているそうだ。例えば、人族に迫害されていた獣族を安住の地に導いたとか、龍族に大人気でアイドル並だとか、海洋族から神様扱いされているとか、多岐にわたる。
「話はわかった。米ができるまで可能なかぎり手助けしよう」
「ディーナ様。ありがとうございます」と侯爵様が礼をいう。
「では、しばらくやっかいになるよ。それじゃ、わらわはほかの精霊のところに行ってくる。ティリアちゃんともお話ししたいしね。では、またあとで」
ディーナさんは、「よっこいしょ」といいながらイスから飛び降り、執務室を出ていった。
部屋に残されたのは侯爵様御夫妻とセイバスさん、それに僕だ。ヨヨさんは難しい話はパスということでお嬢様と一緒にいるはずだ。
「ディーナ様の力添えが得られたことは大きいな」
「そうね~。大神官様にもお礼をいわなきゃ」
侯爵様とディーナさんの顔つなぎも無事に終わった。おかげで彼女の協力を得ることができた。残念だったのは新しい食材の情報を持っていなかったことだろう。「実物を見ないと思い出せないねぇ」といっていたが、欲しいのはその実物である。何か思い出したら教えて欲しいとだけ伝えたが、米以外あまり期待できそうもない。
「ところで侯爵様。街のすぐ近くに虫型の魔物が出た件ですが――」
「警備は増やしてあるが、今は警戒するよう領民に伝達するくらいだな。また先週から副隊長のプレスコットをモフォグ大森林近辺に派遣している。今のところ原因がわかるような報告はないな」
先週といえばシュリーカー族が住む森にキノコムシが出てからすぐだろう。さすがは侯爵様。すでに手をうっておられたようだ。
それにプレスさんがちょくちょくモフォグ大森林から魔物を捕まえてくる理由がわかった。調査ついでに魔物を捕らえてくるのだろう。しかも生け捕りで。
熱意はわかるが欲しいのは食べられる食材なのだ。決して食べられるかどうか実験するための試食サンプルではない。そもそも魔物をお嬢様に食べさせてどうするんだろうか。プレスさんにも困ったものだ。
「ところでアルク。これを渡しておこう」
侯爵様から渡されたのは、厚さは五センチほどもあるつやのない黒い革表紙の本だ。魔法で保護されているようだがずいぶんと古いものにみえる。
「侯爵様。これは?」
「以前、王室管理局に閲覧を頼んでいた『ロシュロス陛下の手記』だ。今日、アルティコ伯爵に『妖精の奇跡』を届けた帰り、王都の屋敷に寄ったのだ。そこに王室管理局の者が来てな。ようやく貸し出しが許された」
「さっそく拝見してもよろしいですか」
「ああ。我々は料理や食材について疎い。アルクに任せる」
僕はうなずきつつ、恐る恐るページを開く。
そして書いてある文字を目で追った。そこには神経質そうな文字が書かれていた。ページをめくりながらその内容を読んでいく。
「ん? これは……魔王様が食べた料理と日記?」
「ほほう」期待を込めた一言が侯爵様からもれる。
魔王様の手記に書かれていたのは、その日に食べたと思われる料理のメニューとちょっとした日記だった。それも比較的若いころの手記のようで、ちょうどロシュロス様が魔王となった時期と重なっている。
だが、これはただの手記ではなかった。
この手記は魔族にとって、とても大きな意味を持つものだ。なぜかというと魔族は食事に関心がない。
しかし、ロシュロス魔王様はその日に食べた料理をわざわざ手記に残していた。ということは少なからず食事に対し、何らかの関心があったということだ。
食事にまったく関心のない魔族。
その頂点に立つ魔王様が食事に関心を持っていた。
これは驚くべき事実である。
「なぜメニューと日記が禁書なんかに……」
「書いてある内容が魔王国にとって国益を損なうもの、と判断された可能性があるな」と腕を組みながら侯爵様がおっしゃった。
セイバスさんも侯爵様の言葉にうなずいた。
「ほかには魔王様の威厳を損ねるものとされた、でしょうか」
「どういうことなんです?」
「真相はわかりませんが、魔王様に神秘性を持たせるため、王室管理局ではよくあることです」
「魔王国として、魔王として不要だと判断されたということですか?」
「そうだ、アルク。セイバスのいうとおり、王家ではよくあることだ。魔王様の威光を保つためにもな」
それにしても手記一つにずいぶん厳重なことだ。
確かに王族のマイナス部分をもみ消すことはどこの世界でも時代でもあるだろう。侯爵様がおっしゃったように王の威光を保つため、あり得ない作り話をばらまくことだってあるはずだ。前世でもどこかの国の指導者がありもしない武勇伝……げふんげふん。
「我々もティリアのことがなければ食事や料理に関心を持つことは永久になかっただろう。そんな環境下で魔王様が『食事ごとき』に固執していると知れば周りはどう思うか。魔王をよく知る側近らはともかく、魔王様の実力を訝しむ者も出たに違いない。魔王様はくだらないものにご執心だ、とな」
セイバスさんと侯爵様の二人がやれやれといった口調で肩をすくめた。
一国を治める魔王様が魔族の誰一人として関心を持たないことにご執心ともなれば、王威失墜となりかねない。特に実力主義の国である魔王国では許されなかったのだろう。魔王の立場も楽ではないようだ。
「それにしてもこの内容は――」
手記を読み進めたが、毎日の料理は一定のサイクルで繰り返されていた。およそ十日で初日と同じメニューに戻る。思わず、「日替わり定食か!」とツッコミそうになるほどだ。
途中、「担当変更」という文字を見つけた。内容を確認すると、どうやら料理長が変わったらしい。変更はたびたびあり、その都度メニューが一新されていた。しかし、どの料理人も一定の期間が経つと最初のメニューに戻るのだ。恐らく料理の種類そのものがないのだろう。何事も関心がなければ発展しない。料理に関心のない魔族に創意工夫を求めるのは無理なのだ。
また魔王様の書いた手記には、料理名はおろか使われた食材が一切書かれていなかった。すべて抽象的な表現と色で書かれている。
例えば、「かみごたえのある美しい緑色の植物のサラダ。鮮やかな青いスープ。焼くと黄金に輝く肉のステーキ。パリッとした黒い何か。切った赤い実」などだ。「また同じだ」という殴り書きが涙を誘う。
まるで白の賢者様に出会う前の自分を見ているようだ。
しかし……黒い何かって何だ?
だが、その抽象的な料理たちもある日を境に一変する。
その日の夕食のメニューにはこう書かれていた。
プランタリのサラダ。
ワイバーンの煮込みスープ。
カトブレパスのステーキ。
デザートの焼きリンゴ。
突如として現れた食材の名前たち。どこかで聞いたことのあるモンスターっぽい名前ばかりだが、大きな変化だった。
カトブレパスといえば眼を直視すると即死するといわれているウシっぽい魔物だ。
プランタリは動く食肉植物で、以前、プレスさんが捕まえてきた巨大なハエトリ草と同じ仲間。葉が筒状になる食虫植物サラセニアにそっくりな魔物である。
さらにその日のページには珍しくロシュロス魔王の感想が添えてあった。
”不思議な感覚が自分を支配した。面白い。実に面白い感覚だ。確か『あいつ』はこの感覚を味覚といっていた。しかも力がみなぎる気がする。理由はまだ不明だが、私の考えは間違っていなかったのだ。”
「味覚!?」
その文字を見つけた僕は侯爵様たちに書いてあるページをお見せした。
「ロシュロス魔王は味覚があったのか! いや、途中で味覚を得たというべきか」
「アルクちゃん。ほかには何か書いてないの~?」
のぞき込むように手記を読んだ侯爵様たちは一様に驚いた表情を浮かべていた。興奮した様子の侯爵はイスから立ち上がり、自分の考えにふけっておられるようだ。また、奥様はいつもより少しだけ早口となり、僕に続きを促した。
セイバスさんは昔を思い出すように目を閉じたままだった。
奥様に言われたとおり、手記を読み進めていくといくつかわかったことがある。侯爵様たちへの説明がてら、まずは魔王様と『あいつ』と呼ばれている魔族の関係についてまとめてみた。
※ ※ ※
魔王様は味覚がないころから日々の食事に興味を持っていたようだ。魔族の源となるのは魔力である。その魔力あふれる魔王国において、食事は補助にすぎなかった。だが、この食事の内容を改善することにより強くなれると魔王様は考えていた。
そんな食事について研究するうち、ある魔族に出会う。名前はなく種族も不明だが、魔王様は『あいつ』と手記に書いている。
『あいつ』と知り合ってからしばらく経ったある日のこと。
魔王様は『あいつ』に食事の研究について話したらしい。すると『あいつ』は驚いた顔をし、なぜかうれしそうな顔をしたそうだ。
食事に興味を持たない魔族。魔王様の考え方が変わっているのだ。その魔族である『あいつ』がなぜ食事の研究に興味を持ったのか。話をした当時、魔王様もわからなかったようだ。
そのあとすぐ『あいつ』は理由を告げることなく旅に出ている。魔王の研究の手伝いをするといった直後にだ。このときの魔王様はかなり困惑したようだ。協力するといっておきながら旅に出た『あいつ』のことがよくわからんとそのときの気持ちを書いている。
その後、どれほどの時間が経ったのかわからない。
だが、しばらくして魔王様のもとに『あいつ』が戻ってきた。どこで手に入れたのか見たこともない薬を持ってきたとの記述がある。そして魔王様に飲むよう勧めている。
怪しい薬ではないという『あいつ』。飲むのが怖いならやめてもいいと挑発する『あいつ』。『あいつ』が旅に出ている間、離れていた二人だが、いつの間にか互いを信頼し合う仲になっていたのだろう。『あいつ』の挑発に魔王様はその薬を一気に飲んだらしい。
その次のページにこう書かれていた。
『ひどい目にあった』と。
文字はかすれ気味で文字が震えていることからよほどのことがあったのだろうと推測する。具体的に何があったかは書いてない。
『不思議な感覚が自分を支配した。面白い。実に面白い感覚だ。確かあいつはこの感覚を味覚といっていた。しかも力がみなぎる気がする。理由はまだ不明だが、私の考えは間違っていなかったのだ(原文ママ)』
どうやら魔王様はこの日から味覚を取り戻しているようだ。
そして『あいつ』自身も味覚を持っていることがわかった。この事実は『あいつ』自ら魔王様に告白している。だが、魔王様はその告白にも驚くことはなかった。魔王自身なんとなく気がついていたらしい。魔王と一緒に食事をするとき、『あいつ』はほとんど食事を口にしなかったと書かれている。また、このページには『今ならわかる。城の食事はまずい』とも書いてあった。
このとき、魔王様は『あいつ』から自分は毒に対して抵抗がないという話も聞いているようだ。
城の食事に使われているのは毒のある食材がほとんどで、『あいつ』はすべての毒に弱く、城の食事を食べることができなかった。決してまずいからという理由だけではなかったのだ、という記述がある。
なぜ毒に弱いと自らの弱点を教えたのか。
その理由について魔王様はわからなかったようだ。
それ以降、魔王の食事は『あいつ』が作ることになったらしい。肉を切るのがうまかった料理長は騎士に任命したと記述あり。
『あいつ』が料理を作ることになってから、魔王様の魔力はさらに膨大となり、さらに力を増していったようだ。どうやら■■■■■■■■■■■■■■■■ようだ。(一部が黒く塗りつぶされている)
どうやら魔王様以外、『あいつ』の存在を知るものは少なかったみたいだ。側近中の側近のみに紹介している様子が書かれている。その存在は秘匿されていたらしく、表向きは外交官ということになっており、普段は魔王国にいないことになっている。実際、交渉事に長けていたようだ。
その後、魔王様はこの味覚をほかの魔族にも広めようと考え、『あいつ』に相談している。だが、魔王様が飲んだ薬が最後だったようだ。ただし、作り方は知っているので作ることは可能だと『あいつ』はいったらしい。
材料は全部で五種類。本来であればそれらを龍族の秘術でひとつにするそうだが、別々に飲んでもかまわないらしい。ただ、材料の分『ひどい目に合う』だけだと『あいつ』は大笑いしていたと書いてある。
材料のひとつ『妖精の奇跡』はすでに手に入れた。『あいつ』が妖精界に帰った妖精と接触できる方法を知っていたおかげだ。
残る材料はエルフ、獣族、海洋族、人族しか作れないものらしい。しかも『あいつ』自身が自ら赴き、材料を譲ってもらうよう交渉するという。今もなお種族間戦争の火種は残っている。そんななか『あいつ』をほかの種族のもとへ送り込んでいいものか。
魔王様は自身のわがままのために『あいつ』を危険な土地へ送り込んでいいのか悩んでいた。だが、『あいつ』は味のわかる魔族が増えることはうれしいといって譲らなかったそうだ。
※ ※ ※
「こうして『あいつ』さんは、薬の材料を集める旅に出ます。交渉は順調に進み、エルフ、獣族、海洋族から薬の材料を入手していったようですね。そして……最後の材料を手に入れるため人族の国に行き――死亡。魔王様はその年、人族の国に攻め込んでいるようです」
「おいおい。まさかロシュロス陛下が人族の国に攻め入った理由は――」
「旦那様。それは早計かと」
「だが、魔王様の信頼が厚い『あいつ』は人族の国で死んでいる。あまりにもタイミングが良すぎではないか」
「最後のページにこう書かれています」
『美しくつややかな黒髪、惹き込まれる赤い目のあいつが笑うことはない。ともに食事をし、美味しいといってくれる声を聞くことができない――もう私の隣にはいないのだ』
「魔王様と知り合ってから、どのような立場であったかは記述がありません。ですがこの一文をみるかぎり――」
「ん~。ずいぶんと特別な感じがするわね~。少し艶っぽい言い回しが気になるわ~。もしかして『あいつ』さんって魔王様の想い人だったのかしら~」
お嬢様のように目を輝かせ、少しウキウキした表情をする奥様が僕の言葉をつないだ。大神官様の本にも性別に関しては書かれていなかったが、確かに『あいつ』さんが女性であっても不思議ではない。
「性別に関しては書かれていないようですね。それにどのような関係であったのかも書かれてないようです」
「気になるわ~」
奥様の目が週刊誌に載った有名人のゴシップ記事を読んでいるマダムな目をしている。魔族の女性もこういう話がお好きなようだ。
そして手記はこれ以降、書かれていなかった。
味覚を取り戻せる薬についてまとめるとこうだ。
魔族が味覚を取り戻すための薬を作るには、妖精族、エルフ、獣族、海洋族、人族が持っている材料が必要。その材料はそれぞれの種族しか作れない。そのひとつが『妖精の奇跡』だ。『妖精の奇跡』を飲めば魔族でも甘みを理解できるようになることが証明された。
手に入れていない材料は残り四種類。エルフ、獣族、海洋族、人族が持っているはずだ。また、材料をひとつに調合するのは龍族の秘術が必要だが、材料を別々に飲んでも問題ないとのこと、だ。
「あと食材に関して気になる記述がありました」
※ ※ ※
『あいつ』は故郷からタマネギ、トマト、キャベツという名の食材を持ってきた。なんでもタマネギは獣族、トマトは龍族、キャベツは人族と『あいつ』がそれぞれの国で見つけてきたものらしい。それらを持ち帰り、今では故郷で栽培しているそうだ。
『あいつ』の作ったロールキャベツのなんとうまいことか。タマネギの甘味、ソースに使ったトマトの酸味、肉を包むキャベツの歯ごたえ。
このロールキャベツはもうひとつの故郷の食べ物だといっていた。なんでも香辛料の『コショウ』と『ナツメグ』をいれるともっと美味しくなるらしい。残念ながら見つからなかったと『あいつ』は悔しがっていた。もうひとつの故郷については懐かしそうな顔を浮かべるだけで何を聞いても教えてもらえなかった。
一ヶ月間、毎日連続でロールキャベツを頼み続けたらさすがに怒られた。代わりに魚の塩焼きとやらが出てきた。これもまたうまい。今度、自分で魚を捕まえてこよう。これくらいなら味のわからない料理長でも作れるはずだ。
※ ※ ※
これに加え、ひと目でロールキャベツとわかる絵が書かれていた。意外と魔王様は絵がうまかったようだ。一ヶ月も食べ続けていたんだから描けても不思議ではないか。
「どうやら『あいつ』さんの故郷にはタマネギ、トマト、キャベツという食材があるようです。トマトとコショウ、ナツメグはすでに手に入れてますね。タマネギとキャベツは毒のない食材として幅広く使える食材ですが、こちらはまだ見つけてません」
「だとすると『あいつ』という魔族の故郷が気になるな」
「はい。ただ残念ながら場所は書かれていないようです」
「ロールキャベツって何かしら~?」
「ロールキャベツというのは料理の名前なんです。ひき肉に細かく刻んだ野菜をまぜたものを、湯通ししたキャベツの葉に包み、煮込んだ料理のことをいいます」
「アルクちゃんは作れるのかしら~?」
「前世にも同じ名前の料理がありました。材料さえあればお作りできますよ」
「ふふ。いつか食べてみたいわね~」
奥様が気にされたロールキャベツだが、僕はほかに気になることがあった。
”ロールキャベツはもうひとつの故郷の食べ物だそうだ。なんでも香辛料の『コショウ』と『ナツメグ』をいれるともっと美味しくなるらしい。”
(気になったのは『もうひとつの故郷』という言葉。この故郷とはどこのことだ? それに見つけていないはずの『コショウ』と『ナツメグ』をなぜ知っているのだろう。しかも、入れるともっと美味しくなる、か。もしかして『あいつ』さんって……)
それにタマネギやキャベツを育てているのなら、ほかにも毒のない食材がある可能性が高い。お嬢様のためにも『あいつ』さんの故郷に行く必要がありそうだ。
まずは『あいつ』さんの故郷を見つけるところからだ。
心当たりを考えて真っ先に浮かんだのは大神官様だ。
だが、大神官様は『あいつ』さんの故郷を知らないだろう。もし知っているとすればヒミカさんのためにも一度は行ってるはずだ。それならもっとフォメット族に関する調査が進んでいても不思議ではない。一応聞いてみる予定だが望みは薄い。
そうなると一から探すことになる。その場合、侯爵様のお力が必要だ。故郷とやらの場所がほかの貴族が治める領地かもしれない。広い魔王国内で特定の魔族を探すのであれば幅広い人脈を持つ侯爵様と奥様に協力していただくのが早い。
それに侯爵様は使用人たちの魔種族を把握しておいでのようだった。確かに魔族は自分の魔種族を公言することはほとんどない。だが、領地を治めている貴族であれば、自分の部下や領地に住む種族くらい把握していても不思議ではない。
またセイバスさんは『あいつ』さんと同じくロシュロス魔王様の部下だった。魔種族の名を聞けば何か心当たりがあるかもしれない。
ただ、大きな問題があった。
よく考えてから僕は深く息を吸う。
……よし。僕は決心した。
まずは自分の魔種族をお話ししよう。
僕の弱点が毒であることは使用人の全員が知っている。いまさら種族を隠したところで意味はない。
いつかは話すつもりだった。それ以上に僕と『あいつ』さんの種族名はあきらかにしておかないとまずいことになる。黙っているわけにはいかないのだ。
もしかすると魔種族を明かしたことで追い出され、お嬢様にお仕えできなくなるかもしれない。それでもだ。
目を閉じて大神官様の書いた本の内容を思い出す。
(黒髪、赤い目、味覚を持ち、毒に弱い……か。それに大神官様の本に書かれていたロシュロス魔王に仕える外交官。なにより魔族を操る能力を持つ魔種族)
僕は深く吸った息をゆっくりと吐き出した。
「僕は皆さんに謝らないといけません」
「謝る? 何をだ?」
「『あいつ』さんは僕と同じ種族である可能性が高い、いえ、間違いなく同じ種族です。そして僕は自分の魔種族を知っています」
「まて。なぜ捨て子だったアルクが自分の種族を……ああ、そうか。邪神様か。だから謝るといったのか」
「はい。申し訳ございません。知っていながら黙っておりました」
「かまわない。アルクも知ってのとおり、魔族は自分の魔種族をいう必要はない。必要となれば私が直接聞くし、いざとなればどんな手を使っても調べる」
侯爵様は必要ないと僕にいった。
だがそれではダメなのだ。
「いえ。ぜひ知っていただきたいのです」
「なぜ今なのだ?」
「毒のない食材を集めるためです。手記に書いてあったように『あいつ』さんは僕と同じで毒に弱い。恐らく故郷には、ほかにも毒のない食材があることでしょう。なにより『あいつ』さんの故郷を探すには侯爵様のお力が必要です」
「ふむ。確かに毒のない食材がある可能性は高いな。手を貸すのも当然だ。だが、アルクの種族とは関係なかろう」
「関係あります。もしその場所に僕と『あいつ』さんと同じ魔種族が住んでいるのであれば――その能力は危険すぎるのです!」
危険という言葉に侯爵様の目が鋭くなった。少しばかり警戒のこもった目が僕に突き刺さる。「僕は危険です」と自ら話しているのだから当然の反応だ。
しばし無言のまま時がすぎていく。
「ふふ。アルクちゃんは心配症ね~。大丈夫よ~」
奥様の優しい声が執務室の張り詰めた空気をほぐしていった。
「……わかった。アルクの魔種族を聞こう」
僕は覚悟を決めて、自分の魔種族を口にする。
「――僕はフォメット族です。特徴から考えて僕と『あいつ』さんはフォメット族に間違いありません」
「フォメット族だと!」
ロシュロス魔王様から『あいつ』と呼ばれた魔族は僕と同じフォメット族だ。大神官様の本に書いてあった身体的特徴や魔王様から外交官として任命されていたこと。そして味覚を持っていること。なにより決定的なのは魔族なのに毒に弱いことが一致している。
呆然とされる侯爵様はごくりとのどを鳴らしたあと、イスに座ったままの姿勢で身動きひとつされなかった。僕は緊張したまま侯爵様の言葉を待つ。しばらくして侯爵様は何かを考えるように宙に視線を泳がせたあと、真剣な顔つきでおっしゃられた。
「――聞いたことがないな」
「私もないわね~。どんな魔種族なのかしら~」
侯爵様と奥様がそろって首をひねる。
あっれぇ~?
自分の中から緊張という言葉が一気に抜けていく音がした。
音にすると、「ぱふ~」である。「パフ~」ではない。
「セイバスは知っているか?」
「恥ずかしながら存じませんな」
「アルクの話では、『あいつ』とやらもフォメット族らしい。『美しくつややかな黒髪、惹き込まれる赤い目』だったそうだが、ロシュロス魔王の配下にそういった魔族がいた覚えはあるか?」
「いえ。あいにくとそのような方と会ったこともなければ、いたという話すら聞いたことがございません」
あっれぇぇ~~?
『あいつ』さんの故郷を探す手がかりが崩れていく。少なくてもセイバスさんルートは崩壊したようだ。
「アルクよ。フォメット族の何が危険なのだ?」
「えーと。その~。魔族を操るといわれていた魔種族がいますよね。それがフォメット族なんですけど」
「まあ!」
「魔族を操る能力を持つ魔種族がフォメット族だと? そしてアルクがそのフォメット族……だと」
「アルクくんが……ですか?」
僕以外の皆が驚いていた。
しかし、その反応は僕がフォメット族だったから、というわけではなさそうだ。どちらかというと、魔族を操る能力を持つのがフォメット族、であることに驚かれていた。
(あっ! そうか!)
僕自身、魔族を操る能力を持つ魔種族がフォメット族だと知ったのは大神官様の本のおかげだ。
それ以前、操る能力のことは知られていたが魔種族名は一切伝わっていなかった。これは以前、僕自身がヨヨさんに話したことだ。
それにしても皆の反応をみるかぎり、フォメット族という魔種族はまったくといっていいほど知られてないようだ。
考えてみれば大神官様もフォメット族の情報を集めるのに苦労していた。大神官様ですら、「魔族を操る能力を持っているのがフォメット族である」ことを知ったのは、直接魔王様から聞き出したからだ。これは大神官様の本に書かれていたとおり、『フォメット族に関しては歴代魔王と王室管理局が情報を握っている』ことを証明している。逆にいえばほかの魔族には情報が流れていないということも考えられる。
実際、大神官様の本を読んだときもあまりの情報のなさにフォメット族の存在そのものを隠しているように感じたものだ。
要するにフォメット族というのは情報が極端に少ない種族であり、一部以外知られていないツチノコレベルの種族ということだ。いや、ツチノコは名前が知られているからツチノコ以下である。
「『あいつ』の故郷だからこそ、ほかにもフォメット族がいる可能性があると……」
「さようでございます」僕は神妙な面持ちで頭を下げた。
「なるほど。友好的な種族ならともかく、ヘタに探しだすことによって侯爵家に敵対、もしくは誰かが操られてしまうことを危惧しているのですね?」
僕が危惧している問題とはセイバスさんのおっしゃるとおりだった。相手は魔族を操る魔種族フォメット族。どんな種族なのかわからない。友好的か、敵対的か、温厚なのか、冷酷なのか、協調的か、排他的か、何もわからないのだ。
用心に越したことはない。
「僕がいうのもなんですが大変危険な種族だと思います。成人しないと操る能力は得られないそうですが、よくわかっていない種族なので油断は禁物かと」
「成人しないと能力が得られない?」
「それだけではありません。成人してもフォメット族全員が能力を得られるわけではないそうです」
「ん? 『ないそうです』? 能力のことも邪神様に聞いたのか」
「いえ、大神官様から教えていただきました」
フォメット族のことが書いてある彼女の著書は見せられない。愚痴とクーデター的なことが書かれているのだから見せられるわけがない。本はブラックドラゴンの貴重品入れに封印中だ。
「なるほど。大神官様は長きにわたり魔王国を支えてきたお方。いつも我々魔族のことを考えてくださっている。彼女なら知っていても不思議ではないな」
侯爵様は納得した表情でうなずかれた。
その顔には水の精霊ディーナさんに向けておられたのと同様、尊敬の念が見て取れる。
経緯はともかく結果として大神官様がフォメット族に詳しいことは間違いない。ただ彼女がフォメット族のことを調べたのはヒミカさんを守るためだ。ぶっちゃけ個人的な理由であった。
ちなみに僕と同じフォメット族のヒミカさんのことは黙っておく。そもそも僕の口からいうことではない。なによりヒミカさんの魔種族を漏らしたら、この世界とお別れすることになりかねない。
『雉も鳴かずば撃たれまい』という言葉がある。実際、鳥なのはフェニックスである大神官様のほうだが、あの鳥はすべてを灰と化す炎を口から撃ってくるに違いない。彼女を前に決して鳴いてはならないのだ。おー、怖い怖い。
「念のため、お聞きますがアルクくんは――まだその能力を得てませんよね?」
セイバスさんの目がきらりと光った。
その口調はいつもと違い、詰問調だ。
確かに警戒されても仕方のない話だ。セイバスさんは執事として侯爵家を守る立場である。相手を操る洗脳装置のような僕を侯爵様御一家のそばに置いておくわけにはいかないのだろう。
当然、こうなることは覚悟していた。
魔族を操る能力を僕が持ってしまったらどうなるか。種族どころか能力の詳細すらわかっていないのだ。何かする気はなくても意図せず、お嬢様や侯爵様御夫妻、使用人の皆を操ってしまう可能性だってある。
完全なコントロールができたとしても危険な能力には変わりないのだ。
「今の僕は能力を持っていないはずです。使い方もわかりませんから。ですが、今後はどうなるのかわかりません」
「ふむ。しかしこれは由々しき事態ですな」
セイバスさんは手をあごに当てながら首をかしげている。
これからどんな判断がくだされるのだろうか。もし侯爵家を追い出されるようなことがあっても、お嬢様の食材を探す手伝いだけはさせてもらいたい。だが、こればかりは僕が判断できることではない。
緊張しながら侯爵様に顔を向けると、侯爵様は呆れた顔でセイバスさんを睨んでいた。
「まあまて。セイバス。おまえ知ってていってるだろ」
「ほんと~。いじわるよね~」
「執事ジョークでございます」
(はい? 執事ジョーク!?)
侯爵様と奥様は口元を引きつらせている。
二人から指摘されたセイバスさんは、悪い顔で笑っている。
「アルク。安心しろ。操られている者は手の甲に星型のアザが現れるからすぐにわかる。それにだな。魔族を操る能力は決して万能ではないのだ。特にアルクの場合は問題ない」
「そうよ~。アルクちゃんなら大丈夫~」
「まあ、さようでございますね」
「???」
侯爵様と奥様の声にセイバスさんは、ふぅと息を吐き、柔和な笑みに変わった。なんだか妙に和んだ雰囲気が執務室にただよう。
(能力が万能ではない? しかも僕なら問題ない?)
普通、相手を操る能力があればなんでもやりたい放題だ。これほど恐ろしい能力はないと思う。確かに操られている者を見破る方法は伝わっている。だが、操られないための対処法ではないのだ。正直、大丈夫とは思えない。
自分の頭の上に『?』マークを盛大に打ち上げていると、侯爵様が、「くっくっく」と笑みを漏らした。
「アルクよ。魔種族の中に魔族を操る能力を持つ種族がいることは、多くの魔族が知っていることだ。だが、フォメット族の名前はもちろん、その能力を持っていたのがフォメット族であることは我々も今、初めて知ったことだ」
侯爵様は一息ついたあと、少し真剣な顔になっておっしゃられた。
「だが、伯爵以上、特に領地を持つ貴族には魔王様直々にその能力の特徴が伝えられている」
「え?」
能力の特徴が伝えられている!?
しかも伯爵以上、特に領地を持つ貴族に対し、魔王様直々に伝えられるとおっしゃった。どういうことなのだろうか。さっぱり意味がわからない。ますます困惑する僕に侯爵様は魔王様から聞いた能力の特徴について教えてくださった。
それは実にあっさりとしたものだった。
「――え!? 心を許した者には効かないんですか?」
「そうだ。魔王様から聞いた話だから間違いない。だからアルクが成人して能力が使えるようになっても問題ない。それに効果がないのは家族や友人、恋人だけじゃないぞ。近所に住む仲のいい隣人にすら効かないという話もある」
「敵対した者を操れるのは確実らしいわ~」
「噂では魔族以外も操れるみたいですな」
「同時に操れる数も多くないそうだ。それに相手次第では抵抗されることもあったようだ。残念だな、アルク。ハーレムはできないぞ」
侯爵様がニヤリと蠱惑的な笑みを浮かべる。
「あ~な~た~?」
敵対している者にしか効かない? 魔族以外も操れる?
知らなかったことの連続に僕の頭から打ち上がる『?』マークは一向に減ることがない。考えに没頭しているなか、「子供に何をいってるの!」という奥様の声がかすかに耳へと入ってくる。
「アルクよ」
顔をあげると侯爵様が机に両ひじをつきながら真剣な顔をしていた。
奥様につねられ、赤くなったほほが痛々しい。
「まあそういうわけだ。我々、一部の貴族に話が伝えられるのは魔王様からの教訓という意味もあるのだろう。領民に恨まれるような統治をするな、とな」
「魔王様の真剣な表情が印象的だったわね~」
「魔族を操る魔種族は間違いなく実在すると伝えたかったのでしょう。現に今、我々の目の前に立っております」
セイバスさんが僕を見て優しく微笑んだ。
「統治する我々への教訓としてこんな話がある」
侯爵様が語られた内容の一例はこうだ。
ロシュロス魔王によって魔王国が統治されていた初期の話だ。悪政のかぎりを尽くしていた侯爵が、突然、己の悪行を魔王様に告白したらしい。それもなかなか証拠をつかませない用心深い貴族だったそうで、ペラペラと話す態度と性格の変貌ぶりに、「誰だ? お前?」状態だったという。その変貌ぶりは操られていたとしか思えなかったそうだ。
侯爵様はほかにもいくつかの事例を話された。
悪い貴族にさらわれた娘を助け出したとか、悪徳商人に狙われた店を守ったとか、街を荒らす盗賊を退治したとかである。
魔王様直々に語られるフォメット族の能力。伯爵以上の貴族にだけ伝わる話。その事例はどれも悪いイメージではなかった。むしろフォメット族が影から魔王様を支えている。そんな位置づけとなって語られる話ばかりだ。印籠こそないものの、「カーッカッカッカ」という笑い声が聞こえてきそうだ。
「大丈夫だ、アルク。フォメット族の故郷を見つけたとしても敵対的な行動をしなければ問題ない」
「いやいやいや。魔族を操ることのできるフォメット族ですよ? 友好的なフリして操ってくるかもしれません。もしかしたら魔王様がおっしゃったのは別の魔種族のことかもしれませんよ」
「それはない」
きっぱりと断言される侯爵様。
「歴史上、魔族を操る能力なんて一種族しか聞いたことがない。間違いなくフォメット族のことだ」
「しかし、向こうが敵対的だったらどうするのですか!」
「アルクよ。そんな危険な種族を魔王様が放置しているわけないだろ」
「そ、そうかもしれませんけど」
「そうよ~。それにアルクちゃんの故郷かもしれないのよ~。生みの親御さんのこともわかるかもしれないわ~」
「え?」
奥様の言葉に思わず固まってしまった。
僕の故郷? 両親? この世界の?
いわれてみれば僕の故郷である可能性もあるのか。
だけど……。
「……前世の記憶のせいでしょうか。正直、親とか故郷とかいわれても特別な感情はまったくございません」
「あら~。そうなの~」
「それでいいのか? アルク」
「はい。親とか故郷とかはどうでもいいんです。それより問題なのは僕自身です」
「アルク自身?」
「先ほどのお話ししたように能力のせいで侯爵家やお嬢様に何かあるといけません。今はともかく成人したらどうなることか」
「大丈夫だといっただろうが。それともなにか? 成人して能力が開眼したら我々に何かするつもりなのか?」
侯爵様がいたずらっ子のような顔をしている。
「しません! するはずがございません!」
「では、追い出してほしいのか? 今、言ったように他者を操る能力は親しい者には通用しないんだぞ」
「そうよ~。アルクちゃんがフォメット族だとしても何も変わらないわ~」
「第一だな。実の親や故郷よりも我々のことを先んじて心配しているのはアルク、お前自身だぞ? そんな忠義厚いフォメット族が我々を操れるわけなかろう」
「まったくですな」
そのあまりにもあっさりとした答えに呆然としてしまった。
三人は優しい目で微笑み、僕を見ている。
「そんなわけでこれからもティリアのことを頼んだぞ」
「……え?」
「アルクくん、旦那様に返事は?」
「あっ、は、はい! おまかせください。何があろうともお嬢様をお守りいたします!」
「たのんだわよ~」
改めて侯爵様たちにお約束する。僕の言葉に侯爵様夫妻は笑顔で答え、セイバスさんは、うんうんとうれしそうにうなずいておられた。
だが話はこれだけではない。
「侯爵様。もうひとつお話しすることがあります」
「なんだ? まだあるのか?」
今から話すのは『あいつ』さんのことで気になっていたことだ。
手記を読んで『あいつ』さんの故郷を探そうと思ったもうひとつの理由でもある。
「サラダやスープなどの総称は昔から魔王国にもありました」
ふむ、と侯爵様がうなずかれた。
「僕が気になっているのはロールキャベツという料理です。魔王様の描いた絵を見るかぎり、前世の記憶を持つ僕が知っている料理とまったく同じものなんです。なぜ『あいつ』さんは僕が知っているロールキャベツという固有の料理名を知っていたのでしょうか」
「……なにがいいたい?」
「ほかにもあります。キャベツなどの食材は見つけた国で名前を聞いたかもしれません。おかしいのは『あいつ』さんが発見できなかった『コショウ』と『ナツメグ』の記述です。確かにこれらの香辛料をいれることでロールキャベツはより美味しく作れます。では、なぜ『あいつ』さんは、発見すらしていないこれらの香辛料の名前を知り、入れると美味しくなるとわかっていたのでしょうか」
「おい、アルク。それはもしかして――」
そうなのだ。
ロールキャベツはタマネギ、キャベツ、トマト、ひき肉が主な材料。タマネギとトマトがなくても作れるが、手記には使用したことが書かれている。
ひき肉を除く食材は『あいつ』さんがあちこちの国で見つけてきたものだ。ということは、それぞれ一種類の食材しかなく、材料がそろっていなかった獣族、龍族、人族の国には僕の知るロールキャベツは存在していないはずだ。
万が一、ロールキャベツがどこかの国に存在していたり、名前が同じだけの違う料理だったりしてもおかしな話だった。見つけていない『コショウ』、『ナツメグ』を知っており、ロールキャベツに入れようとしているからだ。
ましてや美味しくなるなどと、『ロールキャベツを最初から知っていて以前に食べた記憶がなければ』わかるはずがない。
「『あいつ』さんは僕と同じ前世の記憶を持つ転生者だった可能性があります」
「なんと!」
「あら~。アルクちゃんと同じかもしれないのね~」
「恐らく『もうひとつの故郷』という記述も前世の世界のことでしょう。それに『あいつ』さんが僕と同じ転生者で、その知恵や知識を故郷に残しているのであれば、それは食材探しなどに役立つかもしれません」
侯爵様は大きくうなずいた。
『あいつ』さんはすでに亡くなっているが、その知識が故郷に残っている可能性は高い。もし毒のない食材に詳しい者がいれば、僕一人で食材を探すより、はるかに効率がよくなるだろう。
「それにフォメット族がそこに住んでいるのなら、フォメット族独自の知恵や知識も得ることができるはずです」
「なるほど。毒に弱いフォメット族のことです。毒のない食材だけでなく食べ方や料理の知識を持っているかもしれない。そういいたいのですね?」
「おっしゃるとおりです。僕にはフォメット族に伝わっているはずの知恵や知識がありませんから。僕では思いつかないようなものがあるかもしれません」
魔族のことはセイバスさんたちにある程度は教わった。だが、魔族に生まれてから十年しか経っておらず、魔族としての知識はまだ少ない。当然、フォメット族としての知恵や知識は皆無だ。使えるかどうかは別として毒に弱い魔族なら毒に弱い魔族らしい知恵や料理があるかもしれないのだ。
「もし『あいつ』さんの故郷を見つけたら、交渉はぜひ僕にお任せください。お嬢様のためにも必ずや友好関係を結んでまいります」
僕は笑顔で侯爵様にお願いするのだった。




