第百四話 ハーブと精霊
「ごめんなさいなの!」
「申し訳ありませんでした!!」
「お、おう? う、うむ?」
侯爵家に戻ったあと、食堂にて侯爵様御夫妻に事情を説明し終わった僕たちは声をそろえて謝罪した。
ハーブ園で狂化していたクレベリを元に戻そうとしたこと。その際、結果的にケガはなかったとはいえ、お嬢様を危険にさらしたこと。そういったもろもろの事情を報告したのだ。
ただし、一時的にとはいえ、僕に角が生えたことに関しては報告していない。
僕たちの前には、侯爵様を始め、奥様、それにセイバスさんが立っておられた。侯爵様はあからさまに困った顔をしており、奥様は相変わらず柔和な笑顔を浮かべている。セイバスさんは顔色ひとつ変えていないものの、僕を見る目は少々厳しいものだった。
「ハーブ園で起きたことは理解した。で、なぜここに精霊殿までそろっているのだろうか。ヨヨ殿にニーナ殿まで……」
「ジュロウさんとシュリーちゃんまでいるのねぇ」
実は侯爵様に謝罪した僕たちの中には、お嬢様と僕以外にも大勢含まれていた。ヨヨさん、ニーナさんをはじめ、ジュロウさんとシュリーも頭を下げている。それにリアルルさん、クレベリ、リリィに加え、カカー、リュウゼツ、ラビー、ヤーローら精霊、そしてなぜかウサギンたちまで加わって頭を下げていた。いや、ウサギンたちは顔を敷物に近づけては上げたり下げたりを繰り返しているだけだった。まるでエサでも探しているような動作だ。
ヨヨさんがニタァっと笑って思いついた考えとは、「皆で謝ればいいんじゃない」というとんでもない提案だった。俗にいう、「皆で渡れば怖くない」である。
もちろん発案者であるヨヨさんもお嬢様を止められなかったことを申し訳ないと思っている。それにニーナさんとリアルルさんもお嬢様を危険にさらしたことを気にしている。シュリーはお嬢様を守れなかったと悔いているし、ジュロウさんは愛する孫の責任はワシにあるといって譲らない。
精霊の中でも、クレベリはお嬢様に危害を加えようとした張本人だ。そのため罰を受ける覚悟があると侯爵様に訴えていた。
決してうやむやにしようとしているわけではない。
「わかった。皆の謝罪を受けよう」
しばらく考え込んでいた侯爵様。
その一言にホッと息をつく一同。
「この件に関しては侯爵家として精霊の皆さんには何も問わない。ヨヨ殿やニーナ殿も不問だ。ただし――」
続く言葉に皆は息を飲む。
「ティリアは明日から一週間、敷地内から出ることを禁ずる。謹慎処分だ」
「……はい、なの」
「なぜ、罰を与えられるか、わかるかい?」
「ティリアがアルクんやヨヨちゃんのいうことを聞かなかったからなの」
「うん。ヨヨ殿の言葉を守らず、アルクを危険にさらした罰だよ」
侯爵様の言葉にお嬢様はうなずかれた。
なぜ罰を与えられたのか、その意味をきちんと理解されている。
さすがはお嬢様だ。
「そしてアルク。身を持ってティリアを守ろうとしたことは評価しよう。だが、娘を危険にさらし、冷静さを欠いたのは執事としてあまりにも未熟。まだまだ修行が足らぬ。セイバスには明日以降、アルクの修行をより厳しくするよう申しつける」
「かしこまりました。旦那様」とセイバスさんが一礼し、答える。
「アルクよ。侯爵家しいてはティリアのため、一層の努力をせよ」
「はいっ」
ずいぶんと軽い罰だった。
謹慎もなにもお嬢様がお一人でおでかけすることはまずありえない。今日のハーブ園訪問が、ご両親不在で外出した初めての日なのだ。敷地内ということは庭も敷地内だから普段どおり、お花に水をあげることが可能である。つまり普段のお嬢様の生活に何ら支障はない。
また、僕に対する罰も罰らしからぬものだった。
執事見習いである僕は毒のない食材を探す前から、セイバスさんについて執事修行をしている。侯爵様がセイバスさんに命じた、「修行を厳しく」という言葉は、僕が執事として進歩するために必要なことだ。当然、それは厳しくあるべきだと僕自身考えている。あくまで罰という形式をとった執事修行にすぎなかった。
だが、侯爵様が口にされた以上、これはあくまでも罰だ。
侯爵様の言葉をしっかりと胸に刻み、これからもお嬢様の執事として精進することをここに刻む。
「侯爵様。待ってください」
僕が改めて決意を固めたとき、侯爵様に声をかけたのはクレベリだった。お嬢様を危険にさらした張本人とはいえ、侯爵様は精霊の彼女を不問とされた。しかし、彼女としてはお嬢様に申し訳が立たないそうだ。そこでしばらくの間、お嬢様付きの精霊魔法指南役としてそばにおいてくれないか、という。
彼女がいうには、お嬢様には精霊使いとしての才能があるというのだ。精霊本人がいうのだから間違いはない。
「どう思う? エリス」侯爵様は奥様に声をかけた。
「いいんじゃないかしら~。精霊魔法となると私も専門外ですし~」
「セイバスはどうだ?」
「すでに狂化からは解けてますし、問題はないかと思います。屋敷であれば我々もそばにおりますし」
セイバスさんの目がキラリと光る。
もし万が一、ハーブ園と同じようなことがクレベリに起きれば、セイバスさんは容赦しないだろう。恐らく僕らが気づいたときにはクレベリはお屋敷から消えている。そんなセイバスさんの目に思わずひるんだクレベリだったが、彼女の意思は固いようだ。
結局、お嬢様の精霊魔法指南役としてクレベリが屋敷に滞在することが決まった。お嬢様もうれしさのあまり、クレベリに抱きついている。
だがそのクレベリに待ったをかけるものがいた。
「クレベリちゃん、ずるい! 私も~」
「カカっ! じゃあ俺も」
「待つんジャンゴ! 教師なら年長の者がいいジャンゴ」
「あら、ティリア様に精霊魔法を教えるなら私のほうがよろしいかと」
「えー! 私ならケガをしても治せるよ」
リリィほか、カカー、リュウゲツ、ラビー、ヤーローだった。僕も私もと立候補の名乗りをあげている。その姿を見たリアルルさんは手を額に当ててため息をついていた。
「ティリアはずいぶんと精霊殿らに好かれているな」
「父さま! みんなティリアの友達なの」
「ほう、そうか。友達がいっぱいできたんだな」
お嬢様に罰を与えたことで、「嫌われたのでは?」と不安げだった侯爵様が相好を崩した。使用人である僕がいうのもなんだが、今、目の前にいる侯爵様は愛娘に嫌われたくないという、ただの男親そのものだ。正直、罰を与えたときはもっと堂々としていただいてもよろしいかと思う。
僕もお嬢様に指摘や苦言をいうときは、脇腹をソウルイーターでえぐるほどの思いを感じているので気持ちはわかる。だが、これはセイバスさんの教えでもあった。「執事たるもの、仕える主人が間違った道に進んだとき、諌めることができなくてどうしますか」と何度も言われたものだ。
そのセイバスさんは侯爵様に向かってわざとらしくせき払いをしていた。お嬢様がいないところでお話しがあるとでも言いたげだ。どうやら忠言コース決定である。侯爵様はセイバスさんのせき払いに対し勘弁してくれと言いたげな顔をしておられた。だが執事長からの忠言は回避不可である。
結局、クレベリ以外の精霊も屋敷に滞在することを認められた。
精霊たちの滞在許可に喜んだのはお嬢様だけではない。リアルルさんを除く精霊ズ(仮称)も大はしゃぎだ。リアルルさんは、「ご迷惑をかけるようであればすぐに引き取りますから」と侯爵様と奥様に恐縮していた。
彼女も若いのに気苦労が絶えないようだ。まるで精霊たちのおかあさんである。そう思っていたらリアルルさんににらまれた。おかあさんという言葉に反応したのだろう。僕の周りの女性陣は顔で心を読む能力が高すぎるようだ。
また使用人たちも精霊の滞在を歓迎している。特にイーラさんは、クレベリとリリィに『お姉様』と呼ばれ、あっさり陥落していた。クネクネしながら、「精霊が着れるようなメイド服を作らなくちゃ」と張り切っている。
だが、彼女たちが滞在する理由は精霊魔法を教えるためであってメイドではない。ないのだが……まぁ、いいか。クレベリたちもなぜか喜んでいるし。
「ところで皆はこれから何か予定はあるだろうか?」
「いえ、特にありませんが」
侯爵様からの声に、まず答えたのはリアルルさんだ。
続いてヨヨさん、ニーナさん、ジュロウさんもうなずいていた。
「では、皆を夕食に招待したい。ティリアに友達がたくさんできたようだし、アルクもリアルル殿と商談をまとめてきた。今日はパーティーだ! いいな、エリス?」
「もちろんよ~、あなた」
「では会場の準備はおまかせを。アルクくんはレイゴストの手伝いを」とセイバスさん。
「そうだ、アルク。ドワーフのギルム殿や店をまかせるコボルト族の皆もつれてこい。せっかくの『ティリアのお友達たくさん記念パーティー』だからな」
「はい! わかりました」
こうして侯爵様主催、「ティリアお嬢様お友達いっぱい記念パーティー」が開かれたのであった。ネーミングに関しては……うん、何もいうまい。
夜の帳がウスイの町を覆うころ、侯爵家の庭ではパーティーが始まっていた。今回、パーティーに参加した人数が多かったため立食形式となった。庭ではウルナさんが丹精込めて育てた花たちが、参加した者たちの目を楽しませている。
このパーティーには魔族、妖精、エルフ、ドワーフ、精霊、そして悪魔が参加している。精霊と悪魔を種族と呼んでいいかは別として、これほどの種族が集まるパーティーなど魔王国ではありえない。少なくても魔族のパーティーなんて、エルフやドワーフらは参加できないはずだ。いや、参加はできても何も食べることができないといったほうが正しいか。なんといっても普通の魔族が食べる料理は毒だらけなのだ。
しかし!
ミストファング侯爵様主催のティリアお嬢様お友達いっぱい記念パーティーではどんな種族でも美味しく楽しく食事が楽しめる。これだけを聞くと、「へぇ、賑やかで楽しそうですね」で終わってしまう。
だが、侯爵様の考えはそれだけではないはずだ。
このパーティーの真意は、どの種族の要人が来ても対応できるということにある。まだまだ閉鎖的な魔王国ではあるが、妖精族との通商条約締結の話が広まれば、様々な種族が自分たちもとやってくるだろう。当然、彼らも食事をする。そんな彼らに対応できるのは、「毒のない食材」を育てている侯爵領だけだ。これは大きな優位性となる。
ほかの貴族が逆立ちしても、他種族をおもてなしすることはできない。これは魔王様でも無理だろう。商談に来たら毒たっぷりの食事でおもてなしされるのだ。もちろん魔族に悪気はないが、これではケンカを売ってるようにしか見えない。一歩間違えば種族間戦争のゴングが鳴り響く。
もちろん僕も侯爵領が優位になるよう動いてきた。神殿で予定している毒のない食材の無料配布もそのひとつだ。
恐らく侯爵様も僕の意図を理解されておられる。今日、パーティーを開くとおっしゃられたのも現状でどこまで対応できるか試すおつもりだろう。貴族として今後の侯爵領を見据えた一手だった。
決して罰を与えた娘の機嫌をとるためだけにパーティーを開いただけではない。ラミさんやイーラさんの父親のように、娘の一言で、「うんうん。そうしようねぇ」と鼻を伸ばすことなどありえない。
さすがは侯爵様。
若くして魔王国の通商貿易局局長となられただけのことはある。
侯爵家の未来は明るい。
その侯爵様はお嬢様とリアルルさんと三人で談笑中だ。
「そうだ。侯爵様。今度はぜひ奥様もご一緒にハーブ園へ遊びに来てくださいな」
「父さま! ティリアね、今度はハーブ園でパーティーしたいの。ほかの精霊さんたちも誘いたいの!」
「いい考えね。ティリアちゃん」
「うんうん。そうしようねぇ」
…………。
……さ、さて今回のパーティーで用意した料理にはリアルルさんのハーブ園からもらってきたハーブがふんだんに使われている。
ハーブ園はいろいろあったために、ゆっくり見て回れなかった。だが、リアルルさんやドラゴから聞いた話から非常に多くのハーブがそろっていることがわかった。ただし、ハーブ園にステビアは生えていないそうだ。すでに手に入れているのでかまわないが、どうやらすべてのハーブがそろっているわけではないらしい。
そうはいっても会場には様々なハーブの香りが広がっていた。少なくても欲しいと思っていたハーブや香辛料はすべて手に入れることができた。おかげでパーティーに出した料理はいつもより自己主張し、参加者の食欲をかきたてている。
例えば、前菜のサラダにはタイムとバジルが使われており、透き通った爽やかな香りが鼻をくすぐる。メインで出したウシドンステーキからはコショウの香りが、そして魚料理から香るローズマリーが食欲をそそった。
味覚オンチの魔族とはいえ、見た目と香りは理解できる。ハーブの香りは見た目だけではなく魔族の料理を一段階上のランクへと確実に引き上げていた。その証拠に侯爵様はウシドンステーキから立ち昇るコショウの刺激的な香りに目を細めているし、奥様はタイのポワレに使ったローズマリーの香りに、うっとりとした表情を浮かべている。
なによりお嬢様とシュリーの食欲がすごかった。
今までの料理と違うハーブの力に、お嬢様たちも魅了されたのだ。まさに一味違うといったところだろう。お嬢様たち用にと作った一口ハンバーグには少量だがコショウのほか、香辛料であるナツメグとグローブを使ってみた。そのハンバーグを口に入れた途端、お嬢様とシュリーの目が同時にカッと開かれたのだ。本当によく似た二人である。
そして香辛料入りのハンバーグがみるみるうちに減っていった。二人ともほほをふくらませ、まるでハムスターのようだ。デザートはプリン・ア・ラ・モードですよと耳打ちするまで、その手は止まらなかった。
そのプリン・ア・ラ・モードも前とは比較にならないほど進化していた。器の中央に堂々と座すプリンにはバニラの実が使われている。バニラの醸しだす甘く濃厚な香りは、美味しいだけのプリンを至極の逸品へと変えた。これにはお嬢様とシュリーだけでなく甘党妖精ヨヨさんも感動していた。あの激辛女王ニーナさんですら激辛ソースをかけずに食べていたくらいだ。
今回のプリン・ア・ラ・モードに使ったフルーツには、クレベリ提供のモミジイチゴが乗っている。鮮やかなオレンジ色がプリン・ア・ラ・モードをひときわ美しく仕上げていた。上品かつあっさりとした甘さのモミジイチゴは、甘ったるくなった口の中をさっぱりさせ、濃厚なプリンの味をより一層引き立てていた。プチプチとした食感もお嬢様たちを楽しませている。
ちなみにクレベリと一緒に助けたリリィからは、ユリネを山ほどもらっている。これはまた別の料理に使うとしよう。
まさにハーブさまさまのパーティーであった。
以前、大神官様から聞いた話だが、精霊も魔族同様食事をとる。それは上位精霊だけでなく中位精霊も例外ではないらしい。食事の内容は精霊によるそうだが、クレベリら中位精霊たちはプリンなどのお菓子を特に気に入ってくれたようだ。
食事も進み、希望者にはローズヒップティーが出されていた。ローズヒップはイヌバラというバラの果実でビタミンが豊富な食材だ。これもリアルルさんからもらってきた。うっかり美容にいいと話したことで、ほぼすべての女性参加者が飲んでいる。実が赤いことから、赤いものとバラが好きなウルナさんも喜んでくれるだろう。
徐々に夜も深まりつつある侯爵家の庭では、魔法によって作られた光が辺りを照らしていた。
だがパーティーはこれからだ。
お嬢様も興奮しておられるのか、いつもならおねむの時間だというのに、元気よく精霊たちとおしゃべりを楽しんでいる。
この時間になると庭師のウルナさんも起きていた。しかし、いつもより数時間は早い起床だ。相変わらず朝(現在は夜)に弱いようで、寝ぼけ眼のままお嬢様の頭を愛おしそうになでている。お嬢様の隣にいたリアルルさんの頭もなでているのが、紛れもなく寝ぼけている証拠だ。頭をなでられているリアルルさんもまんざらではなさそうだ。
だが、寝ぼけたウルナさんに生気を吸われないよう気をつけて欲しい。ノスフェラ族であるウルナさんは植物から生気を吸って糧にするのだ。ある意味ドリアードの天敵である。
中位精霊たちは侯爵様御一家だけでなく、使用人や種族に関係なく多くの者に話しかけていた。ハーブ園で中止になった交流会は、好奇心の強い精霊たちにとっても楽しみだったと聞いている。くしくもその交流会が今、侯爵家の庭で再開されていた。
僕も精霊たちに混じり、ハーブのすばらしさを参加した者たちに説明して回った。これも営業活動の一環である。
例えば、ジュロウさんにはキノコとオレガノ、タイム、ローズマリーを一緒にソテーした料理を試食してもらった。するとジュロウさんはキノコとハーブの相性に驚き、村でも育ててみたいと言ってくれた。近々、シュリーカー族の村でハーブの栽培が始まるだろう。
ドワーフのギルムさんにシナモンとグローブの粉末を入れたホットワインを教えたら、「邪道すぎる! 酒への冒涜じゃ!」と怒られた。だが、一口飲んだあとは、「けしからん! けしからん!」と言いながら何杯もおかわりしていた。どうやら気に入ってもらえたようだ。またアオノリュウゼツランがテキーラという酒の材料になることを教えたところ、リュウゼツと意気投合し、酒について熱く語り合い始めた。この話はドワーフの国にも伝わるだろう。
グレイたちコボルト族の連中はハーブの香りの多さに目を回していたものの、ラベンダーの香りが気に入ったようだ。紹介したラビーからもらったラベンダーオイルを手にうれしそうな顔をしている。またラビーのラベンダーオイルは種族問わず女性たちに大人気となったようだ。このオイルは『妖精の祝祭』でも売れるかもしれない。
侯爵家の騎士および兵士は、ヤーローを紹介したところ彼女の持つ傷薬に興味をひかれたようだ。特に、「たいちょー」ことサイロスさんの眼差しは熱い。サイクロプス族の隊長には、ひとつしか目がないがとにかく熱かった。いつか熱線とかを出せるようになりそうだ。
彼らが注目した理由はヤーローが司る植物にある。セイヨウノコギリソウは優秀な傷薬となるのだ。ヤーローが僕に使った薬とは比べものにならないものの魔法が得意ではない魔族の場合、こういった傷薬は必需品だ。特に肉体派の魔族は魔法が得意ではない者が多い。
ヤーローはよほどうれしかったのだろう。セイヨウノコギリソウに関心を持ったサイロス隊長らに種を分け与えていた。薬の作り方まで教えている。
このように精霊たちを紹介し、ハーブをアピールしていた僕だったが、カカーの姿がないことに気づく。周りを見回すと少し離れた場所でカカーが一人寂しく落ち込んでいるのが見えた。
彼に近づき、どうしたのかと話しかける。すると彼は自分だけ自慢できるものがないと嘆いた。だが、僕から言わせればカカオの実こそ貴重な食材だ。
「カカッ。下手な同情はやめてくれよ! 兄貴!」
うーむ。
同情でもなんでもないのだが、彼は信じようとしない。
前世のある部族ではカカオの実を貨幣として使っていた。また世界の一文化として認められるほど多くの者に愛される食材である。だが前世の話はともかく、カカオの精霊であるカカーがカカオについて知らないのもおかしな話だ。
そこで僕は、なぜ自分が司るカカオに詳しくないか直接本人に聞いてみた。すると彼は少し恥ずかしそうに、自分は生まれて間もない精霊だといった。今、ここにいる中位精霊たちの誰よりも若いそうだ。樹木の精霊であるリアルルさんが植物と会話できないように、精霊は年齢とともに自分を知り、能力を使えるようになる。生まれて間もないカカーが自分を知らないのも仕方のないことなのだろう。
「カカー、ウソじゃないさ」
そこでカカーが司るカカオの実がどれほどすばらしいか教えてやった。
カカオの魅力、チョコレートの作り方、ココアの作り方などを話したのだ。チョコレートなどは作るのに時間がかかるため、すぐに用意することはできないが、お嬢様のお気に入りになるのは確実だ。
するとカカーは立ち上がり、「カカッ! さすがは兄貴だ」とあどけない笑みを浮かべ喜んでいた。その目は兄を尊敬する弟のようだ。
「ところでさ、その兄貴ってなんだよ?」
「そりゃあ、ティリアお嬢が――もがっ」
「だーめなの!」
カカーの口を押さえているのはお嬢様だった。
いつのまにそばにこられたのだろうか。お嬢様はヨヨさんほどしかないカカーをがっしりと捕まえている。少しほほが赤いのは、おねむの時間が近いからだろうか。そういえばいつも一緒にいるシュリーがいない。会場のジュロウさんに目を移せば、ジュロウさんにおんぶされて眠っているシュリーがいた。
「そういえばお嬢様。ハーブ園ではクレベリが泣いているっておっしゃってましたよね」
「クレベリちゃんも、リアちゃんと同じことができるの」
「同じこと?」
カカーを開放したお嬢様がおっしゃるには、リアルルさんが声を届けた月見草のようにクレベリたちも同じことができるそうだ。クレベリとリリィは自身が司る植物を通してお嬢様に声をかけたらしい。避難したリアルルさんの家にモミジイチゴの苗とヤマユリがあったそうだ。
「カカッ。そうそう。ティリアお嬢はハーブ園で俺らとも話をしたんだぜ。で、そのときにアルク兄貴のことをお兄――モガッ」
「だから、だーめなの!」
カカーの話に少し驚く。
お嬢様がハーブ見学をしていたとき、各ハーブを介して精霊たちと話をしていたらしい。そういえばカカーにしろ、リュウゼツにしろ、ラビーにしろ、お嬢様がハーブ園で見ていた植物の精霊だ。ヤーローとはリュウゼツのあとに話をしたのだろう。
カカーは何かを言いかけようとして、再度、お嬢様に捕まっている。先ほどからカカーとお嬢様の仲が良い。精霊に好かれるお嬢様だけあって互いの関係は良好のようだ。
「アルクにぃ! 何をやってるのー」
飛んできたのはヤーローだ。
僕とお嬢様がカカーと遊んでいるように見えたのだろう。ヤーローは自分の半分ほどもある小瓶を両手で抱えてる。どうやらセイヨウノコギリソウのお礼にレイゴストさん特製のコンペイトウを誰かからもらったようだ。
「カカー。コンペイトウ食べる?」
「モガガ」
「じゃあ、あっちで食べるよー。ティリアちゃん、カカー持ってくねー」
「カカッ! 俺はモノじゃねぇ。兄貴ぃ、カカオの実の加工が終わったら持ってくるからあぁぁぁ」
カカーは悲鳴のような声を残し、ヤーローに引きずられるように拉致されていった。なんとも騒がしいが、元気がでたのはなによりだ。
ふとお嬢様に目を向けると、引きずられていくカカーたちを見ながらお嬢様は目をこすっておられた。そのまましばらく見ていると立ったまま、うつらうつらし始める。どうやら本格的に眠たくなられたようだ。「そろそろおやすみされますか」と尋ねると、お嬢様は半分目を閉じたままうなずかれた。僕はお嬢様を抱っこし、奥様とイーラさんを探す。
奥様はイーラさんとリアルルさんの三人で話をされているようだ。お嬢様は、僕が抱っこしてからすぐに寝てしまわれている。今もすぅすぅと可愛い寝息を立てておられる。
「あらあら。ティリアちゃんはすっかり寝てしまったのね」
「今日はいろいろありましたし、よく歩かれておりましたから」
「……ルク兄様」
「はい?」
抱っこしているお嬢様を奥様に渡すとき、お嬢様が寝言を言われたようだがよく聞こえなかった。イーラさんとリアルルさんも気づいてないようだ。だが、奥様には聞こえたようで、僕を見て笑みを浮かべておられた。不思議そうな顔をしていると、「あらあら、残念ね」と微笑まれた。
結局、奥様が笑みをこぼした意味はわからないままだ。
「アルクちゃんもあまり遅くならないようにね」
「はい。奥様。あとのことはおまかせください」
僕はお嬢様を奥様とイーラさんに託し、天使のような寝顔をされているお嬢様におやすみの挨拶をした。
「おやすみなさいませ。お嬢様」
僕の声が聞こえたのか、お嬢様は幸せそうな顔をされながら奥様の腕の中でにっこりと微笑まれた。
お嬢様がいい夢を見られますようにと思いを込め、僕はその場を離れた。
パーティーが終わり、参加者はそれぞれ家路についている。ジュロウさんと寝てしまったシュリーは、セイバスさんが執事ゲートを使って村に送っている。
パーティー会場の片付けもほぼ終わっており、今、庭に残っているのは、僕、セイバスさん、レイゴストさん、そしてリアルルさんの四名だ。
お屋敷に滞在を許された中位精霊たちはお嬢様がおやすみになられたということで、早々にお嬢様の部屋へと引き上げている。精霊たちはおやすみ中のお嬢様を守るいい警備員となりそうだ。
「えーと、結局、僕は何をしに呼ばれたのかな? ここ、すっごく臭いんだけど」
僕たちの目の前には密閉された『執事箱』がある。その透明な箱の中で正座しているのは上級悪魔ベルゼブブだ。正確には彼の分体である。彼ぎりぎりの大きさで箱を作ったためか、窮屈そうにもぞもぞと動いている。
それだけではない。
箱の中にはベルゼブブと一緒に、ネギ、ニンニク、ラフレシア、ドリアンが入っている。これらのものはリアルルさんのハーブ園にあったものだ。リアルルさんに臭いの強烈なハーブとして紹介してもらったのだが、いわばベルゼブブのためだけに用意された特別品だ。
ネギを発見したのは偶然だった。
ハーブ園にあるとは思いもよらなかった食材である。また、ネギのほかにリーキ(ポワロネギ)も見つけている。ネギはハーブではないもののネギ科のハーブもあるし、香味野菜としてみれば、ある意味ハーブだろう……多分。
もともとハーブ園にはなかったそうで、どこかの種族が持ってきたのだろうとリアルルさんはいった。白の賢者様の、「ネギはあるけど味噌はない」という話も間違いではなかったようだ。信用していなかったわけじゃないが、あの神様はポカが多すぎる。
ドリアンは食材である。それは間違いない。間違いないのだが、少々クセが強すぎて、お嬢様には出せそうになかった。果物の王様といわれているが、なかなかの独裁者っぷりで食べる者を選ぶのだ。そういう僕もまだ食べていない。その臭いは正直、生ゴミと区別がつかない。
これら悪臭を発するものに囲まれているベルゼブブ。彼と臭いが外に逃げ出さないよう『執事箱』はリアルルさんの精霊結界でいつもより強化されている。
余談ではあるが、リアルルさんにはこの結界魔法あらため、執事魔法を強化する修行をお願いしてある。もともと結界魔法には魔物などを封印する力があり、その方法を学ぶためだ。結界魔法が得意な上位精霊であるリアルルさんは、「まーかせて」と二つ返事で引き受けてくれた。リアルルさんの力が加われば、効果は見てのとおり。分体とはいえ上級悪魔を閉じ込めておけるほど強力である。
「なんだかみんなの目が怖いんですけど?」
閉じ込められているせいか、どことなくおびえた様子のベルゼブブ。そんな彼を囲む僕たちの目は確かに鋭かった。
「ベルゼブブさんをお呼びしたのはほかでもありません。これが何かわかります?」
そういってみせたのは、クレベリとリリィが狂化した原因と思われる米粒ほどの青い水晶だ。この水晶は以前、ベルゼブブにもらった通信用の魔道具に使われていたものとそっくりだった。
セイバスさんやレイゴストさんにも見てもらったが、見覚えがないという。ただ豊富な魔力が含まれていることだけはわかっている。
「あっ、うん。知ってるよ。魔核だね」
「ほう、これが」とセイバスさん。
「魔核? 魔石とは違うんですか?」
魔石とは魔物が体内に魔力をため込んでできる結晶だ。魔物は飲食だけでなく、この魔石を生命の維持に使っている。魔物によって魔石の質や大きさは様々だが、魔王国にいる魔物の魔石は大きいものが極端に少ない。その代わり小さくても質が良いものが取れる。魔王国の通説では、濃い魔力が広がる魔王国では、体内に魔力をためる必要がないため大きくならない、といわれている。そんな魔石だが、主に魔道具の材料として使われている。
侯爵家では必要な魔石は商人から購入している。だが、セイバスさん曰く、一昔前はこの魔石を集めるのは執事の仕事だったという。「時代は変わりました」とつぶやくセイバスさん。だが、その後ろではレイゴストさんが首を振っていた。あとからその理由を聞くと、執事長の場合、「首コレクション」のために魔物を狩ったついでに集めていたらしい。セイバスさんからもらった魔物図鑑に魔石の位置が事細かく記載されているのは執事長の趣味の賜物だったようだ。
――閑話休題
「魔核はね、我々悪魔が作り出したものなんだよ」
バルゼブブによると、魔核とは魔石の上位版のようなものだそうだ。悪魔が魔力を練り、創り上げたものだという。だが、その材料はなんと悪魔。その多くは下級悪魔を材料に作られる。上級悪魔にもなれば魔力だけで創れるそうだが、なんとも物騒な代物だった。
「これが魔核だったのですか。私も長い間生きてますが初めて見ました」
セイバスさんですら見たことがない魔核。ただ魔核というものを耳にしたことがあるのは、さすがは執事長といったところか。
「で、魔核は何に使うんです?」
「何って、純粋な魔力みたいなものだから地面に植えれば砂漠だって肥沃な大地に変わる。魔道具に使えばそりゃもう強力な魔道具が創れるさ」
さすがに魔石の強化版だけあってその威力は凄まじいようだ。でも、地面に埋めたら埋めたで変なものが生えてきそうだ。
「人族のお城に魔核を使った結界があるね。そういえば何十年か前に頼まれて作ってあげたなぁ」
「今、なんと?」
「ん? この魔核を創ったのは僕だよ。以前、人族に頼まれてね。お城に張る結界に使うとか言ってた。あのときは魔法使い百人分の魂と引き換えだった。青い水晶は僕の証さ。何を隠そうアルクくんにあげた通信用魔道具に使っている魔核も僕自ら練り上げたものさ。愛と友情を込めたんだ。まさに愛の結晶だよ」
狭い『執事箱』の中で自慢げに語るベルゼブブ。
どうやらあの通信用魔道具の水晶も彼が創ったものらしい。彼の愛か……便利な道具だが処分しておくか。
「アルクくん、処分しようと思ってないかい?」
「そんなことより、いくつ創ったんですか?」
「僕の愛と友情の結晶をそんなことって……」
「で、いくつ創ったんです?」
「え、えーと、確か十個だったかな」
「ちなみに魔核を精霊の体に埋め込むとどうなります?」
「え? 精霊の体に埋め込む? なにそれ怖い。そんな怖いこと思いつきもしなかったけど、多分、悪魔化するか魔物になるんじゃないかな。ほら、魔力の質が違う者同士、反発し合うと思うよ。アルクくん、そんな怖いことやっちゃだめだよ?」
確かに僕はやらないが、すでに精霊に埋め込んだ愚か者がいる。しかもこの魔核は人族に頼まれてベルゼブブが創ったもの。そしてクレベリとリリィが狂ったときに交流会に参加していた怪しい三種族の中には人族がいた。
これはもう決定だろう。
「今、ここにある魔核なんですが、精霊に埋め込まれていたものでしてね。その精霊は狂化し、悪魔のような姿に変貌してました。幸いなことに元の姿に戻すことはできましたが……そうですか。この魔核はベルゼブブさんが創ったものなんですねぇ」
「え? ちょ、ちょっと待って! 創ったのは僕だけど精霊に埋め込むなんてそんな恐ろしいこと僕はしてないよ? 神様に誓って僕じゃない」
悪魔のくせに神様って、どこの神様に誓っているんだろう。
前はヒミカさんを天使って言ってたし別の意味で天罰が落ちるんじゃなかろうか。
「まあ、それはわかりますけどね。精霊に魔核を埋め込んだのは人族でしょう。ほかの種族にこの魔核を渡してませんよね?」
「もももももちろんだともも」
言葉の半分以上が、『も』である。
「問題はその狂った精霊がお嬢様を危険な目に合わせましてね。もちろん相応の罰を受けてもらいましたが……そうですか。この魔核はベルゼブブさんが創ったものなんですねぇ」
お嬢様を危険な目を合わせたというくだりで、ベルゼブブの顔色が変わった。以前、お嬢様の魂を不相応にも要求したベルゼブブを僕がボコったのを思い出したのだろう。しかも彼の周りには僕だけでなく、セイバスさんたちがいる。セイバスさんだけで十分ベルゼブブに勝てるというのに、レイゴストさんとリアルルさんもいるのだ。過剰戦力である。彼の顔色が変わるのも無理はない。
すでにセイバスさんの手にはエストック型のソウルイーターが握られているし、レイゴストさんの周りには黒い包丁が二本浮かんでいる。……その包丁もソウルイーターのようだ。魔力を吸い取ってしまうため、通常の料理には使えそうもない。
「そんなに凄まなくてもいいと思うよ。それに二回も僕が創ったと強調しなくてもいいよ! もうわかったから!」
「そうですね。この魔核はベルゼブブさんが創ったものですからねぇ」
「三回目!?」
今回、人族が魔核を依頼したのは数十年前。
もともとはお城の結界のためだったという。十個の魔核をすべて結界に使ったのかどうかは不明だが、少なくても二つはクレベリやリリィに埋め込まれた。そして、ヒミカさんの暗殺を企てたのは六年前。さらにシュリーカー族の畑を襲わせたのはつい最近の出来事だった。
これらのことに関連があるかは不明だが、人族は数十年前から悪魔を使って、何かをしようとしているようだ。そしてすべての件にベルゼブブが関わっている。
人族が魔族の国にちょっかいをだそうが、一介の魔族である僕には直接関係がない。人族の件はアルティコ伯爵経由で魔王様に報告が上がっているはずだし問題はない。
しかし、お嬢様や侯爵家に危害を与えようとしたのなら話は別だ。事実、お嬢様を危険な目に合わせた罪は重い。前世では元人間だったとはいえ、今の僕は魔族であり、お嬢様の執事である。たまたま手が滑って人族の国がひとつふたつ消え去っても仕方ないことだ。いずれにせよ、その人族には罪を償ってもらおう。
「な、なにか僕ができることはあるかなー? あっちゃったりするのかなー?」
悪魔が可愛い子ぶっても気分を害するだけである。
それよりもベルゼブブが首をつっこみ、魔王国にちょっかいを出している人族のことが知りたい。彼は無関係ではないのだ。僕はベルゼブブの真っ黒な目をのぞきこみながら彼に尋ねる。
「とりあえず今回の件で悪魔と契約した人の名前と国を教えてもらえません?」
「それはダメだよ」
この状況でベルゼブブはきっぱりと断った。さすがは契約をとるのが本職の悪魔だけのことはある。
「そうですか。まあ、西にある国の人間だってことは知ってますけどね。その国ってなんて名前でしたっけね。んー、確か――」
「契約したのがタイゲンの人間だとなんで知ってるのさ!?」
教えてくれてありがとう。
実にちょろい悪魔だ。略して、ちょろ魔である。
なるほど、タイゲンか。
確か、西にある大国のひとつだ。人族の国については、執事教育の一環としてセイバスさんから教わっている。
モフォグ大森林を越えてすぐにある国が『スミール』という小さな王国。そのすぐ西隣にあるのが『タイゲン』という王国だ。タイゲンの王は野心が強く、種族間の戦争がほとんど終結した今も人族の国々を侵略しているそうだ。しかも国境を隣接している国々に対し、全方位で戦争を仕掛けているらしい。正直、アホかと思う。
とりあえず魔族にちょっかいを出している国がわかった。
もちろん僕はベルゼブブが関与し、悪魔と契約した連中の国など知らなかった。ちょっと彼に西にある人族の国を聞いただけだ。
僕がなぜ西の国と言ったのか。それには理由がある。魔王国の周りにある人族の国は西と北にしかない。『モフォグ大森林』を越えた西には、タイゲンを中心に大小合わせて様々な国がある。北は『ドラゴンフォール山脈』を越えた先に、『帝国』と呼ばれる大きな国がひとつあるだけだ。的が多い西ならどこかに当たるだろうという単純な理由だった。まさか彼が国名まで言うとは思わなかったけど。
「あっ! まさかアルクくん、僕をひっかけ――」
「いいえ、違います。僕が知っていただけでベルゼブブさんは契約をもらしたりしてません。いいですね?」
「アッ、ハイ」
カマをかけたのは僕だ。だが、もともと僕が知っていたことにすれば彼の仕事の評価が下がることはない。守秘義務遵守は営業の基本姿勢です。
僕の配慮に気づいたのかにっこり笑うベルゼブブ。
「アルクくんは優しいね」
「まあ、ほかのことで償ってもらいますけどね」
「優しくなかった!」
彼には貸しを作っておいたほうがおいしいのだ。
利用できるものは利用させてもらう。
いざとなったらベルゼブブが契約者の秘密をしゃべったと広めてやろう。悪魔の世界にインプを使って暴露文書をばらまいてやればいい。
「なんだろう? アルクくんが上級の悪魔にみえる。いっそのこと転職しない?」
「しません! ところでいただいた魔道具の魔核ですが、身につけていると頭がおかしくなるってことはないですよね?」
胸元にぶら下がった通信用魔道具についている魔核を指で弾く。
「大丈夫だよ。でも怖いことに使わないでよ。まったく、人族にも困ったものだね。精霊に埋めるなんて恐ろしいこと……あれ? ちょっと? 箱が狭くなっているんですけど?」
おや、本当だ。
ベルゼブブを閉じ込めておいた『執事箱』が徐々に小さくなっている。僕は触っていないので、やってるのは精霊結界で強化をしているリアルルさんの仕業だろう。徐々に狭くなっていく『執事箱』をベルゼブブは必死に手で押さえている。だがそのスピードが遅くなることはない。
「あっ、そろそろまずい――いたっ! ド、ドリアンが顔に!? 痛い! そして臭い!」
小さくなっていくはずみで、ドリアンがベルゼブブの顔に直撃した。ドリアンの表面は凸凹しており、たしかに痛そうだ。でもドリアンは別名、悪魔の実ともいわれている。顔面にドリアンを食い込ませている姿もベルゼブブにはお似合いだった。
どうでもいいことだが、ベルゼブブはずいぶんと体が柔らかいようだ。二メートルを超えるおっさんが、狭い箱の中に収まっている。その姿はハエの王改め、タコの王というオリジナルネームを与えたいくらいだ。それとも押し寿司の王がいいだろうか。
(うわぁ、『執事箱』とベルゼブブに挟まれたラフレシアからなにか汁が出てきた。服に染み込んでるけど黙っておこう)
ある程度小さくなったところで箱の大きさは変わらなくなった。中にいるベルゼブブの顔は透明な『執事箱』の壁に押さえつけられ、まるでタコのようだ。よし、タコの王に決定だ。リアルルさんは、そんなタコ……じゃなかったベルゼブブを冷たい目で見下ろしている。
「はい。アルクくん。見ての通り対象の身動きを封じます。そして結界から魔力だけ抜けるよう調整すれば、閉じ込めた対象は魔力を放出しっぱなしになり、いずれ消滅します。これが封印魔法で最も恐ろしい消滅結界です」
「ちょっと! ドリアードちゃ――」
唐突に始まった結界魔法講座だった。
消滅という言葉を聞いたタコがもがき、声をあげた。僕はその言葉をさえぎり、彼女に尋ねる。
「はい! リアルル先生。消滅まで時間はどれくらいかかるのでしょうか」
「いい質問です。封印したものによりますが数時間程度から数百年かかる場合もあります。ベルゼブブのような上級悪魔の場合、本体なら数百年以上はかかるでしょう。分体の場合は数時間ってとこでしょうね」
「いや、分体といっても一部を消されるのは――」
「なるほど。わかりました。ちなみに結界に封印したものは違う空間……例えばアイテムボックスなどに入るのでしょうか」
「今のもいい質問です。結界魔法に封じたものは空間魔法による別次元への収納が可能です」
「アイテムボックスなど別次元の時間が止まっている場合はどうなるのでしょうか」
「すばらしい着眼点ですよ、アルクくん。その場合、通常は収納したときのままです。ですが時魔法を使って収納した結界内部の時間を進めてやれば問題ありません」
手順としてはこうだ。
『執事箱』を調整し、魔力を抜く消滅結界とする。その消滅結界に対象を封印して『執事ボックス』に収納する。最後に収納した『執事箱』に時魔法を使って時間を進め、魔力が抜けるようにする。これであとは消滅を待つだけだ。
時魔法は現在勉強中なので今すぐには使えない。
だが取得したあかつきには、なかなか強力な魔法となりそうだ。ただし執事魔法、結界魔法、時魔法が必要になる。なかなかハードルの高い魔法だった。
とりあえずベルゼブブを消滅させるつもりはないので時魔法抜きで試してみよう。
「え? やめて! 別空間とかに閉じ込めないで!」
その言葉に『執事ボックス』の中へと『ベルゼブブ入り執事箱』を放り込んだ。「いやぁぁ――」という悲鳴がプツリと消え、『執事箱』もろともベルゼブブは目の前からいなくなった。
なるほど。
『執事箱』に封じたまま『執事ボックス』に収納して運べば、生きているものも遠くに運べそうだ。例えば、港町リバシールで釣り上げた魚を生きたままウスイの街に運ぶ。こうすればいつでも新鮮な魚が楽しめるというわけだ。『執事宅急便』という名前をつけてもよかったがやめておいた。『執事ボックス』と『執事箱』を併用しているだけで単独の執事魔法ではないからだ。
「今回はベルゼブブが分体だったために封印することができました。彼も抵抗しなかったことが大きいでしょう。ですが『封樹』同様、今の私一人では上級悪魔の本体を封印するのはムリです。おそらくアルクくんも一人では厳しいでしょう」
「なるほど」
「ですから決して力を過信しないようにね」
「はい! リアルル先生」
「ところで先生って呼ばれるのって――意外といいわね」
どうやら変な方向に目覚めてしまったようだ。ニーナさんの友達だけあってやはり似た者同士か。
とりあえず結界が収納できることを確認した僕は、『ベルゼブブ入り執事箱』を取り出し、地面に置いた。リアルルさんも消滅させる気はなかったのだろう。小さくなった『執事箱』が元の大きさに戻っていく。
「――ぁああ。……あ?」
『執事ボックス』の中では時間が止まっているのだが、閉じ込めたベルゼブブは無事のようだ。閉じ込めたときの続きだろうか、彼の悲鳴が短く響く。
「アルクくん! ひどいよ! それにドリアードちゃんまで!」
「私は怒ってるの! あなたが創った魔核でクレベリとリリィがひどい目にあったのよ! 別に封印したっていいじゃない!」
怒鳴るリアルルさん。
だが半泣きのベルゼブブも負けてない。
「よくない! アルクくんの作った料理を食べにきて封印されたくないよ!」
「一緒に入ってるネギとかドリアンでもかじってなさいよ!」
その言葉に僕とバルゼブブはそろって渋い顔をした。
さすがに生のネギをかじるのはつらい。
しかもドリアンまで……。
想像するだけで寝込みそうだ。
「ベルゼブブの自業自得ですな」
「ほんと、悪魔はろくなことしねぇよな」
セイバスさんとレイゴストさんもベルゼブブには冷たかった。
まあ、おもちゃ的な位置づけなのでしょうがないだろう。
そんなリアルルさんもベルゼブブに八つ当たりしたことで少しは気が晴れたのだろう。彼女はベルゼブブをにらむのをやめ、フンと鼻を鳴らしてからそっぽを向く。
「そういえばベルゼブブさん。人族はあなたをだましたってことになりませんか? お城の結界に使うっていうから魔核を渡したんでしょ」
「いいや、別に。どう使おうと相手の勝手だしかまわないさ」
彼は気にした様子もなく、あっけらかんと答えた。
「もしアルクくんが僕の魔核を使った結界に入りたくなったら、キミにあげた通信用魔道具をかざせばいい。あと、僕以外の魔核を使った結界でもものによっては相殺できるよ」
人間に渡した魔核と僕がもらった通信用魔道具はベルゼブブが創ったもの。ふたつの魔力が同じであるため、結界を抜けられると彼はいった。それ以外にも彼より弱い悪魔が創った魔核の結界なら抜けられるという。
そういえばクレベリにおしおきしているとき、ふたつの魔核に反応があった。クレベリに埋め込まれていた魔核と魔道具についている魔核が互いに光ったのだ。このとき互いが光っていたのは魔力の共鳴だろうとベルゼブブはいう。
「なぜ結界の弱点を教えるんです?」
「人間にだまされたなんて思ってないけど、彼らのせいで僕が疑われ、友人であるアルクくんを怒らせちゃったわけじゃない? だったらちょっとくらい仕返ししてもいいと思うんだよねぇ」
「人間のお城に忍び込めと?」
「やだなぁ。そんなこと言ってないさ。もし結界の中に入りたくなったら入れるよって話だよ」
そう言いながら僕に向かって片目をつぶるベルゼブブ。
ただ、疑われるもなにも元をただせばベルゼブブが創った魔核が原因である。しれっと人族に責任をなすりつけているあたり、さすが悪魔、汚い。それに忍び込めると僕に教えるあたり、忍び込むよう誘導するのも自然だった。さすがは悪魔、汚い。そして今のベルゼブブにはいろいろな汁がついているのでさらに汚い。そして臭い。
「ベルゼブブさんのおかげで魔核のことがわかりました。ありがとうございます」
「いいよ、いいよ。なんか迷惑かけちゃったみたいだしね」
「そうですね。ここは貸しにしておきます」
「あれ? ここは僕を疑ったことに対して謝るところじゃないの?」
「オジョウサマヲ キケンニ サラシタ。マカクヲ ツクッタノハ ダレダ――」
「はい! 貸しでお願いします!」
悪魔であっても素直が一番である。
「今日は帰っていいですよ。あっ、これおみやげです」
ベルゼブブに渡したのはバニラをふんだんに使ったプリンと各種料理のテイクアウトパックだ。特にプリンは大盤振る舞いの十個である。
「よかったら知り合いの悪魔にも分けてあげてください。次はちゃんとごちそうしますから」
「うっ。アルクくん。ありがとう……」
「あっ、ベルゼブブさんと一緒に入ってるネギとかドリアンも持っていってくださいね」
「ありがたくない!」
ベルゼブブはテイクアウトパックを受け取ると、目尻に涙をためながら帰っていった。律儀にドリアンなど、臭いの元も持っていく辺り、自分の立場をわかっているようだ。
プリンを渡したのも理由がある。悪魔も味が理解できる以上、いつかお客として食材を買ってくれるかもしれない。プリンはそのための試食用である。魔王国だろうが悪魔の世界だろうが、食文化というものはどこで花が咲くかわからないのだ。
ベルゼブブがいなくなり、いろいろな臭いが充満している『執事箱』を手のひらサイズの大きさに小さくする。そして『執事ボックス』の奥へとしまっておいた。多分二度と出すことはないだろう。
「……ヨヨが血も涙もない極悪非道の執事だとか悪魔を従えてるとかいってたけどあながち間違いじゃなかったのね」
「え? 何かいいましたか?」
「う、ううん。何も」
おかしなリアルルさんである。
「ふむ。アルクくんの修行内容が決まりました」
リアルルさんの言葉に首をひねっていると、突然、セイバスさんから声がかかった。侯爵様から与えられた、より厳しい修行の内容が決まったようだ。
「アルクくんにはこれから人族の国を中心に、各種族の国に修行の旅に出てもらいましょう」
「え?」
セイバスさんがおっしゃった内容に僕は思わず唖然とした。
修行の旅ということは、お嬢様に会うことができないということである。
「セ、セイバスさん! そ、それは……」
「まあまあ。お嬢様のお世話ができないことを危惧しているようですが、アルクくんには『執事ゲート』があります。いつでも帰ってこれますから問題ないでしょう。むしろ同時に成し遂げてこそ修行というものです」
「あっ! そういえば」
動揺していたせいで忘れていた。
以前、ヨヨさんにも同じことを言われたじゃないか。
確かに『執事ゲート』を使えばどれだけ遠くても一瞬で帰ってこられる。毒のない食材を探すため、ほかの種族の国を回ることは以前から考えていたことだ。そういう意味では、一石二鳥の修行方法だった。
それでも帰ってくるのは一週間に一度くらいになってしまうだろう。
なかなか厳しい修行になりそうだ。
「まあ、出発はもう少しあとでもいいでしょう。まだここでもやるべきことが残っていますよね」
セイバスさんのおっしゃるとおりだ。
ゴブさんにお願いしてある畑や食品加工工場もまだ見ていないし、種まきすら終わっていない。やることはまだまだたくさんあるのだ。
「明日からは旅に出る前の準備も同時に行いなさい。きりがつき次第出発するように」
「アルクよぅ。旅はいいぞ。そろそろ人族の国を探らせた俺の仲間も帰ってくるころだ。何か食材の情報があればいいんだがな。まぁ、アルクの修行の手助けくらいにはなるだろう」
「はい! ありがとうございます」
「じゃあ、旅に出る前に、アルクくんには結界魔法をマスターしてもらわなくちゃね」
リアルルさんが笑いながら僕の肩をたたいた。
こうしてまた一日がすぎていった。
お嬢様のため、食材を探しに世界中を旅することが今、始まろうとしている。僕は不安と期待を抱かずにはいられなかった。




