第百三話 主人の目覚め
間に合え!
お嬢様に向かっていたツルを僕が両手でつかむ。だが、クレベリのツルは一瞬動きが遅くなったものの止まらなかった。
だがそのとき僕の目の前を突如何かが横切った
「カカっ。甘めぇな、クレベリ」
聞こえてきた声は少し幼い雰囲気のある男の子の声だ。
手元のツルにそって目を向けると、その先には少年の姿があった。褐色の肌に純朴そうな笑顔が印象的だ。だが、その彼は三十センチほどの大きさでヨヨさんくらいの身長しかない。しかもなぜか空中に浮かんでいる。
また、ツルの先端にあった鋭くて大きなトゲは、彼が構えていた盾に突き刺さっていた。お嬢様の前に立ちはだかり、クレベリの凶刃を受け止めたのは彼だ。なんとその盾はカカオの殻でできている。
それだけではない。
細かいトゲがびっしりと生えたツルには幅広の葉っぱが幾重にも巻き付いていた。よく見ればその葉はアオノリュウゼツランだ。その葉をたどっていくと、メキシカンハットのような帽子をかぶった一人の中年男が立っていた。手には束ねられたアオノリュウゼツランの葉が握られている。だがその男も先ほどの少年と同じく三十センチほどしかない。
「甘めぇのはおぬしじゃンゴ、カカーよ。アルクの兄貴が勢いを殺さなきゃクレベリのトゲ槍を防ぎきれなかったじゃンゴ」
(なんだ、この小さいのは……それに兄貴?)
「二人ともティリア様の前ではしたないですよ。まったく」
また別の声だ。
その声は地面から聞こえてきた。それもお嬢様のすぐそばからだ。ふと地面に目をやると、お嬢様をかばうように薄紫色の髪を肩まで伸ばした少女が立っていた。髪色と同じゆったりとしたスカートが良く似合う少女だった。この子もまた先ほどの二人と同じくらいの大きさだ。その女の子は男二人を見てあきれているようだ。
「そうそう。ラビーのいうとおり。アルクにぃがいなければ、カカーもリュウゼツもすり潰されていたね」
「カカッ! ヤーローの野朗! 余計なこと言うな!」
「野朗じゃないよ! 女の子だもん!」
女の子だもんと自己主張する声は僕のすぐそばから聞こえてきた。これで四つめの声だ。
ふと手元を見るとそこには赤紫色の髪をショートカットにした少年……いや、少女が浮かんでいた。この子もまたヨヨさんほどの大きさだ。男の子と間違えそうになったが、ふわっとふくらんだバルーンキュロットがよく似合っている。
その女の子は自分の背丈ほどもあるビンを抱えていた。そんな彼女と目が合った。すると彼女はにっこりと僕に微笑み、僕の腕に着地する。何をするつもりか見ていると、彼女は軽々とビンをひっくり返し、その中身を僕の両手にかけ始めた。避ける間もないほどの早業だ。そのビンから出てきたのは若干、とろみのある緑色の液体だった。なんの液体かは不明だが血だらけの手から血があっという間に洗い流されていく。特にしみることもなく、ひんやりとした感触が気持ちいい。
しかし、この四人は何者だろうか。なぜ彼らは僕とお嬢様の名前を知っているのだろうか。彼らの正体がわからない。
ただ会話の内容から、カカオの盾を持っているのがカカー、リュウゼツランを持った中年がリュウゼツ、お嬢様の前にいる薄紫色の髪の子がラビー、ボーイッシュな女の子がヤーローだとわかる。
(……そんなことよりお嬢様だ!)
この連中のことを調べるのはあとだ。
お嬢様を見れば怪我一つなくご無事のようだ。少し驚いた顔で、突然現れた彼らを見ている。僕はほっと胸をなでおろした。
「なんで、精霊たちが戻ってきてるのよ!」
「リア! 今はそれどころじゃないわ。アルクくん! こっちでクレベリを押さえているから今のうちにティリアちゃんを!」
突然現れた子たちを見て驚いたのはリアルルさんだ。
どうやらこの連中は精霊らしい。
ニーナさんはリアルルさんと協力してクレベリの暴走を抑えてくれている。クレベリのことはリアルルさんたちに任せることしよう。
お嬢様たちには急いでここから離れてもらわなければならない。
「ニーナさん! しばらくの間、お願いします!」
僕はツルから手を離し、『執事ボックス』から取り出したソウルイーターでたたき斬る。斬った瞬間、クレベリのいるほうから、「ガァァッ」と苦しげなうめき声が聞こえてきた。どうやらこのツルは彼女の一部でもあるらしい。クレベリが引き戻そうとしたツルは、ソウルイーターに魔力を吸われ、ボロボロと崩れていった。
――クレベリの苦しげな声が実に心地よい。
「うぉっ」
「ぬがっ」
「ふわっ! アルクにぃひどいよ!」
前触れもなくツルを切断したせいだろう。はずみでツルを受け止めていたカカーとリュウゼツ、それに僕の腕にいたヤーローが引っくり返ってしまった。非難する声が聞こえたが文句はあとでゆっくり聞くことにする。「兄貴」とか、「アルクにぃ」とか、こちらも聞きたいことが山ほどあるのだ。
だが今、優先すべきはお嬢様だ。
あえて精霊たちの声を無視した僕はソウルイーターを『執事ボックス』にしまうと急いでお嬢様の元へと駆け寄った。
お嬢様の元に駆け寄る途中、ラビーは邪魔にならないようにするためかスッと脇に寄って道を譲った。そのとき一瞬だけ彼女と目が合った。ラビーは軽く微笑み、僕に向かって会釈をした。その態度からも僕らと敵対する気はないようだ。
駆け寄った僕をお嬢様は不安げな目で見上げておられる。
僕は膝をついて目を合わせ、念のため確認する。
「お嬢様! お怪我は? 痛いところはございませんか」
「……うん。大丈夫なの」
「よかった」
気丈にも大丈夫と強がるお嬢様だったが目にはうっすらと涙がたまっていた。
「申し訳ありません、お嬢様。僕の力が弱かったばかりに怖がらせてしまいました」僕は頭を下げ、謝罪する。
「ううん。アルクんのせいじゃないの。ティリアが勝手に来ちゃったから。だ、だから大……丈夫なの――ひっく、ひっく、うあぁぁん」
やはり怖かったのだろう。
お嬢様は僕に抱きつくと大きな声で泣き始めた。
僕はそっとお嬢様の背中に手を回す。
お強いとはいってもお嬢様はまだ三歳にもなっていない。突然、目の前に尖ったものが飛んでくれば怖いと思うに決まっている。
「もう大丈夫ですからね」
優しく声をかけ、お嬢様の背中を軽くたたく。
そんな僕とお嬢様にぶつかるように抱きついてきたのはシュリーだった。
「ねえさまに怪我がなくてよかったのー! わぁぁん」
シュリーはお嬢様が無事であったことに安心したのか、お嬢様以上に泣きはじめた。僕はシュリーにも手を回して背中を叩いてやる。
するとお嬢様とシュリーの周りにウサギンが集まってきた。そして何を思ったのか自分たちの体を僕たちに擦り付けている。ときどき僕にも当たるもふもふした毛の感触がくすぐったい。恐らくウサギンたちはお嬢様とシュリーを慰めているつもりなのだろう。
「ティリア様、大丈夫ですか?」
この声は先ほど会釈をした薄紫の髪を持つ精霊ラビーだ。宙に浮きながら泣いているお嬢様を心配そうに見つめている。するとラビーはダンスのようにその場でくるりと一回転。優雅できれいなターンを見せた。
しばらくすると、どこからともなくラベンダーの香りが辺りを包み始めた。香りがゆっくりと心に安らぎを与え、癒していく。確かラベンダーには心を落ち着かせる鎮静作用があったはずだ。
ウサギンの優しさとラベンダーの香りのおかげだろうか。
最初こそ声をあげて泣いていたお嬢様とシュリーも徐々に落ち着いてきたようだ。今では足に体を擦り付けるウサギンがくすぐったいのか、二人から声を抑えた笑い声が漏れ始めている。
お嬢様の周りにほかの精霊たちも集まってきた。トゲをカカオの盾で防いだカカー。メキシカンハットを被ったリュウゼツ。そして男の子と間違えそうな赤紫の髪を持つショートカットのヤーロー。これがすべて精霊だという。
彼ら、彼女らが何の精霊なのかはわからない。なんとなく見当もつくが今は確認している場合じゃない。少なくてもお嬢様に危害を加えようとする気はないようだ。それどころか僕に抱きついているお嬢様を慈しむような目で見ている。
「ヨヨさん!」
「ごめん! アルクん!」
「お嬢様とシュリーを任せてもいいですか」
「わかった!」
声をかけるやいなやヨヨさんは謝罪の言葉を口にした。どうやらお嬢様を止められなかったことに対する謝罪のようだ。彼女なりに責任を感じているのだろう。
だが、走るお嬢様を止めることはヨヨさんには難しい。ヨヨさんは僕の走力にもついてこられるので、速さ自体に問題はない。だが、体格差から見ても力でお嬢様を引き止めるのはまず不可能だ。だから彼女を責めるつもりはない。お嬢様が危険な目に合いそうになったことも彼女に責任はないのだ。
――責任があるとすればこの僕だ。不甲斐ないのはお嬢様を危険にさらしてしまった僕自身。僕が弱かったからこそ、クレベリの暴走を止められなかった。お嬢様を怖がらせてしまった。
次に僕はお嬢様の周りに浮いている精霊たちに話しかける。
「君たちはお嬢様の味方か?」
「「「「もちろん!」」」」
いい返事だ。
彼らは声をそろえて僕の問いに答えた。皆、当たり前じゃないかという顔している。
では彼らにお嬢様を託そう。
――もし彼らが少しでもおかしな真似をすればたたき潰してやればいい。
――次は必ずお嬢様を守らなければならなイ。
「お嬢様とシュリーを任せた」
「「「「はい!」」」」
彼らの小気味よい返事を聞いた僕はそっとお嬢様とシュリーの頭をなでた。二人の赤い髪はさらさらとなめらかだ。
(おや?)
いつの間にか手のひらにあった傷が治っている。クレベリのツルにあったトゲのせいでボロボロになっていたはずだ。
まだ少し突っ張る感覚はあるが傷はほとんど消えている。お嬢様の服にも血がついていないことから、もっと前に治っていたのだろう。
ふと、ヤーローに目を向ける。僕の視線に気がついた彼女は、白い歯を見せながら親指を立てた。きっと彼女がかけてくれた液体が手の傷を癒やしたのだろう。治療してくれた彼女に軽く頭を下げておく。
その後、お嬢様とシュリーから手を離し、くるりと回れ右させる。そして、ヨヨさんのほうへとそっと押し出した。何事かと振り返ろうとする二人をとどめ、前を向かせたまま、後ろから声をかける。
「お嬢様たちはお戻りください。今から少しだけ悪い子を叱ってきます」
「アルクん?」
後ろを向いたままのお嬢様が心細そうな声で僕の名を呼んだ。
僕の声が少し震えていたことに気がついたのだろう。
――大丈夫ですよ、お嬢様。
――お嬢様を傷つけようとしタ者を叱るダケです。
――ワルい子にはオシオキが必要デス。
先ほどから誰かが、「そうしろ」と言っている。
もちろん異議はない。
「さぁ、ヨヨさん。お嬢様タちを頼みましタよ」
「ア、アルクん!」
お嬢様を託すためヨヨさんに顔を向ける。
それに対し、なぜか驚いた顔をするヨヨさんだった。何を驚いた顔をしているかはわからないが、一刻も早くここからお嬢様を連れていってもらいたい。
ゆっくりと立ち上がり、お嬢様たちに背中を向ける。
お嬢様のことはヨヨさんと小さな精霊たちに任せておけば大丈夫だろう。
――サァ、始めヨウ。オシオキのジカんだ。
――お嬢様ヲ、ナカセタ。
――お嬢様ヲ、マモラナケレバ。
――ゼッタイニユルスモノカ。
体が熱い。
どうも先ほどからこめかみの後ろがズキズキする。
鈍器で何度もたたきつけるような痛みだ。
――アー、イタイ。
――イタイ。
――イタイ。
――イタイ。
――イタイ。
(くそっ。あー、頭が痛ぇ)
一歩一歩、足を進め、クレベリへと近付く。
「え? アルクんなの?」
「ちょっと! ど、どうしたの? アルクくん」
お嬢様を泣かせたクレベリの近くにはリアルルさんとニーナさんがいる。ニーナさんがどうしたのと聞いてきたが、俺は別にどうもしてない。
ヨヨさんに続き、二人までもが俺を見て驚いている。
さっきからいったい何だというのだ。
……まあ、いい。
俺はクレベリが封じられている封樹の実の前に立つ。
「ちょっと! アルクくん!」
「アルクん、離れて! 危ないわ!」
あぁ、うるせぇ。
危ねぇ目にあったのはお嬢様だ。
その元凶が目の前のコレだ。
早くここから連れ出してほしいのに、お嬢様たちは今も後ろに立ったままだ。これ以上、仕える主人を危険にさらしては執事として失格である。ヨヨさんたちは何をぐずぐずしてやがるのだろうか。
俺は封樹の実の中で暴れているオレンジ頭をにらみつけ、声を抑えて話しかけた。
「……よくもお嬢様を狙ったな。――くそが!」
『中身』の入った封樹の実を思いっきり蹴る。
実はもげることなく枝と一緒に激しく揺れた。
蹴った勢いで『中身』が樹液と一緒に激しく動いている。封樹の実の中で体と頭を何度もぶつけていた。まるで荒波にもまれる枯れ葉のようだ。右へ左へと『中身』がぶつかるのを見ていると少しだけ胸のつかえが下りた気がする。
「ちょっと! 何するの!」
非難の声がリアルルさんからあがったが無視だ。
おしおきの時間はまだ始まったばかりだ。
(ただでさえ頭が痛いっていうのに、お嬢様を泣かせやがって。そんなところに閉じこもっていないで、さっさと俺の前に出てきやがれ)
俺は取り出したソウルイーターを封樹の実に突き刺し、そのまま一気に振りおろした。ゴムのように弾力のあった皮は魔力を吸われ、抵抗もなくスパッと切れる。そして辺りに大量の樹液をばらまいた。
どうやら樹液に匂いはないようだ。一応木の実らしいが食べられそうな部位はない。まあ、ゴムみたいな皮と睡眠効果のある樹液なんて口にしたいとも思わない。それに食べたら眠ってしまいそうだ。
(おっと。冷静に食材かどうかを判別している場合じゃなかったな)
「うそ! なんで切れるのよ!」
「ちょっと! アルクくん! 封印を解いてどうするの!」
二人ともさっきから何を言ってるんだ?
お嬢様を泣かせたコレを処分するに決まっているだろう。
「ガッ!」
俺は中にいるクレベリの首をつかみ、外に引きずり出した。首は細く今にも折れそうだ。そしてそのまま右手一本で彼女の身体を吊り下げる。先ほどの小さな精霊たちの倍以上の身長があるとはいえ俺よりは低い。その俺が腕を上に伸ばせばクレベリの足は地につかない。
宙に浮いた状態でバタバタと足を必死に動かすクレベリ。精霊でも息を吸うのか、苦しそうな顔を浮かべている。両手で俺の右腕をつかんでいるが、もともと非力なのかその手に力はなかった。
「アルクの兄貴! それじゃクレベリが死んじまうんじゃンゴ!」
「だめだよぅ! アルクにぃ!」
後ろから聞こえてきた騒がしい声はリュウゼツとヤーローだ。お嬢様を任せたんだから、さっさとここから離れろよと言いたい。
それにおかしなことを言う。
死んじまうも何もこれは罰だ。
だが、クレベリもおとなしく罰を受けるつもりはないらしい。彼女は手の甲からムチのようなツルを出すと、それを俺の右腕に巻きつけてきた。その動きはまるで蛇のようだ。あっという間に巻き付いたツルは俺の腕をギリギリと締め付ける。なるほど腕の力よりかは強いようだ。
もしかして腕を折ろうとしているのだろうか。しかし、この程度の力で腕を折られるほど俺はやわじゃない。それにこのツルにはトゲがなかった。いやはや、なんともなめられたものだ。
何の真似だとクレベリを見上げ、鼻で笑う。
するとクレベリは、「ギヒィ」っと、いやらしい笑い声をあげた。
「ッ!」
次の瞬間、腕に鋭い痛みが走る。腕に巻きついたツルをみると、そこには五センチほどの釘のようなトゲが無数に生えていた。トゲは執事服を貫き、腕に何本も突き刺さっている。どうやらトゲの形や出し入れは自由にできるらしい。
(なるほど。こういうこともできるのか。様子を見ていたとはいえ油断大敵だな)
だが、腕が穴だらけになろうとも俺の手が彼女の首から離れることはない。
俺が平然としていることにクレベリは狼狽しているようだ。
そんな彼女に優しく笑みを向けてから、改めて腕の状態を確認する。釘のようなトゲのせいで執事服の袖は穴だらけだ。それに加え、袖からは血が染み出していた。地面にもポタポタと血が滴り落ちていることから、それなりのケガをしているらしい。
(大切な執事服を穴だらけにしやがって……)
だが、腕に力は入るし、「ちぎれ」たわけじゃない。そもそも利き腕を傷つけたくらいで逃げられるとでも思っているのだろうか。それに腕は二本あることを知らないらしい。やはり俺をなめているのだろう。
俺は怪我一つないもう片方の手も彼女の首にかける。そして花を手折るようにゆっくりと力を込めた。クレベリの首に俺の両手が食い込み、本人の意思に背いて傾いていく。
「兄貴ぃ!」
「アルク兄様! それ以上いけません」
「アルクん! 何をするつもりなの! やめて!」
兄貴? 兄様? 今の声はカカーとラビーか。
それにリアルルさんが悲痛な声をあげている。
しかも後ろにいた四体の精霊たちが慌ててこちらに飛んできているようだ。
(おいおい。お嬢様はどうした)
やれやれ。
あきれてものも言えない。
(ったく。どいつもこいつもさっきからうるせぇな)
「黙ってみていろ。――精霊ども!」
魔力を全開にして『執事カゴ』を五つ展開。
俺はクレベリに顔を向けたまま、後ろから迫る四体の精霊と近くにいるリアルルさんを『執事カゴ』の中に封じ込めた。
ゴン! ガン! ペチン。ポテ。
「グガッ」
「ゲベッ」
「きゃ」
「ふぇっ」
作り出した『執事カゴ』に閉じ込められ、勢い余ってぶつかる小さな精霊たち。固い物にぶつかったような音を奏でたカカーとリュウゼツは、カゴの中で悶絶している。特に意味はないがラビーとヤーローの『執事カゴ』は強度をそのままに柔らかくしておいた。多分ぶつかったダメージはほとんどないだろう。
男女平等。何ら問題はない。
「なっ! これは! 結界魔法!」
「そこでじっとしていろ」
どうやらリアルルさんは結界魔法のことを知っているようだ。さすがは数々の結界を操る上位精霊だけのことはある。
そのリアルルさんは『執事カゴ』の内側を叩いたり、魔力を流したりして結界を破ろうとしていた。だが『執事カゴ』は何をしてもびくともしない。結界が得意な彼女とはいえ、魔力を込めた俺の執事魔法はさすがに破れないだろう。
しかし、思い出すだけでも腹が立つ。
取引とはいえ、助けるつもりで狂った精霊たちの様子を見に来た。だが、こともあろうにクレベリはお嬢様に危害を加えようとしやがった。自分自身の不甲斐なさにも腹が立つが、お嬢様を泣かせたのはこのクレベリだ。
怒りに呼応して体の底から魔力がふつふつと沸き上がる。怒りのせいか魔力が俺の体を包んでいるかのようだ。
「くっ。何、この魔力! ありえない!」
「ちょっと! アルクん! 落ち着きなさい」
ニーナさんとヨヨさんの声が耳に入る。
ヨヨさんはまだお嬢様たちを連れていってないようだ。ヨヨさんにも困ったものだ。それに俺は落ち着いている。何もしなければ精霊たちに危害を加えるつもりはない。ただ、しばらくじっとしててもらうだけだ。
(くっ! 頭がいてぇ……ぐぁっ)
突如、左右のこめかみの後ろあたりに激痛が走った。頭を鈍器で殴ったような痛みだ。俺はクレベリを地面に落とし、痛みの走ったところに手をやった。すると何か固いものがあることに気づく。
(なん……だぁ、これは?)
触ってみると湾曲した円錐状のものが生えていた。まだ小さいがそれは大型肉食獣のツメのような形をしている。先端はそれほど鋭くない。
これはもしかすると――。
(角……か?)
確か成人したフォメット族の男には角が生えると大神官様の本に書いてあった。だが、俺が成人となるまでにまだ何年もある。もしかしたら個人差があるのだろうか。まあ、生えてきたものは仕方ない。違和感こそあるが転生し、魔族となった今、何ら不思議なことではない。
そうだ。
角なんてどうでもいい。
地面に倒れるクレベリを一瞥する。
そろそろ終わりにしよう。
「やめて! アルクん!」
俺の表情に何かを悟ったのか、『執事カゴ』の中からリアルルさんが叫ぶ。
仰向けに倒れているクレベリの身体は、ぐったりとしており、動く気配はない。だが、胸が上下していることからまだ生きてはいるようだ。
彼女の口からは白い泡が吹き出しており、黒く濁った瞳からは黒い涙が流れていた。
(なるほど)
リアルルさんは変貌したクレベリを見て悪魔みたいだといっていた。どうやらその言葉は正しかったようだ。黒い涙は悪魔が取り憑いているという証といえる。しかし、悪魔だろうと精霊だろうと知ったことではない。
「アルクん! だーめなの!」
後ろから聞こえてくるお嬢様の震える声。
結局、ヨヨさんはお嬢様を連れ出してはいないようだ。
(まったく、ヨヨさんに任せた意味がないじゃないか)
早くここから離れるようお嬢様に声をかけようとしたときだ。
俺の胸元で青白く光るものが目に入った。光っていたのはベルゼブブからもらった青い水晶のペンダントだった。これは彼と交信することができる魔道具だ。きっとあふれている俺の魔力に反応したのだろう。
ただ不思議なことに倒れているクレベリにも青白く光るものがあった。ずいぶんと小さい光だが、ちょうど胸骨の一番上あたりにある。俺はその光の源を探ろうと彼女にゆっくりと手を伸ばした。
「だーめなの!」
お嬢様の叫ぶ声が聞こえた。
普段聞くことがないほど大きな声だ。
「ティリアを傷つけるつもりはなかったと泣いてるの! だからだーめなの!」
悲しげなお嬢様の声にクレベリへと伸ばしていた手を止める。
だめ?
お嬢様は何をおっしゃられているのだろうか。
俺は背中越しにお嬢様へと話しかけた。
「お嬢様。例え、お嬢様のお言葉とはいえ彼女を許すことはできません。一度でもかみついた者はのちのち必ず害となります。何よりもお嬢様を泣かせる者など、このアルクが許しません」
仕える主人に対し、顔を見せずに返答するなぞもってのほかだ。だが今だけは許していただきたい。
クレベリの身体から出てる光を調べるのは、もうやめだ。さっさと処分してしまおう。
俺は伸ばしていた手を引っ込め、『執事キッチン』で炎を呼び出す。その炎は塊となり、俺の手の上で一メートルほどの大きさになった。うねる炎がじりじりと周りの空気を焦がしていった。
「アルクん! だーめなの! クレベリちゃんは悪くないの!」
お嬢様。
悪いのはすべてこのクレベリですよ。
そのクレベリは仰向けのまま濁った目で炎の塊を見つめている。悪魔に取り憑かれているとはいえ覚悟が決まったか、それともただ単に動けないだけかはわからない。だが彼女に抵抗する気配はなかった。
……ん? そうだ、悪魔だ。クレベリに取り憑いた悪魔が出てこない。宿主が弱れば慌てて飛び出してくるころだ。もしかして悪魔が取り憑いたわけではないのか? 彼女の胸には今も青白い光がある。
(まあ、どうでもいいか)
クレベリを『執事箱』で閉じ込める。閉じ込めたのは炎を投げ込んだあと、ハーブ園に火が広がらないようにするための配慮だ。それと同時に彼女の棺桶でもあった。
(その中でお嬢様を泣かせたことを償うといい!)
俺は炎の塊を棺桶の中へとたたきつけ――
「やめなさい! アルク!」
力強いその言葉に、一瞬だけ頭に激痛が走る。
そして反射的に振りかぶっていた手を止めた。
今の声は紛れもなくお嬢様の声だ。
だが、その声には決意と叱責と悲しみの思いがこもっていた。
『僕』はハッとして振り返る。
振り向いた先には胸を張り、両手を腰に当て、仁王立ちするお嬢様がいた。
その目は涙目だったが、少し怒ったような顔でまっすぐ僕を見つめている。そして反論を許さないという力のこもった目でもあった。まだ三歳にもならないお嬢様だが、貴族として、上に立つ者としての、そして僕が仕えるお嬢様として凛とした態度だった。
手に持った炎をすぐに消し、お嬢様に向き直る。そして胸に手を当てながら片膝をつき、お辞儀をする。
「はっ。かしこまりました。お嬢様」
続いてクレベリやリアルルさんたち精霊全員の結界魔法を解除する。開放されたリアルルさんと精霊たちは慌てるようにクレベリの元へと飛んでいった。
僕はお辞儀をしたままお嬢様の言葉を待つ。
すると、お嬢様がこちらに歩いてこられる気配があった。僕はかしずいたまま彼女を待つ。お嬢様は僕の前に立つと、いつもと違う口調でおっしゃられた。
「アルクん! ティリアがだーめと言ったらだーめなのです! わかりますか? なの?」
「……はい。申し訳ございません」
今の口調は、奥様が旦那様を叱るときの口調を真似したに違いない。
侯爵様が大好きな魔道具を奥様に黙って買ってきたときに聞いた覚えがある。確か隠してあった魔道具を奥様が見つけ、侯爵様を叱っていたときの口調そっくりだ。そういえば奥様も侯爵様を前に仁王立ちだった。あのときお嬢様は――いなかったはず。
あれ? ……お嬢様はいつどこでそのようなご両親の姿を目にしたのだろうか。
「だーめなものはだーめなの!」
戻った。いつものお嬢様の口調だ。
多分話しにくかったのだろう。
だがこれは喜ばしいことだった。
お嬢様はこれから多くの魔族を従える身。そのご自覚が出てこられたのかもしれない。
「はい。申し訳ございません」
「……でも、ごめんなさいなの」
「はい?」
「ティリアが……ティリアが来ちゃったからアルクんがケガしちゃったの」
先ほどまでの勢いはどこへやら、お嬢様は今にも泣きそうな顔だった。両手をぎゅっと胸元に引き寄せて、上目遣いで僕と血だらけの腕を見ている。
ご自分が危ない目に遭われても使用人である僕を心配してくださるとはお嬢様は本当にお優しい。
「大丈夫! お嬢様! ケガなんてすぐに治ります。『いたいのいたいのとんでけー!』 ですよ」
「とんでけー?」
「はい。いたいのを飛ばしちゃう魔法の言葉です。治療魔法と一緒に使うと更に効果的ですよ、ほら」
僕は、「いたいのいたいのとんでけー!」と唱えながら、『執事診療所』で腕の傷を治す。角が生えた場所にもかけようと手で触る。だが、そこに角はなく、頭からすっかり消え去っていた。まさか伸縮自在なのだろうか。なにしろ初めてのことなのでよくわからない。
僕は執事服を脱ぐと、心配そうに見つめるお嬢様にケガをしていた腕を見せる。そこには傷ひとつない腕があった。執事服のほうは残念ながら直せそうにない。
「本当なの! とんでちゃったの!」
きらきらした大きな目をさらに大きくしながらお嬢様が僕の腕をなでる。
「心配してくださってありがとうございます。もう大丈夫です」
「じゃあ、クレベリちゃんとリリィちゃんにもとんでけー! してあげてほしいの!」
「リリィ?」
「クレベリとは別の狂ってしまった精霊の名前よ。……アルクくん。もう戻ってるみたいね」
「あっ、本当だ。アルクん、戻ってる」
後ろを振り返るとニーナさんとヨヨさんがいた。
リリィとは封樹によって眠らされているもうひとりの精霊らしい。
「戻ってる?」
「覚えてないの? 瞳孔が三日月のように横向きになっていたわ。なんなの? あれ」
「アルクんの目が怖かったわー」
そういえば白の賢者様が言っていた。フォメット属は羊に似た魔族であると。羊や山羊は瞳が横向きになっている。慣れれば可愛いと思うのだが、見た印象はそれぞれ違うのだろう。
お嬢様が泣かれ、怒りの感情が表に出たことで僕の身体に何か変化があったのだろうか。今は消えてしまった角も怒りの感情によって出てきたのかもしれない。
ただニーナさんもヨヨさんも僕の頭に生えていた角は見ていないようだ。
自分で口にしたことではあるが、『俺』とか恥ずかしいったらありゃしない。口には出していないと思うが、思い出すだけで顔が赤くなる。執事として下品極まりない言葉遣いだ。
「……さぁ? 僕にはさっぱり。すいません、ご迷惑をかけて」
「それよりもクレベリを診てあげて。ヤーローが治療しているけど狂ってしまった精霊にはあまり効き目がないみたいなの」
「アルクん! 早くとんでけー! してあげるの!」
「はい、わかりました」
お嬢様のご命令に僕はクレベリのもとへと急いだ。
横たわった彼女の前にはリアルルさんをはじめ、精霊たちが心配そうな顔で集まっていた。その中のひとり、ヤーローはクレベリに例の液体をかけている。だがあまり効果を発揮していないようで目に涙を浮かべていた。
クレベリの体は上下しており、息はあるようだ。身体は傷だらけで、なにより目立つのは僕がつけた首のアザだった。今も指の跡が残っている。
僕が近づくとリアルルさんたち精霊が一斉に僕を見た。皆の目には警戒の色が浮かんでいる。だがそれもお嬢様が駆け寄ってきたことで一気に和らいだ。
「アルクんがとんでけー! してくれるの!」
「アルクくんはもう大丈夫よ。元に戻ってる」
お嬢様とニーナさんの言葉に残っていた緊張も解けたようだ。ほっとした表情を浮かべるリアルルさんと精霊たち。クレベリにひどいことをしたのは僕だというのに彼らは許してくれるのだろうか。
僕は彼ら、彼女らに頭を下げる。
「すいませんでした。クレベリは僕が治します」
その言葉に小さな精霊たちが顔を輝かせた。
「兄貴っ」「アルクの兄貴っ」、「兄様っ」、「アルクにぃ!」と妖精たちの兄合唱が聞こえてくる。なかでもクレベリを治療していたヤーローの声は大きかった。「早く! 早く!」と僕の腕を引っ張っている。
怒りのあまり平常心をなくしていた僕だったが、自分がやったことは覚えている。クレベリをここまで追い込んだのは僕自身だ。彼女を治すのは僕の責任だ。
それにクレベリのことで気になることがあった。
それは例の青白い光だ。
精霊たちの間に座った僕は、彼女の胸に目を向ける。すでに青白い光は消えていたが、彼女の胸元には小さな水晶が埋まっていた。ベルゼブブにもらった魔道具とそっくりな青い水晶だが、大きさは米粒ほどしかない。
「リアルルさん。この水晶の欠片ってもともと埋まっていたものですか?」
「え!? な、なにこれ! クレベリにはなかったわよ!」
どうやらリアルルさんも初めて見るようだ。
念のため、『執事診療所』を使って彼女を治療してみたが効果がない。もう一度試してみると執事魔法の魔力が青い水晶へと吸い込まれていくのが見えた。
それを確認した僕はソウルイーターを取り出し、彼女の胸にそっと近づける。それに声を上げたのはリアルルさんだ。
「何をするの!」
「今の僕は彼女を傷つけようなんて思ってません。どうか信じてください。お嬢様に誓って彼女を傷つけないと約束します」
「……わかったわ」
了解を得た僕は、彼女に埋まっている水晶の根元に切っ先を当て、軽くソウルイーターをはじいた。その拍子にクレベリから、「くっ」と短い声がもれる。青い水晶は何の抵抗もなくクレベリの身体から離れ、地面に落ちた。僕はそれを拾い上げ、『執事ボックス』の中に保管する。
ちょうど水晶があったクレベリの胸元からは黒い血のような液体がひとすじ流れ落ちた。
僕は流れた血をハンカチでぬぐうと、すぐさま『執事診療所』を発動。すると今度はうまくいったようで、水晶がはがれたときに残った傷はきれいに治っていた。続いて、彼女の首につけたアザや身体の細かいキズをすべて治す。
治療中、彼女にある変化が現れた。
執事魔法で治療するたび、彼女のくすんだオレンジ色の髪が鮮やかなオレンジ色へと変わったのだ。今ではまるで輝いているように艷やかだ。また、ひび割れていた顔はなめらかになり、唇はまるで熟れた果実のように赤みを帯びている。今の彼女は活発そうな女の子にしか見えない。治療中、隣にやってこられたお嬢様も、「この子も可愛い精霊さんなの!」と喜んでいた。
きっとこれが彼女本来の姿なのだろう。
「う、うーん」
寝ているクレベリの口から声がもれた。どうやら目を覚ましたようだ。リアルルさんをはじめ、小さな精霊たちから彼女の名を呼ぶ声があがる。
「クレベリ!」
「ん? ……ここは?」
「クレベリ! 大丈夫なの?」
「え? そういえば私……あ! そうだ! ティリアちゃん! 信じてくれてありがとう」
目を覚ましたクレベリはもはや狂ってはいないようだ。
それどころか身体を起こした彼女は、僕を押しのけ、隣にいたお嬢様へと抱きついた。
「ティリアちゃん、ごめんね。怖かったよね」
笑顔のお嬢様は、抱きつくクレベリを慰めるように彼女の頭をぽんぽんと優しく叩いた。そばに来たシュリーもクレベリの頭をなでている。それにいつのまにか小さな精霊たちもお嬢様に抱きついていた。とりあえずお嬢様に抱きついているカカーとリュウゼツを引きはがし、クレベリに引っ付けておく。
「大丈夫なの! アルクんが守ってくれたの」
周りを精霊たちに囲まれたお嬢様が元気に答える。
その声にクレベリはハッと顔をあげ、僕の顔をまじまじとのぞきこんだ。キレていたとはいえ、彼女を傷つけたのはこの僕だ。きっと僕のことを憎み、恐ろしいと感じていることだろう。
「ありがとう! アルクお兄ちゃん! お兄ちゃんのおかげで助かったの」
「へ?」
クレベリはそう言うと、少し顔を赤らめながら飛びつくように抱きついてきた。僕は慌てて彼女を受け止める。僕の腕の中にすっぽりとおさまった彼女は、まるで猫のようにほおずりを始めていた。
どうしてこうなった?
えーと、キミをフルボッコにしたのは僕だ。それがなぜなつかれるのだろうか。
「今を思えば、お兄ちゃんのあの怒った魔力。首をつかまれたときのドキドキ感。身体に走る衝撃。……私、すごくゾクゾクしたわ」
そんなことを言いながら、ぎゅっと抱きついてくるクレベリに違う意味でゾクゾクした。念のために言っておくが悦びのゾクゾクではなく、寒気のほうのゾクゾクである。精霊にもそういう子がいるのかと驚かずにはいられない。
これはあかん精霊だ。もしくは残念な精霊に違いない。
お嬢様! 見てはいけません!
それにしても精霊たちが僕を兄と呼ぶのはなぜだろうか。そもそもお嬢様はどうやってクレベリたちが泣いていると知ったのだろう。
その後、リリィと呼ばれた精霊を調べるとクレベリと同じような水晶が身体についていることがわかった。水晶をはずしてやると、リリィも狂化から元の状態に戻すことができた。開放する前は、治療前のクレベリと同じようだった彼女の容姿も今ではすっかり元に戻っている。『執事診療所』を何度もかけてやると、彼女の灰色がかった長い髪は真っ白に輝く美しい髪となった。
「兄さん、ありがとう」
クレベリと違い、少しおとなしめの彼女からもお礼の言葉をかけられた。彼女も僕のことを兄と呼んでいる。
それはともかく精霊が狂った原因は間違いなくこの青い水晶だろう。その米粒大の水晶は僕の『執事ボックス』に入れてある。この水晶のことはベルゼブブにでも聞いてみるつもりだ。
この騒ぎもようやく落ち着き、僕たちはハーブ園からリアルルさんの家の前に戻ってきた。そこで改めてクレベリやニーナさん、それに精霊たちに頭を下げる。
「今回は僕の暴走でご迷惑をおかけしました。本当にすいません」
「ううん。結果的に狂ってしまったクレベリとリリィを治してくれたのはアルクんよ。それにティリアちゃんのおかげね」
「ティリア、頑張った?」
「ねえさまはすごいの」
「うん。すごく頑張ってくれた。ありがとう、ティリアちゃん」
首を傾げるお嬢様にリアルルさんは満面の笑顔で微笑んだ。彼女の笑顔を向けられたお嬢様も負けないくらいの笑顔を返している。シュリーもそんな姉を見て誇らしげだ。
「それに元はといえば私のせいよ。精霊たちの狂化もティリアちゃんを危険な目に合わせたのもアルクんにケガをさせたのもね」とリアルルさん。
「それをいうならティリアちゃんを守ると約束した私もね」と話すニーナさん。
「ティリアちゃんを止められなかった私もよ」ヨヨさんも自分が悪いと言い出した。
「違うの! ティリアが勝手に出てきちゃったからティリアが悪いの!」お嬢様も言葉を続ける。
「ねえさまは悪くないの。悪いのはねえさまを守れなかった私なの」お嬢様に遅れまいとシュリーも参加。
「ティリアちゃんにケガをさせようとしたのは私。私が悪いの」とクレベリ。
「えーと……ずっと寝てた私も悪い、と思う」とリリィが自信なさげにつぶやいた。
皆が口々に自分たちが悪い悪いと言い始めた。そんな皆が互いに顔を見合わせた。そして誰かが笑い出したのをきっかけに皆の笑い声が辺り一帯に広がるのだった。
「ところでお嬢様。なぜクレベリやリリィの声が聞こえたんです?」
「うーん? みんなは聞こえないの?」
「狂ってしまった精霊の声は私でも聞こえないわ」とリアルルさん。
お嬢様には狂ってしまった精霊の声が聞こえていた。
クレベリとリリィによると狂化している間もうっすらと意識はあったそうだ。だが身体は自分の力で動かすこともできず、声も出せなかった。そんな彼女たちの心の声を聞いてくれたのがお嬢様だったという。ただし、会話はできていなかったようだ。
「それにしても……」
ため息をつきながら、お嬢様を見るリアルルさん。
僕も彼女につられてお嬢様に目を向ける。
お嬢様はシュリーを背中から抱きしめていた。シュリーも実に幸せそうだ。まあ、それはいい。その二人の足元にはウサギンがひしめきあっている。真っ白なもふもふしたじゅうたんのようだ。まあ、それもいいだろう。
だが、お嬢様の左右からクレベリとリリィがぴったりと寄り添い、お嬢様の頭の上ではカカー、リュウゼツ、ラビー、ヤーローがふわふわ浮かんでいる。まさに今のお嬢様はウサギンと精霊に囲まれているのだ。そして仲良くおしゃべりを楽しんでおられる。
ちなみにクレベリはモミジイチゴ、リリィはヤマユリ、カカーはカカオ、リュウゼツはアオノリュウゼツラン、ラビーはラベンダー、ヤーローはセイヨウノコギリソウの精霊らしい。皆、同じ中位精霊だそうだがクレベリとリリィはその中でも力の強い精霊だそうだ。
「ティリアちゃんは精霊とウサギンに好かれてるわよねぇ」
しみじみとリアルルさんがこぼす。
「お嬢様ですから、当然です」
「……今回の件でアルクんがどれだけお嬢様を大切にしているかよくわかったわ」
あきれたような目で僕を見ているが、今回は僕も反省しなければならない。執事はいつも冷静でなければならないのだ。怒りに身をゆだねるようではセイバスさんのような執事にはなれない。
「ティリアちゃんのためなら魔王様にもケンカを売りそうだわ」
「当たり前じゃないですか。魔王様ごときがお嬢様に無礼を働くなど許されません」
「……一応、魔族の王様よね。魔王様って」
ヨヨさんの指摘にあっさりとうなずく僕。そんな僕を見てニーナさんまでもが呆れた目で僕を見た。僕から言わせれば当たり前のことなんだが、何か問題でもあるのだろうか。
「そろそろお茶会も終わりでしょうか。ハーブの件はまた別の日にお話しにあがります」
「それならもう取引をするつもりで考えているわよ。クレベリとリリィを治してくれたお礼にね」
「本当ですか! ありがとうございます! さっそく侯爵様に報告しなければ。……今日お嬢様に起きたことも含めて」
今からのことを考えるとおもわずため息がでる。
理由はどうであれ、誰が原因であれ、お嬢様を危険にさらしたのはこの僕だ。お嬢様を守る執事でありながら、結果としてお嬢様を泣かせてしまった。侯爵様たちにお嬢様のことはお任せくださいと大口を叩いておきながら、なんたる失態だろうか。
侯爵様と奥様の叱責や執事長の罰は当然としても、やはり心が重くなる。
「あっ! アルクん! それならちょっと考えがあるんだけど」
そう言って、にたぁと笑うのはヨヨさんだった。




