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第百二話 甘さと狂気

「アルクんには私の手伝いをして欲しいのよ。精霊が狂った原因と狂った精霊を元に戻す方法をね。それがハーブを取引するための条件よ」


 リアルルさんのハーブ園に招待されたお嬢様と僕たち。

 そしてハーブを取引するため、彼女から条件が出された。


「……ハアァ」


 僕は彼女に聞こえるようにため息をつく。


「え? なに? そのため息は」

「……(わかってなさそうだな)」


 また無茶な条件を出してきたものだ。

 精霊が狂った原因を調べるのを手伝えと彼女はいう。樹木の精霊である彼女でもわからなかった原因だ。しかも元の状態に戻して欲しいとまで言い出した。


 しかし、僕がため息をついたのは無茶な条件に対してではない。


 僕がため息をついたのは、彼女の認識に対してだ。


「精霊が狂った原因は何だと思います?」

「……それを知りたいのよ」

「本当は気づいているんじゃありませんか? 獣族、龍族、人族の誰かのせいだと。もしくはその全員が怪しいと」

「っ!」

「あくまで結果論ですが交流会を中止にしたあと狂った精霊はでていない。ハーブ園や精霊に原因があったとは思えない。このことからも精霊の狂化が起きた日に必ずいた三名が怪しいんですよ。犯人でないとしても何かしら知っている可能性があった」

「そ、それは……」

「あまり言いたくありませんが、精霊が狂った原因はリアルルさんにも責任がありますよ」

「……え?」

「交流会に参加する者たちの身辺調査をしましたか? なぜ参加したのか? 目的は何か? リアルルさんを慕い、ハーブを愛する者ばかりとは限りませんよ」

「……」


 相手のことを調べもせず、無差別にハーブ園に招いたのは彼女自身だ。だからこそ、精霊が狂った原因は彼女にもあると指摘した。


 交流会に参加した者は目的を持って参加していたはずだ。その目的とは彼女が育てているハーブだろう。もちろん純粋に彼女の人柄やハーブが好きで参加した者もいたかもしれない。しかし、それがポーズではないと断言できるのだろうか。

 ハーブには薬となるものも多い。ハーブや香辛料の価値を知ってるものからすればここは宝の山なのだ。


 彼女は黙ったままうつむいている。


 もちろんこの僕も目的を持って近づいたうちの一人だ。

 お嬢様のためにハーブを取引したいとすでに話してある。

 そのうえで僕たちを信じてくれたことはありがたいし、うれしく思う。ヨヨさんとニーナさんの紹介状があることも大きい。


 彼女は魔族に会ってみたかったと言っていた。しかし、それも正直どうかと思うのだ。たまたま魔族の僕と出会うことになったが、僕じゃなかったらどうしたのだろうか。口ぶりからすると魔族なら誰でもよかったに違いない。


 だが、悪い連中というのはどの種族にもいる。魔族だって例外ではない。食品偽装でもうけようとする経営者や同族食いの貴族だっている。それに食材であるハーブに興味がなくてもこの場所は魅力的だ。ここは『モフォグ大森林』を開拓するのに使える安全な拠点となるだろう。

 リアルルさんに近づき、隙を見せたところでハーブ園を乗っ取ろうとする魔族がいるかもしれない。最悪、彼女の命が危険にさらされる危険性だってある。


 彼女は精霊だ。しかしまだ若い。いくら精霊だとはいえ、魔族が束になって襲ってきたら敵わないだろう。誰とは言わないが、歴代の魔王様をフルボッコできる戦闘好きな炎の精霊(大神官)とは違うのだ。


「今のように紹介状を持った者だけを交流会に招待しておけばよかった。そのほうがよほど堅実だったと思いますよ」


 信頼の置ける者から紹介された者のみの参加。

 俗にいう『一見いちげんさんお断り』だが、これには無用なトラブルを回避できるというメリットがある。僕の場合、ヨヨさんとニーナさんから、「この魔族、大丈夫だから」というある程度の保証がされているのだ。そもそもハーブ園はサービス業ではない。交流会に参加する者を選べる立場にあるはずだ。


「……でも……でも」


 今もリアルルさんはうつむいたままつぶやいている。


 また、精霊の件以外にも問題があった。

 交流会の参加者から贈られた花がたくさんあると彼女は言っていた。それに参加者たちは花を贈るだけでなくハーブの世話までしていたようだ。

 しかし、交流会をやめたことでハーブの世話をする者がいなくなった。世話をするのは彼女ひとりだけとなったのだ。結果、世話のできなくなった花とハーブの両方を枯らしてしまった。


 ハーブらを枯らしたのも彼女の責任だ。

 彼女は自分一人で世話ができないほどの花をもらい続けた。参加者が手伝ってくれていたうちは良かったかもしれない。だが、無計画に交流会をやめてしまったせいで世話をしていた者もいなくなった。だから枯らしたのだ。


 前世でこんな話を聞いたことがある。

 無計画なブリーダーが動物を増やしすぎて世話ができなくなった。結果、その動物を大量に飢え死にさせてしまうという話だ。

 『無計画に増やす』のと『断りきれずに増えていく』という違いはあるものの手に負えないほど増えたことに変わりはない。

 世話をする手が足りず植物が枯れていく状態が、そのブリーダーと重なるのだ。

 ドラゴたちが手伝わなければ、今もひどい状態が続いていただろう。


 ドラゴはそんな彼女を優しいと評価していた。

 断らない優しさというのも、確かに優しさなのだろう。

 だが、その優しさは枯れた花たちの犠牲の上に成り立っているのだ。


 これは優しさではなく『甘さ』である。

 彼女の認識は妖精が食べるどんな食べ物よりも甘い。


 その甘さはほかにも影響を及ぼしている。

 参加者の身辺調査を怠ったことやハーブが枯れたことだけではないのだ。


「先ほど、何の確証もないから疑うのもよくない、とおっしゃっていましたよね」

「え、ええ。言ったわ」

「犯人と決まったわけじゃないのに三種族だけを出入り禁止にするのも悪い、ともおっしゃってましたよね」

「……ええ」


 この話を聞いたとき、僕は心の中でため息をついた。

 彼女の甘さにあきれたのだ。


「確かに物的証拠は見つかってません。ですが状況としては最も怪しいのは獣族、龍族、人族の三名だ。狂った精霊がその者らと話していたという証言もあった。ただ、『精霊の狂化とは関係のない魔族』の僕から言わせてもらうと、妖精族とエルフ族――いえ、交流会に参加していたすべての種族だって疑わしいと思いますよ」

「そ、そんなことないわ! 狂った妖精と話をしていたのは三種族だけなのよ!」

「えー。だって交流会に参加していた種族すべてを出入り禁止にしたんでしょ。信用できないから」

「そんなつもりはないわ!」


 リアルルさんは激しく首を振りながら否定し、一瞬だけヨヨさんのいるほうとそばにいるニーナさんに目を向けた。


 彼女は『証拠がない』、『三種族だけでは悪いから』という理由で最も疑わしき者たちを見逃してしまった。『疑わしきは罰せず』ではなく、『調べもせずに放置』したのだ。


 そして交流会をやめ、すべての種族との接触を断った。

 リアルルさんとしては狂った精霊に襲われないよう対策したつもりだったかもしれない。


 だが違うのだ。

 これは疑わしき三種族とほかの種族たちを同等に扱ったことにほかならない。三種族が無罪である可能性も調べていないのだ。彼女はそのことをまったく自覚していなかった。


 これも彼女の甘さが招いた結果だ。

 そして問題を先送りし、逃げただけだ。


「狂った精霊がまたデタワー。疑わしい種族がいるけど証拠がないし、すべての種族との交流をやめマショー。――この対応じゃあ、ほかの種族からしたら自分たちも疑われてると思われても仕方ないですよ? 狂った精霊のことを誰も知らないから言ってきませんけど」

「……そ、そんな」


 リアルルさんは親しい友人にも精霊の狂化については黙っていた。そのおかげで交流会が中止になった原因を誰も知らない。もし知っていたら三種族以外の連中は一緒にするなと怒ったはずだ。もしくは、はっきりとした原因を調べるべきだと進言しただろう。


 先ほど僕がヨヨさんとニーナさん二人の種族名を言ったのはわざとである。リアルルさんのとった無計画な行動は、友人である彼女たちの種族も疑っているのだとわからせるためだ。二人を気にするように見ていたから、さすがの彼女も気がついただろう。


 パッと顔を上げたリアルルさんの目は赤かった。

 目尻には涙がまっている。それは今にもあふれそうだ。


「ちょっと、アルクくん! 言い過ぎ!」


 ニーナさんが怒った顔で僕をにらみ、リアルルさんをかばう。

 だがリアルルさんは現実を知らなければならない。


「そうでしょうか? 優しさと甘さを混同している精霊様には世の中の厳しさと汚さを知る必要があると思いますけどね。優しさはある意味美徳ですが、甘さは自分が好かれたい、相手から嫌われたくないというだけの自己満足ですよ。そのせいで不幸になる者も出る。枯れてしまった花やハーブたちのように」


 二人は黙ったまま僕の話を聞いている。


「交流会だってすぐに中止にするべきではありませんでした。今は結果論として三種族が怪しいと思っていますが、当時はすべての種族に見張りをつけるべきだった。もしかしたら狂った精霊と話をした三種族と共謀している参加者がいたかもしれませんしね」

「そんな悠長ゆうちょうなことをしていたら、また狂った精霊が出たかもしれないわ!」

「そのときはそのときですよ。もちろん見張っているだけではなく、おとり捜査という手もありました。疑わしい種族を別々の日に呼ぶんです。わざと精霊を接近させて尻尾をつかむためにね。そこまで徹底的にやって、完全に参加者が怪しくないとわかってから交流会を中止にすべきだった。そうすれば精霊の狂化と参加していた種族は無関係だとはっきりしたはずです」

「精霊をおとりにすればよかったというの!」


 怒った様子で言ったのはニーナさんだ

 精霊魔法の使い手が多いエルフ族。そのエルフであるニーナさんとしては精霊の扱いに憤りを覚えるのだろう。


 だが僕はそんなニーナさんに首を傾げる。

 ……できるだけ感情のない顔を心がけて。


「ええ。それがどうかしましたか?」

「「えっ?」」

「中位以下の精霊があと数体犠牲になったところで何か問題あります? 精霊数体で犯人が捕まえられるなら、犠牲となった精霊たちも本望でしょう」


 僕の言葉にリアルルさんとニーナさんは口をぱくぱくさせている。

 信じられないといった顔だ。


「上位精霊ならともかく、中位以下の精霊なんて道具でしょう? 主従関係を契約によって結び、使役する。主従関係にも関わらずそこに忠誠心などない。ただの道具ですよ」

「……精霊をなんだと持っているのよ」


 顔を強張らせてニーナさんが絞るように声を出した。

 リアルルさんは少し顔色が悪いようだ。


 だが、実際そうなのだ。

 上位精霊は別として中位以下の精霊とはまず友人関係とならない。あくまで契約によって縛られた関係だ。決して逃げられることのない傭兵ようへいと同じだ。お嬢様とスノーンのユキとの関係が特例であり特別なのだ。


「それに犯人さえ捕まれば交流会を中止にしなくてよかったんです」

「交流会を中止にしたことで狂った精霊は出なくなった。リアの対応は間違っていないわ」

「それは結果論ですよ。確かに狂った精霊は出なくなりましたが、何が原因だったのか調べる機会も失ってしまった。しかも中止にしたことで手が足りなくなり、花やハーブも枯らしてしまっているじゃないですか」

「……うう」


 ニーナさんと僕の間に挟まれているリアルルさんの顔は複雑だった。さすがにここまで言われればわかったはずだ。優しさだと思っていた自分自身の甘さが引き起こしたことに。


「でも狂った精霊のせいで怪我人が出ていたらどうするの。最悪の事態だって考えられたはずよ」

「狂った精霊のせいで怪我人が出る? 最悪の事態? いやぁ、面白い冗談だ。――そんなもの弱いほうが悪いんですよ! そもそも精霊が狂ったのも精霊自身の弱さが原因なのでは?」

「ちょっと! さすがにそれはないんじゃないの!」

「アルクん! それはひどいわ!」


 顔を赤くしてニーナさんとリアルルさんが怒鳴る。


「――と、普通の魔族なら言うでしょう」

「……え?」


 魔族は実力主義だ。

 勝ち負けの結果、勝ったものが正しい。

 だからといってむやみに相手を傷つけていいわけではない。暴力だけが実力ではないのだ。もちろん魔族にも法というものがある。ただし、法が通用するのは魔王国内での話だ。


 どの種族の国でも同じだが、法は万能ではなく、命の保証をするものではない。誰も知らない、誰も見ていないなど、法を問う者がいなければ意味はないのだ。

 特に一人でいる若い精霊が見ず知らずの者を招くなど危険きわまりない。


「魔族というのは実力主義がまかり通る種族なんですよ。それすら知らないで会ってみたいなんて無防備すぎます。もちろん魔族限定の話ではありません。今後、交流会を再会したいのなら参加する連中の種族特性や性格も調べたほうがいいですよ」


 リアルルさんとニーナさんは黙っている。

 これはニーナさんにも言えることだ。彼女も魔族のことをあまり知らず商売をしに魔王国に来ている。そういった意味では、「類は友を呼ぶ」を体現している二人だった。

 交流にしろ、商売にしろ情報というのは大切だ。だがその情報も鵜呑うのみにせず少しは疑うことも必要である。疑ってばかりというのもどうかと思うが、疑うこと自体は悪いことではない。


「はいはい。アルクんもそんなに言わないであげて」

「ティリアの友達をいじめちゃだーめなの!」


 声をかけてきたのはヨヨさんと先ほどまでラベンダーを見ていたはずのお嬢様だ。お嬢様はほほをふくらませて僕を見ている。どうやら僕がリアルルさんをいじめていると思っておられるようでご機嫌斜めだ。

 そんなお嬢様にヨヨさんは優しく話しかけた。


「ティリアちゃん。アルクんはリアをいじめていたわけじゃないの。いろいろ教えてあげてたのよ」

「お勉強なのー?」

「……え」


 短い声をあげたのはリアルルさんだ。

 ヨヨさんが言った言葉に戸惑っている。


 やれやれ。

 もう少し話したいこともあったが、お嬢様を連れてこられてはこれ以上いうこともできやしない。


 しかし、ヨヨさんにはまいった。

 ヨヨさんはドラゴに話を聞いたときからリアルルさんのことを気にしていたのだろう。そして以前から彼女の甘さにも気がついていたに違いない。


 僕をリアルルさんに紹介したのはヨヨさんが発端だ。それにも関わらず恐ろしい執事と吹聴したのは、リアルルさん自身で僕という魔族を判断させるために違いない。

 疑うことの大切さを教えるために。


 そして僕のことを優秀だと吹聴したのも、僕に相談させるためだろう。困ってることがあればなんとかしてくれるとかテキトーなことを言ったに違いない。そして話を聞いた僕が彼女の甘さを指摘することに期待した。今回は指摘しなくても互いが知り合ったことで指摘する機会は増えると踏んだはずだ。

 親友同士だと互いに甘えがでることもあるだろう。だがわかっていたなら自分で伝えて欲しいものだ。何も初対面の僕をけしかけることはないだろうに。


 いたずら好きで激甘党の妖精ではあるが、お嬢様を連れてくるあたり、僕を止める術も心得ている。さすがは異界商人としていろいろな種族と交渉してきただけのことはある。こういったところは、ずいぶんとしたたかのようだ。


 もし今回のことでお嬢様に嫌われたらどうしてくれようか。

 にらんでやると、ヨヨさんはうまくいったといわんばかりの顔で笑っている。


「侯爵家の『妖精の奇跡』は無償であげるから。それで勘弁してね?」


 ヨヨさんはいたずらっ子のような顔をして片目をつぶる。


 無償で提供……か。

 魔族が味覚を取り戻すのに『妖精の奇跡』が有効ならありがたい話だ。だが、効果があるか試していないのでなんともいえない。それに魔族が甘味を理解できるようになって得をするのは妖精族である。お嬢様を巻き込んだ以上、何か色をつけてもらわないと気がすまない。

 まずはあのにやけたほほを引っ張ってやりたい。


 ニーナさんもようやく気がついたのか、ヨヨさんを見てため息をついた。ため息だけでなく、自分で伝えなかったヨヨさんに文句のひとつでも言ってやって欲しい。

 そう考えているとお嬢様から話しかけられた。


「アルクんはリアちゃんをいじめてなかったの?」

「はい。ほんの少しだけ助言をしました。決していじめていたわけではありませんよ」

「よかったのー!」


 僕の言葉にお嬢様はニカッと笑ってくださった。

 新しい友達であるリアルルさんを心から心配されるお嬢様は実にお優しい。そんなお嬢様にあえて僕は聞いた。


「お嬢様はリアルルさんたち精霊とお友達でいらっしゃいますか」

「うん! ユキちゃんともリアちゃんとも精霊たちみんなとも、ずっとずっと友達なの!」

「わかりました。お答えいただきありがとうございます」


 僕は手を胸に当て、深く一礼する。


「リアちゃんも何かあったらティリアとアルクんに言うの! 守ってあげるの!」

「……友達は私も守る」と握りこぶしを固めるシュリー。

「ティリアちゃんとシュリーちゃんありがとね」


 お礼を言いながらリアルルさんが笑う。

 そう宣言されたお嬢様とシュリーは小走りにハーブ見物に戻られた。まだまだ物珍しいものがたくさんあるようだ。興味は尽きないようで今もどこから見に行こうかシュリーと一緒に相談している。

 よく見るとマンドラゴラの数が増えていた。数えてみると十体以上はいるようだ。いったいどこから集まってきたのだろうか。ウサギンと合わせると三十体ほどの大所帯となっている。まるでバスツアーで来た観光客のようだ。


 しばらくしてお嬢様御一行は移動を始められた。

 どうやら次の場所が決まったらしい。

 お嬢様が向かわれた先には、先端のとがった葉が特徴的な植物が植えられている。多分、あれはアオノリュウゼツランだ。蒸留酒のひとつ、テキーラの材料となる。強いお酒の原料の発見にギルムさんも喜ぶだろう。

 だが、お嬢様たちはすぐに別のハーブの元へと移動していった。葉っぱが大きいだけであまり面白くなかったのだろうか。でもうれしそうな顔をしているのでそういうわけではなさそうだ。


 ウサギンとマンドラゴラを引き連れてハーブ園を歩くお嬢様。そのお姿は精霊使いならぬウサギン使い兼マンドラゴラ使いといったところか。


「……クん、アルクんってば!」

「あ? はい、なんでしょうか? リアルルさん」


 お嬢様たちに目を向けているとリアルルさんから話しかけられた。

 小さなお嬢様に守ってあげるといわれたせいかリアルルさんの顔は少し赤い。そんな彼女は少し照れくさそうに言った。


「さっきヨヨが言ってた話は本当?」

「――ふう。僕はリアルルさんを口汚く責めていただけですよ。『教える』なんてできるわけがないでしょ」

「あらぁ? 照れてるの~? 『ほんの少しだけ助言をしました』ってティリアちゃんには言ってたのに」


 はい、そこ!

 ニーナさん、笑わない!


「べ、別にリアルルさんのために言ったわけじゃありません。勘違いしないでください」

「そういうことにしておくわ。……でも、ありがと」


 リアルルさんが笑いながらお礼を言った。

 僕に対しても怒っていないようだ。


「ヨヨさんも友達なら直接言えばよかったんですよ」

「ふふーん。私は甘いからね」


 甘党の妖精だから甘いと言いたいのだろうか。

 ドヤ顔でいうヨヨさんだったが、実に面白くない冗談である。


「おおっ! まさにツンデレですな。しかも王道だ。さすがはアルク様」


 聞こえてきたのはどこかで聞いたことのある重低音。

 野太いその声の正体は、マンドラゴラのドラゴだ。

 首からタオルをかけ、健康的に焼けた肌を見せつけながら歩いてくる。あっ、そういえばもともと体は茶色だったか。今回は鉢間移動をしていないせいか頭の上には三枚の葉っぱが揺れていた。きっと彼本来の葉っぱなのだろう。


「姫さま、今日の作業は終わりましたぞ!」

「今日もありがとう、ドラゴ」


 リアルルさんを姫と呼ぶドラゴは、ハーブ園の世話にやりがいを感じているようだ。仕えているリアルルさんの大切なハーブ園を任されているのだから無理もない。


「こっちでは初めましてだね、ドラゴ」

「アルク様。その節はお世話になりました」

「僕たちのほうこそ。いつも美味しいレンコンをありがとう」

「いえいえ。喜んでいただけてなによりです。ところでアルク様。あちらが仕えておられるお嬢様ですか」


 ドラゴはウサギンとマンドラゴラに囲まれているお嬢様に目を向ける。僕がうなずくと彼は、「ご挨拶をしてきます」と離れていった。

 お嬢様の周りにマンドラゴラが増えたのは彼らの作業が終わる時間だったのだろう。お嬢様の魅力にマンドラゴラも抗えないとみえる。


 ドラゴに気がついたお嬢様は、リアルルさんと会ったときと同じようにスカートをつまみ、可憐かれんな挨拶を披露している。ドラゴもそれに合わせ、なかなか堂に入った挨拶を返していた。……リアルルさんより自然体なんだけど、どこで貴族の礼儀作法なんて覚えたんだ? キミは。なんとも不思議な根っこ(マンドラゴラ)である。


「ところでニーナさん。狂った精霊って元に戻るんですか?」

「正直言ってわからない。例えば、精霊が契約を不当に放棄されて狂ってしまった場合、契約しなおせば元に戻るかもしれない。でもやってみないとわからないのよ。それに狂化しているってことは意思の疎通が難しいわ。リアルルでも言葉が通じなかったみたいだしね。戻るとしたら意思疎通ができるかどうかによるわ」


 残念ながらニーナさんも元に戻す方法は知らなかった。

 精霊魔法を使うエルフなら精霊より契約に詳しいと思ったのだが、宛が外れたようだ。


「アルクん! 手伝ってくれるの!」


 輝かんばかりの顔で勢いよく身を乗り出してきたのはリアルルさんだ。


「え? もちろんですよ?」

「だってため息ついてたし、乗り気じゃなかったみたいだし……」

「お嬢様がリアルルさんと精霊を友達だとおっしゃってますしね。お嬢様がリアルルさんを守るとおっしゃるなら、僕はお嬢様ごと守るだけです。いざとなればお嬢様優先ですが」

「ありがとう、アルクん!」

「まだ治せると限りませんよ。もし治ったら、お礼はぜひお嬢様に。そしてお嬢様の良き友としてこれからも仲良くしてあげてください」

「もちろんよ! 治る、治らないは関係ないわ。友達だもの」


 満面の笑顔で応えるリアルルさんに僕も安心する。

 幼いうちから多方面につながりを持つことは貴族としても重要だ。しかも相手は上位精霊。お嬢様の友人として申し分ない。


 さてと。

 今となっては精霊が狂った原因や三種族を調べることは難しい。なら今は精霊を元に戻すことに集中するべきだ。


 だが、正直いってそれも難しそうだ。

 契約し直せば元に戻るかもとニーナさんが言っていた。だがやってみないとわからないらしい。

 それにしても契約ねぇ。

 僕は精霊であるリアルルさんに質問する。


「例えばですけど、上位精霊であるリアルルさんの力で無理矢理契約を結ばせることはできませんか?」

「それは……やってみないとわからないわ」


 リアルルさんは結界に閉じ込めたことで精霊の自由を奪ったと嘆いていた。できるかどうかはともかく、彼女はあまり乗り気ではないようだ。


「正気に戻ったら精霊本人に契約をどうするか意思を確認すればいいんです」

「……試す価値はあるかもしれないわね」


 いずれにせよ、まずは精霊の様子を見てからの判断だ。

 そうなるとまずは閉じ込めている精霊を解放してもらわないといけないのか。

 僕はリアルルさんに精霊を閉じ込めてある結界の場所を聞いた。


「私の意思でどこでも出すことができるわよ」


 だったらここに呼んでもらえばいいか。


「精霊を起こしてもらうことはできますか」

「結界を解けば可能よ」

「それって結界を解いても大丈夫なんですかね?」

「一時的になら問題ないわ」


 (一時的に、ね)


 あとはニーナさんが狂った精霊と契約ができるかどうかだ。

 それができない場合は、リアルルさんに無理矢理契約を結べるか試してもらうしかない。


「ニーナさんとリアルルさんがダメだった場合は、すぐにまた眠ってもらいましょう。それに一度どんな状況なのか把握しないと元に戻す案も浮かびません」

「わかったわ」


 これでよし。

 何があるかわからないのでお嬢様たちには少しの間、避難しておいてもらおう。


「ヨヨさんは、お嬢様のそばについていてください。できればリアルルさんの家に避難していてもらいたいのですが」

「うん。いいわよ。私には何もできないし。ティリアちゃんたちは任せておいて」

「リアルルさん。ドラゴたちはどうしますか?」

「ドラゴたちも家に避難してもらうわ。狂った精霊の話は今度、私からちゃんと話しておく」

「それがいいでしょうね。ではヨヨさん、お願いできますか」

「わかったー」


 ヨヨさんはお嬢様のもとにふよふよと飛んでいく。そしてみんなを連れてリアルルさんの家へと向かっていった。

 その後、僕たちもハーブ園の中にある少し開けた場所に移動した。


「さて。それでは閉じ込めている精霊を出してもらってもいいですか」

「わかったわ」


 リアルルさんは一歩前に出て、指を鳴らした。

 すると何もなかった目の前の空間に一本の木が現れる。その木は全体がどす黒く、

両手を回せば手がつく程度の太さだった。柳のように垂れ下がった枝は、まるで蛇がうごめくように波打っている。

 その中でも一際垂れ下がっている枝が二本あった。それぞれの先端には楕円だえん状の大きな果実のようなものがぶら下がっている。身を縮めれば僕が入れるほどの大きさだ。弾力がありそうな半透明の皮で覆われており、中がうっすら透けて見える。


 僕は木に近づくと二つの実をのぞきこむ。すると中には薄い衣を身にまとった七、八歳くらいの少女らしき姿があった。見た目は高位魔族や人族と変わらない。実は液体のようなもので満たされており、少女たちはその中に浮いていた。どちらの少女も膝を抱きかかえるようにして顔をうずめている。そのため彼女たちの顔は見えなかった。ピクリとも動かないため、生きているかどうかもわからない。


 片方の少女はくすんだオレンジのショートヘア、もう片方の少女は肩まで伸ばした灰色がかった髪をしていた。


「この子たちが狂った精霊なんですか?」

「ええ。封樹の中で眠っているわ」


 封樹と呼ばれた目の前の木。

 これも彼女の持つ精霊結界のひとつだそうだ。これも移動魔法を応用したものらしい。『モフォグ大森林』からの侵入者を違う場所に飛ばして迷わせる結界とは違い、移動させずに閉じ込める精霊結界。それが封樹を使った精霊結界だという。


 彼女たちを包み込んでいる液体は封樹の樹液だ。その樹液には強力な睡眠効果に加え、精霊結界の力で時を止めて生物を封印する力があるという。

 彼女たちが動かないのもこの『時を止める力』が働いているそうだ。コールドスリープならぬ樹液スリープといったところか。


「封印は精霊以外にも有効なんです?」

「もちろんできるわよ」


 どうやら魔族も封印できそうだ。

 精霊以外も眠らせ、時を止めて封印できる封樹。

 その木を使った精霊結界。


 なんとも恐ろしい木があったものだ。

 こんなものを指先だけで召喚できるところを見ると、彼女が樹木の精霊であることを再認識させられる。

 もしかしたら彼女は思っていた以上に強いのだろうか。暴力だけが実力ではないと自分でいったが、わかっていなかったのは僕自身かもしれない。


 精霊結界と様々な能力を持った特殊な木々。若いせいで植物たちと会話もできない彼女だが、これらを操る彼女の力は強大だ。若いといってもさすがは上位精霊ドリアードといったところか。


 封樹を不安げに眺めているとふいにリアルルさんの視線を感じた。彼女に顔を向けると彼女は笑みを浮かべてつぶやくのだった。


「実力主義」

「うっ……」

「うそうそ。今の私じゃ魔族を封印することなんてできないよ」


 クスクスと笑う彼女だが、「今の私」と言った。これは将来的には可能だと言っているのと同じである。


 だがその笑顔もすぐに消えてしまう。

 今も無理矢理、笑みを浮かべたのだろう。

 リアルルさんの真剣な眼差しが事の深刻さを物語っている。


「では起こしてもらえますか」

「……でも暴れると思う」

「わかってます。お二人の安全は力及ぶかぎり僕が守りますから」


 力が及ばなかったらごめんなさい。

 見た目は小さな女の子だし、中位精霊くらいなら余裕だろう。


「ニーナさんは精霊の様子を見つつ契約できるようなら交渉してもらいましょう」

「はーい。了解」

「リアルルさんはニーナさんがダメそうなら強制的に契約を結べるか試してみてくださいね」

「わかったわ」


 元気よく答えたニーナさんとリアルルさんだが、少々緊張しているようだ。

 僕はいつでも執事魔法が使えるようにかまえておく。


 まずはオレンジ髪の精霊からだ。


 リアルルさんが指を鳴らす。すると封樹の樹液が半透明の皮へと吸い込まれていった。樹液は皮を通して垂れ下がった枝へと吸い込まれているようだ。辺りにジュルジュルという吸引音が鳴り響く。その音はあまり気持ちのいい音ではない。しばらくすると樹液のほとんどが吸い込まれ、中には精霊だけが残された。しかし、精霊は皮にもたれたまま動く気配がない。顔をうずめたままぐったりしている。れた髪が垂れ下がり、その表情を隠していた。


「……眠っているんですよね?」

「ええ。眠っているだけよ」

「起きませんけど?」

「まだ樹液を抜いたばかりよ」


 軽く指先で封樹の実を押してみるが中の精霊に反応はない。皮は思った以上に固くゴムのようだ。


 だが、精霊が目を覚ます気配は一向にない。

 僕は振り向いてリアルルさんにもう一度尋ねる。


「……眠っている……だけ?」

「本当よ!」

「永久に眠っているわけじゃないですよね」

「そんなわけないでしょ!」


 ドンっ!


「「!?」」


 突然鈍い音が聞こえてきた。

 まるでリアルルさんの声に反応したかのようだ。僕たちは慌てて音の聞こえてきたほうへと目を向ける。すると封樹の実の中で、オレンジ髪の少女が顔を伏せたまま膝立ちになっていた。彼女は半透明の皮に両手をつき、頭を突き出すようにしてぶつけている。それは何度も何度も繰り返された。先ほどの鈍い音は彼女が頭を打ち付けた音で間違いない。表情は見えないが、その動きはどことなく機械的だった。


 ドンっ、ドンっ! ドンっ!!


 明らかに音が大きくなっている。

 頭を打ち付ける力が強くなっているのだろう。


「クレベリ! やめて!」 


 リアルルさんが悲痛な面持ちで封樹の実に閉じ込められた少女へと駆け寄る。

 どうやらオレンジ髪の精霊はクレベリという名前らしい。


 クレベリはリアルルさんの声に反応したのか一瞬、動きを止める。だが、しばらくしてその体が震え始めた。そして次の瞬間、クラベリはうつむいたままの顔を勢いよくこちらに向けた。


「ガアァッ!」

「!?」


 顔を上げたクレベリに僕たちは思わず息を飲む。

 彼女の顔は少女と呼ぶにはあまりにも遠く、そして異形であった。


 大きく見開かれた少女の目は瞳すらなく真っ黒だ。顔には泥が乾いたようなひびが無数にあり、その小さな唇は赤黒く変色している。さらにその唇の端からは一筋の黒い液体がつっと糸のように流れていた。あごから首にかけて黒ずんだ血管が浮き出ており、胸元へと続いている。


「ギオオオォォォ――ォ」


 顔を上げたクレベリは僕たちを獣のように威嚇した。かすれたうなり声は地の底から響くような声だ。そこに知性が残っているようには思えない。僕たちを虚ろな目でにらみながら、封樹の実を内側からひっかいている。よく見れば手にはどこから出したのか、細かいトゲがびっしりと生えたツルが巻きついていた。どうやらそのツルは彼女の手のひらから生み出されているようだ。


「……精霊の狂化ってこんな感じなんですか?」


 同じ精霊であるリアルルさんや大神官様に比べると容姿からしておかしかった。狂化と聞いていたので精神的なものだと思っていたのだ。しかし、クレベリの姿や行動からは狂気以上のものを感じる。


「リア! どうなってるの!」とニーナさんが叫ぶ。

「うそ! 前はこんなことになっていなかった! それに力も強くなってる!」

「どういうことですかっ」

「クレベリを眠らせたときは、こんな姿じゃなかった!」


 ニーナさんとリアルルさん自身も少女の姿に困惑していた。どうやら彼女たちもクレベリの様子がおかしいと感じているようだ。

 少なくても精霊の狂化以上に事態が悪化しているに違いない。


 クレベリは無心で手を動かしている。どうやらトゲ付きのツルを使い、中から皮を削ろうとしているようだ。それはまさに剣山でこするようなものだった。ゴムのように固かった皮も少しずつ削れているように見える。

 このままだとまずい!


「リアルルさん! 中止! 眠らせてください!」

「わ、わかった!」


 リアルルさんは慌てた様子で指を鳴らした。

 するとゴボっという音とともに封樹の実の中に樹液が流れ始めた。枝を通して大量の樹液があふれてくる。膝立ちしているクレベリの頭にもその樹液がかかるが、彼女の動きは止まらない。どうやら完全に満ちるまでは睡眠効果は発揮されないようだ。樹液は勢いよく流れ、彼女の腰の位置までたまっている。だが完全に満ちるまではあと少し時間がかかるようだ。


 徐々に満ちていく樹液に対し、クレベリの動きが早くなった。なんとか実の皮を破ろうとやみくもにトゲのついたツルでひっかいている。気のせいかトゲが大きく鋭くなっているように見えた。だが破られるよりも早く、実の中は樹液で満たされるだろう。


 ふぅと大きく息を吐く。

 少々焦ったがなんとか乗り切れそうだ。

 リアルルさんを見ると彼女はクレベリの姿を凝視したまま呆然ぼうぜんとしていた。そんな彼女をニーナさんが慰めている。

 そんな二人に僕は改めて問いかけた。


「精霊の狂化ってあんな感じではないんですか?」

「狂化であれほどまでに容姿が変わることはないわ。力が強くなることもない。……あれじゃまるで悪魔みたい」


 苦しそうな声で答えてくれたのはリアルルさんだった。

 少し青い顔をしながらニーナさんに支えられている。


「悪魔みたい……ですか」


 確かにクレベリの目はベルゼブブのように瞳もなく黒かった。だが下級悪魔のインプだって会話くらいはできる。彼女の口から出てきたのは獣のようなうめき声だけだ。悪魔に取りかれているなら話くらいはできるはずだ。


 悪魔かどうかは別として狂化しているクレベリは異常な状態だとわかった。恐らくもう片方の精霊も同じような状態だろう。とりあえず灰色の髪の精霊は起こさないようそのままにしておく。

 ただこうなると元に戻すことが断然難しくなったといえるだろう。


「……あっ、まずい! アルクん! 大変! 封樹の実がっ!」

「え?」


 リアルルさんの声に、慌ててクレベリを見る。封樹の実にたまっているはずの樹液は彼女の胸の辺りで止まっていた。彼女の出したトゲ付きのツルが封樹の実の根元、樹液の出ていた枝へと刺さっている。いや、よく見ればそれはツルの部分ではなく大きなトゲだ。クレベリは巨大なトゲを突き刺し、樹液が中に入ってくるのを防いでいた。そして皮を削っていた場所からは、トゲの先端が今にも突き出ようとしていた。封樹の実の固い皮に穴があき、今にも破られようとしている。


「リアルルさん、なんとかできませんか!」

「今やってる!」


 封樹に魔力を注ぎ、実に空いた穴を塞ごうとしている。

 だが抵抗のなくなった穴は反対に広がりつつあった。

 そしてその穴から鋭いトゲが半分ほど突き出たときのことだ。


「アルクーん! どこー? 精霊さんが泣いてるの! 泣き声がふたつあるのー!」

「お、お嬢様!?」


 今の声は間違いなくお嬢様の声だ。

 その声は震えており、どことなく悲しそうな声だった。


「ティリアちゃん、ダメ! そっちに行っちゃだめだってば!」

「ねえさま! だめなの!」


 続いて聞こえたのはお嬢様を引き止めるヨヨさんとシュリーの声。

 僕はお嬢様の声のするほうへ向かって叫ぶ。


「お嬢様! 今、来てはいけません!」

「アルクん! 精霊さんが助けてって泣いてるの!」


 お嬢様の声はすぐそばから聞こえてきた。僕の忠告は遅かったようだ。そして、その声とともに僕の正面にあるハーブと木々の間からお嬢様が飛び出してきた。その顔は今にも泣き出しそうだ。


 お嬢様はまっすぐ僕の元へ駆けてこられたのだろう。

 少し遅れてヨヨさんがお嬢様を追いかけるように飛び出してくる。さらにその後ろにはシュリーが続き、ウサギン、マンドラゴラまでが現れた。


 だが、今はまずい!


「お嬢様、危ないです! ヨヨさん! 早くお嬢様を下がらせ――」

「「アルクん! 危ない!」」


 リアルルさんとヨヨさんの声が重なった。


 それはまるで時がゆっくりと流れるような感覚だった。

 二人の声に首だけ動かし後ろを見る。すると封樹の実を突き破ったツルが真っ直ぐこちらに向かってくるのが見えた。全体を細かいトゲで覆われたツルの先端には、大きくて鋭いトゲがあった。それはまるでやりの穂先のようだ。


 このままではお嬢様に当たってしまう!

 そう感じた僕はツルの進路上に身をかざす。


 だが、そのツルは意志があるかのように軌道きどうを変え、僕の脇腹をかすめていった。

 ツルはまるで最初からお嬢様を狙っていたかのようだ。


「お嬢様っ!」


 僕はかすめていったツルを反射的に手でつかんだ。だが勢いのついたツルは止まらず、びっしりと生えた細かいトゲが僕の手を切り裂いていった。そして飛び散る鮮血とともに鋭い痛みが手のひらに走る。


 (ぐっ!)


 しかし!

 これくらいの痛みなど大したことはない。

 今はなんとしてでもこのツルを止めなければならない。

 ツルが向かうその先には大切なお嬢様がいるのだ。


 僕はもう片方の手を伸ばし、トゲ付きのツルを握り締める。

 途端に襲ってくる鋭い痛み。

 だが、そのおかげか多少ツルの勢いが落ちた。


 しかし、完全には止まらない。

 僕の目の前でやりのようなトゲがきょとんとした顔のお嬢様へと向かっていく。


 (間に合え! 間に合え! 間に合え!)


 手がなくなろうとかまわない。

 指が落ちてもかまわない。

 手のひらをえぐる痛みを意識の外に叩きだし、僕はツルをつかむ手に力を込めた。



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