第百話 激動ウィーク
あれから一週間が経った。
今、僕はお屋敷の庭にある樫の木の前に立っている。
この木は庭に数ある木の中でも、百年以上の樹齢を持つうちの一本だ。幹は大人二人が腕を回してようやく手が届くくらいの太さがあった。
「お花がきれいなのー」
「わぁ……いっぱい咲いてるの」
僕の後ろでお話ししているのはお嬢様とシュリーだ。
今は仲良く手をつないで、庭に咲いた花を見ている。会える日を楽しみにしていた彼女らにとって、片時も離れたくないといった様子だ。二人ともおそろいの白いワンピースが良く似合っている。
二人の首にはピンクの貝殻で作ったペンダントがぶら下がっていた。リバシールの海岸でお嬢様が拾った貝を僕が加工したものだ。その出来栄えに二人ともとても喜んでくれた。
ここには二人のほかにニーナさんとジュロウさんの姿もあった。
今日はリアルルさんに招待されたハーブ園に行く日だ。
そのために僕たちは侯爵様の庭にある木の前で待っている。
ハーブ園に行くのに、なぜ侯爵様の庭で待っているのか。
それにはちゃんとした理由があった。
彼女の住むハーブ園は、『モフォグ大森林』の中にあり、精霊結界に守られている。入るには彼女の案内と招待が不可欠だ。そう伝えてきたのは、彼女の使いであるドラゴだった。そのためリアルルさん自身が迎えに来てくれるらしい。
また彼の提案によると、より安全な移動のため、ハーブ園と侯爵家の庭をつなぐ道を用意したいそうだ。そのために庭の木を一本使わせてもらう必要があるらしい。
ハーブ園と侯爵家の庭をつなぐ道はリアルルさんによって作られる。植物から植物へと移動できるドリアード独自の能力を応用した魔法らしい。ドラゴが使った鉢間移動の上位版で、リアルルさん以外の者も通れるそうだ。執事魔法『執事ゲート』に似た魔法といえるだろう。
侯爵様に許可を得てから、どの木にするか庭師のウルナさんに相談した。下手をすれば急成長して巨大化したコキアみたいになるかもしれないからだ。
そして選ばれた一本が目の前にある樫の木だった。
これが侯爵家の庭で彼女を待つ理由である。
とりあえず待ってる間、お嬢様たちが座れるよう『執事食器棚』で長椅子を作っておいた。
一緒にハーブ園へと招待されているヨヨさんの姿はここにはない。
彼女の言葉を伝えてくれたニーナさんによると、ヨヨさんは、直接、ハーブ園に向かうそうだ。なんでも『妖精の奇跡』の準備が立て込んでいるらしい。『妖精の奇跡』とは妖精族に伝わる極甘の栄養剤のことだ。
こちらから頼んでおいていうのもなんだが、彼女はとても張り切っている。それが妖精の神様経由でお願いされた僕たちへの助力のためなのか、魔族が甘味を取り戻すことによってもたらされる金貨のためなのかは問うまでもない。もちろん、彼女が協力的なのは金……僕たちに助力するためだ。
ですよね? ね?
しかし、ヨヨさんから返事はない。
まあ、ここにいないので当たり前だが。
「少し早く来すぎたかのぅ」
シュリーをお屋敷まで連れてきたジュロウさんは、彼女を見送るためここにいる。最初はハーブ園までついてこようとしていたが、侯爵様ともども奥様に止められている。なんとも孫離れできないジイ様だった。
「ジュロウさんは薬師の皆さんとこれから会議でしたっけ?」
「本当はシュリーについていきたかったんじゃが……」
「諦めてください」
「……うむ。薬師の皆が、モフォグ大森林付近に生える希少な薬草の数々を高値で買い取ってくれるそうでな」
家の建築グループとシイタケ探索隊が到着した三日後。名もなき森に全員で引っ越してきたシュリーカー族。彼らはすでに街の住人から信頼されるようになっていた。なんでも魔物に襲われていた薬師数人を助けたそうだ。
ほかにも大森林から流れてくる魔物を街の兵士に代わり、片っ端から退治している。街の周辺を巡回する兵士と違い、森にずっと住んでいるのだから対処も早い。森だけでなく街周辺の安全も守っていることが評価されたのだろう。
だが、シュリーカー族が魔物を退治しているのは街や森の平穏のためだけではない。というのもキノコムシの硬い外骨格が農具に最適だとわかったのだ。前回倒したキノコムシを解体してわかったことらしい。特に畑を耕す鍬に向いているという。
シイタケ探索の旅からようやく帰ってきたシュパさんだが、農具という名の外骨格集めのため、虫退治に付き合わされている。彼が奥さんと愛娘シュリーの三人でゆっくり過ごせる日はいつになるだろうか。
ただ気になることがあった。
流れてくる魔物がいつもより多いのだ。
侯爵様も気にされているようで、ただちに街周辺を巡回する兵士が増員された。
ちなみに薬師を助けたのはそのシュパさんだったそうだ。すでに薬師の間からは、「ござるの戦士」として親しまれている。早く言葉遣いを直さないと、一生その名前のままだろう。
お嬢様とシュリーは僕が用意した長椅子の上で仲良くコンペイトウを分け合っていた。待ってる時間も楽しそうでなによりだ。
リアルルさんはまだ来る気配がない。
僕たちも先ほど来たばかりだし、ジュロウさんの言ったとおり約束の時間より少し早かったようだ。
それにしてもこの一週間は怒涛の一週間だった。
お嬢様のお願いをかなえるため、侯爵領内を駆け巡ったのだ。
思い出すだけでも大変な一週間だった。
――一週間前、一日目
お嬢様が、皆でぽわぽわするのとおっしゃった次の日。
お嬢様の願いをかなえるため、使用人全員の心が一つとなった。
それはもう天地をひっくり返したような大騒ぎのあと、もう一度ひっくり返すほどの大騒ぎとなった。
そんな彼らに最初にやってもらったのはステビアの試食である。
砂糖の数百倍もの甘さを持つステビアを使い、甘味を感じるかどうか確認したのだ。
我先にとステビアを口に放り込んだ使用人の反応は大きく分かれた。
喜ぶ者と喜ばない者だ。
特に味を感じなかった者の落胆はひどい。
死んだ魚のような目で壁に向かって、「お嬢様ごめんなさい、お嬢様ごめんなさい」と繰り返し、涙を流している。もう一度試させてくれと騒ぐ使用人もいた。だが、結果は変わらない。その使用人も壁に向かって涙を流す一員となっている。
甘味を感じることのできた数は十二名。
割合にするとおよそ十名に対し一名の割合だ。
十二名の中にはイーラさん、ラミさんらメイド数名も入っている。
以前、白の賢者様は、「使用人の中には味覚を取り戻し始めている者がいる」とおっしゃっていた。今日、ステビアで甘味を感じることができた者こそが、味覚を取り戻し始めている使用人なのだろう。
また今回の結果からひとつの可能性が出てきた。
それは甘味を感じることのできた使用人すべてが二十歳未満の若い魔族だったのだ。もちろんイーラさん、ラミさん、数名のメイドたちも二十歳未満。もしかしたら二十歳未満の魔族はステビアの甘味を感じられる可能性が高いのかもしれない。
ただ、わからないのが侯爵様御夫妻だ。
お二人とも二百五十歳を超えている。甘味を感じることができた今回の可能性に当てはまらない。確かに白の賢者様は毒のない食事を続けていれば運次第で味覚を取り戻せると言っていた。鋭敏な味覚を持つお嬢様のご両親だからこそ、味を感じることができても不思議ではない。だが本当に運だけなのだろうか。
続いて試したのは塩だ。
しかし、残念ながら塩味を理解できる使用人はいなかった。それどころか甘味を感じて歓喜した使用人たちも数時間後には元の味オンチに戻っている。侯爵様同様ステビアの効果が切れたためだ。
前日にステビアを試していたイーラさんたちは、効果が限定的なものだと知っている。
だが、その効果時間を知らなかった使用人たちは落ち込んだ。その落ち込み具合は、最初に甘味を感じなかった使用人たちの比ではない。
その落ち込んだ顔は、好きだった異性から、「これを……」と手紙を渡され、「え? (もしかしてラブレター?)」と思い込み、「(自分じゃない)◯◯君に渡して欲しいの」と言われたときと同じような顔をしている。
だが、悲観することはない。
そもそも魔族は味オンチだ。使用人のほとんどが甘味を理解できずにいるのだから、悔やむことはない。
しかし、多くの使用人は立ち直れないままだった。屋敷の壁という壁が使用人という名の壁にリフォームされている。正直、不気味だ。
(うーん……どうしよう)
そこにやってきたのはセイバスさんだ。
「その程度で落ち込むとは侯爵家に仕える使用人としてなんたる不甲斐なさ。貴方たちの忠誠はその程度なのですか?」
叱咤する執事長の一言に落ち込んでいた使用人は奮起して立ち上がる。「一人はお嬢様のために! みんなはお嬢様のために」と、どこかで聞いたことがあるようでまったく違うフレーズを掲げ、今まで以上に気合を入れていた。
そんな盛り上がりをみせる使用人たちと別れ、僕はウスイの街を出た。
この日はニーナさんたちを迎えに王都に行く日だ。
だが王都に向かう前に、王都近くにあるシュリーカー族の村に立ち寄る。理由はお嬢様から預かった手紙と絵をシュリーに渡すためだ。
『執事ゲート』をくぐり、ジュロウさん宅前に出る。
村は引っ越し準備のため、皆、忙しそうだった。今頃、名もなき森でもジュロウさんたちが家を建てているはずだ。ゴブリンを応援に向かわせたがまだまだ向こうも忙しいだろう。
家の中で引っ越しの手伝いをしていたシュリーに声をかけ、お嬢様からの手紙とピンクの貝殻で作ったペンダント、それにプリンを渡す。ピンクの貝殻はお嬢様からのプレゼント。さらにお嬢様とおそろいのペンダントだと知ったシュリーは大喜びだ。
しかし、僕とヨヨさんからのお礼として渡したプリンには首を傾げていた。お礼の理由はあえて言ってない。不思議そうな顔をするシュリーだったが、一応素直に喜んでくれた。
長居をして引っ越しの準備を邪魔しては悪い。
母親であるシュナさんに挨拶をしたあと、僕はシュリーに別れを告げ、王都へと向かった。
そして再開の挨拶もそこそこにニーナさんとグレイたちコボルトらを連れ、侯爵領ウスイの街にとんぼ返り。引っ越しの荷物とともに『執事ゲート』をくぐる。
『執事ゲート』がなければ往復二週間以上かかる距離だ。執事魔法のありがたさが身にしみる。こうして滞在時間三十分弱の王都の旅は終わった。
引っ越しの荷物をそれぞれ用意された家におろし、やって来たのは『妖精の祝祭』の問屋兼店舗前。お店で待機していたゴブリンたちの職人を交え、内装について打ち合わせをする。ニーナさんとグレイたちの役目は、ああでもないこうでもないと自分たちの希望を出すことだ。
そのとき初めてグレイたちコボルトたちに違和感を覚えた。
妙に言葉遣いが丁寧なのだ。
特に、「ヨゥヨゥ」言ってたブラウンと、「へっへっへ」と愛想笑いをしていたブッチは普通の言葉遣いになっていた。もはや毛の色でしか二人を区別できない。
ニーナさんによると、王都にいる間、グレイたちコボルト族八名に対し商人の心得をたたき込んでいたそうだ。簡単な計算と言葉遣いだけらしいが、この短い期間で覚えさせるとは大したものだ。いや、覚えたグレイたちもすごいのか。
打ち合わせもキリがついた頃、グレイから声をかけられる。
そういえば移動の慌ただしさにゆっくり話もしていなかった。
「ご無沙汰してます。アルクさんにはお世話になりました」
「……どちら様ですか? グレイさん」
「おい! 今、俺の名前言ったじゃねぇか!」
「おっ! グレイじゃないか、元気そうでなによりだよ」
「命を賭けた俺たちの努力で遊ぶんじゃねぇよ!」
切り返しの速さは健在だった。
変わったのが言葉遣いだけでなによりだ。
それはともかく、何で命賭けてるの?
「どんな努力だよ、それは」
「覚えないと痛い汁飲まされるんだよ」
「……ぉぅ。あれか」
「計算ができるようになったおかげで、致死量って言葉を理解したぞ」
「よかったな、生きてて」
「なによ! どんなことをしても覚えたいっていったのはグレイたちじゃないの!」
口をとがらせながらニーナさんが憤る。
痛い汁というのは、エルフに伝わる激辛ソース『モルスソース』のことだろう。匂いだけでもすさまじく、ほとんどの毒を無効化する魔族にダメージを与える恐ろしいソースだ。
金属の匂いすら嗅ぎ分けるほど鼻が利くコボルト族。飲むとか飲まないとかのレベルではなかっただろう。ソウルなフードだけあって心にトラウマを負ってないか心配だ。
辛い日々を思い出したのか、後ろで鼻を押さえるコボルトたち。彼らに哀れみの視線を向けつつ、僕はある相談をするため激辛教師に声をかける。
まずは彼女に先日の出来事を説明する。そのうえでステビアと同じく味覚を取り戻すことができそうな『普通とは違う食材』がないか聞いた。
「普通より味が強烈な食材ねぇ」
「前にエルフの長老がもっと刺激的なソースを食べてるとか言ってましたよね。それって手に入りませんか?」
「あー、あれね。わかった。一度、頼んでみる」
「ありがとうございます」
昨晩思い出した刺激物。それは長老が食べているというソースのことだ。これこそが目的の品だった。もう少し手に入りにくいものと思っていたが、なんとか手に入りそうだ。
もともと辛味は、味覚とは関係のないただの痛みだ。
だが舌を刺激することに変わりはなく試す価値はあった。
「それにしてもステビアだっけ? ただの葉っぱにそんな力があるなんてね」
「発見したのは偶然でしたけどね」
だが話はまだ終わっていない。ここからが本題だ。
僕は彼女に話を続ける。
これから話すのは妖精族に伝わる秘薬のことだ。
「――というわけで『妖精の奇跡』のように、エルフ族に伝わっている秘薬っぽいものありませんかねぇ」
「あるわよ」
「そうですね。そんなものがある……っ!? ――んですか!」
「ちょっと! 大きな声出さないで!」
ニーナさんはエルフ特有の長い耳を手で押さえながら、顔をしかめた。
「ど、どんな薬なんですか?」
あると答えたニーナさんに声を落として詰め寄る。
彼女は恨めしそうな顔で僕を見ながら軽くうなずいた。
「名前は『世界樹の朝露』。巫女の祝福がかけられているわ」
「エルフにも巫女がいるんですね」
エルフたちの信仰は、エルフの国に数本しかない『世界樹』への樹木信仰だそうだ。そしてその世界樹と交信するのがエルフの巫女。そして巫女の祝福を世界樹の葉についた朝露に与え、煮詰めたものが『世界樹の朝露』らしい。煮たら朝露じゃないよね……とは言わないでおく。
「小瓶一本の量で二十四時間眠らずに闘えるわ」
「何と闘う気ですか、何と!」
「もともと戦争時に使われていたらしいの。今じゃ、急ぎの旅や災害救助のときに使われるくらいかな」
この『世界樹の朝露』とやらも『妖精の奇跡』のような栄養剤なのだろうか。
「で、それも辛いんですか?」
「ううん、ぜんぜん」
「エルフなのに?」
「エルフだって辛いものばかり食べてるわけじゃないわ。辛いものを食べないと暴れたくなるだけよ」
ジャンキーかな?
しかし辛くないということは誰でも飲むことができるということだ。そういった意味ではありがたい。問題は容易に手に入るかどうかだが。
「うーん。どうかしら。一度、エルフの国に戻って巫女に聞いてみないと」
「手紙ではダメなのでしょうか」
「実際会って話したほうがいいわ。管理は全部、巫女がやってるしね。それに魔族が使っていいものなのかわからない」
「なるほど」
「でも味覚が取り戻せるかどうかはわからないわよ。それでもいいの?」
「それはかまいません。『妖精の奇跡』も治るとわかっているわけじゃないですし」
「まあ、行くときはついていくわ。仕入れついでに」
栄養剤みたいだと安易に考えていたが、そこはやはり秘薬なのだろう。管理しているのは樹木信仰の対象、世界樹を崇め仕える巫女だという。どうやらおいそれと手に入るようなものではなさそうだ。
薬を手に入れるために直接エルフの国に行く必要があるとニーナさんは言う。食材探しのためにもいつかは行かなければならないと思っていた国だ。しかし、どれくらいかかるだろうか。移動するのに月単位でかかるようなら、さすがに厳しい。
「遠いでしょうし、今はお嬢様のおそばを離れるわけにはいかないですね」
「移動に関してはちょっと考えがあるから任せておいて」
「はい? どういうことです?」
「いいから、いいから」
笑うニーナさんはそれ以上何も言ってくれなかった。
その日は結局、改装の打ち合わせだけで一日が過ぎた。
あとのことはニーナさんとグレイたちに任せて店を離れることにする。商売の基本ができているニーナさんのことだ。今後は彼女たちに任せておけば大丈夫だろう。
――二日目。
以前から使用人の皆には毒のない食材探しを手伝ってもらっていた。しかしその状況は決して順調ではなかった。もともと食事に興味のなかった魔族のこと。何も知識がない状態で食材を探せと言っても無理があった。
それでも彼らが取り寄せてくれた自称『食材』を確認した。確認作業は僕一人だ。なにせ僕しか食材の知識を持っている者がいなかったからだ。
残念ながら使用人たちが持ってきたもので食材となるものはひとつを除いて何もなかった。
唯一、使用人からの紹介で直接手に入ったのはウコッケの卵くらいだ。
これは以前、ラミさんから提供されたもの。彼女の実家ブルガー男爵家は、大量のウコッケを育てていたのだ。ドラゴンのエサとして。
ウコッケの卵はお嬢様の食事を大きく変えることになった。
お嬢様の大好物、オムレツやプリンは彼女なくして語れない。
また食材ではないが、イーラさんからは羊そっくりな動物ヒツジンの情報を、セイバスさんからは豚にそっくりなブタモンを飼う魔族の紹介状をもらうことができた。
問題はここからだ。
お嬢様の一件から、一部の使用人たちが暴走した。
暴走の矛先は僕に対して向けられている。
暴走といっても手を出してきたわけじゃない。
出してきたのは食材だ。
侯爵家に仕える使用人たちの多くは、この侯爵領に実家を持つ者が多い。
そんな使用人たちがお嬢様のお願いを発端に、各々の家や各魔種族に伝わる食材を集めに集めたのだ。今までも協力してくれていたが、目の前に食材識別装置がいるせいか、より積極的に集めてくれた。むしろ手当たり次第に持ってきたといってもいい。
まあ、結果はご想像のとおり。
しょせんは魔族である。家から持ってこようと各魔種族に伝わっていようと魔族の食材は魔族の食材なのだ。確かにあり得ないほど多くの『食材っぽいナニカ』が集まった。どれもが毒々しいほどの派手さを誇っている。前世の知識の中にはない『ナニカ』ばかりだ。
そして『ナニカ』と『食材』を見分けるのは僕しかできない役目だ。当然、朝からその選別にかかりっきりとなった。
そのほとんどが食材でないのは明白だ。
例えば、虹色に体が輝くクワガタのような甲虫がカゴの中にいる。どう見ても食材とは思えない。標本にしたらさぞかし美しく映えるだろう。そのカゴの隣にはこれまた食材とは思えない黒い水玉模様のある真っ赤な葉が山盛りになっていた。
僕はその葉を一枚ピンセットでつまみ、虫が入っているカゴに放り込む。その途端、虫は、「ギシャァ」とほえ、赤い葉に牙を立てる。まるで親の敵を討つような勢いで何度もかみつき、暴れまくった。
そして数秒後……虫はピクリとも動かなくなった。
うん、食材じゃないね。
もちろん派手だからといって必ずしも毒があるとは限らない。前世にいたクジャクなどはいい例だ。肉は固いらしいが毒はない。クジャクは神経毒への耐性を持ち、毒蛇やサソリなどの毒虫も平気で食べるそうだ。しかも体内に毒が蓄積することはない。
では、ここで目の前にいる派手な鳥を見てみよう。
今、その鳥はくちばしと足をひもで固定され、地面に転がっている。見た目はクジャクに似ており、長い飾り羽があることからオスだろう。広げたらさぞかし美しい姿となるはずだ。飾り羽を入れて全長三メートルほどだろうか。
だが僕の知っているクジャクとは少々首を傾げざるを得ない特徴が多々あった。
まず頭にニワトリのようなトサカがある。普通のクジャクの頭にあるのは冠羽だ。とげとげしいトサカではない。
さらに目の前に立つ僕をしきりに威嚇している。気性が荒いといわれるクジャクならではの行動だと最初は思った。だがその威嚇する声は、「グルルルッ」である。これはクジャクの声ではない。
おかしい。
さらにおかしいのは尾のように見える飾り羽だ。
いや、正確には飾り羽の隙間から顔をのぞかせている蛇である。一メートルを超える程度の大きさだが、びったんびったんと地面に身体を打ちつけながら、鳥同様、「シャッー」と威嚇音を発している。いくらクジャクが食べるからといって、お弁当でもあるまいし、体から蛇を生やすわけがない。
うん、確実におかしい。
だがおかしいのはその鳥だけではなかった。
「どうだろうか、アルクくん」
「どうだろうかじゃありません。どこで捕まえてきたんですか? プレスさん」
この鳥を捕まえてきたのは侯爵家騎士隊副隊長プレスコットさん、通称プレスさんだ。話によると彼女が警備を担当しているウスイの西地区より、さらに西にある『モフォグ大森林』で捕まえてきたそうだ。
「これ普通の鳥じゃないですよね」
「わかるかい? 何を隠そう新種っぽいコカトリスだよ」
「魔物ですよ!」
「鳥の魔物は食べられないのかい? ラミが見つけた食材はウコッケという鳥ではなかったかな?」
確かにウコッケは鳥だ。まあ、コカトリスも鳥っぽい。
だが魔物なんか食べられるわけがない。
なぜ食べられると思ったのだろうか。
いや……待て。
そもそもベヒモスもリヴァイアサンも魔物である。毒もない。
ファンガスだって魔物だし、毒もない。
あれ? もしかして魔物って食べられるの? 食材なの?
そんな疑問に答えてくれたのは、ひょっこりと屋敷に顔を出したゴブさんであった。見た目だけではわからないが、彼はカイザーゴブリンという上位魔族である。
「おぉ! コカトリスのヒナじゃないッスか。少し変わってるけど新種ッスか。じいちゃんが言ってましたが、昔はよく食べたらしいッスね」
食べ物でした。
そして三メートルもあるのにヒナらしい。
「ゴブさん、コカトリスって食べられるの!?」
「食せるか? という質問なら、食べられると答えるッス。食べても大丈夫なのか? という質問なら、魔族によると答えるッス」
「……副作用でもあるとか?」
「運が悪いと石になるッス。あっ、でも食べてはいけない部位を取り除けばそれなりに大丈夫ッス。処理しないで食べた場合は危ないッス。食べるには経験がものをいうッス」
フグかよ。
熟練の調理師みたいなことをいうゴブさんであった。
しかもそれなりに大丈夫とか食べるのに経験がいるとか、ほぼバクチである。
彼の話によると、今よりはるか昔、ゴブリンは日々の食事に困っていた。そして飢えをしのぐため食べていたのが魔物だという。魔物には毒などを持つものもいる。そしてゴブリンより強い魔物も多い。
ゴブリン族は数多くの犠牲のもと、食べられる魔物とその部位を見つけ出し、ノウハウをためていった。生きるためとはいえ、味見も命がけである。まあ、今も食料に困っているのか雑草とか木の根を食べているけど。
「今はどのゴブリンも命をかけてまでコカトリスなんて食べないッスけどね。ぷぷぷー」
そう言って笑うゴブさん。
僕は慌ててゴブさんの口を押さえる。
新種のコカトリスを持ってきたプレスさんがゴブさんをにらんでいるのだ。彼女の視線に気がついていないゴブさんの笑いは、口を塞がれていても止まらない。まさに一発触発の事態だ。だが僕の心配をよそに、がっくりと肩を落としたプレスさんは黙ったまま去っていった。コカトリスを背負い去っていくその背中には哀愁という文字がよく似合う。
「え? あのコカトリスを持ってきたのはプレスコットのあねさんッスか」
「そうだよ。ゴブさん笑いすぎ」
「まずいッス。あねさんを怒らせると首が飛ぶッス。物理的に」
プレスさんの剣技は騎士の中で一、二を争うほどの使い手だ。力のサイロスさんと技のプレスさんだと騎士の中では言われている。
それに彼女の持ってる剣って……。
「あれ? ゴブさん。服が破れてるよ」
「え? あっ! いつの間に?」
ゴブさんの服は胸のあたりで裂けていた。まっすぐ横に線を引いたようにパックリと。その切り口は、まるで刃物で斬ったような鋭い切り口だった。
「……まさかねぇ」
「……まさかッスよね」
いつも刀身の赤い片手剣を手放さないプレスさん。確か『ブラッディ・エッジ』という銘を持った剣だ。斬ったものの血を吸うといわれ、首をはねるのに特化した剣。その剣速は普通の者には見えないという。
「……夜中は一人で歩かないようにね」
「……まさかッスよね!? 大丈夫と言って欲しいッス!」
「……葬儀のときはちゃんと首をつけてあげるから」
「あねさぁぁぁん。自分が悪かったッスぅぅぅ」
慌てたゴブさんはそのままプレスさんを追いかけるように出ていった。
肩を落として出ていったプレスさんだが、彼女は焦っていたのだろう。僕には彼女の気持ちがよくわかる。
お嬢様大好き四天王の中で、お嬢様が食べられる食材を手に入れてないのはプレスさんだけだ。イーラさんはヒツジンを、ラミさんはウコッケと卵を、ウルナさんはトマトなどの野菜を育てて提供している。
ベヒモスやリヴァイアサン、そしてワイバーンの例もある。特にワイバーンなどの魔物は食材として流通しすぎているため、僕ですら魔物という意識がかなり薄れていた。だが、これらの魔物は別物として考えるべきだろう。
ゴブさんのおかげで食べられる魔物がいることはわかったが、さすがにゴブリンですら食べなくなったものを貴族であるお嬢様に食べさせるわけにはいかない。いくら毒がないとしても考えものだ。
そういった意味ではやはり食材を探すのは難しい。
甘味を理解できたイーラさんとラミさんのように、実家で毒のない食材を手に入れることができたのはあくまで偶然なのだ。むしろ奇跡というほかない。
プレスさんには今回のことにめげずに頑張って欲しいと思う。僕も出来るかぎり彼女に協力しよう。
結局、この日は集められた『ナニカ』を見分けるだけで一日が終わった。
――三日目以降。
お嬢様大好き四天王のうち、イーラさんとラミさんの実家にお邪魔した。訪問した理由は侯爵様からの手紙を届けるためと『妖精の祝祭』との商談だ。
難航すると思われた商談はすんなりとまとまった。それぞれの実家から『妖精の祝祭』との契約を取り付けることができた。
おかげでイーラさんの実家ライゴール男爵家からはヒツジンの肉が、ラミさんの実家ブルガー男爵家からはウコッケの卵と肉が安定的に手に入ることになった。それらの食材は『妖精の祝祭』を通して、侯爵家の食卓へとのぼる。
商談の後押しをしてくれたのはイーラさんとラミさんだった。可愛い娘からのお願いに二人の男爵は相好を崩し、あっさりうなずいた。
まあ、ヒツジンにしろ、ウコッケの卵にしろ、男爵らが増え過ぎに手を焼いていることはわかっていた。
ヒツジンはライゴール男爵領内の植物を荒らす害獣扱いだったし、ブルガー男爵は在庫過多となった卵の処分に困っていた。
これらはイーラさんとラミさんから前もって聞いていた話だ。
だからこそ男爵らにとっても『妖精の祝祭』との取引は渡りに船の話だったはず。もしゴネたり、交渉が難航したりするなら、それを逆手にとって交渉するつもりだった。
領内の問題を解決して差し上げるいい話がありますよ、と。もしくは領内の問題を解決できないお二人の力量を侯爵様にお話せねばなりません、と。
結局、あっさりと商談がまとまったので必要はなかったが。
それに男爵らが娘たちのお願いにうなずいたのは何かしらの計算が働いたと思っている。
頼みごとを聞いてあげる優しい父親。
父として娘に良いところを見せたかった。
多分そんなところだろう。
結局、どこの男親も娘からのお願いには特別甘いということだ。
お礼といってはなんだが、こちらも各領地の利益となる提案をしておいた。現状、『妖精の祝祭』との取引だけでは大きな利益が得られるわけではない。男爵たちの協力をより強固にするためにも必要な『飴』である。
まずイーラさんの実家ライゴール男爵には、ヒツジンの毛を活用する方法を教えた。いわゆる羊毛紡績である。
害獣扱いで困っていたブルガー男爵も早速この話に飛びついた。羊毛は男爵領内で加工され、服や防寒具とする予定だ。糸車など必要な器具の設計図も提供しておいた。もちろん出来上がった服や防寒具は『妖精の祝祭』経由で販売する約束も取り付けた。
防寒具は寒さに弱い種族に売れるだろうし、エルフも欲しがるだろうとニーナさんのお墨付きをもらっている。また、防寒具の話はドワーフのギルムさんが一番喜んでいた。穴を掘って洞窟などに住むドワーフも酒だけでは寒さをしのげないときがあるらしい。燃料の節約にもなると本国と連絡をとっているようだ。
ラミさんの実家ブルガー男爵には、『妖精の祝祭』の運送部門に協力しないかという話を持ちかけた。輸送に対し、手数料を支払うのだ。もちろん使うのはドラゴンである。ドラゴンの飛行速度は早いし、なにより長距離の運送に向いている。このドラゴンを使った輸送は、魔王国内だけでなく国外への輸送をメインに考えている。
もちろんブルガー男爵といえども勝手にドラゴンを使うわけにはいかない。エルダードラゴンから預かったドラゴンなのだ。ドラゴンたちを勝手に足代わりとして使ったらさすがに問題となるだろう。交渉は男爵に一任したが、あくまで『幼竜の飛行訓練』の一環であることを強調しておいた。もちろんエルダードラゴンが直接話を聞きたいというなら、僕自ら説明に行くことを了承しておく。
ウコッケの肉と卵はドワーフの国との大口取引がまとまりかけている。ここに来る前、ギルムさんに酒のつまみとして唐揚げや卵焼きなどのウコッケ料理を披露したのだ。これが非常にうまくいった。すでにギルムさんお気に入りの品として、ドワーフの国との話し合いも始まっている。ドラゴン便が実現すればドワーフの国との取引が最初になることだろう。
ライゴール男爵とブルガー男爵に持ちかけた話がもうひとつある。
それは飼育しているドラゴンのエサとして、ヒツジンを使わないかという話だ。『妖精の祝祭』との取引、そして羊肉だけでは害獣であるヒツジンの数はあまり減らない。羊毛にするにも数が多過ぎるし管理できない。
ブルガー男爵にとっても悪い話ではないはずだ。
ある程度育ったドラゴンはウコッケを何十羽も食べる。そのため常に一定の数を確保する必要があった。当然、飼育設備など維持費もかかる。当然、その費用も馬鹿にならない。エルダードラゴンからも援助はあるが、なるべく費用は抑えておきたい。そうブルガー男爵はこぼしていた。
だがヒツジンならそれが解消できる。必要な分だけライゴール男爵のところから連れてこればいいのだ。幸いにも両男爵の領地は近い。ヒツジンは、育ったドラゴンのエサに最適な大きさだ。ドラゴンに害獣を食べてもらうと考えれば双方にとって悪い話ではない。
互いの利益が見込めるということで男爵同士の話し合いも思った以上に早くまとまった。そして『妖精の祝祭』もこの件に一枚かんでいる。男爵領間におけるヒツジンの移動を、ミノスさんたちミノタウロス族数名を雇って任せたのだ。ウシドンテイマーとしての腕を見込んだのだが、その手腕はヒツジンにもいかんなく発揮されている。
そのミノタウロス族の面々には背負い袋型の『アイテムボックス』を渡しておいた。各男爵領に行ったついでにヒツジンとウコッケの肉、卵を仕入れ、ウスイの街まで運んでもらうためだ。
ドナドナされるヒツジンとドナドナするミノタウロス族による流通網の完成である。野盗も魔物も心配ない。ミノタウロス族は中位魔族かつ屈強な戦士の一族だ。野盗に多い下位魔族など相手にならないし、ハンパな魔物は逆に狩られる運命となろう。
今回、男爵同士の取引に『妖精の祝祭』をかませたのは、魔族の国全体に毒のない食材を広めるためだ。
妖精界を経由して移動できる妖精族と違い、『執事ゲート』などの空間魔法を使える者は限られている。だからこそ流通網の構築とノウハウの蓄積は必須だった。今回はミノタウロス族を雇ったが、食材によってはほかの種族を雇うことも考える必要があるだろう。
徐々に集まる毒のない食材たち。
毒のない食材の生産を増やし、独自の流通網によって、魔王国中に販路を広げる。今は侯爵領だけだが、いずれはその規模を拡大し、一大流通網を魔王国に築きあげるのだ。もちろんドラゴン便が実現すれば魔王国内だけの話では収まらないだろう。
また、前にも言ったように多店舗展開を同時進行させる。食材を作り運んだら、当然、売る場所が必要となる。多店舗展開のあかつきにはウスイにある問屋兼店舗が中心となるだろう。
魔王国内に流通網が広がったら全魔族にステビアを試食させる予定だ。初めは二十歳未満の魔族を中心に試してみよう。魔族が味覚を取り戻す目処はまだ立っていないが試す価値はある。味を感じることのできる魔族を少しでも多く見つけ、毒のない食材の価値を知ってもらうのだ。
もちろん甘味のわかる魔族がいなかった場合も考えている。
しょせんは味オンチの魔族だ。過度な期待は禁物である。
ではどうするか。
実に簡単な話だ。貴族や権力者と呼ばれる上位の者に毒のない食材の価値を認めさせ、下位の者に食べるよう命じてもらえばいい。いわゆるトップダウン、上位の者から下位の者に命令を伝達する方式だ。
上位の者が味を感じることができれば早いのだが、何度もいうように魔族に期待してはいけない。ならば、見た目だけでも認めさせればいい。実際に料理を作り、見た目の美しさで宣伝するのだ。幸いにも白の賢者様のおかげで、この世界にはないレシピの数々が僕の頭には入っている。その料理を料理人歴千年以上の経歴を持つレイゴストさんが作るのだ。
もちろん貴族や権力者たち上位の者同士で噂が広まり、需要が高まることも期待している。
トップダウンと横のつながり。
これによって毒のない食材を広めるのだ。
次にどの権力者がふさわしいか。
魔王国において絶対的な権力者といえば魔王様だ。
効率で考えれば毒のない食材を魔王様に試してもらうのが一番早い。
魔族の王だけあってその味覚にはまったく期待はできないが、地位だけは利用できる。
魔王様の命令ならほかの魔族も従わざるをえない。
問題はどうやって魔王様にステビアを食べさせるかだ。
だがこれはすぐに解決した。
魔王様と知己であるアルティコ伯爵……いや、大神官様にお願いしよう。大神官様はフェニックスと呼ばれる精霊で無類の戦闘狂。ヒミカさんに手を出したら、次期魔王を選ばせるとこっそり自著に書くくらいの実力の持ち主だ。
そんな大神官様のお願いに魔王様も快くうなずいてくれるだろう。
まあ、ぐだぐだ言わず葉っぱ一枚くらいさっさと食えばいいのだ。
お嬢様のためにも、魔王様風情がわがまま言ってもらっては困る。
クックック。完璧な計画だ。
魔王国における食のすべてをお嬢様の手に渡す日も近い。
「……くん、……クくん! アルクくんってば!」
「…………はい? え?」
「もう! 疲れてるのはわかるけどボーッとしないで」
ニーナさんの声に現実へと引き戻された。
僕が男爵たちとの商談を終えて帰ってきたのは一昨日の夜だ。
そして昨日は僕が侯爵領を飛び回っている間に集められた『食材っぽいナニカ』を一日中識別していた。そして見つかった毒のない食材はゼロだ。
もちろんプレスさんも頑張った。
昨晩遅く、お嬢様が寝静まったころにプレスさんが持ってきたのは身の丈五メートルほどの動く植物だ。見た目は巨大なハエトリ草である。これもまた『モフォグ大森林』で捕まえてきたらしい。「キッシャァァ。ゲシャァァ」と叫びながら玄関前の庭先で暴れているこのハエトリ草だが、鑑定するまでもなく食材ではない。
「どうだい? アルクくん。今度は野菜だよ」
うん、魔物である。
百パーセント植物由来の魔物だ。
「これなら大丈夫――」
しかし残念ながらプレスさんの努力はもろくも崩れた。
崩れたのは努力だけではない。
目の前で騒ぐ巨大なハエトリ草があっという間に砂となって崩れたのだ。
やった――殺ったのはウルナさんだ。
恐らく庭先で騒いだからだろう。目を覚ました庭師の怒りを買ったハエトリ草は体内の水分を蒸発させる魔法によって処分されてしまった。「うるしゃい。このまもにょめ! お嬢しゃまが目をしゃましゅでしょ!」という声に、彼女が『また』寝ぼけているのは明白だ。彼女こそ目をしゃまして欲しい。
その砂山を見たプレスさんは、寝ぼけたウルナさんに文句を言うでもなく肩を落として帰っていった。そして残された砂山を片付けたのは僕だ。なんとも理不尽な話である。
使用人たちの味覚実験に始まり、お嬢様の手紙の配達。ニーナさんとグレイらを連れて改装の打ち合わせ。使用人の皆が探してきた食材(魔物含む)の見分け作業。ライゴール男爵とブルガー男爵との商談。そして昨日の識別作業と砂山の撤去など。
しかも、それだけではない。
男爵たちとの商談の合間にシュリーカー族の引っ越しを手伝いに名もなき森に戻っている。またフラム子爵に教えてもらった『変わった木が生えている場所』にも足を伸ばした。
この『変わった木が生えた場所』はライゴール男爵領からも近く、一時間ほどで着いた。そこで僕が見たのは、侯爵領とアルティコ伯爵領にまたがって広がる立派な竹林だ。子爵の言う変わった木は、僕の想像したとおり『竹』で間違いなかったようだ。
しかもこの辺り一帯には様々な竹が互いの縄張りを荒らすことなく群生していた。孟宗竹、真竹、破竹など種類も多い。
そこで早朝から筍掘りに勤しみ、大量の筍を確保している。『執事ボックス』に入れておけば、いつでも掘りたてが楽しめる。
ついでに釣り竿にできそうな竹も多めに伐採しておいた。釣り竿に使えそうな竹は破竹のほか、布袋竹、矢竹、丸節竹とも呼ばれる雌竹などだ。
すっかり釣りにハマった代官は、リバシールの街で釣り竿職人を育成すると豪語している。それが軌道に乗りそうなら定期歴に伐採しにきてもいいだろう。
収穫も多かった一週間だが、お嬢様と離れている時間が長いと疲れがたまりやすいようだ。お嬢様の笑顔を見るためなら休みなどもったいなくて必要ないというのに。
「だいぶお疲れのようね」
「お嬢様のおそばにいれば回復します」
「はいはい。ちゃんと休みなさいよ」
むっ。信じてないな。
お嬢様の癒し効果は、おそばにいるだけで毎秒十ポイントは回復する。お話しをすれば五十ポイント、手をつなげば百ポイント、笑顔を向けられた日には三百ポイント回復は確実だ。まあ、僕の最大ポイントがどれだけかわからないので感覚的なものだけど。
なぜかニーナさんが冷たい目をして僕を見ている。
言っておくが、僕は何もしていない。
「引っ越しの手伝いや商談は平気なんですけどね。使用人の皆が集めた食材を見分けるのが一番大変でした」
魔物の後片付けとかね。
また素手では触りたくないものもたくさんあった。食材っぽいナニカにかみつかれそうになったのは一度や二度ではない。もう少しで僕が食材になるところだ。
だからこそ余計に手間がかかった。
「やれやれ。いつか手伝うわ」
「それは助かります」
「お、どうやら間に合ったようだな」
ニーナさんと会話中、侯爵様御夫妻とセイバスさんがやってくる。どうやら侯爵様たちもお嬢様をお見送りにこられたようだ。
時間に正確なセイバスさんがおみえになったということは、そろそろ約束の時間のようだ。
「ん?」
突然、ドラゴに指定しておいた樫の木が風もないのに大きく揺れ始めた。ゆらゆらと揺れる木は地面からその身を引き抜こうとしているかのように震えている。しばらくすると地面から木の根が何本も飛び出し、次々と木の幹へと絡みついていった。
僕は慌ててお嬢様たちに駆け寄り、二人をかばうように前に立つ。
「「わぁー」」
お嬢様とシュリーは木の変化を見て驚いていたが怖がっている様子はない。むしろ面白がっているようにも見える。もちろん二人の手は仲良くつながれたままだ。
さすがはお嬢様だ。何事にも動じないお姿。ご立派にございます。
幹にはいつのまにか大人の頭ほどもある樹洞『うろ』ができている。中は真っ暗で何も見えない。しかも幹に現れた『うろ』はみるみるうちに大きくなっていくではないか。しかも幹に絡みついた根がうろを補強するかのように集まっていく。大きくなっていく穴は幹を二つに割るようにして地面へとつながった。それはまるで樫の木が両足で立っているようにも見える。楕円状へと変化したうろは、大人一人が立って入れるほどの大きさになったところでその動きを止めた。
うろの中はあいかわらず不自然なほど真っ暗だ。
空に太陽が輝いているにも関わらず、うろの中に光が差し込むことはない。
その中をのぞこうと近づいたとき、暗闇を突き破るようにして何かが飛び出してきた。
「やっほー、おまたせ! アルクん!」
「あぁ! ヨヨちゃんなのー!」
穴から出てきたのは、なんとヨヨさんだった。
いち早くヨヨさんの姿に気が付いたのはお嬢様だ。
だがそれだけではない。
ヨヨさんの後ろから一人の少女が現れたのだ。
腰まで伸びた栗色の髪に白い花の髪飾り。
瞳は鮮やかなグリーンで、エルフのニーナさんのように長い耳が目に入った。草色の短衣とひざ丈スカートが風に吹かれて揺れている。全体的にはおとなしめの印象を受ける少女だ。僕がいうものなんだが、子供っぽさが抜けきらない、そんな顔つきだ。精霊なので実年齢はわからないが見た目はラミさんと同じくらいか。人族換算で十五歳くらいだろう。
「はじめまして皆様。ドリアードのリアルルです」
彼女の声は透明感のある聞き取りやすい声だった。
ただひどく緊張しているようにも感じられる。
簡単な自己紹介のあと、彼女はヨヨさんの紹介でお嬢様とシュリーの前に連れられていった。
「はじめまして、ティリア=ミストファングです。今日はごしょうたいくださり、ありがとうございます」
パーフェクトです! お嬢様!
お嬢様が可愛くお辞儀をすると、シュリーもそれを真似してお辞儀をする。その姿を見たリアルルさんは少々戸惑った様子だった。だが同じように挨拶を返している。ただ、その挨拶はお嬢様を真似したシュリーのようにぎこちないものだ。
「きれいな花を咲かせてくれてありがとう。あの子も喜んでいたわ」
あの子というのはお嬢様が育てていた月見草のことだ。不思議なことに今もお嬢様の部屋で咲いたときのまま飾られている。
彼女は続いて侯爵様と奥様、それにジュロウさんとも挨拶を交わしていった。貴族との会話はあまり慣れていないようだが、十分マナーに沿った無難な挨拶だ。それに侯爵様も貴族特有の挨拶にうるさいほうではない。
もともとリアルルさんはドリアード。樹木の精霊だ。魔族やら貴族やらの慣習を押し付けるわけにもいかない。同じ精霊でも大神官様と違い、魔族との交流に慣れていないのだろう。
そんな彼女もニーナさんと話すときには緊張も解けたようだ。ひさしぶりねと軽く雑談を交じえて話していた。
ひと通り挨拶した彼女は最後に僕をちらりと見たあと、笑みを浮かべながら頭を下げた。
(ん?)
彼女の笑みに若干の違和感を持ったものの、僕は軽く頭を下げて彼女の挨拶に答える。
「では、そろそろ行きましょうか」
「もしかしてあの穴を通るのですか?」
日の光も通さない真っ暗なうろだ。
今、あそこから無数の手が飛び出してきても不思議ではない不気味さである。
「大丈夫よ。アルクん」
「ゲートのようなものだと思ってください」
ヨヨさんとリアルルさんが僕の心配をよそにうろへと近づく。
お嬢様とシュリーの二人も穴へと近づいていった。二人は真っ暗なうろにも物怖じしてないようだ。そんなものよりハーブ園に行くのが楽しみでしょうがないといった様子だ。
「父さま、母さま、行ってくるのー!」
「……じいじ行ってくるの」
「はーい。二人とも楽しんでくるのよ~」
一緒に行こうとする侯爵様とジュロウさんの腕をひっぱりつつ、奥様がお嬢様たちに声をかける。
「さぁ、ヨヨちゃん、シュリーちゃん。ついてきてー」
奥様たちに手を振るお嬢様とシュリー。
そしてそのままヨヨさんに連れられて二人はうろの中へと飛び込んでいった。
待って下さい! お嬢様!
その妖精は子供をさらう妖精です!
「お嬢様お待ちください! 皆様、行ってまいります。お嬢様とシュリーのことは僕にお任せください」
「あ、ああ。頼んだぞ」
「はい、どうぞ」
侯爵様たちへの挨拶もほどほどに僕は駆け出す。そしてリアルルさんに促されるまま、うろへと飛び込んだ。飛び込む瞬間、後ろから侯爵様とセイバスさんの苦笑する声が聞こえたような気がした。




