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【BL】教官は、俺を好きになっちゃだめらしい。  作者: 彩羽やよい


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命令違反にはお仕置きを。 -2-

 腕を取られたまま、リビングから寝室へ引きずられるように歩かされる。

 足取りが重く、床が妙に冷たく感じられた。

 ドアが閉まる音が、背後で短く響く。


「ねぇ……。教官、これ必要?」

「必要だと思わせたのは誰だ」

「俺だけどさぁ」

「なら黙ってろ」


 最初のうちは、まだ強がる余裕があった。

 溜息をつくダリオにベッドの縁へ押し倒され、うつ伏せにされる。

 大きな手が腰を押さえ、ベルトを外す音がする。金属が小さく鳴り、布地が腿を滑り落ちる感触に、ニコは肩をすくめた。


「横暴だよ! もう反省してるって!」

「さっき『またやる』って言った口でか?」

「またやるなんて言ってないじゃん……」


 そうやって口答えしていられたのも、最初だけだった。

 下着まで下ろされ、冷たい空気が肌に触れた瞬間、ニコの声からいつもの軽さが消えた。


「何が悪かったか、わかってないらしいな」

「勝手に撃ったことでしょ。命令、聞かなかったし、あと、俺が危なくなるようなことしたから」

「そうだな」


 低い声が返ってくるだけで、さっきまで言われたことが、全部蘇る。

 射撃位置を晒した。仲間の判断を狂わせたかもしれない。教官を守るつもりで、余計な心配をさせた。

 鼻の奥がつんとした。


「……ごめん、なさい」


 今度は、さっきより小さな声になった。返事がないのがつらい。

 ニコは、シーツを掴った指に力を込める。うつ伏せの姿勢のまま、顔を横に向けてダリオの顔色を窺った。

 自分のすぐ後ろに立っている彼が、シャツの袖をゆっくりとまくり上げる気配がする。

 次の瞬間には、パン、と乾いた音が部屋に響いた。


◆


「きょーかん、……きらい」


 漏れ出た声は、ひどく小さかった。恨みがましいのに、力が入っていない。

 ダリオが片眉を上げて見下ろすと、ニコは汗で湿った髪を頬につけたままで、上目遣いに彼を見た。目元が少し赤い。


「やさしくない……」


 そう言いながらも、ニコの手が、ダリオの腕をゆっくりと掴む。指先がシャツの生地をつまんで離さない。

 拒んでいるはずなのに、身体はすでに寄りかかっている。ダリオが身体を引こうとすると、ニコは首を横に振った。


「教官」

「何だ」

「ちゅー、して……」


 さっき「きらい」と言った口で、今度は甘えた声でキスをねだる。

 ダリオは一瞬、呆れたように目を細めた。それでもニコの額にひとつ唇を落とし、ゆっくりと唇へ移動する。

 優しく、熱だけを残すようなキスだった。ニコは目を閉じたまま、その感覚に身を委ねた。


「もっかい」

「調子に乗るな」

「いいじゃん……」

「……ニコ」

「ん……」


 結局、もう一度だけ唇を重ねてから、ダリオはニコの隣に横になった。マットレスが沈み、大きな手が、汗で湿ったニコの髪を無造作に撫でた。

 その優しさが、かえって胸の奥をきゅっと締め付ける。


「次は本当にやめろよ。命令も守れ。自分の安全も考えろ」

「……はぁい」

「返事が雑だ」

「はい」


 ダリオが小さく息を吐き、胸が上下する。それからもう一度、彼はニコの額に唇を寄せた。


「お前が無事でよかった」


 その声だけが、今日一番柔らかかった。叱責もお仕置きも、全部色を失う。

 ニコは目を細めて、ダリオの胸に額を押しつけた。汗の匂いと、わずかに残る煙草の気配と、ダリオ自身の体温。全部が、今はただ安心できるものに感じられた。


「……教官」


 小さな笑みを残したまま、ニコの呼吸は徐々に深く、長くなっていった。

 ダリオはそれを感じ取り、髪を撫でる手を止めなかった。


 ◆


 翌朝、雨はもう上がっていた。水滴が時折、窓枠を伝って落ちる音だけが聞こえる。

 先に目を覚ましたダリオの隣では、規則正しい寝息が続いている。

 ニコはわずかに唇を開き、深く、ぐっすりと眠っていた。昨夜の痕跡が、肌のあちこちに薄く残っている。


 ダリオは上体を起こさないまま、ただその横顔と、赤みが残ってしまった身体を見ていた。眉間に浅い皺を寄せたまま、低く息を吐く。


(……こんなはずじゃなかったんだがな)


 軽い『お仕置き』で終わるつもりだった。注意して、反省させて、それで終わりにするつもりだった。なのに、自分がここまで熱を上げて、身体で教え込む形になってしまった。

 こうした記憶ほど、都合よく消えてはくれないのだろう。眉間に手をやって俯いていると、隣から小さな声がした。


「……きょーかん、……すき」


 むにゃむにゃとはっきりしない発音の、寝ぼけた声だった。まだ眠ったままの舌で紡がれる、甘い声色。ダリオは苦笑し、自然に唇の端を緩める。


「昨日は嫌いとか言ってなかったか」


 誰に聞かせるでもない低い呟きに、ニコは答えない。ただ穏やかに寝息を立てている。

 ダリオはしばらくその様子を眺めてから、ゆっくりと手を伸ばした。汗で湿った髪を、指の腹でそっと梳く。昨夜と同じ仕草なのに、今朝はもっと静かで、長かった。

 ダリオは頭を振ると、ベッドから静かに身を起こした。ニコを起こさないよう、とことん慎重に。

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