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すれ違わない政略結婚  作者: 日和るか


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6/7


 

 エリートである“魔法爵”のルキアンも、立場はまだ入省したての下っ端だ。そのくせ高度魔法を必要とする案件__金融省や軍事省の深部セキュリティのチェックや強化魔法陣の付与など__テロや戦争でも起こって攻撃魔法部隊として軍部に出向するなら納得もするが、あれこれ雑務が多いように感じる。


 ベテランの“魔法爵”に言わせれば、“魔法爵”なんてそのために授けられた爵位だ。特別に与えられた肩書きで、必要とあらばどこへでも派遣される。しかしその分高額の特別報酬金が支給されるから、ルキアンに不満は特にない。



 王都を囲む石壁の外側には触れると痺れる魔法がぐるりと一周施されている。それを発動している魔道具は城壁上部の防御回廊に等間隔に置かれており、それらを定期的に点検して魔力を加え足すのは一級以上の魔法士の仕事である。

 雑用のように思えても、広大な王都を護る大規模の魔道具には大量の魔力が必要で、少ない魔力保持者が何人も時間をかけて補充するより効率がいいのだ。


 (くだん)の“魔法爵”は『我々は使い勝手のいい便利屋だよ』などと自嘲している。


 今まさにそのメンテナンスの日なので、ルキアンも作業を行なっていた。


「……はあ、本当によく魔力を食うよな、これ」


 ルキアンが愚痴をこぼすこの麻痺魔道具も、初期は今の倍以上の魔力を必要として大きさも三倍はあり、そのくせ威力は今の半分以下という燃費の悪い代物だったから、随分改良はされてはいるのだ。


「これを一日に五個とか……移動だけで体力使うんだよ」

 だが年配の魔法士たちも手分けした場所で頑張っているのだから、文句は言えない。ただの独り言だ。


(確かに早く麻痺以外の対策をした方がいいかもな。他国が対処法を見つけないとも限らないし)


 魔法省は軍事省と綿密な関係にあり、合同会議もしょっちゅうだ。

 王都を囲む巨大な防衛麻痺網は、このエージニア王国の魔法力の高さを示している。外壁を登ってくる敵の侵入を阻む難攻不落の都市なのだ。 

 それに驕ってはいけないと軍事省も考えて、新しい魔道具の開発を魔法省に依頼している。ルキアンはさすがにまだその開発メンバーではない。だが過去作の資料集などを閲覧できる立場だから、空き時間に勉強している。個人研究室を与えられているのは、自由な発想開発を邪魔されない特権だ。


 自分の持ち場の作業を終えたら、ルキアンはそのまま魔法省の自分の研究室に瞬間移動した。彼にとって徒歩で戻る体力より、余裕ある残った魔力を使う方が簡単なのだ。


(さっさと報告書を書いて提出しよう)


 そうして局次長室に向かう。局次長は重要でない書類ほど直接受け取りたがるから気が重い。本人不在で補佐員が在室していればいいのだが。そう考えながら向かった部屋に居たのは、あいにく局次長だけだった。ルキアンは舌打ちをしそうになったが耐えた。


「局次長、本日の点検の報告書です」


「おお、早かったな! グラキエス君!」


 胸を張って局次長室の椅子に踏ん反り返っている男はフーラント・イグラス魔法伯爵。セルフィナの父親である。

 彼女の釣書を送ってきたが、婚約をしたからと断ったところだ。これでもう縁談はないだろう。しかし対面するには多少の気まずさは残っている。


 差し出した報告書を、局次長は受け取らない。


「婚約者は魔法士だったのだな」


 今更蒸し返すのか? 苛立ちながらも「ええ」とルキアンは短く答えた。


「以前の試験では落ちたのだろう? 初級に一発合格しなかったなんて魔力量は大した事はない。その娘と結婚しても君が望むような子供は出来ないかもしれんぞ」


「……」

 余計なお世話だ。


「うちには脈々と受け継がれている潜在魔力がある。魔法伯爵家とは尊い血筋なのだ。娘と君との子なら覚醒発現するだろうに、君の選択は実に残念だ」


 何が言いたい。自分は魔力量が少なすぎて魔法士試験を受けるのをやめたくせに。だからこそ魔力の有無に関係のない事務職の局次長止まりなのだ。本人は『魔法士は実務職だから敢えてならなかった』と嘯いているが、『彼は賢い。試験を受けなければ落ちる事もないのだから』との、貴族たちの嫌味な評価には気が付いていないのだろうか。


 現在、イグラス魔法伯爵家の魔法士は老いた先代のみの状況で、フーラントも子供世代が全員魔力なしに生まれるとは思わなかったのだろう。魔力なしの公爵家の娘をもらったのが間違いだったと隠れて愚痴を言っているようだが、公爵家の美姫に惚れて口説き落とし娶ったのは本人だ。妻の身分が高いだけに愛人を持てず、外に子をつくる事も出来なかったらしい。


 それはそれで、身分を笠に平民の魔法士に子供を産ませるような暴挙に出られなくて良かったとルキアンは思う。道具にしか見られていないイグラス家の子供達には一抹の同情を覚えるものの、長女のセルフィナは母譲りの美女ゆえか、気位が高く高飛車なので同情も半減する。

 なんせ学生時代にルキアンに結婚を申し込んだ時のセリフが、『私は魔力に恵まれなかったけれど、あなたとならきっと高魔力の子供が生まれますわ。身分が低いのは目を瞑りますから、私と結婚しなさい』である。


『魔法士としか結婚しない』と公言していたルキアンに、よく堂々と持論をぶつけたものだ。入学時には既に一級魔法士で、在学中に文句なしの成績で特級に上がり、魔法省入りが決まっている彼には『ぜひ婿に』と縁談が途切れなかった。彼の断りの言葉の意味は『就職先で相手を選ぶ』と同義だと大抵の者が諦めたのに、何を考えてかセルフィナは随分と偉そうなプロポーズをしてきて呆れたものだった。


 その父親が、目の前のこの失礼な男だ。心象が良くないのはお互い様である。


「私の婚約者が魔法士になったのは、自領のためです。魔法士になれば役所の許可を取らなくても、好きに四大魔法を使えますからね。彼女は魔法省への就職を考えていませんので、これから上を目指す事はありません」


「ふん、結局初級魔法士止まりの実力か」


「お言葉ですが彼女の魔力量は多いですよ。彼女と握手でもすれば、上級魔法士ならそれを感じ取れます」


 別にルキアンは当て擦るつもりはなかった。ただアステルを小馬鹿にされたのが腹立っただけだ。しかしそれを『あなたの少ない魔力なら感知できないだろう』と嫌味に受け取ったらしく、彼の劣等感を刺激したらしい。


「たかが男爵家の息子のくせに生意気な! 貴様にセルフィナはやらん!」

 顔を真っ赤にして怒り心頭である。


(だから要らないって言ってるだろ! あんな女、こっちからお断りだ!)


 ルキアンは心の中で悪態をつく。

 青二才の言葉を勝手に解釈して激昂するくらい、イグラス魔法伯爵は魔力同様度量も小さいらしい。

 対応が嫌になったルキアンは机の上に勝手に報告書を置くと、一礼して静かに出ていった。


「なになに? 局次長に怒鳴られるなんて、何やらかしたんだ?」


 一級魔法士であるまだ若い部長が局次長室の前にいて、彼もちょうど用事があるらしく、冊子の束を抱えていた。局次長の怒鳴り声が筒抜けで、ルキアンに小声で問う。


「さあ? 意味不明ですよ」


「娘はやらんなんて言われるなんて、よっぽどだよー。子供達の縁談については隣国にも手を広げてんだからさあ。君なんか喉から手が出るほど欲しいはずなのに」


 大した仕事しか回されない局次長の下で、本来の局次長の代わりをしているのは、この軽薄そうな男だ。仕事は出来る。


「セルフィナ嬢に結婚を申し込んだのかい?」


 興味津々で目が輝いている。ルキアンはこの男のこういう野次馬根性で詮索好きなところを苦手に思うが、別に彼自体が嫌いというわけではない。




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