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うわさ好きな部長に間違った情報を広められると困る。地位の高いイグラス魔法伯爵は上流貴族同士の繋がりがあるから、ルキアンの婚約について法務省の貴族契約課に問い合わせば、普通に婚約届けの有無が開示される。正式に書類を出しているので簡単には覆らない。
__魔法省の役職に知られているならもう職場で隠す事もない。
「私には婚約者がいるんです。ですから縁談はお断りしました。それが局次長の逆鱗に触れたみたいですね」
むしろ部長を使わせてもらおう。局次長がくだらない悪評を流す前に。
「え? 君、婚約してたの? 知らなかった」
「魔法省とは関係のない幼馴染なので」
「なるほどー、幼馴染か」
何を納得しているのかうんうんと頷いて、とてもいい笑顔である。
「俺は幼馴染もいとこも野郎しかいなかったから羨ましいよー」
「はあ……」
(そんなものか? 年が近いと男とも大して変わらんぞ。アステルなんか、俺の六歳上の兄貴の前でだけは取り繕ってたしな)
「魔法省は職場結婚が多いのに珍しいね。俺も職場結婚だよ」
魔法士同士だとほぼ魔力持ちが生まれるから、それは当然の流れではある。部長は婚約者を魔力なしと思っているみたいだ。
敢えて説明する気もない。アステルはただの資格持ち魔法士で、卒業後は王都から離れた領地に帰る。同時にルキアンがコンコルディ家に入っても、空間移動が出来るから魔法省勤務に支障はない。基本的にアステルが領地運営する予定だが、勿論彼女を支える。
「ま、あんまり機嫌を損ねないでくれよ。とばっちりが俺らに来るんだから」
苦情ではない軽い口調だ。プライドの肥大したハリボテの局次長は、直属の部下にも軽くあしらわれている。
「はい、気をつけます」
だからルキアンも心のこもらない詫びを入れるにとどめた。
(今日の仕事は終わったな。さて、隣国の最新魔道具の分解でもするか)
そんな気分で研究室棟に戻ると部屋の前に女性が立っていた。先輩のニ級魔法士だった。彼女はルキアンを待っていたらしい。彼の姿を認めると笑顔になった。
「あ、ルキアン君」
才色兼備と評判の彼女はジャナディア・ログノーメン。魔法伯爵家の長女だ。二十三歳で二級魔法士の彼女が、家を継ぐ事が決まっている。
「ログノーメン先輩、何か御用ですか?」
「いつまでも他人行儀ね。ディアって呼んでよ」
「いえ、そんな馴れ馴れしい……」
「ほんと真面目ねえ」
人当たりのいい彼女は周囲に気の置けない関係を望んでいる。魔法省内部では「ディア嬢」「ディア様」が普通で、公的な場以外で彼女を“ログノーメン”と呼ぶ者は少ない。
ルキアンは親しくもない相手に自分の名前を呼ばれるのが嫌だから、頑なに家名で呼ぶ。その意を汲んでくれないのがジャナディアである。そもそも相手は次期魔法伯爵だ。男爵家の次男が軽口を叩ける相手ではない。“魔法爵”の称号を持っていても、気安く彼女に近づくと反感を買うとルキアンは知っている。家柄が関係ない職場との建前は機能していても、腹の中の本音を縛る事は出来ないのだ。
「ちょっと相談があるのだけど」
「私にですか?」
ルキアンは彼女の手元を見た。手にした長方形の藤籠の書類入れには紙の束と、その上丸い物体がちょこんと乗っている。面倒事の予感がした。
「試作品についてなんだけど」
ルキアンは、はあ、とわざとらしい溜息をつく。
「……それ、砲丸の模型ですよね。私は軍事関係にまだ携わっていないのですが」
「知っているわ。でも意見を貰うくらい、いいと思うの。十代の天才魔法爵よ? その才能は活用しなくちゃ勿体無いでしょ」
暴論だ。組織には組織のルールがある。軍事省は国の防衛の主軸だ。まだ新人のルキアンは信用の蓄積が無いから、軍事面に関わらせてもらえないのは当然である。その根幹をこの才媛は軽視するのか。ルキアンがげんなりするのも無理はない。
「入れてくれるまで帰らないわよ」
言い出したら聞かない。ジャナディアは、その魔道具開発才能と美貌と家柄で、魔法省内で我儘を許されている。上層部が彼女に甘すぎるのだ。
このまま部屋の前でゴタゴタして人目につくのも困る。仕方なく折れたルキアンはドアを開け「どうぞ」と促す。不承不承な彼の態度にもお構いなしにジャナディアはさっさと入室する。
「へえ、まだ物が少ないから整然としているわね」
他人の研究室を観察するなんて失礼だが、感想を述べるのはもっと無神経だ。個人に与えられた研究室は魔法士の城で、他者の目に触れられたくない物も多々ある。
自分も魔法士であるのにそれを知った上での彼女の発言は、結局“魔法爵”成り立ての男爵家のルキアンより、家柄が勝る二級魔法士の彼女の方が立場が上と示している。ジャナディアに悪意は無くても無意識に見下しているのだろう。この手合いは図々しい。
(これだから、高級貴族は嫌なんだ)
心の中でいつもの愚痴を吐きながら、「用件を」とルキアンは素っ気ない。
「そうそう、お察しの通り砲弾の開発をしてるんだけど」
ルキアンの無愛想な対応も気にしない魔法伯爵家のお姫様は、丸い球を手に取る。
「これが試作品なんだけど」
「え? 模型じゃないんですか?」
「外側だけだから軽いのよ。でね、問題は中身なのは解るでしょう?」
「それは、そうですね。大砲自体の性能にもよりますけど」
「そうなのよ! 今は城や海岸施設に砲台があるけど、軍部は移動式を考えているのよね」
「……移動式、ですか」
そんな話、ルキアンはうわさでも聞いた事がない。
(これはまだ機密扱いではないのか? 大丈夫か、この女)
「砲台の移動となれば軽量化は必須でしょ。大砲も当然小型化するんだけど、砲弾の飛距離や威力の問題もあるでしょ。この空の砲弾の中に封じ込めるのは、今までの鉄の塊でなく代わりになる物には何を考える?」
「それなら火薬一択じゃないですか?」
「そうなるわよね! じゃあ魔法省の出る幕はないと思わない!?」
「軍事省が開発すればいい、と」
「そうよ! 貴重な魔法士を駆り出しておいて、結局火薬に頼るって事は、最初から軍事省は魔法省を馬鹿にしているのよ!」
「まさかそんな。国の機関が他省に無駄な金と労力を意図的に使わせるなんて事は、無いように思いますが」
結局結論がそうなってしまっただけではないかと思う。魔法省に依頼はしたものの、実際大砲を扱うのは魔力のない軍人で、魔法に頼らないとなれば方法は元から限られる、と気が付いただけか、それより……。
ルキアンは顎に手をやり、しばらく考える。
「……火薬以上の威力の物を求められているのでは?」
「そんな物ある?」
「鉄屑でも混ぜればいいのでは? 若しくは大砲自体に魔法付与するのも可能でしょう」
「え? 大砲自体にって、それはどんな……?」
ジャナディアが言いかけたその時、部屋の扉がドンドンドンと叩かれた。ノックなんて可愛らしいものではない。ルキアンの部屋のドアを無造作に叩く、こんな騒がしい人物は一人しか知らない。
「ルキアンー、いるー!?」
馴れ馴れしさ全開の女性の声に、ジャナディアが目を丸くして驚いている。
(はあ……。間が悪いな。疚しい事はなくても女性と二人きりだ)
ルキアンは厄介に思いつつドアに向かう。「居るよ」と答えながら開けてやる。
「やっほー、今忙しい?」
騒がしいがジャナディアと違い、開いた途端に無遠慮に〈入れろ〉と言うような真似はしない婚約者が立っていた。
「あら、どなた?」
ルキアンの紹介を待たずにジャナディアが声を発する。
中に人がいる事に驚いたアステルがびっくりして奥を窺う。
「ああ、俺の婚約者です。アステル、こちらは先輩のログノーメン二級魔法士だ」
ルキアンはおざなりに互いの紹介をする。
「あら、婚約者が出来たってうわさ、本当だったのね」
ジャナディアが意外そうにアステルを眺め、「ふうん、まだ若いのね。学生かしら」と微笑む。
「は、はい」
アステルは美貌の魔法士に恐縮して、ぺこりと頭を下げた。
ジャナディアは持参した籠を持つと研究室を出る。間際に「ありがとう、ルキアン」と礼を言ったのは良かったものの、「婚約者の躾はちゃんとしないと今後あなたの汚点になるわよ」と耳打ちする。
ルキアンはその距離感に苛立ち、睨みつけたいのを我慢して「はあ」と生返事をするにとどめた。




