⑤
「ああ、りんごの名産地の! りんご菓子もりんご茶も大好きです!」
ブシュジン伯爵家を知らないアステルも、フルネロン領は知っている。
「りんご酒が名産品なんだが、君はまだ飲んだ事がないのかな?」
「ええ、お酒はまだ駄目だって」
「厳格なご両親なんだね。俺なんか子供の頃から領地の名物だからって飲まされていたよ」
タレスは嫌味でもなさそうだが、やはり見下されている気がする。別に親に禁止されていない。単にお酒に興味がなかっただけだ。
今はルキアンに止められており、十七歳の誕生日にお酒を一緒に飲む約束をしている。アステルの許容摂取量や酔い方を知るため、自分の目の前で飲んで欲しいらしい。アステル自身も客観的に判断してくれるなら有難いと了承した。何よりルキアンになら、もし醜態を見せても大丈夫だとの信頼感がある。
「今度、最高級のりんご酒を土産に、君のご両親にご挨拶に行きたいんだけど。いつがいいかな」
「え? うちと取引したいんですか?」
「……君に結婚を申し込むんだよ」
タレスは不満気に言った。どうして言葉の意味を読めないんだとばかりの表情だが、分からないアステルが悪いのではないと思う。だって隣に座るジュリネスも、向かい側に座るノーマとナテラも不審顔だ。
(初めて会う人だよ? 意味が分からない……)
そうしてアステルは閃いた。今こそ伝家の宝刀を抜く時!
「私、もう婚約しています」
アステルが左肘を曲げて胸元に手を上げると、袖からブレスレットが現れた。
「魔法士合格の発表は昨日だぞ。早急に決めすぎじゃないか!?」
驚いて本音が出たタレスの顔が歪む。次男で婿入り先を探していた彼は即行で動いたつもりだ。まさか昨日のうちに先を越されているとは思わなかった。
その白金のブレスレットは均一な綺麗な正四角形が繋がっていて途中に球状のものが等間隔に挟まれている。精巧なそれは高度な技術を持つ職人の手による特注品に見えた。学生の恋人同士の流行り物とは違う。本気の高級品だ。
在学中から魔法省に勤務してたルキアンは新人とは思えない貯金がある。だから惜しみなく一対のブレスレットに金をつぎ込んだのだ。牽制する品に妥協はしない。
「まさか出遅れたとは……」
タリスの心の声がそのまま漏れる。まだ交友関係の少ない初学年の子爵令嬢なら、自分の見た目に惹かれると自惚れていた。色男のタレスは早くも下級生の憧れの存在になっていると自負していたのに、まさかの玉砕である。
「いえ、入学前に婚約していました」
「え!? 魔法士の資格を取る前からって、相手は誰だい!?」
「……えーっと、父が決めた男爵家の方とです」
慎重に慎重に。“魔法爵”の名前は出さない。
「それは酷い! 君の親は君の価値を見誤っている。魔法士の資格持ちの今なら、もっと地位の高い貴族を迎え入れる事も可能なのに!」
それを言えば、ルキアンの方が損をしている。王都の高級貴族に婿入りも可能だったのに、彼は故郷を選んだ。領主になれば魔法省を辞めたいそうだ。
『特級魔法士として魔法省入りは避けられなかった。王都で人脈を作るよ。いずれは領主になるんだから、力をつけないとね』
今までもルキアンは、子爵領の自然災害時には駆けつけて被害が最小限になるよう尽力してくれ、小麦が病気になった年は原因究明に協力してくれた。コンコルディ子爵領にとって恩人だ。実にアステルには勿体無い婿殿である。しかしルキアンは、自分は所詮子供で出来る事は限られていると、人知れず落胆していた。
“魔法爵”になったのも義務のように語るが、内閣の中でも魔法省は各省との連携が密で、繋がれる人物も多いしその分得られる知識も豊富になる。それをルキアンは財産だと思う。やっと大人になったので、これから色々出来ると期待している。
アステルが『結婚しても王都と領地とで別居だね』と言えば、『どうして別居しなきゃならない』とルキアンは不機嫌になった。彼は『コンコルディ領に住んで魔法省には転移魔法で通う』と、とんでもない通勤方法を考えていた。しかもそれが可能な男である。
「お相手はよく知った幼馴染なので不満はありません」
「それは君が相手を慕っているという事なのかい」
おっと。意外な事を聞かれた。慕っている……? まあ仲はいい。だがタレスが問う意味は男性としてだ。幼い頃から魔法を操る彼を、ずっと凄いと思っていたので元々好意的だ。婚約者となったから異性として意識するのは当たり前の感覚じゃないだろうか。男女の仲って難しい。珍しく俯いて熟考しているアステルの姿を、タレスは恥じらいと捉えて肩を落とす。
撃沈してふらふらと立ち去るタレスの後ろ姿を、アステルたちは見送った。
「凄いわねえ。初対面の女性が自分を選ぶって自信があるなんて」
感心しているのやら呆れているのやら、ノーマが一同の思いを代弁した。
「__でね。今日そんなプロポーズ?なのかなあ? を受けたの」
帰宅が遅かったルキアンの夕食中に、既に夕食を終えていたアステルは、ご相伴に与る形で出してもらったデザートを頬張りながら報告する。
「ブレスレット見せたら退散したよ。凄い効果!」
面白い話をしているつもりのアステルは笑顔で、聞かされているルキアンは仏頂面である。
「タレス・ブシュジン伯爵家次男か。俺の学年でも『可愛い子が入学してきた』って女子生徒たちが騒いでいたよ」
ルキアンは彼の中性的な容姿を思い出していた。
タレスはモテたので、初学年の時から同級生だけでなく年上からも交際を申し込まれていた。ルキアンの在学中の一年間だけで六人の女生徒と付き合っていた。一番長く続いたのはタレスと同学年の男爵家の娘で、四ヶ月くらいだったと記憶している。
(やっぱりか、あのガキ! 婿入り先にアステルに目を付けるんじゃないかと思ってた!)
タレスは交際相手と結婚相手は別物と考えている。実際に婿入り打診もいくつかあったらしいが、『女性の容姿が自分に釣り合わない』なんてふざけた本音が理由で断っていた。尤も容姿を見ているのは相手も同じだろう。客観的に考えて、タレスが領地経営や商売に関して有能かは疑問だ。武術馬術に座学の成績も振るわず、自分の外見磨きにしか労力を割かない伊達男である。楽して暮らせる婿入り先を探している呆れた野郎なのだ。
ここまでルキアンがタレス・ブシュジンに詳しいのは、彼がアステルに手を出しそうな要注意人物の一人だったからである。タレスから見ればアステルの容姿は問題ない。そして、そこそこの規模の領地で安定しているコンコルディ子爵家の一人娘。
魔法士の妻を得る者は限られている。
つまり優越感に浸れる。
(……なーんて都合のいい事考えてアステルに突撃したんだろうな)
「どうしたの、ルキアン。目が座ってるよ」
「いや、別に。それで撃退したんだな」
「そうそう!」
「あいつ綺麗な男だよな。心が揺らがなかったのか?」
「へっ?」
「おまえ、男に免疫ないだろ。いきなりあんな美形に求婚されたら、多少はときめくもんじゃないのか」
「ルキアンは初対面の美女に求婚されたらときめくの?」
「いや、不躾だと不快に思うし警戒する」
「私だって同じだよ! それにあの人、美形ったってタイプじゃない。ルキアンの方がかっこよくて男前だと思う」
アステルの不意打ちにルキアンはスープで咽せた。
「大丈夫?」
「だ、大丈夫だ。何なんだよ。おまえの天然砲は」
「何それ」
「いや……。せいぜいブレスレットを活用してくれ」
涼しい顔を装いつつ、ルキアンは食事を続けるのだった。




