③
__アステルが魔力持ちと判定された日。
「おまえに魔力があるのは知っていた」
アステルが「私にも魔力があったわ。魔法士になるの」とルキアンに得意気に告げた時、彼はしれっと言った。
「なんですってえ!? どうして言ってくれなかったのよ!」
考えてみれば、魔力の高いルキアンなら他者の魔力も感じ取れる。気がついていながら黙していたルキアンに喰ってかかると、彼は面倒くさそうに答えた。
「おまえは子爵夫人になるだろ。魔法士になんてなったら、何かと国に使われるだけだ。ただの魔力持ちって事でいいじゃないか」
「これから義務で魔法士養成所に通うのに! どうせなら、もっと早くから魔法の勉強を始めたかったわ!」
「それなりの魔力量なのに、小さな魔法ひとつ発現しないのは不思議だった。アステルには才能がないと思ったから黙っていた」
「むきーっ! 見ていなさいよ! すぐに四大魔法を習得してみせるから!」
そうルキアンに啖呵を切って、早三年。
地方の養成所に一年通った時、教師に魔法士の資格を取るのは難しいと言われたのに諦めきれなかった。
「魔法省に入るわけでもないのに魔法士になる必要ないだろ。おまえの子供が才能持って産まれるのに期待すれば? 俺に似れば大成功だ」
「何が大成功よ! 家畜の繁殖じゃないのよ、人ごとだと思って! 取れる資格はなんでも持っておきたいの!」
領地の改良にも役立つではないか。そんなアステルの気持ちを汲んだのか、ルキアンが手助けをしてくれるようになった。
「なんてのかなあ。四大魔法を使うのに苦手意識がないか? 炎とか出す時、おまえビビってるよな」
「うっ」
図星である。本能的に怖いのだ。体内に取り入れた元素エネルギーが、自身の魔力を変質させる過程に違和感があって気持ち悪い。
「炎を出してもし火事になったらどうするの? 風刃で他人を傷つけたら?」
アステルの苦手はそういうところで、それが心理的に元素魔法を拒む要因になっているのだ。
「いや、人としては善人だ。だけど魔法士ってのは攻撃魔法を使うもんなんだ。そこらへん理解してる?」
魔法士は軍事省所属でないだけで、兵士でもあるのだ。ルキアンなんて有事の際には真っ先に前線送りである。
「……で、でも土木作業とかに役に立つし、干ばつにも対応できるのよ」
言い募るアステルに、はあ、とため息をついたルキアンは「無属性魔法を極めようか。それができたら四大魔法の最低ラインはクリアできると思う」と、養成所とは別のやり方を提案してくれた。純粋な魔力底上げ作戦である。しかし生まれ持った魔力量は決まっている。
「どうするの?」
「とにかく魔力そのものの発現精度を上げまくる」
これが功を奏して、アステルは四大魔法をきっちり使えるより前に、結界魔法や防御魔法、高魔力保持者しか使えない転移魔法まで使いこなせるようになった。
「ポンコツなのか凄いのか分からないな……」と、ルキアンが評価に困ったのも記憶に新しい。
「ルキアン先生のお陰で自信がつきました! ありがとうございます! 内なる四大元素にも打ち勝てました!」
「……先生はやめろ、気色悪い」
「ええっ、最大限の敬意なのに!」
「まあ苦肉の策が上手くいって良かったよ。四大魔法も抵抗がなくなったみたいだしな。次の試験で受かるだろ」
「アステルも次こそは初級に受かりそうだね」
「ソルニウムは七級ね。このまま順調にいって魔法省に入れるといいわね」
「早く五級になりたいなあ」
入省の最低資格である。平民の彼にとっては収入も多く、実力主義の理想の職場なのだ。駆け出し魔法士の最初の称号は初級、それから七級六級と上がっていき、頂点が特級で“魔法爵”の地位を得る。魔法省でもその最高位の者は少ない。
「今年王立貴族学院を卒業したばかりの人が就職して“魔法爵”になったんだって。凄いよな。貴族の学院に通いながら、ここにも通ってたって事だろ」
「あ、そうね……」
アステルはぎこちなく笑う。
(それは私の婚約者でございます。彼は養成所に通わず試験だけ受けて、全て一発合格していった男です。学院と養成所を両立していて大変なのは私です……)
アステルは身分を明かしていないので、ソルニウムは彼女を貴族だと知らない。瞳はありふれた薄褐色だけどレモン色のふわふわした髪は柔らかな艶があり、シンプルだが質のいい服を着ているから、どこかの裕福な商会かなんかのお嬢さんだと思っている。
「彼は在学中から研修員の形で、魔法省に研究室を与えられていた天才だから別格よ」
「へえ、詳しいんだな」
「ま、まあね、うわさで聞いただけだけど」
騙しているみたいな気がして心苦しかった。
授業終了後に王立学院から魔法省まで瞬間移動。その後魔法省から近い場所にある魔法士養成所まで爆走。そこで魔法の授業。締め括りが試験のための最終調整だったので長引いた。
普段はまだ明るい中、のんびり徒歩で帰宅するアステルも、もう夕方だしさすがに精根尽きたので辻馬車を利用する。
「ただいまあ」
「お帰りなさい、お嬢様」
「サリー、今日は疲れたー」
少しふくよかな中年メイドに鞄を渡すと、「早速お食事にされますか? ちょうど坊っちゃんも帰宅したところですから、ぜひご一緒に」とサリーは微笑む。
「遅かったな。養成所まで迎えに行こうかと思っていたところだ」
食堂にはルキアンが居た。
「ルキアンは珍しく早いじゃん」
__何故、婚約したばかりの二人が一緒に住んでいるのか。
これには事情がある。アステルが王都の貴族学院に通うには王都に住まなければならない。寮生活では自由に外出できず、王都の魔法士養成所通いは困難になる。しかし一人暮らしをさせるのも心配な彼女の両親に、ルキアンが自分の親を通じて、自身が住む王都にあるグラキエス家のタウンハウスに住まわせる事を、提案したのがきっかけである。部屋はいくつもあるし、使用人もいるから生活に不便はない。
アステルはすぐに了承した。幼い頃から領地を行き来して互いに泊まっていたから抵抗がなかったらしい。そんな娘にコンコルディ子爵夫妻は、若干複雑な思いだったのではなかろうか。
幼馴染でも年頃になれば「異性と同居なんて!」と断りそうなものだが、アステルにそんな遠慮はなかった。と言うわけで、入学に合わせてアステルがルキアンの住居にやって来たのである。
「今日は余分な仕事がなかったからね。通常ならこの時間には帰れるはずなんだけど、なかなか……」
ルキアンは、なんて事ないように答える。しかし“魔法爵”の彼は在学中から魔法省に出向いていたので新人の扱いをされない。高魔力者にしかできない仕事が回されるし結構多忙なのだ。
「アステルの調子はどう? 火力の不安定さは落ち着いたか?」
「うん。大丈夫だと思う。ソルニウムにちょっと劣るくらいだから」
ルキアンの片眉がピクリと上がったのにアステルは気が付かない。
「ああ、同期の男の子だね。初級は難なく合格したって」
「そうなの。よく覚えてるね」
「平民だけど先々代が東のクリランガ国出身の移民だと、おまえが言ってたから覚えていたのさ。東は古代人の血を濃く引く者が多い。魔法士を目指せるほどの魔力がある平民は向こうの出身が多いんだ」
「へえ、そうなんだ。ほんとルキアンって博識ねえ」
ナイフとフォークを動かす手は止めないまま、アステルは感心している。
「……婚約者の周りにいる男は知っていなきゃだろ……」
ルキアンの小さな呟きは、誰にも聞かれる事なく宙に消えた。
(本当にアステルは単純で鈍感だ)
美味しそうに食事をする彼女を眺めながらルキアンは思う。
使用人が同居しているとは言え、普通は若い女が独身の男のところに転がり込まない。幼馴染マジックを利用したのは自分だが、アステルはすぐ騙されそうで心配が尽きない。




