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「私はいいのよ。でもルキアンはもっと美人でいい家柄の令嬢を選べるじゃない。それを知ったから心苦しいわ!」
「……どこのどいつの横槍だよ……」
「何か言った?」
「いや。前にも言ったと思うけど、俺、そんなに出世欲ないんだわ。むしろやりたい事が制限される上に責任だけ増えて面倒だろ。“魔法爵”の称号持っておまえん家に行くのが一番いい。だから〈結婚相手は魔法士である事〉だと言って断ってたんだよ」
確かにそれなら選ぶ相手はぐっと狭まる。魔力持ち同士の子供はまず魔力持ちに産まれるから、ルキアンの結婚相手の条件に、皆納得したのだ。
「セルフィナ様は婚約を理由に、あなたに結婚を断られたと言ってたわ」
「……セルフィナ? 誰だそれ」
「もうっ、魔法士なら把握してなさいよ! イグラス魔法伯爵令嬢よ!」
「ああ、イグラス家か」とルキアンは思い当たる。覚える気もなかった彼女の名はセルフィナだったか。
イグラス家のセルフィナには兄も妹もいる。ただ彼女も含めて子供たちに魔力はない。元々膨大な魔力を誇る家柄なので驕りがあったか、特に何も思慮せず、政治中枢に関わるための政略結婚で低魔力相手の結婚が続いた。そうした弊害か、現当主は魔力が少なく、その妻は美姫として有名だった公爵令嬢だが魔力がない。そしてとうとう次代に魔力持ちが産まれなかったのだ。
現当主夫人が魔力持ちの末端貴族や平民の愛人を認めれば良かったのだろうが、自尊心が高く実家が太い彼女はそれを認めなかった。それで愛人に魔力持ちが産まれたら、自分の子供が跡目を継げないからだ。それは当然の想いなので誰も責められない。魔法伯が自由に結婚したツケとも言える。
だから魔法士を伴侶にした者が後継ぎになるとかで、みんな必死に相手を探していると聞く。確かに“魔法爵”のルキアンを婿に出来れば、セルフィナが次期イグラス魔法伯爵夫人になるのはほぼ確定だろう。
学生時代、ルキアンはセルフィナに結婚を申し込まれた事がある。家柄も良く美貌の彼女は勝算があったのかもしれないが、お断り理由に今まで同様〈妻には魔法士を望む〉を使った。その後、家の名を使って正式にイグラス家から釣書が届いたけれど、その時も同じ返事をした。
諦めたかと思っていたのに魔法省に入ってから、再度イグラス家から申し込まれた。余程“魔法爵”は魅力的な存在なのだろう。〈配偶者に望むのは魔法士〉が建前で、結婚を考えていないルキアンの口実なのではないかと疑問に思われたらしく、粘られたのだと思う。
「婚約が決まってからの打診だから、そう断るのがスジじゃないか?」
もう結婚の条件なんてややこしい理由は要らない。既に相手がいると断るのが妥当だ。
「じゃあコンコルディ家への婿入りに不満はないのね? あなた馬鹿よね。魔法伯爵家を蹴るなんて! 後悔しないと誓う!?」
「そんなくだらない事を誓わされるのか?」
「言質を取っておきたいのよ!」
「よく知らない綺麗な令嬢より、そこそこの見た目でも、気心知れたおまえがいいに決まっている。後悔なんかしない」
「そこそこの見た目で悪かったわね! でもルキアンに無理強いしてないって事が分かったからもういいわ! じゃあね!」
そう言うが早いかアステルは片手をシュッと上げて挨拶すると部屋を飛び出した。
「あーっ! 養成所の授業に遅れるー!」
さすがに転移魔法を使えるだけの魔力の余力が無いアステルが、魔法省の廊下を駆ける。
ルキアンは「全く。嵐のようなやつだな」と彼女の後ろ姿を呆然と見送った。
魔法省は関係者以外が入るのに許可が必要だとアステルは知らない。
本来ならアステルは建物内にいるはずのない不審者なのだが、エントランスの守衛魔法士は、「ごきげんよう」と笑顔で走り去る彼女を「お気をつけて」と普通に見送った。
これはルキアンが「婚約者が研究室まで空間魔法で訪れる事があるから」と申請しているおかげで関係者扱いなのだ。魔法省ではそんな特例がぽつぽつあるので苦情は出ない。
「あーあ、なんかやる気が削がれたな」
婚約者に仮眠を妨害された挙句、他の女との結婚を勧められたのだ。いい気分ではない。ルキアンは先程まで読んでいた文献を放り出す。
「……やっぱり大々的に婚約発表をするべきかな」
まだ学生だから目立ちたくないと言うアステルの意志を尊重して、婚約話は内々で済ませている。婚約相手が“魔法爵”ともなれば騒ぎになるのは間違いないから、アステルがやっかみを受けるのを危惧したルキアンも同意する。自分は卒業した身なので、彼女の隣に立って目を光らせる事も叶わないから了承したのだ。
今回は相手にバレているから認めたのだろう。アステルは積極的に言いふらさないだけで、何がなんでも隠し通すという意志はない。根が素直なので隠し事に向かないのである。
(“魔法爵”の俺を手に入れるために、アステルに接触して婚約解消をさせようとした馬鹿がいる)
十中八九、セルフィナ・イグラスだ。アステルは単純だから何も考えないで彼女の名前を出したんだろうが、咄嗟に名前が出るのはそういう事だ。
『魔法伯爵家からのお話は身に余る光栄ですが、もう婚約者がいるので』と穏便に断ったのが悪かったのか? まさか婚約者を排除すれば勝機ありとでも思ったのか?
(光栄だなんて社交辞令に決まってるだろうが! 貴族なら素直に取るな! いや、分かっていてのゴリ押しかもしれない。格上の貴族だからな)
こんな手合いがいるから嫌なのだ。
それに今はただの王立貴族学院の生徒であるアステルも、次の初級魔法士試験に受かるだろう。魔法士養成所に通っているのを学院では隠しているアステルだが、初級でも魔法士になると一気に貴族連中が目を付けて、彼女には縁談が舞い込むだろう。ルキアンの目の届かない学院で、既成事実でも作られたらどうしようもない。仕方ないけれど在学年が被らなかったのが悔やまれる。
これは『モテ期が来た!』とか頭の悪い事をほざきそうな、単純思考のアステルの身を護るための学生婚約でもあるのだ。
「間に合ったー!!」
一生懸命走ってなんとか魔法士養成所に辿り着いたアステルは一息つく。その間に校章を外すのも忘れない。
「何言ってんだよ。息絶え絶えじゃないか」
教室に入ると同級生のソルニウムが呆れて言った。彼は平民でアステルよりひとつ年下である。魔力の発現は個人差が大きい。魔力があるのに気が付かず、大人になって魔力持ちだと分かる事は平民にはままある。
自然界に存在する風、土、水、火の四大元素を体内に取り込み、魔法として練り出せる体内に備わった能力を“魔力”と呼ぶ。これは旧支配者である古代人の血を引く者の特徴だそうだ。魔法を駆使していた滅びゆく古代人と魔力のない現人類と、交配があった証拠である。
古代人の血を引く者は知力体力ともに優れており、早い段階で現人類の中で支配者になっていったようだ。だから魔力持ちの多くは貴族であるとされ、どこの国でも似た考えだ。支配層には培った魔力発現の修行ノウハウがあるのも大きい。貴族は十三歳の時に魔法省で魔力測定を行う。目覚めていない魔力者を掬い上げる狙いがあるのだ。
平民の発現はほぼ偶発的なものだ。獣や野盗に襲われたり溺れたり、命の危機に陥った時に魔法が出て助かり、魔力持ちと判明する事がほとんどだ。
ソルニウムは一年前崖から転げ落ちた時に、咄嗟に無意識下で風を纏って落下の衝撃を打ち消したので発覚した。
アステルにはそんな劇的な出来事はなく、普通に魔力判定で引っかかった口だ。幼い頃から自在に魔法を操っていた隣の領地のルキアンとは大違いである。




