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(アステルは跡取りだけど子爵家だ。上流貴族が嫁に望んで無理矢理娶る事も無いとは言えない……。子爵家は親戚から養子を貰えとか、普通に言いそうなんだよな、あいつら)
「難しい顔してどしたの。眉間に皺の癖がついちゃうよ」
「どうもしないさ。まあ、どんなに立場が上の野郎相手でも、俺からアステルを奪わせやしないと決心したくらいかな」
「な、なんなの、いきなり。えらく男前な発言しちゃって」
ただの幼馴染の男の子が、婚約者の立場になるとこうも変わるものなのか……ルキアンは年上だが幼い時は引っ込み思案だったので、一人っ子のアステルが引っ張り回しては弟のように扱っていた。そんな相手にどきりとするなんて、なんだか気まずくて茶化す。
「実は俺、男前なんだよ。知らなかったのかよ」
ニヤリと笑う姿は明らかにアステルを揶揄っている。
照れくささもあり、「ふんっ」とアステルはそっぽを向くのだった。
「そもそも新学年生はクラスや授業に慣れるのも一苦労なのに、縦学年交流の意味はあるのかな?」
そんなアステルの素朴な疑問にルキアンは苦笑する。
「さあ? 学院の思惑なんか知らないけど、初っ端から貴族縦社会の洗礼を受けとけって意味かもな。終学年の騎士爵家の息子が初学年の男爵家の息子に馬鹿にされていたりと、先輩後輩より身分の上下が関係を左右するのが罷り通ってたからな。結局学院は〈生徒は平等〉と謳いながら擬似社交界なんだ」
「準貴族の騎士爵家を男爵家が蔑む?」
アステルは信じられない。平民扱いの準貴族でも貴族特権を持っているし、貴族学院に通えているのだから、国が貴族の一員と認めているのだ。アステルからすれば、準貴族も自身の子爵家も〈下級貴族〉のカテゴリーである。そんな下位同士で見下しもあるなんて。学院内がそんな空気なら……。
「ルキアンも? 下級生から嫌な思いさせられたの?」
「さすがに最年少の特級魔法士を馬鹿にする連中は、いなかったよ。“魔法爵”内定者だぞ。今後いつ世話になるか分からない相手の心証を損ねるような軽率者はいなかった」
「でも私は? 初級魔法士なんて大した権威じゃないし。うーん、在学中にもう少し上を狙ってみようかな」
仲の良い友人ができたけれど、やっぱり三年間の学院生活が不安になる。
「やめとけ。うっかり五級にでもなってみろ。魔法省からの誘いがしつこいぞ」
「……五級なんて、うっかりなれるもんじゃないでしょうに……」
アステルは呆れて肩を竦めたが、ルキアンは半分本気だった。
四大魔法発動が安定してきているし、アステルの場合、向上心故にではなく、魔法を使うのが楽しくなって、『あれ? 次も合格できるかも?』みたいなノリで試験を受けていたら、気がつけば五級になっていました的な事が充分有り得る。それがルキアンのアステル像である。
ルキアンの見立てでは、魔力の多さだけで言えばアステルは一級魔法士レベルだ。ただ魔法士試験は四大魔法にのみ重点が置かれているから、元素魔法の下手なアステルが試験に合格し続けるのは現時点では難しい。
(相性とは不思議なものだな。元素魔法は苦手で無属性魔法が得意だなんて)
アステルが深く掘り下げない疑問も、根っからの魔法士気質のルキアンはどうしたって考えてしまう。
自分たちの魔力のルーツである異邦人トランドラは、魔法の盛んな母国でも優秀な魔法使いだったと云う。彼が生きていた時代のこのエージニア王国は、まだまだ魔法体制が未熟だった。魔法を使える者も剣を使える者も扱う武器が違うだけで軍事省の軍人だ。
各国で同程度の魔法を有していたため戦力は互角で、戦争にそこまで影響を及ばさなかった。どの国も、殺傷能力の高い魔力持ちは貴族であり魔法兵のごく一部で、それすら一人で同時に倒せるのはせいぜい四、五人程度で、腕のいい剣士と同等くらいだ。
しかし化け物級の魔法使いトランドラの出現でエージニア王国は揺れる。無理もない。たった一人で敵部隊を殲滅できるのだ。異国民だろうが王家が彼を囲いたかったのは理解できる。結局トランドラの逆鱗に触れてしまったため撤回した挙句、国王が平謝りしたのだから、余程の脅威だったのだろう。
魔法使いの重要性を感じた国が彼の存在を機に魔法省を立ち上げ、全国の魔法使いに国家資格試験を受けるよう通達する。そして今までは単に魔法使いと呼ばれていた者たちに“魔法士”という職業が誕生した。在野にいる人材を取りこぼさないために、『魔法士受験に身分、性別、年齢を問わない』としたのは当然の流れだった。貴重な魔力持ちがきちんと魔法を使えるように訓練する魔法士養成所を各地に作り、そのためのガイドラインも確立した。
エージニア王国の意識を変える発端となった別格のトランドラは、魔法省所属から除外される。『軍事部から枝分かれしただけで兵士に変わりはない』と、頑なに拒否する彼を国の機関に縛り付けるのは難しかったのだ。彼は魔法をモカマチュラル地方の発展のために使い、ただ自分が所属する国の一員である自覚はあったので、あちこちの領主に頼まれて、大掛かりな土木工事や治水工事には、報酬を度外視して力を貸していたそうだ。だから国中で彼は聖人のように扱われ、今でも〈伝説の聖魔法士〉と呼ばれている。
そんな彼の公式資料をルキアンは魔法省で初めて閲覧した。
トランドラの活躍の記録は淡々と時系列で、__何時何時〇〇領で何々をした__と事実だけが羅列してあった。
そもそもトランドラが有名になったのは、婿入りした商家の近くの大きな川が大雨で氾濫しかけた時、水が両岸を越えないように見えない防御壁を張った事柄だ。目の当たりにした住民がその異様な光景に息をのんだと、ルキアンたちの地元で語り継がれている話だ。川幅より高い位置を、阻まれた水が流れていくのだ。そりゃあ度肝を抜かれたことだろう。トランドラはきっちり川幅に水を閉じ込めたのである。それは下流まで、生活被害がない地域まで続いたと言う。
(大規模な結界だ……俺には無理だな)
その氾濫防止壁は〇〇村にまで及んだと公式に記されている。そこから先は海に続く無人地域なので防御を切ったらしい。地元で語られている以上の正確な記述を読んで、ルキアンはご先祖様の実力に愕然とした。
今の魔法士なら理解しているが、あれは元素魔法ではない。
しかし彼は大火事を大量の魔法水で鎮火した過去もあり、川の制御も水魔法と勘違いされた。今ほど魔法が分類化されていなかったから、仕方がないのかもしれない。
トランドラは四大属性魔法より、自分の魔力そのものを具現した魔法使用が主流で、現在ではそれらは無属性魔法と呼ばれる。
不思議なもので、かなり魔力のある実力魔法士でも無属性魔法を使えない者がいる。自分の魔力をエネルギー変換して物質に注ぐ事はできても、それを防御や結界といった明確な形に発現できないのだ。
(目に見えない力を想像できないからか……?)
ルキアンは考えてから、目の前でおかわりのピーチパイを幸せそうに食べているお気楽娘を見る。
(アステルが特に想像力豊かだとも思わないし……結局生まれ持った体質か?)
魔法で攻撃するのを極端に嫌っていたトランドラと、人を傷つけるのを恐れて元素魔法が苦手なアステル。
(案外、無意識に嫌な思いをしない方法を選んだ結果かもしれないな)
なんとなくルキアンはそう思った。




