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数日後、約束通り雲は柳基にいた。
しかし、花見の季節の郡都は記憶の中より遥かに人が多かった。
人混みが苦手な雲は梅花を適当にチラリとみただけで早々に横道に面した飯館に逃げ込んだ。
その店の窓からも小ぶりな梅の木が一本だけ見える。
あいかわらず峪安郡の梅は白梅と紅梅がそれぞれ混ざることなく独立して一本の木に咲いている。
窓越しでも梅の香りも景観も十分楽しめ、雲は満足げに料理に舌鼓を打っていた。
しかし、連れの二人はそうではないようで、特に岑は楽しそうに外を見ている雲を恨めしげに見た。
「……これは花見で合ってるのか」
いまいち気が乗らない様子で岑は問う。
雲はそれを一瞥したが、大して気にしない。
「合ってるよ。
梅と料理があるんだから、立派な花見だ。
酒も飲みたきゃ頼めばいい」
「……」
「……頼むか?」
「頼まねえよ」
宗斐の問いに岑は呆れた様子で答える。
そして観念したように息を大きく吐くと体の力を抜き、だらりと壁にもたれかかる。
「だいいち花見っていうのはこんな華のない仲間でやるもんじゃないだろ。
男しかいないのに誰が花見しようなんて言い出したんだ?」
その質問に宗斐は向かいに座る雲を顎で差した。
真面目に教えた宗斐に岑はまたもため息をつきながら
「分かってて言ってんだ」
と言って立ち上がる。
そして雲のとなりで拾った花びらで遊んでいた舜を抱き上げる。
「ツェン?」
「せっかく貴重な俺の休みを使ってきてるんだ。
阿舜に本物の花見を教えてやる」
そう宣言すると岑は飯館を飛び出していった。
こうして雲と宗斐だけが残されるのはよくあることだった。
そもそもそれを見越して岑は自身が出て行きやすいように座った。
どうも雲と宗斐が混ざると岑の怒りを刺激してしまうようだ。
しかし、二人ともそれを改善する気はないのでいつもこうなる。
「で、これは花見と言えるのか?」
「忘れてたんだよ。
人混みが駄目なこと。
采歌はそこまで賑やかじゃないから」
雲は罰が悪そうに視線を逸らした。
「でも、梅があって料理があるんだから花見でいいだろう?」
「……」
自慢げに言う雲の瞳を宗斐は見つめた。
そして卓上に並ぶ料理に視線をやる。
「正直に言え、雲。
ここの料理はいまいちだ」
「……」
「……久しぶりの郡都だろ?どうだ?」
雲は目をスーと細める。
店内では当たり前のように蒼土人も辰京人も食事をしている。
彼らは決して同じ卓を囲ってはいないが、その表情はどちらも朗らかで、それぞれの仲間と春の陽気を楽しんでいた。
先ほど通ってきた大通りもそうだ。
3年前にはよく起きていた蒼土人と店主の諍いなど一つも起きていない。
「うん。
変わってないけど変わったね。
あなたの目指す郡都に少しずつ近づいている。
……この梅花にふさわしい街になった」
雲の言葉に宗斐は嬉しそうに笑った。
「あぁ。そうだろう?」
誇らしげに店内を見渡すとずっと立ち上がる。
「せっかく街まで来たから姚のところに顔を出してくるよ。
そんなにかからないから待っててくれ。
……店を変えたかったら変えてもいい」
雲は頷く代わりに宗斐を手招く。
そしてその肩にのっていた赤い花弁を取ってやる。
「姚さんによろしく。
店は…もしかしたら変えているかもしれない」
宗斐はかつて岑がしていたように無遠慮に雲の頭を撫で回すと去っていった。
一人になってからも、動く気力は湧かなかった。
宗斐の言うとおり、料理は正直いまひとつだ。
だが新しい店に移る気にもなれない。
ただぼんやりと、窓の外の梅を眺めていた。
横の窓を開けると、穏やかな春風が流れ込み、白い花弁がひらひらと卓上に舞い落ちる。
雲はそれをつまみ、くるりと指先で回した。
隅々まで観察する。
なんの変哲もない花弁は一面白で、赤は混じっていない。
――はっきりと、別れているんだな。
妙なところで好奇心が刺激された。
紅梅の花弁も見てみたい。
もう一度風が吹いて、紅の花弁が落ちてきたら、そのときこの店を出よう。
そう決めて、頬杖をつく。
だが、いくら待っても赤は落ちてこなかった。
そのときだった。
勢いよく誰かが近づき、雲の顔を覗き込む。
雲は驚くことなく視線だけをそちらに向ける。
するとのぞいてきたのは美しい女だった。
ひらひらと揺れる薄手の衣は春らしい淡黄で、色素の薄い女によく似合っていた。
女の額には赤い顔料で花鈿が描かれており、その特徴的な模様で雲は彼女がどこの一族の人間なのかすぐに分かった。
しかし一切表情を変えず、女の死人でも見るかのように驚いた視線をただ受け止めた。
すると次第に女はその両目に涙を湛えて雲の左手を自身の手の中に包み込んだ。
「殿下、殿下ですよね?
生きていらっしゃられたなんて……」
雲は涙を流す女の言葉に答えることなく黙り込んだ。
実際なんて答えたらいいかわからなかったのだ。
しばらくしてようやく口を開く。
「君は、林麗の者か」
「えぇ、そうです。
士衡さま(岑の字)に似た方をお見かけしたからもしやとは思いましたが、本当に殿下を見つけられるなんて」
女は涙を拭うと嬉しそうに微笑んだ。




