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あなたと巡る、愛しい雨旅  作者: 七賀ごふん
葉越しの候

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38/45

#6



その言葉を聞き、頭が真っ白になる。何とか呼吸を整え、冷静に母に尋ねた。

「わ、分かった。急ぎだよね」

『あ、別に急がなくていいわよ。来月でも再来月でも』

え。

そんな悠長に構えて大丈夫なのか?

内心困惑してると、さらに訳分からないことを言われた。


『せっかく東京にいるんだし、何か美味しいお菓子買ってきてくれたら嬉しいわ~。あ、ひとりがつまらないなら友達も連れて来たら? 女の子は駄目よ! お父さんが取り乱すから』


…………。


なるべく真剣に聞いたつもりだったんだけど、上手く処理できない。

フリーズしてる俺を不審に思ったのか、景さんが心配そうに小声で尋ねる。

「都築。どうした?」

「父が倒れたらしくて。でも母は、美味しいお菓子が食べたいみたいで。あと友達を連れて遊びに来いって言ってます」

「ん?」

言われた通りに伝えたんだけど、聞き返されてしまった。手で合図し、再びスマホを耳にあてる。


「父さんのことだけど、深刻な話じゃないの?」

『本人は深刻よぉ。ぎっくり腰だから』

「ぎ…………」


なんと言うか、海美さんと会ったときもこんなやり取りがあったな。デジャブだ。

いや、それより。

「俺が帰って、父さんが喜ぶとは思えないけど」

むしろ、顔も見たくないんじゃないか。出来損ないで逃げ出した息子の顔なんて。

けど、母はため息をついた。

『相変わらず心配性ね。……ところで、今誰かといるの? お友達?』

「あ、うん」

『ちょうど良いじゃない! あなたどうせ部屋汚くて誰も呼べないだろうし、その友達と一緒に遊びに来なさいな』

まずい。母がヒートアップしてる。

あと俺の部屋は今関係ない。確かに汚いけど、大声で喋るから絶対景さんにも聞こえたぞ。くっ……。


すると、景さんはこちらに近付き、なんとスピーカーに切り替えた。

「もしもし」

『あらっ? ……もしかして、お友達の方?』

「はい。鏑木と申します。こんばんは」

初めまして、と言って景さんは俺のスマホに手を添えた。

普段の景さんなら絶対にしないことをしてる。それに驚いて、……あと距離が近すぎて、心臓が破裂しそうだった。

『都築の母でございます。都築がいつもお世話になっております』

電話越しの挨拶勘弁してくれ。

妙に声高いし……と嫌な汗をかいていると、母はやはり、さっきの提案を持ち出してきた。


『鏑木さん、お電話でこんなお誘いをして申し訳ないのだけど……もし迷惑じゃなかったら、ご都合のいいときに都築と長野に遊びに来てくださいな。もちろん都築に案内させますから』

「か、母さん。初対面……いや会ってないけど、初めて電話する人にいきなり」

「ありがとうございます。是非都築くんと伺わせていただきます」


んなっっ。

思わず、スマホを落としかける。俺の手を掴み、景さんは爽やかな笑みを浮かべた。


電話の先からは、母の弾んだ声が聞こえた。

『本当? 嬉しいわ。楽しみにお待ちしてます!』

「いや母さん、そんなすぐには」

『都築、何をつかって帰るか連絡してね。鏑木さんの交通費も渡すから。じゃあ宜しくね!』

ツッコむ暇もなかった。電話は切れて、画面には通話終了と表示されている。


「景さん、本気ですか?」

「何が」

「俺の実家に行くって。得るものは何にもないですよ」

「あるだろ。お前が生まれ育った場所なんだから」


景さんは何の未練もなさそうに、颯爽と歩き出す。

「……」

ズバッと言いきられてしまった為、それ以上は何も言えなかった。


行っても面白いものなんてない。なのに俺の故郷というだけで、迷いなく行こうと言ってくれる。

「……ありがとうございます」

俺はやっぱり、このひとには絶対敵わない。



二週間後。

俺は景さんと待ち合わせし、実家がある山合の町へ出発した。景さんの愛車は車検に出してしまっている為、今回は鉄道の旅になった。いつも車移動だったから、これはこれで新鮮で、楽しい。

「車じゃなくて悪いな」

「いやいや、景さんが謝ることなんて何もありませんよっ。俺の方こそ付き合ってもらっちゃってごめんなさい」

レンタカーを借りようとしたのだけど、景さんも電車移動に乗り気だったからお得なパスを購入してローカル線を乗り継いだ。

とてつもない鈍行の旅。座り過ぎて腰が痛くなるレベルだったけど、景さんは涼しい顔をしてパソコンを見ていた。


この車両誰もいないや……。


のどかな田園風景。激しい揺れ。無人駅。

東京に来てせいぜい二年ぐらいなのに、もう地元の全てが懐かしい。ようやく帰ってきたんだ、という気になった。


俺の地元に前世の手掛かりもあるだろうか。ひとりでは何も気付けなかったけど、────景さんと一緒なら。


淡い期待を胸に、目的の終着駅で降り立った。

四方を山で囲まれた、日照時間の短い田舎町。至るところに水路が流れ、虫の声が聞こえる。

「ね。何もないでしょ」

笑いかけると、景さんは可笑しそうに肩を竦めた。


「食うのに困らなきゃいい」

「あはは。確かに、仕事があれば大丈夫ですかね」


駅を出て、ぐっと背伸びする。まだ十六時だが、早くも日が傾き、空は濃い赤に染まっていた。

駅から歩いて十五分ほど。四つ辻の農道を超えた先に、昔ながらの日本家屋がある。

先に連絡はしておいたけど、いざ敷地に入ると緊張した。


「どうした?」

「父が……何て言うかな、と思って」

「そんなの一つしかない」


景さんは前に踏み出し、インターホンを押した。

「おかえり、だろ」

「……」

彼も夕焼け色に染まってる。いつもと少し違う郷愁を覚え、深呼吸した。

景さんの言う通りだ。深く息をつき、引き戸を開けた。


「ただいま」

「あ! おかえり、都築。遅いから連絡しようかと思ってたの」


中へ入ると、すぐに髪をひとまとめにした母が出迎えてくれた。


若いうちに自分を産んだ母は、同年代と比べてエネルギッシュで、明るいを通り越し騒がしいひとだ。お調子者で新しいもの好きな為、人と関わることも大好き。

景さんを見ると、満面の笑みでお辞儀した。

「鏑木さんですね。初めまして、都築の母です。お電話では無理を言って申し訳ありませんでした」

戸を閉め、二人のやり取りを見守る。

「遠いところからお越しくださって、本当にありがとうございます」

「とんでもない。こちらこそ、お招きいただきありがとうございます」

景さんは尋常じゃない営業スマイルを浮かべ、母に手土産を渡した。


というか景さん……すごくハキハキ喋るし、息するように笑ってる。もはや役者の域だと思った。

プライベートの景さんしか知らないから驚いたけど、仕事中はいつもこうなのかもしれない。よく考えたら自分からバリバリ仕事とりに行ってるし、コミュニケーション苦手なわけないか。


自分の知らない彼を目にしたことが軽く衝撃だったけど、母は目をきらきらさせながら耳打ちしてきた。

「ねえ都築。鏑木さんて芸能人みたいにかっこいい方ねぇ……お母さんびっくりしちゃった」

出逢った当初の俺と全く同じ反応だ。

おまけに紙袋の中のお菓子を見ると、その場で飛び跳ねそうなほど喜んだ。

「あら! このお菓子大好きなんです。嬉しいわ!」

「それは良かった。都築くんも一緒に選んでくれたんですよ」

「まぁまぁ……都築の顔まで立ててくださって、本当に素晴らしい方」

すっかり景さんを気に入ったらしく、母は嬉しそうにスリッパを用意した。

「都築、お部屋片付けておいたから景さんをご案内して。夕飯ができたら呼ぶからね」

「ありがとう。ところで、父さんは?」

「奥で休んでるわ。だいぶ良くなってきてるから、後で声掛けてあげて。喜ぶわよ」

「どうかなあ……」

ひとまず階段を上がり、景さんを二階に案内した。

俺が以前つかっていた部屋は、大人が数人布団を敷いても問題ないほど広々としてる。


「隣も空き部屋です。襖ひとつ挟んでるだけなので、そっちで過ごしても良いし、ここで良ければ布団敷きますよ。二枚」




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