#12
言った。
どもりまくったけど、言ってしまった。初めて到達した地点に自作の旗を立てたような、謎の達成感に酔いしれる。
と同時に、凄まじい後悔の波に攫われた。これだと俺が欲求不満みたいだ。やりたくて仕方ない変態と思われたらど───しよ。
だらだらと嫌な汗を流していると、景さんは一拍おいて吹き出した。
「ははっ。それで、さっきからガチガチに固まってたのか」
「……っ!!」
どうやら、しっかり態度に出てしまっていたらしい。景さんはひとしきり笑った後、俺の手を引いてベッドに押し倒した。
「したいのか?」
「えっ」
視界が景さんで遮られる。顔には影がかかり、突如世界が反転したかのようだ。
柔らかいシーツの上にいるのに、まるでまな板の上の鯉だ。ガウンははだけ、ほぼ半裸で彼を見上げている。
景さんは切れ長の目を細め、目元に濃い影を落とした。
前髪を邪魔そうにかき上げ、俺の鎖骨から胸まで、指先でなぞっていく。
「っ!」
くすぐったいような、何とも言えない感覚に身を捩る。
思わず吐息混じりの声をもらすと、彼は意地悪い笑みを浮かべた。
「これでガチガチじゃ、お望みの行為は無理だな?」
「……景さんは、何でそんなに余裕たっぷりなんですか」
あられもない格好のまま、恨めしげに見つめる。すると彼は意外そうに、俺の腰を引き寄せた。
「そう見える?」
「見えます」
「なら良かった」
彼は笑って、同じように隣に寝転がった。
「一気に貪るより、時間かけて食う方が感慨深いだろ」
「……何だかその言い方怖いです」
「そ。じゃ、好きな物は最後に残すタイプなんだ」
景さんは俺の頬にキスして、懐かしそうに目を細めた。
「昔、二人でしたこと憶えてるか」
「え? 何を?」
「自慰」
その短いワードを耳にした途端、顔から火が出そうだった。
「そんなことありました……?」
「やっぱり忘れてるか。夜、お前がこっそり布団の中でしてたのを見つけて、俺も便乗しただけだけど」
はあ。泣きたい。
その時は嫌でも恥ずかしくもなかったのかもしれないけど……今世では屈辱以外の何ものでもないだろう。他人に自身の自慰を見られるなんて。
「思春期真っ只中だったし、互いに意味もやり方も教わってなかった。どろどろに溶け合うのも仕方ないってな」
「ちょ……! 景さんは恥ずかしくないんですか? 俺は思い出せないけど、聞いてるだけで恥ずかしいです」
半泣きで訴えるも、彼は至極冷静に瞼を伏せた。
「全然。今も昔も可愛かったしな」
「……!!」
二の句が継げない。ぶるぶると震えて、枕で顔を隠した。
「隠すなって。もうある程度全部見てんだから」
「嫌ですっ! 見ないでください」
しばしの攻防の末、枕を引き剥がされてしまった。目の前には、意地悪だけどかっこいい恋人の顔。
見えない部分を全て見透かされてるみたいだ。都築は胸に手を当て、長い指が目の前に差し出されるのを見ていた。
「ん……う」
指は唇をなぞった後、中に入ってきた。ちゅ、ちゅ、と可愛らしい音が鳴る。
「照れてるときも、無我夢中で求めてくるときも、全部可愛い。あの時できなかった分、めいっぱい甘やかしてやりたい」
景さんは指を引き抜くと、俺のうなじに甘噛みした。
「俺だけのお前だ。今夜はそう思わせてくれ」
彼に噛まれた部分が、焼けそうなほど熱い。
でも痛くはない。気持ちいい。気持ち良すぎて、苦しい。
幸せだ。自ら彼の背中に手を回し、縋り付く。
「離さないで……俺は、景さんにしか、捕まりたくない」
彼の胸に擦り寄り、小さな声で懇願する。
魂は自由になったが、還るところは昔と変わらない。細いのに逞しい、彼の腕の中だ。
俺はこれからもずっと、ここにいたい。
泣きそうな声で言うと、優しく頭を撫でられた。
「離さないよ。愛してる、都築」
唄うような声に心が震える。
その夜は夢を見た。澄んだ池の中央に、大輪の美しい花が浮かんでいる。俺はそれに手を伸ばし、届かない愛しさを胸に留めていた。
帰りたくない。と願っても、当然終わりはくる。
都築は飛行機から降り、ぐっと腕を伸ばした。
「は~。着いちゃいましたね」
三日目の夕方、都築と景は羽田空港内でキャリーケースを引いていた。無事に帰ってこられたことを喜ぶべきだが、旅の終わりを思うと切ない。
現実逃避したいあまり、家に帰るまでが遠足です、なんて使い古したフレーズが頭をよぎる。
こちらの気持ちを察したのか、景さんは笑った。
「……明日も休みなんだろう? 今日は俺の家に泊まるか?」
「えっ? いや、でも景さんも疲れてるし、大丈夫ですよ!」
「俺はお前みたいに出勤するわけじゃない。一晩寝れば回復するし、家には明日車で送ってやる。荷物もあるしな」
そう言うと、景さんは電車の駅へと向かって歩いた。
景さんは、ちょっと……この前梅野さんが言ってたアレだ。
スパダリ過ぎる。
歓喜のため息というよく分からないものを吐き、都築は早足で景の後を追った。
久しぶりに訪れた景の部屋は、以前と変わらず整頓されていた。
まだ二回目だというのに、自宅のような安心感を覚える。
「ほんと、すごく楽しかったです。向こうで撮った写真も後で送りますね」
荷物を整理しながら、彼のベッドに腰を下ろす。
景さんも、お土産を並べながら微笑んだ。
「ありがとう。……全国回ったら、また行くか」
「あはっ。そうしましょ!」
本当に、彼となら全国制覇もそう遠くない気がする。
記憶という宝物を秘め、彼と出逢えた奇跡を持ち歩く。俺達の旅は、恋人になってからも続いていくんだ。
◇
早いもので、季節は秋。
都築は自宅のパソコンの前で、メールを打っていた。
珈琲を飲みながら、片手間にプリントした神々のデータに目を通す。
今日はオフで晴れの為、主捜索の調査に集中できていた。
「流希さん達がくれたこの一覧、本当すごいな……」
沖縄で出会ったカップル、いや、オカルト研究家の流希と世喜。初めこそ戸惑ったものの、今は感謝しかない。
彼らがくれた資料は、マニアックで膨大なだけでなく、とにかく見やすい配列をされてるのが良かった。古い文献はどれも断片的な為、見慣れてない人間には纏めるだけで手間と時間がかかる。
沖縄から戻って二週間。生活も通常通り戻った為、流希に教わったサイトから御礼のメールを送ったところだ。
軽く腕を伸ばし、狭いベランダから外を覗く。
「来週は雨かな」
一週間程度であれば何となく予想できるのだが、一応調べてみる。すると思った通り、甲信越は雨のち曇りだった。
雨でここまで心躍らせるのは、下手したら自分だけなのではないか。そう思うほどには、普段から捜索の準備をしている。
雨が降ってほしくない人達が大勢いる。デート、旅行、大会、イベント……非日常的な理由から、日常的なものまでさまざまだ。
傘を差すことも大変な人達がいる。体が悪ければ雨の道を歩くことも不安だろう。気圧の変化で体調を崩す人もいるし、それこそ千差万別だ。
ただ喜ぶだけではいけない。雨は時として、大きな災害となる。
「……」
ふと昔のことを思い出しそうになり、都築は瞼を伏せた。
雨が好きだ。でも、怖い。
雨は大事なものも全て流してしまう。
紙一重の天候を想い、今日も静かに窓を開けた。




