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あなたと巡る、愛しい雨旅  作者: 七賀ごふん
アウトプット

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29/45

#9



「幸せじゃなかったら、こんな必死こいて捜してないだろ」

「そ、それはそうなんですけど。……分からないですよ。俺はアホだから、言葉にしてくれないと」

そこで初めて、都築は苦しそうに胸を押さえた。


「景さんは、俺とは全然違う、遙か遠い男のひとに見えたんです。昔の辛い記憶なんて捨てて、素敵なひとと新しい人生を歩まないといけないひとなんだ、って」

「買い被り過ぎだな」


景は苦笑し、都築の隣に座った。自分の望みとは逆行していると話し、冷蔵庫から水を取り出す。

しぶとく残るアルコールを飛ばすように、ひと息で半分近く飲み干した。


「……俺だって。お前に新しい恋人ができて、今を謳歌してたらどうしようと思ったよ。もちろん幸せでいてくれないと困るんだが」


彼の隣に、もう自分が座る席がないとしたら。


大人なのだから、その可能性は十二分にあった。けれどその不安と恐怖だけで、今の人生を閉じてしまえる気がした。本当は再会してすぐに恋愛事情について訊きたかったが、彼に恋人がいた場合を思うと、自分から地雷を踏みに行くことはできなかった。


大恩ある主を捜しながら、実際は関係ないことばかり考えている。なんて知ったら、彼はどう思うだろう。

幻滅待ったなしだと思った。けど、都築は心配になるほど頬を紅潮させていた。


「景さん、ほんとクールだから全然分かりませんよ」

「大人だから、そりゃ必死に隠すよ。……生まれ変わりってのも、中々に厄介だな」

「ええ。……でも、感謝してます。景さんに逢えただけで、俺の未練と無念は報われたから」


都築は目を泳がせた後、こちらを向いた。

多分抱き着きたいんだろうと思い、両手を広げる。すると彼は迷いなく飛び込んできた。


本当に、可愛い。

青年になっても、生まれ変わってもこんな可愛いなんて……彼こそ自分を象る“世界”だ。

柔らかい髪に触れ、強く抱き締めた。


「景さん、良い香りする」

「お前もな」


ここにいることを確かめる。何があっても離れない。

景は改めて胸に誓い、自分より一回り小さい手のひらを握った。





「わ~! 今日は晴れだ!」


翌朝。珈琲を入れてカーテンを開けると、燦々と部屋に光が射し込んできた。

「景さん、ホテルの前にビーチありましたよね? 散歩行きましょう!」

「そうだな」

早朝の為か、ビーチを歩いている人は少なかった。都築はサンダルに履き替え、波打ち際を歩く。

「あははっ! 冷たい」

「遊ぶ準備は万端だな」

景は微笑み、傍の白いデッキに上がった。

そこでは一組の男女が写真を撮って、楽しそうにはしゃいでいた。なにかと思って見ると、白のアーチに付けられた鐘だった。


「あ。見たことあります、これ。幸せの鐘でしたっけ」


確か、鳴らすとその二人は永遠に幸せでいられるというもの。

ちょうどカップルがいなくなったので、景さんの後に続いてデッキに上がった。


「揺らしてみます? って、もうやってる」


こちらが提案するまでもなく、景さんはロープを握って揺らしていた。ところが音は鳴らない。錆びてしまってるようだ。

「だからさっきの人達も鳴らさなかったんですね」

「ま、ジンクスみたいなもんだろうからな」

景さんはロープを離し、軽やかにデッキから飛び降りた。


「それより、もっと効果ありそうな場所へ行こう」

「?」


チェックアウトし、景さんの案内のもと海沿いを運転する。途中に現れた海上の大橋は眺望が素晴らしく、思わず叫んでしまった。


「すっごい綺麗!」


離れ小島の架け橋。橋の右側はコバルトブルーで、左側はエメラルドグリーンに見える。同じ海なのに色が違って見えて、ひたすら不思議だった。

橋は徒歩でも移動できる為、撮影を楽しんでる人達も見えた。

景さんが窓を開けた為、風が吹き込んでくる。風の音がうるさいから、大きな声で話した。

「こんな気持ちいい場所走るの、初めてです!」

「山もいいけど、やっぱり海もいいな」

橋を抜け、坂道を上っていく。小さな駐車場に車を停めて訪れたのは、やっぱりビーチだった。けどそこはただのビーチじゃない。聖地は聖地でも、いわゆるカップルの為の場所だった。


「見て見て、景さん。あの岩、ハートの形に見える!」

「そう。カップルだらけだろ」


再び坂を下ると、透き通った海の上に、何とも可愛らしいハート型の岩が顔を出していた。

周りは写真を撮ったり、カップルは楽しそうに腕を組んでいる。家族連れはいるけど、今は男二人組は見当たらなかった。


「景さんすごい。良い場所見つけましたね!」

「……いや」


景さんはサングラスを外し、俺のサコッシュを指差す。自撮り棒を出すように言ってるんだと分かり、ごそごそと手を入れていたが。

「良かったら写真撮りましょうか?」

近くにいた二人組の女性が声を掛けてくれた為、慌ててスマホを手渡した。


「ありがとうございます。お願いします!」

「はーい。じゃ、撮りまーす」


自撮りだといまいち良い距離感が掴めないから、本当に良かった。撮ってもらった写真を確認し、女性達にお礼を言ってビーチを後にした。

「すごく綺麗でした。恋愛運向上しましたかね?」

「これ以上上げるもんもないんだが……ま、最高値だろうな」

珍しく景さんも満足しきった様子で、車の冷房を入れた。

周りの人達には分からないかもしれないけど、初めてデートしている。それだけで嬉しくて、はしゃいでしまう。


「主様に申し訳ないです。こんな風に遊び呆けて、景さんとはイチャついて……あ、あそこで売ってる紅芋パフェ食べましょう!」

「申し訳なさ微塵もないな」


その後は海を眺めながらドライブした。道も混む為夕方には市内へ戻り、最後に泊まるホテルでチェックインした。

観光スポットの大通りに行きたかった為、一泊目と異なり、今夜はシティホテルに泊まった。部屋も昨日と比べ半分以下の広さだが、寝るだけだし充分だ。

「よし! 景さん、荷物置いて夜ご飯食べに行きましょー!」

「あぁ。食べたいもの決まってるのか?」

「もちろん今夜も郷土料理です。スマホで調べてたんですけど、ライブやってるお店がいっぱいあるんですよ。せっかくだし行ってみませんか?」

笑いかけると、彼は快諾してくれた。早速賑わうメインストリートに出て、席が空いてるお店に入る。

店内は主に観光客で、皆お酒を飲みながらライブを楽しんでいた。


「沖縄の楽器って良いですよね。俺も今度やってみようかなぁ」

「お前、三味線も弾けるんだろ?」

「はい、ちょっとだけ」


泡盛ロックを飲みながら、演奏者の手元を見る。

「俺も主に民謡の為の演奏だったので、中棹の三味線でした」

「今は全くやらないのか」

「気まずくて実家に帰れませんからね。楽器もひとつも持ってないし……」

こちらでは珍しいが、都築の家系は代々和楽器奏者を生業としている。小さな教室も開いている為、子どもの頃から技術を磨く為に猛特訓していた。

しかし一つの楽器に留まらず複数の楽器をマスターしないといけなかったことが、都築にとってはかなりの試練とストレスだった。最終的に父からは素質がないと叩き出された。


本来はひとり息子として家業を継ぐべきだろうが、どう考えても現実的ではない。

楽器は好きだが人に教える技量はないから、無縁の職種でやっていく方が良いと思った。


「俺は、一度聴いてみたいけどな。お前の演奏」

「……!」


景さんの綺麗な瞳に、明るい光が反射した。思わずグラスを落としかけ、息を飲む。

「昔、草笛は得意だったし」

「ふざけてやったら何かできたんですっけ」

「そうそう。それに味をしめて夜中もやってた」

「その節は申し訳ありません……」

ウン百年越しに謝罪すると、彼は心底可笑しそうに肩を揺らした。


「忘れてたけど、ちょっとずつ思い出していくもんだな」

「ええ。……本当に」


ステージを照らすライトに目を眇め、音楽に合わせて手拍子する。新しい曲に変わった時、始めは皆バラバラだけど、段々リズムがとれていく。

人の暮らしも、社会もこんなもんかもしれない。いつだって最初は何も分からなくて、戸惑う。


景さんはステージに視線を向けながら、静かに瞼を伏せた。


「良いな」


陽気な音楽。明るい声。弾ける光。

人がいる。時代は移り、俺達は偉大な“今”に身を置いてる。


それはなんて素敵なことだろう。

テーブルに視線を落とし、密かに目元を擦った。

こんな当たり前の光景が、何気ない瞬間が、本当に幸せだ。


「都築? どうした、気持ち悪いのか?」

「違……逆です。感動しちゃって。演奏に」


実際唄も演奏も素晴らしかった。一通りの演奏終了後、店内の観客は拍手喝采した。

「本当に来て良かった。連れてきてくれてありがとうございます、景さん」

「こちらこそ。……来てくれてありがとう」

密かに、指先が触れる。ほんの小さな悪戯に笑い合い、俺達は手を合わせた。




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