#9
俺と景さんは両想いだ。
多分。と小さい声で付けてしまうのは、やっぱり自惚れのようで気が引けるからだろう。
前世でも色んな経験をしたはずだけど、靄がかかったようで自信がないから。
でも、彼との関係についていつも考えていた。
海美さんにも誤魔化してしまったけど……本当はちゃんと段階を踏んで、“恋人”だと断言したい。
「……よし!」
残ったカフェラテを飲み干し、深呼吸して電話をかける。
いつもなら、この時間は仕事を終えてるはずだ。
心臓がバックンバックン言ってる。
しっかりしろ、俺。
窓の外を見て必死に気持ちを落ち着かせていると、短い声が聞こえた。
『はい』
「あっ。景さん、俺です」
俺です、って何かオレオレ詐欺みたいだ。第一声から間違えた気がして、慌てて補足する。
「名田です。名田都築です」
『分かるよ。どうした?』
電話に出てくれた景さんは、いつもと変わらないペースで尋ねてくる。
「今お忙しいですか? お仕事中だったら、メッセージの方で連絡します」
『大丈夫。終わった』
スピーカーの先からカタン、とキーを叩いた音が聞こえた。
終わったのか、終わらせたのか……正直判断がつきにくいが、時間をとらせるのも悪いので、本題に入ることにした。
「ありがとうございます。景さん、今週の土日は晴れなので、捜索はできないんですけど……」
手元にあったグラスを握る。声が震えないように、なるべくはっきり声を上げた。
「良かったら、会えませんか。ご予定さえ空いてれば……一日」
何とか、言えた。
でも言い切ってから手が震えてきて、本当にチキンだな、と情けなくなった。
景さんの返事を聞くのが怖過ぎて、若干気持ち悪くなってきた。
あと十秒待たされたら気を失ってもおかしくないと思ったけど。
『わかった』
移動してるのか、少しの雑音と共に優しい声が聞こえた。
『土曜日で良いのか?』
「は、はい! ありがとうございます!」
思わず声が大きくなり、手で口元を覆う。
やった……!
『じゃあ一日空けておく』
まずい。頑張ってもにやけてしまう。
「待ち合わせについては後で、メッセージで送りますね。それじゃ、お仕事頑張ってください」
『あぁ、お前もな』
川のせせらぎのように、透き通った声が鼓膜にとける。
俺の時間が止まる。
『おやすみ。都築』
「はい。おやすみなさい。……景さん」
プツッ、という音が聞こえた後も、しばらくスマホを耳に当てていた。
彼の声を忘れたくないから。そして、笑顔をやめるのに時間がかかると思ったから。
電話ひとつでこんなにも鼓動が速まるなんて。下手したら寿命が縮みそう。
最後の客が退店し、BGMが変わる。都築はひとり、熱を持った額を押さえた。
◇
待ちに待った土曜日。都築は駅前の噴水広場でスマホを眺めていた。
昨夜は緊張してよく眠れなかった。まず、目的の場所へ上手く案内できるか。気を利かせることができるか。
────素敵なプロポーズができるか。
パターンは十種類ほど考えてきたが、いざその時が来たら全て吹っ飛ぶ自信がある。試験と一緒だ。
天気は本当についていて、雲ひとつない青空だった。スマホから顔を上げると、たくさんの人が楽しそうに歩いていた。
こういう景色を見るたびに、悠久の平和を願ってしまう。前世は戦と無縁の山村にいたけど、そこでは派閥や仕来り、飢饉で苦しむ日々を送った。
現代にも格差があるし、争いの渦中の国もある。今が一番良いと言い切ることはできないけど、少なくともこの国は、選択肢が随分広がった。
ただ生きることだけを目的にしないで……いつか全ての人が希望を見つけられる世界になってほしいな。
朝から色々考えてしまったが、ぶんぶんと首を横に振って気持ちを切り替える。
俺は恵まれてる。前世のように食べるものに困ることがない。人生二回目やらせてもらえてるんだから、しゃきっとしないと。
「都築」
密かに決意して深呼吸してると、名前を呼ばれた。声の方を振り返ると、そこには太陽の輝きに負けない美青年が立っていた。
「おはよう。待った?」
「待ってないです。……おはようございます」
わあ。イケメン。
特別な感情を抱いてる相手だというのに、薄っぺらい感想しか出てこない自分に辟易する。
でも実際、周りの女性達は景さんのことをちらちらと見ている。若干頬が赤く染まっていて、こんな状況でなければ可愛いとすら思った。
捜索時はカジュアルだけど、今日はもっとキレイめのファッションだった。
俺だったら先に言ってもらわないと、オシャレなレストランなんて入る服装は用意できない。さすがだ。
「どうした? ボーッとして」
「あっ。ええと、その……いつにも増してかっこいいと思って」
目を逸らし、俯きがちに答える。
「晴れの日に景さんと会うことって少なかったから、太陽の下で見るとさらに輝いて、直視すると火傷しそうです」
しっかりしろ、俺。一体何を言ってるんだ。
緊張のあまりパニックに陥ってると、景さんは耐えられない様子で笑った。
「ほんとに面白いな、お前は」
「どうも……」
「でも、お前も今までで一番大人っぽいぞ」
そう言うと、景さんは眼鏡を外して胸ポケットに掛けた。
「せっかく街中を歩くなら、いつもと違う格好で行くか」
「……はい!」
午前十時。街全体が活気に包まれる頃。
俺は初めて、景さんとプライベートで隣を歩いた。
というか、一応おデートのつもりなんだけど……気付いてないかもな。
先に宣言しておけば良かった。でも、これはこれでいいか。
身長が高い景さんは、人混みの中でも颯爽と歩いている。離れそうになってもすぐに見つけられるから、地味に助かった。
そして肝心のプランは……。
映画は好みが分からなかったから、やめた。そもそも景さんの趣味が分からなかったので、定番の観光地へ向かった。
東京のランドマークである高いタワーの周りに、外国人観光客もたくさん訪れる商業施設。ただ歩いてるだけでワクワクして、中のお店を回っていった。
「景さんは来たことありました?」
「一回な。でもそんなにゆっくり見られなかったから」
景さんは綺麗な和物が並んだ店で周囲を見回し、微笑む。
「最近はこういう場所に来なかったし……誘ってくれてありがとな」
景さんの笑顔を見たら、人混みの中でも音が止んだ。
「こちらこそ……」
恥ずかしくなって、つい顔を逸らしてしまう。すると景さんは、突然俺の手を引いた。
「プラネタリウムは行ったことある?」
「え。ありません」
「じゃあせっかくだし寄ってくか」
青森じゃ散々だったからな、と言い、彼はエスカレーターに乗った。
そういえば腰も打ったんだよな。恥ずかしい。
黒歴史を思い出していたけど、ちょうどいい時間帯に上映作品があった為、彼と中に入る。
カップルも多くて、妙にどきどきした。
「ここはアロマもあるから、リラックスしたい時に良い」
「へぇ……疲れてるときにも良いんですね」
三十分程度の上映なら、結構すぐかも。
リクライニングシートの為倒そうとしたが、レバーを何回引いても全然倒れない。
「あれ……! おかしいな。俺のシート壊れてるのかも」
「それ俺のレバー」
どうやら景さんのレバーを引きまくってたらしい。彼はこちらに身を乗り出すと、反対側にある俺のレバーを引いた。
「っ!」
無事に倒すことができた。……ことは良かったのだが、これだと景さんが俺に覆い被さる形になる。
既に劇場内は暗く、周りにお客さんはいない。騒がなければなんて事ないけど。
景さんは俺の胸に手を当て、かすかに聞き取れる声で呟いた。
「キスできそう 」
「な……っ!」
火がついたように顔が熱くなる。彼の胸を押し返し、小声で抗議した。
「ここでは駄目ですよ」
「ここじゃなければいいんだな?」
「それは……っ」
人が増えてきた。中々どいてくれない彼に観念し、顔を逸らして囁く。
「誰もいないところなら……」
勇気を振り絞って言うと、彼はさっと身を引いた。シートを倒し、アナウンスが流れる前にぽつりと呟く。
「楽しみだ」
「……っ」
このひとは……。
下手したら、夜まで心臓がもたないかもしれない。
上映開始後はさりげなく手を握られた。
うぅ。
俺がエスコートしようと思ったのに、気付いたら翻弄されてしまっている。
想像以上に手強い。
作品が終わるまで、自分の心音がうるさくて仕方なかった。




